ポチを天国に送る

 

 
 
 
09年10月26日   09年11月26日 09年12月12日 


 今朝我が家の飼い猫「ポチ」が息を引き取った。21年の生涯だった。人間の年齢に置き換えれば、100歳を超えたところだ。人間ならば大往生といわれる年齢だ。ポチが我が家にやってきたのは、ポチ自身の意思によってだった。ポチがやって来るまで我が家には、すでに犬と猫が1匹ずつ家族の一員として住んでいた。そこへどこからともなく自分からやってきたのがポチだった。まだ幼さの残る猫だった。家族の中でポチに初めに心を許したのは、犬のアンだった。ポチが庭に置いてあった犬小屋にちゃっかりと入り込んで眠っていたりした。それをアンが、穏やかな顔をしながら見守っていた。次には猫のゴエモンだ。ゴエモンは少し気難し屋で、人見知りもする。自分のテリトリーを侵そうとする猫がいれば、自分がたとえ傷つけられても断固として襲いかかる闘争心あふれた雄猫だった。ポチが雌猫だったというだけだはなく、ポチの持ち前の人懐こい性格と争いを好まない姿勢が、ゴエモンの闘争心を萎えさせたのか、ポチはいつの間にかゴエモンの子分のように振舞うようになっていた。こんな様子を見て、我が家の人間どもはもはや誰一人として、ポチを追い出すことに賛成するものはいなくなってしまった。そして地続きの隣のヤマちゃん家にも自由に出入りするようになり、ヤマちゃん家の飼い猫ウィンディにも取り入って、ポチはいつの間にか両方の家のペットになりきっていた。しかたなく?動物病院に連れて行って、避妊手術を受け、晴れてポチと命名され、我が家の家族の一員に正式に加わることになった。したがって、ポチがどこでどういう親や家庭で、いつごろ生まれたのか、その出自はわからない。成長の度合いからそのときポチは生後半年ぐらいだったろう、というぐらいだ。ただ、毛づやの良さや栄養状態から見て、野良猫ではなく飼い猫だったらしいことは推測できた。どういう事情で我が家が気に入って住みつくようになったのか、ポチ本人には聞ける由もないが、それから20年余逃げ出すこともなく、一緒に暮らしてきたということは、ポチなりに居心地がよかったのだけは確かだろう。

家族の一員になりたてのころは、おもちゃの猫じゃらしや、毛糸のひもやボールなどなんにでもじゃれつき、追いかけまわした。ある時は長女が、猫じゃらしでポチをかまっていて、ポチの前足が長女の顔をかすめ、年頃の娘の顔に傷を付けてしまったこともあった。いまだによく見るとその時の傷が残っている。ポチは狩りの名人でもあった。ネズミや小鳥を毎日のようにつかまえては、家の中までそれを見せに入ってきて、いたぶったうえで食べたりしていた。一度などくわえてきたネズミが家の中で逃げ回り、挙句の果てに姿を見失ってしまった。ひと月以上たって、家の中がネズミの糞尿の臭いがするようになり、よくよく調べたらネズミが冷蔵庫の裏に潜んでいた。夜な夜な、猫のために置いてあった餌箱からドライの餌や水を盗んで食べ、飲んで生きながらえていたようだ。それからはポチに、獲ったネズミや小鳥はわざわざ見せに家の中まで連れてこなくていい、と何度も言い聞かせたが、最後まで言うことを聞かなかった。

15年前にゴエモンが死に、4年前にはアンが死んで、一人ぽっちのペットになってしまった。人間の家族も長女や次女が結婚してそれぞれ家を出て行ったので、残った我々ジイとバアとポチだけがお互い慰め合い、語り合う仲間となった。特にバアなどは、ジイが出勤すると、話し相手というか話すことに黙って耳を傾けてくれる相手はポチぐらいだったので、よくジイに、ジイと話しているよりポチと話していることの方が多い、と皮肉を言うことがあった。孫たちが遊びに来た時は、物珍しさで孫たちに追いかけ廻されることもあったが、そんなときでも怒ることなく優しく耐えていた姿が忘れられない。

ジイの定年退職を期に、長野に移住した2年前には、はたしてポチが新しい環境に慣れてくれるだろうか、と心配したが、それも取越し苦労だった。窓枠の一部に自由に出入りできる別枠を取り付けてやると、そこから外へ出て行き、飽きるとまたそこから家の中へ入ってくる行動を、何の戸惑いもなくやってのけた。ポチも信州人?になったね、と喜んでいた矢先、引っ越して4ヶ月目の8月になって、ポチを病魔が襲った。食べてもすぐ吐いてしまうので、外で何か変なものでも食べてしまったのかと思った。ポチは食べることについては、幼い時から、食卓のものに手を出したり、盗み食いをするということは一切なかった、いわゆる口のきれいな子だった。まさかと思ったが、今まで動物病院のお世話になることもなかったので、こちらの病院がどこにあるかも分からず、市のホームページに載っていた動物病院に連れて行った。お盆休みの時に診察してくれるというのでありがたかったが、診療室に一歩踏み込んで二の足を踏んでしまった。診察台や医療器具、薬品庫などが乱雑で、衛生的な感じがしなかった。触診して便秘だろう、という診断で注射を打たれ、飲み薬をもらったが、まったく回復しなかった。

もう駄目かもしれないと思いつつ、インターネットで調べて出会ったのが、佐久市内のゆりかご動物病院だった。藁をもすがる思いで病院に行き、血液検査や尿検査をしてもらうと、慢性腎不全と肝炎も併発している、という診断だった。詳しく、そしてわかりやすく病状や今後の治療方針などを説明してもらったうえで、皮下点滴で治療薬を入れてもらった。その後、我々が2日間出かけなければならない用事もあって、その間は動物病院に入院もさせて治療をしてもらい、発病から1週間もすると、見違えるように元気になった。以来19カ月、つい2週間ほど前までは、何度か発作を起こすアクシデントはあったが、10日に1回のペースで点滴を受けることで、生命を維持し続けることができた。ゆりかご動物病院の先生の的確な診断と適切な治療がなかったら、ポチも到底ここまで長生きはできなかっただろう。ポチと飼い主のジイとバアの身になって、献身的な治療をし続けてくれた先生に感謝したい。

ポチにとっては、長野に移住してきてからはほとんど病気との闘いで終始したので、あまり長野の地がうれしくないかもしれないが、上尾から運んできたアンやゴエモン、ウィンディの骨や土も埋まっている庭のお墓に一緒に埋めてあげよう。彼らも天国の入り口で、快くポチを出迎えてくれただろう。21年間我が家の一人ひとりの心を癒し慰め続けてくれたことに感謝する。

201063日記)