2008年1月31日(木)
中国製品
いよいよ退職まで余すところ2ヶ月となった。暦を見たら2月は29日、3月は31日合わせて60日のうち出勤日は40日となる。2月中にリフレッシュ休暇3日は取得することが確定しているので、通常の休暇の残25日を全部使うと12日しか出勤しないことになる。過去には全部休暇を使い切って退職した人もいたようだが、たいした仕事をしているわけではないが、一応職責は全うするつもりなので、露骨な休暇の消化はしないでおこうと思う。昨日から中国から輸入された冷凍食品の農薬混入問題のニュースが大々的に報道されている。以前から中国産の生鮮農産物は気をつけて買わないようにしているが、加工品でもこんなことがあるとますます中国製品全般を買わないようにしなければと考えてしまう。しかし、いまや食品に限らず衣類や雑貨など日用品のいたるところにmade in chinaが出回っていて、これらを排除したら日本の国内の日常生活がパニックになってしまうだろう。生活防衛のためついつい値段の安いものを買おうとすると、中国産や東南アジア産のものが多い。テレビでも中国産と国産の比較をしていたが、国産のものは数倍もする。しかし、まずは野菜など日常的に口にするものは、食糧自給の視点からも自分で作ったり、地場産品を買うように心がけよう。
2008年1月30日(水)
つなぎ法案の怪?
最近はすっかり徒歩通勤が当たり前になってきた。歩いて通っていると、暑さ寒さがはっきりと体感できる。昨日まではかなり寒かったが今朝は雨上がりで妙に生暖かく感じた。いつも途中の中央小学校の近くで70代とおぼしき男性の老人とすれ違う。以前はご夫婦で歩いていたが、最近は男性一人だ。いつごろかすれ違うときに「おはようございます」とどちらからともなくあいさつするようになった。そうなると不思議なもので、名前もどこに住んでいるのかも何もわからないが、最近一緒に散歩をしなくなった奥さんはどうしたのだろうか、具合でも悪いのだろうかと、いらぬ心配までするようになった。今朝ポストに尾花候補の「法定ビラ1号」と銘打ったビラが入っていた。このビラには「50才代の候補者」という文字が2ヶ所に書かれているが、候補者の実名がどこにも書いていない不思議なビラだ。関心のある人にはわかるだろうが、一般の市民には誰のビラなのかわからないのではないか?候補者名はなくても、推薦者や推薦団体が100人以上書き連ねているからおのずとわかるだろうということなのか?今回の4人の候補者の年齢は、56606365歳で、60歳の私から見れば彼らの年齢差は選挙の争点になるほどのことではないし、若さを強調する年齢でもないと思うのだが。国会では、昨日ガソリン税の暫定税率などを、議員立法で5月末まで延長する「つなぎ法案」が提出され、今日午前中自公の数の横暴で衆院の2委員会で法案を通過させた。その後衆参両院議長の斡旋で、本会議の議決前に法案を取り下げた。50年来行われなかった衆院での再議決という手法を新テロ特別措置法に続いて、今度もその手を使うために、今日中に議決しておく必要があったわけだが、それは踏みとどまったようだ。しかし、また3月末になってどうなることやら、まるで茶番劇だ。議会制民主主義とはこんなものなのか、日本の「国家の品格」が問われる醜態だ。今日は二つの懸案事項が解決した。一つは修理に出していたプリンターがなかなか直ってこないので、帰り道にあるお店に文句をいうために立ち寄ったら、今日留守電に修理が完了したと連絡したとのこと、文句を言う出鼻をくじかれてしまったが、とにかく直って良かった。修理代8,400は少し痛い。もう一つはレンタルサーバーの設定完了通知が申し込んでから半月たっても来ず、2回も確認のメールを送ったが応答なしだった。今日改めてメールが届いて、申し込んだ日と、確認メールをした日にすぐにメールで通知したと返事があった。こちらとしては今日のメールが初めての連絡だったのだが、これも今度のメールで必要な情報は受け取れたので、近々ホームページを移設しようと思う。
2008年1月29日(火)
市長選情報
軽自動車を処分したことを知らせておいた長女からメールで返事があった。車で20分ほどの距離だが、3年近く看護師として3交代勤務で朝な夕なにまた深夜にと、通勤に使っていた車なので、それなりに思い出や愛着もあったのだろう、「何だがとても寂しい」とのことであった。任意保険をかけている保険屋に連絡したところすぐに手続きに職場に来てくれた。満期まで4ヶ月残っているので8千円ほど戻りがあるとのこと。さらに保険中断証明書というのが発行され、また別に車を購入したときは今の割引の等級を継続できるとのこと。引越しをしたら保険屋さんを変えなければいけないかと思っていたが、母方の実家が上田市にあり、奥さんの実家が小諸市なのでしょっちゅう行き来をしているので、何かあればすぐに飛んでいけるから変えなくても大丈夫ですよ、と言われてしまった。最近のある民間調査会社の市長選情報が入ってきた。島村候補に山岸候補が肉薄してきているらしい。尾花候補は伸び悩んでいる。先日の日記には民主党推薦と書いたが、結局民主党の推薦は得られず、党としては自由投票になったことが影響しているのかもしれない。黒須候補は出身地区以外のところで支持がなく苦戦の模様だ。今の流れに変化を求める声が大きくなれば、尾花候補へいくはずの票が山岸候補に流れ、山岸候補が優位に立つ可能性もありそうだ。いずれにしても接戦になりそうだ。
2008年1月28日(月)
再生紙危機
上尾の家の朝は寒い。妻の話では今日は朝起きたときの寝室の温度は3度だったらしい。朝6時前に寒くて目が覚めてトイレに行ったあと1階の台所のストーブをつけておいた。気がついてみたらこの日記もここのところまずは気温の話題がパターンになってしまった。朝出勤すると庁舎の前で、元市の職員だった市長選挙候補者に握手をされてしまった。わざわざ私に対して握手をしてきたわけではなく、誰かまわず握手していただけのことなのだが・・・。昨日市長選が告示され、正式に前評判どおりの4人の候補者が名乗りを上げた。間もなく退職であるし、上尾市民でもなくなるので、ある意味では誰が市長になってもいい話だが、30年間市の職員としてお世話になった者として、その経験から4人の候補者のうち誰が一番これからの上尾市にとってふさわしい市長なのか、情実にとらわれずにしっかりと見極めて投票しようと思う。午前中次長会議に引き続き、市制施行50周年記念事業推進本部幹事会、行政改革推進幹事会が開かれた。これらの幹事会は次長クラスのメンバーで構成されている。ただ、ここでどんなに議論したとしても、その上の組織である推進本部で最終決定されるので、幹事会は結局のところ通過儀礼的な位置づけにしか過ぎない。ややもすると推進本部そのものも、内容によっては市長の事前の承認を得た上での提案の場合が多いので、そこで異議を唱えることはまれのようだ。今まで幹事会などではあえて意見を出したり、疑問に思うことを質問をしたりしてきたが、しらけた雰囲気の中で発言することももうおしまいになる。