過去の日記07年11月〜09年02月

思いつくままに(ジイの記録)
2009年3月31日(火)
在職中は大きな節目の日でもあった年度末の日であるが、仕事を離れてしまえば、単に月の終わり、しいて言えば冬の終わりぐらいの節目の意味しかない。そんな今日、山ちゃん夫妻と一緒に松本方面に出かけてきた。まずは午前中に用事を済ませ、ジャスコの駐車場に車を止めて市内を散策した。松本城にまで足を延ばした。松本城近くのホテルのレストランで昼食にした。以前に松本に行ったときにたまたま通りがかって、入口に出されていたメニューを見て入ったのが初めてで、その後もう一度行ってさらにお気に入りになったレストランだ。今度山ちゃん夫妻と一緒に松本に行ったらぜひ案内したい、と思っていたところだ。山ちゃん夫妻にも気に入ってもらったようだ。
昼食後は、ジャスコまで歩いて戻ったあと、安曇野にある国営アルプスあづみの公園へ行った。公園の駐車場の入口近くで
10頭以上のニホンザルが群れているのに出くわした。入園してゆっくりする時間がないので入園せず、1.5km先の蝶ヶ岳温泉「ほりでーゆー四季の郷」まで歩いて往復するつもりで歩き出したが、まもなく「熊注意」の看板を見つけて踵を返した。ニホンザルに続いて熊にでも出遭ったら大変だ、という女性陣の意見には逆らえず引き返すことになった。午後4時半には家に戻った。
2009年3月30日(月)
毎週月曜日は、午前11時ごろコープ長野の宅配便が来る。コープの宅配便を受け取ったら、上田へ買い物に行くことにしていた。運悪く宅配便の車が来たときに、溜池の前の家にバキュームカーが来ていて道を塞いでいたため、うちのほうへ入って来れなかったので、うちと山ちゃん家の4人でバキュームカーの先まで受け取りに行った。引越しをしてコープ長野の世話になるようになってから11ヶ月になるが、毎週笑顔で配達してくれた女性が今日で別の地区に替わることになったとのこと、ご苦労様でした。この近くではあまり宅配を頼んでいる家がないようで、先月から山ちゃん家も加わったにしても配達の効率としてはあまりよくないだろうに、よくやってもらった。
上田の買い物は
30日の5%引きのジャスコへ行くのが主たる目的だが、ジャスコへ行く前に12時近かったので、昼食を上田バイパスの住宅展示場の近くにあるレストランで食べた。リーズナブルな値段で魚料理を主体にしたいくつかのランチメニューが取り揃えてあった。結構なボリュームでご飯は食べ切れなかった。一昔前までなら食べきった上に、バアが残す分まで食べたに違いないが、今は無理してまで食べなくなった。最近は体重も、上尾にいるときより約1キロ増えて70キロ台をキープしている。
昼食後レストランの近くのツルヤでバアたちが買い物をしている間にツルヤから歩いていける距離にあるアウトドア専門店「バンバン」へジイだけ行って、釣り餌を買ってきた。ここのところ冷え込んでいるが、
4月にはいると寒気が遠ざかるらしいので、先月の借りを返しに行こうと思っている。
ツルヤで買い物をしているバアたちと合流したあとジャスコへ行った。今回はイオングループから「新生活応援パス」という食料品を除く衣料、日用雑貨などが
10%引きで買えるクーポン券もあったので、それを使って靴と衣類も買うつもりで出かけた。しかし、そのクーポンを使おうと思ったら5%引きのサービスデーの今日だけは、それが使えないことが店員さんに言われて分かった。パスをよく見るとそのように書いてあった。昔なら一通り書いてあることに目を通してから使うのに、最近は大きい字しか読まないようになって、細かいものは読まないというか読めなくなってきている。お目当ての靴はちょうどいいサイズの在庫がなく、仕方ないので取り寄せてもらうことにした。クーポンが使える来月12日までに連絡してもらうようお願いした。5%引きの食料品は日持ちのするものを中心に買い込んだ。
ジャスコでの買い物はクーポンが使えなかったせいもあって、早めに終わり午後
3時前には家に戻って来れたので、そのあとは昨日の続きでキューイの棚の材木のカットを済ませ、仕上げのカンナをかけて、あとは塗装をすれば組み立てができるところまでできた。これで今週中に設置する、という目標は達成できそうだ。
2009年3月29日(日)
今朝も5時半に目覚ましをセットして起床した。どこかに出かけるというのではなく、地元のクリーンデイに参加するためだ。去年2回ほど草刈の動員があったが、草が生えてないこの時期は、道路や水路などに捨てられているゴミを拾う作業らしい。先日組長さんから参加するよう連絡があった。
それにしてもこの辺の勤労奉仕は朝が早い。午前
6時集合は、夏場だけではなかった。この時期も同じだ。集合場所へ行く前に温度計を見たらマイナス4度だった。この間まで春の空気になってきていると思っていたのに、よりによって今日こんなに寒くならなくてもいいのに、と思いつつ参加した。いつもウォーキングしている近所の道路周辺だけなので、たいしたゴミはないだろうとタカをくくっていたが、意外とまとめて捨てられているゴミが見つかったりで、7人でやった結果を集めてみるとかなりの量になった。それでも45分ほどで家に戻ることができた。
在職中
2ヶ月に1度ボランティア清掃で上尾駅前通りの清掃活動をしていたのを思い出しながらゴミを拾った。駅前通りのゴミは、タバコの吸殻がほとんどだったが、この辺はタバコの吸殻はほとんどなく、空き缶や農薬や肥料のビニール袋などがほとんどだった。ゴミにもローカル色があった。
早く起きた分時間ができたので、4月から7月までの間の畑の作付け計画を作った。計画では全部で30種類の野菜を作ることになった。その後は先日のブドウ棚と同じ造りのキュウイ棚を作る準備をした。穴を掘って柱の基礎となるピンコロを設置し、水平と距離を合わせたあとセメントを入れて固めた。外の作業は寒風が吹いていてまだまだ寒い。お昼前には基礎作りは終了し、午後は材木のカット作業をした。同じ作業の繰り返しなので、前回よりは手際よくできたが、それでも夕方までやっても全部終わることはなかった。キュウイの新芽が出てきてしまうかもしれないので、今週中には完成させたい。明日、明後日は用事が入っているので、作業ができない。
2009年3月28日(土)
今日から緊急経済対策の一つ、ETCで高速料金が土日祝日だけ1,000円でどこまでもいける、という割引がスタート。大渋滞になるかと思いきや交通量は2倍程度でそれほど渋滞もなく車が流れているとのこと、まだ初日で何とも言えないが、みんな様子を見ているのかもしれない。そんな中上尾の釣り友達は、早速新潟まで割引を利用して今日日帰りで行ったようだが果たして釣果はいかに?まだ結果は聞いてない。
7時に起きた時点ではマイナス1度だったが、明け方はもっと冷えていたらしく、山ちゃん家の外水道の流しに上尾から持ってきた木を水につけておいたら、その水が10センチ以上の氷になって固まってしまい、一日中融けなかった。日中晴れていたが気温は5,6度までしか上がらなかった。
午前中は掃除をしたり、新聞や本を読んで家の中で過ごした。午後はコメリまで肥料や腐葉土などを買いに行ってきた。この冬は落ち葉を拾ってきて堆肥作りをしているが、まだ畑の肥料に使うほど発酵が進んでいない。今作っている堆肥は来シ−ズンには使えるようになるだろう。それまでは、先日買った完熟牛糞などと今日買ってきた有機肥料などを混ぜ込んで、野菜作りをするつもりだ。
買い物から戻ってから、畑をどういう風に使うか、畑の上に立ってしばし考える。全体を5つぐらいのエリアに分け、そのうち南側に
3つを同じような大きさで区切るようにして、そこにローテーションでいろいろな野菜を連作障害が起きないよう回していく、というイメージができてきた。その後は、先日のぶどう棚に続き、キューイ棚作りの準備を始めた。陽が傾いてくると風が冷たくなって、寒くなってきたので家の中に入る。
夜は、夕食を済ませワールドカップサッカー、バーレーン戦を観た。危ない場面はなかったが、日本も決め手を欠く前半戦が過ぎ、不安が募ったが、後半戦開始直後にラッキーなフリーキックのゴールで先制点を取り、そのまま試合を押し切って勝ち点3を挙げた。これで来年の本戦への出場が見えてきた。ワールドカップを見に行こう、なんていう気になるかもしれない。
2009年3月27日(金)
昨日の好天とは打って変わって、目覚めて外を見ると一面の銀世界だった。昨日上尾で桜の満開の景色を見たあとだけに、まるで別世界のようだ。しかし、春先の雪はあっという間に融ける。10時ごろには陽が射し始めて、どんどん雪が融けていった。
朝起きたときは、今日はダメかな、と思っていた昨日上尾から運んできた草木の植え付けをやってしまうことにした。山ちゃん夫妻も加わって
4人で植え付け作業をした。今まで家庭菜園にしていたところも、今後は草や木を植えてナチュラルガーデン風に仕立てたい、という女性陣の意向を尊重して、なるべく植え方や植物の配置には口を出さないようにするつもりだが、全体のバランスなどつい意見を言ってしまう。
お昼を挟んで庭造りは続いたようだが、ジイだけは昨日のうっかりミスの後始末などで出かけた。共済の任意継続の保険料は、問い合わせた結果、手数料を払えば埼玉りそな銀行以外の金融機関でも支払えることがわかったので、八十二銀行へ行って支払ってきた。手数料
840円がかかってしまった。昨日しっかり出かける前にチェックしていればこれで美味しいものが食べられたかも?
