過去の日記2007年11月から2010年02月

思いつくままに(ジイの記録)
思いつくままに(ジイの記録)
思いつくままに(ジイの記録)
2010年3月31日(水)
朝は氷点下2℃まで気温が下がっていたが、昼間は15℃まで上がったので寒さを感じなかった。家の南側の麦畑も、昨日まで寒さに縮んだようになっていた麦も、今日はこころなしか上に向かって伸びているように見えた。
午前中近所の同じ組の人から電話があった。今日ご主人が亡くなられたので、葬祭業者から言われたので区長に連絡をして欲しい、との依頼だった。組長としてどういうことをすれば分からなかったが、とりあえず承って区長の電話番号を調べている間に、もう一度先ほどの人から電話があって、同じ組内の親戚から、この地区ではそういうことは区長にまで連絡しないことになっている、と言われたということだった。いずれにしても何か組長としてお手伝いすることがあるのか、連絡をいただいたお宅まで相談にいった。おととし組長をした組内の親戚の人がいたので、どうすればいいのかいろいろ教えてもらった。特に組内の人への連絡や、葬儀への準備の手伝いは要らないようだ。
2日に行われる告別式のときだけ受付などの手伝いをすればいいとのことだった。
冠婚葬祭の中でも特に葬儀に関しては、細かい所で地域性があるので、よく地元の人の話を聞いて対処しなければならない。家に戻って間もなく、やはり親戚筋にあたる同じ組の人から連絡があって、組内への連絡や遺族との打ち合わせ、段取りはやっていただけるとのことだった。告別式の時の手伝いをするだけでいいことになった。
今日は年度の最終日だ。勤めているときならば節目の日になるが、毎日が休みのような今の暮らしでは、ただの普通の一日でしかない。せめてもの区切りで、この日記を今のホームページビルダーのソフトを使った形式を今日で終わりとし、明日の日記から無料レンタルブログの「
FC2BLOG」に切り替えることにする。明日からはホームページからもリンクできるようにする。実際には、315日から試験的に「FC2BLOG」で同じ内容を掲載しているので、見たい人は下のURLをクリックして欲しい。           
     http://t02352299y.blog52.fc2.com/

今日の麦は元気がいい
2010年3月30日(火)
昨日の宵にはすでにマイナス5℃まで下がったので、今朝はさらに相当冷え込んでいるのではないかと思っていたが、ごみを出しに7時過ぎに外に出て温度計を見ると、思ってたより温度は下がらずマイナス5℃のままだった。
昨日の夕方の雪はすぐ止んで、その後満月が外を明るく照らしていたので、今朝の外の景色も昨日のように真っ白にはなっていなかった。一日晴れて雲も出なかったので、久しぶりに太陽光発電も一日で
28kwにもなった。気温は相変わらず冷たい風が吹いていたせいかあまり上がらなかった。
午前
10時半過ぎに上田のジャスコに買い物に出かけた。今日のジャスコは、火曜市とお客様感謝デーの5%引きの日が重なって店内は混んでいた。春休みのせいか子供の姿も多い。普段家の周りには子供を見かけることが滅多にないので、店内を走り回る子供を見るとハラハラしてしまう。
お昼の時間にかかっていたので、普段なら中心市街地のほうに歩きで行って、外食先を探すのだが、外は寒そうだったので今日は外へ行くのを止めて、ジャスコ店内のレストラン「グルメドール」で昼食を済ませた。特筆すべき美味しさではなかった。
一通りの買い物を済ませたあとは、カメラのキタムラへ行って、一眼レフカメラ用のケースを買った。新年度の生涯学習講座で、写真の講座に持っていくのに、カメラをむき出しで持っていくわけにもいかない。一番安いケースを買った。一眼レフ初心者で何も分からないが、いずれ講座を受講する中でどんなものが必要になるか教えてくれるだろう。
上田まで出て来たついでに、アウトドアショップ「バンバン」に行って、前回使いきった渓流釣り用のエサやオモリを買っていつでも行けるよう補充した。
昨日から、ほかの読みかけの本を差し置いて、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の文庫本を読み始めた。
NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の龍馬と、昔読んだ「竜馬がゆく」の中の記憶にある竜馬像と随分違っているように思えたので、あらためて読み返してみたくなったからだ。文庫本の12巻を読んで、司馬遼太郎の「竜馬」と、龍馬伝の脚本を書いている福田靖の「龍馬」の違いが随所に出てきている。8巻まであるのでしばらく暇を見つけて読み進めようかな。

一眼レフ用のカメラケースを買った
2010年3月29日(月)
朝起きて外を見ると、昨日降った雪で白銀の世界になっていた。積もった雪の厚さを見ると5センチほどになっていた。3月の末にもなってまだこんな雪が降るのだろうか?
午前中は晴れ間が広がったのでこの雪もほとんど融けたが、日陰のところや風の当るところは部分的に融けずに残った。というのは、今日は一日冷たい風が吹いてほとんど気温が上がらなかったからだ。朝起きたころはマイナス
1℃、日中でも3℃か4℃にしかならなかった。晴れ間が出ていてもときおり風花が舞うような天気だった。夕方からはまた昨日と同じように雪が本降りになった。日の落ちかけた夕暮れ時には気温がマイナス3℃にまで下がった。真冬並みの寒さだった。
今日のコープ長野の宅配で、
2週間前に注文してあった体重計が届いた。50グラム単位で体重が表示される。思ったよりコンパクトな大きさのもので、体重計の上に乗ると足がはみ出る。こんなので正確に量れるのか心配したが、試してみたら大丈夫のようだ。とにかく体脂肪計など余計な機能はなくて、体重だけ細かく量れるので、こういうものを探していたジイはすぐにカタログで見つけて衝動的に注文した。これから毎日量って記録していくつもりだ。
午後ポチをゆりかご動物病院に連れて行った。いつもより早く
4時前に到着したが、先客があり3番目になってしまった。ポチが点滴を受けている間、前回の診療の時に教えてもらった秋間梅林の話から始まって、上田出身の先生からいろいろ地域情報をまた教えてもらった。ポチは体重も変わらず、相変わらず毛艶もいいと先生に褒められた。
動物病院の帰りに、ガソリンスタンドによってガソリンを給油したら、また値段がリッター
127円に上がっていた。先週は125円、その前は122円だったのに・・・。ガソリンを満タンにし、さらにカインズに寄ってポチのカリカリ御飯とジャガイモのキタアカリ、男爵の2種類の種イモを3kgずつ買った。ジャガイモの植え付けは、4月になったら植えつける予定だ。

朝起きると外は白銀の世界になっていた

新しく購入した50グラム単位で量れる体重計(ピンク)
2010年3月28日(日)
今日は地区一斉の道路清掃の日だった。ジイとバアの住んでいる組は、去年午前6時に集合して道路のごみ拾いをしたことが、去年の日記に書いてあった。この時期の朝6時は気温が低い。去年のこの日はマイナス4℃と書いてあった。ジイが組長になって時間を変えるわけにもいかず、今年も6時集合にした。
天気予報では曇りのち雨なので、念のため
5時に目覚ましをセットして昨夜は寝た。夜中に何度も目が覚めた。寝不足のまま5時の目覚ましで起きた。外を見ると曇ってはいるが雨は降っていないのでホッとする。雨の場合は、中止を連絡しなければならないが、全家庭の電話番号を知っているわけではなく、11軒歩いて回らなくてはならない。
今年の気温はどうか玄関の外の温度計を見たらマイナス
3℃だった。6時に8軒が集まって、30分も経たずに清掃エリアは全部手分けして回って終了した。今回はあまりごみも出なかった。朝食を済ませ、8時半ごろ集めたごみを公民館まで持って行った。
ついでに郵便物を
2件ポストに入れた。1件は中部電力へ出したものだ。先日中部電力から電話があって、我が家の敷地に建っているNTTの電柱の支線(これも敷地内)が中部電力のもので、いままで市の道路に建っているものとして、借地料を市に支払っていたが、最近市とともに調査したところ我が家の敷地に建っていることが判ったので、あらためて契約して使用料を支払いたい旨の話だった。
実はこの電柱については、
7年前に中部電力に問い合わせをしており、その時は当時の北御牧村の道路に建っているはずだとつれない返事だった。明らかに我が家の敷地内だったが、当時は住んでもいなかったので、それ以上の追及はしなかった。
当時のメールでの回答文を保存してあったので、そのことを今回電話口で話したら、その時点まで遡って使用料を支払うとのことだった。書類が送られてきて、契約書とともに平成
154月から2412月までの使用料として、14,625円を支払うという計算書も入っていた。宅地は年間1,500円の使用料の計算だ。思わぬ臨時収入があった。早速土地の使用許可の契約書を郵送で返送することにした。
もう一つの郵便物は、信濃毎日新聞の販売センターからのお知らせで、『手術数でわかるいい病院全国&地方別データブック
2010』を抽選で10名にプレゼントする、というのでそれに応募するハガキだった。
今日は午後
3時ごろから大粒のぼたん雪も降ってきた。昨日の続きでいえば、今日は「雨眠」の日だ。5時過ぎてから雪の量が増えてあっという間に辺りが白くなった。