次長会議の中では、コピー用紙の節約の話題が気になった。年賀状の古紙混入率の偽装に端を発した製紙会社の再生紙の偽装問題が、市役所にも影響が及んできた。年間購入契約を結んでいる問屋が仕入れていたメーカーは、日本製紙で100%再生紙のものが、実は59%だったことが判明、生産停止となり当分入荷できなくなるとのこと。在庫がなくなり次第、古紙混入率0%のバージン紙を使わなければならない。上尾市では、地球温暖化防止実施計画の一環として、グリーン購入の推進に関する基本方針を定め、物品調達にあたってはエコマークとグリーン購入法に対応している製品を優先的に購入することになっており、手近で大量に消費するコピー用紙は真っ先にその対象になっていた。今日の新聞赤旗のトップ記事で、日本の地球温暖化対策が先進国では最低であったという世界銀行の調査結果を報じていた。紙一つとっても再生紙の割合をごまかしているようでは、洞爺湖サミットの議長国が泣く。午後4時からは環境推進協議会役員会を開催。メインテーマは2月に開催する環境学習会のことで、当日講師となってくれる市内の工業団地に入っている82社の企業の組織の代表の紹介と当日の学習目的や役割分担、参加要請の方法など。今まで学習会の講師は、自然保護団体の代表や市の職員が多かったが、今回は事業者を代表する形でお願いする。製造業の環境に対する心構えということで話をしていただくことになった。5時過ぎに会議が終わり、急いで家に帰って北上尾の「パパ」の鞄屋にキャリーバッグを買いに行った。国内の小旅行用に2人お揃いで色違いのバッグを購入。帰りに、先週日曜日朝のNHKの経済羅針盤という番組に出ていた回転すし「蔵寿司」の社長のことを思い出し、家の近くにある蔵寿司に行った。おなかはいっぱいになったが、満足感は得られなかった。
2008年1月27日(日)
生ごみ
今朝も午前7時の気温は、マイナス10度だった。ただ、室温は20度あったので寒くて夜中に目がさめるようなことは一度もなかった。朝の冷気の中で朝焼けに映える景色が美しい。デッキに出て見惚れていると、一気に体が冷え込んでしまう。温度計を証拠のためにデジカメで撮影して急いで室内に入る。ゆっくりとした朝食を取ったあと、最近始めた生ゴミのEMぼかしを使った堆肥化のための専用ポリ容器にたまった発酵済みの生ゴミを土に埋めた。スコップで土を掘ったがなかなか掘れない。土の表面5センチほどが凍結しているのだ。やっとの思いで穴を掘り生ゴミを埋めた。説明書きでは1,2週間で土と同化した立派な堆肥になると書いてあるが、埋めたままの状態で冷凍保存されてしまうのではないか、少し心配だ。1ヶ月前の前回埋めたところを確認しようとしたが土が固くて掘れず確認できなかった。午後は早めに上尾に帰ることにしたが、一刻も早く義姉夫婦の家のプラン図が見たかったので、ホクシンハウスの佐久のお店によってコピーをもらってから帰ることにした。帰る途中、関越道で事故渋滞があったが午後6時には家に着き、早速義姉の家で夕食を食べてから、侃々諤々間取りや構造、外観など意見が百出、結局もう一度プラン図は一から書き直してもらおうということになった。いずれにしてもいろいろ話をしていくうちにイメージが固まっていくのだろうから、ホクシンさんには根気良く付き合ってもらうしかない。
2008年1月26日(土)
外出せず
7時に起きて外の温度計を見たらマイナス10度だった。部屋の温度は14度。昨日の夜は2階のエアコンを試しにつけてみた。2階はかなり暖まったが、階下まで暖気が降りてこなかった。やはり家全体を暖めるには床下のホットマンに頼る必要があるようだ。しかし、建物が冷えているのでさすがに一晩中つけていても4度しか上がらない。朝から天気がよく外の気温もぐんぐん上がってきたので、ようやく10時ごろになって部屋の温度が20度まで上がった。その時点でホットマンを消した。昼間に義姉からメールで、ホクシンハウスからプラン図が届いたとの知らせが入る。一刻も早く我々も見たくなったので、明日の夕食までに帰って見せてもらうことにした。不動産屋からも電話があった。やっと資料を見られる状態になり、早速前の所有者に手紙を出したところ、戻ってきてしまったとのことだった。私の記憶では、登記簿の住所と売買契約をしたときの住所が違っていたので、手元の書類を調べてみたところやはり記憶どおり住所が変わっていた。その住所に改めて郵送してみるとのことだった。午前中、去年自前で断熱材を貼った小屋裏の最後の仕上げが残っていた箇所の仕上げ作業をした。少し隙間が残っていたのがこれで解消した。午後からは、家の裏側の道路が、雪かきがされずに凍っている所もあって危ないので、スコップで雪かきというか氷かきをした。やはり雪かきは降った直後にやらないと数倍大変になる。車で踏み固められ、解けて凍ったあとはガチガチになっていて簡単には片付かなかった。結局今日は一日外に出かけることもなく、終わってしまった。
2008年1月25日(金)
環境審議会
午前中環境審議会開催。今回は議会選出の委員3人のうち、2人が変更になったのでその委員の委嘱式も行われた。審議会の審議事項は、現在環境政策課で検討を進めている環境マネジメントシステムについてと223月に計画期間が満了となる環境基本計画を見直す基本方針についての報告である。内容については、19日の日記に書いたとおりである。この環境審議会に報告するまでに、私が長を務める環境政策推進会議幹事会を経て、副市長を長とし部長がメンバーの環境政策推進会議にかけるという事前の手順を踏まなければならない。事務局は、同様の説明を繰り返していくうちに内容を暗唱するほどになるが、環境審議会の委員の中で専門家の委員以外の関係団体から選出されてきた委員たちは、環境にかかる専門用語や内容の難しさに困惑している様子だった。また、30年以上も自然保護団体の活動をする中で行政との関わりをもってきた委員は、行政の取り組み姿勢が、その時々の首長の考え方によって左右され、職員が代わるたびにぶれてしまうことに翻弄されてきた経緯があるので、今後の取り組みにも本当にできるのか不信感を顕わにしていた。言われてみればそのとおりであるが、実態としては逆風の中で何とか頑張って取り組んでいこうとしている今の担当職員たちに水を差すようなことになる発言になってしまった。行政が市民にとって良くなるほうに変わるのは、決して劇的に変ることはなく、本当に時間をかけて変わるのだと思う。逆に悪くなるほうは、あっという間だ。午後は人事評価の続きの作業をして1日の仕事を終え、帰宅後北御牧にやってきた。今日もこちらは真冬日だったようで、家の中は10度まで下がっていた。おとといに降った雪が積もっていた。家の前の道が心配だったが、誰かが雪かきをしてくれていたので問題はなかった。
2008年1月24日(木)
旅行予約
