過去の日記07年11月〜09年09月

思いつくままに(ジイの記録)
2009年10月31日(土)
午前中奥の田んぼで藁を焼く煙が上がっていた。Yさんが一生懸命野焼きしている姿を目にすることができた。気が付くと我が家の畑にブルーシートを掛けられた籾殻の山ができていた。一昨日、籾殻を使ってタマネギの周りに撒いておけば草が生えないよと教えてくれ、今度持ってきてやるよと言ってくれていたが、早速昨日か今朝運んでくれたらしい。野焼きしている田んぼまで行ってYさんにお礼だけ申し上げ、タマネギの畝の周りに籾殻を入れた。
昨日のお出かけはオデッセイを駆ってのものだったが、走り出して間もなくブレーキをかけるたびに、ザーザーと何かがこすれるような音がした。どうやらブレーキのパッドが磨り減ってきたのかも知れないので、放置しておくわけにも行かず、午前中佐久のホンダへ連絡したらすぐ見てくれるというので、午後にもって行った。見てもらうとブレーキパッドが磨り減ってなくなり金属同士がこすれている状態になっていた。約
78,000キロも走っていて今まで一度も交換していないのだから仕方がない、新しいものに交換してもらった。ついでにオイル交換もお願いした。
予約をしていなかったので、
1時間近くかかったが、その間に営業のSさんと話をしている間に、いつの間にか新車の商談の雰囲気になってしまい、オデッセイの修理が終わる頃には、軽自動車を下取りに出してフィットを買うことになってしまった。
衝動買いのような感じだが、実際には
3月にも一度軽を下取りに出してフィットを買う見積りを出してもらったことがある。坂道の多い長野の道を走るとその馬力のなさがストレスを感じたからだ。しかし、その時は思い留まったのだが、先日最後の植物観察で湯の丸高原へバアたちが行ったとき、いつもは他の人の車に便乗するのだが、たまたまその人が欠席したので、我が家の軽自動車で他の2台の車と一緒に湯の丸高原へ行く山道を走ったらしいが、我が家の軽自動車は馬力がなく、遅れてほかの皆に迷惑をかけてしまったようだ。それですっかり軽自動車に対する愛着が失われてしまったようで、その日は帰ってくるなりもう軽の非力には我慢ならぬ、という話になってしまった。そんな伏線があって今日ホンダに行ったものだから、こういう結果になった次第だ。エコカー減税などで3月のときの見積りよりも安く手に入るようなので決めてしまった。11月中旬にはフィットに代わる予定。

籾殻の山
2009年10月30日(金)
「里山を歩く」の有志で大峰高原の大カエデの樹を見に行こう、という話が先日の滋野公民館のふれあいの集いの準備のときに話が持ち上がり、今日その日を迎えた。ジイたちは午前中松本に用事があったのでどうしようか迷ったが、大峰高原は松本から1時間弱で行ける場所なので、現地で合流することになった。皆は滋野公民館を9時半に出発することになっていたが、急遽参加する人が出たりしてスタートが遅れたようで、松本の用事を済ませてから行った我々のほうが先に現地に着いた。
大カエデの樹は、長野では有名でこの高原を戦後開拓した人たちが一度邪魔になるため株元から
1メートルのところで切ったところ、そこから株立ちし見事な樹に育ち、毎年一つの樹で紅葉が七色に変化するので、別名七色カエデとも呼ばれるようになったそうだ。1時間近くいる間にもひっきりなしに観光客が訪れてきた。残念ながら今年は早めに色あせ枯れ始めてしまったようだが、まだ名残は残っていた。この大カエデの樹のそばにある「新カエデ」、さらに1.8キロ離れている所にある「中カエデ」はともに緑、黄色、赤が色鮮やかに紅葉していた。
見事な紅葉を満喫したあとは、車で八坂村にある唐花見(からけみ)湿原に行き、たくさんの赤い実をつけたミヤマウメモドキや沼地のヒツジグサなどを見た。さらに大町市内にある霊松寺(れいしょうじ)見事なモミジやカエデの紅葉と、市の天然記念物になっているオハツキイチョウを見に行った。「植物観察」や「里山を歩く」の講師をしている吉原先生のおかげで、今年はいろいろ長野県内の景勝地や希少種の植物を見ることができた。草花の名前も人並みぐらいには知ることができた。今年度の講座は終了したが、来年度も付き合いが続きそうだ。
滋野公民館から来た
6人とは霊松寺で別れ、我々は長野コープの安曇野店に立ち寄り、買い物をしてから家路についた。午後6時に家に着いたが、もう外はすっかり暗くなっていた。近頃の日暮れは本当に早い。家に戻るとポチが気配を感じて玄関を開ける前から鳴く声が外に聞こえてきた。一日家の中にいたせいか夜遅くまで外に出たがってうるさく感じるほど鳴いてせがんだが、夜は危険なので外出禁止、かわいそうだが出してやらなかった。

大峰高原大カエデ

唐花見湿原ミヤマウメモドキ

霊松寺山門オハツキイチョウ(黄色)と紅葉
2009年10月29日(木)
午前10時に予約してあった「もみのき歯科クリニック」に行くと、治療台には誰もおらず、すぐに呼ばれて治療が始まった。治療といっても歯石取りなので、最初に歯科医が歯を見たあとの実際の作業は、歯科衛生士?の女性がやってくれた。30分もかからず下の歯の歯石取りが全部終わった。上尾で通っていた歯科医院は予約してあっても待ち1時間、治療は10分というパターンが多かったので、それに比べると拍子抜けするような短時間での治療で終わることができた。家には1040分ごろには戻った。
午後は畑の昨日苗を植えたタマネギのマルチングしてある畝の周りを掘って、マルチングの端を土で押さえた。そうしておけば、マルチングが風で浮いてパタパタして苗を傷つける心配をしなくてすむ。差の作業をしていると、奥の田んぼを作っている
Yさんが来たので立ち話をした。今年の米の出来具合を聞くと、あまりよくなかったとのことだった。天候の不順もあるが、腰を痛めて手術したそうで、そんなことで雑草取りもできず、米に雑草の種が混ざり品質が落ちたそうだ。やはり米作りには大変な手間と労力が要ることを、生の声で聞くことができた。そんなYさんが、今のジイがやっている畑の一部でまだ草が生えるままにしてある場所を、トラクターで田起こしするときについでにトラクターで起こしてくれる、といってくれた。Yさんにはトウモロコシをいただいたり、いろいろ野菜作りのノウハウを教えてもらったりしているが、一度も何の御礼もしていない。こんな親切に甘んじていていいのだろうかとも思うが、家の場所もわからず、御礼の仕様もなく戸惑っている。
夜は、庭に咲いている菊の花を花瓶に生けたので、それを写生した。暗くなってから始めたので、陰影など照明を使っても、昼間とはだいぶ違うので、下絵を描いたところで中断した。今は、少し描くことが面白くなってきているところだ。

菊を描く
2009年10月28日(水)
心配した筋肉痛はほんの少しだけで済みホッとしたが、バアには今日よりも明日を心配したほうがいいよと言われてしまった。朝から昨日よりも天気が良く絶好の登山日和だったが、今日は「味な男の料理教室」の最後の日なので休むわけにもいかず、山ちゃんと一緒に北御牧公民館まで出かけた。今日は最終日ということで、そば打ちをやった。
講座の学級長が師匠級の腕前なので、その指導の下
3組に分かれ、そば粉、強力粉を73の割合にした500gのそばを打った。あいにくデジカメを持っていくのを忘れ、奮闘振りを写すことができなかった。上尾にいるときに平方公民館で教わった打ち方は若干違う所もあり、こちらのほうが素人には仕上がりがうまくいきそうな打ち方だった。これなら今度家で打っても上手く打てるかもしれない。
そばにはてんぷらということで、かき揚げを
2種類揚げた。てんぷらを揚げる係りで揚げたが、少し衣が厚くなってしまってカリッと揚がらず、粉っぽいかき揚げになってしまった。最後に、そばがきの作り方も教わった。そば粉1に対し蕎麦湯2を使って、熱くした蕎麦湯にそば粉を入れ、固くなるまで良く混ぜるだけの簡単なものだが、新そばなど香りのいいものを使えば美味しく食べられることが分かった。そばつゆにつけても、しょう油などにつけて食べてもおいしい。今日はそばつゆにこちらのほうで取れる「ねずみダイコン」という辛味の強いダイコンおろしにつけて食べた。最後ということでみんなで食事後よまやま話を1時間以上もし、再会を約して解散した。
午後
2時ごろ家に戻り、天気も良く畑の土も少し乾いてきたので、タマネギの苗を植えることにした。今回は苗を500本も買ったので、畝が3列では間に合わず、もう一列3分の一の長さだが付け足した。購入日から3日目になり、苗も少し葉が黄色くなりかけていたので、全部上手く付くかどうか心配だが、8割程度付けば2軒分の量としては十分で、成功の部類に入るだろう。そうなることを祈る。
夜は、水彩画の練習をした。おととい下絵を描いたので、今日は絵の具で彩色した。今までのお手本とは違う画家のものなので、色使いやタッチが違い、同じように描くのは難しかったが、仕上がりは見栄えがよく見える。