夕方には積もりだした雪
2010年3月27日(土)
今朝は氷点下3度まで気温が下がった。その分朝から青空が広がって、景色が澄んで見えた。久し振りに顔を出した浅間山は、再び真っ白に雪でお化粧していた。24日からの雨は山では雪だったのだろう。
寒さはぶり返しているが、春は着実に近づいてきている。庭の水仙が花を開きかけていた。九州に住むバアの幼稚園時代の恩師が贈ってくれた、原色の紫一色のスミレも花を咲かせ始めた。
このいい天気に誘われて、ウォーキングに出かけることにした。滋野のツルヤでお昼のお弁当を買い、小諸高原美術館まで行って周辺を歩いた。小諸高原美術館は、上信越道の下り線を走っていると、小諸インターの近くで左の丘に見えてくるトンガリ屋根の美術館だ。美術館では丸山晩霞などの水彩画展をやっていたが、今日はウォーキングが目的なので、美術館には入らなかった。
美術館やかつての富士見城跡を含む
18ヘクタールある飯綱山公園の散策路を歩いた後、さらに足を伸ばして浅間連山の山裾に広がる田んぼやリンゴ畑のあるほうまで約2時間歩いた。高い所から眺める景色は気分がいい。北アルプスも少し霞んでいたが見えた。八ヶ岳も全景を見ることができた。飯綱山公園の歴史の広場からの眺めは、関東の富士見百選にも選ばれているが、残念ながら富士山までは見えなかった。携帯の歩数計は、12,000歩までいった。
今週は、釣りに、スキーにウォーキングとよく遊んだ。雨の日は一日うとうと居眠りを繰り返した。晴耕雨読という言葉があるが、そんな高尚な生活とは程遠い。自分流に造語すれば、「晴遊雨眠」というところか。
今朝またシカが姿を現したよ、とヤマちゃん夫妻が言っていたが、夕方薄暗くなってから再び姿を現した、と電話で教えてくれた。急いで外へ出て、畑のほうを見ると暗い影のようにしか見えなかったが、確かにシカらしき動物が動いているのが見えた。今回は暗くなりすぎていて、写真に撮ることはできなかった。

庭の早咲きの水仙が開花した

小諸高原美術館のある飯綱山公園
2010年3月26日(金)
昨夜雨から雪に変わったが、それも止んで朝起きると薄日が差して、うっすら積もっていた雪も間もなく融けた。今日は天気予報では、曇り午後から晴れ、ということだったので、金曜日でもあり、湯の丸高原スキー場に行くことにした。
スキーに行く前に、一昨日の釣りの道具を片付けなければならない。外水道でウェーダー、ビクなどを水洗いした。ウェーダーには、川の土手を降りるときに滑ってお尻を付いたので、泥がびっしり付いていた。ビクは、外に出しっぱなしだったので、雨に当って濡れた部分が凍りついていた。手袋や餌箱、タモなども洗って、デッキに干した。
スキー板にワックスをかけてから、出かけたので、家を出る時間は
10時になってしまった。湯の丸高原に向かう途中、奈良原温泉の近くまで行くと、山の木に雨氷が着いてまるで桜並木のような風情だったので、思わず車を停めて、写真を撮った。樹氷や霧氷というのはよく聞く言葉だが、雨氷という言葉とその現象は、長野に来てから知ったものだ。以前に雨が降った後、それが氷になって木の枝に張り付いたままになっているのを見て、何だろうと思っていたら、それがあとでテレビのニュースで雨氷と言っていて初めて知ったわけだ。湯の丸山の中腹にあたる奈良原温泉周辺が、この雨氷で木々が白くなっていて、ここより高い所には雨氷は着いていなくて、また違った景色だった。
1040分にスキー場に到着し、支度をしてリフトに乗ったのが11時少し前だった。最初は延長1,100mの長いコースの第6ゲレンデで滑った。家にいるときは晴れ間が見えていたが、山の上は時折雪がちらつく曇り空だった。気温も氷点下になっていた。
コースが長いのでリフトに乗っている時間も長い。時間を測ったら
7分乗っていた。リフトを降りて、滑り降りてくるのが約2分。今日は別のゲレンデにも行ったが、第6ゲレンデが一番雪質がよかったので、ほとんどここで滑った。
今日一日かなり滑りこんで、自分でも安定した滑りができている、と思えるようになった。午後
345分まで滑って、終わりにした。今シーズン最後の滑りになるかもしれないと思いながら滑ったが、この滑りの感覚を忘れないよう、もう1回ぐらい滑りに来たくなった。

奈良原温泉近くの雨氷の様子

湯の丸高原スキー場は雪がちらつき寒かったが、帰る頃になって晴れ間が見えた。
2010年3月25日(木)
朝から冷たい雨が降り続いた。気温も5℃以上にはならなかった。時折みぞれになった雨が夜になると雪に変わった。午後9時ごろに外を見ると雪は止んだようだが、強い風が唸り声をあげて吹き抜けていた。
一日こんな天気だったので、家の中でじっと冬眠しているような状態だった。昨日深夜の暖房を点け忘れたので、室温が
17℃まで下がって、ポチも寒いのかこたつの中とジイやバアの膝の上を行ったり来たりしていた。
昨日の釣りの片づけをしなければいけないのだが、ウェーダーやビクなど外水道に置きっぱなしのままだ。釣っているときは我慢できても、寒い中、外水道で洗うのは辛くて我慢できない。外は雨で、洗っても干しておく場所もないしな、と自分に言い訳して結局何もしなかった。
今日イトーヨーカ堂のネットショップの会員登録をした。長野県内では、長野市と上小地域だけが先行して開始されたようだ。昨日から配達が始まったようで、毎日更新されるネットカタログから注文すると翌日には配達される。送料は
315円だが、430日まで3,000円以上購入すると無料になる。
今配達してもらっているコープは、
1週間単位の注文で、配達される頃には何を頼んだか忘れてしまいがちだ。ネットショップなら翌日配達だから、明日の総菜や手軽な弁当など頼みやすい。健康的な食生活には問題だが、わざわざ車で買い物に行かなくても、欲しいものが簡単に手に入るという効率性は、否めない。もちろん対象商品は、食品に限らず日用品から雑貨など一通り揃っているようだ。今度一度実際に注文してみようかと思っている。
本もアマゾンで買うことを覚えたし、普段の買い物もネットで、なんということになると、家で何もしないで過ごすことが多くなってしまう?今日は、電動ウォーカーで
30分を2回やった。それでも歩数計は8,500歩しかいかなかった。

朝から一日雨、時折みぞれに、夜になって雪になった
2010年3月24日(水)
深谷を6時に出るという釣り仲間に合わせて6時に目覚ましをセットしておいたが、5時半にはポチが起こしてくれた。明け方にセットしてある洗濯機の音でポチが目を覚まし、鳴き出したようだ。30分ほど早いので布団の中でぐずぐずしているうちに、6時近くになってしまった。
起きて支度を始めたところで、深谷を出たという電話が入った。
6時半に家を出て、待ち合わせ場所の佐久インターの近くのおぎのやに7時に着いた。間もなく仲間も到着し、よしのやの隣のコンビニで昼食を調達し、ついでにそこで着替えをして川に向かった。
最初の川で
12時まで釣ることにし、それぞれ入渓する場所を3か所に分かれた。ジイは最上流を釣る深谷のマイスターを入渓ポイントまで送った後、ナベさんが入渓した中流域の近くの駐車場に車を停めて、ナベさんより下流をやることにした。見ると早速ナベさんが1尾を釣り上げていた。ジイも急いで入渓し釣り始めた。昨日下見した通り、水量もありポイントが増えていて順調にゲットできた。ジイがやったエリアは、以前に一度だけ入渓したが全く当りもなく、それ以後一度も入ったことがないところだった。意外な穴場だった。
幸先よいスタートをしたナベさんは、その後川の中で転んでずぶぬれになり、身体が冷えてしまって、服が乾くまで車の中で暖を取っていたため、ほとんど釣る時間がなかったようだ。マイスターはまあまあの釣果だったようだ。
12時前に集合したところで、ジイとマイスターが昼食を食べている間、ナベさんに1時間チャンスを与え、その川でもう少し釣ることを許可した。ジイもマイスターもすぐに昼食を食べ終えてしまい、時間があるので上流へ車を飛ばして、それぞれ40分ほど釣った。ジイはそこでも2尾を釣り上げた。11時頃から降り出した雨もそのころになると本降りになってきた。
1時に再集合し、もう一つの川に向かった。そちらまで行くと雨がみぞれに変わりだし、大分冷えてきた。4時までの予定で釣り始めたが、当りも少なくみぞれが降り続いて気温も下がったようで、手がかじかんで餌を付けるのもままならなくなってきた。マイスター、ナベさんに携帯で連絡を取り、早めに引き上げることにした。
最終的にジイは
13尾の釣果だった。釣り仲間では常にトップの釣果を誇るナベさんが、今日だけはずぶぬれになったことも影響し、4尾にしかならず、珍しく弱気な発言が目立った。ジイもそうだが年々自分の意思に身体が付いてこない場面が増えている。
みんなすっかり冷え切ってしまったので、ジイとバアの家まで行く前に、立科町の日帰り温泉「権現の湯」へ行って、身体を温めた。ジイの家でささやかな夕食を
4人で囲んだ後7時ごろ釣り仲間は帰って行った。いよいよナベさん、マイスターの二人もあと1週間で定年退職だ。長い間お疲れさまでした。