朝から冷たい強風が吹き、今季一番の冷え込みとなった。午前中職員課に勤続30年で付与されるリフレッシュ休暇3日間を2月に取得するための申請をした。午後は通常の休暇を取って、そのリフレッシュ休暇で旅行をするために大宮の旅行会社に予約をしに行った。海外旅行も考えていたのだが、この時期行きたいと思うようなところもなく、国内の小旅行を、ということで伊豆に行くことにした。旅行会社で何かの記念ですか?と聞かれた。たしかパンフレットには何かの記念日だと宿でプレゼントがあると書いてあった。でも退職記念ですとも言えず、特にありませんと答えておいた。夜は、軽自動車のガリバーの査定の訪問を受けた。5年目の車検まで残り4ヶ月で、最初に提示された金額では、購入時の4分の1にも満たない金額だった。心積もりしていた金額よりも低かったが粘っても上がりそうもないので、ある程度のところで見切りをつけた。話が進んで今夜中に車を引き取りたいということになり、乗る予定もないので承諾した。夜10時ごろ車を引き取っていった。車がいなくなった途端に何か寂しい気がした。停めておいた駐車場は来月分まで支払済みだったので、明日不動産屋に確認することにした。
2008年1月23日(水)
送別会
天気予報では朝から雪のはずだったが、目覚めた時点では曇り空。これはまた21日の月曜日の二の舞いかと思われたが、通勤中に雪が降り始め仕事が始まった8時半過ぎには本格的に降ってきた。昨日、今日と続けて送別会の話があった。3月で定年退職を迎える私のために送別会を開いてくれるそうだ。ありがたい話でうれしいのだが、少し不安もよぎる。おととしのことであるが、私も在職中大変お世話になった職員の送別会が行われたとき、現市長はそのことを聞きつけてなぜか激怒し、呼びかけ人の一人でそのときの司会をした職員などは左遷されてしまったことがあるからだ。現市長は217日で任期も終わるので、直接私の送別会まで影響はないと思うが、決して今の体制派ではない私の送別会に参加するだけで、その後に影響はないかとつまらない心配までついしてしまう。今度の市長には、公平に職員をみて、正確な情報をもとに、まともな人事をするようにして欲しいと願う。自治労連の組合が市長選立候補予定者に行った公開質問状の3点目に、人事政策についての考え方を聞いた背景には、12年間の現市長の人事に対する職員の大きな不信感がある。人事評価結果を職員課に提出する時期が迫ってきたが、私が一次、二次評価する職員30人の中で、ほとんどの職員が自己評価の段階で可もなく不可もない数字を挙げてきている。はっきり言って適当に、いい加減に書いてきているとしか思えない(私自身がそうであるように)。誰も人事評価が、職員課が言うような「人材育成と市民サービス向上のために」なるとは思っていないのだ。やはりそれはこの12年間、能力や意欲のある人が必ずしもまともな評価をされてこなかった人事の付けが回ってきているように思うのは私だけだろうか?
2008年1月22日(火)
市長選(2)
自治労連の組合のビラが配られた。今回のビラには、組合が4人の市長選立候補予定者に出した公開質問状に対する回答が載せられている。質問は、@憲法についてA民営化についてB職員の人事政策についての3点についてである。4人のうち一人は回答がなかったようだ。マニフェストでは大きな違いが読み取りにくいが、単純な3つの質問への回答であるが、そこに候補者のポリシーや政治的なスタンスをうかがい知ることができる。憲法については、一候補者は「憲法改正については、直接的に市長の職とかかわりがないため、当然、一個人として、憲法改正についての持論はありますが、ここでそれを披露することは差し控えます」という回答を寄せている。憲法を、市長の職にかかわりがない程度にしかとらえていない、ということなのか。憲法の問題は、政治家たらんとするものはまずそれとどう向き合うのか、どういうスタンスをとるのか、それを抜きにして「おもいやり市政」や「生き活き上尾」などの拠って立つポリシーは語れないと思うのだが、こういう議論を避ける人に限って、自分の軸がないので結果的に、憲法改正の尻馬に乗って旗を振ってしまう人が多いような気がする。この候補者が新聞の折込で配布した(この行為は公職選挙法違反にあたる)ビラでは、「スピーディでぶれない」候補者であるとの推薦文が掲載されているが、職員時代から議員1期までの言動をみているとかなり「ぶれている」ように私には見える。その点共産党の県議だった候補者は、「憲法をくらしに生かす市政を進めることは、私の第一の基本姿勢であります」と回答し、一貫している。もう一人の候補者は「市長は特別職であっても行政職のトップである以上、憲法を遵守することは当然だと考える」と答えつつ、憲法改正の問題については、「国民的な議論の広がりが必要と考える」とも答え、議論の先に憲法改正もあり得る、と言っているようだ。この候補者は民主党の推薦を受けているが、かつて何度か県議選に立候補した際にはライバル関係にあった現職の自民党県議と、自民党の公認をかわりばんこに取り付けてきた経歴の人だ。昨日の夜インターネットで「ガリバー」に軽自動車の見積りの申し込みをしたら、早速電話がかかってきた。24日には査定に来るという。この軽自動車は長女が上尾にいるときに通勤に使っていたものだが、東京に転居して使わなくなったので、譲り受けたものだ。まだ走行距離15,000キロで十分乗れるのだが、二駆なので雪や山道の多い長野には不向きと思い、処分して四駆の軽に買い換えよう考えている。軽トラックでいいと思っているのだが、どうしても妻の同意が得られそうもない。
2008年1月21日(月)
市長選
雪の予報ははずれて、雨も降らずどんよりした曇り空の一日だった。昨日上田のジャスコで買った温熱除湿タイプの下着の長袖シャツを早速着込んで仕事場に向ったが、暖かくて気持ちよく、眠くなってしまった。いよいよ市長選告示まで1週間となった。127日告示、23日投票日となる。最終的には4人の立候補となりそうだ。30年市役所に勤めている間に7回(うち1回は無投票)の市長選があったが4人の立候補者は初めてだと思う。もう選挙戦は終盤の佳境に入っているらしく、昨日おとといあたりで候補者の総決起集会も行われていたようだ。今回は選挙違反行為も激しく行われているらしく、傍目には泥試合の様相もみえてくる。候補者の一人は、元市職員で選挙管理委員会の事務局長をした経歴の持ち主なのだが、自分の選挙ともなると、コンプライアンスもふっ飛んでしまうようだ。それぞれ立候補予定者のマニフェストを眺めてみたが、そんなに大きく変わるものではない。今回の特徴的なことは、立候補者がすべて4人とも市の東側地区を地盤にしてきた人であること、4人のうち3人がマニフェストの項目を8つ掲げていること、市長の多選を禁止する(一人は28)条例や市長退職金の返上を二人の候補がいっていることなど。中学生まで医療費の無料化を引き上げると3人が言っている(2人は通院費に限定)。これだけで財源的には毎年5億円ぐらいかかるようだが、財源の創出はどうするのか。上尾駅の改修を見直して財源を創出するよう2人がいっているが、すでに始まってしまった改修工事を見直すのはかなり難しいと思うのだが・・・。ここ数年経常収支比率が90%前後で推移しているような状況では、どんな政策をマニフェストで掲げても新しい施策を取り入れることは難しい状況ではある。
