最新更新日 08/01/05

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7月7〜8日
先週からジャガイモの葉が枯れ、大量の虫が付いてしまったので時期的には少し早いが、ジャガイモを収穫した。案の定実着きも少なく、特にキタアカリは粒が小さかった。あと10日ぐらいおいておきたかったが、実まで影響してはいけないので、やむを得ない。でも、今年は去年より多く種芋を植えたので収量は去年より多いと思う。早速小粒をこふきいもにし、バア得意のポテトサラダにして食べた。何といっても新ジャガはおいしい。
7日は、ジイの母親の命日。19年前、65歳だった。自分たちがだんだんその年令に近づいてくると、やはり母親にはもっと長生きして欲しかったとあらためて思う。毎年隣の敷地との境界近くに咲くユウスゲが今年も咲いた。そういえばこの時期霧が峰ではニッコウキスゲが満開になる。今年は何かと気ぜわしく見に行っていない。
今年も「夏期伝道の花」と命名している(本当の名前を知らない)花が見事な花を咲かせている。2度も移植して虐げられているのに、めげずに年々大きくなっている。いつか正式な植物名を調べようと思いながらいまだに実現していない。今週は天気予報はよくなかったのに、2日間とも外作業できる天候になったので、草刈り、草取り、芝刈りと忙しかった。前の家の畑の際もついでに草刈りをしたので、前の家のおばあさんがお礼に来て、しばらく立ち話などをした。
7月15〜16日
今週は3連休だったが、大型で非常に強い台風4号が日本列島を横断する予想が出されたので、ジイは災害時に備え自宅待機となった。15日(日)午後になって雨が小降りとなり、台風の暴風域には入らなくて済みそうになったので、一泊になってしまったが北御牧にやってきた。北御牧も台風の影響で雲がズンズンと飛ぶように動いていたが、浅間山の山すそ近くでぽっかりと雲の切れ目ができ、虹が出ていた。
先週載せた「夏期伝道の花」が満開になっていた。花や鳥、蝶に詳しい義姉に花の名前を調べてもらうことになっている。それにしても見事な花の大きさ、量である。その後インターネットで調べた結果リュウゼツラン科「イトラン」であることがわかった。同じリュウゼツラン科のユッカと似ているが、葉がユッカより薄く周りがほつれて糸のように出ているのが名前の由来か?このことを教えてくれたホームページは、群馬大学の先生の運営している「植物園へようこそ!(ありがとうございます)
雨のあとには一段と冴えるアジサイの花。花弁が大きく色もいかにもアジサイ色らしい薄紫が美しい。このアジサイは、上尾の家の隣家との間の狭い所に植えられていたのだが、行き来する場所ではないのでほとんど忘れられた存在だったのをかわいそうに思ったバアが北御牧に移植してやったものである。寒さに耐えて去年から咲くようになった。来年はもう少し風当たりの少ないところに植え替える予定。
同じく上尾で鉢植えになっていたアジサイ。上のアジサイと同時期に移植したものだが、今年やっと花が咲いた。こちらは赤みがかった色が特徴か?これも上のアジサイと一緒に植え替えてあげよう。
今までこのホームページに何度も掲載してきたユウスゲは、すべて家の周りに自生しているものだったが、とうとう我が家の庭に、その自生していたユウスゲの種を3年前に播いたところから育ったユウスゲが花を咲かせた。バアは絶対にユウスゲだといって抜かずに育ていたが、ジイは雑草だよ、といって取り合わなかった。しかし、3年目にして何かそれらしき花芽が出始め、それでもジイは信じようとしなかったが、とうとう今週紛れもないユウスゲが咲いた。
台風の合間を縫って北御牧に来たのは、野菜たちが育って大きくなり過ぎるのが心配だったため。案の定、キュウリは大きくなりすぎていた。大根も1本は腐り始めていたので、残っていた大根は全部抜いた。ミニトマト、ピーマン、ナスもいよいよ食べきれないほどの収量になってきそうだ。ジイのお昼のお弁当にも自家野菜がおかずに含まれるようになってきた。
ジイ小屋づくりや畑仕事、草取りなど忙しくてなかなか手を付けられなかった玄関ドアの塗装をした。最低1年に1回は塗るように言われていたが、4年半で今回2回目。最初は汚れを雑巾で拭いた後、オイルステインを塗ればいいかなと考えていたが、雑巾で拭いたら汚れが思った以上にひどいので、サンダーで汚れを落とすことにした(上の写真)。オイルを塗った後の状態(下の写真)。まだ養生テープが残っている(緑色)。
もう一つの懸案事項である東側の小屋裏の断熱化。ホクシンハウスから断熱ボードを購入し、断熱外になっていて屋根からの熱(冬は冷気)を直接受けてしまうこの小屋裏の空間を、断熱ボードで全体を囲って、影響を減らす。来年上尾から引っ越してきたら、タンスなどをここに置くつもりなので、あまり寒暖の差が出ないように断熱をする。まず今回は傾斜屋根の部分のボード張りが終わった。後東側の壁と天井張り作業が残っている。さて、いつになったら完成するかな?
