2008年5月31日(土)
山ちゃんたちが来訪
昨日は夜9時半には就寝し、今朝は6時に目が覚めた。久し振りに長時間睡眠をした。足の痛みは、湿布をしているが、履物などを履いて足の小指に当ると痛みが少し走る程度で、裸足で室内を歩いている分にはほとんど何も感じない状態になった。
朝から雨が降り続けた。時折止むときもあったが一日中降っていた、といっていいだろう。庭に出ることがほとんどできなかったので、懸案となっていたロイヤルコペンハーゲンのイヤープレイトを寝室側の吹き抜けの壁に掛けて飾る作業をした。我が家には
6枚のイヤープレイトがある。ジイとバアの誕生年、結婚年、長女の誕生年、次女の誕生年、孫のアーちゃんの誕生年、孫のムー君の誕生年の6枚。これ以上増えることがあるか未知数だが、とりあえず壁に飾ることができた。
お昼前に山ちゃん夫婦が来訪、家の工事の進捗状況を見るのと、明日の北横岳の開山式に参加するのが目的だ。我々も一緒に行くつもりだったが、ジイが足の怪我をしたため、山歩きは山ちゃん家だけになりそうだ。基礎工事は雨のため残念ながら今日は中止で進展がなかった。
午後
4時に頼んであった家具のチェストが運ばれてきた。カタログで注文したので少し心配したが、無垢のチェストは重たくてどっしりした感じで色合いもリビングに合っていたので良かった。
2008年5月30日(金)
足、痛っ!
昨晩Oさんから「明日チェーンソーをもって行こうと思うけど都合は?」との電話があった。今日は10時にホンダに軽自動車の1ヶ月点検を予約してあったので、一旦は断ったが思い直し、来てもらうことにした。11時前に到着した。来る前に少しでもノコギリで切っておこうと細い枝を切っておいたが、さすがにチェーンソーは早い。約1時間ちょっとで太い幹も薪サイズに切り終わった。斜めに切り落としてあったケヤキの幹も、座ってもお尻が痛くならないよう平らにしてもらった。さらに基礎工事のときにショベルカーで根っこごと引き抜いた木の、幹の部分だけ切り落として、それも薪サイズにしてしまった。薪にした木は、Oさんの車には全部は積み切れなかったので、今度ジイが七二会に行くときに積んでいくことにした。薪になった幹を片付けているときに誤って右足の小指の上に1本落としてしまった。あとで足の小指を見たら赤く腫れて内出血していた。骨折はしていないようだ。あさって山ちゃん夫婦と北横岳の山開きに行く予定にしているが、今の状態では登山靴がはけそうもない。あさっての朝までに何とか腫れが引いて欲しい。
基礎屋さんは案の定、朝
720分ごろジイが可燃ごみをステーションに出しに池の脇を通っていると、もう仕事にやってきた。それから午後7時までみっちりやって、基礎の掘削と土の搬出は完了し、2杯目となる割栗石の搬入も終わらせた。全ての作業を一人でやりとおした。朝一番に鉄板を敷いていたので、一昨日の鉄板もスーさんが手配したのではなく、基礎屋さんが自分でやったに違いない。見ていると、鉄板にワイヤを掛けて吊り上げ、地面に敷き並べるのも、ショベルカーを巧みに操り一人でやってしまった。感心する以上に感動ものだった。
午後はツルヤ経由でホンダへ行き、点検の間、営業の
Sさんが四方山話に付き合ってくれた。点検後、佐久のジャスコで買い物、今日は30日なので全品5%引きなので貯蔵のきくものなどを中心に買いだめをした。帰りはジイの足が痛くなってきたので、バアの運転で帰宅した。夜は足が痛いので早く寝ることにした。
2008年5月29日(木)
断熱材
7時半ごろ資源ごみを公民館に出して戻ってくると池のところに大型のトラックがいた。道に迷っているのかと思ったら、山ちゃん家の基礎工事に使う断熱材を届けに来たらしい。何度か狭い道を入ってこようと試みていたが、諦めて我が家の入り口の三角地の前にトラックを止めて、雨の中を台車に乗せて運んだ。くわえタバコで作業し、雨ざらしのまま野積みで置いていってしまったので、しょうもない奴だと思っていると、9時前に基礎屋さんがやってきて、断熱材をきちんと積み直し、ブルーシートをかけて帰っていった。雨が降っていたので、さすがに基礎工事のほうはしていかなかったが、仕事に使う材料をきちんと雨仕舞いしていく仕事への姿勢に感心した。断熱材を運搬してきた若いアンチャン二人とは大違いだ。
午前中は昨日上尾から持ってきたふーさんの小型物置の組み立てをした。気温が上がらず
10度前後で外は寒く、長袖を2枚重ね着して作業した。
お昼ごろには雨があがったので、午後は明神館まで散歩した。明神池のほとりに立つ梅野記念美術館のロビーでコーヒーと紅茶を飲んだ。ロビーからの明神池やその背景の浅間連峰の景色はなかなか見応えがあった。自然を満喫したいというゲストのための散策コースとして、この美術館でのお茶も入れた約
2時間コースを、一つメニューに加えることができそうだ。
2008年5月28日(水)
上尾行き
上尾に行くため午前730分に家を出た。ちょうど通勤時間帯だったので佐久市内を通過するのに時間がかかってしまい、下仁田インターに入れたのが93分前で、ETCの通勤割引の時間帯ぎりぎりになってしまった。1010分に上尾の旧宅に到着。バアも一緒だったので隣の山ちゃん家に顔を出し、バアを残してジイだけで銀行の手続きと市役所の用事を済ませた。市役所では、元の同僚に山ちゃん家の建物の構造計算のチェックを頼み、職員課に転居届けをした。上尾の旧宅の火災保険の継続の手続きも済ますことができた。釣り仲間のOさんを初め何人か声を掛けたり、掛けられたりした。
昼休み時間になったので早々に市役所を辞し、山ちゃん家に戻った。昼食を近くのうどん屋でご馳走になり、旧宅に戻って先月末最後の引越しで積み残した荷物を積んで、帰路に着いた。今まで
6年近く北御牧に向かうときは「出かける」、という感覚だったのが、今日は逆に初めて「帰る」、という感覚を味わった。途中睡魔に襲われ、寄居のパーキングで休んだりしたうえに、やはり佐久市内に入ってから帰宅ラッシュにぶつかって、家に帰り着いたのは午後610分だった。
帰り着いたときはちょうど基礎屋さんが帰るところだった。おそらく今日も一人でやっていたのだろうが、かなり作業が進んでいた。掘削は残り
4分の1ぐらいか、既に基礎の下に敷き詰める割栗石が入れられていた。おととい物置の移動の際、トラックがタイヤを滑らせて苦労したため、車の通る所に鉄板が敷かれていた。これから重量のあるミキサー車などが入ってきて、ぬかるみにはまったら大変なので、スーさんが手配したのだろう。今夜から明日にかけて雨になるので明日は作業は休みか?でも真面目な基礎屋さんのことだから仕事に来るかもしれない
2008年5月27日(火)
定休日
朝から爽やかな風が吹き、雲ひとつなく晴れ渡って絶好の散歩日和だった。浅間山連峰も蓼科山やその奥の八ヶ岳もすっきりと見通せた。最近はいわゆる春霞で山並みが見えない日が続いていたので、久し振りの遠景とすがすがしい空気で1時間15分の散歩を満喫した。
家に戻ると昨日からの基礎工事がいよいよ掘削の工事に入っていた。昨日と同様一人で何もかもやっている。午前中ショベルカーで深いところで
1.5メートルほど掘り下げていた。お昼前に上田に買い物に出かけ、午後2時半ごろ戻ったころは、2トンダンプに掘削した土砂を積み込み、往復30分ぐらいかけて残土置き場に運ぶ作業を繰り返していた。一人で何もかもで大変だと思うが、黙々と休みもなく働いていた。午後6時半に切り上げて帰るまで、掘削の半分近い作業を終わらせていた。きっと他人に気を使いながら一緒にやるよりも、一人で何役でもこなすほうが性に合っているタイプなのだろう。一見20代中ごろに見える風貌なのだが、ムダ口をたたかない真面目一方の職人さんのようだ。