タマネギの苗を植えた

水彩画お手本

習作
2009年10月27日(火)
6時出発のため目覚ましを5時にセットしておいたが目が覚めたのは535分だった。目覚ましは止めてないので何度も鳴っていたはずなのに、その時は目が覚めなかったようだ。あわてて起きて急いで支度をして何とか6時までに車に乗ることができた。
山ちゃん家の車でまず野辺山駅まで行き、そこで朝食を食べた腹ごしらえをした後、登山口のある観音平の駐車場まで行った。編笠山の登山開始は
828分、その時は晴れ間が見えていたが、上に登るにしたがって雲が出て時折小雨がぱらつく天候になった。最初の休憩ポイントの雲海というところでは富士山の全景も見えたが、その後は天候不順だった。登山口の表示では編笠山頂上まで3時間30分となっていたが、頂上に着いたのは118分、登山開始から2時間40分で着いてしまった。登り慣れている山ちゃんのペースで登ったせいか随分早いペースだったのかもしれない。ジイはやっと付いていくという状態だったが、何とか登りきることができた。久し振りに本格的な登山をした感じだ。ここ数年バアのペースに合わせての登山がほとんどなので、すっかりそのペースが自分のペースにもなっていた。
頂上は霧でしかも強い風が吹きぬけていて、とてもそこで昼食を取ることができないため、帰りのコースの途中にある青年小屋という山小屋の所でお昼を食べた。そこも外のベンチで食べたのでそのうち体が冷えてきて、早々にそこを引き上げ下山開始した。下りは山地図のコース時間とあまり変わらない時間をかけて駐車場まで下りてきた。午後
2時前に駐車場を出て、家に戻ってきたのは4時過ぎだった。標高差1,000メートルを約5時間かけて上り下りした足の筋肉は、明日はきっとストライキだろう。
参議院
2選挙区の補選で民主党候補が勝利し、参院での単独過半数獲得に向けての地歩を固めてきているが、昨日の鳩山首相の初めての所信表明演説は、具体的な政策に関する言及が少なく論評できるものがあまりなかった。初めての政権運営だから仕方がない面もあるが、逆に大臣達の具体的な政策に関する発言には、はらはらしてしまうものが多い。特に防衛大臣の普天間基地の移転に関する発言(グアムや岩国への一部機能の移転をもって海外や県外への移転と解釈できる?)などは論外。民主党長野県連の会長らしいが、その長野県のお膝元長野市長選挙では民主党推薦の候補者が最下位落選だった。人柄はよさそうなのだが、防衛大臣はお人よしなだけが取柄の人がやるような職責ではないのでは?

登山途中からの富士山の眺望

編笠山頂上にて

下山後帰途で見た編笠山(霧がない)
2009年10月26日(月)
8時半にモミの木歯科クリニックに電話して、1015分の予約が取れたので出かけた。この医院は我が家ができたあと週末通いをしている頃、立科町に建てられたもので、開業して23年だろうか。まだ若そうな歯科医だったが、設備は最新で、レントゲンの映像も歯の状態を写したカメラの映像も、目の前のパソコン画面に即座に写して説明してくれた。取れてしまった金属も元通り嵌めなおしてくれた。金属に開いていた小さな穴も上の歯との噛み合わせであたる部分で、歯のエナメル質も傷や虫歯もなく、問題ないとのことだった。ついでに他の歯の虫歯も調べてもらったが虫歯はなかった。ただ2年近く歯医者に行っておらず、歯石や歯垢が付いていたので、それはこれからの予約で4回ぐらいに分けて採ってもらうことにした。
歯医者の帰りにタマネギの苗を予約してあった「大地」まで苗を買いに行った。今日苗を買って植えるつもりだったが、朝起きたときにはもう雨が本降りになっていたので、植えることができない。大地に行くと、予約しておいた苗の葉の先が一部黄色く変色しているものもあって、一束
598円の予約値段を200円引きしてくれたので、5500本の苗が総額2,000円弱で済んだ。畑の土が乾くまで23日かかるので、少量の水を入れた容器で保存することを教わった。
午後はポチをゆりかご動物病院に連れて行った。前回の診療からの
10日間の間に2回も発作を起こしたことを告げると、いつも点滴液の中に発作を抑える薬も入れてくれ、明日の分として錠剤を1錠出してもらった。この薬で発作が止まれば特に心配入らないとのことだった。念のため瞳孔の検査もしてもらったが今までと変化はなかった。脳内の出血が再発したわけではなさそうだ。季節の変わり目で体調を崩したのかもしれないとの診断だった。
明日は山ちゃんと
2人で八ヶ岳の山梨側にある編笠山に登る予定をしている。明日の明け方まで雨だがその後は晴れる予報なので行くつもりで早めに寝ることにした。

ベッドの中のポチ

雨の外を出たそうに眺めているポチ
2009年10月25日(日)
昨日に続きどんよりした曇り空の一日だった。気温が上がらず室内でもコタツに入っていないと足が冷えるようになった。段々と家の中に閉じこもるようになる。これではいけないと、午前中は畑に出て昨日の続きの畑の天地返しをした。
午後からは、滋野公民館で行われている「ふれあいのつどい」の様子を覗きに行った。入口の看板をみると、第
14回と書かれていたからそれなりの積み重ねがあるものらしいが、どうやら公民館を拠点に活動している生涯学習サークルの発表会のようだった。2階のホールでは法被姿の団体がステージで民謡?を歌っていた。1階の通路と講座室には、油絵、水彩画、俳句、書、編み物などが飾られ、里山を歩くと植物観察の講座のものも展示されていた。講座の先生にいわれるままに、模造紙に6回の山歩きの山頂での集合写真を貼り付けただけのものを製作したが、場違いな感じではなかったので安心した。
1階の和室で茶席が設けられていて、顔なじみになった公民館の職員に声を掛けられたが、展示室を一巡りしてからご馳走になろうかと思って、見終わってから行ったらもう席が片付けられていた。2階のホールのほうはドアの隙間から覗いただけでやめた。まだ2時過ぎだったが、そろそろ閉会式が近づいているようだったので、帰ることにした。
昨日の夜歯を磨いていたらかぶせてあった金属が取れてしまった。こちらに来て一度も歯医者に行っていないので、そろそろ歯垢取りをしてもらうために行かなければと思いながらなかなか重い腰があがらなかった。明日にでも電話して行ってみるつもりだ。今年
1月にバアがやはりかぶせた金属が取れていれ直してもらった歯医者に行く予定。
今日の午前中ジイが畑をやっているとき、家の中でバアが見ている前でポチがまた発作を起こした。今月は
16に続き2回目だ。発作を起こす間隔が短くなったのが心配だ。明日動物病院に連れて行って先生に対処方法などを聞いてこよう。

ジイの作ったポスターとテーブルの上の植物観察の写真集
2009年10月24日(土)
天気予報では晴れだったのに一日中曇っていた。日中は、昨日はぽかぽか陽気で暑いくらいだったのが、一転して薄ら寒い陽気になってしまった。午前中は畑に積み上げてあったコスモスの枯れ葉を燃やしたが、コスモスはすぐに消えてしまうので、しばらくそばについていてこまめに枝を重ねなければならなかった。火燃しのめどがついたところで、トマトやピーマン、ナスの苗も全部抜いて支柱などを片付けた。これで畑もすっきりしてしまった。すっかり冬支度の様相だ。来年春まで作物を作らない畑の一部の天地返しを始めた。作物が植わっていた畝の部分は、スコップを入れてもサクッと刃が入るが、人が歩いて固くなった所は、スコップがなかなか土の中に入らず、やっと中へ入れても土を掘り起こすのにまた力が要った。結局わずかばかりやったところで中断した。
午後は、日ハム対楽天戦を見た。楽天の日本シリーズ進出がなくなり、野村監督の最終戦となった。両チームの選手から胴上げされていた姿が印象的だった。
74歳でプロ野球界の現役だったのだからたいしたものだと思う。野村監督の下で、他球団をお払い箱になった選手が再び活躍する「野村再生工場」と言われた手腕は評価してもいいだろう。野球に対する見方や取り組み方でまったく新しい力を発揮できる、うずもれた能力を引き出せるということを自覚させる理論と指導力はすばらしいと思う。野村野球の本が売れるのは、その理論を仕事や生き方に生かそうとするからなのだろう。夜は巨人対中日戦を見た。今日は安心して見ていられた。こちらも巨人が日本シリーズ進出を決めた。原監督はWBCで優勝して以来、自信を持って指揮している姿が印象的だ。