次に、不動産売買の関係でバアの印鑑証明が必要だったので、東御市役所にも行ってきた。書類に実印を押して出す書類があったが、実印がどれだったわからず3種類の印鑑を持っていったがそのいずれも実印ではなかった。郵便局にも寄ったので印鑑証明の印影を確認して書類に押印し、郵便局から書類を郵送するつもりでいたが、結局書類を家に持ち帰らざるを得なかった。しかし、家に帰ってきてから実印をどこに仕舞ったか思い出せず、しばらく二人で家中を探しまわってしまった。何とか見つけることはできたが、これからは大事なものはなるべく目に付きやすい所に仕舞うことにした。用心してわかりづらいところに仕舞ったら、昔なら簡単に思い出せたことが、記憶とともに探し出せない奥深くに入り込んだきり出てこなくなってしまうのだから・・・。
外出ついでに、次はコメリへ行って肥料などを買おうとしたが、明日の土曜日ならポイントが
3倍になることを思い出して明日で直すことにした。コメリの隣にある製材屋に行って、ブルーベリーの苗の植え付けに使う木材のチップのことを聞いたら、チップは造園屋さんのほうが取り扱っているとのことで、空振りに終わってしまった。
午後
3時ごろ用事を全て済ませて家に戻った頃には、庭での植え付けも一段落していた。まだタマネギやホウレンソウ、ニンジンなどが植わっているので、庭造りも一挙に全面的に変えるわけにも行かず、いくつかの種類は仮植えするにとどまったようだ。いずれにしてもこれからいくらでも時間と場所はあるのでじっくりやればいい。夕方からぐんぐんと気温が下がって、暗くなる頃には氷点下まで下がってきた。遠くのりんご園のほうから霜よけの扇風機が回る音が聞こえてきていた。
2009年3月26日(木)
上尾に出かけるため朝6時に目覚ましをかけておいたが、540分にシメの窓ガラスを突付く音で目が覚めた。少し早すぎるぞ、と思いながらも仕方なく起き出した。隣の山ちゃん夫妻は用事があるということで、6時半ごろ一足先に出かけた。我々は713分に出発し、中込を過ぎて内山峠への昇りに入った頃に、忘れ物に気付いた。今日の上尾行きの目的の一つである、市町村共済の任意継続の保険料の支払いと、口座の通帳の記帳の関係書類を一式忘れてきてしまった。不動産の仲介の手続きのことばかりに気をとられて、もう一つの大事な用件をすっかり忘れていた。そもそも今日の日程を決めたのも、保険料の納付書が届くのを待って決めたはずなのに・・・。先日のタイヤのナットといい、こういう「うっかりミス」がこれからも頻発するのだろうか?いよいよ認知症の兆候が出始めたのかもしれない。別にそれで深刻になっているわけではないが・・・。
10
時前には上尾の家に到着し、11時に不動産会社に行くまでの時間を使って、庭の草木で北御牧に持って行くものを掘り返す作業をした。義姉やバアが長年丹精込めて育てていた木や草花を、そのまま放置するのはしなびない、ということでできる限り北御牧に運ぶことにした。
上尾駅の近くにある会社にはジイと山ちゃんの二人で行き、我が家と山ちゃん家の
2件分の専任媒介契約をした。売値は、こんなご時勢なので、23年前に購入した金額よりも低い値段で設定しなければならなかった。それでも買い手が付くとは限らない。
お昼過ぎに家に戻り、みんなで近くの回転寿司に行った。平日だというのに満席だった。今日は学校の終業式の日だったらしく、子供連れのお母さん達の姿が多く見受けられた。おなかいっぱいになったところで精算したら一人当たり
1,000円にもならなかった。
ETCの通勤割引を使って帰るには早すぎるので、しばらく付近をウォーキングすることにした。同じ町内にある公園のシダレ桜が七部咲きになっていた。毎年この桜は見に来るが、こんなに早く咲いているのは珍しい。この桜ももうこれで見納めだね、とみんなでしばし感傷に浸った。
1時間近く歩いて戻った後、掘り返してあった草木を乗せられる限り車に乗せた。その中に猫のゴエモンやウィンディ、犬のアンチャンが埋葬されていた場所の土もあった。帰りは上里のサービスエリアで時間調整の休憩を入れて、家には6時半ごろ無事到着した。
2009年3月25日(水)
朝起きだした頃から雨が降り出し、お昼過ぎまで外に出られなかった。朝食後家の掃除をしたあと、加湿器を掃除して汚れを落とした後、乾かしてから小屋裏にしまった。この加湿器は「カタログハウス」で購入したボネコ気化式加湿器だ。去年までは、この家の冬場の暖房をしているときには欠かせないものだったが、今シーズンは出して23回使ったきりであとはほとんど使わずに暖かくなってしまった。使わなくなった原因は、今季から暖房をホットマンからエアコンに換えたことにある。エアコンにして使用する時間を深夜電力の午後11時から午前7時までの8時間に限定したこと、温度設定を20度にしたことなどの影響で、室内の湿度が常時60%以上に保たれていた。さらにしいてあげれば週末だけの生活から毎日の生活になり、風呂場やキッチン、洗濯物などからの水分が常に放出される条件が増えたこともあるのだろう。そのことは今季は比較的温暖な日が多かったにもかかわらず、窓の結露は去年までよりも多めにガラスに出ていた。おかげで今年はボネコの世話にもならず、喉が痛くなったり、風邪をひくこともなくきている。
午後晴れ間が出てきたので、
2時半ごろ久し振りにウォーキングに出た。ちょうど1時間歩いてきた。気温は10度まで上がらず、動きの早い雲のせいで時折晴れ間がなくなることもあったので、風も少し冷たく感じるたが、真冬の切られるような寒さとは違って、季節が確実に変わってきているのを感じた。夜は今年の野菜作りの計画を練った。最低でも20種類は取り組む計画は、何とかめどが立ちそうだ。明日は家のことで上尾に出かけるので、今夜は早めに就寝する。
2009年3月24日(火)
シメのガラス戸を突付く音で目が覚めた。午前617分、日の出の時間が少しずつ早まるのにあわせるかのように、3日前より早くなった。旅立つのではないか、という心配は杞憂だったようだ。ごみ出しもあるので早めに起きた。7時過ぎにごみを出しに外へ出ると、ひんやりしていたが気持ちよく晴れ渡って浅間連峰もくっきりと見えていた。
最近は食パンを焼くときは朝
7時前に焼きあがるようにタイマーセットをしておく。今朝も起きるとパンの焼ける美味しそうな香りが家の中に広がっていた。その焼きたてのパンを、沸かしたコーヒーを飲みながらゆっくり食べる、のんびりした朝の時間を過ごすようになって1年近くが経った。未曾有の景気悪化が続く状況の中で、今日一日の糧を得る保障もない人もいるというのに・・・。
朝食後風もない穏やかな陽気の中、貯まった燃えるごみを燃やした。燃やした後の灰は、そろそろジャガイモの種芋の植え付けをするので、その種芋の切口に塗るのに使うつもりだ。何年も放置されてきた新しい畑で初めて作るので、土の性質がつかめていないので、細菌などが付きにくくなるよう灰を塗って植えることにした。
火もしが終わった頃WBCの決勝戦の放映が始まったので、その後は試合終了までテレビの前に釘付けになった。観戦している間に昼食となり、午後
1時過ぎにはウォーキングに出かける支度までして、終了を待ったが延長戦にまでなって結局ウォーキングに出かけるきっかけを失ってしまった。
今日はポチの診療日なので、試合終了後車に交換するタイヤを積んでから佐久のゆりかご動物病院に行った。病院にポチを預けて、近くのホンダへノーマルタイヤを新品に交換し、今車に付けてある冬用のタイヤに付け替える作業をお願いしに行った。ところがタイヤホイールのナットを持って行くのを忘れたため、ホンダ純正のホイールなので代替のナットでは取り付けられない、と言われてしまった。結局ナットを取りに家まで戻ることにした。車は代車を出してもらった。