上田への買い物は、明日久し振りに上尾に行くついでに、山ちゃん家の構造計算のチェックを頼みに友人のところへ行く手土産を買おうと「ヴァール・マタン」に行った。しかし、行く前の定休日ではないかといういやな予感が的中し、休みで目的を達成できなかった。今まで買い物といえば土日が多く、平日の定休日を意識したことがなかった。最近は込み合う土日を避けて平日に買い物に行こうと思っているが、定休日の落とし穴にはまらないようチェックが必要なようだ。
明日は先月末以来久し振りの上尾行きで銀行の手続きや市役所に行って転居届けをしたあと、上尾の家に残してある荷物を積んでくる予定だ。
2008年5月26日(月)
基礎の帳張りと物置の移動
今朝から基礎屋さんがやってきて一人で黙々と帳張りの作業をしていた。地縄の建物のラインより1メートルほど下がって帳張りを打つというので、ちょうどハーブ類を植えてある花壇が一部当ってしまうということで、別の花壇を拡幅しそこへハーブを移植した。
基礎屋さんはそのあと来たスーさんの話では、我が家とジイ小屋の基礎もやってくれた人だった。面識がなかったが、基礎工事のほうはジイとバアの家の基礎を見て、同僚の
1級建築士は「丁寧でしっかりした仕事」をしていると褒めた経緯がある。山ちゃん家もこの職人さんの仕事なら安心できるだろう。
今日スーさんが山ちゃん家の詳細図面の写しと構造計算書を持ってきてくれたので、さっそくその元同僚に電話して近いうちに構造をチェックしてもらうことにした。ホクシンハウスの設計なので間違いはないと思うが、四川大地震もあったばかりだし、念のためお願いした。
午後からその基礎屋さんがクレーンの付いたトラックに乗り換えて出直してきた。物置をクレーンで吊って荷台に載せ、物置のあった所と反対側の駐車場のところまでトラックで運び、駐車場から移設場所まで単管パイプに乗せ転がして運ぶということだった。当初は
6人ぐらいが手で持ち上げて運ぶような話だったので驚いた。トラックの荷台に載せるまではうまくいったが、トラックを出そうとしたら昨日の雨で下が柔らかくなっていたためタイヤがスリップして出せなくなってしまった。タイヤの下に石や板を入れたり麻袋を咬ませたりして、何とか脱出して運び込んだ。ジイも入れて3人がかり、と言ってもジイは見ているほうが多かったが、暑い午後の大仕事になってしまった。物置一つ動かすということがどんなに大変なことなのか、やってみて初めてわかった。スーさんや基礎屋さんには本務以外の仕事をさせてしまって申し訳なかった。
2008年5月25日(日)
図鑑
朝は雨が降っていたので8時まで寝てしまった。予報では午後まで雨が残るはずだったが午前中に晴れ間が時折見えるようになった。外仕事で身体を動かさず、新聞や本を読んだりするだけでもおなかは空く。いつもどおり昼食を食べたあと、散歩に出た。番屋川の小さな支流がいつもはちょろちょろ流れているのに、雨上がりで濁った水がごんごんと流れていた。ニセアカシアの白い花が咲いていた。この花をみるとてんぷらにして食べたことを思い出す。地元のテレビでアカシアの花をてんぷらにして食べる、と言うニュースを見て早速試してみたが、咲いているときは甘い香りが漂ってくるのに、食べてみると無味無臭で何の変哲もない味だったせいか、それ以来二人とももう一度食べてみたいとは言い出さない。
昨日の散歩に続き今日はクロアゲハかオナガアゲハかどちらか判別がつかない蝶を撮影した。蝶の図鑑は一つしか持っていないので、判別が難しい。その図鑑も羽を広げている写真が少なく、模様の特徴などが細かく記述されていない。毎日こちらで暮らすようになると、蝶や野鳥、草木の図鑑が必要だ。それこそ図鑑を片手に散歩をするようになる。
2008年5月24日(土)
散歩
今朝の散歩の途中、今年初めてとなるオオルリシジミを2匹発見した。散歩から帰って池の周りを探したが、こちらはまだ飛んでいなかった。田植えも先週半分近く終わったが残りはこの週末で終わるのか、散歩の途中あちこちで田植え風景が見られた。すぐ上の隣の家の人たちも近所の田んぼで田植えをしていた。みんなが忙しく働いているのに、われわれは呑気に散歩しているので、バアは田植えをしているそばを歩くのは遠慮したほうがいいのではと言ったが、そばを通ろうが遠くを通ろうが、もうとっくに我々が散歩している姿は他人の口の端に乗っていることだろうから、気にしても仕方がないよ、とジイは働いているそばをずんずんと行ってしまうのでバアも仕方なく付いてくる。
今日も
1箇所道路が途中でなくなってしまったところがあった。近くのリンゴ畑へ出て、そこから道へ出た。まだしばらく道なりがわかるまで、こんなことが時々起きるのだろう。でもちょうど小一時間の朝の散歩は気持ちがいい。これから暑くなるのでもう少し出発時間を早めなければいけないかもしれない。もう帰るころにはTシャツ1枚でも汗をかく。
午前中入り口の芝生の草取りと刈り込みをした。一見青々して見えるが、芝よりも他の雑草で青くなっている。何とか今年は芝生の上に寝転べるぐらいに手入れをしたいと思っているのだが、先が思いやられる。芝の手入れの際中に軽トラが1台迷い込んできた。オオルリシジミの写真を撮りに来たらしい。今朝の散歩で今年初めて見た事を告げ、池の周りは見ていないと言ったが、池の下に車をとめてしばらく探したようだが、やはり見つからなかったと言って帰っていった。松本ナンバーだったが最近名古屋や足立などの見慣れない車が近くを走っている。蝶のマニアが来ているのかも知れない。
午後からは、予報どおり雨が降ってきて外仕事ができないので、昼寝つきでテレビを見たり、日記を書いたりした。
2008年5月23日(金)
浄化槽工事終了
しばらく休んでいた朝の散歩を再開した。まだ近所でも足を伸ばしていない道もある。今日も途中で舗装が終わっている道があり、登り道だったのでジイが斥候役で歩いていくと、ちゃんと別の道路へつながっていた。先日は同じような道を先に進んでいったら、リンゴ畑へ入り込んでしまい、ちょうど5,6人がリンゴの手入れをしていて不審がられてしまった。今日は今年初めての蛇とも出会った。
散歩から戻るとインテックさんの工事が始まっていた。昨日少し問題を感じた浸透管の埋設については、当初の予定より浅めにした上で、浄化槽がオーバーフローした際の逃げ道をつくったとのこと。管を埋めた後の埋め戻しは最初の高さより高く埋め戻してもらった。
午後
1時過ぎに設備屋さんとスーさんが来た。山ちゃん家の水道や雨水管、浸透枡などの工事を担当する設備屋さんだ。先日スーさんに頼んでおいた、我が家のほうの溜池からの水の排水について見に来てくれた。いろいろ方法はあるようだが、いずれにしても今のように下の畑へ管から水を落とすようにはしたくない、という話をしたところ、途中で深さ1.5メートル、幅も1.5メートル角ぐらいの穴を掘って砕石、網をいれさらにそこから先は有孔管で周りに拡散浸透させる方法を提案された。どのくらいの費用がかかるか、見積りを出してもらうことにした。
去年の
3月に、素掘りの排水路から流れ落ちていた水を、自前で塩ビ管に切り替えて地中に埋めて下の畑へ落とすようにしたことのつけが今頃回ってきた感じだ。去年塩ビ管を埋めた後はマリーゴールドの花畑になったので、ジイとしては内心ほくそえんでいたのだが・・・。下の家のおばあさんは、おとといわざわざ車をとめて、「気にしないでくれ」とジイとバアに言いながら、昨日はスーさんに電話をかけてきて、何とかして欲しいと言ったそうだ。何か口と腹の違いを見せ付けられたようで、おぞましい感じがした。
3
