2010年1月31日(日)
朝は昨日と同様マイナス6℃、日中は10℃を越して暖かく感じた。午前中は、昨日に続いて棚作りをした。昨日でカットは終わりにしたつもりだったが、側板に棚板を差し込む穴のサイズが合わず、穴を削りなおした。また、そのついでに、釘を使わずくさびを入れる方法にするための穴あけをした。午前中に1回目の塗装までするつもりだったが、11時にアルペンに行って、ビンディングの調整をお願いしていたスキー板を受け取ることになっていたので、作業を中断した。
家を出るときには
11時を過ぎてしまった。30分遅刻したが、アルペンでスキー板とスキー靴を受け取った。スキー板はワックスが掛かっていないので、滑る前にワックスをかけてください、と言われてしまった。前に、といっても20年以上も前になるが、最初のワックスぐらい掛けてあったようなに思うが・・・。スキー靴も専用の収納袋は付いてなかった。
午後から棚作りを再開し、塗装も二度塗りして組み立ても完成し、早速ヤマちゃん家の南側の外壁に取り付け、鉢類を置いてみた。そこで、設計ミスに気が付いた。
3段目の棚が、壁にぴったり付くようになってしまったので、鉢を置くだけで壁にくっついてしまうので、植物の葉や茎がひろがったら、壁に当たってしまう。壁までの距離を考えて棚の位置を考えなければいけなかった。今更作り直すわけにもいかず、ミッチャンに勘弁してもらった。
棚作りが終わった後は早速スキー板のワックス掛けをした。もう何年もワックスを使っていなかったので、劣化しているのではないかと心配したが大丈夫だった。ばっちりワックスを掛けたので、これでいつでも滑りに行ける。
夕方、おととしの組長さんで、隣の畑を借りるときに世話になった
Tさんに電話した。先日Tさんから、Tさんの親戚で同じ組のSさんの家の区費を半分に減免してもらうよう頼まれていた件が、先日の組長会議で半戸扱いが了承されたことを伝えた。電話したのはこのことを伝えることだけではなく、組長会議で話題になった同一敷地内2世帯住宅への消防協力金、防犯灯負担金の新たな負担が増える家がわが組にも1軒該当するので、その家とも親戚関係にあるTさんからそれとなく話をしておいてもらうことを頼むためだった。
後日区長が正式に説明に来ることにはなっているが、その前に下話をしておいてくれと区長から言われていた。しかし、新参者のジイから直接そんな話を持っていくよりも、
Tさんから伝えてもらったほうが角も立ちにくいだろう、という判断でTさんにお願いした次第だ。ありがたいことにTさんは二つ返事で引き受けてくれた。

アルペンで買ったスキー板と靴

完成した棚
2010年1月30日(土)
午前中は、27日に段取りしておいた棚作りをした。久しぶりに丸のこやジグソーを使ったので、真っすぐ切れなかったり、墨線通りに切れなかったりと散々だった。今日は午後から出かける予定があったので、一通りカットしたところで作業を終了した。塗装と組み立ては明日やることにした。
先日モミジの木に取り付けた小鳥のえさ台のリンゴがなくなったので、出かける前にリンゴの皮を
1個むいて載せてやった。ここはいまのところヒヨドリの独壇場だ。そこで、家の中から見える庭に2段の花鉢置き台を据えて、そこにヒマワリの種と小鳥用のえさを置いた。ヒヨドリはヒマワリの種や小鳥用のえさは食べないようだ。
午後から、買い物に行く前に上田創造館で開催されている「上小地域美術作品展」を見に行った。水彩画教室の先生が出品している。この作品展は絵画だけではなく、彫刻や工芸、写真、書まで上小地域で創作活動している作家たちの作品が展示されていた。
53人の作家の53品のなかで、水彩画の先生の作品は、ひときわ目を引く作品だった。まだ数年はこの先生に教わりながら水彩画を学びたいと心から思った。
上田創造館の後は、上田のジャスコに行った。今日は
30日なので恒例の5%引きの日だ。靴のコーナーで、雪道用のブーツを手にしてレジに並んだが、店員が前の客のレジを2度も3度も打ち間違えをして、挙句の果てに他の店員に交代し、自分はすぐ後ろに並んでいたジイを待たせて申し訳ないからと言って、別のレジに案内したのはいいが、別のレジまで行く前に自分だけさっさと戻って行ってしまった。そのレジはレジで列を作って客が並んでいるというのに・・・。この理不尽な扱いに、久し振りに頭にきて、ブーツを元の場所に戻して買わないことにした。別の店員が慌てて謝りに来たが、火が付いてしまった気持ちは収まらなかった。それでも食料品コーナーでの買い物をしている間に落ち着いた。
ジャスコの後は、気分を変えてアルペンに行き、スキー板を見ている間に、先刻の反動か、生真面目に説明してくれる若い男の店員にほだされて、スキー靴まで買ってしまった。予算オーバーになってしまった。元を取るにはせっせとスキー場に通わなければいけない?