1時間で往復し、すぐに新しいタイヤを履いたホイールを車に取り付けてもらって、動物病院に行った。ポチは預けている間に診療、皮下点滴も済んでいた。不機嫌になって家に戻ってきたが、やはりポチには診療と車の移動は大きな負担なのだろう、真っ直ぐ自分のベッドに入り込んでしまった。
夜、秘書が政治資金規正法違反で起訴された小沢民主党代表の記者会見があった。代表を続けるらしい。今後選挙で民主党政権になるかもしれないが、「政権」は変わっても「政治」は変わらないということか。残念だがこの国の政治的混迷はまだまだ続くようだ。
2009年3月23日(月)
東御市の21年度の生涯学習講座の申し込みの受付が今日から始まるので、8時半に家を出て、まずは北御牧総合支所にある北御牧公民館に行った。定員になり次第締め切りとなるというので、初日の朝一番で行ったつもりだが、まだ誰も申し込みに来ている様子もなく、担当者ものんびり構えていた。北御牧公民館で行われる講座の「味な男の料理教室(月1回)」を山ちゃんと一緒に申し込んだ。他の公民館の講座も受け付けてくれるというので、中央公民館の「水彩画(月1回)」も申し込んだ。他に滋野公民館で行う講座は、会場の下見も兼ねて、直接行って申し込むことにした。
滋野公民館はまだ去年完成したばかりで真新しかった。受付の女性が、中を見学して行ってくださいと言うので、研修室や和室、舞台のある大きな講座室などを案内してくれた。舞台の背景の壁は大きなフィックス窓になっていて、天気がよければ丸子町の山並みや北アルプスまでの景色が一幅の絵画のように見える造りになっていた。春霞で北アルプスは目を凝らさないとよく見えなかったが、女性職員が自慢するだけのいい景色だった。見学の後は、お漬物の添え物もついたお茶までご馳走になってしまった。こちらも我々が最初の申し込みだったようだ。
滋野公民館では、ジイとバアと山ちゃん夫妻
4人で「里山を歩く(月1回)」、バアと義姉で「唱歌童謡(月2回)」を申し込んだ。女性職員のお薦めで「滋野探訪塾(年23回)」が人気が高く、すぐにいっぱいになるというので、それも追加で申し込んだ。どの講座も5月から来年の2月まで続けられるので、結構楽しめそうだ。どの講座も1520人というので、あわてて受付初日にいったが、どの講座もすぐにいっぱいになるということはなさそうだ。案内パンフレットに赤字で「5名以上の申し込みがあった講座だけ開講します」と書いてあったことが、申し込んで家に帰ったあとになって妙に現実味を帯びる感じがしてきた。
家に戻ってWBC野球を観た。観始めるとリードされていた日本がたちまち逆転し、後は楽勝ムードで安心して観ていられた。
野球を観終わって午後は、昨日の続きでブドウ棚の組み立てを完成させた。筋交いも入れたら、ぐらつきもほとんどなくなった。プロが作る棚とは較べようもないが、今の自分なりの力量は出せたと思っている。この後もう一つキュウイの棚も同じ仕様で作る予定をしている。今回の経験を生かしてもう一工夫してみようかと思う。
昨日
1日見かけなかったシメが、朝庭で見かけたがガラス戸には近づかず、すぐに飛び去ってしまった。昼間突然テラスのほうの窓の近くにあるベンチに止まって、こちらのほうをうかがった後、飛び去っていった。いつもと違う行動パターンなので、お別れの挨拶に来たのかもしれない、と心配している。夕方から風が冷たくなってきて、外が冷え込んできた。明日はまた氷点下の気温の予報が出ている。
2009年3月22日(日)
朝から曇りで時折雨がぱらつく不安定な天候だった。何をするにも中途半端な天気で、ぐだぐだと過ごしてしまった。午後3時ごろになって雨もしばらく降り止んでいたので、天気がよければ午前中からやる予定だった、ぶどう棚の組み立てをやることにした。やっている途中でまた雨が降ってきて作業を中断、結局明日までそのまま残してしまった。
天候がこんな状況のせいで、太陽光発電もほそぼそと発電していたが、それでもファンファーレが鳴って、累積の発電量が
4,000kwになったことを知らせていた。アメリカのオバマ大統領の打ち出した政策の一つであるグリーン・ニューディール政策の影響で、にわかに太陽光発電も再注目されるようになった。経済産業省も今年1月から再び1kwあたり7万円の設置補助金を出すようになった。もう少し早くこの情報を知っていれば、今年まで設置を引き延ばしていたかもしれない。なにせ我が家の発電量で計算すれば約30万円の補助金がもらえたはずだから。でも基本的には採算を度外視して、ささやかな個人でできる地球環境への貢献、と思ってやったことだから、今日までの4,000kwの発電で少しでもその貢献ができたことで満足しよう。
2009年3月21日(土)
しばらく来ていなかったシメが、620分きっかりに窓を叩いた。まだ渡っていなかったのでホッとする。長女がいる間は、どんな鳥か見たがったが、一度も顔を出さなかったのに・・・。シメが窓を叩く音にポチが気がつき、窓のそばに寄っていったので、シメは逃げていってしまった。朝のうちは気温が2度まで下がって寒く感じたが、日中は気温が上がり、春らしい陽気になった。東京でも今日早くも桜の開花宣言が出された。さすがにこのあたりはまだ固い蕾のままだ。開花予想では4月6日になっている。
ジイは午前中からブドウ棚の製作の続きをした。残っていた材木のカットが終わり、午後に掛けて塗装をした。棚を取り付けてから塗るのは、高い所もあるので、取り付ける前に塗るほうが塗りやすい。
一通り塗装が終わったところで、一人でコメリと大地に買い物に行った。バアは義姉と一緒に明神館までウォーキングに行った。コメリで畑に使う完熟牛糞やレンガを並べるのに使うセメント、砂などを購入した。大地では、ブルーベリー用の「ピートモス」というカナダ産の乾燥した酸性土や苦土石灰、カイガラムシ退治の薬品や木酢液などを買った。大地はチラシ広告に載っていたものを買いに行ったのだが、交通整理員が出るほど車が来ていた。肥料や農薬などを大量に買って軽トラで運んで行く人は、おそらく農家なのだろう。係員もジイに声を掛けてきて、必要なものを言うと、注文用紙に品名を書き込んで渡してくれた。それをレジで清算してもう一度用紙を係員に渡すと、フォークリフトで運んできて車に積み込んでくれた。ピートモスなど家に帰って車から降ろしたら
30キロぐらいの重さがあるので驚いた。自分で台車に載せて運ぶのでは容易ではなかっただろう。この買い物で、これからの農作業の準備が整ってきた。4月に入ったら本格的な楽農?シーズンだ。
今日はジイとバアの
38回目の結婚記念日だ。特別お祝いをするようなこともなかったが、何はともあれ平穏な日々を送れていることに感謝すべきだろう。退職して約1年間、それまでと違って朝から晩までずっと顔を付き合せて暮らす生活に、はたしてうまくやっていけるのか、と多少の不安を抱きながらのスタートだったが、心配するほどの波風も立たずに無事にやってこれた、と思っている、少なくともジイは・・・。
2009年3月20日(金)
晴れたら長女夫妻とどこか出かけようかと思っていたが、生憎朝から強い雨が降っていた。諦めてゆっくり朝寝坊と決め込んだ。それでも10時前には雨も止み、陽射しが出るようになった。
チーズを燻製にして食べたい、と言う長女のリクエストに応えて、午前中久し振りに手製の燻製器をジイ小屋のテラスに出して、チーズやウィンナーの燻製を作った。チップのいい香りと煙が漂った。晴れても気温は上がらず、最高で