2008年1月20日(日)
洋菓子店2軒
上田のジャスコへ買い物に行った。ジャスコは20日、30日が5%引きの日になっているが、めったに土日にぶつかることが少ないので、今日は行くことにした。こういう日に衣料品や保存が利く食料品などを買う。北御牧に住むようになれば、さらにこういう日に合わせて買い物に出るようになるのかもしれない。上田のジャスコは駅から少し離れているので、お店と駅の間を1時間に1回シャトルバスが出る。今日はそれに乗って駅まで行った。駅の近くの「リビン」というセゾン系のデパートに行ったが、そこも20日はお客様感謝デーで値引き札があちこちについていた。セゾンカードで購入するとさらに値引きされるというので、カードが増えることに抵抗があった妻も、引っ越してくればたびたび利用することになる(妻はここに入っている服飾関係のお店が気に入っている?)だろうということで、カードの申し込みをすることにした。上田に出たついでに2軒ほど洋菓子店を探した。1軒目は妻が勤めていたときの同僚からいただいた胡桃が中に丸ごと入っているマコロン風の焼き菓子を売っているお店、もう1軒は先日ホクシンハウスの店長さんが手土産に持ってきてくれた洋菓子のお店。いずれもいただいて食べてみたら美味しかったので、一度お店の場所を確認しておきたくなったのだ。最初のお店は、駅から歩いて10分ぐらいいったところにあるお店で、行ったついでにショートケーキなどの生菓子を注文したところ、すぐに冷蔵庫に入れられないなら生ものなので心配です、といわれ、今回は買うのは見合わせた。添加物の入ってない素材にこだわっていることはよくわかったので、次に買いに来るときは車でくることにしよう。ジャスコまで歩いて戻った後、バンバンという釣具屋で、今年の渓流釣りの年間入漁券を購入し、帰路の途中にあるもう1軒の洋菓子店に寄った。こちらは焼き菓子なので5種類10個を買った。見た目にも美味しそうだったので、勢いで買ってしまったがそのあと車の中で、妻と二人で、こんなにいつ食べるのだろうと一緒になって笑ってしまった。今回も雪になる予報が出ていたので、早めに上尾に戻ることにして、午後5時半過ぎに北御牧を出発した。途中、上里サービスエリアに寄り、最近できたスターバックスでコーヒーを買い、車の中で洋菓子店で買った焼き菓子を一つずつ食べて休憩した。上尾には830分到着。
2008年1月19日(土)
ウィルスバスター
昨夜ハロゲンヒーターを一晩中付けっぱなしにして寝たので寒くて目が覚めるようなことはなかったが、普通ならホットマンだけで朝には20度以上に家の中が温まっているはずなのに、今朝7時に起きたときはまだ14度だった。晴れて部屋の中に陽が差し込んでいたので10時ごろには20度まで室温が上がり、ホットマンを切った。外は気温が上がらず寒いせいもあってほとんど外に出ず、伸びてきたジャガイモの芽欠きをしたり、パソコンのウィルスバスターの設定などをして過ごした。ウィルスバスターは、マイクロトレンド社が今まではパソコン1台にしか使えなかったライセンスキーを3台まで使えるようにしたので、北御牧のパソコンもウィルスバスターに切り替えたのだ。こちらのパソコンは、購入したときに3ヶ月間の試用ができるシマンテック社のノートンをそのまま延長して使っていたが、それも去年から延長契約せず、無防備状態が続いていたので助かった。こちらに引っ越してきたら、ライセンスを買ってちゃんとしようと思っていたのだが、年末年始に来ていた次女の夫からウィルスバスターが3台まで使えるようになっていると教えてもらったおかげだ。今日のお昼はスイトンを食べた。以前に買って一、二度食べて残っていたスイトンの粉が賞味期限切れになってしまったので、去年の老舗の賞味期限偽装問題ではないが、だいじょうぶかな?と思いつつ食べてみたら何ともなかった。昨日は昼間仕事中下痢をしたのに、今日は賞味期限切れのスイトンを食べてもなんともなかった。家の隣の畑の件で不動産屋に電話をしたが、建替えている店舗がまだ完成せず、工事のために資料を倉庫に入れてしまっているので、月末まで待ってくれとのことであった。隣の敷地が借りられれば、春からの畑仕事にも使えるし、義姉夫婦の家の建築工事にも便利になるので、なるべく早く結論を出したいのだが、不動産屋も予定より2ヶ月も工事が遅れているとぼやいていた。
2008年1月18日(金)
ガソリン暫定税率
朝から人事評価の書類作成をした。とりあえず私が一次評価する6人分の資料をぎりぎり午後4時過ぎまでかかって作り終えた。気の進まない仕事をしたせいかおなかの調子が悪くなって仕事中3度もトイレに駆け込んでしまった。人事評価の仕事はこれで終わったわけではなく、私が二次評価しなければならない30人分が残っている。これは来週中に片付けなければならない。体調も良くなかったので、予約していた歯医者もキャンセルし、誘われていた上尾市役所9条の会(憲法9条を守る会)の出席も断って、北御牧にくることにした。着いた北御牧の家は、室温10度まで下がっていた。気象庁のアメダスのデータをみるとこの辺は昨日、今日と気温が氷点下のままのいわゆる真冬日なので、さすがにホットマンを付けっぱなしにしていないので、冷え込んでしまう。去年までは上尾に戻るときに15度設定でホットマンを付けっぱなしにしていたので、着いてから設定温度を上げれば寝る前には部屋も十分暖まるのだが、今日はなかなか温まってこない。寝るときににはまだ12度だったので、寝室にハロゲンヒーターを持ち込んで寝ることにした。おとといの夜、町村官房長官が道路特定財源として使うガソリンの暫定税率を廃止すると、地方の道路整備が困るだけではなく、地球温暖化対策にも影響があるという理屈を、えらそうにパネルまで使って説明していた。なぜ温暖化対策に支障があるのかと思ったら、ガソリンが25円も安くなったら、皆がガソリンを消費してCO2の発生が増加してしまう、洞爺湖サミットの議長国として、そんな世界の流れに逆行するようなことはできない、という趣旨の説明だった。誰がガソリンが25円安くなっただけで、今まで以上にガソリンを使って旅行でもすると思うのか。いまや生活必需品であるガソリンは、高くても使う必要があるから買うのであって、安くなったからといって買いだめするわけにも行かないし、せっせと遠出をするほど生活に余裕があるわけではないので、消費が増えるはずもない。第一、いまさら地球環境問題と道路特定財源と一緒くたにするなど言語道断だ。緊急性のない高速道路を作って車を走らせCO2を撒き散らすような道路行政をしてきたのは政府自身ではないか。今の道路特定財源を一般財源化して環境に使えばいいのであって、暫定税率を残すための言い訳に環境など持ち出すのは許せない。灯油の値段が上がって点けっ放しをやめ、退職金をはたいて太陽光発電に切り替え、地球環境に配慮しようと小さな努力をしている庶民のことを考えるなら、暫定税率を廃止して、少しでも国民の負担を減らすべきだ。