日間続いた合併浄化槽と浸透トレンチの工事が終わった。気さくな人たちだったので、こちらもそれほど気を使わずに済んだ。来週から山ちゃん家の基礎工事が始まる。そのときに物置の移設をみんなでやることになっているので、いつでも動かせるよう物置の中の片付けをした。5年間貯め込んでいろいろ使わないものも増えてきていたので、ちょうど整理するいい機会となった。
2008年5月22日(木)
アーちゃん7歳の誕生日
浄化槽の設置工事をしているインテックの人たちが午前8時に来て工事を始めていた。こちらはまだ朝食中だった。10時前に松本に行くために家を出た。ナビの案内を何ヶ所か無視して?走ったが、順調に1時間10分で目的地に着いた。予定より大分早く着いたので、近くで先に食事をしようと車を走らせていたら「サンマルク」の看板が目に入ったので、そこで昼食にすることにした。コースメニューを食べている時間がないので単品の料理を頼んだ。大宮や上尾の「サンマルク」より店内も広かった。焼きたての一つが小さめのパンを何種類か持ってきてくれるやり方は同じだ。ジイは6個もパンを食べた。今度はゆっくり時間をとって食べにこよう。それにしても松本までチェーン展開をしているなんて知らなかった。
用事が済んだあと、県内に
3箇所しかないコープ長野の店舗の一つが松本にあるというので、そこを訪ねて行った。上尾の今泉の生協と変わらない店舗面積か、品揃えもまあまあだった。これから用事で松本まで来るときは、ここまで足を伸ばそうかとバアが言っている。
松本からの帰りは浅間温泉から美鈴湖を経由して、武石峠を通る山道を通った。この道は以前に義姉夫婦から、旧武石村から美ヶ原の王ガ頭へ抜ける、走っていて気持ちのいい道として教えてもらった道だ。途中レンゲツツジや高い所では桜も咲いていた。
午後
5時半に帰宅したがインテックの工事はまだ続いていた。浄化槽は完全に埋め戻され、コンクリートで四角く枠が作られていて仕上げのコテをしているところだった。昨日掘った穴に貯まった水があまり浸透していない。こういう状態だとこのまま予定通り浸透管を埋めても浸透していくか素人目にも少し心配だ。今度スーさんが来たら相談してみよう。
今日は孫のアーちゃんの
7歳の誕生日だ。このホームページの名前もアーちゃんの誕生に由来している。彼女の誕生で名実ともにジイとバアになったときから、どう老後を生きるか考え始めたことが今の北御牧での生活につながっている。彼女の成長とともに、われわれも新しい生活の拠点で、本当に充実した老後の日々を送れているかが問われるような気がする。
2008年5月21日(水)
太陽光発電補助金交付決定
朝から雲ひとつない好天になった。9時前に掃除をしていると仮設トイレの業者が来て、設置場所の確認を求められた。先日ホクシンさんと打ち合わせていた場所に設置していった。まだ新しいトイレで臭いもしない。
9時ごろスーさんが来た。今日は会社の定休日なのにどうしてか尋ねると、昨日1日本社の会議などでこちらに来られなかったので、今日の浄化槽の設置工事の確認をしに来たとのこと。週1日しかない貴重な休日にもかかわらずご苦労様なことだ。長いこと土日の週休2日制を満喫してきたものから見れば頭の下がる思いだ。浄化槽の工事会社が来るまでの間、先日のあいさつ回りのときに一人暮らしのおばあさんから言われたため池から滲みでた水の処理方法について、浸透管や浸透枡の設置など方法論の検討と費用について調べてもらうことをお願いした。そのおばあさんも庭で草取りをしている時に車で通りかかり、わざわざ車をとめて排水のことをあまり気にしないように言ってくれたが、それだけおばあさんも気にしている証左でもあるので何とかしようと思っている。
浄化槽工事は
10時過ぎに始まって、午後4時までに浄化槽の設置まで完了した。それにしてもショベルカーの威力はすごい。1時間もすると深さ2メートルの穴を掘り、浄化槽を載せるベースの設置や浄化槽の設置をお昼までには終わらせてしまった。人力でやっていたら数人でやっても何日もかかってしまう作業を、二人でわずか2時間余りで終わらせてしまった。中国の地震でもこのような機械力がフルに使えたならもっと救出できた被害者がいたことだろう。
浄化槽工事を横目に見ながら庭仕事をした。浄化槽の埋め込む場所に隣接したところにジャガイモを植えているがかろうじて工事で潰されることはなかった。今回のジャガイモは種芋を
4分の1から6分の1に切って植えたので発芽率がどうか少し心配していたが、9割近く発芽して元気に育っているようなので胸をなでおろしている。今年も芝桜がきれいな花を咲かしていたので、少し増やそうと思い道路沿いなどに移植した。うまくついてくれれば友人の七会の古民家の庭にも分けてあげられる。
今日東御市からの郵便物が届いた。開けてみると太陽光発電の補助金の交付決定通知書だった。先週
16()の午後申請を出して20日付で通知が出ている。申請を出したとき現地を確認するといっていたから、最短でも月曜日に家を見に来て、その日に起案し、決裁を受けないと通知が出せない。記号が209となっていたから今年度9件目なのか?それにしても事務処理の早さには感心した。
2008年5月20日(火)
山ちゃん家レポート
今日の天気はめまぐるしかった。昨夜から降りだした雨が屋根を強く打ち付ける音で目が覚めた。予報では午後3時過ぎまで雨だったのでのんびりと過ごすことにした。朝食後2階でテレビを見ながらウトウトしていると日差しが部屋に入り込んできて目が覚めた。10時過ぎには青空が広がったので庭に出て草取りをしたり、ジャガイモの芽に取り付いているテトウムシモドキを退治したりした。ショベルカーが溜池の向こうから自走してきた。午後から合併浄化槽の設置工事を始めるとのことだった。その後別の車が来て工事用の仮設電気のポールを建てに二人がやってきた。見たような顔の人たちだと思ったら去年ジイ小屋の電気工事をやってくれた人たちだった。今日はポールを建てるだけで帰っていった。後日近くの電柱からの引き込み線の工事をするとのこと。
昼ごろ急に雲が広がってまた雨が降りだした。この雨も午後
2時ごろにはすっかりあがったので再び庭にでた。基礎工事でつぶされないよう水仙を移植していると浄化槽を積んだ車がやってきた。処理水を地下浸透させる高度処理対応型の5人槽の合併浄化槽だ。ここの土地は排水する水路がないのでどうしても地下浸透する必要がある。しかしこの工事で合併浄化槽の補助金のほかに別に補助制度がある。この工事会社から聞いた話だと、ジイとバアの家を作ったころはこの補助制度はなかったらしい。当時この制度を見落として補助金を申請しはぐってしまったのかと思っていたので、少し納得した。明日は天気がよさそうなので浄化槽や浸透トレンチの埋め込み工事をするそうだ。
いよいよ義姉夫婦の家づくりが具体的に動き始めたので、約束どおり今日ホームページに「山ちゃん家レポート」をアップした。
2008年5月19日(月)
浄化槽工事
今日の信濃毎日新聞の一面の見出しは、四川大地震で「450万人が家を失う」と出ている。長野県の人口が2174千人だから、その2倍以上の人が今避難所や屋外に放り出されているのだ。死者も5万人を越えるといわれている。マグニチュードも7.8から8.0に訂正された。阪神淡路大震災の30倍以上のエネルギーというから想像を絶する。
オリンピックよりも被災者の救援と復興のほうが大事だと思うが、中国にとって今はオリンピックが最優先なのだろう。チベット問題といい四川大地震といい手放しでオリンピックを楽しむことは出来ない。
今日は朝
