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思いつくままに(ジイの記録)
2008年7月31日(木)
引っ越してから3ヶ月
引っ越してきてから3ヶ月が経った。そろそろマンネリ化して飽きてくるころなのだろうが、そうでもない。一番の要因は山ちゃん家の建設工事だろう。毎日のように工事をする人たちの出入りがあるし、日々の工事の変化を見ることもできる。我が家のほうも、梅雨時の水の滲み出しの問題や、太陽光発電工事、そして今日はテラス屋根の取り付け工事といろいろ懸案事項を、引っ越してきたのを機会に処理してきたので結構忙しく過ごしてきたので、毎日が日曜日のような生活にもかかわらず、飽きてしまって困るということはなかった。暮らしてみなければわからない自然界の移り変わりも、新鮮で感動や驚きの連続だった。ホームページに載せている「北御牧の今」も画像が一気に増えた。できることなら、こういう生活を持続させていきたいと思う。
今日は朝
8時からテラスの工事が始まった。この工事も一人でやっている。二人でやればもう少し効率的にできると思うのだが、見積書では取り付け工事が、33,000円となっているから、おそらく工事を実際にやる業者には3万円を切る額しか渡っていないのだろう、二人分の人件費ではやっていけないのかもしれない。発注する側には安くて助かるが、コストの切り下げと競争原理によって、こういうところにもしわ寄せが来ているのかもしれない。ちょうど工事をしているときに我が家を設計したホクシンハウスのO支店長が来た。O支店長は、家の景観や日当たり、明るさの面から、初めからテラス屋根を付けることには反対していたが、テラスを見て「仕方ないでしょう」と言った。ハウスメーカーとしてのこだわりや自負も、最終的には建築主の意向に従わざるを得ない。でもそういうものがあったからこそいい家ができたと思っている。
山ちゃん家の工事やテラス工事を時々覗きながら、ジイは新しいテラスの下、屋根のあるデッキで使うベンチを製作した。電動カンナやトリマーを駆使しての初めての作品だ。この家ができたころに最初に作ったものに比べ、同じ作りだが完成度は少し上がったように思う。もう一つベンチを作るため、暗くなるまで材料の加工をした。明日には完成させたい。テーブルも今後作る予定だが、こちらは建築の端材次第だ。疲れてしまって夜
9時過ぎには眠ってしまったので、翌朝5時半に起きて日記を書いた。
2008年7月30日(水)
オール電化住宅の完成
午前中に、太陽光発電の工事と一緒に床下に取り付けたエアコンの室内機を作動させるリモコンを壁に取り付ける工事が行われ、一連の工事が全て完了した。冬寒くなって暖房を入れるときに、このリモコンがあれば、いちいち床下に潜ってエアコンの室内機を操作しなくても、室内の壁に付いているので簡単に操作できる。今まで灯油を使ってホットマンという室外機で不凍液を暖め、それを室内機に循環させて、床下から家全体を暖める暖房システムから、これからは床下から暖める方法は変わらないが、電気を使ってエアコンの暖房で暖めるシステムに変わった。今までホットマンを使っていたために、オール電化住宅の認定が得られなかったが、これでキッチンのIH(電磁調理器)、電気温水器による給湯も含め全ての熱源を電気に頼ることになったので、晴れてオール電化住宅になった。来月の検針から、オール電化の割引と発電にともなう売電の結果がどのように数字に表れるか楽しみだ。
午後は、
30日はジャスコの5%引きのサービスデーなので、上田のジャスコへ買い物に出かけた。途中郵便局によって、ジイ小屋の不動産取得税の納付や送金などをした。ジイ小屋などのような5坪ほどの建物でも、今年から固定資産税がかかるようになってきたし、追い討ちをかけるように今回は不動産取得税まで賦課されてしまった。東御市では今、合併前の旧北御牧村が都市計画区域になっていないため、都市計画区域に拡大する計画をしている。そうなればまた都市計画税が上乗せされてくる。今住んでいる地区が新たに都市としての基盤の整備が必要かはなはだ疑問だが、それよりも広く税源の確保をしたいというのが本音ではないか。ジャスコでは義父の記念会に行く時に着る服や来週から1週間遊びに来る孫たちに備えた食料の確保をした。
2008年7月29日(火)
友人の来訪
今日はバアの友人でもありジイの仕事仲間でもあった人たちの来訪があった。東部湯の丸インターを出たところにあるスーパーの駐車場で待ち合わせ、家に来る前に「御牧の湯」の農産物直売所に寄って生鮮野菜などをたくさん買い物してから、家に案内した。今まで2,3度訪ねて来ていたが、引っ越してからは初めてなので家の中も外も様変わりをしており、少し驚いたようだ。たくさんのお土産もいただいたが、いろんな話題も持ち込んでくれた。やはりお客さんを迎えるというのは、二人だけで変化の乏しい生活をし始めた我々には、刺激的で新鮮な感覚をよみがえらせてくれるような気がした。話に夢中になって時間の経つのも忘れてしまう一日だった。
2008年7月28日(月)
マムシと鹿
午前中は雨でお昼前にようやくあがった。午後は、ジイ小屋で先日購入した電動工具の使い勝手を試してみた。電動カンナやトリマーをいろいろ試してみて、その威力に感動した。電動カンナは、ざらざらとした表面のただの板切れがつるりとしたきれいな板に変身させることができる。トリマーは、とがった板の角を丸い柔らかな曲面にしたり、少し飾りの付いた角にしたり、板に溝を彫ったりすることができた。デッキのテラス屋根が31日には取り付けられるので、山ちゃん家の工事で出る端材を使って、ベンチとテーブルを作るのに早速これらの工具を活用させようと思う。
夕方、下の田んぼのお米を作っている人と話をした。土手の草刈をしようと思っていると言ったので、できれば今を盛りに咲いているユウスゲやキキョウ、月見草などが咲き終わってからにしてくれればありがたい、と言わせてもらった。お盆が明けたら刈るということで話が付いた。そんな話のほかに、池の水のことも話をした。池の水があふれそうなときに放水するバルブの場所も教えてくれた。滲みだす池の水をポンプアップして水路に落とすことについても了解をいただいた。溜池の管理や田んぼの管理など地元でのいろいろな複雑な権利関係についてもその一端を聞くことができた。