2008年1月17日(木)
企画財政部長査定
来年度の当初予算の関係で企画財政部長査定があった。環境経済部の中では、3課の申請事業について査定があった。ここ数年の企画財政部長査定は、財源がないので予算はつけられません、という一方的な問答無用というような査定で終始するので、やっても意味がない。今回の査定の中でも、長年の懸案事項である瓦葺コミュニティ施設の設計委託料が俎上に上った。この施設は、斎場を建設する際に地元に対し迷惑をかける?見返りとして約束した施設であり、その建設予定地は斎場に隣接しているので現在は借地料を支払って市が管理している。斎場の建設を承認してもらうため、当初の計画では、市の西側にある市民体育館に匹敵する体育館を作る約束をし、それに見合った広さの用地を将来買収することを前提に借りている。財政難もあって斎場のオープンにあわせて体育館をつくることができず、延び延びになっている間に市は当初の計画を次々に縮小してきた。4,500uから3,000u、1,500uと変更し、最終的には当初の計画とは大きく異なる600uのドーム式のテント生地で覆った簡易な構造の体育施設と多目的公園施設で、無理やり?地元住民の理解を得たものである。担当としては、地元との交渉の中で、市が始めに広げてしまった大風呂敷を小さくたたまなければならない苦しさを散々に味わったあとにようやく合意にこぎつけたことなので、あとは今までの遅れを取り戻すためにも1日も早く着工し、形に現したいと願うわけであるが、財政担当のほうは2年先、3年先まで億単位の事業費につながる設計費をいま計上するわけには行かないというのだ。500億円規模の予算の中での2千万円の予算なので、来年度の予算だけ見れば付けられない額ではないが用地費もいれると8億円規模の総事業費が見込まれているので、財政担当としては慎重にならざるを得ないのであろう。しかし、市が住民に対して約束したことを実施するのは行政と住民との信頼関係を維持するための絶対的な条件ではないのか。特にこのコミュニティ施設の問題は、住民からすれば、市の都合で規模がどんどん縮小され、最初に抱いた大きな期待が裏切られた失望と怒りのなかで、それでも市の財政の苦しさをおもんぱかって、不本意な合意をせざるを得なかったものなのだ。来週は市長査定があるので、市長に最後の英断をしてもらいたい。
2008年1月16日(水)
水回りの故障
ここのところ上尾の家の水回りがおかしくなってきている。風呂場のシャワーの温水の温度が上がらずぬるい。トイレのウォッシュレットのノズルの元から温水が漏れるようになってきた。できれば引越しまでに、これ以上悪化して修理することにならないよう祈るばかりだ。水回りだけは自分で修理するのがこわいので手をつけていない。石油ファンヒーターもしばらく点けていると換気不良で自動的に消えてしまう。これは、空気取り入れ口のカバーをはずし、ファンについたゴミやホコリを掃除して問題解決をした、と思っている。ネットでレンタルサーバーの契約をした。現在JCOMのケーブルで契約しているが、引越し先の北御牧で契約している上田ケーブルビジョンでは、ホームページの容量が10メガしかない。現在のホームページはすでに60メガ以上の容量があるので、引越したらすぐにホームページがアップできなくなるので、レンタルサーバーに移すことにした。今月中には、今後のことも考えてホームページを一新して新しいサーバーにアップしたいと思っている。
2008年1月15日(火)
路上喫煙防止
路上喫煙禁止条例検討会の会議に参加。いよいよ実際の条例、規則の条文の検討に入った。第1条の条例の目的では、市民のモラルの向上を図ることが目的なのか、モラルよりも実態に即した具体的な路上喫煙を防止するための罰則的効果を一義的に考えるのか、議論があった。上尾市には従来からごみや吸殻のポイ捨てを禁止する条例が1999年に制定されている。この条例は、勧告や命令はできるがポイ捨てをしたものに対し、過料などを課す規定はないので、最終的には市民等のモラルに委ねる形になっている。10年が経過して制定当時と明らかに環境美化が進んだと思えない、かえって市内のごみの散乱は目に余るものがある。路上喫煙や吸殻の投げ捨ても、清掃ボランティアをやっていてつくづく思うが、一向になくならない。少なくとも不特定多数の人が行き交う場所では、路上喫煙はやめてもらう、それでも喫煙する人には罰金をいただきますよ、というのが条例の目的であろうという結論になった。本来コミュニティ社会では、その共同体を存続させるための最低限守るべき行動規範というものがあって、その規範については共同体の最小単位である家族同士で教育し、実践することで維持されてきたはずであるが、そうした家族関係が機能しなくなり、家庭での教育的機能を補完する学校教育も荒廃している現状では、権力が罰金という強制力をもって規範を守らせるしかないのだろうか。条例の検討をしながら、暗い気分になってしまう。この条例も今度の市長選次第で、日の目を見るかどうかわからない。実は来年度の予算について現在企画財政部と折衝中であるが、条例を施行するにあたって必要な啓発活動や周知するための看板やのぼり、印刷物などすべて、いまのところゼロ査定となっている。このままだと来年度は予算もついていない、ということで条例も議案として提出できないのだ。新市長に趣旨を理解してもらい、必要な予算を付けるよう企画財政部にウルトラCで処理してもらうしか残された道はない。どうやら在職中にめどは立たなくなってしまった。朝庁議があったので、その報告があるので課長会議を開催。いよいよ市長の事務引継調書の作成について各課に依頼があった。現在進行中のものやすぐに着手すべき重要行政課題や将来企画すべき課題などを書いて提出する。自分の事務引継書もそろそろ準備しなければと思った。
2008年1月14日(月)
ジイ工房?
義姉夫婦たちとの話の中で、ジイ小屋をこれからは「ジイ工房」と名前を変えたらと提案があった。まだたいしたものも作れないのに名前だけ大げさにはしたくない、と思っている。少し時間があったのでそのジイ小屋で、以前に作った鍋のふたを収納する箱と、ボネコ加湿器の移動用手押し車の手直しをした。エアコンを30分もつけるとすぐに部屋が暖まったので、その後は消して作業をしたが寒く感じなかった。冬に何か好きなことをする環境はこれで間違いなく確保できたわけだ。あとは宝の持ち腐れにならないよう、活用しなければ・・・。今日は野鳥デイのようだった。庭で今シーズン初めてツグミを発見、また池の下の道路で、シメを初めて観察した。初めて見る鳥だったので図鑑で調べてシメとわかった。デジカメで撮影したがよく写っていない。一眼レフの望遠レンズで撮影したいな。日中、陽射しはあったが外は気温が零度以上には上がらず、多少融けた雪もすぐに凍ってしまう状況で、コスモス街道の凍結も心配だったので、早めに上尾に帰ることにした。午後4時過ぎに出たが、関越自動車道が久しぶりに藤岡ジャンクションの合流地点から花園インターまでの間が断続的に渋滞していたので、途中休憩をしないで走ったが、家に着いたら7時になっていた。3日分の新聞に目を通した。23日の上尾市長選に立候補する予定の候補者のマニュフェストもポストに投函されていて、4人の候補者の分が全部出揃ったので、ゆっくりと分析してみようと思う。