9時にホクシンのスーさんが見えた。今日浄化槽設置をする業者と現地で打ち合わせということだった。工事に際して一番心配だったジャガイモの植えてある畑は、ぎりぎりセーフのようだ。浸透トレンチの工事でフキが植わっているところは当ってしまう。工事は明日の午後から3,4日程度ということだった。合併浄化槽と浸透トレンチの補助金の申請については、業者のほうで東御市に出してもらえる事も確認した。
スーさんと業者の打ち合わせが終わったあと、天気予報では午後から雨になりそうだったので、早速工事で当ってしまうフキの移植や工事に邪魔になるブルーベリー、ブラックベリー、ヤブカンゾウなどの移植も一緒にやった。だんだん植える場所が少なくなってきているので、移植場所を探すのも一苦労になってきた。
午後からも雨が降ってこず、道路わきに植わっている桜の枝が道路側に伸びてきてしまったので、道路側の
2本の枝を切り落とした。ついでにスギの枝打ちも垣根の剪定などもやってしまった。結局夜まで雨は降ってこず、今日も一日外仕事に精を出してしまった。おかげで大分庭がきれいになったような気がする。
2008年5月18日(日)
ホクシン打ち合わせとあいさつ回り
午前10時の約束だったが、午後群馬へ行く用事が入ってしまったとかで少し早めにホクシンのOさんと今度の義姉夫婦の家づくりを担当する現場代理人となるSさん(これからはスーさんとしようか)がみえた。初めに先日用意してあった地縄の位置の変更の確認と、さらに最終的な基礎の高さの確認などをした。建物の南側のほうは、予想していたとはいえ、実際に打ってあった杭の高さに印をつけて確認すると、かなり今の地盤面から高くなる。そこからデッキを張り出すと、清水寺の舞台のようだ。工事は最初に合併浄化槽と浸透トレンチの埋め込み工事が行われることになった。520日に予定しているとのこと。いよいよこのホームページに「山ちゃんの家づくりレポート」のページをつくらなければ。
屋外の確認が終わったあとは家の中で打ち合わせ。いろいろあったこの間の疑問や悩みもある程度解消したようだ。群馬に行く
Oさんを見送ったあと、スーさんと義姉夫婦、ジイとバアで近所にあいさつ回りに行った。
最初に行った南側の一人暮らしのおばあさんには、以前にジイが溜池から滲みだす水をパイプで下の畑へ落とす工事をしたことを言われてしまった。今まで何度も言葉を交わしてきたのに、言いたくても言えなかったのだろうか?今日初めてそんな話になった。どうやらその工事以来家の裏に水溜りが出来るようになったとのこと。みんなで現地を確認すると水溜りが出来るようになった原因は、その工事ではなく、その前にやった道路の舗装工事に伴う畑との境界に設置した擁壁の工事が原因だと思われるのだが・・・。いずれにしてもそのおばあさんが納得いくような方法でパイプの水の落とし方を考えてみることにした。
そのおばあさんのあと他に
5軒ほどあいさつ回りをした。隣の畑のことでお世話になった今年の組長さんの家では、野菜作りの手ほどきまで受けてしまった。隣の畑も少しぐらい使ったって大丈夫だよ、何か言ってきたら私のところまで言ってくれ、とまで言っていただいた。あいさつ回りも30分以上かかってしまった。
スーさんも午後から佐久の現場見学会に行かなければならない、とお昼で帰った。義姉夫婦も午後
5時前に帰った。義姉夫婦が来ている間、すっかりこちらの生活に溶け込んでいる姿などいいところを見せようと、何故か異様に張り切っていたポチも疲れてしまったのか、夕方からすっかりお休みモードに入った。
2008年5月17日(土)
悩んだり、迷ったり
朝から近所の田んぼは田植えの準備で忙しそうに人が動いていた。散歩の途中家の庭に咲く草花を見るのが楽しみだが、今日はブロッコリーの畑の一角にオダマキを発見。園芸種だと思うが赤っぽい色の花柄がめずらしい。見るとオダマキの外に百合もたくさん植えられていた。
明日のホクシンハウスとの地縄の確認や打ち合わせのために、今夜から泊りがけで義姉夫婦が来るというので、朝の散歩が終わったあとは家の掃除をした。お風呂のふたも少し汚れてきたので、カビキラーを使って掃除した。ついでに浴室もカビとりやバスタブの水垢落としなど年末の大掃除並みの頑張りで磨き上げた。バアは、ジイが大掃除に汗を流している間に、ツルヤまで軽で買い物に出かけた。
午後頼んであったデッキのテラスの見積りを持ってコメリがきた。昨日コメリに行っている時間に留守電が入っていて、今朝散歩している間にもまた留守電が入っていたので、こちらから電話し午後来ることになった。見積り額は、こちらの胸算用よりもかなり安く出てきた。カタログなどに載っている定価の半値以下だった。他にも
2,3社見積りを取るつもりでいたが、面倒なので決めてしまおうかな、と思ったほどだ。一応6月に予定している太陽光発電の設置工事の足場工事のこともあるし、テラスを壁に打ちつける工事もあるので気密性能上問題がないか、ホクシンさんに確認したかったので、契約は保留にした。
午後
6時半ごろに義姉夫婦が到着。夜遅くまで家づくり談義、あれもこれもといろいろ悩んだり、迷ったりしているようだが、それこそ家づくりの楽しさでもあり、醍醐味でもある。大いに悩むといい。ありがたいことに我が家の家づくりも大分参考にしてくれているようだ。
2008年5月16日(金)
東御市役所
今朝の散歩は郵便物を出すため、ポストのある立科町の蟹原公民館の近くからりんご園のある一帯を歩いた。今日は先日の月曜日の散歩初日と違って田んぼの準備をしている人、草刈をしている人、リンゴの木の手入れをしている人などいろんな人とすれ違った。周辺の田んぼでは今日から田植えが始まった。今度の土日は田植えの最盛期になりそうだ。水が張られた田んぼの近くを通ると蛙の鳴き声が賑やかだった。
散歩から帰って昨日切ったアンズや洋ナシの枝を全部燃やしたので、建設予定場所がすっきりした。あとは太い幹だけが残っているが、それはホクシンハウスの人に基礎工事に入った時に切ってもらう。果樹の整理が済んだので、物置の引越しの準備をした。新しく置く場所に軽量ブロックを並べた。物置の大きさに合わせて
9個のブロックを水平に並べるのは思った以上に難しかった。物置を移す前にブロックのレベルが変わってしまうのではないか心配だ。
午後は東御市役所へ印鑑登録と太陽光発電の補助金申請に行った。太陽光発電の補助金申請の窓口は企画課の企画調整係だった。企画課には他に財政係と情報統計係があった。ついつい昔自分が関わったような係名が並んでいるフロアなので懐かしいような、不思議な親近感が湧いてしまった。補助金の申請は前夜プリンタのトラブルが解消したので、申請書を市のホームページからダウンロードして作って持っていったので、簡単に受理してもらった。添付資料も足りないものはなかった。あとで現地を確認して交付決定をしてくれるとのことだった。申請どおり補助金が交付されれば
129,000円にもなる。上尾市にはない補助金なので、東御市の担当者には「東御市は補助制度があってすばらしいですね」と言ったら、晴天率の高い東御市にとって太陽光を活用することは市の環境政策の一環であると、嬉しそうに説明してくれた。市役所に隣接している市立図書館も見学し、貸出カードも作ってもらった。蔵書の数は上尾と比べ物にならないほど少ないが、上田市やその周辺の市町村ともネットワーク化されているのでリクエストすれば読みたい本は借りられそうだ。しかし、車で20分かかるのが難点だ。
市役所の近くのコメリに寄った。今まで知らなかったが別棟で資材館があり、電動工具などカインズなど比較にならないほど品数が揃っていた。今度時間を掛けて見ることにして、今回は一回りしただけで帰った。
2008年5月15日(木)
佐久総合病院