7月21〜22日
天気予報では今度の週末は2日間とも雨だったが、昼間はほとんど晴れ間も覗く天気になった。義姉夫婦が21日尾瀬の帰りに寄ってくれたので、夕食はジイ小屋のテラスでバーベキューをした。肉は義姉たちの差し入れ、野菜は我が家の畑で取れたてのナス、ピーマン、ニンジンと、ちょっと贅沢なバーベキューだった。翌日早く車山の肩、八島ケ原湿原を午前中ハイキングした。写真は我が家の庭のマリーゴールド。去年落ちた種から自然に生えてきたものなので、開花が遅くなっていたがようやく開花し始めた。
もう一度我が家のユウスゲの登場。21日は3輪、22日は4輪咲いた。ユウスゲの花は1日花と言われているが、そのとおり。21日に咲いた花は22日にはしぼんだまま終わってしまった。7本の花の茎が伸びていて、その茎には10個以上花芽が付いている。毎日咲いてもまだ来週ぐらいまでは花を楽しめそうだ。
義姉夫婦とジイとバアで22日は午前6時15分出発で霧が峰のニッコウキスゲを見に行った。7時前に車山の肩の駐車場へ。まだ、待たずに車は停めることができた。朝霧が立ち込めていたが、もうすでに我が物顔のカメラマンたちが道をふさぐように三脚を立てシャッターチャンスを狙っていた。おととし来た時に比べキスゲの数が大分減っている。鹿による食害らしい。
ユウスゲが少なくなったせいかシシウドばかりがよく目立つ。このシシウドの花をアップで見ると小さな花の集合体でとてもきれいだ。蕾みの間はこぶしを突き上げるような形だし、全体的に大振りでとても存在感がある。
霧が峰高原では、レンゲツツジ、ニッコウキスゲと肩を並べるようにたくさん咲くコバイケイソウ。開花時期はキスゲよりも早い時期でもう終わりに近いが一部写真のように残っていた。この花は毒があるので鹿も食べないようだ。
車山の肩周辺を1時間ほど歩いた後、八島が原湿原へ向かった。この時期は例年八島ヶ原湿原の入り口の駐車場は満杯で並ばないと入れないほどなのだが今回は8時半の段階ですんなり余裕でとめることができた。これもユウスゲが少なくなったせいか?(帰りの10時半にはさすがにもう満車になっていた)時々薄日も射す天候となり、気持ちよく鎌が池を経由して湿原を一周できた。キスゲも霧のしずくが乾きすっきりとした姿になっていた。
ジイにしてはうまく撮れたノハナショウブ。花に詳しい義姉はカキツバタではないかといっていたが、湿原にいた環境ボランティアの説明でノハナショウブとわかる。アヤメとの違いは花弁の模様がアヤメは綾の目模様なのに対し、三角のすじだけであること、またカキツバタとの違いは三角のすじが黄色はノハナショウブ、白がカキツバタとか。
車山でも八島が原湿原でも目に付いたのがイブキトラノオ。他にもハクサンフウロ、コバナギボウシ、ハナチダケサシ、シモツケソウなどなど。
7月24日
ジイとバアの孫たちの近況。あーちゃんは幼稚園の年長組。来年は小学校。ムー君は生後6ヶ月目に入っている。歯が2本生えてきたとか。あーちゃんのおもちゃのウルトラマンも頭をかじられて大変だ〜。
7月28〜29日
27日はバアの誕生日。還暦のお祝いに次女からレニングラード国立バレエの大宮ソニックシティ公演の鑑賞券をもらったので、バレエを鑑賞してから(生のバレエを観るのは初めて)北御牧に。28日の土曜日は好天気。こんな日は庭に咲いたひまわりが似合う。
今年はカボチャの生育が順調で豊作の予感。購入した苗は2本だが、とても実付きがよい。その上、バアが去年のカボチャの種を播いて作った苗がたくさんでき、庭の空いているところに所構わずあちこち植えたので、いまそれが足の踏み場もないほど蔓が延び、実がつき始めているのだ。茹でて冷凍保存する方法を学習したのでバアはいくつできても大丈夫、といっている。ただ今年はジャガイモに大量発生したテントウムシダマシが、次の標的としてこのカボチャの葉やナス、キュウリ、トマトに取り付いているのが少し心配の種。
この季節ユウスゲやキキョウが自生し、楽しませてくれていたジイとバアの家の裏のため池の土手の草が刈られ、焼かれてしまった。作業をしている人に聞いたら、今年からこの池の水を使っている下の田んぼの稲作を、その人が前の人に代わってやるようになったらしい。こんどの人はまめな人らしく、草だらけにならないようこのように野焼きをしたらしいが、自生している花を楽しみにしているこちらとしては複雑な心境。
ジイとバアの家はすっかり夏の庭になった。カボチャやコスモス、マリーゴールドたちが所狭しと広がっている。29日は参議院選挙。ジイとバアは期日前投票を済ましている。自公が大敗し、民主が大勝となった。これで少しは自公の独りよがりな政権運営にブレーキはかかるのだろうが、本当に変わるにはまだ総選挙(衆議院)の政局をまたなければならない。
8月5〜7日
8月の4日(土)は上尾の花火大会、5日は早朝から花火の殻拾い、ごみの片付けとジイの仕事がらみで北御牧には5日の午後からとなった。6日の原爆記念日は、花火大会出勤の振替えで北御牧で過ごす。さらに7日も急きょ夏休みをとることにした。
先週7月29日に種蒔きした大根とニンジン。写真左側の大根は早くも大きく芽を出している。ニンジンも画像ではわからないが小さな双葉の芽が出てきている。
この時期は畑の野菜が1週間経つと大きく育ちすぎてしまうので、どうしても収穫に来なくては、との思いが強い。そんなわけで月曜日に振替え休日をとった。スモモも取れたが消毒もしてないので、先に虫に味見をされてしまっていた。それしてもこんな平和な日本があるのも62年前のたくさんの犠牲の礎があるからこそ、それを「仕方がない」という初代防衛大臣を任命する安倍内閣はいつまで居座るのか?
今年はキュウリが豊作でたくさん取れている。たった3本の苗だが、今年初めてネットを立ててそこに誘引したせいか地這えよりは形もよいし収量も多い。週1回の収穫では大きくなりすぎてしまうのが難点だが。それ以上にたくさん取れそうなのが写真のカボチャ。先週1個目をとったが、今週は5個。まだまだ畑にはたくさんのカボチャが収穫を待っている。
滞在を1日延期して、6,7日の2日間で小屋裏の断熱工事をし、暫定的ながら終了させることができた。2日間とも好天だったので作業中は汗だくになった。果たしてどれほどの断熱効果があるか、作業中は開け放していたので来週温度計で測定してみるつもり。まだ材木との間などの隙間が完全に密閉できていないので、とりあえず暫定終了としている。写真には写っていないが部分的に発泡ウレタンフォームを吹き付けている。写真左側の四角の枠は、ジャロジーウィンドの開閉のために取り外しできるようにしたもの。
8月11〜12日
11日、12日は高気圧がどっかりと日本列島の上に居座り、さすがの北御牧でも日中は暑くて庭仕事もできなかった。こんな天気で元気なのがひまわり。デッキの前のひまわりは、10輪の花を咲かせていた。11日のお昼はジイ小屋のテラスの日陰で、冷や汁を食べた。雨が降らないので、2日間とも夕方はニンジンや大根などの野菜や草花に水を遣った。ナスタチウムを秋まで咲かせるため、まだ花芽もあったが切り詰めた。