下の田んぼの話のついでに、田んぼの奥から鹿が今でも出没することや、この辺にはマムシが多いことなども聞かされた。マムシの話には困ったものだが、鹿には興味を魅かれひと目あってみたいと、夕暮れ時田んぼのほうをしばらく眺めていたが姿を見ることはできなかった。これからしばらく夕方注意をしてそちらのほうを見てみることにした。霧ケ峰のニッコウキスゲの被害を見たり、この辺の稲も食べてしまうという話を聞くと、鹿の姿に手放しで喜んでばかりはいられないが、家の近くで野生の鹿が見られるなどと思ったら、それはまた魅力的でもある。
2008年7月27日(日)
バースデイプレゼント
今日の天気はめまぐるしく変化し、そして最後にすばらしい形で終わった。朝は好天に恵まれ、風も爽やかだったので、窓ガラス磨きをした。日が高く昇るにしたがって暑くなってきて、窓を拭き終わったころは全身びしょ濡れになってしまった。
お昼を過ぎたころから、西の美ヶ原高原のほうから雷鳴とともに黒い雲が押し寄せてきて、空が暗くなってしまった。午後
4時前には街灯が点灯し、我が家の太陽光発電もストップしてしまったが、雨はお湿り程度で終わった。雲が往き過ぎて明るくなってきたので、バアがほとんど降らなかった庭に水をまき始めた5時前ごろ一転、南の蓼科山の方角から来た黒い雲は、激しい風を伴ってやってきたかと思ったら、あっという間にバケツをひっくり返したような大雨になった。庭が一面池になるほどの激しい雨だった。
1時間ほど降り続けたあと、雷も遠くで鳴るようになり、再び陽が射してきた。こんなときはきっとどこかに虹が出ているに違いないと、外に出て東の方角を見ると、浅間山の右端にくっきりと虹が架かっていた。しばらく虹に見とれていると、今度は西の空に日が沈んでそちらが真っ赤に燃え始めた。浅間山のほうもまだ少し残っている雨雲の湿気に夕焼けが赤紫に反射して、夕焼けを背景に虹が架かるという実に幻想的な景色になった。涼しい風に吹かれながら1時間近く、刻一刻変化する空を見上げてジイとバアで感嘆の声を挙げていた。天からのバアへのバースデイプレゼントだったのかもしれない。
午後、ジイはあさって訪ねてくるバアの友人たちに振舞おうと、チーズ入りフランスパンを焼いた。今回も外側があまり硬く焼けず満足できる出来上がりではなかったが、きっと心優しい人たちだから許してくれるだろう。
2008年7月26日(土)
高すぎるガソリン
バアの誕生日プレゼントを買うため上田にでかけた。初めに29日に遊びに来るグルメなバアの友人たちに、バールマタンの焼き菓子を食べてもらうため、バールマタンに寄ってから、ホクシンハウスの旧展示場の向かいにあるスポーツ用品のお店アルペンに行った。そこで山歩きやハイキングに使うステッキを2本プレゼントに購入した。そのあと上田駅の温泉口側にあるホテル東急インの中の和食のレストランで昼食にした。ここは、信濃毎日新聞に折り込まれてくるタウン誌に掲載されていたお店だ。23日に松本に行った時、食べようとして食べられなかった「和食」に心残りがあったので、買い物ついでに行ってみた。ホテルのレストランにしては、リーズナブルな値段で食べられるちょっとした穴場だった。
食後上田駅の「びゅう」で、義父の記念会に行くための新幹線の指定券と乗車券を買った。事前にネットで調べてプリントアウトして持っていったので簡単にチケットを購入できた。そのあとちょっと雰囲気のいいコーヒー専門店でコーヒーを飲んだ後車に戻った。車は、駅前のイトウヨーカ堂の駐車場にとめておいた。新幹線も止まる駅だが、駐車場の利用料金は
1時間までは無料、1,000円未満の買い物で2時間、1,000円以上なら3時間まで無料になる。約2時間弱停めておいたので、夕食用の惣菜などを購入して駐車料金を無料にした。
そのあとジャスコのそばのガソリンスタンドによってガソリンを入れた。表示価格より
4円安くリッター175円で入れたが、48.4リッターで8,470円だった。半年前より50円は高くなっている。年金生活者には大きな出費だ。田舎暮らしの今、車以外の移動手段が皆無に等しい状況で、車無しの生活は考えられない。出かけるのも計画的にしてはいるが、思った以上に家にいることが多いのが現実だ。もう少し地域に行動的に関わっていくつもりだったのに、ガソリンの高騰がブレーキになっている、と言っても過言ではないような気がする。
家に戻ったあと、夕方から雷雲が広がって涼しくなってきたので、ひとしきり草取りをした。遠くで雷が鳴り続けているのに雨のほうは一向に降らず、ぱらぱらとほんのお湿り程度で終わったが、夜は久し振りに涼しくなった。
2008年7月25日(金)
上尾高校残念
822,23日に義父の記念会が、義兄が牧会している倉敷天城教会で行われる。昨夜インターネットで倉敷のホテルの予約をした。出かけたついでに行きたい所もあったが、今回はとんぼ返りにすることにした。大阪の友人にも会いたかったが、10月にはジイとバアの家に訪ねてくれることもあり、今回は見送った。帰りの新幹線は、孫や娘たちも一緒になりそうだ。
今日はコバチャンたちが他の現場の建前の応援で山ちゃん家の工事は休みだったので、午前中ゆっくりと現場を見させてもらった。一昨日、昨日は用事もあって現場を見れなかったので、進み具合がわからなかったが、
1,2階の屋根の軒天の工事が進んでいた。断熱ボードと柱の隙間を埋めるコーキングも行われていた。
午後スーさんが来て、太陽光発電の工事完了の引渡し書を持ってきた。クーラーで夏風邪をひいたらしく少し元気がなかった。ジイはスーさんが来る前にたっぷり昼寝をしたので元気そのものだ。暑い毎日が続いているが、ジイの体調はいい。昨日も前の地主さんが帰ったあと、草刈機で草刈りをしたし、今日は草取りに精を出した。
信濃毎日新聞で、上尾高校が北埼玉地区で決勝に進んだことを知り、インターネットで試合経過をチェックしていたが、残念ながら負けてしまった。勝てば
24年ぶりだった。応援に行ったことを思い出した。でも、北埼玉地区というのは、今年からなのだろうか?今までは埼玉で1校だったような気がするが、今年は90回目の甲子園なので特別なのか?