10度ぐらいだったので、外で燻製をしていると少し肌寒く感じた。ときどき、暖を取りにジイ小屋に入り、WBC野球の日韓戦を観た。お昼は燻製にしたチーズやウィンナーをつまみに昼食を食べた。長女夫妻もアルコールはダメなので、酒のつまみには最高のはずの燻製が、食事のおかずになった。
午後は道路の補修工事で傷められた芝生の養生をした。細かい砂利が芝生に入り込んでしまったので、一粒ひと粒拾った。小さな石を残しておくと、芝刈り機を掛けるとき、刃に小石が挟まって危ない。とても全部は取り切れなかったので、後はまた雑草を取る時にでもやろうと思う。
夕食は先日行った「富次郎」で食事をしよう、ということになり、佐久平駅で帰りの新幹線の切符を確保してから、駅の近くにある「富次郎に」に入った。休日のせいもあるのだろうか、結構混んでいて、駐車場も店内のお客さんもいっぱいだった。沖縄料理もやっているので、そーきそばやゴーヤチャンプルなども注文した。頼んだ料理が一緒にこないで小出しで出てきたので、間延びした食事なってしまった。新幹線の時間に余裕があったので、いらいらせずに済んだが、これで時間が差し迫っていたらゆっくり味わうどころではなかったに違いない。炭火焼きのお店なので、飲み客が対象なのか夜の食べ物は少し味付けが濃かったが、料理そのものは概ね長女たちにも好評だったようだ。
754分発の新幹線で帰った長女から、915分ごろには池袋に着いたメールが入った。
2009年3月19日(木)
昨日の夜うっかりエアコンを点けるのを忘れて寝てしまったが、朝起きても全然寒く感じなかった。室温も19度だった。日中どんどん外気温が上がって午前中で23.5度まで上がっている所を確認した。室温も22度まで無暖房で上昇した。ニュースでは5月下旬の陽気と言われていた。
午前中は、防寒対策で掛けていたタマネギの苗の寒冷紗をはずしたり、防風柵を取り外した。同じように寒冷紗を掛けていたジンチョウゲなど、はずしてみるともう一部で開花して甘い香りを放っていた。まだ寒さがぶり返す可能性もあるが、何日も続くことはないだろうから、もう寒さ対策から解放してもいいだろう。
道路の復旧工事は午前中土留めの作業を終わらせ、車が通れるようになってお昼前に引き上げていった。まだ、アスファルト舗装する個所は残ったままで、そちらはいつになるかわからないとのこと、またスーさんに確認しないとほったらかされる心配がある。
長女夫婦が今日の午後訪ねてくることになっていたが、
2時半過ぎに池袋を出ることがわかったので、それまで時間ができたので、ブドウ棚に使う材料のカット作業をした。全部終了しなかったが、迎えに行く時間となったので作業を中断した。迎えに行く途中、ツルヤとちゃたまやに寄った。ちゃたまやでは長女の好きなダブルシュークリームを買った。長女たちとは2ヶ月ぶりだが、相変わらず忙しいようだが元気そうなので一安心した。長女の夫も働きながら通っている鍼灸の学校も無事進級することが決まったそうだ。夕食の後は、お土産にいただいた京都の名店のおはぎを、山ちゃん家でみんなでご馳走になった。
2009年3月18日(水)
5時半に目覚まし時計をセットして起床した。もう外はかなり明るくなっていた。雲ひとつなく無風状態でお出かけには絶好の天気だ。75分に家を出発して、最初の目的地である野辺山駅には825分に到着した。野辺山駅841分発の小淵沢行きの電車に乗車して、終点小淵沢までちょうど30分だった。途中車窓から赤岳や権現岳、編笠山など八ヶ岳連峰に始まり、小淵沢に近づくにつれ、北岳や甲斐駒ケ岳を眺めて楽しんだ。小淵沢で下車して駅前の売店でお目当ての2種類の駅弁を購入(実際には山ちゃん家のおごりだった)、しばらく駅周辺を散策した後、乗ってきた電車が折り返して発車する957分発の小諸行きに再び乗車して、野辺山まで戻った。
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時半過ぎに野辺山から車で清里の「美し森」の駐車場まで行き、美し森山から羽衣池まで往復した。途中町営の「たかね壮」に立ち寄ってチーズケーキやロールケーキとコーヒーのセットを頼んで食べた。森の中にあるこの宿泊施設の食堂の前のデッキに餌箱がいくつも置いてあって、それを食べにたくさんの小鳥がやってきて、それをしばらく観察するのに何も頼まないわけにはいかないような気になってしまったからだ。これも山ちゃん家にご馳走になった。見慣れているシメをはじめカワラヒワ、シジュウカラ、コガラ、ジョウビタキなどが入れ替わり立ち代りやってきた。しばらく小鳥を観察した後、雪道をさらに奥にある羽衣池まで行ってそこで赤岳を眺めながら小淵沢で買った駅弁を食べた。「元気甲斐」というお弁当と「八ヶ岳名物高原野菜とカツ」のお弁当をそれぞれ半分ずつ分け合って食べた。今回はハイキングよりも食べることがメインの山歩きだったようだ。お天気が良かったせいか数組のハイカーに出会った。
1時間のあるきの後は、再び車で甲斐小泉の駅前にある「平山郁夫シルクロード美術館」に行った。午前中の小海線乗車でこの駅には往復で通ったが、途中下車ができないので、車で出直した次第だ。この美術館は、去年の7月にリニューアルオープンしたもので、シルクロードを描いた平山画伯の大作がいくつも展示されているほか、特別展でウズベキスタンの布と器展が行われていた。平山画伯の絵や仏像のコレクションなどを堪能したあと、家路についた。
帰宅すると道路の補修工事は、型枠がはずされてきれいにコンクリート道路が仕上がっていたが、まだ道路の脇の土留め工事が終わっていないので、車を通すのは明日以降ということだった。今日一日暖かかったのか、
5時過ぎだというのにまだ外の温度計が18度になっていた。恐らく日中は20度を越えていたに違いない。
2009年3月17日(火)
7時半過ぎに可燃ごみをステーションまで出しに行くころ雨がぽつりぽつり降ってきた。一旦その雨が止んで薄日も射したが、間もなく黒雲に覆われ雨が降り出した。一時は横殴りの雪が混ざる大雨となった。2時間ほど降り続いたが、止んだと思っていたらあっという間に晴れ間が広がり、気温は15度まで上がった。太陽光発電も午前中の分を取り戻すように発電し、最終的には20kwにまでいった。
今日は天気が良ければ、山ちゃん夫妻と小海線に乗って小淵沢まで八ヶ岳の雪景色を眺めに行くつもりだったが、朝から雨で中止になった。お昼前に我が家で相談し、明日の天気予報が抜群にいいので、明日あらためて出直すことにした。車で野辺山まで行き、野辺山と小淵沢間の小海線の車窓を楽しんでから、清里の美しの森トレッキングをし、時間があれば平山郁夫シルクロード美術館に行く予定が決まった。簡単なお昼を食べながら話が弾んだ。
午後は暖かく家の中にいるのはもったいないような陽気になったので、バアは草取り、ジイはジイ小屋のテラスでブドウ棚の材木のカットやカンナ掛けなどをした。もう外で作業しても寒くて震えるようなことにはならなかった。いよいよ家の中でジッとしている季節が終わりに近づきつつあるのだろう。チューリップや水仙なども丈が
5センチぐらいに伸びてきて、きれいに並んで見えるようになってきた。石に潰されそうになっていたクロッカスが2輪開花していた。
2009年3月16日(月)
5時半に起きてWBCベースボールを観てしまった。負けていたらまたすぐに寝直そうと観はじめた途端に3点日本がリードしたので、結局そのまま寝ずに8時まで見続け、勝ちを確信して他のチャンネルに変えた。最後は60で終わったようだ。これでまた明後日3度目の韓国戦を観るようになるのだろうか?