今年のトマトは、完熟するまで実が割れずにいる。カインズで購入したデルモンテの苗だ。ミニトマトも同じで皮がしっかりしていて、収穫しても裂けてこない。少し皮が硬いが甘みもあるので、あまり好きでないジイでも食べられる。2週間で大きく育った大根の苗の間引きをした。1箇所で3本ほど伸びている芽のうち一番元気なものを残す、とマニュアル本には書いてあるが、みんな同じようなので、真ん中のだけ残すことにした。
8月13日
13日(月)次女夫婦が軽井沢の帰りに上尾の家に寄った。あーちゃんは祖父母とまだ軽井沢にいるということで、ムー君だけ一緒に来た。食事中一人で座っておもちゃで遊んでいた。少しひと見知りするようになったのか最初バアに抱っこされて泣いたが、それもほんの一時であとは写真のように落ち着いていた。大分手がかからなくなったと思うのだが、毎日子育てに奮闘中の親にとってはいつまでも大変なようだ。
8月19日
13日からの週は、猛暑日の連続。夜も30度を下がらず寝苦しい夜が続いた。さらに、18日(土)、19日(日)とジイが仕事だったので週末北御牧には行けなかった。19日の仕事は、市の総合防災訓練への参加。朝から暑い中の訓練となったが午前中で終了したので、午後から北御牧の畑に植えるタマネギの苗を作るため、セルトレイと培養土を「セキチュウ」で購入し、絹タマネギ、赤タマネギの2種類の種を播いた。1トレイに72個各3トレイ播いた。
8月21〜22日
土日出勤の振替えで21日(火)、22日(水)野菜の収穫や水遣りもあったので北御牧へ。ミニトマトは食べきれないほどの量が収穫を待っていた。帰りには旅行かばんにいっぱい詰め込んで上尾に持ち帰った。バアはこれでトマトソースを作ると言っている。先週から日照りが続いて土がからからになっている。朝5時過ぎに起きて水を遣りに庭にでたら、隣の畑ではもう水遣りを始めていた。
庭のビオトープ池が干からびてしまった。上のため池の水も雨が降らず、田に引く一方なので大分減ってしまった。そのためこのため池からジイとバアの家に滲みだして来ていた水が枯れてしまったようだ。こんなことは5年目で初めてのこと、これも地球温暖化の一現象なのだろうか?ただ、夜から朝の気温は20度まで下がるので、上尾よりはすごし易いのが救い。
干からびた池がまた水をいっぱい溜められるように浚渫することを思いつき、15センチぐらい土を取った。土の中に水生昆虫が隠れているかもしれないが、それには目をつぶって掘ってしまった。とりあえず取り出した土は池のそばに積み上げた。
高温、日照りがこちらでも続いているが、野菜は頑張って次々と実りをもたらしてくれる。カボチャの第2弾で10個以上。まだ畑には20個はできている。トウモロコシが食べごろになってきた。もう十分甘みが出始め、アリが付き始めている。急いで虫が付きそうな分だけ収穫する。来週はいっせいに収穫しなければならない。北御牧にいる間水遣りに専念。22日は天気予報では朝から雨のはずが、帰るまで降らず夜中にようやく降ったようだ。
先月29日に種蒔きしたニンジンの発芽がこの間の日照りで半分以下になってしまったので、追加で種蒔きをした。今回は半日種を水に浸したあとに播いた。条播きなので、乾いた種のほうが播きやすいのだが、発芽率は悪くなるようだ。大根とニンジンは9月になってから別の場所でまた新たに播く予定である。
8月25〜26日
バアは24日、25日と亡父の記念会出席のため倉敷へ出かけた。ジイは24日は仕事、25日は朝清掃ボランティアがあったので記念会は欠席した。ジイだけ25日清掃ボランティアのあと、北御牧へ単身で出発。この日も残暑厳しく、デッキの温度計は40度を超えていた。バアは記念会のあと上尾には戻らず新幹線を乗り継いで25日午後10時佐久平に到着。この時間では日中の暑さはすっかり影をひそめ、夜中には18度になっていた。写真下は26日朝7時の気温20度。
25日の夕方の夕焼け。久しぶりにきれいな夕焼けとなった。ひとりで眺めるのはもったいないような気がして、記念会から戻る途中の新幹線に乗車中のバアに携帯電話のカメラでメール送信したが、「画像が小さくてよくわからない」という素っ気無い返事が返ってきた。でも、26日の夕方も夕焼けが出て、さらにきれいな空になったので二人で時を忘れてしばらく眺めていた。
我が家のトウモロコシ畑が奇怪な様相を呈していた。ちょうど採り頃になってきていたトウモロコシで、今週は採って帰ろうと思っていたのだが、先に何者かに食い荒らされてしまっていた。ジイの推測では「猿ではないか」と考えている。この写真は家のトウモロコシ畑だが、下の家の麦を刈り取ったあと雑草に覆われている畑にも食べ残したトウモロコシの茎や実が転がっていたので、4つ足動物にはできない状況からそのように推測している。
今回はトウモロコシの苗がたくさんできたので2ヶ所に分散してトウモロコシ畑を作っておいて良かった。たくさん植えたほうの畑は荒らされていなかった。猿の被害を受けないよう、あらかた収穫した。しかし、猿にはやられなかったものも、無農薬のせいか虫にやられ始めているのが何本かあった(皮をむいたトウモロコシ)。これらは生のまま一粒ずつほぐして冷凍保存した。
ジイ小屋の工事で出た端材は処分しないで残してもらった。何に使うか決まっているわけではないが、置き場所に困っていたので、ジイ小屋の入り口も上の空間を利用することにした。カインズでコンパネを購入して梁、火打ち梁を利用してそこにコンパネを載せて収納棚にした。
22日に干上がっていた池の浚渫をしたが、その日の深夜から翌朝にかけて降った雨のおかげで池に水が戻ってきた。降った雨だけではこれだけ残っているはずはなく、おそらく上のため池の水が増量して水圧で沁み出すようになったことが水が溜まる原因と思われる。
9月1〜2日
1日は、トイレの修理に来てもらった。以前から洗浄ノズルが2本同時に出てしまう現象があり、一度点検に来てもらったときは、ノズルの清掃をまめにするように言われて引き下がったのだが、それなりに清掃してきたが最近再発頻度が高くなると同時に、これは清掃の問題ではなく構造的に問題があるのでは?との思いが強くなった。見て貰っている間は現象が出なかったが、ノズルの切り替えをする部品の交換をしてもらった。帰ったあとまた、一回現象が現れた。今度出たら基板全体を交換することになるといっていたが・・・。
先週も1,2度雨が降ったようでため池の水も少し貯水量が増えたような気がする。写真ではよく見えないが、ブルーシ−トの茶色く汚れている部分が最高水位なので、それに比べてもまだ1メートル以上減水している。この角度からジイとバアの家を写した画像はあまりないので載せてみた。ジイ小屋の屋根だけが写っている。