2008年7月24日(木)
前の所有者現る
今日も暑くて我慢できずにクーラーを点けてしまった。午後昼寝をしていると玄関のチャイムがなって起こされた。玄関を開けると見知らぬ人が立っていた。名乗っていただいてその人が我が家の土地の前の所有者であることが分かった。以前の日記にも書いたが、その人が仮登記をしている隣の畑について、山ちゃん家の工事のときに使わせてもらうのと、畑としても使わせてもらうことを、不動産屋や親戚の地元の人を通じて打診したが返事がないままだった。その所有者の話では、不動産屋や親戚から連絡を受けていたが、ちゃんとした返事をしないまま今に至ったが、近くの温泉に来たついでに寄ってくれたとのこと。畑として隣の土地を無償で自由に使ってくれてもよい、というありがたい話も持ってきてくれた。家の中に入ってくれるよう頼んだが、遠慮されて玄関先での立ち話になってしまったが、我々が購入する前にその方が植えた樹木など、それなりの思い入れもあったようで、一部残っている木をみて懐かしむ様子だった。連絡先も書いていただいたので、いずれ何かお礼をしたいと思う。荒れ放題の土地なので、あらためて耕して畑になるまで時間がかかるかもしれないが、地続きで畑がやれるという、願ってもない条件がととのったので、ジイとしては俄然「楽農」への意欲が湧いてきた。
夕方、前の所有者と姻戚関係にある地元の組長さんの家に、いろいろ仲介の労をとっていただいたこともあったので、お礼かたがた報告に行った。組長さんがマツバ杖を持っていたので聞いたところ、一月前に仕事中に石を踏み外してアキレス腱を断裂し、入院までしていたそうだ。最近ようやくギブスが取れたところ、ということだった。先日の「ゆうがお」やジャガイモのお礼もした上で組長さん宅を辞した。
今日は土用の丑の日なので、夕飯はうな丼だった。畑のこともあって気分がよく普段食事の時には飲まないのに、今夜は夕食時にビールを2缶空けてしまった。バアから定年退職者のアルコール依存症が増えている、という話を聞かされてしまった。
2008年7月23日(水)
松本
6時に起きて掃除をした。午前7時まで電気料が深夜割引の時間帯なので、安いうちに掃除機を動かそうということだ。ここ1週間太陽光発電のモニターをみているので、発電量もさることながら、消費量も気になるようになった。勤めているころにはまだ寝ているような時間に掃除をするなどということは、これもだんだんと田舎暮らしが板についてきたのかもしれない。
午前
9時半に家を出て松本に出かけた。用を済ませてお昼を食べようと、ガイドブックに載っていて以前に下見もしていた和食の店に行ったが、先月で当分の間休止の張り紙が貼られていた。松本市民芸術館やNHKの支局などに隣接していて地の利はいいはずだが、営業的に難しいことがあったのだろうか?仕方なく、同じ系列の国道に面したところにある「ル・ブラン」というフレンチの店に行って、ジイは魚料理のランチ、バアはレディースランチを注文した。味はよかったし、雰囲気も悪くなかったが、和食それも京懐石を食べようと意気込んで行ったのが、はぐらかされてしまったので、気持ちの上で満足できなかった。
食後近くの公園に行って散歩しようかと思ったが、あまりの暑さにそれもやめにして、コープ松本店で買い物をしてから帰ることにした。途中東部湯の丸インター脇のコメリに寄って、ボッシュ社製のサンダーを購入した。アイロンのような形をしているサンダーで、これなら木部の細かいところまで磨きをかけられる。現品限りの品だったのと、コメリカードを作ったおまけの
1,000円の割引券を使ったので2割引きで買うことができた。木工品はなかなか出来上がらないが、道具は徐々に揃ってきた。山ちゃん家の工事で出る端材も溜まってきた。そろそろ結果を出さないとバアに嫌味を言われそうだ。
2008年7月22日(火)
働くのは楽じゃない
今日も暑さが続いている。外に出るのも辛いので家の中で過ごす時間が長くなってしまう。午後はコメリに発注したデッキの屋根テラスを取り付けるトステムの業者を伴ってコメリの担当者が来た。午後1時半の約束だったが、2時近くになってしまった。トステムの業者と家の近くの分かりやすい場所で待ち合わせをしたそうだが、業者がそこさえ分からず近くをぐるぐる迷ってしまったようだ。我が家の道順を説明するのは難しい。目標になる建物や地形が少ないし、田舎の道はどれも同じように見えるので、土地勘のない人には一度や二度では簡単には来られない。自分たちだって初めのうちは何回か迷ったことがあるのだから。何とかたどり着いた二人ではあったが、早速デッキの上で寸法を測ったり、壁の位置などを確認したが、じりじりと強い陽射しの中、あっという間に汗だくになっていた。工事の日程など打ち合わせは家の中ですることにした。冷たいものを出してあげたが、二人とも一気に飲み干した。
労働の現場から離れてのんびり過ごすようになってみると、山ちゃん家の家づくりに関わっている建築のプロの人たちを見ていても感じることだが、あらためて働くのは楽じゃない、と思う。
午後
6時ごろになってようやく涼しい風が吹くようになったので、庭の草取りをした。しばらくほっておいたら伸び放題になっていた。ただ土が乾いているので抜きやすい。暗くなってきたので家に入るともう7時半になっていた。
2008年7月21日(月)
へび
昨日はみんな朝が早かったのとハイキングの疲れで午後10時前には就寝した。ジイもホームページの更新も日記も翌日回しで眠ってしまった。その代わり今朝はポチに6時前から起こされてしまった。朝食後新聞を取りに玄関を開けたら、目の前をヘビが横切っていった。家の敷地でヘビを見るのは住みはじめて初めてだ。みんなを呼んでヘビを眺めた。何ヘビか種類がわからなかったが、毒蛇ではなさそうだった。しばらく家の基礎の淵にとぐろを巻いていたが、棒で突付くと物置の下に隠れてしまった。その後の行方は確認できないが、いつまでも物置の下にはいないだろう、と願っている。それにしてもジイよりもバアの方がヘビを怖がらない、ということが新たな発見だ。
休日にもかかわらずコバチャンとター坊と屋根屋さんが来て仕事をしていった。連日の暑さの中、こちらはあまりの暑さに外に出るのもはばかるようなときに、外仕事など本当に大変だ。大変だね、と声をかけたら、いや今日は過ごしやすいほうですよ、と涼しい顔でコバチャンが答えた。暑さも吹き飛ばす若さを少しうらやましく思った。
夕方少し涼しくなってから、ジャガイモを掘り終った畑をミニ耕運機で耕した。秋にはダイコン、ニンジンの種を蒔く予定だ。
2008年7月20日(日)
ニッコウキスゲ
8時前に山ちゃん夫妻が到着。学校が夏休みになって渋滞が始まり、まだ朝早い時間にもかかわらず、いつもより時間がかかったようだ。到着後、山ちゃん家の建築の進み具合を中に入って確認する。早いもので昨日までに全ての窓が取り付けられていたので、それぞれの部屋の光の入り具合や、風の通りがわかる。木の接合部の金具や筋交いなどもほぼ完了しており、構造的には問題ないことが素人目にもわかった。
一通り家の見学をしたあと、天気もいいのでエコーバレースキー場のある姫木平から、車山方面に向かってハイキングに出かけた。ニッコウキスゲが最盛期になるので、混み合う車山肩のほうは避けて、その裏側を回るコースに行ったわけだが、ほとんどキスゲを見ることができなかった。キスゲの茎だけが残って花の部分が鹿に食べられていた。その量が半端でなくほとんど全滅に近い。先日のローカルニュースでは、鹿によるキスゲの食害が約