早く起きていたせいかシメが
6時前からデッキのところまで来ているのがわかった。ガラス戸を叩いたのはいつもとおり620分ごろだったが、明るくなり始めるころからもうすぐそばまで来ているようだ。気温はマイナス5度まで下がり、庭には霜柱が立っていた。冷え込んだ朝も日が昇り始めるとどんどん気温が上がり10時過ぎには15℃まで上がった。梅も今日開花し始めた。
8時半から道路の補修工事で生コン車が来てコンクリート打設が始まった。3台の生コン車がピストンで11時ごろまでかかって生コンが打ち終わった。工事で今日配達日になっているコープ長野の車が家まで入って来れないので、工事をしている先まで山ちゃん夫妻も含めて4人で受け取りに出た。
コープの配達を受け取った後、天気がいいので弁当を持ってウォーキングに出かけた。車で塩田平へ行って歩くことにし、まず塩田平の入口にあたる位置にある「生島足島(いくしまたるしま)神社に寄ってから、山ちゃん夫妻が、第二次世界大戦中志半ばで戦場に散った画学生の遺作を収蔵、展示している「無言館」を見学したことがない、というのでそちらに向かった。無言館に行く前にその手前の山王山公園の芝生の上で、塩田平を見下ろしながらお弁当を食べた。少し風が出始めていたが、気温は高く眼下に広がる塩田平の景色を眺めて食べるおにぎりは格別美味しかった。おにぎりは義姉が握ってくれたものだ。昼食後山ちゃん夫妻だけで無言館を見学したあと、国の重要文化財にしてされている三重塔がある「前山寺」を経由し、あじさいの小路(といってもまだ枯れ枝だけしかないが)を歩いて塩田の館までウォーキングした。
午後
3時過ぎに家に戻ってきたところ、道路のコンクリート打設が終わりきれいに仕上げも終わっていた。コンクリートも晴れて風もあったせいか指で押してもへこまないほど固く固まっていた。これなら23日後には車も通れるようになるだろう。
2009年3月15日(日)
壊れた夜間照明の電球のうち1個だけ補充して点けていた照明は無事壊れず朝まで点灯していた。スーさんから朝電話がかかってきて様子を聞いてきたので、無事だったことを伝えた。午前中出かけている間にスーさんが来て新しく調達してきた電球に入れ替えてあった。
午前中、山ちゃん夫妻と一緒に
4人で、佐久教会に2度目の礼拝に出席してきた。今度は10時開会に間に合うよう早めに家を出て、7分前に着いた。出席者は今回も10数人だった。我々を入れなければ、いつもは10人前後というところなのだろうか。こじんまりしていて、しかも牧師にしても、教会員にしても根掘り葉掘りこちらの事を聞かない、あっさりしたところが重荷にならなくていい。
礼拝の後は車を停めておいたデーツーで買い物をしたあと佐久平に向かった。どこかでお昼でも食べようか、という話をしているときに、道路の脇の立て看板に「富次郎」というお店の名前が目に入り、急遽そこへいってみようということになった。佐久平駅の浅間口側にあるというので、車で走らせていると直に見つかった。
1,000円の日替わりランチが2種類あったのでそれを頼んだ。一つはアナゴ重にゾウキ風うどんのついたもの、もう一つは海鮮丼でそれぞれ二人で分け合って食べた。バアの評価は上の下だった(中の上より上)。ということはまた来る可能性があるということだ。
おなかがいっぱいになり、駅周辺を少し歩いた。途中で今話題のK
S電気にも立ち寄った。撤退した前の電気店のときは閑散としていたのに、今日の店内の人ごみはすごかった。レジも長蛇の列になっていた。小物を買おうとしたが、特別安いようには思えなかったのでやめた。確かに目玉商品は割安感があるし、大勢が買っていると全部が全部お買い得のような心理になってきてしまう。まして先週のNHKの番組「経済羅針盤」に、不況のときほど店舗拡大をめざす社長が登場したばかりなので、来店者が多いのだろう。土曜日に入る新聞の折り込み広告も、広げたら新聞4面もの大きさがあった。長居をしていると急を要さないものまで買ってしまうので、早々に店を出た。
佐久平駅の観光物産館で千曲錦の藤村ゆかりのにごり酒というワンカップを買った。夜、昼食後の駅周辺の散策では運動量が足りなかったので、山ちゃん家のエアロバイクを借りてジイとバアがそれぞれ
30分自転車を漕いで汗を流した後、そのワンカップを4人で分けて飲んだ。甘酒のような香りが少しして口当たりのいいお酒だった。このお酒の一口が利いたのか、家に戻ってテレビを見ながら1時間も居眠りをしてしまった。
2009年3月14日(土)
昨日の夜工事用の夜間照明を確かに点けておいたのに、夜中にトイレで目を覚ましたとき照明が消えているので変に思ったが、夜中でもあるし雨がざあざあ降りだったので確かめることができなかった。今日の午前中いっぱい強い雨と風、雪も混じる天候で外に出られず、夜間照明が消えた原因を調べることができなかったが、午後になって雨があがったので調べてみたら、3個の電球がすべて割れていた。
一瞬誰かのいたずらか、嫌がらせかと頭をよぎったが、昨夜
12時過ぎに寝るまで確かに点灯していたのは覚えているので、それ以降トイレに起きるまでの真夜中に、こんな通り抜けもできない田舎道で、雨の中足元も悪いときにわざわざそんなことをするような人間がいるわけもなく、原因は夜中の雨の湿気か急激な気温の低下と白熱電球の熱の作用だろう、という結論に至った。そうでも思わないと3ヶ所に設置した電灯の電球が全て壊れているという「怪」の謎が深まるばかりだ。夕方スーさんに電話して状況は知らせ、とりあえずジイ小屋にあった200ワットの電球を1個だけ点けることにした。
午前中は雨で外へ出ることもできず、テレビ、新聞、読書で時間をつぶした。午後は、クローゼットの棚の目隠し用に、以前に山ちゃん家で使っていたカーテンをいただいて取り付けたが、もう一方の棚のほうにも上尾の家のリビングに付けてあったカーテンを持ってきて、今日その取り付けをした。丈の長さはぴったりだった。
もう一つ上尾の玄関ドアにつけてあった犬の形をした鈴もはずして持ってきてあったので、それも取り付けた。玄関を開け閉めすると、チリンチリンと高い音色を出す鈴で、思わず上尾の家のドアを開けたような錯覚をしてしまった。
その後はポチを連れてゆりかご動物病院に行った。
4日に発作を起こし5日に診てもらって、発作を抑える薬を入れてもらってから今日まで、何事もなくいつもと変わらない状態だった。体重も3.1kgで、いつもより0.1kg増えていた。今日も先生から、腎臓病の患者としては、毛艶もよく元気な優等生とのお褒めの言葉をいただいたが、本人は嫌いな皮下点滴を受けたので不機嫌だった。
2009年3月13日(金)
予報では曇りのち雨だったが午前中は薄日が射す天気だった。昨日ブドウ棚の基礎にするピンコロを4本設置したままサスペンデッドになってしまったので、ピンコロの周りにコンクリートを入れて固めた。コンクリートは、水を足せばコンクリートになるセメント袋を使った。自分でセメントを作るのは初めてだったので、袋の外側に書いてある作り方にしたがってやってみたが、思ったより簡単だった。砂利も含まれたセメント粉なので、水を入れてこねて、粉と水がしっかりなじむまでかき回すだけで、OKだった。これなら今後レンガ積みなどにも使えそうだ。レンガは上尾から10日に運んできたし、その前にも山ちゃん夫妻が上尾との往復で何回かに分けて運んできている。今まで畑に使っていた庭は、花壇などにするつもりなので、レンガできれいにするつもりだ。
午後は山ちゃん夫妻を誘って上田市内に買い物に出かけた。行く途中から雨が降り出した。タイヤ館に行ってノーマルタイヤの値段を聞いた。ホンダのディーラーよりも安かったが、それでも
12万円する。もう一度ホンダと値引き交渉する予定。タイヤ館のあとはジャスコに行って買い物をし、帰りにバール・マタンでホワイトデー用のクッキーを買った。雨が降っていたので、午前中にやったコンクリートが固まっているか心配だったので、家に戻ってすぐ確認したら、もう指で押してもへこまないほど固くなっていたので一安心。
今日政府は、安全保障会議を開いて、とうとう海賊対策を名目に、ソマリア沖への海上自衛隊の派遣を決めてしまった。海賊対処法案などに関する国会での議論を後回しにして、まずは既成事実づくりだ。民主党も基本的には反対するつもりはなさそうだ。こういうことの積み重ねがいつか憲法
9条の改悪につながることを心しなければならない。
2009年3月12日(木)
道路工事が遅れている。ユンボの故障で手間取ったとはいえ、工事開始予定日から1週間が過ぎてまだコンクリートの打設が始まらない。今日でその下準備となる型枠やワイヤメッシュを張るところまでは終わったが、明日、明後日の天気予報がよくないので、来週にコンクリートを打設することにしたとのこと、全部終わるのは来週いっぱいになりそうだ。仕事ぶりを見ていると、山ちゃん家の基礎工事や我が家の排水管の工事をしてくれた基礎屋さんの仕事ぶりとは雲泥の差がある。2人で仕事をしているが、一服や休憩が多く、なかなかはかどらない。見ているとイライラしてしまうので、なるべく見ないようにしているが、夜間の照明の管理を任されている身としては一日も早く完了して欲しいのだが・・・。これも結構プレッシャーになっていて、毎朝いつもより早く目が覚めて、コンセントを抜きに外へ出ているのだから、早くこのプレッシャーから解放されたいと思っている。