毎年家の東側の庭で咲いていたオシロイバナだが、ジイ小屋の建設で咲いていた場所が踏みつけられ、固くなっていたので心配したが、去年こぼれた種からしっかり芽が出てきたので、一部はジイ小屋に沿って植え替えたりしたところ、ちょうどオシロイバナ通りのような雰囲気で無事復活した。
2日は、天気予報で曇りとなっていたのと気温も高くならないようだったので、久しぶりにウォーキングしようということで上田市の塩田平に出かけた。以前に「無言館」に行ったときは寒い時期だったので歩くのは暖かくなったら、と先延ばしにしていたのを今回ようやく実行。信濃デッサン館のそばの駐車場に車を止め、前山寺、龍光院、塩田の館(ここで皿そばの昼食)、塩野神社、中禅寺などを巡り歩いた。そのあと別所温泉に行き、安楽寺の国宝、八角三重塔(写真)を観てきた。北向観音は何度か観にきたがなぜか安楽寺は初めて。長野県で最初の国宝指定になった文化財。
9月8〜9日
台風9号が関東地方を直撃したので、ジイは6日の夜は警戒体制が布かれ職場で徹夜の待機となった。市内では大きな被害もなく、7日の午前7時に警戒体制が解かれ、9時前に自宅に戻って休養。7日はそのまま出勤せず、8日の土曜日朝の清掃ボランティアを済ませてから北御牧に向かった。途中上信越道が富岡、下仁田間が被災して通行止めになっていたので吉井インターで降りて254号線を走った。途中コスモス街道沿線は豪雨災害の爪あとを目の当たりにした。ジイとバアの家も入り口の白樺の木が2本倒れていた。近所の人が立て直してもたせ掛けてくれたそうだ。柿の木も一番実がついていた枝が折れていた。コスモスもほとんど倒れてしまった。

ジイは、9日朝4時に渓流釣りに行くために起床したがまだ外は真っ暗。5時ごろになってようやく外が白みかけたので目的地に向けて出発。台風のあとの増水で釣りには好条件だし、60歳の誕生日を記念して大釣りになることを期待したが釣果はなかった。リリースサイズばかりだった。お昼で切り上げ、午後昼寝のあと漁師から百姓に変身して、冬用のニンジン、大根の種蒔きをした。大根は 銀のマルチを使ってみた(上の写真)。まだ種が余ったので、ニンジンの種を播いた畝の一角に一列追加して播いた(下の写真)。こちらは、最近よくやっている藁を刻んだマルチングをした。
今年3回目のカボチャの収穫。これで今年は全部で35個は収穫したことになる。まだ、畑に10個はできているから今年は売るほど(?)できたことになる。バアはどうやって保存しようかと、うれしそうに悩んでいる。でも来週ごろまでに全部収穫してカボチャのつるを片付けないとほうれん草やタマネギの苗を植える場所が確保できない。これはジイの悩みの種。
先週直してもらったはずのトイレ。修理に来てもらっているときはまったくでなかった写真のような現象が、修理が終わって帰った後に1回、今週はジイが釣りに出かける前に使用したら写真のようにまた現れたので、証拠写真を撮影。これで修理人にうそではないことが証明できるし、掃除が行き届かないからではないこともわかってもらえるだろう。
9月12日
北御牧の夕焼けはこのホームページで度々紹介しているが、この画像は9月12日の上尾の家の前の夕焼け。ジイが仕事を終えて、徒歩で職場から家に帰る途中、方角がちょうど東から西に向かうので刻々色が変わる夕焼けをずっと見ながら家に戻ったところ、バアも夕焼けに気が付いて外に出て眺めているところだった。急いでカメラを取ってきて撮影した。今日安倍首相は政権を無責任にも投げ出してしまった。なぜ、参院選直後に辞めずに組閣し、臨時国会を召集して所信表明までした後に辞めるのか、巷ではのっぴきならないお金の問題を首相自身が抱えていたとも言われているが。
9月15〜17日
15日は長野市七二会にある友人の古民家の片付けの手伝いにいった。大きな古民家を修復して、「山間の里、ゆっくりのんびりと地球に抱かれて暮らす楽しみ」「地元資産と地域ネットワークの拠点、宿泊施設つくり、村おこしの拠点(ロハス、スローライフ志向)を造りたい」という、友人の壮大な計画のささやかな手伝いをする。作業のあと、汗を流しにここから車で10分行った所にある中条村の「やきもち家」という宿泊施設でお風呂に入った。その後友人二人を伴って北御牧に。一泊後16日は近くの川で3人で渓流釣り。
17日はバアと二人で天気も良いので半そで半ズボン姿で、美ヶ原高原へ行ったが、上は風が強くガスっていて気温も低く寒いので、何もせずに下山。戻ってきた北御牧ではまだまだ夏。でも、稲は色づいてきていた。先日の台風に倒されることもなく、素人目には順調に育っているように見える。まだまだ日中の暑さは続いているが、こころなしか青空も浮かぶ雲も秋めいてきたように感じる。田んぼの先の家の一つがジイとバアの家(写真中央)だが分かるかな?
隣の家の畑にはそばが植えられている。北信のほうでは新そば祭りが行われているようだが、ここではまだ花盛り。花が終わり実が付いて葉や茎が枯れてくるまでこちらでは刈り取らないのでおそらく10月下旬以降か。友人からはいつになったらジイが打った蕎麦をご馳走してくれるのか、催促されるのだがまだまだ修行をしないと・・・。
先週種蒔きした大根が早くも芽を出している。今回の種蒔きは100%発芽している。これで順調に育ってくれれば、寒くなった頃収穫できる。バアは去年うまくできた切り干し大根をたくさん作りたい、と今からてぐすねひいて待っている。一緒に播いたニンジンはまだほとんど発芽していない。今週もカボチャ10個収穫。ナスやピーマンはまだたくさん採れる。キウリはもう今週が最後のようだ
今年も百合が咲いた。この百合は、バアの父親の記念会を北御牧で行ったときに、山口県周防大島の大島教会から運んできて植えたものなので、毎年この百合を見ると長年農村伝道とその集大成としての都市の団地伝道に生涯を捧げた亡父のことを思い出す。
9月22〜24日
9月1日に修理してもらってから後3週連続でノズルが同時に出て途中でぶつかり、そこで水が出るため背中に水がかかる現象が直らず、結局サービスセンターに電話して再修理に来てもらった。基板からノズルまで全部交換してもらった。その後3日間現象は出ていない。
先日の台風でたくさん倒れたコスモスだが、残ったコスモスが満開になってきた。ピンクや白、赤に混じって黄花コスモスも咲いている。ジイとバアの家ができてから、毎年庭いっぱいに咲いてくれている。特に種を播かなくても毎年あちこちから芽が出てくるので、間引くのに苦労するほどだ。
ジイとバアの家の裏のため池の土手にこの季節毎年咲いてくれるキキョウ。今年は真夏に野焼きで土手一面焼かれてしまったので、果たして芽が出るか心配していたが、数は多少減ってしまったが咲き始めた。園芸種ではない自然の草花の強さを感じさせるシーンだ。