意外な穴場だった渓

釣りあげたヤマメ、この後最終的には13尾になった
2010年3月23日(火)
目覚ましをセットするのを忘れていたが、7時前に自然に目が覚めた。目が覚めた瞬間、ごみ出しに行く日だったことが頭に浮かび、一瞬寝坊をしてしまったと思って、慌てて飛び起きた。外は寒の戻りで少し肌寒く感じた。
午後ホクシンさんのお客さんが家の見学に来るというので、朝食後早速家の掃除を始めた。ちょうど掃除機が終わったところで電話がなった。滋野公民館に講座の申し込みに行った知り合いからの電話だった。
去年参加した「里山を歩く」という講座に今年も参加する予定だったが、受け付け開始の今日は朝一番から申し込みが殺到していて、
15人の募集枠が早めに埋まりそうだという情報を伝えてくれた。まだ9時前だというのに・・・。
急いで支度をして滋野公民館まで車を飛ばした。
915分に公民館に着いて申し込みをしたが、すでに13人の申し込みがあり、ジイとバアとミッチャンの3人で15人の枠を一人オーバーになってしまう。一人はキャンセル待ちになるかもしれない、ということだった。
あとから公民館の職員から講座の先生と相談し、募集枠を
20人に増やしたので参加できます、といううれしい連絡をもらった。
滋野公民館の次に北御牧公民館に行って、ヤマちゃんが今年も去年に続き受講する「味な男の料理教室」とジイが新規に受講する「写真を楽しむ」講座の申し込みをした。こちらはいずれも申し込みが殺到してはいなかった。ヤマちゃんに行ってもらった中央公民館や和(かのう)公民館の講座もスムーズに申し込みできたようだ。
今年のジイは、「里山を歩く」「写真を楽しむ」「水彩画」の
3つを受講し、バアは、滋野公民館と和公民館の「里山を歩く」を受講することになった。
急いで行ってきた公民館の講座の申し込みから戻ってきて、掃除の続きで、昨日できなかった
2階の窓ガラスの掃除をした。掃除の終わりに庭で咲きだしたサンシュユの花の枝を切って活けた。
午後
2時前にホクシンのお客さんが最初にヤマちゃんに行き、そのあと我が家に来た。床材の使い心地や暖房の熱源として使っている床下のエアコンの管理、気密外の小屋裏の状況など熱心に質問してきた。ご夫婦と小学生低学年のお子さん二人の家族のようだが、家づくりは一生のうちでも大きな仕事の一つなので、大いに悩み楽しんでやってもらいたいと思う。
見学が終わってお客さんが帰った後、明日釣り仲間が釣りに来るので、案内する川
3か所の状況を下見に行ってきた。先週のように川の水が濁って泥川になっていては釣りにならない。心配したが先週とは違って濁りが少なく、水量も適度にあった。一昨日までの3連休で釣り人によって荒らされていなければ、そこそこに釣れるのではないかと期待したい。

咲き始めたサンシュユを活けた
2010年3月22日(月)
気温は氷点下まで下がったが、朝からまぶしい陽が射していた。わずかに光だけは感じるのか、夜明けとともにポチが大きな声で鳴き始める。我々の起きる時間よりも1時間近く前から鳴き声でたびたび目を覚まさせられる。それでも今日は我慢していつもの時間まで寝床で頑張って眠った。
朝食は、長女が持ってきてくれたドイツパンや生ハムでちょっと贅沢な食事となった。
今日はコープの宅配の日なので、それが来るまで出かけることもできないので、先日の黄砂と風雨で汚れてしまった窓ガラスを拭いたりして過ごした。コープの宅配が、今日から新しい配達員に変わったせいかいつもより
30分以上遅く到着した。
コープの宅配を受け取った後、長女夫妻と一緒に上田の「ルヴァン」というお店にお昼を食べに行った。『
HANAKO』という雑誌に掲載されていたお店で、長女夫妻のリクエストで行くことになった。以前にウォーキングで行ったことのある、旧北国街道の街並みが少しだけ残っている柳町通りにその店がある。
少し遠いが上田ジャスコ店に車を停めて、そこから歩いて行った。古い商家の店構えの中を入ると、天然酵母を使ったパンがいろいろ並べられていて、その奥に食事のできるテーブルが並んでいた。着いたのが午後
1時ごろだったが、そちらは満席で、2階にも席があるというので狭い階段を上がって2階に上がると、そこは低く梁がむき出しになった座敷で、屈みながら歩かないと頭をぶつけそうになるようなところだったが、ちょうど掘りこたつの席が空いていて、そこに座ることができた。
この
3連休の期間限定で信州産小麦を使った特製パスタやピザに小豆島の菜の花やブロッコリーを取り合わせた3種類のメニューがあったので、それぞれ頼んで食べた。ジイとバアは、パスタとピザを半分ずつ分け合って食べたが、いずれも季節感あふれる野菜と小麦のうまみが融け合って美味しく感じた。階下のパンの店に並んでいたクロワッサンとスコーンも別に頼んで一緒に食べた。クロワッサンも丁寧に織り上げて焼いてあり、歯ごたえがあって、味があった。たまにはこういう食事もいいものだ。
帰りは上田駅近くのみすず飴の飯島商店を覗いた後、ジャスコへ戻った。たっぷり歩いたので、携帯の歩数計は
1万歩を超えていた。少し疲れてしまったので、ジャスコには悪いが買い物をせずに、家に戻ることにした。
夕食まで少しのんびりした後、夕食は去年暮れに寺泊に行ったときに買って冷凍しておいたイクラと鮭のフレークで鮭イクラ丼にして食べた。
長女夫妻が
846分発の新幹線で東京に帰るというので、8時に家を出て佐久平駅まで送って行った。
9時に家に戻るとヤマちゃん夫妻が来ていて、新年度の公民館の生涯学習講座・教室の受講の打ち合わせをした。一緒に参加するものやそれぞれ個別に参加するものなど確認し合い、申し込み場所が4か所になるので、受け付け開始の明日は、2か所ずつ手分けして申し込みに行くことにした。

旧北国街道柳町通りにあるルヴァン信州上田店

信州産小麦を使った手打ちパスタと小豆島産ブロッコリーや菜の花が入った特製パスタ
2010年3月21日(日)
今日の天気は一日の間に目まぐるしく変化した。朝のうちは夜中に降った雨でデッキはまだ濡れていたが、薄日が差していた。しかし、外の景色がぼんやりとして霧がかかったようで見通しがきかなかった。霧にしては黄色みがかった空気に覆われていたので、おそらく中国から風に乗ってきた黄砂なのだろう。
午前中はそれでも晴れて太陽光発電もしっかり発電していたが、次第にお昼ごろから雲に覆われるようになった。午後
3時ごろになるといきなり吹雪のような雪が降って庭や畑が一気に白くなったが、それも30分ほどで止んだ。
夕方になると南西の空は雨雲、北東の浅間連山は夕日が当って青空と、上空は半分に分かれて晴雨のせめぎ合いになっていた。
今日はジイとバアの
39回目の結婚記念日だったが、この39年間は今日の天気のようだった。これからの残りの人生は、美しい夕焼けのように静かに暮れていきたいものだ。
今日は不安定な天候のせいもあって一日家の中で過ごした。夕方東京から新幹線で長女の夫が来るので、佐久平まで迎えに行った。佐久平の駅で出迎えるころは日が傾き始め、温度が急激に下がってきた。新幹線から降り立ってきた長女の夫も、この寒さに驚いていた。昨日は出かけていて判らなかったが、この辺は気温が
25℃になって夏日になった、というニュースが流れたばかりなのに、迎えから家に戻って温度計を見ると2℃に下がっていた。天気予報では明日の朝は氷点下になる。
久し振りに
4人で囲んだ夕食の食卓には、隣のヤマちゃんが作った三色おはぎが載せられた。去年の公民館の「味な男の料理教室」で俄然料理に目覚めたヤマちゃんは、来年度はさらに二つの料理教室に通うつもりのようだ。食後のデザートは、長女の夫がお土産に持ってきてくれた2種類の「堂島ロール」で舌鼓を打った。