午前中、上尾から運んできた敷石を山ちゃん家のデッキの下の通り道に並べる作業を手伝った。午後は、ぶどう棚を作るため、今までの単管パイプで作ってあった棚を解体し、柱を立てるピンコロを設置した。簡単に考えていたが、やってみると結構難しい。
4個のピンコロを水平に距離もあわせて置く作業は、思った以上に1個ずつの水平をとるのも、それぞれの距離や水平も簡単にはいかなかった。小さな水平器だけではピンコロ同士の水平が量れず、長い角柱を使って間に合わせた。水平が出たところでコンクリートで固めるつもりだったが、そこまで行く前に日没近くになってしまって、道路工事と同じように明日以降のお天気次第で続きをやることになってしまった。
2009年3月11日(水)
昨日は日中ずっと留守だったので少し心配していたシメが、もう620分にはコンコンと窓ガラスをたたいて起こしに来た。近くで道路の補修工事をしているので、1日のうちに来る回数はだいぶ減り、今日も朝だけで日中はほとんど姿を見かけなかった。
シメに起こされた後は寝付けず、少し早めに起きて朝食をとった後は掃除をした。最近は、掃除機を使って隅々まで掃除をするのは、水曜日と土曜日で定着しつつある。水曜日は、
9時から電気料が平日の日中ということで割高な単価設定になっているので、それまでに終わらせようとして少し丁寧さに欠けるやりかたになってしまう。2階の掃除もやったりやらなかったりだ。その分土曜日は平日とは違って9時以降も割安料金なので、家具の置いてある奥まで、家具を動かして掃除することにしている。そういう掃除の仕方が一つのパターンになってきた。
午前中は義姉やバアと庭の畑で、去年種を蒔く時期が遅くなって十分育つ前に凍みる季節になってしまい、寒冷紗をかぶせておいたニンジンが枯れずに残っていたので、抜いてみると小指ほどの大きさだが食べられそうなので収穫した。同じように寒冷紗をかけておいたホウレンソウも青々としていたので収穫した。それぞれニンジンはシチュウに、ホウレンソウは胡麻和えになって夜の食卓にのぼった。
午後は、昨日上尾に行ってみて、こちらでも春が近づきつつあることを実感したので、畑の準備をすることにした。苦土石灰を撒き、ミニ耕運機で畑を耕した。今までの庭のミニ菜園と違って、畑にする予定の所をミニ耕運機で一通り耕すだけでも
1時間以上かかってしまった。当初の予定では、23回は耕運するつもりだったが、1回やったところで終わりにした。まだ細かい根っこがたくさん出てくるので、しばらくさらしておいて浮き出てきたところを拾い上げ、それからまた耕運するという工程を繰り返すことにした。4月に入ったら先日「大地」で買ったジャガイモの種芋を植える。これが今年の野菜作りのスタートになりそうだ。いままで何年も草ぼうぼうにしていた所なので、あまり過大な期待はしないほうがいいかもしれないが、やるからにはそこそこの収穫ができるようにしたい、と思っている。午後4時を過ぎると一段と風が冷たくなってきたので、作業を中止して家に入った。
2009年3月10日(火)
上尾に出かけるため、朝5時半に目覚ましをかけて起床した。道路工事の夜間照明のスイッチの管理を頼まれているので、まずは白みかけている外へ出て玄関脇のコンセントを抜きにいった。これですっかり目が覚めた。早めの朝食を摂り、貯まったリサイクルにまわす新聞紙を積み込んで、午前7時に家を出た。佐久市内を抜けるのに、まだ通勤ラッシュには少し早かったのかそれほど道が混んでいなかった。下仁田で上信越道に乗り、高速も空いていて上尾に着いたのは940分だった。
浅間台会館に新聞紙を置きに行った。浅間台事務区のリサイクル活動への最後のご奉公である。浅間台のリサイクルは、浅間台会館の所定の場所にいつでも持ち込めるシステムになっているので、非常に便利だ。東御市に来てから、こちらでは新聞や段ボールなどは、月
1回午前6時半から7時半の1時間のうちに、1.3キロ離れた公民館まで車で運ばなければならない。それを逃すとまた1ヶ月待たなければならない。集まる量が違う、と言ってしまえばそれまでだが、こちらでもプレハブの建物があるのだから、浅間台のようにいつでも持ち込めるシステムになればいいのだが・・・。
上尾に着くまでの風景は、もう春が始まっていた。荒川の河川敷の畑は青々としていたし、菜の花やカラシナの黄色い花が風に揺れていた。こぶしの花が満開になっているところもあった。梅の花は、こちらではまだ蕾が白くなり始めたばかりだというのに、上尾市内の梅はもう終わりになりかけていた。気温もたまたま急上昇したようだが、それにしても着ていった防寒着やその下に来ていたベストまで脱がないではいられなかった。半袖でもいいような陽気だった。
午前と午後
2社の不動産屋さんの査定を受け、話をきいた。いずれも今の経済情勢から売買の動きが減り、その分価格も下がっていると言う話に終始していた。そういう話をしながらもどちらもわが社に専任の依頼がいただければ、高く売れれば仲介手数料も高くなるので、精一杯努力します、ということで結論をせかされたが、今日はすぐに結論は出さなかった。
3時半過ぎに上尾を出て帰路に就いた。途中高速を走行中、朝が早かったせいか眠くなってしまったので、上里のサービスエリアで15分ほど眠ってから再出発したらその後はすっきりして、気持ちよく運転してこれた。途中買い物をして家に着いたのが7時前だった。ポチに、ただいま!と声をかけたが、ベッドに入ったまま不機嫌そうに目を上げただけだった。
2009年3月9日(月)
今日は朝8時半ごろにはスーさんと道路を工事する業者が来た。一昨日の工事で故障したユンボの替わりにもう1台ユンボが運ばれてきた。壊れたそこにユンボを置いたままコンクリートを剥がして運搬していった。とりあえず最初のユンボの周りだけ残して、コンクリートの撤去が終わったが、明日部品が届いてユンボの修理が終わらないと次の作業に進められないとのこと。
業者は、今週中にコンクリートを打って固まるまでの工程を終わらせたいということだったが、季節柄乾くまで
3日ぐらい余裕を見たいともいっていたから、天候でも悪くなればまた工事は来週以降に持ち越しになりそうだ。いつもいろいろな現場で工事をやっていると、工期が延びるなどというのは当たり前の感覚になってしまうのだろうが、住民にとっては日常の当たり前にできていた通行や車の出し入れができなくなるというのは、大変な非日常的なこと、少しでも予定が遅れれば許しがたい事態に感じるものだ、ということを理解して欲しいものだ。
今日の午後は横浜から友人がやってきた。明日仕事の関係で上田周辺まで来るので、訪ねたいということだったが、明日は上尾の家の不動産の査定で上尾まで朝早くから出かけなければならず、友人のほうが
1日予定を早めて今日訪ねてくれることになった。彼とは去年の3月に上尾で会って以来だ。
佐久平駅まで迎えに行き、我が家に付いたのが
3時ごろ、おしゃべりをしているうちにあっという間に時間が過ぎて、上田駅の予約してあるホテルへ送る時間になってしまった。付き合いの広い彼から、同窓生達の消息などいろいろ聞くことができた。彼自身の高校を卒業して以来の30数年の生活歴なども聞いた。彼の家族のことや、彼のルーツが水戸藩の尊皇攘夷を唱えたグループの属することなどを改めてきくことができた。旧家の遺品から注目すべき歴史的、文化的に価値のありそうなものが出てきて、今は横浜市の同級生の学芸員たちに分析をしてもらっていることや、将来のライフワークとして自分でもそれらを整理して本にまとめたい、とのこと。そんな夢を持ちながら仕事の傍らいろいろ調査活動をしている、という話には大いに刺激を受けた。
2009年3月8日(日)
5時半に目が覚めた。外はもう薄明るくなっていたので、起きて工事の照明を消しに行った。新聞はもう配達してあった。いつも車で配達に来ている?ので、車が入れなくなって驚いただろう。まだ一度も配達に来たところは見たことがないが、雪の降った日の朝など轍が残っているので、車で配達に来ていることがわかるに過ぎないが・・・。夜間照明をするのは、この新聞屋さんのためぐらいで、暗くなってから通行する人は、他に全くいない。
一度起きてまた寝たせいか次に目が覚めたのは、
7時半だった。ゆっくりと朝食を取り、新聞を読み、掃除をした。日曜日なので、9時を過ぎても電気料金の単価が上がらないので、掃除も丁寧にやった。今は週2回は掃除をするようにバアから言われている。最近はそれ以外に、ポチが室内のトイレを使うようになったのはいいが、用を足したあとトイレの砂をかけるのに勢い余って砂をトイレの外にまで撒き散らすので、それを時々掃除しなければならない。
掃除のあとはシクラメンに水をやった。一つは次女がクリスマスプレゼントに送ってくれたものだ。まだ、次から次と花が咲き続けている。もう一つはスーパーの花屋さんで買ったものだが、こちらは一度全部花がなくなってしまったが、最近また花が咲き始めてきたものだ。今年になってからこの二つのシクラメンの水遣りはジイが担当することになって以来、水を切らさず、かといってやり過ぎないようにする、水加減がよくわからず手探りでやってきたので、花が保たれていることに少し自信を深めているところだ。