もう一つ自然の賜物あけび。ため池の脇の雑木林にアケビの蔓が絡まっているのを見つけたのは春先のこと。その後何度か散歩がてら見に行ったが今回明神館への散歩の帰りに見たら、たくさんアケビがなっていた。届く範囲で採ってきた。まだたくさんあるので、来週は高枝ハサミを持っていって採ってこよう。試しに食してみたがすごく甘い。種は噛むと少しえぐい感じだったのでスイカの種を吐き出す要領で庭にぷっと吹き出す。
美しい夕焼けを眺めるための、背もたれの付いたベンチが欲しいとバアから催促されてから何年も過ぎたがなかなか実現しなかった。ジイは引っ越して時間ができたら自分で作ろうと思っていたが、たまたまチラシ広告を見ていたら組み立て式のベンチが格安で載っているのを見つけ、上尾のケーヨウD2で購入し、北御牧で組み立てた。早速22日組み立てたその日絶好の夕焼けとなった。
今年6月の岩手への釣行でたくさん釣れたイワナ、ヤマメを冷凍保存していたが、野菜が収穫され、保存食が作られて冷凍庫がいっぱいになってきたので、バアから早くお魚を何とかするよういわれ、燻製にすることにした。インターネットで調べた結果、コンパネを使って燻製器を作ることにした。一度もやったことも見たこともないので、あるホームページに載った方法を採用させてもらった。とりあえず焼き網2枚(30×40cm)が入るサイズ。吊るす方法は今度鉄の棒を買って取り付けようと考えている。カセットコンロは爆発の危険がありそうなので、電熱器を電気店で購入。桜のチップで燻製開始。魚は22日に解凍したあと、水1リットル、食塩150g、三温糖75gにブラックペッパー、バジルなどの香辛料で作ったソミュール液に翌日午後まで漬け込み、その後塩出しして23日夕方から24日午後3時まで網干しした。
初めての燻製開始。煙が蓋の隙間から漏れてくるが、チップの香ばしい香りが漂ってくる。どのくらいの時間燻煙すればよいのか、チップはどの程度足せばいいのか手探りでやってみる。二つかみのチップで600W約15分程度で燃え尽きたので、その都度チップを足して約1時間、ここでチーズウィンナ、かまぼこはほぼいい味になっているので終了。魚はまだ汁が残っていたので、網を上の段に移し、もう1時間燻製を続けることにした。この時点で写真の通り、色もいい色になっていたのでここで完了。この夜はおいしい夕食のおかずになった。上尾に帰る日だったので酒のつまみにするわけにはいかなかったが・・・。
9月29〜30日
9月28日(金)夜ジイは古巣の西貝塚の住民会議に出席後、地元の飲み屋さんに寄って住民と一杯やってしまったので、29日朝6時に起きて、ETCの朝の通勤割引を利用して北御牧へ。途中甘楽のパーキングで天ぷらそばを食べる。9月から北御牧との行き来では、必ず一度は途中で休憩を取るようにしている。それでも、午前10時前には北御牧に到着。土曜日はカボチャの最後の収穫と蔓の片付け、草刈りなど畑仕事に精を出す。ミニ耕運機で耕す前に暗くなってしまった。6時前には暗くなってしまう。
北御牧も稲刈りが始まっていた。日曜日は前の夜に降り始めた雨が予報に反して降り止まず、一日雨になってしまった。外の仕事が何もできないので、上田まで買い物に出かけた。夕方5時過ぎになって今回はまだ1枚も写真を撮っていないことに気づき、あわてて稲刈りのはぜかけの様子を撮りに行ったがうす暗くなりかけていていい写真が撮れなかった。もう一つの写真は、先週に引き続き収穫できたミョウガ。1週間で花が咲いてしまった。先週見えるところは全部採ったつもりだったがまだ出てきていた。でも少し実が小さい。
10月6〜8日
10月の最初の休みは3連休。先月下旬から始まった北御牧の稲刈りが佳境に入っていた。今週は3日(水)に防災協定を結んでいる上田市と、11月に行う上尾まつりに参加してもらう打ち合わせを兼ねて表敬訪問した後、北御牧に立ち寄った。みんな「別荘」という先入観で木立の中?にあると思っていたらしい。360度見渡せるこの風景は誰にも自慢だ。
7日(日)は朝から晴天となったので、上田市の太郎山(標高1,164m)を登山。表参道登山口は、ちょうど上信越道のトンネルの出口のそばでしばらくは車の騒音が消えず少し興ざめだがしばらく登ればそれも聞こえなくなり、松や楢の木の樹林帯を登る。頂上の手前に太郎山神社がある。三角点のある頂上に着くと反戦、反核の詩人長田三郎の碑文があった。どんな人なのか知らないが神社の壁に飾られた最多登頂記録者にその名前があった。久しぶりの登山で疲れたが、この碑をみて爽やかな気分になれた。
7月29日に種蒔きした大根とニンジン。夏播きの野菜は収穫が早い。18本育っていた大根もこれで6本目の収穫。どんどん順番に採っていかないと食べ切れなくなる。ニンジンはまだまだと思っていたが試しに1本抜いてみたらそこそこに育っている。大根もニンジンも今年3回目となる種蒔きをした苗が大きくなってきている。こんなにも1年で何回も楽しめるとは知らなかった。
上尾から持ってきたイチジクの苗が冬の寒さのためか大きく育たず、3年目を迎えても今年も実がならずに終わってしまったとジイとバアで話していたところ、バアが大発見。何ととても食べられるような大きさではないが(小指の先ほどの大きさ)イチジクの実ををバアが見つけたのだ。これで来年に期待が持てる。何しろ本家本元の上尾のイチジクの木はカミキリムシに根こそぎ食い荒らされ枯れてしまったのだから、何とか寒冷地の北御牧で復活して欲しい。
10月12〜14日
今年6月に完成したジイ小屋に固定資産税をかける為東御市から家屋調査をしたいということになり、12日(金)休暇をとって北御牧にいく。調査に来た職員の一人は、ジイとバアの家にケーブルテレビをひくときに世話になった職員だった。今年4月に資産税係に異動になったとのこと。調査後、天気が良かったので、ミニ耕運機で畑を耕した。そろそろタマネギの植え替えの時期だ。上尾で苗を育てているがどうもひょろひょろ苗で使えそうもない。いつも苗を買っている「大地」で確認したところ苗は20日以降に入荷とのこと。来週は苗を買って植えなければ。
13日、14日は東御市の火祭り。晴天に恵まれた13日午前中、会場の芸術村公園に行った。明神池では久しぶりの人出で池のアヒルもガアガアと賑やかに鳴いていた。池の周りも少し紅葉が始まり秋らしい風景になってきた。今年のお祭りは、少々会場が縮小されイベントも減り、寂しい感じだった。やはり財政的に縮小されてしまったのか?ジイは、建設業組合でやっている木工教室で300円で桐の小物入れ作りに挑戦。15分ほどで完成、家に持ち帰り、100均で買ったニスを塗って1000円ぐらいのものになった、とご満悦。
庭は夏野菜が終わり、ミニ耕運機で耕したのですっきりしてきたが、コスモスとマリーゴールドだけは一向に元気を失わず、次から次へと新しい花を咲かせている。この花を狙ってミツバチやチョウがたくさん飛んでくる。今週は特にツマグロヒョウモンチョウがよく姿を現した。小さなデジカメでは動きの早いチョウをアップで撮るのは難しい。そのうち一眼レフのカメラが欲しくなるのかな?