雪であっという間に周辺が白くなった

夕食後のデザートは堂島ロール
2010年3月20日(土)
軽井沢のアウトレットが春のバーゲンセールをしているので長女と行くことになった。連休の初日なので混みあう前に到着したいと、朝9時に家を出た。天気はよかったが出かけるときは風が強くなってきていたので心配したが軽井沢ではそれほど強くなっていなかった。途中渋滞もあって1時間かかってしまったが、まだ駐車場は余裕があった。
イーストに近い駐車場に停めて、初めにアウトドアショップの並んだ店を見て回ったが、購買意欲をかき立てるものがなかった。過去に何点か購入したことのある「マクレガー」が撤退してなくなっていた。かつて上田駅の近くのセゾン系の百貨店が閉店になって、そこに入っていたマクレガーのお店もなくなり、もう近場ではどこにもなくなってしまったのはちょっぴり残念だ。
お昼前にはかなりの人出になってきたので、早めのお昼をサンドイッチとパン、コーヒーの軽食で済ませ、ウェストのほうを見て回った。最後にバアが旅行用のバッグを買って久し振りのアウトレットショッピングを終わりにした。
軽井沢まで来たので、昨日ゆりかご動物病院の先生から紹介された、安中にある「秋間梅林」まで足を延ばすことにした。今ちょうど満開で見ごろになっているし、結構、梅を観賞しながらウォーキングもできるので、ジイとバアさんにはうってつけですよ、と勧められた。
軽井沢から
1時間もかからずに梅林まで行くことができた。最初の無料の20台程度が停められる市営駐車場があったので、そこへ入れようとしたが満車だった。入口に入れてしまったので仕方がなく待っていたら、5分も待たずに出ていく車があったので、何とか停めてることができた。
登山道のような入口からしばらく登ってようやく梅林まで行くことができた。確かに広大な面積に植えられた梅は満開で、今朝の
NHKでも紹介されていたせいもあるのか、大勢の見物客が来ていた。たくさん並んだお土産屋を素通りして、人のあまり行かない奥まった所にある農家の庭先で売っていた、ここの名産の梅干しを長女が買った。ジイがあまり梅干しを好きではないのを知っているバアは、家にまだあるからと言ってあえて買わなかった。
梅林の山を降り切ったところには広い大きな駐車場があったが、こちらは土日だけは有料となる民間駐車場だった。わずかな期間だけでも稼げるだけ稼ごうという魂胆のようだ。
梅林からの帰りは、松井田妙義のインターから高速に乗って小諸インターで降りて家に帰った。土曜日なので、通常
1,300円の通行料が半額の650円で済んだ。今日はアウトレットと梅林でたっぷり歩いたので優に携帯の歩数計が1万歩を超えていた。夕食は長女が段取りしてくれた。

秋間梅林
2010年3月19日(金)
昨日の夜は、無料で1ギガバイトのホームページが作れるというサービスをしているところに登録し、早速約250メガのボリュームのあるこのホームページをデータ送信していたら、夜10時半ごろに始めて、送信完了したのが午前2時半になってしまった。
5日前には、そこの会社が提供しているブログに登録し、今ホームページに載せているジイの日記を試しに掲載を始めた。今月中は両方に掲載して様子を見たうえで、4月からジイの日記は、そのブログだけに切り替えようかと思っている。現在は有料のレンタルサーバーにホームページを掲載しているが、それも継続するか思案中だ。
そんなわけで今日は少し寝不足になってしまったが、長女が来るのでゆっくり寝ているわけにもいかず、普段通り起き、朝食が終わってすぐに家の掃除もした。掃除を終えてから
2階の和室に、長女が使う寝具を広げて陽に当てた。
9
時半にポチを連れて、ゆりかご動物病院に連れて行った。本来なら来週の月曜日でいいのだが、月曜日まで長女が滞在するので、前回先生と相談して今日行くようにした。先生から、連れて来てくれたら、預かって治療しておくので、その間買い物などの用事を済ませたらと言っていただいたので、今日は10時過ぎにポチを預け、12時まで佐久平に行った。
初めに眼鏡屋に行って、先日買った眼鏡のつるが緩んできたので調整してもらった。その後近くのカインズでジャガイモの種イモを見たが、もう芽が出かかっていたので買うのは止めた。次にジャスコに行き、食料品を買い、時間があったので昨日に続きスターバックスでコーヒーを飲んだ。さすがに昨日と同じものではなく普通のドリップコーヒーをブラックで飲んだ。
12時前に病院に戻り、ポチを受け取って家に戻った。
長女が
3時半過ぎに高速バスに乗って、東部湯の丸インターまで来るので、それまでにヤマメの甘露煮を作ることにした。冷凍しておいたヤマメを入れた袋を2袋解凍したら、全部で40尾近くあったので、2回に分けて作ることにした。
初めに電子レンジのグリルで
15分焼いた後、圧力鍋で20分煮込んだ。調味料は、しょう油、酒、砂糖を各2分の1カップ、水を1カップに生姜をすって入れ、以前に大阪の友人からいただいた黒七味を加えた。圧力鍋での煮込みが終わった時点で、長女を迎えに行く時間になった。
予定の時刻より
15分ほど遅れて長女を乗せたバスが到着した。半年ぶりの再会だ。元気そうでほっとする。
4時過ぎに家に戻り、甘露煮作業を再開、圧力鍋で煮終わったヤマメを普通の鍋に移して再び30分ほど弱火で煮た。最後に水飴と味りんを少々加えて照りを出して1回目を終了した。空いた圧力鍋で2回目のヤマメを同じ工程で作った。今日の夕食には、1回目で作った甘露煮で十分だった。お隣のヤマちゃん家にもおすそ分けした。2回目の分はそっくり保存に回した。全体に濃い味付けになってしまったが、自分で言うのは何だがまあまあ美味しく食べられた。
夜は久し振りに長女と四方山話に花が咲いた。

今日一日晴天で烏帽子岳の雪もほとんど消えてきた

サンシュユが開花してきた

ヤマメの甘露煮を作った。全部で40尾もあったので、2回に分けた
2010年3月18日(木)
昨日松本へ出かけるとき玄関から外に出ると、前の畑の上でヒバリが空に舞い上がって鳴いていた。ヒバリの初鳴きとでもいうのだろうか?今朝もバアの3カ月に1回の定期診察で佐久総合病院に行こうと外に出ると、昨日と同じようにヒバリが鳴いていた。時間があればカメラに撮るところだが急いでいたので、今日も撮ることができなかった。これから天気のいい日には毎日賑やかになるだろうから、そのうちゆっくり撮影してみよう。
病院には、毎回駐車場で苦労するので、予約時間より早めに着くように家を出た。
9時に到着し、誘導員には河川敷のほうへ行くよう指示されたが、立体駐車場のほうに入れたいので少し待って、そちらのほうに並んだ。間もなく数台の車が出て行ってそれほど待たずに停めることができた。
佐久総合病院も懸案だった建て替え問題が解決し、救急や急性期医療、専門医療などの基幹系医療の診療施設を佐久市内の工場跡地に新設し、現在の病院は地域医療系の施設として存続させることになった。先日信濃毎日新聞に新設する病院施設への交通アクセスの計画案も報道されていた。いずれこの病院にもお世話になる日も来ると思うので、早く整備してほしいものだ。
バアの診察は早目に行ったおかげで、予約してあった時間には診察が終わり、薬局で薬を受け取って駐車場を出るまで
1時間もかからなかったので、駐車料金も無料だった。いつも100円を払っていたので、1時間以内が無料というのは知らなかった。
早く病院が済んだので、佐久平のジャスコに行き、買い物をしたあと店内にあるスターバックスでカフェモカを飲んだ。久し振りに飲んだモカはやたらと甘く感じたが、最近あまり強い甘さのものは敬遠気味だったので、新鮮で美味しく感じてしまった。糖分取り過ぎに気を付けなければ・・・。
お昼前に家に戻って午後からは、風呂場や洗面台などの水回りの掃除をした。明日久し振りに長女が来るので、あまりカビだらけのところを見せるわけにはいかない。
2010年3月17日(水)
今朝の気温は再びマイナス1℃まで下がった。昨日とは10℃以上の差だ。それでも霜が降りたり氷が張ったりしていない。やはり春が近いのだろう。天気も良くすっきりした天気の中、ヤマちゃん夫妻とジイとバアの4人で松本へ出かけた。
用事を済ませ最初に行ったのは、「カモシカスポーツ松本店」だ。山好きなヤマちゃん夫妻が、新宿高田馬場の本店に行ったことがあり、松本店も行ってみたいというので、ネットの地図を頼りに行ってみた。中心市街地から少し離れていて、初めて走る道で不安だったが意外と迷わずすんなり行けた。なにしろ周りに何もなく、他に紛らわしい建物もないのですぐにそれとわかった。
山の道具や装備、衣料品などは一通り品揃えしてあって、お金さえあればいろいろ買いたくなるようなところだ。エコバッグの一環としてお店で売っているマイバッグ(
1,500円)を買い、それを持参して商品を購入すると、今は決算セールで商品が15%引きになるとのことだった。松本市内に住んでいれば買っただろうが、滅多に来られないだろうから、マイバッグまでは買わなかったが、バアはおしゃれな帽子を購入した。ヤマちゃんもデイバッグを買っていた。買い物を終えてから、店内にある喫茶コーナーで無料のコーヒーをいただいた。
その後は、松本の中心市街地に戻り、何度か行ったことのある定食のお店で昼食を取った後、老舗デパート「井上」に行った。手持ちのデパート券は、長野に越してきてからは、なかなか使えるお店が近くにないので、こういう機会でないといつまでも宝の持ち腐れになってしまう。婦人服売り場で、バアが
4月におばあちゃんに会いに広島まで行くときに着る春物のコートを購入し、ようやくデパート券を使い切ったようだ。
今日の松本市内からは北アルプスの山並みがよく見えた。午前中は、まだ真っ白に光って見えたが、一通り買い物を終え帰る頃には逆光になってシルエットになって黒く見えた。せっかくのいい景色だったのに、カメラを持っていくのを忘れ撮れなかった。
午後
4時半過ぎに家に戻ってくると、ポストに市の広報などの配布物が入っていたので、暗くなる前に各戸へ配って歩いた。今日の配布物には、来年度の生涯学習講座・教室の案内も入っていた。また来年度何を受講するかバアと相談しなければ・・・。中央公民館の水彩画講座は同じ先生で募集があるのでそれは応募するつもりだ。
2010年3月16日(火)
朝いつもより少し早く起きて可燃ごみをステーションまで出しに行った。朝日が射していたので晴れているもの思って玄関を出ると、昨夜来の雨がまだ残っていた。傘をさすほどでもなかったのでそのまま家を出たが、ふと見上げると西側の山に虹が出ていた。これぞ早起きは三文の徳か。ごみを出して家に戻る頃には雨も止み、虹も消えていた。
気温は朝から
10℃を超えていた。雨も降った後で、気温も高いとくれば渓流釣りには好条件、ということで朝食後、釣りに出かけることにした。9時過ぎに家を出て、最初に先日真田一族の山城ウォーキングした近くの神川(かんがわ)の支流に行った。初めての川だ。来週釣り仲間がやってくるので、新しい川を開拓しておくのが目的だ。
来る途中まで雨交じりだったが、釣り始めたころには雨も上がり、雲も切れてきた。
1時間も釣っていると汗ばむような陽気になった。1時間半で4尾を釣り上げたが、3尾は15センチ以下でリリースした。狭い川幅にしては水量があり、ポイントが少なかった。12時半まで粘ったが当りもなくなったので諦めて納竿した。
車に戻ったところでタイミング良く釣り仲間の深谷のマイスターから携帯に電話が入った。まだ家に帰るには早すぎるので、ホームグラウンドでもう一度竿を出すことにした。家を中心に逆の方角なので、
1時間近く走ってホームグランドの1か所に行ったが、水量が多く水が濁って釣りにならなかった。近くの川上で橋の新設工事をしている影響だろうと、工事現場の上まで車で行ったが、そこでも泥が大量に混じった濁りで、どうやらこれは昨日からの雨と気温の上昇による雪解け水による増水が原因のようだ。
仕方なく別の川へ行ったが、そこも濁りはひどくはないが増水で渡渉が難しく、釣り上がることができない。普段なら川底が見えるので渡れるのだが、増水と濁りで底が見えず、深さが判らないので、無理をして川を昇ると流されてしまう。水のないところは背丈ほどの枯れたアシが行く手を阻む。それでもしばらく頑張って竿を出したが、当りもなく風も出てきたので止めることにした。
川に入る前にバアには少し帰りが遅くなると連絡しておいたが、早々にここの川も諦めたので、最終的には最初の予定通りの時間に家に戻ってきた。家に戻って、外の水道で道具を洗い、ついでに汚れた車も洗ったが、その間に急に冷たい風になって、水を使っている手がしびれるようだった。明日はまた氷点下になるという予報だ。