3割と言っていたが、見たところ場所によっては9割以上だ。多くの観光客が訪れる車山肩付近は牧柵で囲って鹿の食害から守られているようだが、我々が行ったところは柵の外側になるので、余計しわ寄せがきているのかもしれない。どうやったら鹿と共存できるのか人間のほうが知恵を出さなければならない。キスゲは残念だったが、ハイキングの途中では、アサギマダラチョウを今年初めて見ることができたし、羽化したばかりのセミやたくさんの高山植物を楽しむことができた。約4時間半のハイキングを堪能した。
帰宅してから山ちゃん家用に残しておいたジャガイモを山ちゃん夫妻に掘ってもらった。見た目で約
10キロ収穫できた。ジイ小屋に運んで乾燥させるため、室内に新聞を敷いてその上に干した。
2008年7月19日(土)
ゆうがお
明日山ちゃん夫妻が来るので、先日焼いてみたフランスパンを食べさせようと、お昼前から準備して焼いた。今回は焼く前に卵の黄身を塗って色を出す工夫もしたが、オーブンに入れる前にパン生地に霧吹きを掛けるのを忘れてしまい、出来上がりが少し軟らかくいまいちとなってしまった。身内だから我慢して食べてもらおう。
今日も暑かったが昨日までの湿度に高さが感じられなくて、風が爽やかに葺いていたので夕方
5時から久し振りに散歩に出かけた。約1時間後に家の近くまで戻ってきて、組長さんの家のところまできたら、組長さんの奥さんに声を掛けられた。さきほど電話をしたら留守だったということで、ちょうどよかったと言われた。先日散歩の途中畑にいる奥さんと話をしたときに、こちらでは「ゆうがお」といわれているトウガンが出来たら、あげるから食べてみなといわれていた、その「ゆうがお」が取れたから届けようと思って電話したところだったとのこと。早速そのゆうがおと北海道のほうでゴショウイモといわれる赤い肌をしたジャガイモと男爵まで一緒にいただいて帰った。ゴショウイモというのは、一つの苗で五升も取れる、実付きのいいジャガイモなのでそういう名前が付けられているらしい。
散歩の途中の立ち話で言っていたことをちゃんと覚えていて、用意していてくれたことに驚きとともに、何気ない会話の中にも新参者にも気を留めていることに心していかなければ、と思った。
2008年7月18日(金)
カーボンオフセット
長野市七二会にある古民家の再生に取り組んでいるマイスターOさんが、七二会に行く途中、奥さん同伴で立ち寄ってくれた。奥さんが我が家に来たのは初めてだ。太陽光発電では大先輩であるマイスターOさんから、カーボンオフセットの話を聞いた。カーボンオフセットというのは、先日の洞爺湖サミットでもテーマの一つになったが、簡単に言えば自らが排出するCO2の量を、植林や自然エネルギー施設の建設事業などへ資金を出して「排出権」を購入することで、相殺するというシステムだ。
個人のレベルでも太陽光発電を、NPO法人などを通じて「グリーン電力証書」の発行を受ければ、カーボンオフセットとしてそれを購入する企業などから、年間で
1万円前後の配当が受けられるシステムがあるそうだ。実際にマイスターOさんは、NPO法人の埼玉県内の支部のメンバーになってその配当を受けているらしい。お金の話はともかく、発電量が温暖化対策に一役買っていることを実感できるシステムであることは間違いない。長野県内に同じようなNPOの組織があるか調べてみよう。朝のうち降っていた雨もマイスターOさん夫妻が家を出るころには、強い陽射しが出るようになり、太陽光発電も一瞬であるがピーク3.9kwを記録した。順調に稼動しているので一安心だ。
山ちゃん家のほうは、木工事と屋根工事が昨日に続き進んでいる。今日配送されてきたシャノンの窓が、早速コバチャンとター坊で1階の各部屋に取り付けられた。窓が付くといよいよ家らしくなってきた。屋根の工事も、朝のうちの雨で中止かと思ったが、午後から始まった。午前中は工場で加工をして、それを午後現場で取り付ける工程だったそうで、うまい具合に天気が回復してくれたとのこと、明日にはほぼ屋根が葺き終わるらしい。
2008年7月17日(木)
暑い!
今日もうだるような暑さが続いている。デッキの温度計は40度に達した。あまりの暑さに今季2度目のエアコンを点けてしまった。外ではクーラー無しの屋根の上で屋根工事や足場工事をしているというのに・・・。太陽光発電のモニターを見ると、発電量より使用量のほうが上回ってしまった。
昼食後昼寝を始めた途端にバアに起こされた。また、オオムラサキが庭に飛んできたから見ろ、と言われたが寝ぼけまなこで見たので、オオムラサキだったか確認できる前にそれは飛び去っていってしまった。バアが言うんだから間違いないだろう、ということで一件落着。
夕方涼しくなってから、芝刈りをした。道路際の鉄板が敷かれてかぶさっていた芝は、
10日間陽が当たらなかったので枯れ始めていた。暑さに強い芝生も、陽射しがないと駄目なのかもしれない。確かに芝生と太陽は絵になるが、雨や日陰のイメージではない。芝の手入れは容易ではないと実感する。
2008年7月16日(水)
発電所オープン
今日は記念すべき日となった。長年太陽光発電を自分の家に設置したい、と思いつつも実現できないできたがようやく今日その願いが現実のものとなった。午前10時前に中部電力の社員がきて、電気工事業者立会いの下連結が行われ屋根の上の24枚のパネルで発電された電力が、家の消費電力をまかなった残りを中部電力に送り始めたのだ。
連結が済んで通電が開始したことを確認できるモニターへの接続が悪くて、初めのうちは発電量がゼロの表示のままでやきもきしたが、間もなく接続不良の個所が分かり無事モニターにもデータが表示されるようになった。午前中は薄曇でなかなか発電量が上がらなかったが、午後
2時間ほど雲が切れて日が射した結果、最大発電量は3.2kWになった。今日1日の累積発電量は、11時からのスタートで10kWになった。これからしばらくは空とモニターを交互に見比べて楽しむ時間が続きそうだ。メーカーはキョウセラだが、このモニターは発電開始の際に、ファンファーレがなって画面で花火が打ち上げられる派手な仕掛けがされていた。技術者の中に遊び心の分かるものがいるのだろうか?
今日は建前のときにレッカー車が入ってきて道路を傷めないよう敷かれていた鉄板がはずされた。この道路を使う奥の家の人が走りづらそうに通っていくのに気を使うこともさることながら、通るたびに雷が鳴るような音がするのにも神経が磨り減る状態だったので、鉄板がなくなって正直ホッとした。
明日は我が家の足場も太陽光の工事が完了したのではずされる。これも山ちゃん家の工事を眺めるのに、足場に登って「高みの見物」ができるメリットも大きかったが、家の中から見ると鉄格子の中にいるようで鬱陶しい感じは否めない。足場もなくなって、鉄板の騒音もなくなれば、これでしばらくは山ちゃん家の工事を心置きなく楽しめそうだ。
今日娘たちに収穫したジャガイモやタマネギなどを宅急便で送った。スーパーで買えば、送料よりもずっと安く買えるような量しか送れないが、ジイとバアが北御牧で作った野菜ということで、お金では買えないものが入っていると思ってくれればよしとしよう。
2008年7月15日(火)
工事人多数