すっきりした畑、少し黒くなった所は天地返しをしたところ

コスモスやマリーゴールドを片付けて寂しくなった庭
2009年10月23日(金)
昨日の疲れが出たのか朝は7時半過ぎまで目が覚めなかった。昨日のうちに日記をアップできなかったので、午前中戸隠の紅葉ウォーキングの写真を整理したうえで日記にあわせてアップした。コンパクトデジカメで写した紅葉の画像は、実際の色と比べると随分違うものになってしまう。気に入った画像が少なくどれを日記に使うか悩んでしまった。
そのあとは、水彩画のサンプルを参考に絵を描いた。デッサンだけでなく彩色も、実際に使った絵の具の名前も書いてあるので、そのとおりに色を作って彩色した。それでも水の量でサンプルと同じにならない。それでも絵の具同士の混ぜた結果がどんな色になるか試すことができたのは収穫だった。
午前中、滋野公民館の生涯学習講座「里山を歩く」の講師の先生から午後滋野公民館で、今度の日曜日に行われる「滋野公民館ふれあい祭り」に出展する「里山を歩く」の掲示物の打ち合わせをしたい、という連絡があったので午後公民館まで行った。準備しておいたものを見てもらって
OKをいただいた。明日行く予定だったがこれで用が済んだので明日は行かなくてもよくなった。打ち合わせが速めに終わったので、そのあとお茶を飲みながらの世間話をしていたが、先生も昔上尾の原市団地に住んでいたことがあったことがわかった。根掘り葉掘りきくわけにもいかずそれ以上の詳しいことはわからない。
公民館のロビーで話をしているとふれあい祭りの準備のためか、入れ替わり立ち代りいろんな人が出入りしていたが、里山を歩く講座に参加している人も何人かいて、来週の
30日に北信の八坂村にある紅葉で有名な七色カエデを、里山歩きのメンバーに呼びかけて、行くことに決まった。その日は用事で松本へ行く日なので我々は途中で合流することにした。早速夜連絡網で里山を歩くのメンバーに伝えた。

習作
2009年10月22日(木)
今朝は戸隠のイベントに参加するため6時に起きた。室温は20℃あったが外は寒そうだったので、デッキの温度計を見たら2℃だった。天気は上々だったので安心して、午前7時半に山ちゃん夫妻と一緒に家を出た。東部湯の丸インターで上信越自動車道に乗り、快調に飛ばしたが、坂城を過ぎる頃から曇り空になり、長野市を過ぎて信州中野の辺りからポツポツきだして、信濃町インターを降りる頃には本降りに近くなってしまった。インターを出る前の黒姫パーキングで黒姫山周辺の紅葉が見れると期待していたが、山容はまったく現れていなかった。信濃町インターから戸隠に向けて山道を進めていくうちに雨はあがったが、曇り空に変わりはなく、紅葉もさめた色になっていた。
イベントは、戸隠森林植物園で行われる森林ボランティア主催の「戸隠紅葉ウォーキング」。天候もよくないので参加者は少ないのかと思ったが、総勢
40人近くいただろうか。ガイドしてくれる森林ボランティアも6人いた。大勢の参加で、主催者の森林ボランティアの代表者も喜んでいた。ウォーキングは戸隠森林植物園学習館を起点にして、戸隠神社奥社の入口にある随神門から鏡池、小鳥ヶ池、足神社から戸隠神社中社を経て学習館に戻る全行程7キロを4時間で歩くものだった。
10
時に出発し、途中の鏡池で昼食を取った。お昼を食べている間に雲が切れて晴れ間が出てきて、紅葉に陽が差すと、今までくすんで見えた紅葉が、一気に色鮮やかな赤や黄色に変化した。もう少し粘っていたら鏡池も雲が切れて戸隠山も姿を現し、湖面に鏡に映ったような姿を見ることができただろうが、団体行動の切なさ、後ろ髪を引かれる思いを残して出発した。小鳥ヶ池では湖面に青空と紅葉がきれいに映るようになっていた。さらに学習館に戻った頃には、出発するときは雲にすっぽり隠れていた戸隠山の全容が現れていた。
2
時半に解散したが、時間もあったので、学習館の中を見学した。中には、植物園の自然の生態を季節の移り変わりや一日の変化を臨場感あふれる演出をしたジオラマがあったり、パソコンを使って自然観察やゲームをしながら自然を学ぶ仕掛けもあって楽しめた。マルチビジョンシアターでは、時間単位で放映される「戸隠の四季」というのを見たが、暗いシアターの中で見ている間に居眠りをしてしまい、気がついたら終わっていた。これをしおに家に帰ることにした。帰りは、戸隠バードラインを通って長野インターから高速に乗った。小腹が空いたのとETCの通勤割引の時間調整を兼ねて、松代サービスエリアに寄っておそばを食べてから帰った。5時半過ぎには家に着いた。

今朝6時の気温

戸隠紅葉ウォーキング

小鳥ヶ池雲間に戸隠山

学習館からの戸隠山
2009年10月21日(水)
今朝は一転冷え込んだ。新聞を取りに玄関の外へ出たときに温度計を見ると4℃だった。明け方はもっと冷えていたかもしれない。午前中丸子町にあるケーヨーデーツーに行った。昨日デーツーで帽子の庇の所に付けるサングラスを買ったが、メガネをかけたままだと帽子をかぶるとそのサングラスがメガネに当たってしまって具合が悪く、返品してメガネに直接取り付けるクリップ式のサングラスに取り替えてもらうためだ。カードで購入したので手続きが面倒だったが、嫌な顔もされずに処理し交換してくれた。金額は1,980円だったので、昨夜はこのまま交換に行くのは止めようかとも思っていたが、やっぱり交換に行ってよかった。隣のツルヤでお昼用のお弁当のほか中華丼などを作る食材も買った。サングラスの交換がスムーズに行ったので気分も良く、今夜の夕食はジイが支度すると申し出た。
午後になって、明日山ちゃん夫妻と戸隠森林植物園で行われるイベントに参加するのに、ガソリンの残量が心配だったので、佐久まで給油に出かけた。給油ついでにヤマダ電機、カメラのキタムラ、ケーズ電器をはしごした。一眼レフカメラの値段の市場調査をしてきた。
帰ってきてから夕食の支度にはまだ早かったので、たまねぎの苗を植える予定に場所に牛糞堆肥を入れミニ耕運機で耕した。また、先日片付けたコスモスやマリーゴールドの枯れ草がここ数日の晴れで乾いたので、燃やすことにした。乾燥して勢い良く燃やしていると山ちゃん夫妻がサツマイモをアルミホイルに包んで持ってきた。燃えている炎の中にそれを放りこんだ。思いのほか燃やす枯れ草の量が多く、全部燃やし終わる頃にはあたりは真っ暗になってしまった。おいしく焼けた焼き芋を灰の中から取り出し食べてみるとほくほくしておいしかった。夕飯代わりに食べたかったが、料理教室で教わった中華丼と豆腐団子のスープを作らなければならないので、あとで食べることにした。
夕食の段取りに入ったのが
6時で、作り終えて食卓につく頃には7時半になっていた。中華丼は、前回よりもとろみも出て中華丼らしくなったが、味は少し薄味だった。料理をしている間に巨人中日のクライマックスシリーズ初戦は大差がついていて、夕食の一段落がしたときにはもう見る気がしなくなっていた。パリーグは9回裏に大逆転のドラマがあったようだが・・・。
今日佐久に出かけている間に岩手の師匠からの新米が届けられた。今年は
101日に稲刈りをしたとのこと。今年はいつにも増して収量が多いとか。仕事と釣りの合間を縫っての米作りは、アマチュアの域を出ない、と謙遜しているが何ごとにも全力を尽くす師匠のお米は、まだ食べていないが、去年の経験から行って間違いなくプロ顔負けのおいしさに違いない。