神川の支流
2010年3月15日(月)
天気予報では、午前中晴れで午後からは雨ということだったので、午前中風がなかったので畑で可燃ごみを燃やし、そのあと冬の間スコップで掘り起こしておいた畑をミニ耕運機で耕した。ホームセンターのチラシ広告でジャガイモや春野菜が掲載されるようになったので、そろそろ植えつけの準備をしなければ、という気がしていて昨日の日記にもそのように書いたが、今日は朝から気温も高めでここ数日雨も降っておらず畑の土も乾いているので、急きょ耕すことにした。粘土質の土なので、雨が降ってしまうとまた乾くまで数日できなくなってしまう。
耕すに当たって、去年の野菜作りに使った敷き藁を、小さく刻んで畑にまき、さらに苦土石灰を撒いてから、ミニ耕運機で耕した。今月中に、次は肥料を入れて
23回ミニ耕運機で耕した後、4月に入って頃合いを見て、ジャガイモの植え付けをして今年の農作業のスタートとなる。
畑に出ていると、近くの林から鳥の鳴き声や、動物の叫び声がよく聞こえてくる。たまたま生協の配達が遅れて待っている間、バアとミッチャンが畑の様子を見に来ていたが、その間に池のそばにイタチが現れて、偶然
3人でそれを目撃した。バア以外はこの辺でイタチを見るのは初めてだったので、思わず感嘆の声をあげてしまった。姿を消した池のほうへ走って見に行くと、巣穴らしいところに隠れてしまった。どうやらこの辺をねぐらにしているらしいので、これから時々目撃することができそうだ。イタチは肉食なので野菜作りには影響がないだろう。モグラでも獲ってくれればいいのだが・・・。夕方になって雨が降ってきた。

ミニ耕運機で畑を耕した
2010年3月14日(日)
朝から抜けるような青空だった。気温が高くなると思ったが、意外と風が冷たく外は寒く感じた。今日は午前中、市の各種健診申込書の回収のため組内を歩いて回った。ある家では、ちょうど仕舞ってあった大根を開ける作業をしていて、大根をいただいてしまった。寒くなる前に収穫して保存しておいた大根とのこと。保存方法を聞いたが、発泡スチロールにしまっておいただけだという。むろとかに仕舞っていたわけではなさそうだ。
1軒は留守で回収できず、夕方5時ごろ再度行ったがまだ帰ってきてなかった。夜7時前に電話したら帰っていたので、取りに行った。会って話をしたら、留守にしていたが、玄関の引き戸は片方だけ開くようになっていたらしい。昼間伺った時には、引き戸のガラス越しに、靴箱の上に申込書が置いてあるのが見えたが、留守なのにまさか中に入っていただいて行くわけにはいかないので、そのまま戻ったのだが、いつも玄関は開けられるようにしているので、遠慮せずに中に入って持っていってください、と言われてしまった。かえって何度も足を運ばせるほうが心苦しいので、ということだった。
まだこの辺りでは、のどかな安心、安全神話が残されているらしい。願わくはこういう神話が壊れてしまうような事件が起きないことを祈る。上尾では新築の家に引っ越して間もなく、寝ている夜中に泥棒に入られたことがあった。
日中庭に出るとあちこちに春が近いことを伝えてくれる現象が現れ始めていた。クロッカスの花が咲いていた。サンシュユの花芽が膨らんで今にもはじけそうになっていた。チュウリップやスイセンの新芽の丈が随分と長く伸びてきている。冬の寒さで花や葉が茶色く焼けていたパンジーの花も色を取り戻し、鮮やかな黄色や紫になってきた。去年ヤマちゃん家が植えたシャクナゲのつぼみも膨らんでいる。気温はまだ氷点下に下がるが、日中晴れれば
10℃以上になるようになってきた。そろそろ畑の準備をする時期になってきた。