昨日の予告どおり、一日目の回るような状況だった。朝8時前にター坊、続いてコバチャンそして屋根板金屋さん二人、そのあと大きな音とともにレッカー車、続いて屋根材を積んだ大型トラック、屋根のメーカー総勢7人がやってきた。早速クレーンで屋根材が屋根の上に次から次と揚げられていく。屋根の幅に合わせて、見た目50センチぐらいの幅で板金加工されたガリバニウム鋼板の束が屋根に載せられると、下から(屋根の先端から)葺いていく。炎天下、屋根を葺くのと汗を拭くのと同時進行だ。大工のコバチャンとター坊は昨日に続き断熱ボードの取り付けに余念がない。午後届けられた玄関ドアも早速取り付けられた。建築中の建物といえども、防犯防災上戸締りが必要な世の中になってしまったので、鍵が掛けられるドアや侵入を防ぐ壁の造作を優先的にやっているようだ。
山ちゃん夫婦がもっともこだわった一つであるグリーンの玄関ドアが取り付けられたので、山ちゃん家よりも先に、早速ドアを保護しているダンボールの隙間から、色合いや木製品と見まがうような節目のついたアルミサッシのドアを覗いてしまった。イメージしていた色に間違いないとは思うが、早く感想を聞いてみたい。
屋根材を積みおろしたレッカー車やトラックが帰ったあと、屋根葺きの作業を横目に見ながら、先日の続きでジャガイモ掘りをした。キタアカリは予想以上に豊作だった。その代わり男爵は不作だった。キタアカリは来週の連休で家を見に来る山ちゃん家に掘らせてやる分を残したが、それでもたっぷり収穫できたので、娘たちに送ってやろうと思う。他に採れ出したキュウリやナスのほか先月収穫したタマネギなども一緒に送るつもりだ。
10時過ぎには太陽光発電の工事の二人組がやってきた。レッカー車は午後に来るとの話だったが11時半ごろやって来た。お昼前に、といっても午後1時近かったが3分の18枚を屋根に載せた。とにかく暑くて高くて急勾配な場所での作業なので、事故のないよう祈ったが、無事24枚を据え付けて屋根から下りてきた二人組みに安堵の色が広がっていた。こちらも手放しで無事を感謝した。最後に床下に設置したパワーコンディショナーの機械の調整や発電量や電気使用量がいつでも見られるモニターの設定なども終えて、帰っていった。家を建築するときに取り付けておけばもっと楽に付けられたはずだが、そのときは資金的にどうしてもできなくて、今になってしまった。苦労して取り付けてもらった太陽光発電だから、モニターでしっかり毎日チェックして少しでもエコロジカルな生活に努めることにしよう。それにしても今日は工事関係者の出入りが今までで一番多かった。そういう人と話したり、作業を見ているだけで疲れきった一日だったが、夕方裏の溜池の土手に咲いているユウスゲを眺めているうちにその疲れは癒されたように思われた。
2008年7月14日(月)
太陽光発電
今日も暑かったが特に湿度が高く、さすがの信州でも暑苦しい一日だった。今日から山ちゃん家の木工事の棟梁コバチャンが相方のター坊と一緒に本格的な工事に取り掛かった。今日は1,2階の筋交い、金具の取り付け、マグサ・窓台(窓枠)をやっていた。さらに2階の壁の断熱用のポリスチレンボードの貼り付けなど順調に作業が進んだようだ。
一方、我が家のほうは太陽光発電の工事が大詰めになってきた。屋根のパネルを載せる架台が取り付けが終わったほか、屋根で発電した電力を運ぶ複数のケーブルを小屋裏に取り付けた接続箱で一つにまとめ、それを床下に設置したパワーコンディショナに送って、そこで直流から交流に変換して送電用の分電盤につなぐ作業をやった。炎天下の高所から床下の作業に加え、天井裏まで入る大変な作業をしていた。
親方と若い見習いのような助手と二人でやっていたが、時折親方が作業の手順や段取りで助手を叱り付けているのが聞こえてくる。叱り方に棘があるようで聞いておられず、声の聞こえない所に避難するため、ジイはジイ小屋に行って、バアから頼まれた小物(北御牧の今8参照)の製作に没頭した。
明日は、太陽光のパネルを屋根に据え付けるためレッカー車が来ると、聞いていたが今日のスーさんの話では、山ちゃん家の屋根葺きでもレッカー車が来るらしい。
2台同時にクレーンが動くようで明日はオチオチしていられない。カメラを片手に飛び回るようだ。
2008年7月13日(日)
収穫
朝食後ぐずぐずと新聞を読んでいたら、バアが出かける支度をしだしたので聞いたら、「散歩に行く!」の一言、ジイも慌てて出かける支度をする。起きたときには曇り空だった天気も散歩に出る頃には、カーッと強い日差しが照りつけるようになっていた。もっと早く出ていれば、と言う反省も手遅れ、汗をかきながらの散歩となった。
途中我が家から一番近い商店である「かない商店」から、トマトの入った箱を抱えて出てくる人を見つけ、初めてその商店を覗くと、大きなトマトが入ったケースが一箱で格安の値段で売っていた。散歩の帰りに寄ることにして、
1時間ほど歩いてからそのお店に再度行った。今まで数え切れないほどそのお店の前は通ったが一度も中に入ったことはなく、今日初めて店内に入った。想像通りの昔からの「近所のよろず屋」の品揃えと陳列のままで、50年前ぐらいにタイムスリップしたような雰囲気だった。それでも安くておいしそうなトマトの魅力に負けてケースで買い、散歩の残り家まで20分トマトの箱を抱えて帰った。
午後から思い立って、フランスパンに挑戦した。これで
2度目の挑戦だが、1度目が大分前だったので、あらためてレシピを見ながら悪戦苦闘した。でもレシピどおりに粉や砂糖、塩、マーガリンなどを計量してブレッドメーカーにセットしスウィッチを入れれば、ブレッドメーカーが45分で生地を作ってくれる。生地ができたら、さらに3つの工程で約2時間生地をねかせ、そのあとはオーブンで焼くだけだ。それも200度で35分と時間どおりやってみた。普通のフランスパンとチーズを入れたパンの2種類にした。バアが試食して、美味しいので夕飯はご飯ではなくパンにしよう、ということで早速夕食の主食になった。
今日はさらにジャガイモの試し掘りをする予定をしていたが、パンを作っている間に空模様が怪しくなってきて、そのうち雷が鳴り出し、急に風が吹いてきて夕立になってしまった。ただ、そんなに長くは降らず、止んだ後はまた西日が差すような晴れになったので、パンを焼き上げた後ジャガイモを掘ることにした。キタアカリは豊作で粒ぞろいだったが、男爵のほうはあまり出来がよくなかった。試し掘りのつもりだったが、畑の半分だけを残して後は全部掘った。野菜作りの中でもジャガイモは、掘ってみて初めて
4ヶ月後の結果が形なって現れる醍醐味がある。去年テントウムシダマシの被害にあって不作だったので、特に今年は引っ越してきてから毎日、朝に夕にジャガイモの葉に付いているテントウムシダマシを退治するのを日課にしてきたので、収穫の喜びは格別だ。
2008年7月12日(土)
買い物外出
朝から強い日差しでいつもなら朝食が終わると「散歩へ出よう」と言い出すバアが、4日も散歩に行っていないのに、「今日は暑くて散歩は無理だね」とギブアップ宣言。工事がないと思っていた山ちゃん家に午前9時過ぎに屋根屋さんが来て、屋根の防水用の「アスファルトルーフィング」を敷く工事をしていった。一人で炎天下、午後4時ごろまでかかってシートと屋根の先端の鉄板を取り付けていった。来週からガルバニウム鋼板の屋根を葺くことになっている。