中華丼(右)と豆腐団子スープ

岩手の師匠の新米
2009年10月20日(火)
オリオン座流星群を見るため、昨日の深夜外へ出て夜空を見上げた。昨日は日中空気が澄んでいたので、夜の空もよく星が見えた。時間にして10分程度だったが、二つの流れ星を見ることができた。バアは粘って3個見たと喜んでいた。
今朝はごみ出しにステーションまで歩いて行ったが、妙に生暖かかった。まだ午前
7時だというのに気温は17℃になっていた。最近の朝はコンスタントに10度以下に下がっていたので、暖かく感じたのだろう。ステーションでは、すぐ前の家のTさんと出合った。1年半ごみを出しにステーションを行き来したが、今まで誰にもごみ出しで鉢合わせしたことがなかった。思わず「今朝は妙に生暖かいですね」と声をかけてしまった。Tさんも驚いたようにこちらに顔を向けてから「そうだね」と相槌を打った。
午前中お絵描きで時間をつぶした後、上田のジャスコへ買い物に出かけた。最近トンカツなど外食で食べていないので、買い物に出たついでにトンカツ屋に行ってみようかということになり、ガイドブックに載っていたお店で、以前に
2度ほど食べに行ったことのあるお店に行ったが、もう看板も取り外して閉店していた。仕方なくジャスコまで戻って、店内のレストランで食べた。食べようと思ったトンカツが食べられなかったので、惣菜コーナーのトンカツを2枚買って帰って夕食でそれを食べた。気分的には一応満足したが、やはりお店で食べる揚げ立てのパン粉がさくさくしたジューシーなトンカツには及ばない。この次またいつ急に食べたくなるかわからないが、それまでにおいしいお店を見つけておかなければ・・・。
2009年10月19日(月)
今日は朝から快晴で雲ひとつなかった。浅間山や蓼科山の山並みがくっきりとしていた。2階の窓から見える烏帽子岳の稜線がきれいで、午前中ペン画でその稜線を描いたあと彩色してみた。水彩画教室では教えない描き方だが、風景画のスケッチとしてはこちらのほうがしっくりする。
毎週月曜日は、午前
11時前後にコープ長野の宅配がくる。今日は少し早めにきたので、品物を受け取ったあと、早めにお昼を食べて、明神館まで写生に行くことにした。最近歩いていないので、ウォーキングをかねて出かけた。明神池に着くと、絶好の写生ポイントには既にスケッチをしている人が全部で4人もいた。空気が澄んで、景色がすっきり、くっきりしているので、絵をやる人にとっては最高の条件なのだろう。まだ駆け出しのジイでさえいいお絵かき日和と思ったのだから。バアも一緒だったので長い時間スケッチしていられず、ペン画だけして彩色は家に帰ってからにした。バアも、ジイがスケッチしている間に、落ち葉を小さなスケッチブックに描いていた。ジイより筋がいい。家に帰って、デジカメで撮った風景を参考にスケッチに色を付けたが、見た目の記憶とカメラに映っている景色の色と違うので戸惑った。
朝、滋野公民館の生涯学習講座「里山を歩く」の講師の先生から、打ち上げの会を来月
14日に「雷電」というお店でやることを相談されたので了解し、夕方になってから連絡網で講座の参加者に連絡を流した。「雷電」という食事処の店名の由来は、おそらく雷電為衛門の生家のある滋野に店を構えているからだろうと思うが、雷電とゆかりのあるお店なのか、今度行ったらお店に人に聞いてみよう。国道18号線沿いにあって、どんなお店か気にはなっていたが、地元の人たちは結構利用しているようだ。
我が家の奥の田んぼは、一部先日の台風の前に刈ってはぜ掛けをしてあったが、残りの大部分を今日機械で刈り取りから脱穀までいっぺんにやってきれいに片付けられた。出かけていたのと、その後家の中でお絵かきに熱中していたため、今年の最終的なお米の出来具合はどうだったのか、聞くことができなかった。

2階の窓からの烏帽子岳

明神池から浅間山を望む

同スケッチ
2009年10月18日(日)
6時半に目が覚めると寝室に朝日が射し込んできていた。午前中は快晴だった。9時半に深谷のマイスターOさんが七二会の古民家に行く途中我が家に寄ってくれた。先月フランスの古民家を訪ねるツアーに行ったときのお土産をいただいた。鴨肉とフォアグラの入った瓶詰めと猫を彫った大理石の置物だ。フォアグラのほうは2人だけで食べるのはもったいないのでお客さんのあったときまで取って置こう。猫の置物はさっそく他の置物と一緒に並べた。今度のフランスの古民家の見学に同行した奥さんも、これが契機となって七二会の古民家修復に正面から向き合うようになったようだ。マイスターも定年まであと半年を切った。いよいよ本腰を入れて修復にとりかかることだろう。
マイスターが軽トラを駆って七二会に向かったのを見送ったあとは、一日テレビのスポーツ観賞で過ごした。大リーグのヤンキース対エンゼルスのプレーオフを延長サヨナラまで見たあとは、ゴルフのジャパンオープンを最後の
3人のプレーオフを見た上に、夜は中日対ヤクルトのクライマックスシリーズ第一ステージを途中まで見た。
運動不足を心配して夕方畑に出て少し身体を動かそうと、長靴に履き替え作業手袋を手に嵌めた途端、左手の小指に何かに刺さったような鋭い痛みを感じた。棘の刺さったような痛みとは違うので手袋の中を覗いたら小さな蜂が指先に入っていた。手袋は物置の中にしまってあったのにいつどこで入り込んだのか、蜂に刺されたのは釣りに行ったときに次いで今日で今年二度目だ。急いでキンカンを塗ったが、痛みは間もなく消えたが、小指は腫れあがり刺された指先は固く硬直したままだ。
畑のキュウリの苗やコスモスの残りを片付け、早々に家の中に引き揚げた。夕陽を浴びて井戸の横のヤマボウシが赤く染まっていた。今年はあまり紅葉がきれいにならない、といわれているが、我が家のヤマボウシだけはいい色に紅葉している。

フランス土産

大理石の猫は置物台に

ヤマボウシの紅葉
2009年10月17日(土)
昨日夕方にニンジンやダイコンの苗に水をやった。台風以来10日近く降っていないので、新芽も少し色が悪くなっていた。昨日のその水遣りが呼び水となったのか、午後から久し振りに雨が降り、いいお湿りとなった。
午前中まだ晴れ間が出ている間に掃除を済ませた後、リビングのソファやダイニングコタツの位置をまた変えた。最初はこれでいいだろう、と思ってレイアウトしてみたが、実際座ったり立ったりしているうちに、どうもしっくりこなくてまた変えた。最終的にどう落ち着くかわからないが、疲れず居心地がいいと思えるところになるまで試してみるしかない。
午後から新しいセンターテーブルに入れ替わってお払い箱になった古いテーブルを改良して、デッキの鉢台にした。最初に四角いテーブルを丸ノコで半分にカットし、それぞれに足を継ぎ足して二つの台にした。まだ鉢は置いてないが、ベンチ代わりにもなると思った。夏の間はゼラニウムの鉢が並んでいたが、先日の台風を前にしてゼラニウムの鉢は全部屋内に入れてしまっている。冬の間プランターにビオラでも植えて、この台に載せておくのもいいかもしれない。
夕方昨日加工したパレットに新しい絵の具を出した。同系色の絵の具も多く、また乾いた状態だと色の区別がわかりづらいものもあるので、パレットに並んでいる順に、名前と色見本を作った。
27種類の色見本を作って分かったが、イエローと付く絵の具だけでも5種類もあった。ブルーと付くのも同様5種類だ。覚えられるだろうか?昨日からホームページの日記に、「北御牧の今」で取り上げる画像を載せるようにした。ほとんど画像の説明と日記の内容とが重複することが多いので、ためしにしばらく続けて見るつもりだ。