棚のカットをした

上田創造館

カブの水耕栽培で花が咲いた
2010年1月29日(金)
いつ降ったのか判らなかったが、朝起きると外が雪でうっすらと白くなっていた。その割に気温はあまり下がっておらず、マイナス1℃だった。その雪も午前9時ごろには跡形もなく融けてしまった。それでも午前中、空は青空で陽も射しているのに、雪がどこからともなく舞ってくる、いわゆる風花が舞っていた。
午前中は洗面台の排水パイプの掃除をした。去年暮れの大掃除の時にやる予定だったが、台所のシンクの排水パイプの騒動で時間を取られ、その時できないまま今日まで過ぎてしまった。水を流すとボコボコという音がするので、間違いなくパイプのどこかが目詰まりしているのだろうと、パイプを取り外して掃除をしたが、思った以上には汚れてはいなかった。小さなたわしが先に付いたパイプの中を洗浄するワイヤで洗って元へ戻すと、ボコボコいう音はしなくなった。ついでに風呂場のカビ落としの掃除もした。どういうわけかこの家は寒い時期のほうがカビが出やすい。
午後になると気温が
10℃を超え、暖かそうなので久しぶりにバアと一緒にウォーキングに出かけた。しっかり防寒対策して出たので、しばらく歩いていると熱く感じるほどになった。1時間ばかり歩いて戻ると、携帯の歩数計が1万歩を超えていた。これで今日は電動ウォーカーをやらなくて済む。家に戻って福寿草の芽を写真に収めた。

朝起きるとうっすらと雪が積もっていた

福寿草の赤い芽が頭を出している(緑色の葉はムシトリナデシコ)
2010年1月28日(木)
久しぶりに朝目が覚めて外を見ると雨だった。もう習慣になっている気温の確認を、新聞受けの柱に付いている温度計でしたところ、5℃を指しているので思わず見間違えたと思ってもう一度確認したが間違いなかった。昨日の朝と16℃も差があるとは。昨日は一日の間での温度差に驚いたばかりだが・・・。
三寒四温で春に近づく、と言われるが、この気温の乱高下は、それとは違うような気がする。まだまだ寒くなっていい時期なはずだ。科学的根拠もなく何でも地球温暖化に結び付けるのもいかがなものかと思うが、こんな現象を体験するといささか不安になる。降っていた雨は午前中に上がった。
昼食を食べ終わって一息ついていると、自分のベッドに寝ていたはずのポチがベッドから痙攣しながら飛び出してきた。先月
28日以来の1ヵ月ぶりも発作だ。正気に戻るまで大分時間がかかった。今日はちょうど病院に行く日だったので、早速午後の開診時間に合わせて病院に連れて行った。少し早目に付いたので、一番に受診できた。
発作を抑える薬を飲ませているが、最も微量な
11ミリグラムを飲ませてきたが、1.5ミリグラムに増量して様子を見ることにした。これで発作の頻度が3カ月に1回ぐらいに延びればいいということらしい。発作のことはいつものように先生はそれほど心配しなくていいと言ってくれたが、ポチの発作を目の前で一部始終見ている身にとってはただ事とは思えない。発作のたびに知的レベルが下がったり、寿命を縮めたりしているのではないかと心配になる。杞憂に終わればいいのだが・・・。帰りの車に乗って家に戻る途中から、いつもの元気なポチに戻って大きな声で鳴いていた。少しほっとした。