ここ数日工事などで外出もままならなかったので、午後から買い物に出かけた。ブルックスのコーヒー豆の代金を支払うためコンビニに寄ってから佐久平のベイシア、ジャスコで買い物をした。ジャスコは、バアの誕生日に合わせて、一日
5%引きで買い物ができる優待券が送られてきていたので、それを使って保存の利くものなどを中心に購入した。ジャスコの店内にある金融機関のATMは5社のものが置かれているので、ATMでお金を下ろしたり、預けたりまとめて処理できた。すぐ近くに金融機関がないので、買い物に出たついでに利用できるキャッシュコーナーは便利だ。振込みが必要なものなどは、埼玉りそなの電子マネーでできるようにしたので、当面田舎暮らしによる不自由さは感じないで済みそうだ。
日中暑かった気温も、日が暮れるころから涼しい風が抜けるようになって、過ごしやすくなった。
2008年7月11日(金)
太陽光発電工事
山ちゃん家の工事は、コバチャン達が他の現場の建前に応援で行ったので、月曜まで一休みとなった。その代わり昨日から始まった我が家のほうの太陽光発電の工事で朝から工事関係者の出入りが激しかった。8時半に中部電力の関連会社が発電用のメーターの取り付けに来た。続いて電気工事屋がきて、中部電力のメーターと連携させる室内の配電盤の設置や配線の工事をしていった。続いて太陽光発電のパネルの据付とエアコンの取り付けをする工事屋さんが、昨日に続いて屋根の上でパネルを載せる金具の取り付け作業と、床下に設置するエアコンの取り付け作業を一日かけてやっていった。家の中と外で業者が出たり入ったりしているので、出かけることもできずジイは工事の様子を時々覗いたり写真を撮ったりした。その合間には、古くなって雨ざらしにしていた靴箱を分解して燃やしたり、家の周りの草刈をして暇をつぶした。
おととい大阪に住む友人から、
10月ごろ高校時代の友人を誘って、北御牧に遊びにくるという計画をメールしてきた。二人とは今年3月に同窓会で会っているが、そのときはゆっくりと話ができなかった。特にこの二人とは同じ中学・高校で同級生だったというよりも、清水ヶ丘教会の「ぶどうの会」という高校生の会で一緒だったということのほうが、ジイにとっては思い出深い。高校を卒業しそれぞれ別の大学に行き、その後社会人となってからの往き来はほとんどなかった。この40年間どのような生き方をしてきたのか、肩の力を抜いてじっくり話し合いたいと思う。楽しみにしたい。
2008年7月10日(木)
上棟2日目
昨日より1時間スタートは遅かったが山ちゃん家の建前2日目が行われた。明け方雨が降ったようで、デッキの上も濡れていた。目が覚めたころは止んでいたが、スーさんの住んでいる小諸あたりは朝まだ雨が残っていたようだ。いずれにしても時々雲が出て怪しくなりかけることもあったが、全般的に晴れ間のほうが多く暑い一日だった。予定していた作業が午後6時前には終わった。2日間で家の外観が設計図どおりに出来上がってきたのがよくわかる。
今日は山ちゃん家の工事の他に、ジイとバアの家のほうも太陽光発電の工事が始まった。こちらは二人で作業をしていたが、急勾配の屋根なので足場に安全対策用のロープを掛ける事から作業が始まった。屋根に発電用パネルを載せるための留め具がまだ届いていなかったので、そちらの作業は中断し、今まで使用していたホットマンやオイルタンクの取り外しをしていた。さらにホットマンに替わって暖房器具になるエアコンの資材が先に配達されてきたので、その設置作業が行われた。今日やる予定だった屋根に留め具を取り付ける作業は、結局資材が届いたのが午後
4時ごろだったので、明日やることになった。
明日パネルの留め具の工事を終わらせたあとは、
15日レッカー車がきて、パネルの据付をする予定とのこと。中部電力の連繋の工事が16日に行われることになっている。中部電力から来た通知では、今の我が家の契約の方式である3時間帯契約では、発電した電力の買い取り価格の単価が、1キロワット時につき2460銭になっている。月平均400キロワット程度の発電量があるとして約10,000円、年間12万円の収入となるので、元を取るには25年かかる計算だ。もとより元を取るつもりではないが、太陽光発電により少しでも電力会社のCO2削減に効果があれば、とささやかながら願っている。
それにしても大方の予想通りG8による洞爺湖サミットは、成果らしい成果もなく終わった。もともとグローバルな問題である温暖化対策などの環境やエネルギー、食料などのテーマをG8だけで議論し、解決しようなどというのが先進国の思い上がりなのかもしれない。取ってつけたように中国やインド、アフリカ諸国を加えたとて、一朝一夕で方向付けができるものではない。もっと国際的な舞台で議論し調整すべきと思う。
2008年7月9日(水)
山ちゃん家建前
6時半に足場屋さんがきて養生シートを掛ける作業を始めた。コバちゃんやスーさんはじめ応援の大工さんたちにクレーン車のオペレーターを含め総勢12人が午前7時には集まった。ジイとバアの家の時にはやらなかったが、一般的に上棟式で行われる塩とお神酒での清めの式なども行われた後、工事が始まった。それぞれ12人が持ち場、持ち場で動きどんどん家の形が出来上がっていく。間近に家の骨組みが出来ていく様子を見るのは飽きない。夢中で見過ぎて疲れてしまった。午後3時過ぎ2階の天井部分の断熱施工が終わる頃から雲行きが怪しくなり、ぽつぽつと雨が降り出してしまった。工事を急いだようだが、2階の屋根の垂木や破風を掛ける頃には本降りになってしまった。そこまでやったところで、全体をブルーシートで覆う養生をして今日の作業は終わりになった。みんなビショ濡れになってしまった。皮肉なもので、早めにみんなが上がって帰る頃にはすっかり雨も止んでいた。明日の天気予報も一日晴れとは行かない不安定な天候のようだが、あさってから別の現場で建前があるので、明日も同じメンバーで続けるそうだ。山ちゃん夫婦は、仕事があるので、後ろ髪を引かれる思いで上尾に帰っていった。
2008年7月8日(火)
建前中止
今日は山ちゃん家の建前の日だったが、明け方から本降りの雨で中止となった。予報では曇りで午後3時過ぎから雨のはずだったが、梅雨の最中なのだからやむを得ない。
何もすることがなく家にいるのも飽きたので、山ちゃん夫婦に我々が最近開拓した散歩コースを車で案内することにして、
10時過ぎに外に出た。しばらくすると雨も止み、晴れ間が広がって、車を降りて散歩をしたくなるほどのいい天気になった。
お昼は、温泉のある「御牧の湯」に付帯して営業しているレストランで食べた。家に戻ってそれぞれ朝が早かったのでのんびりと過ごした。ジイは昼寝の後、
5日に作ったプランターカバーの塗装をしたり、足場ができて家の玄関にある郵便受けに新聞や郵便物が入れにくくなったので、臨時の郵便受けを作ったりした。
昨日から洞爺湖サミットが始まった。地球温暖化対策が各国の利害を超えて、しっかりとした目標値と具体的対策を提示できるかはなはだ疑問だが、
3日間の会議の経過を注意深くみておこう。
2008年7月7日(月)
母の死から20年