朝、上八重原公民館に2度目のプラスティックごみを出しに行った。昨日朝のうちの雨で行くのを諦めた佐久総合病院にジイが運転して行った。約30分、カーナビの距離は26キロだった。病院の建物の外観はお世辞にもきれいとは言えないが、病院内は意外と清潔感があった。診療科目は総合病院として一通り揃っているようだ。内科だけでも診察室が8部屋あって午前中は全室で医師が診察していた。バアの診察は、初診で待たされるかと思ったが体温と血圧を測って待っていると間もなく呼ばれて中の待合室に入り、30分しないうちに出てきた。これから1ヶ月から2ヶ月に1回は通うことになりそうだ。今度の土日曜の病院祭のポスターが貼られていた。地域と一体となった医療活動を行っている病院らしいイベントだ。調剤薬局は院外に3軒あるということだったが、最初に目に付いた一番近くの薬局で済ませた。
佐久方面に出たついでに、ヤマダ電気によってプリンタの不具合の原因と思われるインクカートリッジを買ったり、カインズに寄って物置の土台用の軽量ブロックを買ったり、ジャスコに寄って食料品を買い、お昼をイタリアンのお店「ジャカッセ」のランチをしたあと、ツルヤ立科店で野菜を買って帰るという買い物のはしごをした。ガソリン代の高騰で、車で出かけたときはなるべく効率的に、計画的に動こうとする意識が強くなった。
家に戻って今日も庭仕事だ。昨日に続きアンズの木と洋ナシの木を切った。切りながら人間の都合によって育てたり、切ったりすることにうしろめたさを感じてしまった。去年剪定のし過ぎで実付きが悪かったアンズが、今年はもう親指大の実をたくさん付けていた。洋ナシなどは毎年こちら
(人間)が何の手入れもしないので、食べられるような実が付かないまま切り捨てられることになってしまった。スモモも同様だ。今度果樹を植えるときは余程愛情を持って育てないと、シッペガエシでおいしいものは作れない気がする。
夕方ラジオを聞いていると今夜は霜注意報が出ているというので、おととい植えた野菜の苗に袋をかぶせた。今日の日没の夕焼けは久し振りに、夕焼けベンチに座って眺めるのに格好の夕焼けとなった。
2008年5月14日(水)
今日はバアと一緒に佐久総合病院行ってみようかと話していたが、朝起きるとかなりの雨量だったので行くのをやめることにした。勤めているときは「今日はこうしようと決めたら今日のうちにそれをしないと、次がいつになるかわからない」と追い詰められたような感覚があったが、今は気楽なもので「今日が駄目なら明日があるさ」てなことで簡単に予定を変えられる。ゆっくりと朝食を取って雨なので外にも出られない、と新聞を読んでいたら急に家の中に陽が射して来た。
午前
10時過ぎには雲がとれて青空が広がった。余りにいい天気になったので、昨日まで2日続けた朝のウォーキングを、今日は午後1時過ぎから始めた。今日のコースは野菜畑が広がる台地を歩いた。ブロッコリィやトウモロコシ、アスパラなどがきれいに植えられたプロの野菜畑だ。ブロッコリーなど広い一枚の畑の中で苗の大きさが3段階ぐらいで違っていた。おそらく時差で植えたのだろう。収穫の時期をずらすようにしているに違いない。こんなに広い畑は要らないが1反ぐらいあればいろんな野菜が作れる。何とか今年中に畑を見つけたい。
散歩から戻ってジイはスモモの木を切った。風が止んだタイミングを見計らっておととい切ったリンゴの木の枝とあわせて切った枝を全部燃やした。残りはアンズと洋ナシの木だけとなった。チェーンソウがあればもっと簡単にできそうだが、今はないので人力の手動ノコギリ?でやらざるを得ない。今まで切った木の太い幹は、友人が古民家のストーブに使いたいというので残した。これもチェーンソウがあればちょうどいい長さに刻めるが、今は長いまま残してある。
そろそろ転居の通知を出そうと思っているが、プリンタがまた不調で印刷できていない。
2008年5月13日(火)
四川省で大地震
昨日の夜テレビを見ていたらテロップで、中国中央部でマグニチュード7.8の地震、というニュースが流された。かなり大きな地震のようなので、阪神淡路大地震並みの被害がなければよいが、と心配していたが、今日一日の間に地震の被害の様子が入ってくるに従って、それ以上の大きな被害のようだ。既に1万人以上が亡くなっているという。小学校などが倒壊して多数の子供が生き埋めになっている。生存者がいるなら一刻も早く助けてやって欲しい。今回の地震で、四川省のあたりは有数の地震多発地帯であると初めて知ったが、それにしては倒壊建物の多さに驚く。日本に比べ耐震基準が相当甘いのだろうか。
しかし、公共施設、特に学校施設が倒壊するようなことがあってはならない。これを教訓に耐震基準を満たしていない日本の学校も整備を急がなくてはいけない。上尾でもまだ半数の校舎が未整備だ。学校を守り、子供を守り、教育を守ることは未来を守ることなのだから、行政にとっては最優先施策だ。
そんな中国の状況に比べ、ジイとバアは今日も小さな平和な生活を送っている。朝の散歩を今日も実施。昨日のコースとは別の道を歩いたが、少し気温は低いが天気もよく気持ちのいいウォーキングだ。散歩の後は庭で草取りの続きと野菜の苗を植えるため、ミニ耕運機でたまねぎの畝の間を耕した。
午後ホクシンハウスの二人がやってきて
18日に行う義姉夫婦の家の正式な地縄張りの準備をしていった。前回の打ち合わせの時、建物の位置をジイとバアの家寄りに30センチ寄せることにしたのであらためてやり直すらしい。その作業を横目に見ながらジイはおととい買ってきた野菜の苗を午前中耕したところに植えた。夕方からは草刈機で裏の道の土手に生えた雑草を刈った。バアは昼食で食べたものの消化が悪かったらしく、胃がもたれて動きたくなかったらしく午後は外に出なかった。
2008年5月12日(月)
朝の散歩
朝食後家の近くを散歩した。仕事に行っているときは毎日片道30分余歩いて通勤していたのに、こちらに来て歩いたのは先日のシュンランの山へ行ったぐらいだ。バアも上尾にいるときは姉とよく歩いていたのに、一緒に歩く相手がいなくてほとんど歩いていなかった。こちらでは引越しの準備や片付けなどのほか庭の草取りなど結構身体を使うことが多かったので、ついつい歩くことがおろそかになっていた。やはり体調の良さを維持する一番の運動は歩くことだと思う。バアと話をして、これから天気が良い限り朝のうちに家の近くを歩くことにした。同じコースでは飽きてしまうので、いろいろコースも替えながら30から40分程度歩くことにした。今日は手始めに9時から35分ほど歩いたが、車1台とすれ違っただけで人間には誰一人とも会わなかった。遠目に畑で女性が畑仕事をしている姿を見たのが唯一だった。景色は360度見渡せる開放感にあふれていた。西の空は青空になっていたが、全体としては曇り空で、残念ながら浅間連峰や蓼科山は姿を現していなかった。田んぼは一部水が張られているが、まだ田植えは始まっていない。こげ茶色の毛虫がたくさん道路をのそのそと歩いていて、踏みつけていたら二桁の数になってしまった。
午前
11時ごろ長野生協に注文していた食料品などが初めて届けられた。これから毎週月曜日配達される。来週分からはインターネットで注文した物が届けられるようになっている。上尾にいたときにやっていたパルシステムと若干システムは違うが基本的には余り変わらないのでそんなには戸惑わなくて済みそうだ。
ジイは昼間庭の草取りやリンゴの木の伐採など外仕事に精を出した。朝の散歩中は天気が良くなる感じだったが、時折陽が射すだけで曇っていることが多く午後は冷たい風が吹いて、気温は
10度前後より上には上がらなかった。昨日買ってきた野菜の苗を植えようかと考えていたが、ミニ耕運機で耕すには昨日までの雨でまだ土が湿っているし、気温も上がらず霜の心配もあるので今日は植えることを断念した。