2008年1月13日(日)
りんご農家の心意気
7時前に妻に起こされた。朝焼けと日の出がきれいだ、と義姉夫婦ともども無理やり()起こされてしまった。冬の朝はこんな風に天気が良ければ暖かい家の中からのんびりと日の出が眺められるよ、と義姉夫婦に教えたかったようだ。実は上尾でも近頃は起こしてもらう時間に2階の窓から、ビルの間から上がる日の出を見ているのだが、妻はちょうどそのころは台所で私の昼の弁当を作っている時間なので、ほとんど北側の流しに向って作業しているので朝焼けや日の出を目にしていないだけなのだ。朝食後、昨日とうって変わって良い天気になったので、義姉夫婦も一緒に雪景色の中の散歩をした。陽射しはあるが気温が上がらず、冷たい風が吹く中の散歩を約3時間した。冬の間、家の中に閉じこもりがちにならないための外歩きを今から体感してもらおう、と散歩に誘ったのだが義姉夫婦は少し風邪気味だったようでしんどかったようだ。内山峠が凍結する前にと、午後4時前に義姉夫婦は上尾に帰った。私たちは、佐久市のチクマ農園に予約してあったりんごを買いにいった。今回は15キロを購入。来月分20キロを予約した。チクマ農園ではそれが最後となる。それ以上経ったりんごは、味や質が落ちてしまうので、生産者としては出荷するわけにはいかないのだそうだ。最盛期で糖分の多いりんごだと糖分が黒くなってしまうので、今回のりんごは摘果時期をずらして収穫したりんごなので糖分は少ないよ、と言われた。去年は、老舗といわれる赤福や船場吉兆の賞味期限の改ざんなどが問題となり、食品生産者の職業倫理が問われた1年であったが、こうして地道に、しかししっかりと常に消費者においしいものを提供したいという心意気とプライドをもったりんご農家もいることをうれしく思った。
2008年1月12日(土)
家づくり
昨日の夜中から降りだした雨が午後から雪になってわずか1時間後には数センチも積もってしまった。午前中義姉夫婦が来た。午後から家でホクシンハウスのOさんと打ち合わせすることになっていた。ちょうどOさんが来た2時前は吹雪のように雪が降っていた。3時間近く義姉たちの家のことについて話し合った。どんなプランが出来上がってくるか楽しみだ。もう家づくりの楽しみは二度とないと思っていたが、姉たちの家とはいえ、私も一緒にもう一度家づくりの楽しみを共有させてもらうつもりだ。我が家もいよいよ定住するに当たって、太陽光発電や今使っている灯油を熱源とする暖房システムの見直しをしようかと考えている。5年前には資金の手当てがつかなくてあきらめた太陽光発電は、当時退職金が入ったときに考えようということで宿題にしてきたことだ。いよいよ退職が間近に迫ってくると、大きな出費には逡巡してしまう。ただ、参考までに見積もりぐらいは取ってみようかと考えている。義姉夫婦と白く積もった雪景色を眺めながら、ここでの生活がどんなふうになるのかそれぞれ想像をかきたてながら、遅くまで話し合った
2008年1月11日(金)
自公政権の横暴
人事評価の残りの2人の面接をした。一人は駅前のビルに入っている事務所の職員だったので、同じビルの中にある喫茶店で面接をした。平日の昼間というのに結構混んでいた。このビルは、国鉄清算事業団から公共施設用に買収した土地にビルを建て、一部を商業施設に転用したため問題となり、結局入居したテナントには出て行ってもらうはめになったいわく付のビルである。テナントのうち最後まで残っていたこの喫茶店も今月いっぱいで明け渡しになるとのことだ。仕事が終わったあとは、管理職の防犯パトロールに出た。2年前から始められたパトロールで、おおよそ2ヶ月に1回程度当番が回ってくる。2人一組で公用車に青色の防犯灯を点けながら拡声器で防犯の注意喚起のテープを流し、不審者がいないか見ながら、1時間半程度決められたエリアを走る。最近上尾警察署管内の犯罪件数が減っているので、こうしたパトロールも効果の一因である、と市民安全課では胸を張っている。地域の防犯組織もだいぶ組織化され、小学生の登下校時にパトロールに出てくれる住民組織もでてきているようである。かつての安全で治安に心配のなかった時代は遠くなってしまったのだろうか。情報化社会で小さな町村の事件まで全国に一瞬のうちに伝わる時代になったことも多少は事件の多さを感じる一因かもしれないが、先日も東御市で殺人事件があったように身近で物騒な話をきくにつけ、やはり統計的にも凶悪犯罪が増えていることに間違いはないのだろう。パトロールが終わって帰宅後、明日の朝の清掃ボランティアが終わってから北御牧に行くつもりでいたが、天気予報では雨か雪が降りそうだったので、今夜中に北御牧に来てしまった。今日新テロ特別措置法が衆院で再可決された。法律上は参院で否決されても、衆院で再可決できることになっているが、このような法案のために用意されている規定ではないはずだ。いまだに数を頼みに無理やり反対の多い法案を通してしまう今の政府、自公連立政権を1日も早く倒さなければいけない。薬害肝炎救済法も成立した。裁判の原告団の人たちの安堵した表情を見ていると、なぜもっと早くこのような解決策を示せなかったのかと思わざるを得ない。
2008年1月10日(木)
車検
昨日から人事評価の面接をしている。今日で対象の6人のうち4人が終わった。前にも少し書いたが、どうにも気が進まない作業だ。こんな気持で評価される職員(管理職)にとっては迷惑な話なのだろうが、やはり最終的には点数で表されてしまう評価システムではその数字だけが一人歩きしてしまう危険性から免れることは、どんな言い訳をしてもできないだろう。できれば提出したくないが、来週明けには出さなければならない。午後5時の定時が過ぎて早々に帰宅した。外の陽気が暑く感じるような天気で、歩いて家に帰り着いたころには背中が汗ばんでいた。ホンダからオデッセイの車検の案内がきていたので、電話をして予約した。最初の車検なので、まる3年ほとんど北御牧との往き来に使ったことになる。走行距離は間もなく6万キロになる。大変な距離をほとんど自分ひとりで運転してきた。我ながらよく事故もなくここまでやってこられたものと思う。今夜は、少し寝不足だったせいで夕食後2時間近くうたた寝をしてしまった。
2008年1月9日(水)
環境マネジメントシステム