久し振りのお湿り

鉢置き台に変身したセンターテーブル

パレットの色見本
2009年10月16日(金)
7時過ぎにごみを出しに行った。近くの林には霞がかかり、ため池の水面からは陽炎のようにモヤが立ち昇っていた。浅間連山の頂上だけが頭を出し、その下は分厚い綿の布団が敷かれたように隠されていた。まるで水墨画のような幻想的な風景だ。こんな景色の中を歩いていると、重いゴミ袋も苦にならない。気温は7℃、長袖のポロシャツにフリースの長袖を着てちょうどいい。
午前中、少し風邪気味のバアを家に残して、一人で丸子のケイヨウデーツーまで買い物に行った。今までとは違う新しいルートで行ってみると意外と近かった。距離にして
7.2km、時間は12分だった。ケイヨウデーツーのある場所は、かつてカネボウの紡織工場があったところで、広大な敷地に、デーツーのほかツルヤやマツキヨなどもあるショッピングモールになっている。買い物というとジャスコのある佐久や上田に行くことが多いが、ここはちょっとした穴場だ。デーツーで蝶番や作業台などのほか水彩画のパレットに、絵の具用の仕切りをつくるための塩ビの細い角棒などを買った。
家に戻り昼食後、ポチを見ていたらまた発作を起こした。先月
28日以来だから今回は半月あまりと、間隔が短くなったので少し心配だ。
午後から、庭の生ごみを捨てる穴がいっぱいになってきたので、新しい穴を掘ることにした。穴を掘る前に、
2×4材とコンパネで枠と蓋を作った。デーツーで買ってきた蝶番は、この蓋の開け閉めに使うためのものだ。半開きになる蓋の付いた75cm四方のごみ入れの枠を、深さ5060cmに掘った穴の上に載せて、作業は終了した。今回は、陽射しと雨の繰り返しで反ってくるコンパネの蓋が反らないよう13mm厚の板で補強した。また、蝶番の金具の幅に遊びを持たせ、きしまないようにした。まだまだ改良の余地はあるだろうが、今回はこれでしばらく使ってみることにした。全て作業が終わる頃には日が暮れてきた。
夜は、やはりデーツーで買ってきた塩ビの角棒を使って、パレットに
16色分の絵の具が出せるように仕切りを作った。これで今までの13色分と合わせ全部で29色の絵の具が使える計算になるが、おそらくそんなには使いこなせないだろう。それよりも絵の具の色の名前を早く覚えることと、混ぜ合わせでどんな色になるか経験を積むことのほうが先かもしれない。
今日は昼間作業の合間を縫って、
2階の窓から見える烏帽子岳を葉書サイズの紙にペン画で描いて、簡単に色を付けるだけの絵を描いて見た。外へ出かけたとき短い時間でスケッチするための練習のつもりでやってみた。決して上手いとはいえないが、葉書サイズなら30分もあれば描けることがわかった。これからはスケッチ道具を持って外に出てみようかな?
昨日佐久総合病院の待合室でバアの診察が済む間の時間に今季の芥川賞受賞作品、磯崎健一郎作「終の住処」を読んだ。文芸春秋を買って読み始めたが、
56ページ読んだ所で中断していた。どうもその先を読みたいという欲求が起こってこなかった。次の文芸春秋の10月号を買った後もまだ読む気になれなかった。ようやく昨日病院へ持っていって、ほかに何もすることがないので読み進めてやっと読み終えることができた。病院の待合室という環境の中で読んだせいもあるかもしれないが、読んでいてもわくわく感が湧いてこず、これが芥川賞作品か、芥川賞も地に落ちたのか、という印象をぬぐえない。主人公の男性の生きている実感が伝わってこない。時間が一気に11年間も妻との会話がないまま?飛んでしまったりする物語の展開も、何人かの女性との関係も、それを小説にする意図が見えてこなかった。だいたい受賞作品は読み始めると一気に読んでしまう分量なのだが、こんなに時間がかかったのは初めての経験だ。読んだ後に何も残らないのは、読み手のこちら側に問題があるのだろうか?