最近家のすぐ横の電柱、電線がムクドリの休憩場所になっているようだ。多いときには100羽近くが並んで停まっている。上尾でも駅の植栽がムクドリの巣になり、夕方になると鳴き声と糞が公害になって問題になっているが、ここでも電柱の下の道路は糞だらけ。何かの実の種がたくさん転がっている。どんな草木が来年生えてくるのか?でも、ここでは昼間だけだし、人通りがあるわけでもないので、鳴き声や糞は即「公害」にはならない。かえって沢山のムクドリを観察できるので喜ばしい。人間が自らの経済活動で自然を壊す公害と、人間の生活に不都合な(?)自然の営みを公害とすることとは峻別する必要がある。
10月19日
19日久しぶりに孫たちが上尾に遊びに来た。あー(歩夢)ちゃんは6歳と5ヶ月。この日は、小学校の就学前検診があったのでそれが終わってからの我が家への訪問。幼稚園の運動会のビデオを観る。かけっこやリレー,などのほか組体操では一番上に立ってポーズ。すっかりお姉ちゃんらしくなっている。弟のむー(来夢)君は10ヶ月。つかまり立ちするようになっていた。歩き始めるのも間もないことだろう。あーちゃんと同様母乳で育てるらしい。幼い子どもたちへの犯罪や虐待が横行する今の世の中、無事に育って欲しいものだ。
10月20〜21日
孫たちと別れた後、雨の中北御牧に。慣れた道だが雨のドライブは疲れる。20日の朝は好天気に変わっていた。午前中6月の農業大学校のアグリターン研修で訪れた佐久のリンゴ農家に行く。まだ王林や富士は出ていない。紅玉、信濃スウィート、信濃ゴールドを15キロ購入。11月中旬また行くことにした。前日の雨で浅間山が初冠雪。佐久の帰りに寄ったパン屋さんの話では、浅間山に3度冠雪があると地元にも雪が降るようになる、と言われているとのこと。
先週20日に入荷する、と聞いていたタマネギの苗を買いに行ったら既に売り切れ。明日10時にまた入荷するとのことで、21日雲ひとつない晴天の、絶好の山歩きの天気だったが、それをあきらめ苗を買いに走る。2種類(赤と普通の黄色のタマネギ)の苗各100本購入。畝3列にマルチをして苗を植える。午後山へ行く時間がなかったので北アルプスの見える地点まで散歩に出かける。残念ながらほとんど雲に隠れていた。
10月26日
10月26日(金)福利厚生休暇をとったので25日の夜から北御牧へ。26日は午前中からどんよりした曇り空でとうとう昼頃から降りだし、翌日の朝まで降り続けた。このところの気温は3,4度まで下がっているようで、桜や白樺の紅葉が始まった。雨の降りだす前に、大根とニンジンを収穫した。トマトやナス、ピーマンの植わっていた畑を片付けた。来年は同じ場所で不耕起栽培に挑戦するつもり。
10月27日
27日(土)朝北御牧から上尾に戻り、午後孫のあーちゃんの七五三のお祝いに。大宮氷川神社の近くの料亭で行われた。あいにく台風20号が前日発生し、駆け足で太平洋岸通り過ぎたため、風雨の中のお祝いとなった。これから何代も着継げるような大変高価な着物。いつもの洋服とは違う着物を着て大変だったようだが、薄化粧をした表情はお人形のようにかわいらしい。でも弟ができて姉としての自覚が言動ににじみ出てきている。その弟のむー君は、表情が豊かになってきた。1歳の誕生前には歩き出しそうだ。
10月28日
28日は台風一過晴天となったので、深谷の友人が所有する畑の柿の収穫に行った。この柿は平核無(ひらたねなし)という品種で、種がない渋柿で、干し柿にはもってこいの品種らしい。しばらく手入れをしていなかったので、木が高くなってしまい普通の高ハサミでも届かない高いところに沢山の実がついていた。手の届くところを採った後、友人が最後の手段で幹からばっさり切り落とす荒業で高い所の柿を収穫した。
写真は、収穫した柿の約半分の量。沢山いただいてきたので、3つの方法でこの柿を処理することにする。家に戻ってから、3分の1を35度のホワイトリカーで、いわゆる「焼酎漬け」にした。へたを焼酎につけ袋につめて密閉する。そのとき水分を吸収する布を同梱した。残りは、あさって休暇をとって北御牧に行くのでもっていき、皮をむき網に入れて干すのと、紐に付けて吊るすのと二通りの干し柿を作る予定。その結果はまたホームページに掲載予定。
10月29日
10月26日(金)から2回の土日をはさんで10日間仕事を休んでいる。4日目の29日は巣鴨に用事で出かけた。用を済ませてから「ばあちゃんの原宿」として有名な巣鴨のとげ抜き地蔵に初めて行く。平日の月曜日にもかかわらずここだけは年配の女性を中心に沢山の人通りがあった。みんなどんな思いを抱いてお参りするのだろうか?巣鴨のあとは新宿の「カタログハウス」のお店に行った。ちょうど通販生活秋冬号が出た直後なのでかここも混んでいた。
10月30〜31日
29日東京の用事を済ませ上尾に戻ってから、北御牧に向かった。いつもの週末とは違い、30日(火)、31日(水)の滞在。30日は日曜日に沢山いただいた渋柿で干し柿つくりに精を出す。予告どおり、吊るし柿と網で干す2種類、全部で約300個あまり。殆んどバアが皮むきをし、ジイがむいた柿を紐に吊るす。1本7個ずつ11本。あとは大きな干し網2個にに各3段、1段に36個ずつ。全部うまく出来たら売れるほどの量だ。去年うまくできたときは量が少なくみんなに配るほどではなかった。今度は出来る前から差し上げる人の顔が浮かぶ。
10月も終わりとなって庭のコスモスも花が終わってきたので、片付けた。マリーゴールドはまだまだ花芽も残っているので、もう少し咲かせてあげよう、と片付けるのはやめた。21日に植えたタマネギは順調に育っているようだ。そろそろ霜も降りるのが心配なので寒冷紗をかけようと準備したが部品が足りず次回まで延期。白樺も黄色く色づいてきた。先月幹に取り付いていたカイガラムシをブラシで取り除いたせいか幹が白くなったような気がする。1日(木)からの旅行のため早めに上尾に戻った。
11月1〜3日
1日から3日までJTBの「紅葉に包まれて歩く奥入瀬渓流・白神山地・八幡平3日間」のツアー参加。総勢34人まずは新幹線はやてで八戸まで。大宮から約2時間半で八戸に着く。40年前夜行列車で10時間以上かけて行った事と比べると隔世の感である。八戸からバスで奥入瀬の玄関口石ゲ戸へ行く。途中まで晴れていた天候も予報どおり雨になってしまい、歩き始める頃はカッパに傘をさしての中、渓流コンソルジュに案内してもらいながら約90分のハイキング。途中からバスに乗って十和田湖子ノ口までコースを満喫。
1日目は石ゲ戸にある奥入瀬渓流グランドホテルに宿泊。2日目はそこからバスで八甲田・睡蓮沼、城ヶ倉大橋を経て白神山地入口の西目屋村アクアグリーンビレッジ暗門へ。そこで昼食後、専門ガイドに引率されて、ぶな林と暗門の滝(第3の滝まで)めぐりの約3時間のハイキング。晴天とはいえないが前日のような雨は降らなかったので助かる。杉などの人の手による植林ではない自然林。ぶなやかえで、桂、ミズナラ・・・。熊がかじった案内板もあった。暗門の滝の流れではイワナが悠然と泳いでいた。ただ漫然と歩くのではなく、ガイドにいろいろ説明を受けながら歩くのもいいものだ。
2日目の夜は西目屋村から岩木山を眺めながら東北自動車道弘前大鰐インターまで戻り、鹿角八幡平まで高速を走ったあと湯瀬温泉へ。美人の湯として有名らしい?3日目は湯瀬温泉からバスで雨の中八幡平大沼自然探勝路へ。大沼の1周30分を歩いた後八幡平アスピーテラインで秘湯ふけのゆ温泉へ。写真はふけのゆ温泉の露天風呂の遠景。ここで入浴(我々は入浴せず)、女将自慢の山菜料理の昼食をとる頃には晴れてきたが、アスピーテラインが2日前に積雪したうえに今日も雪が降ったらしく通行止めが解除されず、予定していた八幡平頂上、八幡沼展望台行きは中止となり帰路となった。盛岡から新幹線夕4時54分乗車、家には夜8時帰宅。
11月11日
11日(日)はジイの父の3回忌の法事で裾野市にある菩提寺へ行った。父が亡くなって2年。ジイ自身が還暦を迎え退職が近づくにつれ、父が43年間勤めた会社を定年退職し、その後子会社へ出向したあと1年足らずでそこを辞めて、会社勤めから完全に引退するにいたったころの思いや考え、心情を聞いておけばよかった、と時折思い返す。今はブログの時代、そろそろジイやバアも思い浮かぶままをつれづれにブログに書き留めるようにしようかな?