朝から抜けるような青空、先日の雪で浅間山もまた白くなっている

サンシュユの蕾も膨らんだ

見えなくても日当たりの暖かさは感じる?今日のポチ
2010年3月13日(土)
昨夜は強い風が吹いていた。上尾に住んでいるときは、強い風が吹くと家が揺れる感じがしたが、こちらはそういう心配はないが、何か飛んでくるのではないかと別の不安がある。朝起きると特に枯れ葉以外は飛んできてはいなかったが、デッキに置いてあったサンダルが飛ばされてジイ小屋のほうまでいっていた。夜中ほどの強い風はおさまったが、今日一日風が吹いていた。
午前中ホワイトデー用のプレゼントを買うため上田へ出かけた。上田のジャスコに車を停めて、ジャスコのホワイトデーコーナーを見たが、これと思うものがなく、中心市街地まで探しに行くことにした。途中お蕎麦屋の「刀や」でお昼にすることにした。この店は上田では有名で、全国的にも信州のガイドブックにも必ず掲載されるお店だが、ソバが少し硬めのアルデンテなのでそれを嫌う人もいるようだが、食べてみると歯ごたえがあってそれも良しかな、とも思う。
11時半を少し過ぎた時間に入ったので、待たずに食べられたが、お店を出るころには外で待つお客も出始めていた。おそばの量は、小、中、普通、大盛りの4種類で、普通盛り二つと天婦羅を注文したら、女性の方で普通盛りは食べ切れないと思うので、中にしたほうがいいですよ、と言われバアは中にしたがそれも食べ切れなかった。ジイも、普通盛りをやっとの思いで食べ切った。
苦しくなったお腹を抱えて、中心街にある和菓子屋に行ったが、以前より店内が小さくなって商品も少なく、購買意欲が湧かなかった。続けてみすず飴の飯島商店に行ったが、ここでもいまいちで、きっとお腹がいっぱいのせいで食べるものに興味が湧いてこないのだということに気が付いた。結局中心市街地での買い物は諦めてジャスコへ歩いて戻った。思い直してジャスコで何とかプレゼントを買い、食料品を買って家に帰った。
上田市内を歩いたので、携帯の歩数計は
8,000歩台になっていた。風が強く晴れていたので、花粉が相当飛んでいたのか、花粉症でもないのにくしゃみが出て、目もごろごろした感じでしょぼついている。花粉症は突然やってくるというが、まさか?
2010年3月12日(金)
今日は一日晴れで、気温も上がるという天気予報だったので、今シーズン三度目のスキーに一人で行くことにした。カービングスキーの板と靴を新調したので、機会があればスキーに行きたいと思いながらも、なかなか行けなかった。
今日は金曜日なので湯の丸高原スキー場だ。ここでは毎週金曜日はシニア(
60才以上)の一日リフト券が1,000円なのだ。午前9時過ぎに家を出て、940分にはスキー場に着いた。距離にして22km、思った以上に近い。佐久平に買い物に行くのとあまり変わらない。
スキー場は空いていたが、同じような年配のスキーヤーが目に付いた。もたもた滑っている脇を颯爽と追い越していくスキーヤーをリフト乗り場でよく見ると、こちらよりかなりお年を召していると思われる顔をしていて驚いたりする。スキーウェアを着てヘルメットなどをかぶって、きれいなターンをしながら滑っているとそれだけでも若々しく見えるものだ。そんなかっこいい滑りはできそうもないが、広々としたコースを邪魔されずに、人目も気にせず滑れるのは気持ちがいいものだ。
10時から滑り始めて、昼食、休憩をはさんで午後230分まで、たっぷり滑って満足した。レストハウスには持ち込みができないので、お昼はコンビニで買っていったおにぎりとパンを車の中で食べた。ゲレンデと駐車場が離れていないのでそんなこともできた。前回は、レストハウスのラーメンを800円も出して食べたが美味しくなかった。ガソリン代などを除き、今回のスキー費用は1,500円でお釣りがきた。
今シーズンあと
2回ぐらいは行って、もう少しうまく滑られるようになりたい、と思っている。245分にスキー場を出て家には315分に帰ってこられた。さすがに疲れが出たのか、夕食まで1時間ほど眠ってしまった。

リフトの上から見た湯の丸スキー場第6ゲレンデ、人が見当たらない?

かもしかコースという初級コース、機械で圧雪した跡がまだ残っていてほとんど滑った跡がない
2010年3月11日(木)
朝起きるとまたうっすらと雪が積もっていた。朝の早い新聞配達の足跡が残っていないので、5時から6時ごろに降ったのであろうか。目が覚めた620分には日の出の朝日が差し込んでいた。もう一度寝なおして1時間後に起きるといつの間にか曇っていた。
朝食後家の掃除をし終わったころ、雲が切れて晴れ間が出てきた。少し冷たい風は吹いていたが、久しぶりに明神館までウォーキングに行くことにした。
1020分に家を出て、1時間弱で、明神池の近くの憩いの家に着いた。お腹がすいたので、ジャガバタ(2300円)を頼んで食べた。以前はここで古代米(紫米)を入れて打った紫ソバや具たくさんのすいとんなどが食べられたが、最近はそういう食事は出しておらず、お焼きとジャガバタぐらいしか置いていない。それも冷凍で注文があると温める、という状態だ。
ジャガバタと一緒に手作りの漬物
3種類と甘く煮た豆が添えられていた。30分ほど休んで、家に戻った。帰りは、あまり回り道せず直線的に戻ってきたので45分ほどで家に戻ることができた。往復で、携帯の歩数計は楽々と1万歩を超えたので、今日は家の中での電動ウォーカーは省略した。やはり家の中を歩くよりは景色を眺めながら歩くほうが気持ちがいい。昼食はジャガバタ1個で我慢しておけばいいのだが、それでは物足りず結局家でおソバを食べてしまった。
午後はポチの診療日だったのでゆりかご動物病院へ出かけた。午後
4時前に到着したが、先客が3組も来ていたので、診療を受けることができたのは5時前になってしまった。診察室もいつもの場所ではなく予備室のほうだった。ここの場所で診療を受けるのは初めてだが、見えないポチにはあまり違和感はなかったようだ。今日は眼圧の検査もしてくれた。眼圧は正常だとのこと、先日右目をしょぼつかせていたので心配したが、緑内障などの症状はないということで胸をなでおろした。念のため目薬をさしてもらった。診療が終わって家に帰ってきたのは6時過ぎになってしまった。

明け方うっすらとまた雪が積もった

朝がた裏の池に白鷺、カワウ、ミコアイサが飛んできていた
2010年3月10日(水)
昨日降り出した雪は、夜中まで降り続けた。日中は東風に乗って、夜は西風に乗って降ったので、デッキの上も全面白一色だった。目で計測したところでは、20pほどの積雪になった。昨夜は高速道路も上信越道、長野自動車道が一部通行止めになった。
6時過ぎに目が覚めてしまったので、雪景色を一眼レフで撮影した。久しぶりに除雪車が出動していた。今シーズンでは、12を争う積雪量だが、写真を撮る頃は雪から雨に代わっていたので、どんどん雪が融けていった。
9
時ごろには雨も止んで陽が射し始めたので雪掻きを始めた。ヤマちゃん夫妻も出てきてそれぞれの持ち場をやった。雨が降って湿気を含んだ雪は重くて大変だったが、車のわだちが固まって掻きにくいということはなかったので、比較的楽に除雪ができた。
一通り作業が終わって、ジイとバア、ヤマちゃん夫妻が外でしばらく井戸端会議となったが、身体を動かしたせいか外にいても寒く感ぜず、話も弾んだ。その間にも雪は一気に融けていった。
雪掻きの後は、昨日の続きで水彩画を描いた。お手本を元に昨日はデッサンだけで終わってしまったので、今日は彩色をした。お手本のような色を出すのは難しかったが、色の工夫によっても遠近を表現できることを学ぶことができた。午前中
2時間では終わらず、午後も2時間ほどやってようやく終わらせることができた。
午後になると晴れていた空が雨雲に覆われ、また雪が降り始めた。今日はそんな状態が二、三度続いたが夕方には雨雲も去ってまた夕日が輝いていた。
今夜のニュースで、佐渡トキ飼育センターでトキがイタチに襲われて
8羽が死んだというニュースが流れたが、今朝のデッキにはイタチと思われる足跡がくっきりと付いていた。イタチは先週バアが庭に出ているときに、庭の一隅で遭遇している。土曜日にはジイが組長会議の帰りに家の前で、キツネに出会った。今年はシカを始めとして野生動物とよく鉢合わせになるようだ。自然が豊かだと言うべきなのか、自然が減少して野生動物が人の暮らしの領域に入り込んできたのか、どちらなのだろうか?

午前6時過ぎの雪の様子

午後5時過ぎの雪の様子

お手本を見ながら描いた水彩画

お手本にした本

イタチのものと思われる足跡
2010年3月9日(火)
朝ごみを出しに行った時はまだ曇り空だが雪は降っていなかったが、10時過ぎから天気予報どおり雪が降ってきた。今日の雪は、一昨日の雪とは違って初めからサラサラのパウダースノーだったので、降り続ければ積もるだろうなと思っていたが、案の定午後8時を過ぎても降り続き、一面真っ白になってしまった。
外へ出たのはごみを出しに行った時と、屋根に積もった雪が大きな音をたてて落ちたので、様子を見に出た時だけだった。この
3日間ずっとこんな状態だ。運動不足にならないよう電動ウォーカーがフル稼働している。以前にも書いたが、携帯をドコモのラクラクフォンに替えてから、その携帯に付いている歩数計の10,000歩を目安に電動ウォーカーで歩いている。
家の中でもじっとして動かないでいると、電動ウォーカーを
30分、2回やっても10,000歩までいかない。バアは、午前中から午後に掛けて23回やって夜までには10,000歩をクリアしているようだ。ジイは、ともすると夜までクリアできずにぐずぐずしていることが多い。今日もこの日記を書き終わったらもう1回やらなければならない。
今日の日中は、ジイとバアの家の水道光熱費のエクセルのデータを整理した。古いデータを整理するのに新しいエクセル
2007のソフトを使ったが、使い方が新しくなって戸惑ってしまった。いろいろ新しい入力方法が加えられているが使いこなせそうにない。今までのエクセルでも十分過ぎるのだから・・・。整理したエクセルの表をPDFに変換して、ホームページに掲載した。
それが終わった後は、「水彩画プロの裏ワザ」のお手本をスケッチブックに書き写した。彩色まではできなかった。お手本はフランスのブルターニュ地方の田園風景をスケッチしたものだが、お手本通り描けるか自信はない。