午前中環境政策推進会議幹事会が開催された。立場上この会議の幹事長ということで、開会のあいさつと会議の進行を行う。会議のテーマは、来年度から実施を考えている環境マネジメントシステムについて、担当課の環境政策課の検討状況の報告と、平成103月に策定した上尾市環境基本計画の計画期間が21年度で完了するので、その見直し方針について報告するものである。環境マネジメントシステムについては、平成99月に環境基本条例が制定されて以来の懸案事項である。条例制定当時としては、画期的、先進的に条例のなかに位置づけられた「環境監査の実施」が、のびのびになって実施されないまま今日に至っている。市が環境の保全及び創造に関して講じた施策について、事後的に自ら点検及び評価を行い、その結果を以後の市が実施する環境の保全及び創造に関する施策に反映させるという環境監査については、その後いろいろな自治体でISO14001の認証を取得する形で実施されてきたが、上尾市ではトップがこの問題に消極的だったのでその意向が反映されて、実施されてこなかった。長年環境監査のあり方を検討してきた、市議、学識経験者、関係団体の代表等で構成する環境審議会が業を煮やし、ようやく0612月にISO14001の認証取得またはそれに準拠した市独自の手法による環境マネジメントの構築をするよう建議を出したのを契機に、環境政策課として大手を振って導入の検討が許されるようになったものである。しかし、本来ならこうしたマネジメントシステムを構築するためのノウハウを持っているコンサルタント会社に委託して準備するべきなのだが、部長()は市長の顔色を伺っていて予算要求を認めず、結局職員が自前で検討を始めざるを得なかった。担当職員の涙ぐましい努力で、ここまで準備してきているが、今後市の全事務事業を、大気汚染、水質汚濁、騒音・振動発生、土壌・地下汚染、廃棄物の排出、地球温暖化ガスの排出、生態系破壊・健康被害といった環境側面からふるいに掛け、環境に著しい影響を与える事務事業を、継続的にPDCAサイクルでマネジメントしていく大変な作業を全庁的にやらなくてはならないので、トップが積極的な姿勢を見せないと簡単には動かない。今度の市長選で誰がトップになるにしても、この辺を理解してもらえる市長にならないと、担当職員はさらに苦労することになる。かつてこの基礎となった環境基本条例の制定や環境基本計画の策定を中心になって担った担当職員は、自治労連の上尾市職員労働組合の委員長をしていたことを理由にずっと長い間冷遇された後、定年退職していった。夜は環境経済部の新年会に参加した。会場は、今度の臨時議会で議長に決まった議員が経営する料理屋だ。駅から遠いので不便なのだが、年に数回は義理でも使わなければ、という配慮が働くらしい。何ともお粗末な話だ。二次会は、喫茶店で3人でコ−ヒーとケーキのセット。
2008年1月8日(火)
プロフェッショナル
昨年122日に行われた市議選で当選した議員30人による臨時議会が開催された。今まで5つの会派があったが、保守系の会派が一つ減り新政クラブ(保守系)12人、共産党議員団5人、公明党議員団5人、民主クラブ3人、無会派5人の構成となった。国政レベルでも同じであるが、多数を占める会派である新政クラブと公明党で議長、副議長をとり、4つの常任委員会の委員長は新政クラブ2、公明党1、共産党1となった。市の管理職にとっては、自分の関係する常任委員会の委員に誰がなるのかが一大関心事となる。私の属する文教、経済常任委員会は、議員定数減(2)もあって委員の数が8人から7人に減った。7人のうち再任は一人で残りの6人は、新議員3人を含め、まったく新しく委員になったひとたちである。新議員のうちひとりは、元職員で退職前の最後の職場が環境部門だったので、かつて部下だった職員ということになる。今度の市議選で当選した30人の議員のうち、新人議員が10人いる。そのうち、2人は元市職員なのでそれなりに人となりは想像がつくが、あとの8人は未知数なのでしばらくはどういう言動をするのか、いろいろと情報収集することになる。それにしても、これらの議長や委員長人事を決めるのに午前9時から午後8時まで、断続的に議会が開かれたり、暫時休憩となったりで、その都度議場を出入りする市長はじめ部長職たちは、出かけるわけにも行かず、何をするわけでもなく待つばかりとなる。2年に1度はこうしたことが繰返される。最終結果を待たずに私は定時過ぎには帰ることにした。暮れの年賀状の印刷をしたころからパソコンのプリンターが調子悪くなってしまったので、購入した電器屋に修理に出した。購入してから1年を過ぎていたので保証対象にはならず、手付金として2,000円を取られてしまった。こんなことは初めての経験だ。プリンターなど12万円程度出せばそれなりのものが買えるようになってきているので、修理代にいくらかかるのか不安だが、電気屋のほうもあまり修理代がかかるようだと修理をキャンセルするお客がいるらしく、2,000円の手付金は見積り手数料のようなニュアンスのことを言っていた。直さなくても2,000円は取られ、直せば修理代の一部に充当するということらしい。夜10時からNHKのプロフェッショナルという番組を見た。今度のミシュランで三ツ星をとった鮨店の82歳のオーナーが登場。フランス料理界の大御所をもうならせる職人技で、82歳になってもさらに味や腕を磨こうとするその姿勢が、まさにプロ中のプロということか。それに引き換え、30年余にわたって地方公務員をやってきた私には、プロといわれるほどの技術や専門分野も持てずに終わってしまった。福祉、環境、企画、総務の部門を渡り歩いてきたが、どれひとつとして十分に深めることもできなかった。いまさら反省しても手遅れだが・・・。
2008年1月7日(月)
通常勤務?
いよいよお正月気分を一新して、通常の勤務に就かなければいけない。今日は朝からいろんな業者が年賀のあいさつにきた。あっという間に年賀のタオルと名刺の山が出来た。中には新年しか顔を合わせたことのない業者もいる。私などのようなところにあいさつに来ても、競争入札の指名や見積りを依頼する権限も、またそういうことに口出しする気もないので、まったく無駄な時間と経費をかける事になるのだが、いちいちあいさつに来る業者に説明するわけにもいかず、軽く返礼するぐらいで済ませている。丁寧に礼を尽くす職員もいるが、そういうのは苦手だ。午後4時から商工会議所の賀詞交換会に出席した。朝から職場のほうにあいさつに来た業者も多数きていた。環境経済部に身を置く以上、最小限のお付き合いはしなければならないと参加したものの、14日の市の新春懇談会の二番煎じの商工会議所版という様相で、商工会議所会頭のあいさつも、来賓を代表しての市長のあいさつも、参加している顔ぶれも新春懇談会の時とあまり変わらないので、退屈をしてしまった。締めが入ったところで、帰りの混雑が始まる前に早々に退散した。家には夕食はいらない、と言ってあったので、帰りにスーパーに寄って軽く食事の出来るものを買って帰ってくいあらためた。こうした旧態依然としたコミュニケーションのとり方で、厳しい経済情勢の中で上尾の商工業の発展はあるのだろうか?