発作のあと意識が戻った直後でまだ茫然自失といった感じのポチ
2010年1月27日(水)
昨夜の天気予報では、今朝は相当冷え込むようなことだった。朝起きて新聞を取りに行った時の気温はマイナス11℃だった。どこまで冷えているか半分期待して温度計を見たが、今季としては2番目の寒さで、一番ではなかった。その温度計も午後になり、陽が西に傾いて直接陽に当たって18℃まで上がっていた。一日の中での温度差が30℃近い、というのは驚きだ。
午前中庭を眺めていたら、チューリップの芽がいくつも出ているのを見つけた。その話をバアにしたら、バアは福寿草の芽も出ているよ、と教えてくれた。今日のような温度差の中で、植物は確実に春の訪れの近いことを感じているのだろう。
朝起きてカーテンを開けたとたんにヒヨドリの鋭い鳴き声とともに逃げていくヒヨドリの姿が見えた。その後も何度も先日取り付けたえさ台のリンゴを狙って飛んできた。リンゴの一切れは地面に落ちていたが、残りのリンゴは鋭いくちばしにつつかれていてボロボロになっていた。庭にはツグミやモズの姿を見かけるが、えさ台に来て餌をついばむのは今のところヒヨドリだけだ。
午前中家の中を掃除機で掃除をしていたせいか、いつもなら眠っているはずのポチが落ち着かず、外へ出たり入ったりしていたが、そのうち気が付くと寝室の出窓に避難していた。カメラを向けてポチの名前を呼ぶとこちらに顔を向けたのでシャッターを押した。珍しくポチらしい表情を撮ることができた。
午後は、ミッチャンに頼まれているヤマちゃん家の南側の外の日当たりのいい場所に置く棚を作る準備をした。
2×8の板を切って墨付けをした。あとは電動工具を使うので、電気料の低い土日に仕上げをするつもりだ。
夜は上八重原自治会の組長会議に出席した。午後
7時からの会議に5分前に行ったら、もうすでにほとんどの人が集まっていて、ジイが着席すると間もなく会議が始まった。諸報告の後、今夜の主題である区費の納入について意見交換がされた。
今年の決算総会で承認された自治会規約によると、今まで同じ敷地内に
2世帯の家がある場合、今までは親子や兄弟などの場合は、一つの世帯として区費や消防協力費、防犯等負担金を集金していたが、これからは、区費は1世帯分、消防協力費と防犯負担金は2世帯分を徴収することになった。かつてのジイたちのように住民登録をしていない住居の所有者にも、消防協力費と防犯負担金だけは徴収することも同時に規約にうたわれている。
それぞれの組内で、それでも区費や消防協力費と防犯負担金を支払えない事情のある家もあるようで、それぞれ順番に組長から個別的に名前が出され、半戸扱いという年間
6,500円の区費を半額にしたり、全額免除する世帯や個人を決めていった。ジイの組でも1世帯半戸扱いにして欲しいという要望のあった1軒が承認された。
ジイにとっては自分の組の人しか知らないが、他の組長たちは個人の名前が出るとおおよそそこの家の事情が判るらしく、うなずいていた。みんなで話し合って、経済的な負担を軽減してやるのは民主的なようだが、プライバシーがないのも気になるところだ。会議は
1時間で終了した。