ポチは気温が低いので布団の中に潜りたがった。昨日までの雨で土がつきやすいのか、外から帰ってくるポチの足は泥だらけだ。布団に入り込まれるとその泥が全部布団に残される。床もポチの歩いた後は、泥や足跡で汚れている。おかげで朝から掃除機をかけるのでかえって家の中がすぐにきれいになる。
夕方から少し肌寒く感じるのでホットマンを点けた。バアは昨日からレース編みを再開している。
2008年5月11日(日)
野菜の苗
昨日からの雨が午後まで続いた。昨日組長さんがお知らせを届けに来た折に隣の畑の所有者の返事がまだない、との話があった。結局家を建てるのに車などが通ることは暗黙で了解するにしても、隣の荒地を畑にすることは難しそうなのでしばらく畑作りは諦めることにした。そこで今たまねぎが植わっている場所の畝の間を使ってナスやトマトを植えることを思いつき、今日は朝から農産物直売所「菜ないろ畑」や佐久平のカインズホームに行って苗を見比べ、結局「菜ないろ畑」の苗が良かったので、ナス、ミニトマト、ピーマン、キュウリの苗を買った。
カインズでは山椒の苗を購入した。山椒については、いわくがある。何年か前に近くの田んぼの脇に生えている山椒の木から種を取って井戸の周りに蒔いたら、翌年芽が出てきたので喜んでいたら、香りが弱く実も付かないのでよく調べたらイヌサンショと言う種類で山椒とは別物とわかった。そこでおととし上尾の
D2で接木した山椒の苗を買って植えたが、台木のほうから元気な芽が伸びてしまって接いだ先の枝のほうは余り育たなかった。そこで今年の冬に台木のほうから伸びた枝を思い切って剪定して接いだ先だけ残したのだが、今年はまったくそこから新芽が出てこず、枯れてしまったようだ。まだ諦めきれず残してはいるが、バアはもう駄目だと言っている。そしておとといのシュンランの山へ行った際、バアは今年生えたような山椒の小さな苗を見つけ持ってきて庭に植えた。それがちゃんと付くかどうかもわからないので、剪定をしてしまったジイの責任として、どうしても香りの良い葉と実のなる山椒を育てなければならない、とちょうど苗を売っていたので購入したのだ。夕方雨が止んだので、さっそく買ってきた山椒の苗を山から取ってきて植えた苗のすぐ脇に植えた。
野菜類は畑を耕して肥料を入れた上でないと植えられない。雨上がりの土は粘っこくて耕せない。
2,3日晴れが続いて土が乾いてこないと耕せない。しばらくポットに入れたままになりそうだが、ちょうど今気温が下がって遅霜が心配な時期なのであせらずに様子を見ることにする。
昨日次女から母の日のプレゼントで花の寄せ植えが届いた。カーネーションのほかバラやラベンダーもある。しばらく鑑賞したあとは地植えしよう。花に一緒に付いていた孫からのメッセージカードにはまだ「上尾のおばあちゃんへ」となっていた。微笑ましいが早く北御牧のおばあちゃんにならなければ。
先月
12日に植えたジャガイモの新芽が大分出揃ってきた。今年は種芋を4分の1から6分の1に切ってから植えたので、小さすぎて芽が出るか多少心配したが大丈夫だった。また、家を建てる関係で一部去年植えた場所に連作することになってしまったが、まず芽だけは無事に出てきている。
2008年5月10日(土)
ミャンマーのサイクロン
今日は朝から冷たい雨が降っていた。庭仕事も出来ず買い物にも出る予定はなかったので、小屋裏の本の整理をすることにした。先日小屋裏の壁面に棚を取り付ける材料を用意したので、まず棚を作り今までランダムに入れていた本を並べ替えた。娘たちが読み終わると運んできた文庫本なども、日本人作家と海外のものを棚分けし、作者別に並べた。そうすると推理小説など結構同じ本が複数出てきた。半分ぐらい読んだあとどうも前に読んだことがありそうだな、と思いながらも結末がどうだったか思い出せず、結局最後まで読んで、やっぱり読んだことがあったとようやくそこで確信する、と言う経験は何度かある。一日雨だったのでかなりの時間を費やして整理したが、途中で手にした本に目を通している間に手が止まり時間が進む、というパターンで作業は捗らなかった。小屋裏は断熱、気密外の部屋なので外の冷気が伝わってきて体が冷えてしまった。
おととい口座を作った
JAバンクのキャッシュカードが書留でもう届けられた。八十二銀行では1週間かかると言われたのに比べ素早い。この口座はジイの小遣いの管理用なので、たいした出入りはないと思うがこちらでは一番近い金融機関だし、よく行く上田や佐久のジャスコにもATMがあるので使いやすい。
ミャンマーのサイクロンの被害が報道されているが、日に日に情報が集まり始め、死者が
10万人を超える大災害だったらしい。自然災害といっても地震や津波のように短時間で避難の時間もなく被災するのと違って、台風やサイクロンなどは今の気象観測の技術をもってすれば、十分に進路や規模を予測できたはずだし、避難などの対処もできたはずだ。被災後も海外からの救援隊や報道関係者の入国を規制し、救援物資も軍の管理下に置こうとしてトラブルが多発しているようだ。こんなときに軍事政権を維持するための新憲法の批准投票を強行する政治の貧困こそが、こんなに大きな災害を受けた原因の一つではないかと思うと、悲しいと同時に憤りさえ覚える。そしてこのような軍事政権が生まれてくる過程の中で、かつて日本が太平洋戦争中に「大東亜共栄圏」の美名の下で欧米の支配からの独立=日本による新たな支配をするために日本軍が侵攻した歴史が、政治の貧困をいまだに引きずる遠因になっていると思うと心が痛む。去年民衆の反政府デモを取材していたフリージャーナリストの長井さんが軍隊に射殺された生々しい映像も記憶に新しい。人間らしく生きていくために必要なものや情報が自由に伝えられ、受けられる民主的な社会が早く生まれることを願わずにはいられない。
2008年5月9日(金)
気持ちの良い山歩き
今日もごみの話題から。可燃ごみは火、金の週2回で近くのステーションに出す。これも初めて今日出しに行った。途中まで行ってごみの袋に地区と名前を書いていないことに気が付き家に引き返した。ごみの袋は指定の物を購入しなければならない。3種類あって、可燃、不燃、資源によって使い分けが必要で、出すときは袋に地区名、氏名を書いて出さなければならない。無記名で出して残されたらこの組の人たちに迷惑をかけるので、家に戻って油性ペンで名前を書いて出しなおした。ステーションまで車で行くのは、はばかれると思い歩いていくことにしたので、朝のいい運動になってしまった。
朝食後は、バアが最近歩いていないので少し歩きたい、というのでシュンランが咲くという山へ行った。大きな農機具のメーカーの会社の裏山で、ハイキングコースとして整備された山の中で何本かシュンランやリンドウなどが咲いているのを発見した。名前のわからない花もたくさん咲いている。この山は二度目だが、最初は冬だったので松以外は葉が落ちて寂しい感じだったが、今日は新緑の中に木漏れ日が射し、山ツツジが所々に咲いていて気持ちのいい林に変身していた。途中ワラビが群生している所があったので、夕食の味噌汁の具に少し摘んだ。たらの芽や山ウドもたくさんあったがもう大きくなり過ぎていた。車なら
7,8分で行ける山野草の宝庫のような所なので、また季節の変わり目に来たくなる様な山だ。
午後はジイ小屋で工作タイム。小屋裏の本を整理するための棚の材料の切断などをしたあと、義姉夫婦の家の建設の邪魔になってしまうリンゴ、柿、サンザシ、松などを思い切って切った。大きくなったアンズや洋ナシ、スモモ、リンゴの木は手ノコでは大変なので、ホクシンさんに物置の移動と合わせてお願いしてある。家が完成したら、空いた土地にまた果樹を植えなおすことで許してもらおう。
