ジイとバアが住んでいる埼玉県上尾市は、東京から35キロ圏に位置する郊外型のベッドタウンです。ジイとバアが住み始めた25年前には、水田や屋敷林がまだ多く残る緑豊かでのどかな風景の広がる田園都市の風情がありました。ただ、当時は住宅都市整備公団の大規模団地が建設され、昭和40年代前半は全国一の人口急増都市にもなったほど、急激な人口増の真っ只中でした。市制を施行した昭和33年当時の人口が約37,000人だったのが、ジイとバアが住み始めた昭和52年で154,000人、平成14年2月現在217,000人になっています。

 この人口の推移でもわかるように、人口が増えた分だけ緑が減り、のどかな田園風景が徐々に失われていきました。平成13年には、隣接するさいたま市(大宮・浦和・与野の三市で合併)との合併問題が市を二分する争いになり、最終的には住民投票の結果、合併反対が6割以上となり、合併は見送られ独自の自立したまちづくりを目指すことになりました。さいたま市は2年後の政令指定都市を目指して準備を進めています。独自の道を歩むことを決めた上尾市ですが、さいたま市の影響を受けずにまちづくりをすることはできません。今後の経済情勢にもよりますが、ますます都市化のテンポを速める可能性があります。都心とあまり変わらない風景になるのは時間の問題です。すでに高崎線の大宮駅(かつて東北への玄関口といわれた)から二駅目の上尾駅(ほぼ上尾市の真中にある)周辺は、高層マンションが林立するようになってきました。

 都市化されることは、それ自体悪いことではありません。生活の利便性の面からは、大変暮らしやすくなっています。上尾に住み始めたころは、高崎線で上野へ出るのに1時間近くかかりましたし、電車の本数もラッシュ時でも4,5本、日中は1時間に1本という時間帯もありました。当時国鉄の順法闘争で電車がたびたび遅れ利用者のストレスがたまって大きな暴動になってしまった「上尾事件」もおきていました。今では、この高崎線がラッシュ時1時間10本、それも上野だけではなく新宿、池袋そしてつい最近では東海道線にまで乗り入れるようになってきました。時刻表を見なくても駅に行くようになりました(ジイとバアもあまり電車は使わないが)し、上野まで40分、池袋35分都心まで1時間弱で行けるようになりました。道路網も整備され首都高速もさいたま市まできているし、東北、関越、上信越の高速道も30分程度で乗り入れることができ、お金と時間さえあればどこへでも行くことが出来ます。情報、文化、買い物などで不便を感じることはほとんどなくなりました。

 ジイとバアは結婚して、1年目に長女が生まれ、4年後に次女が生まれてその次女が1歳を過ぎたころから共働きになりました。子育て、家事、仕事それぞれ役割分担を決めていても、大体役割を放棄(?)するのはジイのほうでした。何度かお互いに自立の道を歩くこと(つまり離婚?)も考えたこともありましたが、何とか今に至るまで無事一緒に暮らしてきています。ジイとバアは01年3月に結婚30周年を迎えました。自分たちの人生の半分以上を一緒に暮らしたきたわけですから、自分ながらすごいことだと思っています。4年前と2年前に次女、長女がそれぞれ結婚し、子育ても終わってようやくジイとバアは自分たち二人の生活を新婚以来久しぶりに味わうことになりました。

 そんな中でその年、ついにジイとバアは、文字通りジイとバアになり、そのことがきっかけになってそれまで二人が心の中に温めてきた田舎暮らしを具体化するための行動に出たのでした。体力の限界もあってバアは02年3月で永く勤めた仕事を辞めることにしました。新しい暮らしのための準備に入ったような趣があります。ジイは、生活のため、定年までは今の仕事は続けなければならないと思っています。田舎暮らしの具体的な準備(家づくり)については、別のページに特集し、ここでは「田舎暮らし」について、哲学というほど大げさなものではなく、日ごろの生活の中の雑感を書き留めていきたいと思っています。


                   否定的見解 肯定的見解
何を求めるか  
  上尾(現実)からの逃亡?=また次への逃亡を求めることになる
  新しい生活拠点=風景や空気の新鮮さは1年もすれば色あせる
  単なる老後の生活ならば利便性の高い所の方が暮らしやすい
  人間関係に失敗すると逃げ場がない
   渡る世間は鬼ばかり 地域コミュニティ=いい人ばかりとは限らないが、仙人のようには暮らせない
  自然を利用したものづくり=思ったほどうまくいかない

  自然の恵みに日々感謝できる。とどまったところから老後が始まる
   詩人になれる。景色、天候、草木、動物・・・・・
  原始の人=農耕、狩猟の民に立ち返る
   50年以上の人生経験は伊達ではない。コミュニティへのかかわり方は心得ている
  ものづくりは目的ではなく手段である


何をなすか
  ハイキングの拠点=身体がいうことをきかなくなれば終わり
  釣りの拠点=身体がいうことをきかなくなれば終わり
  ガーデニング=イメージどおりのことができるとは限らない。気候、地質が適さないかも知れない
  果物、花、野菜づくり=年寄りの冷や水になりやすい。道具だけはそろっても

  草木に花が咲き、実がつく野を見るだけで命に力が湧いてくる
  自然の恵みは、物の価値では計れない
  山歩きや釣りは、体力に合わせた楽しみ方がある。体力、疲労感と反比例する充実感がある
  ガーデニングは、創造的なものであり、四季の移ろいをハッキリと感じさせる
  野菜づくり=趣味と道楽でやっている間は、失敗もまた楽しい。収穫の楽しみは何にも代えがたい


生活の糧をどのように確保するか
  年金だけで暮らせるか
  収入の安定=心の安定

   なんとかなるさ。贅沢しなければ

幻想をいだいてないか
  幻想のために0000万円も使っていいのか

  幻想ももてない老後なんて何の意味がある?


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田舎ぐらしへの思い メモ
02/2/19アップ