6時半に目が覚めてしまったので、そのまま起きてすぐに掃除を始めた。午前7時まで深夜電力料金なので、電気代が安くて済む。省エネになるわけではないが、「もったいない精神」に繋がるとは思う。今日はジイの母が亡くなってちょうど20年になる日だ。生きていれば85歳だから、思えば随分早くに亡くなったものだ。自分が60歳のいま、母親と同じように5年後に死ぬ、という想定はまだできていない。おぼろげな感覚としては、何の根拠もあるわけではないが、あと20年をめどに残りの人生を想定しているように思う。癌などで死の宣告を受けた人が、残された命を前向きに生きて人生を全うするというような、生きている一日いちにちに張り詰めた緊張感があるわけでもない。しかし、子育ても終わり、定年退職して一定の社会的な役割も終え、贅沢をしなければ生活の糧を得るために働かなくても済む程度の年金をもらって、長年夫婦で望んでいた田舎暮らしを始めたいま、精神的には今までで一番安定した時期に入ったのではないかと思っている。
2日間できなかった散歩を午前中済ませたあと、家とジイ小屋との間で「オオムラサキチョウ」を発見。羽化したばかりのようで、土の上に留まってしきりに羽を開いたり、閉じたりしていたので急いで撮影をした。しばらくして家の玄関のほうにまわり、そのあと一気に空へ舞い上がると、小鳥よりも早いスピードで畑の上から丘の向こうへ飛んでいってしまった。まさに「大空に飛翔する」と形容したくなるような飛び方だった。
コープ長野の宅配を受け取ってから、上田に買い物に出かけた。県道へ出るのに近道の、田んぼと畑の間を抜ける道を走っていたらキジを見かけたので、通り過ぎてからバックしてよく見てみると、キジのつがいが畑の脇を優雅に歩いていた。遠くでキジの鳴き声が聞こえてくることはよくあるが、家の近くで間近に見たのは引っ越してきてからこれが初めてだ。
昨日に続き、今日も昼食は外食、上田の駅の近くのコーヒー専門店のランチを食べようとして行ったら、お店が閉まっていたので先日行った「鯉西」の近くにあるお店に入った。喫茶店風の外観で、一度入ってみようと以前から言っていたところで、入ってみると軽食レストランという感じのお店だった。ピラフとパスタとコーヒーを注文した。バアの評価は「中」。他に行く所がないときには「リピート」してもいい程度の評価。
食事を終えて家に戻ると、スーさんが来ていた。明日の「建前」の前に近所にあいさつ回りをしに来たとのこと。特に家の北側には鉄板を敷いて車が通るのにいろいろ迷惑をかけている奥の家には、ジイからもバールマタンのクッキーを持って挨拶に行った。明日の建前に合わせて今夜山ちゃん家夫婦が来るので早めに日記とホームページを仕上げた。
2008年7月6日(日)
教会
先週行けなかった岩村田教会に行った。佐久平のカインズの駐車場に車をとめて、歩いて行った。駐車場から約10分で教会に着いた。教会の聖日礼拝に出席するのは、義姉の大島教会を除いてもう何十年前か?聖書も新共同訳だし、賛美歌も改訂されていて番号も変わり、歌詞も文語体から口語体に変わっているものもあった。浦島太郎になった気分だった。牧師の説教は短くて分かりやすく、難しい神学論を展開することもなく、何の疑いもなく受け入れられる人には聞きやすい内容だった。礼拝後の挨拶では詳しい自己紹介は省いて、東御市に越してきたことと、40年前にバアがこの教会に来たこともあって、この教会の礼拝に出席したことを告げた。2,3人の方から声を掛けられ、出口では牧師夫妻とも簡単な会話を交わしてから教会を出た。今後どうするかはまだバアと話し合ってはいない。
教会の帰りにカインズホームに寄って、野菜の雨よけ用の簡易なビニールハウスキットを買った。そのあとジャスコの近くのモスバーガーで昼食にした。こちらもどのくらい前に入って食べたか思い出せないくらい昔に上尾で食べたことがあって以来のご無沙汰だった。ハンバーガーのほかに新しいメニューのカレー味のトルティーヤチョリソーを食べた。食べながら周りを見回したら、お客は若い人ばかりだった。何となく肩身の狭い思いをした。カロリー過多になりそうなので家に戻ったら散歩をしなくちゃ、と思う。
家に戻って早速ビニールハウスキットの組み立てをした。二組買ったので、ナスとトマトの所を覆った。幅が足りず、それぞれ
3本ある苗のうち2本しか覆えなかった。組立作業をしているうちに、雷が鳴り出し、空が雨雲に覆われてきてしまったので、今日も散歩は中止にした。夜になって雨が降り出した。昨日、今日と日中暑くなると夕方から大気が不安定になって雨雲が発生し、雨になるようだ。イギリスのウィンブルドンも男子決勝戦が行われていたが、雨で中断し、なかなか再開しないので、午前1時半就寝。
2008年7月5日(土)
足場工事
今年一番の暑さとなった。午後2時過ぎには、デッキの温度計が39度まで上がった。朝7時から足場屋さんが車2台、4人で来て組み立てが始まった。足場掛けは、山ちゃん家だけではなく、ジイとバアの家もやった。山ちゃん家は、8日の上棟から始まる新築工事のためだが、ジイとバアの家のほうは太陽光発電のソーラパネルを屋根に取り付ける工事のためだ。かんかん照りの中、遮るものもない高い所での作業は見るからに重労働だ。4人ともまだ若い20代に見える。鳶職特有の裾の広がった作業ズボン?をはいて、パイプの上をバランスよく動き回っていた。
ジイとバアの家のほうの作業は、家の中の1階が丸見えのところでの作業となるので、ジイはジイ小屋に行って、昨日からやっていた壁の三角コーナー用の飾り棚とプランターカバーを製作した。バアは、
2階に上がって編み物をした。
外気温が上がるにしたがって家の中も暑くなってきたが、窓を開けるわけにもいかず、今季初めてエアコンを付けた。
2階に一つあるエアコンで、家中の大空間が冷えるかどうか今まで試すこともできなかったが、今日試した限りでは、26度設定でも扇風機を補助的に使えばほどほどに寛いでいられる室内環境が保てた。気密性の高い家ならでは、と思う。
夕方散歩に行くつもりが、5時前から空が暗くなり雷が聞こえ出したら、間もなく大雨となってしまったので散歩は中止。夜寝る前の風呂上りに毎日軽く1杯飲むようにしているが、久し振りに夕食でビールを1本(
350cc)飲んだ。
2008年7月4日(金)
ポチと鼠
ポチが夜中に子鼠をくわえて寝室に誇らしげに報告にやってきた。上尾に住んでいるときも、ポチがまだ若いときはわざわざ家の中に鼠をくわえてきて、飼い主のわれわれに見せてからそれを食べていた。いつかはくわえてきた鼠が逃げ出して行方が分からなくなり、冷蔵庫の裏に住み着いていたのを数ヵ月後に発見して、大騒ぎになったこともあった。ここ数年そんなことがなくなっていたので、もうポチも年のせいで鼠を獲ってくる元気もなくなっているのだろう、と思っていたので本当に驚いた。先日から一日ほとんど何も食べない日があったり、一日中眠り通しのときがあったりしていたし、口の中に炎症が見つかって昨日は無理やり抗生物質を飲ませたばかりなので、鼠を捕まえてくるような元気がどこにあったのかと不思議に思う。でも考えようによっては、ポチもこちらで狩りをするようになるほど、新しい土地に適応できているということなのだろう。しかし、おかげですっかり寝不足となり、明け方になって眠り込んだせいか、朝8時前まで眠ってしまった。
9
時前には建前用の材木が届けられた。運んできた材木屋さんは、中野市の業者でプレカット工場は新潟にあるとのこと。トラックの扉にエーゲ海と地中海OHTANIとペイントしてある。どういう意味か聞きはぐってしまった。また、何回か運びに来るそうだから今度聞いてみよう。