2008年5月8日(木)
ガソリンが高い
昨日の失敗であらためて今朝公民館のごみ出しデビューを遂げた。今朝も目覚まし時計で起きていったが、わざわざ目覚ましをかける理由を昨日書き忘れた。実はごみを出す時間が決められていて、午前630分から730分までに出すことになっている。実際に収集車が何時に来るのかわからないが、上尾のときのように午前8時までに出すことになっていても、収集車が来る時間がある程度わかるので必ずしも午前8時までに出す必要がないが、こちらではまだそういう状況がわからないのでその時間内に一応出しておこう、ということで遅れないよう目覚ましで起きて出しに行ったわけだ。
それにしてもこちらは朝が早い。昨日も今日も
2人ぐらい公民館で出会った。まだ、生活のリズムが夜更かしの朝寝坊が続いている。いつも目覚まし無しに今日ぐらいの時間で朝は起きるようにしようと思うのだが。
午前中は、芝生の雑草とりをし、午後からバアの口座を作るため八十二銀行田中支店へ行き、そのあとジイの口座を作るため
JA佐久浅間の北御牧支所に行った。外に出かけたときはなるべくいろいろ用事を一度に済ませよう、ということで出かけた足で佐久平に買い物に出た。カインズでポチのえさや引越しの挨拶状を出すための私製はがきなどを買ったあとジャスコで食料品を買い、ついでにガソリンを入れた。佐久周辺のガソリンスタンドを何軒か見て回ったがセルフの所も含め全て申し合わせたように163円だった。上尾で先月121円で入れたのが最後なので、その差42円は大きい。軽自動車がから入った量は15リットル余りだが、それでも先月に較べ630円も違うのだから許せない気持ちだ。原油の1バレル120ドル台になったことも大きい。半年前まで60ドルの大台に乗ったときに大変なニュースになったような気がするが、あっという間に倍増だ。最終的には200ドルまで上がると言われておりそれがさらに原油の先物取引をあおっているらしい。再議決で税金の上乗せは確か25円のはずだがこの上がり方は原油高騰以上の値上げの引き金になっているように思えてならない。
2008年5月7日(水)
ごみ出し
今朝は6時半に目覚ましをかけておいた。公民館にプラスティック系の不燃ごみを出しに行くためだ。東御市の、特に旧北御牧村のごみの分別は細かい上に、近くの集積場(ステーション)に出せるのは、可燃ごみの金属系の不燃ごみだけだ。それ以外は毎週ないしは月に1(分別した種類によって異なる)八重原公民館まで持っていかなければならない。今までの分は上尾に持って帰ったので、今日が初めての公民館デビューの日だ。目覚ましで飛び起きて、朝食前に意気揚々と軽自動車にごみを積んで公民館に向かった。
公民館の片隅に大きなネットに白いものが入れられている。何か様子が変だ。近づくと発泡スチロールを入れるためのネットだった。おかしい。今日は木曜日のプラスティックの日のはずだ。ごみの分別と収集日、収集場所が書いた看板があったのでそれを見ても木曜日は間違いなくプラスティックの日だ。そうこうしている内に若いお兄さんが車でやってきて発泡スチロールを出しているので、今日はプラスティックの日ではないのか、なんで発泡スチロールだけなのか聞いてみると、今日は水曜日で発泡スチロールの日ですよ、と言われてしまった。
昨日ホクシンハウスで
Oさんと話しているときに、退職してどうですか?と聞かれたので、曜日の感覚が一番なくなったような気がする、と答えたばかりなのに、またまた大失態を演じてしまった。昨夜から明日は木曜日と思い込み、寝る前に目覚ましをセットし、何の疑問もなく今朝も出かけてしまった。車で片道1.7キロ、高いガソリンを消費してしまった。当分こちらのごみ出しには振り回されそうだ。
生ごみはいま
EMぼかしを使って堆肥化するための容器で処理しているが、この容器に不適な生ごみを地中に埋めるための穴がいっぱいになったので、今日穴を掘りなおし、穴をふさぐ蓋を作った。生ごみを含む可燃ごみが出せる近くのステーションまでの距離も優に300メートルはあるので、生ごみと燃やせるごみだけは極力家で処理するつもりだ。
昨日テラスの見積りを頼んだコメリが現場を見に家にやってきた。こちらの希望を聞き寸法を測り、写真を撮って帰った。来週ぐらいには見積もり結果が出そうだ。
今日は天気が良かったので、午前中の涼しい間は庭の草取りをし、午後はごみの蓋の作成とキッチンの棚の扉が地震のときに開かないようにするストッパーにする板の工作などをジイ小屋のテラスで行い、夕方涼しくなってからまた「ジイとバアの家」の看板のある芝生の草取りをした。やはり家の周りで体を動かしている時が一番充実感がある。今夜は早く寝て、もう一度明日
6時半起きしてごみ出しのやり直しをしなければならない。
2008年5月6日(火)
太陽光発電契約
朝一番で組長さんから連絡があった。伺っていた不動産屋経由の電話番号はやはり別人だったらしい。改めて組長さんのほうからもともとの住所へ連絡し、息子さんの嫁さんにあらためて息子さんに連絡してもらうことになった、とのこと。どうやら話の内容では、畑として使うことは難しいニュアンスだった。いずれにしても建築工事は今月20日ごろには入ることになると思うので、工事で畑を通ることだけでも早めに了解をもらえればいいのだが。
一昨日の続きで家具を探しにやはり広告に入っていた旧丸子町にある家具屋に行ったが、こちらの希望するような家具はなかった。次にジイとバアの家が完成したときにベッドや鏡台、椅子などを買った塩田家具に行った。ここの家具は、いいものを置いてあるが値段もいいので、最後にどこででも見つからなかったときに行くつもりでいたが、結局ここまで行き着いてしまった。展示品では希望通りのものはなかったが、カタログで希望に近い家具があったのでそれを頼むことにした。予算をオーバーしてしまったが、家具屋さんめぐりをすると、結局値段と品質やデザインは比例していることがわかり、しかもいいものを見てしまうと値段でそれ以下のものに妥協できなくなってしまう。家具屋さんは、いいものは一生使えます、と言ったがジイとバアの一生はそんなに残っていませんよ、と言って二人で笑ってしまった。
家具屋さんのあとは、ホクシンハウスの新しい上田展示場に行って、太陽光発電とエアコンの取り付け、ホットマンの取り外し一式工事の契約を交わした。工事は足場を取り付けてやるようになるので、工事の時期は義姉夫婦の家の工事の足場組みの時期に合わせて一緒に出来るよう
6月にした。契約の時にO店長から祝儀袋を差し出された。義姉夫婦の家の成約にあたり紹介のお礼だという。身内の紹介だから受け取れる筋合いではないと固辞したが、社の決まりで社長からもよろしくと言われているとのことだったので受け取ることにしたが、家で中味を見て大変な額で恐縮してしまった。義姉夫婦の家の新築祝いに使わしてもらうことにした。
帰りにコメリに寄ってデッキのテラスの見積りを依頼した。家が出来たときからのバアの要望だ。あと
2社ぐらいは見積りを取ろうと思っている。家に帰って二人とも何か疲れて夕食まで居眠りをしてしまった。
お使いに行っていた間約
6時間近くポチを留守番させていたが、特に問題はなかったようだ。夜も自分で外へ出て行って、しばらくすると自分で帰ってくる、上尾でのマイペースの活動と同じような行動パターンになってきたのでもう安心してよさそうだ。バアは夜は心配で取り付けたポチ専用の出入り口をふさいでいるが、そろそろそれもふさがなくてもいいのではないかと言っている。
2008年5月5日(月)
思い違い?