11月13日
今度の週末は、10日(土)仕事であげお祭りに参加。11日は父の3回忌で裾野に出かけたので北御牧には行けなかった。先月末に作った干し柿が心配で、13日(火)休暇をとり前夜から北御牧に。干し柿を手もみし、中の繊維質をほぐす。こうすると硬くならずほど良い柔らかさになる。ジイ小屋の軒下に吊るしていたが、網に干した柿は、気温が暖かったせいかそれとも風当たりが弱かったのか、少しカビ風に黒ずんだものもあったので、風当たりのいいガレージにはす場所を変えてみた。
タマネギは順調に根付いて育っている。これからの寒さ対策として、寒冷紗のトンネルをかけた。今回は、寒冷紗の両端を20ミリの太さのミラポール(支柱などに使う棒)に巻き付けてパッカーというプラスチックの留め具(写真の水色のもの)で留めてトンネルを作った。こうしておけば、使い終わっても捨てずにそのまま仕舞っておき、また来年使いまわすことが出来る。あとは去年と同様風除けの衝立を建てる作業がまだ残っている。
11月17〜18日
久しぶりに週末に出かけるというパターンで、16日(金)の仕事が終わってETCの通勤割引を使って北御牧へ。到着時北御牧は冷え込んでいて、室温は14度だったのですぐにホットマン(暖房機)を点けた。翌朝17日は今年の秋最も寒くなった。午前6時半のデッキの温度はマイナス6度。畑には一面霜がおりていた。先週タマネギに寒冷紗のトンネルを掛けておいて正解だった。原油の値上がりで灯油も値段が上がっているだろうが、昨シーズンの残りがタンクに半分(約200リットル)あるので、しばらくは補充しないでおこう。
17日は、気温は冷え込んだが天気は最高に良かった。日が昇るにつれ、風もなく気温がぐんぐん上がってきたので、網戸を洗ってしまいこんだ。網戸をはずすと室内からの眺望が一段と良くなる。網戸は今まで2階の小屋裏にしまっていたが、今年からは隣のジイ小屋にしまうことにした。そのほうが運ぶのが格段に楽だ。
霜が降りたせいか一晩で柿の葉がすべて落ちてしまい、庭の柿の木は丸坊主になってしまった。ムクドリが来て早速柿をつついていた。完全に黄色く色づいた柿の実だけ急いで収穫した。3週目に入った干し柿は、昨晩の冷え込みもあってか試食したら大変甘く食べごろになっていた。早速いくつかをお土産用に上尾に持って帰ることにした。上尾の柿に始まり、渋柿の焼酎漬け、北御牧の甘柿、そして干し柿と、10月からずっと毎日のように柿を食べている。
17日の夜義姉夫婦が泊まりに来た。18日は天気予報では午前中晴れということだったので早めに起き、旧武石村から松本へ抜ける道を通って武石峠に出て、そこから思い出の丘に行ったが霧で視界が悪く何も見えなかったが、その代わり霧氷を見ることができた。思い出の丘からさらに車で上に登り、自然観察センターまで行った。車はそこまで。ここから王ヶ鼻までは歩いて15分ぐらいでいける。美ヶ原の山本小屋から行くよりもずっと簡単に王ヶ鼻や王ヶ頭に簡単にアクセスできるのだ。
山は雪混じりの天候で長居は出来なかったので、早々に下界へ降りてきて、先月にも行った佐久市のリンゴ農園に行った。フジの収穫がかきいれ時で忙しい最中だったが、親切に対応してくれた。いろいろ発送をお願いし、持ち帰りもフジだけに限らず、王林や上州名月、愛佳と混ぜて購入した。この農園は3代続いた農園で、一番古い木は70年になるということだった。初めて来た義姉夫婦も交えて園内を見させてもらった。
11月22日
22日(木)リンゴや干し柿、野菜を取りに次女と孫が上尾の家に来た。あーちゃんは幼稚園の制服姿。年長組、もう来年の4月から小学生だ。むー君は11ヶ月目。正月2日の生まれだから生後何ヶ月かを計算するのが簡単でいい。もうつかまり立ちも簡単に出来るようになっている。歩き出すのも時間の問題だ。
11月24〜25日
3連休の初日23日は仕事。消費生活展で市長の代理で来賓祝辞。こういう仕事は正直のところあまり得意ではない。用意された原稿を読むだけだ。きっと聞いている人のほうがさらにつまらなく思っていることだろう。24日朝のボランティア清掃を終わらせてから、北御牧に向かう。夕暮れ時浅間山の上に満月が昇っていた。西の空の夕焼けに見とれていてふと反対の方向に目をやったときには、もう山の上に月が昇った後だった。次の日の朝はまた冷え込んで浅間山がすっきりと雪をかぶって輝いていた。25日の夕方ほんの一瞬だが浅間山からの月の出を見ることができた。
先週北御牧の百匁柿と次郎柿の一部を上尾に持って帰ったところ、一部が黒っぽくなってきた。初めは何故かわからなかったが、よくよく考えてみたら、先週土曜日の朝マイナス6度まで冷え込んだため、凍みた結果だということがわかった。今週まだ収穫しないで残しておいた柿を調べてみたら案の定凍みて変色していた。捨てるのは忍び難く、干し柿にすることにした。先月30日に干し始めた柿のほうは、程よい硬さと甘みが出たので子どもたちなどに配るため箱詰めにした
夏から秋にかけて長い間目を楽しませてくれたマリーゴールドが、ここのところの低温と霜で、すっかり枯れてきてしまったので、片付けた。畑の中に山になるほどになったが、風がなかったので野焼きで処分した。上尾あたりでこんなことをしたらすぐに市役所に苦情の電話が入ってしまうところだが、ここでは、まだまだおうらかなものだ。
畑仕事するようになってからいつか自分で堆肥作りをしようと思っていたがなかなか実現しないまま4シーズンが過ぎた。来年からの定住に向け今年は何としても堆肥作りをと思い2週にわたって囲いを作った。思いつきで設計もせず、現場合わせのため、形はゆがんでしまった。落ち葉は近くの山へ来月になったら拾いに行く予定だ。とりあえず我が家のケヤキの落ち葉をかき集めたらかなりの量になった。近いうちに友人から米ぬかを譲ってもらうことになっている。EMぼかしも入れて堆肥作りに挑戦だ。
11月30日
先週に引き続き孫たちが上尾にやってきた。七五三の写真を届けてくれた。次女がチクマ農園で買った紅玉を使ってアップルパイやジャムも作って持ってきたのでみんなでパイをご馳走になった。バアは、紅玉を持たせればパイやジャムになって戻ってくるので、これから毎年次女に持たせようかな、といって笑っている。あーちゃんは食べたあとの食器洗いをしてくれた。ムー君はおとなしくひとり遊びをしていた。手のかからない子に見える。