今季2番目の低温

えさ台のリンゴをついばむヒヨドリ

掃除の間寝室の出窓に雛したポチ
2010年1月26日(火)
ごみをステーションまで出しに行くため外に出ると、辺りがうっすらと白くなっていた。夜中に雪が降ったようだ。ただ雪はサラサラで風が吹くと飛んでしまうようだった。その雪も午前中にはすっかり融けてしまった。朝の気温はそれほど低くなかったが、晴れていたものの風もあって日中の気温はあまり上がらなかった。
午前中から午後にかけて、渓流釣りの仕掛け作りに専念した。昨日年券を購入したが、解禁まではまだ
20日余ある。しかし、今年はどこの渓から始めようかなどと思いを巡らせながら仕掛けの準備をするのは楽しいものだ。全部で30個ほど仕掛けを作ったところで、手持ちの釣り糸がなくなってしまったので、終わりにした。
そのあとは、デッキに出て芽が伸びてきたジャガイモの芽欠きをした。一つのジャガイモから
5か所以上も芽を出しているものもあった。すごい生命力を感じるが、そういうジャガイモは、大分しわができて実が軟らかくなってきている。早く食べないといけないが、毎日ジャガイモだけ食べているわけにもいかない。それでも今夜のおかずの一つはシチュウになった。
2010年1月25日(月)
昨日沖縄名護市長選が行われ、午後8時には、辺野古への移転に反対する稲嶺氏の当確が出されていた。その後の開票結果では約1,500票差しかなかったが・・・。これで沖縄県内移転の目はなくなったはずだが、鳩山政権はまだ次の方向性を明確にしない、というかできないままだ。この政権が「日米軍事同盟の重要性と抑止力効果」というまやかしの呪縛から解放されない限り、基地問題の真の解決はありえない。いまこそ50年を経て世界の現状に合わなくなっている日米安全保障条約を見直すことから始めたほうがいいと思うのだが・・・。
今朝、外に目をやるとモミジの木に掛けておいたえさ台に、ヒヨドリが
2羽飛んできた。1羽がリンゴをつついている間、もう1羽は周囲を警戒するように見張り役になっていた。家の中からカメラで写した後、窓に近づいて更にもう1枚撮ろうとしたら、こちらに気が付いたのか逃げて行ってしまった。残念ながら、このヒヨドリ以外まだ他の小鳥がえさ台に近づいた様子はない。
午後は上田税務署に行ってきた。昨年上尾の土地と家を処分し、譲渡所得が発生したが、その申告について相談に行ってきた。売却した額よりも、取得した額のほうが高いので、赤字になるわけだが、それでも申告は必要か、必要とする場合の申告の書類はどんなものかなどを尋ね、法的には申告義務があるので申告してくださいということで、譲渡所得用の内訳書の様式を受け取った。
この譲渡所得については、所得税や地方税は非課税になるとは思っていたが、今年の
4月から国民健康保険に加入するようになるので、国民健康保険税がかかるようになるが、ジイが昔国保税の仕事をしていた時には、譲渡所得に対して課税していたので、それが心配だった。東御市役所の国保税の担当者に問い合わせたところでは、現在は譲渡所得に対しては特別控除後の額に対して課税するので、昔ジイがやっていたようにはならないとのことだった。いずれにしても赤字の申告をしておけば間違いないと思う。ちなみに22年度の東御市の国保税の最高限度額は73万円になるそうだ。とてもそんな額は支払えない。
上田まで行ったついでに、アウトドアショップ「バンバン」で上小漁協の渓流釣りの
22年度の年間の遊漁証(年券)を購入した。これで2月16日から地元の川で心おきなく釣りができる。さらに「アルペン」に行って、スキー板を物色したが、買うところまではいかなかった。最後に「ヤマダ電機」に寄って携帯のデータ保存のためマイクロSDを買って帰った。