2008年1月6日(日)
長距離散歩
朝から快晴で、山々がそれぞれ自己主張でもするように、その全体の姿を頂上から山裾まで現していた。気温もうなぎのぼりに上がってきたので、昨日購入した高圧洗浄器を試してみた。いちばんその効果を試してみたかった外壁の汚れ落としは、期待はずれであまり効果はなかった。いくら暖かいとはいえ、北側の外壁にかかった水が、犬走りの上に落ちて凍り始めたので、もう一度春になったらやり直すことにして、玄関マットや車のタイヤの洗浄をした。こちらのほうは効果てき面で、溜飲を下げた。昼食後、正月休みのなまった体に活を入れるつもりで、妻と午後の散歩に出た。今まで歩いていないところを歩いてみようということで車の通りの多いところを避けて、田んぼ道や山道を選んで歩いた。途中でゴルフ場と大きな会社の裏山に当たるあたりに、落葉広葉樹林が続いていてなかなか雰囲気のいいところがあった。その樹林帯は、整備された遊歩道があって、木々に名札もついており、道がどこまで続くのかと歩いているうちに大きな会社の敷地の淵にたどり着いた。どうやら会社の外周を回って戻ってしまったようだ。途中で一人の老人と出会った。このあたりに自生しているシュンランを探して歩いているのだという。シュンランにも斑入りやトラの模様のもあって、それらの希少種を見つけるのを楽しみに歩いているとのこと、また最近までこのあたりにはカモシカがいて、そのシュンランの芽を食べてしまうので、随分とシュンランが減った話などを聞かせてくれた。山中をぐるぐると回っているうちにすっかり時間が過ぎ、家に戻ったころは日が沈んで寒くなり始めていた。結局午後1時過ぎから5時まで約4時間近くもほとんど休みなく歩きとおし、疲れきってしまった。戻ってまもなく、二人ともベッドで1時間以上寝込んでしまった。上尾への戻りは、意外と帰省帰りの渋滞はなく、かえっていつもよりもすいていたので、今までの最短時間の記録を作って戻ることができた。
2008年1月5日(土)
クレーム
昨日は飲んでしまったので、今朝北御牧にとんぼ返りした。途中佐久のカインズホームでジイ小屋用の乾湿両用タイプの掃除機と、汚れが目立ってきた外壁などの掃除のための高圧洗浄機を購入した。そのあと我が家の設計をしてくれた店長に会うため、ホクシンハウス佐久展示場に寄ったが不在だった。携帯電話で連絡が取れたので、来週義姉夫婦と一緒に打ち合わせをすることにした。家に着いてから高圧洗浄機を開梱したところ、部品が不足しており、何か一度開梱した痕跡があって返品物のような感じだったので、カインズに電話して新しいものを届けてもらった。初めは足りない部品を郵送で届けるようなことをいわれたので、カチンときて高圧的(?)に新しいものをすぐに届けるよう要求した。さすがにクレーム対応ができているようで、上司に相談後届けるとの返事があり、夕方には新しい高圧洗浄機を届けてくれた。お詫びにといってドリルドライバーのセットもおいていった。電話で応対し、新しいものを届けてくれた社員は、まだ若くて経験の浅そうな人だったので、何かかわいそうなことをしてしまったようで気の毒になってしまった。来る途中道がわからなくて2度も尋ねてやっとたどり着いたので、帰りは気をつけるよう声をかけて返した。
2008年1月4日(金)
仕事始め
新年の仕事始め。昔は御用始めといっていたが、最近はそんな仰々しい言い方はしなくなった。恒例の新年年頭あいさつ兼永年勤続職員表彰式典が行われ、30年表彰者50人を代表して、壇上で表彰状と記念品を受け取った。昭和52年度入庁組の中で最年長なので、代表になった。市長は、2月までの任期をもって勇退することになっており、自分の退任を意識した年頭あいさつをしていた。312年間を振り返り、都市間競争に勝てるような魅力ある上尾をつくることや、将来の上尾の発展のための「種まき」として上尾駅の改修や上尾駅東口再開発事業をしてきたので、後をよろしく、という主旨の話があった。私の場合は、民間を転々としたあとの就職だったので30年の表彰と退職がほとんど同時になった。市長とは立場も責任も違うが、やはり退職を前にして30年間の公務員生活の総括を自分なりにしなくてはいけないのかな、などと考えながら市長の話に耳を傾けていた。午後は、新春懇談会に出席した、というか出席させられた。市の主催というわけには行かないので、実行委員会形式をとっているが、実質的な市の主催であるため、各界の代表者約520名参加のもとで、接客にあたる。長く感じる2時間を過ごしてお開きになったあとは、西貝塚地区の新年会に参加。西貝塚で仕事をしているときはずっと参加してきたが、新年会への参加は10年ぶりとなる。こちらのほうが懐かしい地元の面々が揃っていて、楽しく飲めた。帰りは部長に車で家まで送ってもらったので9時前には家に着いた。日記をホームページにアップするつもりでいたが眠ってしまった。
2008年1月3日(木)
上尾に帰る
今朝も寝室から日の出を見る。710分日の出。年末の天気予報では、大晦日から3日ごろまで雪の予報だったが、結局積もるような雪は降らずに済んだ。浅間山や蓼科山、美ヶ原など雲がとれて雪で白くなった雄姿を見せていたので、その景色に誘われて散歩に出ることにした。立科町の津金寺まで約1時間、権現の湯の近くの児童公園で、コンビニで買った昼食を食べてから家に戻った、トータル約3時間の散歩。久し振りの長距離散歩となった。この時期に散歩するには余程条件が揃わないと、出る気にならない。天気が良くて風がなくて、景色がいいという条件。散歩をしながら箱根駅伝を聞いていた。早大が昨日の往路優勝に続き、8区まで健闘したが9区に駒大に抜かれて、惜しくも2位に終わった。昔よく学生集会に行った以外、早大とは特に何の関係もないが、瀬古選手時代から密かに早大を応援するようになった。そういえば、早大文学部の正門近くにある早稲田教会で結婚式を挙げたので、それでなんとなく親近感があって応援するようになったのかもしれない。明日は仕事始めなので、上尾に戻った。関越自動車道が帰省からの戻りの混雑で渋滞が出ているというので、837分に北御牧を出発、1120分に自宅到着。20分ほどいつもよりかかった程度で済んだ。
2008年1月2日(水)
何ともいえない一日
今朝の気温はマイナス9度になった。次女はアーちゃんに約束していたビーズのブローチを作るために徹夜をしたようだ。リビングの窓ガラスが、普段は窓枠の1センチ程度なのに今朝は下半分が結露して塗れていた。朝7時から箱根駅伝の放送が始まるので、少し寝不足だったが起きて、テレビをみた。スタートがいつかいつかと待って、待たされて結局8時号砲。知っていれば8時まで起きなかったのにと悔やんだが、手遅れ。最近良くスポーツ番組、特にボクシングなど本番まで長く引っ張る番組が多くなったようだ。それに騒々しいバラエティ番組が多い。そろそろテレビ離れした生活をしたほうがよさそうだ。目標達成のためにやることが増えてしまったので。午後ムー君たちは軽井沢に向かって帰っていった。にぎやかな一団が帰ったあとはエアポケットに入ったようになり、テレビ離れを、といいながら、箱根駅伝に続き、夜中の12時近くまで続いた新春ワイド時代劇徳川風雲録八代将軍吉宗を見続けてしまった。でも午後4時ごろからジイ小屋で、妻から頼まれていたベッドのサイドテーブルを作った。初めはカットだけするつもりでいたが、思いのほかカットが早く終わったので組み立てまで終了させた。塗装などの仕上げが残っているが、妻は早速使いたいというので、ベッド脇に据え付けた。これで目標の一つが一歩前進。
2008年1月1日(火)
今年の目標

7時過ぎ寝室から日の出を見ることができた。天気予報では雪の予報だったが、大晦日の夜から時折雪もちらつく程度で積もるような降りではなく、好天気の朝を迎えた。外気温はマイナス6度まで下がっていた。1年の計は元旦にありというが、ご来光を仰いで目が覚めてしまったので、朝からニューイヤー駅伝などを見ながらボケーっと過ごしてしまった。午後からはムー君中心の元旦。1日外に出ず家の中で過ごす。夕方チーズやウィンナの燻製をして、夕食のおかず兼酒の肴にする。夜になって、今年1年間の目標を考えた。以下思いつくままに書きつけていく。

1
 地球温暖化防止のため身近なところからエコライフに努める
2     いろいろな場面で、生かされていることを神様に感謝する
3     家族、友人、知人に支えられていることに対して、11回以上感謝の気持を持つ
4     憲法9条条を守り、世界平和に貢献するために自分は何ができるのかを考え、行動する
5     新天地で、地域のコミュニティに積極的に参加する
6     ジイの日記を継続する
7       1年間に50(雑誌を除く)読書し、書評を書く
8    木工作品を10点以上、水彩画を始め、10点以上製作する
9    シーズン中に渓流釣りに10回以上行く
10 20品目の野菜をつくる

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思いつくままに(ジイの記録)