天気予報では、曇り後雨ということだったが時折ぱらぱらと風に乗って雨粒が飛んでくる、といった感じで外にいても濡れる心配はなかった。久し振りに散歩に出ようか、と話していたがいつ本降りになるかわからないので、何するのでもなく日中を過ごした。午後3時過ぎに家の周りの草が大分伸びてきたので、今シーズン初めての草刈をすることにした。ついでに隣の畑の草も一部刈った。桑の木があってその周りを茨が繁茂している所があったので草刈機でバラを刈ったあと桑の木を根元からのこぎりで切り倒した。夕凪で風が止まっていたので、大きな葦の株もいくつか切って桑の木や茨と一緒に薄暗くなるまで燃やした。
隣の畑については先日組長さんから使ってもいいもでは、という話をいただいていたが、所有者と直接話してわけでもなく、また連絡しても不動産屋から聞いた電話番号では別の人が出てしまったこともあったので、組長さんの家に行って、あらためて連絡先を伺いに行った。そこで話した内容では、少しこちらの理解と組長さんが所有者の家族と話した内容に食い違いがあることがわかった。組長さんは畑を使うことではなく、工事のために畑に入ることの了解を得ることだけで先方と話したらしい。それも所有者の息子の嫁さんとの話でまだ最終的な確認をしたわけではなかった。いろいろ先方と組長さんとの関係も複雑なものがあるらしい。もう一度連絡をしていただくことにした。
それにしても人の話と言うのはよく確かめないといけない。特にこちらは新住民だから誤解のないよう気をつけようと思う。
2008年5月4日(日)
自転車は不向き
パソコンのプリンターの接続がまだだったので、接続をした。印刷をしようとしたらインクが切れていた。詰め替え用のインクを買っておいたので、それで詰め替え作業を始めたがうまくいかなくて手がインクだらけになってしまった。ホームページに載せた、上尾の家の庭で撮ったポチの写真がかわいいからプリントアウトするよう、バアから言われていたので印刷しようとしたがうまくいかず明日までの宿題になっている。
午後から、雑多な小物や書類などをしまえる引き出しのたくさんあるチェストを買おうと新聞の広告に入っていた佐久市内の家具屋など
2軒見て回ったが、適当なものがなくまたこの次にして、その足で久し振りに佐久平のジャスコで買い物をした。ジイが運転して軽自動車で買い物をしたが、長い上り坂はかなりアクセルを踏み込まないとすぐにスピードが落ちてしまう。何度か後ろの車にあおられそうになった。
買い物のついでに郵便物を出すつもりが忘れて家に置いてきてしまったので、買い物が終わって帰ってきてから先日歩いて出しに行ったポストまで自転車で行くことにした。往きはずっと下り坂なので意気揚々と猛スピードで走り下りた。帰りは大変だった。車で通っているときにはたいした坂ではないと思っていたが、
3段ギヤの自転車ではサドルに座ったまま登ることは出来なかった。立ち漕ぎをし続けてやっと家までたどり着いた。着いたときには息が切れて久し振りにゼエゼエとなってバアに笑われてしまった。エアロバイク代わりにちょうどいい、と強がりを言ったが、この辺では自転車は不向きであることを実感した。多少時間はかかっても歩いたほうが楽だし、健康的だ。
バアは、駐車場の脇に
3年前から植えているナスタチウムの種を蒔いた。
2008年5月3日(土)
憲法記念日
去年ジイ小屋を作っていて初めて体感したが、この時期の北御牧は風が吹くことが多い。昼夜の温度差も影響があるのかもしれない。引越しの片付けで出たごみのあらかたは、上尾に戻ったとき西貝塚環境センターに持っていったので、あまりないがそれでもこちらのごみの分別の多さと難しさに慣れないので、燃やせるごみは庭で燃やすよう分けておいたが、風があるのでなかなか燃せなかった。今朝は微風はあるが燃せないほどでもないので、朝食後燃やすことにした。これで物置や小屋裏に置かれてかさばっていたごみが片付いて、少しホッとする。やはり見た目に、ダンボールが積まれていたり、大きなゴミ袋が置かれていると片付いている気がしない。そういうものが目に触れなくなったので、やっと日常の生活に戻ったような気になった。
午後からは、昨夜の続きでホームページのアップに取り掛かった。
8日分の日記を載せ、「北御牧の今」の中に日記にも書いた岩手の釣りも写真とコメントを載せた。長女からまたまた、「しばらくホームページの更新がされていないよ」と催促があった。そんなプレッシャーにせかされるように何とか今日で、いままでの分を取り返し、引越しの片付けも一段落して落ち着いた気分になっている。
引越しやら釣りなどで毎日ばたばたと過ごしてきたが、今日は憲法記念日だった。憲法改正論議も現在の国政のねじれ現象で一見下火になっているように見えるが、水面下で民主党議員も交えた改憲協議が着々と進められているようだ。憲法
9条だけではなく、信教の自由や言論の自由もじわじわと狭められてきている。格差社会が広がり、生活保護の受給率が上昇すると保護費を削ったり受給権を抑制するという形で、憲法25条の誰でもが「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」も脅かされてきている。自民党の改正案では、地方自治さえうかうかしていられない。しっかりと危険な動きを監視していかなければ。
2008年5月2日(金)
片付けも終盤
昨日夜中の3時にポチが外に出たがっている様子なので付き合ってハーネス付きで外へ出た。ジイ小屋の横でしっかりと大小便をした。家の出入りはジイが取り付けた専用の出入り口を使った。今朝は遅くまで自分の寝床で寝ていたし、寒いときから使っていた専用の暖房マットでも寝ていた。午後になってハーネス無しで外散歩をさせたところ、近所の家のほうまで歩いていった。夕方には自分から外へ出て行ってジイ小屋の脇でおしっこをしたあとは近所の探検に出かけていった。隣の家の倉庫の床下にももぐりこんで行くのを目撃した。しばらく探検したあと自分から専用出入り口を使って戻ってきた。いよいよポチもここが自分の新しい家と自覚したらしい。それにしてもポチの順応性、環境適応能力のすばらしさには脱帽だ。我々も早く周辺の人たちとうまく付き合っていくコツをつかまなければならない。
先日近所へのあいさつ回りに行ったときに留守で会うことが出来なかった
Hさんの姿を見かけたので、ひとこと挨拶を交わした。
西側の本などを収納している小屋裏の照明が
60ワットの電球ひとつで夜など暗くて本がよく見えなかったので、上尾のリビングで使っていた蛍光灯に取り替えた。電灯の位置も部屋の中央に近い場所に移したので本棚の本の背表紙もよく見えるようになった。
夕方溜池の土手のワラビを収穫した。もう葉になっているものが多く少し時期が遅すぎたようだが二人で食べるには十分な量が取れた。夜はある程度片付けの先が見えてきたので片づけを中断し、ホームページに載せる日記の作成に取り掛かる。ある程度メモにしておいたので簡単に出来上がると思ったが、やはり
1週間分も溜めるとなかなか捗らない。結局深夜までかかってホームページへのアップは明日にすることにした。
2008年5月1日(木)
ポチ元気
ポチは午後初めて庭の畑にしてあるところでおしっこをした。前の夜はずっと2階の寝床で寝ていたらしく、一度も夜中に起こされることはなかった。とりあえず環境の変化によるパニックは起こさずに済んだようだ。
ジイは今日の最初の仕事がポチの出入り口を作ることだった。上尾で使っていた猫用の出入り口の付いた窓枠の高さがこちらのシャノンウィンドウでは高さが足りないので、
25センチほど板を間に入れて高くした。また、普通のアルミサッシよりも窓の仕切り枠の厚みがあるので、それにあわせて枠の幅も削ったり、切ったりと調整をした上で何とかリビングの大窓の一角に取り付けることが出来た。冬の暖房が必要になるまではこの専用の出入り口の付いた窓枠を付けておこうと思う。
午前中にかけてこんなことをしていたので、片付けは一向に進まない。ジイが魚釣りで留守をしているときに、次女たちが
52,3日で北御牧に来る話になっていたようだが、こちらの片づけが思った以上に時間がかかるのと、ジイもバアもいささか疲れ気味でもあるので、次女たちには済まないが来て貰う事をお断りした。そんなわけでせかされるように必死で頑張ることはしなくて済んだが、それは所詮片づけを先送りするだけのことだ。
バアは昼食や夕食の食材の調達のため、軽に乗って一人で買い物に出かけた。こちらのほうで単独行動を取るなんて珍しいことだ。これもバアの足回りとして軽自動車が常時あるようになっての賜物。
保険屋への書類を届ける封書を買い物のときにバアに持って行ってもらうのを忘れたため、片づけが一段落したあと二人で散歩がてら一番近くの郵便ポストまで歩いて出しにいった。ポストは立科町の一角にある。一日
1回佐久郵便局による集配のようだ。
昨日から信濃毎日新聞が配達されている。
1ヶ月ぶりの新聞だ。やはりニュースなどは活字でじっくりと読みたいものだ。社説などは産経や読売のような偏った感じはない。逆にローカル色があって微笑ましい。県内4つのブロックごとの前日の話題が掲載されている。県内の各種イベントの記事や全国版には載らない話題や事件もある。訃報が1ページを割いて掲載されている。全国紙のような有名人ではなく、ごくありふれた一般人のようだ。どうやら掲載の依頼をすれば無料で載せてくれるらしい。今日の一面トップはガソリンの暫定税率の再議決だ。長野県内の多くは平均30円上がって160円台になったらしい。しばらくは釣りにも行けない。
思いつくままに(ジイの記録)
2007年11月 2007年12月 2008年1月
2008年2月 2008年3月 2008年4月
2008年5月 2008年6月 2008年7月
2008年8月 2008年9月 2008年10月