取り付けたえさ台にやってきたヒヨドリ

今年の遊漁証
2010年1月24日(日)
今朝は冷え込んでマイナス9℃だった。裏のため池も再び全面結氷していた。ヤマちゃん夫妻のお誘いで今日は岩村田教会に行ってきた。2年前に行った時の牧師は異動したらしく、新しい牧師が説教していた。最近の日本の教会は、礼拝出席者が20人を満たない教会が全体の50%以上だという。世の中の変化についていけず、旧態依然としたまま、自らを変えることができなかったからだ、と。教会も変わらなければいけない、といいつつも残念ながら、どう変わればいいのかということまで言及することなく、聖書の言葉の講解に説教が終始してしまった。あなたが少しも変わっていないじゃないか、と思いながら聞かざるを得なかった。
礼拝が終わった後は、車を停めておいたカインズまで歩いて戻り、ポチのご飯やトイレ用の砂などを買った後、お昼を食べるため全国チェーンのラーメン店に入った。日曜日のお昼時のせいか、混み合っていてしばらく待たされた。小さな子ども連れの家族も多く、普段平日に出かけると年寄りばかりが目について、高齢化社会そのものという感じなのに、今日は少し雰囲気が違っていた。
昼食後は、スポーツ用品店でスキー用品を見て歩いた。スキー板は、すべてカービング用で、値段もピンからキリまであった。バアはウォーキングシューズを購入し、ジイは毛糸の帽子を購入した。スキー板は、もう少し考えてから買うか買わないか決めよう。これから先どれだけスキー場に通う体力、気力が続くかわからないのだから。最後にジャスコでパンなどを買って、買い物は終わり、家に帰った。
帰途、御牧原の大地を走っていると、北の空に真っ白に冠雪した雄大な北アルプスの大パノラマが広がっていた。いつもの道路からはずれて、絶景ポイントまでゆっくり車を走らせながら眺めた。カメラを持っていけばよかったが、今日の主目的は教会に行くことだったのでカメラを持参していなかった、残念?
2010年1月23日(土)
朝の気温は氷点下3℃、昼間は日当たりの場所で10℃まで上がった。気象予報士は、今日の気温は平年並みと言っていた。午前中急に思い立って、家の前のモミジの木に小鳥が来てついばめるえさ台を取り付けた。市販の小鳥用のえさがなかったので、古くなったリンゴとヒマワリの種を置いてみたが、日中見ている範囲では、1羽も飛んできて止まることはなかった。去年、おととしに比べ1週間以上シメが来るのが遅れているので心配している。去年いる間毎日のように窓ガラスをつついていたシメはもう戻ってこないのだろうか?
午後から一人でウォーキングに出かけた。途中で近所にシメが渡ってきていないか、観察しながら歩いたが、見かけるのはカワラヒワやツグミだけだった。ウォーキングは、先週の予算総会で顔見知りになった人たちの住まいや仕事場である園芸ハウスなどのあるところをめぐり歩いた。上八重原の町内会もエリアとしてはかなり広い。全体の半分ほどのエリアを歩いて家に戻ってきたが、
1時間以上かかってしまった。地元の人たちが近所に行くのにも軽トラなどを足代わりに使うのがわかる気がする。自分でも健康に気を使わなければ、同じ組の家にも配り物など車で行ってしまうに違いない。
しかし、今日はウォーキングの帰り道、自分の家が見えるところまで戻ってきたところで、景色をあらためて眺めてみると、平和な田園風景が広がっているのを見て、思わずコンパクトカメラを出してその風景を撮影してしまった。やはりこの辺の景色は、家の中にいてはわからない、外に出て初めて良さがわかるものだ。

モミジの木にえさ台を取り付けた

ウォーキングの帰り道、遠く我が家と周辺の景色
2010年1月22日(金)
気温は少し低かった(マイナス6℃)が、昨日と打って変って晴天の朝を迎えた。毎週金曜日は、湯の丸スキー場が60歳以上のシニアのリフト券が1,000円になるというので、行ってみることにした。朝食の後家の掃除を済ませ、家を出たのが9時半過ぎ、30分でスキー場の駐車場になっている地蔵峠に着いた。
最近のスキー場は、カービングスキーの板が主流で、身長よりも長い板ははやっていないというので、板は持っていかずレンタルにした。長さは
160センチで、短く持ちやすい。実際に滑ってみると、ターンもしやすくエッジの効きもいい。レンタル料は板だけで2,000円だった。持って行ったスキー靴にビンディングの長さを調整してもらって、3年ぶりのスキーも無事一度も転んで板が外れるようなこともなかった。23回バランスを崩しそうになったが・・・。
夏場には湯の丸山に登った帰りなどに
10分以上かけて歩いて降りた坂を、1分もかけずに滑り降りるのは気持ちがいい。リフト待ちなどないので、1時間で10本近く滑ることができた。
レストハウスでお昼を食べていたら、去年北御牧公民館の「味な男の料理教室」で一緒だった人とばったり会った。私より年上の人だが、シーズン券を買って滑りに来ているとのことだった。しばらくおしゃべりした後、一緒にリフトに乗り、
3本ほど一緒に滑ったが、あっという間に先に滑り降りて行って、とても付いていけなかった。今は芸術村の一角に居を構えているが、川口にも家があって行き帰しているそうだ。ジイたちと同様、田舎暮らしを求めてやってきたという。
早めに帰る、ということでそこで別れた後、約
1時間ジイは午後2時半まで滑って終わりにした。最後のほうになって滑り方の感触がつかめそうになったが、そんな時が一番危なさそうなので、またあらためて滑りに来て練習しよう。
2
45分にスキー場を出て316分に家に着いた。ガソリン代は別にして、リフト券、スキー板レンタル料、昼食締めて3,800円なら、お小遣いであと23回は来られそうだ。帰ってからこたつで1時間ほど居眠りをしたら、疲れもとれてすっきりした。