烏帽子岳

生ごみの穴

パレットの仕切り
2009年10月15日(木)
先週の8日、台風18号の行方に気を取られて、バアが予約していた佐久総合病院に行くのをすっかり忘れてしまったので、今日予約なしで病院に行った。週1回の午前しか診察しない担当医なので、8日の午後に気がついてあわてて電話したが、電話での予約は受け付けてもらえなかった。8時に家を出て、病院に着いたのは840分、診察が終わったのが11時、会計を済ませ薬局へ行って薬を受け取るまでで1120分になってしまった。
佐久市野沢のツルヤで買い物をした後、佐久平駅の近くのベーカリーカフェ「ポアン」に行った。安養寺ラーメンに関連してテレビで紹介されたお店で、一度食べに行きたいと思っていた。ちょうど昼時だったので行くことにした。残念ながら、安養寺ラーメンはこの佐久平のお店ではやっていなかったが、ランチでパスタとパン、サラダのセットメニューがあったのでそれをオーダーした。パンは小さめのクロワッサンやブドウパン、クルミパンなど出された。焼きたての香ばしいパンでおいしかった。パスタもジイとバアで別のものを頼み分け合って食べた。パスタは少し固めのいわゆるアルデンテという感じだが、まあまあというところか。店内でパンも販売しているので帰り際にクロワッサンなどを買った。
カインズによって牛糞堆肥を購入し家に戻ったときには、午後
2時を過ぎていた。一休みして、今度はポチを連れてゆりかご動物病院に行った。ここのところ午後4時からの診察開始の一番になれず、今日も4時前に到着したが、ちょうど先客が先に着いたところだった。ここでも30分待ってからの治療だったので終わったときには5時になっていた。どこも寄らずに帰ったが家に着いた頃にはもうあたりは暗くなっていた。「秋の日は釣瓶落とし」といわれるとおり、もう5時半には暗くなるようになった。
2009年10月14日(水)
夜には天気が崩れて雨になるという予報だったので、月末ごろのタマネギの苗の入荷にあわせ、畑を耕すことにした。午前中は、畑にたまっていたコスモスなどを燃やし、その灰を畑に撒いた。また、夏野菜のマルチング用に使った藁を細かく刻んでやはり畑に撒いた。去年山から取ってきた落ち葉やぬかなどで作った堆肥も入れようとしたが、まだ完全に熟成してなかったのでそれは諦めた。
午後から今年ジャガイモを作った場所をミニ耕運機で耕した。ジャガイモを収穫した後何も植えていなかったところで、収穫の後
2回ぐらいミニ耕運機で耕したはずだが、だいぶ土が固くなっていた。堆肥が使えなかったので、牛糞などを買ってきてもう一度それを入れて耕して、タマネギの苗を植えるつもりだ。
今日は山ちゃん夫妻も、畑に植えたサツマイモを全部収穫した。前に試し掘りしたところでは、大きく実っていたので安心したが、今日掘って見るとよくできた金時と紅アズマが採れた。お裾分けをいただいたので、バアは、今夜はシチューを作る予定をしていたが、予定を変えてけんちん汁にした。さらにふかしたおイモも食卓にのぼった。ほくほくしておいしいおイモを堪能した。
2009年10月13日(火)
昨日コスモスなどを片付けたときに痛めた右肩が、一日経っても治らないので、チタンテープを貼った。鍬など重いものは持てそうもないので、今日は絵筆を持つことにした。午前中から始めて夕方までに2枚描き上げた。この次の11月の水彩画教室が静物画をやるので、おそらくこの季節だとカボチャやサツマイモになる可能性があると思い、最初は畑で取れたカボチャ、サツマイモを描いた。
午後からバアとミッチャンは、今年度最後になる滋野公民館の講座「植物観察」に出かけた。午後
1枚目を仕上げ、まだバアたちも帰ってきていなかったので、2枚目にとりかかった。今度は2階のプレイルームの窓越しに見える烏帽子岳を描いた。
3
時ごろから描き始め、絵の具で色を付け始める頃には、日が陰ってきて山の姿がすっかり変わってしまった。風景画は時間をかけると光や影、色彩が変化してくるので、手早く描かないとイメージが違ってしまう。素人のジイにはそんな簡単にできることではない。描いている景色をカメラに撮っておいて後から描き足すこともできるが、カメラで撮った景色も必ずしも構図やイメージが合うわけではない。思うように描けなくて最後はため息をついて終わりにした。
2009年10月12日(月)
今日はコープ長野の宅配のある日なので、出かけるのはやめて家で過ごした。バアは天気がいいので洗濯機に3杯分の洗濯をした。家の中には干しきれないので、ベランダにも干したので、家の中から庭が見えなくなってしまった。
ジイは先日の台風で倒れたコスモスやマーガレットを片付けた。コスモスもマーガレットも倒れながらもまだ花をたくさん咲かせている。実に生命力の強い花だ。どちらもこの辺の気候や風土に合っているのか、大きく高く茎も太い。コスモスなどは引き抜こうとしても簡単には抜けない。枝切り鋏で根元を切ってから片付けた。いままで通路をコスモスにふさがれて通るのに苦労していたが、これでようやく庭や畑の通路を普通に歩けるようになった。
庭の畑も花がだいぶ少なくなってきたが、まだ蝶々やミツバチなどが残った花の蜜を吸いにやってくる。赤とんぼもだいぶ赤くなってきた。虫たちもみなそれぞれ次の命へつなぐための活動に精を出している。
2009年10月11日(日)
今日も「やんどもあすってやがって」と言われてしまうような一日だった。山ちゃん夫妻が、今日は国営アルプスあづみの公園が無料開放で、いろいろイベントもありそうだから一緒にいかないか、という誘いに二つ返事で応じた。朝起きると霧で10メートル先が見えないほどだった。7時過ぎの温度計は7℃だったが、早起きの山ちゃん夫妻の話では6時ごろは4℃だったそうだ。そのときは霧も出ていなかったのに日の出とともに霧に覆われたそうだ。そんな霧も安曇野に出かける9時ごろにはすっかり晴れて秋らしい青空になっていた。
10
時半に公園に着くと、普段は閑散としている公園内はかなりの人出だった。イベントで犬のアジリティーもあるというので犬を連れて歩く人たちも目立った。公園の中を歩いて草木の名前を思い出しながら鑑賞して歩いた。昨日教わったばかりの草に出会うと、まだ名前を覚えていてホッとするものもあれば、どうしても思い出せないものもあり悲喜こもごもとなった。さすがに国立公園だけあって、良く整備されていて草や木にも名札がついているものが多く、いくつかはあらためて名前を確認できた。
公園の脇を流れる烏川(からすがわ)に沿って歩ける遊歩道を
1qほど歩いたところでお昼のお弁当を食べた。そこから普段は柵で仕切られている県営の烏川渓谷緑地へと続く道が開放されていたので、さらに川に沿って歩いて、日帰り入浴、宿泊施設もある「ほりでーゆ四季の郷」まで行った。入浴施設には入らず、お土産売り場でお土産だけ買い、外庭のベンチで一休みをしてから、また歩いて渓谷緑地から安曇野公園まで戻った。北アルプスは雲に隠れてしまっていたが、渓谷を歩いたり公園の中を歩いている間は風もなく好天気で、気持ちのいい時間を過ごすことができた。
夕方
5時過ぎに家に戻ってきた。近所の田んぼではまだ稲刈りをしている人たちの姿も見られた。今夜の夕食の食材に使おうと、山ちゃん家がサツマイモを掘ってくれたので、こちらはダイコンを抜いて、物々交換した。野菜のたくさん入ったけんちん汁がおいしかった。
2009年10月10日(土)
滋野公民館の「里山を歩く」に参加した。この講座も6回目となり、今年度最後になるが参加者は5人だけだった。当初17日の予定が変更になったうえに、台風一過稲刈りが最盛期になったこと、他の行事と重なったことなどで最低の参加者になってしまった。
今日は青木村の三山の一つと言われる十観山にいった。三山は、ほかにこの講座の
1回目に登った子壇嶺(こまゆみ)岳と、もう一つが夫神岳。十観山は、駐車場から登りで40分とガイドブックには書いてあったが、その倍の時間をかけて途中植物観察をしながら登った。花は、リュウノウギク、ヤクシソウ、ノコンギクなどがまだ残っていたが、ほとんど残っていなかったが、ミヤマガマズミやツルリンドウの赤い実を見つけることができた。カエデ類の葉が紅葉を始めていた。ウリハダカエデ、ホソエカエデ、ウリカエデ、ヒトツバカエデ、コウチワカエデと一つ一つ手にとって先生が葉の形の特徴を教えてくれたが、問題はそれをいつまで覚えていられるかだ。
十観山では何人かキノコ取りの人たちと出会った。比較的良く手入れさている山だったが、先生の話では、荒れた山などに入ると、林業に携わる人に対して「やんどもあすってやがって(野郎ども遊んでばかりいて、山の手入れをしない)」と、この辺りの方言で非難するそうだ。今の自分達にも当てはまる話に思わず首をすくめてしまった。
十観山の頂上は、青木村や塩田平が見下ろせる開けた一角があった。登っている途中でハングライダーが目の前を横切っていって驚いたが、この頂上にそのハングライダーの飛び立つ走路が作ってあったので、障害物がなく開けた眺望になっていたわけだ。
下山途中ではキノコや山栗を拾いながら駐車場に戻ったが、時間があったので、まっすぐに滋野公民館に帰らず、青木村と筑北村の境にある修那羅峠(しょならとうげ)石仏群をみに立ち寄った。安宮神社の境内の一角にたくさんの手彫りの石仏や石神がまつられていた。案内板に寄れば
840体ほどあるというが、見た目にはその半分もなかったように見えた。修那羅大天武と称する安政年間の修験者が起こした信仰に近在の村人達が信仰の証として彫ったのだろうか。素朴な作りと神様あり仏様あり何でもありという感じだ。いわゆる五百羅漢のような石仏群とも違うプリミティブな民間信仰がそこにはあった。見学している間にもカメラを抱えた数組の見学者が訪れていたので、信州では名の知れた名所の一つのようだ。
滋野公民館に午後