午後は名古屋国際女子マラソンを観た。誰がトップになるかというよりも、このレースをラストランに選んだ高橋尚子の走りに惹かれた。街頭で応援する観衆に、終始にこやかに時に手を振りながら、楽しそうに走っている姿に心打たれた。時折中継される彼女の走っている姿やアップで映される顔の表情には、何のイヤミもない爽やかな笑顔があった。プロのランナーとして競技しているときの練習では、恐らく筆舌に尽くしがたい苦しいものがあったに違いないが、そういうものをやりつくした後の開放感、満足感がほとばしり出ているような感じがした。ジイの退職の時にはそこまでの境地には至らなかったが・・・。
2009年3月7日(土)
昨日の雨もあがって今日から道路の工事が始まった。工事が始まる前に、工事に使う電気を我が家の外のコンセントから使いたい、ということでお金を入れた袋を持ってあいさつにきた。今日はコンクリートを剥がす前にユンボでコンクリートに穴を空け、小さくしてから剥がす作業をしているときに、コンクリート塊が油圧ポンプの管を切ってしまって、工事の途中で作業停止になってしまった。工事がうまくスタートしなかったことがどんどん悪い方向へ進んで行く典型のような事故になってしまった。これでまたしばらく工事がストップしそうだ。もう車は通れないので不自由な日がさらに増えてしまう。
道路の工事で、夜間人が通るのに危険になるので、工事を担当する会社でも照明をつけることになっているが、ジイ小屋についているセンサーライトを、午前中道路に面した壁に取り付け直した。こうしておけば工事中に車が入れず、暗いうちに配達に来る新聞屋さんが通るのに反応して照明がついて、少しでも危険が減るだろう。いままでは山ちゃん家の車が我が家とジイ小屋の間の狭い空間を通って車庫に入っているので、そのときに自動で照明がつくようにしていたセンサーライトだったが、工事中は外側の道路のために付け直した。夜間の照明のコンセントの入り切りも任せられてしまった。
朝から吹いていた風も午後には少し弱まってきたので、山ちゃん夫妻と一緒にウォーキングに出かけた。帰りに農家のためのホームセンター「大地」に寄りたいので、そこへ行く途中にある駐車場まで車で行って、そこからシュンランの咲く山の散策路を約
1時間ウォーキングした。途中フキノトウがたくさん芽を出している場所を見つけ、小さな袋にいっぱいになるほど採取した。フキノトウは早速フキ味噌にして今夜の食事の食卓にのぼった。散策路にはウッドチップと落ち葉が積もっていて歩くのにはもってこいの所だった。残念ながらまだシュンランの花が咲くには早すぎたが、歩いていて気持ちのいいコースだった。
ウォーキングのあとは大地に行ってジャガイモの種芋を購入した。キタアカリ
3キロ、男爵3キロ、キタムラサキ1キロを購入した。植えるのは4月になってからのつもりだが、暖冬だったので少し早めに植える必要があるかもしれない。ただあわてて植えて新芽の出る頃に遅霜にやられる可能性もあるので、もう少し様子を見てから植え時を決めよう。それよりも畑に苦土石灰を入れて、あと23回耕し、肥料を入れることが先だ。ウォーキングと買い物から戻った後は、鹿島アントラーズと浦和レッズの試合をみたが0−2でレッズが負けてしまった。今シーズンも優勝には遠いスタートになってしまった。
2009年3月6日(金)
朝からずっと夕方まで雨だった。今日から始まる予定だった道路の工事も中止になったようだ。降水量は20ミリを超えたようで、我が家の太陽光発電もお休み状態。発電量1キロワットは設置以来の最低記録になった。そんな状態で今日は結局一歩も外に出なかった。ポチは小降りになった合間をねらって2度ほど外へ出た。その様子では特に変わった様子もなく元気そうだ。
午後は、
2時ごろ約束どおり大宮から保険屋さんがやってきた。2台の車の保険が3月と4月に切れるので、その更新手続きのため、わざわざ大宮から来てくれた。途中高速ではワイパーが利かないくらいの大雨に遭遇したらしい。
今度の保険からゴールド免許の割引が受けられるようになった。
7年前ジイとバアの家の土地の売買契約を締結し、もう一度土地を見に来るために北御牧の役場の近くまで来た時に、一時停止違反でつかまってゴールド免許をふいにしてしまった。去年の免許書き換えでようやくゴールドに復帰することができた。なるべくつかまった場所を通らないようにしていたが、住み着くとどうしてもそこを通らざるを得ないことが重なるうちに、ようやく気にしなくなった。
保険屋さんが帰ったあとは何をするということもなくのんびり過ごした。中学・高校時代の同級生から電話があり、訪ねてきてくれることになった。昨夜メールで
10日に上田に仕事で来るので都合を聞いてきたが、昨日不動産屋の査定を決めてしまったあとだったので、他の日に替えられればと思っていたら9日に来てくれることになった。
2009年3月5日(木)
今日は朝からドタバタしてしまった。遅れに遅れていた道路の補修工事が、久し振りの好天だというのに始まりそうになく、ホクシンのスーさんに電話をした。おととい施工業者がきて今日から工事を始めると言っていたが、補修工事の施工方法を巡って簡易な工事で済まそうとしている様子だったので、それでは話が違うのでスーさんと相談するように言っておいたのに、その報告もなく工事も始まりそうもないので、スーさんに電話をしてクレームをつけてしまった。
水道管の敷設工事でコンクリートの道路の一部を切り取ったのと、工事車両の通行で壊れた部分もあり、全面的に道路のコンクリートをはがして打ち直す、という話だったのに、水道管の工事で切り取った部分だけコンクリートを打設して済まそうとする現場監督の話に納得できなかった。
10時ごろにスーさんと施工業者が来て、いろいろ話し合った末、最終的には全部やり直すことにしてもらった。
11
時に山ちゃん夫妻と一緒に出かける予定が30分遅れとなってしまった。山ちゃん夫妻と旧武石村にある「和紙の里」のお蕎麦屋さんがリニューアルオープンしたというので、そこへお昼を食べに行った。ここには以前にダッタンそばの手打ちが食べられるというので来たことがある。食事のあと立科町のツルヤで買い物をし、ついでに茂田井宿までウォーキングをした。時間があれば酒造屋さんが個人的にやっている美術館に立ち寄りたかったが、それは次回に譲って約1時間強のウォーキングで終わらせて家に戻った。
そのあと、昨日発作のあったポチを連れてゆりかご動物病院に行ってきた。先生の診察によると、ホルネル症候群という片方の瞳孔が小さくなる症状が出ている、ということで確かに言われて見ると右目より左目の瞳孔の開き方が小さくなっていた。原因としてはいろいろあるらしいが、昨日の症状から考えると、最近脳に小さな出血などがあって、神経細胞の電気信号が混乱を起こして痙攣を引き起こしたり、ホルネル症候群を誘発した可能性があるとのことだった。
血液検査をするため、採血するさいには大あばれをし、ご主人の獣医さんとジイの二人で押さえつけてようやく主治医の奥さん先生が採血した。そのあとは、珍しくポチが
2度も奥さん先生にフーッと威嚇の声を挙げていた。採血の結果では、腎臓のほうの数値は悪化していなかった。いつもの皮下点滴の薬に、脳の炎症を抑制するステロイド剤を加える治療を行った。今後も発作が起きる可能性があるので、経過を観察し発作の頻度が多くなったりすれば、それを抑える治療方法もあるらしいが、その治療をすると腎臓への負担も大きくなるので、そういう場合は治療方針を相談することにした。
早速娘達からもポチの様子を心配してメールや電話があった。次女は自分も高い棚の物を取ろうとして椅子から落ちて胸を強打し、肋軟骨を骨折してギブスまではしていないがコルセットで固定しているとのことだった。花粉症のくしゃみだけでも骨に響くと嘆いていた。
昨日定休日で連絡の取れなかった不動産屋
2軒と、今日連絡が取れて10日に上尾の家の査定をしてもらうことになった。こんなご時世なのであわてて処分するのも考え物だが、どの程度の評価が出るのは参考にしようと思う。
2009年3月4日(水)
昨日から降っていた雪も朝には止んでいた。思ったほどは積もっていなくて、雪かきも必要なかった。朝のうちは一面白くなっていたが、北側の日陰もお昼前には全部融けてしまった。陽がほとんど射していなかったので、気温が高くて融けた、という感じだった。
雪が積もっている中だというのに、朝
7時にはシメが来て、ガラス戸をつついていた。最近ではすっかり目覚まし時計代わりになっている。今日はいつものサンルームのガラス戸だけではなく、リビングや寝室のガラス戸まで飛んできては突付いていた。そろそろ渡って行く挨拶ではないかとちょっと心配した。
午前中は民主党の小沢代表の記者会見を見るためテレビの前に釘付けになった。政治資金規正法に則った会計処理をしていると強弁していたが、今の政治資金規正法そのものが政治団体を隠れ蓑にした企業の献金ができる仕組みを許すようなザル法になっていることに本質的な問題がある。政党助成金を受け取りながら献金も受ける二重取り構造が諸悪の根源だ。これは小沢さんに限らず、自民党や民主党の多くの議員も同じ穴のムジナだ。
午後は、また雨模様になってきてウォーキングに出かけることもできず、山ちゃん家のエアロバイクをお借りして、
30分のトレーニングに励んだ。130キロカロリーの消費で、自転車で10.5キロの走行相当分の運動だった。この数字に満足して、出されたお茶菓子をたくさんいただいてしまった。