午前10時過ぎから降り始めた雪は瞬く間に一面に積もった。
2010年3月8日(月)
昨日の雪は、予報どおり夜半には止んだようで、朝はまだ曇っていたが次第に晴れ間が広がった。道路は全く雪が積もっていなかったので、心配した雪掻きもしなくて済んだ。それでも朝のうちの景色は、いかにも雪国風の景色だった。気温があまり上がらなかったので、屋根の雪が融けてできる水滴がツララになってしばらく下がっていた。それも午後になると一気に屋根の雪とともに融けて地上に落下してしまった。雪が解け始めるとカワラヒワが庭に転がしてあるヒマワリの種を一生懸命ついばんでいた。
今日は生協の宅配便の来る日なので待っていると、定刻の
11時ちょっとすぎにやってきた。ようやく独り立ちして道も覚えたのか、定刻に近い時間に来るようになった若い女性の配達員さんが、「さ来週からエリアが変わるので別の人が来るようになります」とのことだった。1月から来るようになった人だが、しばらくベテランの人に付いてきてもらって、独り立ちしてひと月もたっていないはずだ。交代するのはいいが宅配とはいえ食品を扱うのだから、固定した配達員のほうが安心できる。約2年間で4人目となるのは、どういう事情かわからないが、少し変わり過ぎのように思える。
午後は、「春の道路普請」という名目の、道路の清掃、ごみ拾いを今月
28日に町内会一斉にやるので、そのお知らせをパソコンで作成して各戸に配った。一昨日の組長会議では、開始する時間は各組で自由に決めていいということだったが、去年の日記を読み返したら、午前6時に集合して始めたと書いてあったので、去年と同じく6時集合にした。去年の日記では6時前の気温がマイナス4℃だった、とぼやいていたが、今年はどうだろうか?配って歩いた1軒で、家の人に出会ったのでお知らせを手渡したら、雨の時はどうする?と聞かれて、全く想定していなかったので面食らった。咄嗟に「その時は連絡します」と答えたが、連絡網も作ってないので全戸に連絡するのも容易じゃない、晴れることを願うしかない。
夕方は、パソコンに取り込んだカメラの画像の整理をした。一眼レフを買ってから、写真を取る量が増えたが、このままパソコンにどんどん入れていくと、いくらハードディスクの容量が大きくなったとはいえ、重たくなってしまうだろう。そろそろ何年も撮りためてきた画像も分類の仕方を見直し、記録媒体も内蔵ディスクや
CDUSBメモリーなどまちまちなのでそれも合わせて、整理する必要がありそうだ。

雪は止んでいたが一面の雪景色に


それも午後にはあらかた融けた


雪の中ヒマワリの種をついばむカワラヒワ

2010年3月7日(日)
昨日の雨から一転して今日は朝から雪になった。湿った雪だったので積もらないかと思ったが、さすがに一日中降り続けていたので、一面の雪野原となった。日記を書いている午後6時現在でも降っているので、このまま降り続けたら明日は久し振りに雪掻きをしなければならないかもしれない。先日のポカポカ陽気で、もう雪掻き用のスコップは仕舞っている。天気予報では、明日は夜半から雪はやみ、日中は晴れとのことなので、その予報が当たることを期待しよう。
雪で道が悪くなる前に午前中佐久まで買い物に出かけた。野菜とパンが乏しくなってきたので、まず立科のツルヤに寄って野菜やパンを買い、次はポチのカリカリ御飯がなくなりかけているので、佐久のカインズへ行った。目が見えなくなって意気消沈している面もあるが、まだ食欲はあるのでその点は安心だ。ついでに猫のトイレの砂も購入した。最後にジャスコでパンと昼食用の寿司などを買って家に戻った。帰りは御牧原台地を通って帰ったが、一部道路にも雪が積もり始めていた。
午後
4時から中央公民館の発表会の会場で今年度の生涯学習講座の閉校式が行われるので、3時に家を出て中央公民館に向かった。途中、水彩画教室で一緒に習っている田中駅近くのYさんを乗せて会場に向かった。いつも教室の行き帰りに乗せてあげるようにしていたが、一昨日発表会のときに過分のお礼をいただいてしまい恐縮してしまった。公民館への通り道なので気軽に誘って乗せてあげていただけなのだが・・・。来年度も一緒に習いましょう、ということで、そうなったらまた乗せてあげようと思う。中央公民館の閉校式には、かなり大勢の人が集まっていた。我々の水彩画のパネルを背にして閉校式が行われた。公民館長があいさつの中で、東御市の生涯学習は伝統的に盛んであると言っていたが、展示されている作品や集まった人の多さなどを見ていると、それもうなづけた。

朝から夜まで降り続けた雪

中央公民館生涯学習閉校式
2010年3月6日(土)
朝から夕方までずっと雨だったので、午後6時からの組長会議のために出かけるまで外には一歩も出ることなく、家の中で過ごした。午前中は、文芸春秋三月特別号の小沢一郎特集の記事をいくつか読んだが、小沢一郎の政治的死をいろいろな角度から論評するものばかりで目新しいものがないせいか、すぐに眠くなってしまう。
今日は午前中からポチも膝の上に乗ってきたので、ポチに対処する新しい方法を考案した。こたつの中に入れている足元に丸椅子を置いて、ポチが膝の上に来た時はこたつ掛けの下の足を開いてそこに椅子の面が来るようにし、膝の上から椅子の上にそっとポチを移すようにした。身体の温かみが伝わらないのでポチには不満のようだが、こちらはポチの重さを受けなくていいので楽で助かる。これなら膝の上に乗りに来られても邪険にしないで済みそうだ。
午後は、かなり長い時間こたつの中に置いてある足乗せ台の上で眠っていた。夜もずっと自分のベッドにいることが多かったので、椅子作戦はポチにあまり気に入られていないようだったが、夜テレビを見ながらこの日記をパソコンで書いているとまた膝の上に乗ってきたので、同じように椅子の乗せ替えて寝かせてやる。
夜の組長会議は、午後
6時からだったが、今回は区費など各組内で集金したお金を役員に納めなければならないので、少し早目に出かけた。一括で渡せば済むものと思っていたら、区費、消防協力費、防犯灯負担金とそれぞれ別々に受け付けていた。理由は会計が別だからということらしいが、一括で受け取ったお金を後で分ければ済むことなのに、いちいち受付まで二人ずつ手分けして6人がかりでやっていた。こちらも合計で1軒あたり11,200円ずつ集めているのに、渡すときは小分けして渡すので、おつりが必要になり手間取ってしまった。
そんなこんなで、区費の引き渡しが終えてみんなが集まって会議が始まったのは
6時半を過ぎていた。会議は1時間ほどで終わり、その後はお酒とつまみが用意されていたようだったが、車で行ったので失礼して帰ってきた。組長の一人が、会議中区長に、会議次第を事前に用意してほしい、という要望を出していたが、その通りだと思う。会議後の酒席の準備だけは怠りないようだが、会議の内容や進行についてはあまり準備されていないようで、話題が行ったり来たりしていた。
これでは、今の政府の普天間問題と同じようだ。来週あたりから明らかになってくるのだろうが、すったもんだした挙句に移転先は暫定として?キャンプ・シュワブで手打ちにするようだ。まるでこれでは詐欺としか言いようがない。

ポチを乗せる椅子
2010年3月5日(金)
朝は霧が深く立ち込めていた。南側の一人暮らしのIさんの家が見えないほどの霧だったが、それも9時を過ぎるころから消え始め、青空が出てきた。それとともに気温がぐんぐんと上がってきた。ヤマちゃん夫妻が明神館までウォーキングに出かけるというので、われわれも一昨日行った真田の歴史散歩の続きをすることにした。
11
時に家を出て、途中コンビニで弁当を買い、上田市真田(旧真田町)にある砥石城・米山城跡に行った。城跡に向かう登り口にある駐車場は、10台ほどは停められるようになっていて、水洗の簡易トイレもあった。11時半に登り始め、ガイドブックでは30分の登りとなっていたが、そこまではかからず登ることができた。少しきつい坂と、途中からは最近整備したと思われる階段が長く続く痩せた尾根道を昇り切った先に砥石城跡があった。南には蓼科山や八ヶ岳、北西には北アルプスも見えた。東のほうには四阿山、根子岳も見える見晴らしのきく城跡だった。山城なのだから当たり前だが・・・。
ここで景色を眺めながらお弁当を食べた後、尾根伝いに本城、桝形城の城跡があるので、そこまで歩いたあと戻り、同じ尾根の反対側にある米山城跡まで行った。下山は、米山城跡から別のコースを降りて、一般道を少し歩いて車を停めてある駐車場に午後
1時半に戻った。
一昨日とは打って変わって、暑いぐらいの陽気で帰りの車は、窓を開けて走った。
2時に家に戻った後、デッキの温度計を見ると気温は21℃になっていた。山歩きをしている間、初夏のような体感だったが、実際の気温もそのころのものだった。
2
時半に家を出て、東御市中央公民館に行った。明日、明後日の二日間、中央公民館の生涯学習講座に参加している人たちの発表会に、水彩画を展示するためだ。公民館の駐車場は満車で、近くの市役所の駐車場に行ったが、そこも満車でしばらく空くのを待たなければならなかったので、会場に着くと水彩画の仲間のほとんどがもう集まっていた。一つのパネルに2作品ずつ、先生の描いた絵も入れて全部で15作品が展示された。立派な額に入ったみんなの作品は、先月の最後の教室で展示する絵を決め合った時よりも、今日のほうが一段と出来栄えがよく見えた。話を聞くとみんな同じ上田の画材屋さんで買い求めたようだった。