5時過ぎに戻ってきた。これで今年度の「里山歩き」は終了したが、講師の先生の話では、来年度は浅間山系を対象に行う予定だそうだ。山歩きとしては時間をかけすぎて物足りないものもあったが、植物を観察しながらゆっくり登る楽しみ方を知ることができた。さて来年度はどうするか?
2009年10月9日(金)
朝起きて一番にごみステーションへごみを出しに行った。台風が過ぎ去って、汚れた空気も一緒に連れ去ったかのような澄んだ空気に満ちていて、景色も遠くまですっきりと見えていた。しかし、長袖を着ていてもひんやりするような気温だった。温度計で確認するのは忘れたが、今朝はおそらく一ケタ台の温度だったろう。
先日ニトリで購入したセンターテーブルが配達されてきた。
9時に配達という連絡が昨日あったが、今朝食事をしていると朝一番で行きたい、という連絡があり8時半ごろやってきた。段ボールに梱包したまま置いていこうとするので、確認したら組み立ては自分でやってください、とのことだった。購入するときにはそんな説明は何もなかったが・・・。梱包してある段ボールだけでも持っていってくれないかと頼んでみたが、嫌な顔をされたので引き下がった。リサイクルで出せばいいか、という思いが一瞬頭をよぎったからだ。しかしそれが大失敗だった。段ボールの内側は何重にも薄い発泡スチロールがクッション代わりに入っていて、それを片付けるのに、家具を組み立てる以上に手間が掛かってしまった。大きなゴミ袋に3袋にもなった。しかも発泡スチロールは細かくすると小さな粒になって周囲に飛び散ってふわふわと飛ぶので始末が悪い。掃除機でそれを吸い取る作業までいれると組み立ての3倍の時間と労力だった。もう二度とニトリなどで家具は買わないぞ、と思いながら・・・。組み立てを終えてソファの前にセットしたセンターテーブルそのものは満足できるものだった。
午前中は一昨日台風に備えて室内に仕舞い込んだ鉢物などを外に戻す作業をした。午後から、水彩画の先生が出品している日本水彩画会上田支部展を見に、上田創造館に行った。上田創造館は以前に原田泰治特別展を見に行ったことがあって、今度で二度目だ。今回は上田市街を通らずに丸子を経由いていく道を迷わずに行く事ができた。展示会に出品されている作品はいずれも
50号から100号の大作ですばらしかったが、ひときわわが先生の作品は際立っていた。懐古園の三の門を描いた二作が展示されていたがしばらく見入ってしまった。
上田創造館のあとは東御市の丸山晩霞記念館にも足尾を伸ばし、丸山晩霞の常設展もみてきた。日本の水彩画壇の基礎を作った人の作品だ。常設展にしては小品も含めて
25点と点数が少なく期待はずれだったが、構図やタッチ、今関心のある絵の具の色使いなど参考になった。
夜、今年のノーベル平和賞にオバマ大統領が選ばれたことが伝えられた。オバマ氏が、国際紛争を解決する手段として対話と交渉が優先していること、核なき世界を目指すという理念が核軍縮や軍備管理交渉に力強い刺激を与えたこと、世界が直面する気候変動の挑戦に立ち向かう建設的な役割を果たしていることなどが、選考理由だという。ノーベル平和賞に関しては、佐藤栄作が受賞して以来、ずっと胡散臭いものと思ってきた。その後もパレスチナ和平交渉に関わった権力者達も受賞したが、現状のパレスチナは今も惨憺たる状況が続いている。オバマしにしてもプラハの演説は評価したいが、選考の理由になったことについてはまだ実績はほとんどない。これからの有言実行をうながす奨励賞ということか?
2009年10月8日(木)
夜中の雨にポチが敏感に反応して鳴くので何度も起こされた。そのたびにラジオで台風情報を聞いた。5時過ぎに知多半島に上陸した模様だ。そのうちポチが急に走り回ったので、また発作かと驚いて声をかけたら、診療開始満1年を記念してゆりかご動物病院でいただいたネズミの小さなぬいぐるみとじゃれているところだった。まだまだ気持ちは若い、見習わなければと思う。それですっかり目が覚めてしまい、結局7時前には起きてしまった。
上陸した台風は長野の真上を通過していったようだ。バアの姉たちが心配してメールや電話をくれた。激しい風雨を覚悟していたが、思ったよりも静かな通過だった。春先に吹く風よりもおとなしい風だった。お昼ごろには一時青空も見えた。その後また曇って少し強い風も吹き返したが、農作物に大きな被害をもたらすようなものではなかった。ニュースでは南信の飯田辺りのリンゴの被害を報道していたが、見に行ったわけではないが、この辺ではそれほど被害はなかったと思う。胸をなでおろした。
台風も過ぎて一段落したので、午後は水彩画の練習をした。作例レッスンにしたがって描いた。お手本どおりには行かないが、水彩絵の具での色の作り方は大いに参考になった。それにしても絵の具の色の名前が英語やフランス語まじりなので一朝一夕には覚えられないのが問題だ。パレットに出した色を順番にワードで名前を書いて印刷して名札を作った。名札と絵の具を使いながら見比べて、色の名前を覚えられるようにした。アイボリーブラック、コバルトブルー、プルシャンブルー、パーマネントグリーン、クリムソンレーキ、バーミリオンヒュー、バーントアンバー、バーントジェンナ、イエローオーカー、パーマネントイエローライト、チャイニーズホワイト・・・。これでもまだ半分、さらにそれらを混ぜたらどんな色になるか、どういう場面でその色を使えばいいか、実に奥が深い。
今日中部電力から太陽光発電の売電の単価が来月の検針分から
24円から48円に変わる、という通知が届いた。今までの倍ということは、この1年間の発電量と使用量の実績から試算すると、支出よりも収入が上回るようになりそうだ。10年間は価格が変わらないらしいのでありがたいことだ。ただ、電力会社は単価引き上げに伴う負担増は、電器使用料に転嫁することになるので単純に喜んでいるわけには行かない。
2009年10月7日(水)
朝食後小雨が止んだので明日から日本列島を縦断しそうな台風18号に備え、鉢物などを家の中に仕舞い込んだ。畑のトマト用に張ってあったビニールのトンネルも骨組みだけ残してビニールをはずした。このビニールのトンネルは、春先作った途端に風にあおられてひっくり返った失敗を経験しているので、早々と片付けた。これでまだ青いトマトのみがついているが多分風で駄目になってしまうのでないかと心配している。
風に乗ってリンゴ畑のほうから有線放送が聞こえてきた。やはり台風に備えてできるだけ収穫を急ぐことと、風に飛ばされないよう支柱の固定などを促す放送が聞こえてきた。稲も心配だがリンゴもメインのフジは収穫までまだ
1ヶ月近くあるので、強い風が吹かないよう祈るばかりだ
2009年10月6日(火)
ここ数日バアが腰痛を訴えていて、ジイも少し腰が重い。10日前のビーナスライン30キロウォーキングのせいかと思ったが、どうやらソファのせいだったようだ。素人判断だが、ソファのクッションが柔らかく座ると体が沈み込んで、長時間座っていると姿勢を保つために自然に腰に力が加わって、それが痛みの原因になるのではないかと思うようになった。そこでもう一度リビングの模様替えをし、しまってあったテーブル式コタツを出してきてセットした。これでソファとコタツを交互に使って少し様子をみることにした。それでもうまくいかなければ、ソファを片付けるか買い換えることを考えなければいけないだろう。ソファは上尾の家で長年使ってきたもので愛着もあるが、場所もとるし、長時間座って疲れてしまうのでは、処分せざるを得ないだろう。
今日の信濃毎日新聞に東御市が浄化槽管理業者の団体に、浄化槽設置者世帯名簿を提供したことが載っていた。どうやら町村の合併に伴って、二つに分かれていた旧町村の浄化槽管理協議会も合併させることになり、それを機会に補助金の廃止と統一料金の設定をする話を業者と協議した過程で情報を提供してしまったようだ。先日市に問い合わせをしたときには、そういう話はおくびに出さなかったが・・・。今回の合併に先立って、我が家にも来年度から引き続き合併後の協議会に加入する意向があるか、また現在契約している浄化槽管理業者と契約を継続する意向があるかを照会する手紙がきていた。合併を機会に業者間でお客の取り合いでも起こるのだろうか。情報提供が明るみに出たのも、名簿を入手した業者の一部が新規契約の売り込みをするハガキを浄化槽設置者に送ったことからわかったという。特に今回問題が起きた旧東部町に属していた東部地区浄化槽管理協会は、いままで設置者と業者が直接契約するのではなく、設置者から定額の負担金名目で費用を徴収し、協会が業者と契約していた。詳しい情報がないのであくまで推測だが、どうやらし尿の汲み取りが主流だった時代からの慣行と業者との癒着が背景にありそうだ。とりあえず今日、我が家が契約している業者に電話し、来年度からは基準価格にしたがって契約しなおすことについて確認した。
午後雨が止んでいる間に郵便を出しにポストまで行ったついでに
30分ほどウォーキングをしてきた。ジイ一人だったので少し早足で歩いたので、家に戻ってくる頃には汗が出ていた。
2009年10月5日(月)
家の周りの田んぼの稲刈りはまだ1割程度しか済んでいないが、ポチをゆりかご動物病院に連れて行くため佐久のほうへ行くと、そちらは5割近く稲刈りが進んでいた。確かに田植えも早かったような気がするが、場所によって意外と時期にずれがあることがわかった。大型の台風18号が近づいてきているので、被害がなければいいのだがと少し心配だ。
動物病院に行く途中だけ降られたが、今日は一日降りそうで降らない中途半端な天気だった。風も吹いていなかったので、畑に積んで干しておいたヒマワリやコスモスなどの枯れ葉を燃やした。枯れ葉だけだと勢い良く燃えてもすぐ火力がなくなって煙ばかりくすぶるようになるので、付きっ切りで時々ダンボ−ルなどを入れてよく燃えるようにした。火を眺めながらボーっとしている姿は、人にはどう映るかわからないが、結構無我の境地にいるような感覚だ。