家に戻って急に思い付いて、コタツの中に入れた足を乗せる台を作ることにした。バアが別の用途に作った台をコタツに入れて足を乗せてみると、楽になるといってそれを使っていたが、少し高すぎるのと、二人の足を乗せるには大きさが足りなかったので、新しくそれ用の台を作ることにした。ありあわせの材料を使って
2時間で完成。さっそくコタツの中に入れて足を乗せると結構オットマンのような感じで足や腰が楽になった。
夕食前にポチが寝ていた自分のベッドから飛び出してきて、痙攣を起こして苦しがった。呼吸ができない様子で口から唾液があふれ、前足をもがくようにして身体を硬直させていた。先月にも一度そんなことがあったが、そのときはすぐに納まったので一過性のものと思っていたが、今回はしばらくバアが抱きかかえて身体をさすったりしたが、痙攣が納まらなかった。ようやく痙攣と硬直が納まったあともしばらくは立ったり歩いたりできなかった。歩こうとしても後ろ足がふらつき腰が抜けたような状態だった。その後普通に歩けるようになったが、顔の表情は自分でも何が起こったのかわからない茫然自失という表情をしていた。バアはすぐにでもゆりかご動物病院に連れて行きたかったようだが、今日は休診日なのでもう少し様子を見て、明日連れて行くことで納得させた。
30分もするとベッドに戻って休み、その後はいつもと変わらない様子に戻った。食事もするようになり、表情もいつもの力のある表情になってきたので一安心だ。
2009年3月3日(火)
今朝9時過ぎに水道工事の舗装の復旧について担当の業者がやってきた。あさってから工事を始めると言う。コンクリート舗装なので1週間ほど通行止めになるとのこと、奥の家にも迷惑がかかるので早く終わらせてもらいたいものだ。
今日は松本まで出かけてきた。今回は山ちゃん夫妻も同行し、お昼は蔵通りの入口近くにあるお気に入りにレストランで食べた。山ちゃん夫妻にも気に入ってもらったようだ。そのあと大宮にもある石井スポーツに寄ったが、衣類など値段がよすぎて手が出せなかった。年金生活者には、せいぜいユニクロどまりか?松本市内には湧水の井戸がいくつもあるが、なかでも有名な「源智の井戸」などを見たあと、蔵通りの一角にある「翁堂」という和菓子屋さんで和菓子を買い、店内でお茶をいただきながらそれを食べた。ガイドブックでそのお店に喫茶室があると書いてあったので、コーヒーでも飲みながらお菓子を食べようかと思ってお店に入ったら、喫茶室は定休日で和菓子の販売しかしていなかった。それでも店内の奥のテーブルに、お店の人が蕎麦茶を出してくれたので、そこで買った和菓子を食べた次第。
車を停めてあったジャスコで買い物をしたあとは、県内に
3軒しかない長野コープのお店まで行って、さらに買い物をした。ここは松本市内から20分ほど車を走らせたところにあるが、ここからはもう松本空港が程近い。その空港の近くにブルーベリーの苗を販売している「ニッポン緑産」等会社があるのでそこまで足を延ばして、ブルーベリーのカタログをもらった。このカタログで事前に電話予約しておけば、苗を用意しておいてくれるとのこと、配達もしてくれるがじかに取りに来たほうが割安なので、近いうち注文しようと思う。
ジャスコでの買い物が終わった頃から雪が本降りになってきて、帰路は三才山(みさやま)峠の辺りは道路の脇が真っ白になっていた。家に着く頃は、家の周りもすっかり雪化粧になっていた。この日記を書いている午後
10時半ごろでもうかなりの積雪になっている。明日は雪かきが必要かな?
民主党小沢代表の公設第一秘書が、西松建設がらみの政治資金規正法違反の容疑で逮捕された。西松建設がらみでは先日村井長野県知事の元秘書が、東京地検の捜査の過程で自殺を図ったばかりだ。民主党のほかの幹部のコメントもいまいちだが、自民党のほうも半分ほくそえみながらも、歯切れの悪いコメントだ。どちらも脛に傷を持つ身だから仕方がない?これが日本の政治の現実だ。
2009年3月2日(月)
朝起きると予報にもなかった意表をつく雪が降っていた。10時ごろまで晴れと降雪が交互に繰り返していた。それでもお昼過ぎには陽の当たらない場所を残して雪は跡形もなく消えてしまった。今シーズンは暖冬だったが、それでも降雪の回数は覚えきれないほどあった。それこそ住んでみなければわからない現象だ。週末だけの滞在では、日中にすぐに融けてしまう降雪に出会うことは少ない。雪国に住んだことのないジイにとって、珍しいこと=雪が降るようなことだったが、ここではそういうことにはならないことがわかった。
午前
10時過ぎにオデッセイと軽自動車の12ヶ月点検の引き取りに来たディーラーさんが、ここは寒いですね、と震え上がっていた。確かに晴れ間が出始めたばかりで、まだ冷たい風が吹きぬけていたところだったが、佐久よりもだいぶ寒いですね、と言われたのには面食らった。長野地域のNHKの天気予報では、東御市の気温より佐久市の気温のほうが、いつも12度低い。こちらに来て感じるのは、気象予報の地域が細かくて、20区域以上に分けて予報が出ること、その予報の中で自分の家の天気や気温は、地元の東御市よりも隣の立科町の予報が実際の天気では、同じことのほうが多いことだ。科学的な根拠があるわけではないが、経験的にはどうやら標高が影響しているのかな、と思う。地域名で予報している場所が気象観測点の場所だとすると、そこの標高によって天気が随分と違う。東御市でも、標高500mから1,000m以上、湯の丸山など2,000mまであるのだから単純に地元の予報を信じるわけには行かない。
ホンダのディーラーさんが代車を置いていったが今日は買い物にも行く予定がなかったので、乗らずに済んだ。オデッセイのタイヤが今はスタッドレスタイヤだが、雪が降らなくなったらノーマルタイヤに替えなければならない。しかし、そのノーマルタイヤが磨り減っていて、もう買い替えどきになっている。
12ヶ月点検が終わって納車のときにタイヤの見積書も持ってきてもらったが、それだと12万円近い。安全には換え難いが、タイヤ館に行って見積もり比較してから頼むことにした。ついでにハイブリッドの新車種「インサイト」のカタログも持ってきてもらった。燃費は30キロというが、同じクラスの「フィット」と5キロぐらいしか変わらないなら、値段的には「フィット」を選びたくなるのではないか?もう少し検討の余地がありそうだ。とにかく今は新しい車を買える余裕はないが・・・。
今日は気温が上がらず風もあったので、ウォーキングは諦めて、山ちゃん家のエアロバイクを借りて、ジイは
30分、バアは20分のコ−スを漕いだ。終わったあとお茶菓子を出されたが今回はぐっとこらえて飲み物だけにした。いい汗をかいた。
麻生総理は、案の定、定額給付金を受け取ることを表明した。自分のような高額所得者が受け取るのはさもしい、とか人間としての矜持の問題などと大見得を切っておいてのこの体たらく・・・何をかいわんや。衆院解散デモを企画するひとはいなのか。
2009年3月1日(日)
年度の最後の月になった。そろそろ退職して1年近くなってきて、暦を年度で考える習慣から脱却しつつあるが、それでも3月になってみると30年間、年度末の予算処理や4月からの人事異動の予感でそわそわした雰囲気を思い出す。特に定年退職の5年前ごろから、そのころジイとバアの家を作ったこととも重なって、あと何回この時期を迎えれば今の仕事から解放されるかと、指折り数えていたような気がする。
年を重ねるに連れて、特に春の桜の季節を迎えると、あと何回この桜の景色を見ることができるだろうかと、考えるらしいが、まだそこまでには至っていない。今は季節の移り変わりを毎日身の回りの自然の中に見つけては喜んでいる。今日も午前中バアの発案で姉を誘ってすぐ近くの林の手前にある休耕田に、春を告げる「フキノトウ」を採りに行ってきた。まだ少し時期が早いのかなかなか見つけられなかったが、バアはなかなか目聡く枯れ草の中に埋もれるように頭を出しているフキノトウを見つける。フキ味噌を作るほどの量は見つけられなかったが、さっそく義姉がダイコンとアゲにフキノトウを絡めたお惣菜を夕食に届けてくれた。フキの香りが程よく口に広がって美味しかった。ダイコンは、去年暮れに寒さで凍り始めて、あわてて収穫して地中に埋めておいたのを、今日掘り出したものである。駄目になってしまっているかと思ったが、ワラで包んで地中
30センチの深さに埋めといたら、何とか食べられる。貯蔵法もいろいろ試行錯誤しているが、この方法も今後使えそうだ。
午後は、琵琶湖毎日マラソンを見た。男子はなかなか世界に通用する選手が出てこなくなってから久しい。かつての瀬古選手のような人が出ると見ていても楽しいのだが・・・。そのあとは、義姉に借りて読んでいた小宮宗治著『定年後八ヶ岳いなか暮らし』を読了した。初版本が
1999年で、その10年前から八ヶ岳南麓の大泉村に、定年後の定住を夢見て山荘を作り、そこでの週末生活=週末族、例えばワサビ田づくり、ハーブガーデンやブルーベリー畑などをさまざまな人との関わりを交えて、エッセイ風に書き留めたものだ。田舎暮らしが注目され始めたころから先んじて実践してきただけに、パイオニア的な内容だ。この本を出版する前に、『週末・八ヶ岳いなか暮らし』という、体験に基づいた田舎暮らしの技法を紹介する本を上梓している。少し価値観は異なるが、ものづくりや他人とのかかわり方などは参考にできる。
夕方バアの髪切りを手伝ったかわりに、夜はバアに伸び放題になっていたジイの髪を切ってもらった。ジイのもみあげはあごの下まで伸びた。