12月1〜2日
先週Tさんの奥さんが稲藁が欲しいか声をかけてくれたので、有難くいただくことにしたら、駐車場の中に届けてくれていた。去年の残りとあわせ駐車場の奥に積み替えた。これだけあればいろいろ畑仕事にふんだんに使うことが出来る。早速畑の周りのグチャグチャになりやすいところに敷き藁をした。Tさんには御礼をしたいが、御礼をすると3倍、4倍のお返しを受けてしまうので、今は控えている。
去年初めて切り干し大根を作ってうまくいったので、今年も大根の収穫にあわせてバアが大根を刻んだ。干し柿に使った網がフル稼動だ。土曜日の夜から駐車場の屋根の下へ干したあと、日曜日の昼間は、駐車場で藁の積み替えで埃が立つのでぶどう棚のところへ干した。1日で少し縮み始めた。もう気温が明け方には氷点下まで下がるようになっているので、来週まで干しておけば、去年のように甘みが出てくるはず。
12月8〜9日
7日(金)夜は仕事で出かけられなかったので、8日朝早めの7時にに上尾を出て、途中買い物で佐久平に寄ってから北御牧に。午後先週の続きで畑の天地返しをした。夜は、久し振りの工作でオデッセイ用のタイヤラックをジイ小屋で作った。
来年の野菜作りに向けて、初めての堆肥作りに挑戦。家のケヤキの枯葉だけでは全然足りないので、9日の午前中長和町の学者村分譲別荘地の山に落ち葉拾いに行った。この別荘地はかなり奥の深い山林に広がっていた。山の中は針葉樹が混在しているので、意外と適当な落ち葉が少なくかなり山の奥まで入っていい場所を見つけた。午後から枯葉と米ぬかにEMぼかしと土を何層かに積んで踏み固めたら、車の荷台にいっぱい拾ってきた落ち葉が写真のような量に圧縮されてしまった。これから発酵が進むとさらに少なくなると思うので、また落ち葉拾いに行かなくては・・。
12月15〜16日
先週の落ち葉堆肥の発酵の進み具合を楽しみにしていたが、1週間経ったというのに先週とまったく変わってなかった。きっと水分が足りなかったのだろうということで切り返しをしながら、ホースを引っ張ってきて万遍なく水を撒いた。ついでに米ぬかもさらにバケツに1杯追加した。先週は囲い全体をブルーシートで覆ったが、今回は写真のように覆いはしなかった。来週こそ発酵が進むことを期待して。
先週帰り際に稲ワラをいただいた近所の農家に御礼の手土産を置いてきたが、15日(土)午前中その農家がまたまたお返しに自家製のお米10キロと手作りジャム(プルーンとネクタリン)を届けにきた。本当に義理堅い人たちだ。毎年御礼の何倍ものお返しをいただく羽目になり、本当に申し訳ない限りだ。
16日の朝、北御牧滞在中の初雪となった。前夜から降りだし午前10時ごろまで降ったり止んだりの雪だったが、その後の晴れ間で午後にはほとんど消えてしまった。浅間山も先週は居る間一度も姿を現さなかったが、16日は雪のあとの午後に見せた姿は全身真っ白だった。写真には写ってないが、烏帽子岳も同様に頭が白くなっていた。
12月の2日に作って外で干しておいた切り干し大根を、1週間家の中で干して乾燥させた。大根6本が50グラムの袋9袋になった。先週作って同じように外に干しておいた切り干しを、また家の中に来週まで干す。今度の切り干しには、写真の右下のような黒く変色したものが少しあった。外が寒くなってきたので凍って変色したのだろうか、原因はよくわからない。
12月21日
孫たちが上尾の家にやってきた。二人にクリスマスプレゼントを渡すために来て貰った。ムー君は手がかからない。一人遊びの好きな子だ。でもさすが男の子、動きが素早く大胆だ。あーちゃんはしばらく紙風船で遊んだあと、プレゼントのおもちゃに打ち興じていた。いつの時代も(自分の時も、子どもたちの時も、そして孫たちも)プレゼントを手にしたときの目の輝きは一緒なのだろう。
12月22〜24日
落ち葉堆肥2週間経過。先週の1週間目は水分が不足したためか一向に発酵が進んでなかった。切り返しにあわせ水をたっぷり含ませておいたところ、22日は写真では良く見えないが、発酵が始まっていて切り替えし作業の間湯気が立つようになった。もう一度少々水を加え囲いの中に積み替えた。来週はもっと発酵が進んで色も黒くなっていればうれしいのだが・・・。
23日の朝は、先週に引き続きの雪。積もった雪の量は先週よりも大分多く5センチほどになった。しかし、雪のあとのつかの間の晴れ間で、あっという間に融けてしまった。朝の内に除雪車も平日のことはわからないがおそらく今季初出動してきた。家の雪景色もジイ小屋も並んだ風景は今季初の撮影となる。
22日から泊まりに来ている長女夫婦にために、23日の夕方2度目の燻製をした。魚は禁漁になっているので渓流魚はなく、仕方がないのでいわしを使ってみた。チーズやウィンナーはまあまあだったがゆで卵やいわしはうまくいかなかった。さらに研究が必要だ。長女夫婦はお酒を飲まないので、酒のつまみではなく夕食のおかずになってしまった。
24日は甲斐小泉にある平山郁夫シルクロード美術館に行くつもりでいたら、先週から冬季閉館とわかり仕方なく長女夫婦と近くの明神館まで散歩することになった。歩き始めの頃は、晴れていた空が一気に曇って小雪が舞う状態に。1時間弱で明神池に着いた頃は、再び晴れ間も出た。カイトを揚げたが風が空で廻っていてうまく揚がらなかった。
12月29〜31日
28日の仕事納め(最近は定時の午後5時まで)のあと北御牧へ。今回は年末年始を通して北御牧に滞在する。29、30日は義姉夫婦が来て家の建築について話し合った。31日には次女夫婦と孫のムー君が来て、1月2日まで滞在。今年の初めは次女の出産で幕開けとなったが、その張本人のムー君がこんなに成長した姿を見せてくれた。1月2日に1歳の誕生日となるが、少し早めに大晦日に誕生祝いのケーキを、母乳だけで育っている本人抜きでみんなで食べた。ジイは年越し蕎麦を打った。
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