火燃しも一段落して、カボチャ畑のカボチャも全部収穫した。今年は
2種類のカボチャを作ったがいずれも苗作りはうまくいかなかったが、わずかにできた苗はしっかりホクホクの実をつけてくれたので、うまくいった部類に入るだろう。あまり手が掛からないので来年も作ってもいいかな。
10
日ぶりにポチを病院に連れて行った。1週間前の発作のことを話すと、頻発しなければそれほど心配しなくてもいいだろう、との答えだった。カルテに過去の発作が記録されていて、それによるとだいたい3ヶ月に一度起こしている。おそらく過去に小さな脳出血があって、何かの拍子に脳の運動神経がそのスポットに当たって迷走することで発作が起きるのではないか、という説明だった。体重はいつもより100g増えていた。ここのところ、夜中におなかを空かせて鳴いて起こすこともよくあるので、体重も増えているのだろう。何も買主に合わせて同じように太らなくてもいいのに・・・。
2009年10月4日(日)
生涯学習の水彩画に行った。今回で6回目、毎回1作仕上げることになっているので、今回で6作目だ。今日は外で風景画を描くことになっていた。天気予報では今日だけ晴れでまた明日から天気が崩れるということだった。朝のうち霧が出ていたが集合時間の10時ごろにはいい天気になっていた。当初もう一度湯の丸に行くことになっていたが、明神館に行くことになった。ジイのホームグランドのようなものだ。7月に描いた場所まで行って同じ景色を描いた。先生の話では同じ景色を描くことも勉強になると言った。確かに7月と10月では同じ景色でも木の色も濃緑から一部紅葉の始まった状態に変わっているし、気温が違うので空気の色も違ってきたような感じだ。相変わらず木や水をかくのは難しいが、今回のほうが少し技術的に上達しているようにも思う。絵の具の色の出し方も工夫ができるようになった。
面倒見のいい学級長が体調を崩して欠席したので、女性の副級長が去年の学級長を伴ってきた。この人は、この水彩画教室を卒業して次のステップでやっているらしい。作品を見せてもらったが今の教室のメンバーより数段技術が上だった。ただ、講師の先生の描き方に共通するものがあった。上手くなるにはやはり先生の技術を盗むぐらいにならないといけない、ということか。
水彩画教室の帰りに農家向けホームセンター「大地」に寄って、たまねぎの苗を予約してきた。今まで大地から買っていた苗は、普通のタマネギと赤タマネギの
2種類合計300本だったが、今回はネオアースという品種のタマネギ500本を予約した。ネオアースは少し作りにくいが春先まで保存がきく品種だという。今までのオーケー黄という品種は年内ぐらいまでしかもたないということだった。確かに年を越えると芽が出て芯が青くなってしまうのが多かったのはそのせいかもしれない。今年収穫したタマネギは収量が少なくてもともと年内いっぱいに食べ終わってしまうが・・・。そんなことで今回は欲張って500本頼んだ。入荷は1026日にした。
2009年10月3日(土)
ここのところ少し寝不足だ。ポチが先月28日の発作にもめげず、元気になったのはいいが、夜になると家の中を大きな声で鳴きながら徘徊するようになった。夜中や明け方でも時々それをやるので目を覚ましてしまう。そんなわけで少々寝不足で、それを取り戻そうと昼間に居眠りをしている。今日も午前、午後と何度か気がつくと一眠りした後、ということがあった。
一日雨が降る予報だったが、午前中には雨が止み午後から青空が出て陽が射してきた。そこで眠気覚ましをかねて午後から畑に出て、畑を耕しダイコン、ニンジン、ホウレンソウの種を蒔いた。
8月のはじめに蒔いたダイコンがそろそろ収穫し始めた。今年3回目の種蒔きとなるが、うまくいけば年末ごろには収穫できるだろう。そうすればそれを使って切り干しダイコンを作るつもりだ。ニンジンは年越しの収穫になってしまうだろう。畑のほうはあと10月中旬にタマネギの苗を買ってきて植えるとしばらくやることがなくなる。まだナスやトマト、ピーマンも収穫が終わっていないので、それが終わってからは来年に向けて畑を深く掘り起こす作業をすれば、今年の農作業は終わりとなる。
畑の周りに植えていたキバナコスモスやヒマワリの花が終わり、枯れ始めたので刈払い機で刈り取って片付けた。殺風景になりがちな畑に彩りを加えてくれた花々に感謝をしつつ。刈り取ってみると、植えた苗からさらに芽が出て枝が広がり、幾重にも花が咲いた跡が残っていた。来年からはもっと苗の間をあけてやったほうがよさそうだ。
2009年10月2日(金)
昨日の段階で予報では午後から雨となっていたが、朝8時前から雨が降り出した。降る前にダイコンやニンジンの種蒔きをしようと思っていたができなくなった。
午前中東御市役所の上下水道課に合併浄化槽のことで問い合わせをした。来年度から旧北御牧村が属する小北浄化槽維持管理協議会の東御支部と、旧東部町の東部地区浄化槽管理協会が合併して新たに「東御市浄化槽管理協会」になるという。それに伴って今まで今まで申請によって支給されていた保守点検や清掃の補助金がなくなるという。我が家でも年間
25,200円の保守点検委託料がかかっているが、それに対し6,000円の補助金を毎年いただいていた。
さらに今年はそろそろ浄化槽にスカムが貯まってきているので清掃が必要になる。それには清掃費として
4万円かかるらしい。特に北御牧地区は清掃業者が1社に限定されているので他地区よりは高いらしい。その辺の事を聞いてみると、補助金については東部地区が従来から補助金制度がなかったのでそれとの均衡を図ったこと、それに伴い今まで利用者と業者との直接契約で料金がまちまちだったものを、協会として基準額を定めたこと、その金額どおりならば今までの補助金受領後の実質負担額よりも低くなるはず、という説明だった。
基準額では、我が家の
5人槽の合併浄化槽の保守点検費は税込み21,420円+消毒薬品使用量実費(356/s)になっているので、補助金がなくなった分は今までよりも負担増になってしまう。そのかわり清掃費(スカムの除去等)が5人槽は基本料が16,500+水張料5,000円と約20,000円近く下がるのでトータルで考えてください、とのことだった。ちなみに清掃費の補助金は8,000円だった。しかし、競争のない1社だったせいなのか、今までの清掃費の価格設定が倍近いというのは解せない話だ。清掃は来年度の新価格に変わってから依頼することにした。
午後から佐久平に買い物にでかけた。はじめにカインズに行ってポチご飯を購入、次にニトリに行ってセンターテーブルを購入した。先日リビングにしまってあったソファーを出したが、センターテーブルが使いづらいので、それをやめて新しいものに買い替える事にした。古いセンターテーブルは半分に切って脚を足し、デッキにおいて鉢置き台として再利用しようかと考えている。
夜から
2016年夏のオリンピック招致のニュースでもちきりとなっていた。冷ややかな気分で見ていたが、風呂に入ってラジオを聴いているときに、東京が落選したことが伝えられた。何かホッとした気持ちだ。石原都知事の傲慢な姿もしばらくテレビに露出する機会も減ることだろう。東京都も早くオリンピック熱から解放されて足元の行政課題に取り組むことだ。
2009年10月1日(木)
朝のうちは昨日の雨模様を引きずっているかのようにどんよりと曇っていたが、陽が高くなるにしたがって雲が切れて青空が見えるようになった。午前中掃除を済ませ、東急リバブルからきたアンケートへの回答などを書いた。懸案だった上尾の家の処分も片が付き、気分的にはほっとしているというところだ。
昼休み時間をねらってナベさんに電話して昨日の釣果を聞いた。スーパーヤマメをはじめ
20cmを越えるヤマメ数尾を含め、合わせて19尾をゲットしたらしい。リリースしたヤマメも多かったらしく、有終の美を飾ることができたようでホッとした。今回も釣りに同行できなかったが、来季になればナベさんやマイスター達も晴れて自由の身になる?定年を迎えるので、一緒にいろいろ行けるだろう。
午前中バアはミッチャンと蟹原の郵便ポストに手紙を投函しに行きがてら、周辺をウォーキングしてきた。ジイも午後
3時半ごろ、東急リバブルのアンケートの回答用紙を投函するため、同じようにポストに寄った後、1時間ばかり歩いてきた。一人だったので少しペースを上げて歩いたせいか汗をかいた。
周りの田んぼはすっかり黄金色に色づいていた。早い所はもう稲刈りを終え、刈った稲をはぜかけしていた。この風景こそ自分達が育った時代の原風景だ。リンゴ畑も種類によって順番に収穫が始まっているようだ。フジもかなり実が大きくなってきた。先日菜ないろ畑で買ってきた新品種の「シナノドルチェ」はツガル系の味がした。今頃店頭に並んでいたということは、ツガルと同様早生の部類なのだろう。看板に命名者は前知事田中康夫さんと書いてあった。ドルチェというからイタリアの甘いお菓子を連想させる甘さが売りなのだろうか?いずれにしても果物の季節が始まるのでうれしい。
夕方サトイモとヤーコンを収穫した。いずれも今年が不作だ。小さな実しか付いていなかった。それに比べ山ちゃん家が作った金時イモは立派な実が付いていた。それぞれ山分けし、我が家ではそれらの根菜を味噌仕立てのけんちん汁にして食べた。秋の味がした。
夜は、ニュースで今日から衣替えの話題が伝えられていた。そのせいでもないが、そろそろ半袖などの夏物は着る機会がなくなってきたので、冬物と入れ替えをした。新しい衣類は増えていないはずだが、整理してみると夏物として出しては見たものの結構一度も袖を通さず終わったものがあったので、古いものは捨てることにした。ゴミ袋一袋にいっぱいになった。