朝遅かったのと、材木の搬入などを見ている間に、日が高くなって陽射しが強くなってしまったので、午前中の散歩は止めて、少し涼しくなった午後
5時半から始めた。散歩の途中、北御牧村が分譲した住宅地の一角で畑をしている人と立ち話をした。柏市から移住してきた、という人で宅地に隣接した農地300坪を借りて30種類の野菜を作っているという。本当に嬉しそうに野菜作りについて話してくれた。何か共有できるものがありそうな感じがして、また声をかけさせてもらうことを約して別れた。
2008年7月3日(木)
山ちゃん家
山ちゃん家がいよいよ8日の上棟に向けて動き出した。先月末で完了した基礎工事を受けて、今日は土台の据付工事が行われた。資材も午前730分に最初の資材搬入として断熱ボードが運び込まれた。この断熱ボードは、基礎工事にも使われた。その際の搬入のときも雨だったように記憶しているが、どういうわけか今日も天気予報では曇りだったのに、搬入している間ずっと雨が降っていた。続いて土台や大引きが運び込まれ、さらに下地の針葉樹合板や気密シート、土台ガード、タイベックシートなどが運び込まれた。
山ちゃん家の木工事を担当するコバチャンがあい方を引き連れて手際よく、墨付け、気密シート、土台ガード、防水シートと布基礎の天端に施していく。最後に、布基礎に埋め込まれたアンカーボルトの位置に合わせて土台に穴を開け、ボルトに合わせて土台を基礎の上に据え付けていった。無機質なコンクリートの基礎の上に、土台や大引きさらに根太材や床の下地材が乗せられていくと、家という生き物が生まれていく瞬間を見るような感じがした。これからしばらく、大いに家づくりを見学して楽しませてもらうことにする。
今日は朝からずっと夕方まで作業が続いたので、刻々変わっていく様子を写真に収めるため、散歩にもどこにも出かけなかった。今日一日の出来事はホームページの「山ちゃん家レポート」にも載せたが、あまり詳しい作業工程を載せると、ホクシンハウスの特殊な工法が公開することになってしまうので、大きな変化だけ掲載した。
夜は、この「山ちゃん家レポート」のホームページを新しい体裁に変えるために悪戦苦闘した。昨日移植したマリーゴールドの苗は、明け方から
10時ごろまで降った雨のおかげか、元気よく葉が上を向いていた。
先日バアがキーボードを買って弾こうかな、とつぶやいたのがきっかけで、ジャパネットタカタのサイトからキーボードを注文したのが、今日早くも届けられた。早速バアが練習していたが、付属のヘッドホンを使って弾いているのでジイには聞こえてこない。結婚したときにバアが持ってきたオルガンが浅間台に引っ越すときまで、ずっと我が家の一員としてどっかりと狭い家の中で存在感を誇示していた時代があったが、
20年ぶりにキーボードとして楽器がやってきた。いつかみんなが集まったときに日ごろの練習の成果を披露するときがくるだろうか?
2008年7月2日(水)
マリーゴールド
昨日の予告どおり朝の金属のごみ出しは、一輪車に載せてステーションまで押していった。街中なら不審がられる光景だが、おそらくこの辺では風景にすっかり溶け込んでいたのではないだろうか?もっともジイの姿を目にする人は一人もいなかったが。片道3分少々の道のりだが多少アップダウンもあるのでそこそこの運動にはなる。
おとといから散歩やお出かけで、靴ではなくかかとを留めるサンダル、昔ベンハーサンダルと言われていたものを履くようにした。これだと痛めている右足の小指が圧迫されず、痛みを意識しないで歩くことができる。このサンダルを履くようになってから指も大分快方に向かっている。今日の散歩は
1時間10分だったが、痛みをかばいながら靴で歩くよりも、サンダルのほうが疲れなかった。
日中は
33度まで気温が上がって、とても外に出られなかったのでのんびり昼寝つきで家の中で過ごした。午後4時過ぎになって、西日はまだ強かったが風も出てきて涼しくなってきたので、マリーゴールドの移植をした。排水問題の発端となった池からの滲み出し水を下の畑へ落とすパイプを埋めた上を、去年は花畑にしてマリーゴールドを植えた。今年もそこを花壇にするつもりで耕しておいたが、パイプを撤去して浸透枡をそこに設置する工事をするかもしれなかったので、花壇にしないでそのままにしておいた。しかし、去年こぼれたマリーゴールドの種から不揃いに芽が出てきていたので、もう浸透枡を設置しないことにしたので、マリーゴールドをきれいに並べて植え直した。土が乾いてカチカチになっていたのでミニ耕運機で耕し直したあとに植えた。こんな暑くなってからの植え替えなのでうまくついてくれるか心配だが、マリーゴールドの生命力の強さに期待したい。
2008年7月1日(火)
旅気分の安曇野
今朝は可燃ごみの日なので、ステーションまでごみを出しに歩いていった。途中でステーションにトラックが来て止まり、顔見知りの近所の人が降りてきてごみを出していた。この辺ではゴミ出しもトラックを使うか、と思っていたらトラックがこちらへ向かって来て、さらに通り過ぎ、我が家の先の畑に行って停まった。仕事場の畑へ行くついでの、言ってみれば出勤途中のごみ出しだったのだ。それにしてもこちらではゴミを出すのに気軽にはできない。明日は金属の日で、重いものがあるので、車で行こうか一輪車に載せて押していこうか、思案中だ。あさっては資源ごみの日で、1.7キロ先の公民館まで持っていかなければならないので、これは車で行かざるを得ない。今日からガソリンがこの辺では180円になったようなので、やはり明日は一輪車で行くことにしよう。
今日は松本へ出かけたついでに、天気が良かったので安曇野・池田町まで足を伸ばした。始めに池田町にある「安曇野池田クラフトパーク」というところに行った。北アルプスを背景にふもとに広がる安曇野が見渡せる広大な公園で、公園内には池田町立美術館や体験学習施設=創造館、野外ステージなどがある。公園の一角にあるカフェ・レストラン岳樺(ダケカンバ)で昼食をとった。バアは若鶏の香草焼き、ジイはローズマリーで香りをつけた白身魚を食べたが、そのメインディッシュより、最初に出た冷たくしたポタージュスープのほうがコクがあっておいしかった。公園内を散策したあと、
4.5ヘクタールもある全国一の種類の苗があるといわれるラベンダー農園の「夢農場」へ行った。
案内図では近いと思ったが山の中をどんどん登っていき、ちょうど友人の七二会の古民家へ行くような山の中の道を
15分ほど行った山間にそれはあった。クラフトパークでは満開だったラベンダーもこちらは標高が高いせいかまだ満開にはなっていなかった。山の中にラベンダーだけのために切り開いたような所で、ラベンダーやハーブの関連グッズを置いた売店の他に何もない農園で、どうって言うことのないところだったが、我々も含めて「夢農場」というネーミングに惹かれてくるお客はいるに違いない。
そのあとは、道の駅も併設されている池田町ハーブセンターに立ち寄って、カモミールというビストロでハーブティーを飲んだ。こちらもハウスや屋外にたくさんのハーブが植えられていたが、手入れ不足で荒れている個所があった。
池田町にある
3つの施設を回っている間、陽射しの強さといい、気温の高さといい、すっかり盛夏の気候で、夏休みを利用して旅をしているような気分だった。今日の泊りはジイとバアの家、午後5時過ぎに戻って現実に帰った。