朝は濃い霧に包まれた

真田の砥石城跡への登り

午後2時過ぎのデッキの温度計は21℃に

発表会のパネル、左端がジイの作品
2010年3月4日(木)
朝から曇り空で今にも雨が落ちて来そうな天気だった。降ってくる前にと、午前中近所へ市の広報やごみ収集カレンダーを配布して歩いた。ごみカレンダーが模造紙サイズの大きなものなので、ポストに入れるわけにもいかず、11軒手渡しで配った。2軒ほど留守で出直しになった。
配り物をしてきた後、
10時ごろから2時間ほどポチに膝の上に乗られて身動きが取れなかった。目が見えなくなったポチにとっては、ジイやバアの膝の上が唯一安心して休める場所なのだろう。このところ頻繁に膝の上に乗ってきたがる。10分や15分ぐらいならいいが、1時間、2時間となると、わずか3kgでもこちらの腰やお尻が痛くなってくる。邪険にしてかわいそうと思うが、癖にならないよう適当なところで降りてもらうことにする。昼食後は諦めたのか、こたつの中の足乗せ台の上で過ごしていた。
ポチから解放された午後は、渓流釣りのウェーダー(ゴム長靴)の修理をした。穴があいて水が入ってくるようになり、一度修理したがまた水が沁みてくるようになったので、再修理だ。そろそろ買い直したいところだが、直せばまだ使えそうなのでもう少し我慢して使うつもりだ。昨日ナベさんから電話があって、今月下旬に日帰りでこちらに釣りに来ると連絡があった。一緒に釣る前に新規に釣れそうなところを開拓しておこうと思う。今シーズン
2回の釣りで早くも仕掛けを20セットも使ってしまったので、ウェーダーの修理の後、仕掛け作りをして補充した。
午後
3時前から雨になり、時折雪も交じるあいにくの天気になってしまった。暗くなる前に、午前中留守だった家にごみカレンダーを届けに行き、1軒は会えたが、もう1軒はまだ留守だったので、カレンダーを丸めビニール袋に入れて玄関前に置いてきた。
家に戻ると間もなくユーパックが届いた。送り主は、綾瀬の兄からだった。御殿場・小山町の名産で有名な「水かけ菜」だ。昨日田舎へ行った帰りに道の駅「ふじおやま」で見かけたので送ってくれたそうだ。今の時期だけしか売られていない漬物で、あまり日持ちがしないものなので、早速今夜夕食のときにいただいた。
午後から降り出した雨が夜になっても降り続けている。この時期は夜になると雪になるはずだが、雨のまま降り続けている。

こたつに入ったジイの膝の上で眠るポチ
2010年3月3日(水)
今朝は月1回の発泡スチロールの回収日で、公民館まで出しに行った。上尾の時は可燃ごみと一緒に出せたので不自由さを感じなかったが、こちらでは近くのステーションにも出せず、月1回午前730分までに公民館まで車で行かなければならないので、不便さを感じるようになった。先月出すつもりでいたのに忘れてしまい、2カ月近く物置の中にしまわれていた。かさばるので物置を開けるたびに目についていたので、ようやくすっきりした。
午前
9時半に家を出て、上田税務署に出かけた。10時過ぎには到着したが、申告会場は申告に来た人でごった返していた。受付で10分ほど並んだあと、譲渡所得のチェックをしてもらい、実際の確定申告は、担当の人がパソコンで数字を入れてくれたのでそばで見守るだけで済んだ。ジイとバアの二人分の申告が終わって、税務署を出たのが11時ちょうどだった。これで安心して東御市の住民税や国保税の通知を待つことができる。
久しぶりに天気もよかったので、真っすぐ家には帰らず、真田の周辺をウォーキングすることにした。真田へ向かう途中のコンビニで昼食を買い、まずは真田氏歴史館に行った。入館料
200円を払って入ったが、30分ほどいて他に入館者はなく貸し切りだった。展示品も乏しく、ほとんどレプリカかコピーしたもので、一度見たら二度と見に来ないだろう。リピーターは望めない内容だった。
歴史館に隣接する館跡も歩いたが、一角に水道の給水タンクがあったり、マレットゴルフ場になっていたり、神社が建っていたりと、完全に一度は跡かたもなくなってしまったものを、無理やり中途半端に復元を試みて失敗してしまった見本のようなものだった。
さらにそこから
30分ほど山側に登って行った所にある真田氏本城跡に行った。山城にふさわしい見晴らしのいい所だったが、ここも城を偲ばせるような石垣などもなく、途中の坂道もコンクリートの擁壁になってしまっていた。頂上にむなしく教育委員会の看板が立っているだけだった。風通しのいい場所で寒くなってしまったので早々にそこを引き揚げて、車を停めておいた歴史館の駐車場まで戻った。
1時間歩いて携帯の歩数計はまだ1万歩に達していなかったので、さらに車で真田幸隆、昌幸の墓のある長谷寺(ちょうこくじ)、真田氏の氏神だった山家神社へ足を延ばした。信濃毎日新聞に連載されている火坂雅志作小説「真田三代」の舞台になっているので行ってみたが、あまり当時の歴史に想像力を駆りたてさせてくれるものに乏しかった。

貸し切りだった真田氏歴史館
2010年3月2日(火)
昨夜から降っていた雨も朝起きてごみを出しに行くときにはやんでいて、道路も乾き始めていた。晴れてくれるかと期待したが、天気予報どおり一日曇り空で太陽を見ることはなかった。うっとうしい天気だと外へも出る気がせず、ずっと家の中で過ごした。
午前中は、明日税務署へ確定申告に行く予定なので、確定申告の様式をネットでダウンロードし、プリントアウトして、申告内容を記入した。年金収入額から所得額を算出する方法もすっかり忘れてしまっていて、ネットで調べながら計算した。社会保険料や特別扶養控除、基礎控除で、すでに課税対象所得はマイナスになった。医療費控除は、バアの年金所得のほうで控除することにした。もともと年金から所得税が源泉徴収されていないので還付はないが、確定申告しておけば住民税や国保税の課税額も違ってくると思われるので、譲渡所得の申告と合わせて明日申告に行く。
お昼に岩手の師匠から電話があった。昨日は岩手の解禁日で、早速休暇を取って行ったそうだ。前日までのポカポカ陽気が一転して、小雪舞う中での釣行で、魚の食い付きがいまいちだったそうだが、それでも
10尾をゲットしたとのこと。添付したはずの写真が添付されておらず、今夜改めて写真をメールで送ってくれた。写真を見ると太めのきれいなヤマメで20センチ前後の粒ぞろいだった。師匠の弟子たちもこのブログを読んでいるので、写真を載せることにした。ゴールデンウィーク近辺の岩手釣行が楽しみだ。
午後は、ポチが膝の上に乗ってきてずっと動かなかったので、何もできず、パソコンのゲームで夕方まで遊んだ。
4時間もやっていたら目だけでなく頭までおかしくなった気分だ。今日のポチは、薬が効いているのかトイレの失敗もない。少しずつ見えない現実を受け入れ、対応しようとし始めているようだ。

今日のポチ

師匠から送られてきた写真、昨日の解禁日の釣果
2010年3月1日(月)
2010年も早やふた月が過ぎて今日から3月だ。季節も変わり目になってきたような雰囲気だ。先日上尾に行った時は、梅が満開になっていて驚いたが、こちらも23日前から梅の花がほころび始めた。まだわずかしか咲いていないが、カメラに収めた。
今日は朝から晴れて
4月のような陽気だった。地元のテレビでは、福寿草は冬の終わりを告げる花と伝えていた。ジイは、春を最初に伝える花だと思うのだが・・・。その福寿草が満開になっていたのでこれもカメラで撮影、ジイの日記では今年三度目の登場になる。
昨夜も夜暖房を点けるのを忘れてしまったが、朝の室内はそれほど冷えていなかった。午後になると、雲が広がってきて日射しがなくなってきた。小鳥たちが雨の降って来る前にと忙しそうに庭にやってきて、ヒマワリの種などをついばんでいた。カワラヒワとシメが並んで餌をついばんでいるところを撮影することができた。同じアトリ科の鳥なのでよく一緒に庭に飛んでくることもあるが、一つのショットに収めることができたのは初めてだ。
ポチを動物病院に連れていくと、先生がこのブログを読んだらしく、発作のあったことを心配してくれていた。特に発作の後のトイレの失敗などは、膀胱炎などに起因する頻尿の影響もあるかもしれない、ということで、膀胱炎に効果のある抗生物質を点滴に入れてくれた。合わせて明日から
4日分の飲み薬も出してくれた。
目のほうは残念だがほとんど見えなくなっている、との診断だ。右目は白内障で網膜剥離を起こして完全に見えなくなっているし、左目もおそらくかすかに明暗を感じる程度で、見えるものを像として結ぶところまではできない状態だろうとのこと。あとは見えないなりに、残された五感を駆使して、日常生活を営めるようにしてやるしかない。先生から、ポチは前向きな性格なので、そのうち見えない現実を乗り越えて生活できるようになると、励まされた。

庭の梅がほころび始めた

冬の終わりを告げる?福寿草も満開になった

シメとカワラヒワのツーショット
思いつくままに(ジイの記録)