スキー場から湯の丸山を望む
2010年1月21日(木)
生温かく感じるような朝だった。温度計は8℃になっていた。曇り空だったがそのうち雨になった。朝の気温が最高気温で、次第に冷えてきて雨は昼前には雪に変わった。横殴りの雪になることもしばしばあったが、日中は氷点下まで下がることはなかったので、積もることはなかった。こんな天気だったので、外に出たのは回覧板をもって、同じ組の一番遠くの家まで歩いて行った時だけだった。運動不足は、電動ウォーカー30分を2本やって補い、歩数計も1万歩の大台に乗せた。
昼間は、アマゾンで取り寄せた碑文谷創著『「お葬式」はなぜするの?』を読んだ。彼のブログで、去年上梓されたことを知ってから、時折本屋で探したが見つからず、このたびようやくアマゾンで取り寄せたものだ。
15年前に書かれた『「お葬式」の学び方』を加筆、改筆したうえ改題した本だ。
今こそ映画「おくりびと」がオスカー賞を受賞したことを契機に、葬儀が注目されるようになったが、つい最近まで葬儀や人の死は忌避されるもの、遠ざけるべきもののように取り扱われてきた。このテーマを身近な問題として引き寄せ、葬儀の歴史を概観したうえでその課題も浮き彫りにしている。その中で自らのことも含めて人の死をどのように受け止めたらいいのか、また葬儀という儀式を通して、身近な者の死をどう受容したらいいのかを、あまり押しつけがましくなく考えさせてくれる本だった。次は、彼が最も力を入れて書いたという『死に方を忘れた日本人』を読んでみよう。
昨日は、注目すべき最高裁判決が出た。こういう裁判がなかったらほとんど注目されることもないだろう北海道の砂川市を舞台に行われた市有地に無償で建てられている空知太(そらちぶと)神社の違憲訴訟に対する違憲判決だ。憲法に定められた政教分離の原則に違反するという判決だ。日本の国家が破滅的な戦争へと突き進んでいった精神的な拠り所にしたのが国家神道だった。政教分離は二度と過ちを犯さないための最低限の条件だ。ただ、市有地から神社がなくなったからといって解決する問題でもないが・・・。

雨の後雪に変わったが積もることはなかった
2010年1月20日(水)
昨日の夜中からテレビが映らなくなってしまった。朝8時半になるのを待って東御市のケーブルテレビ係に電話した。初めはテレビの不具合かもしれないので電気店で診てもらってくれというつれない返事だったが、どうみても東御市から購入したチュウナーに問題があるように思えたので、食い下がってあさって家に来てもらうことにした。すぐに来てほしかったが、今日は松本に行く予定があったので仕方がない。
ところが松本から帰ってきたあと、夕方
5時ごろに東御市から電話があり、ジイが電話した後他からも同じような問い合わせが何件かあり、調べたところ送信側に設定のミスがあり、設定し直して視聴できるようになっているので確認してください、ということだった。さっそく見てみるとちゃんと今まで通り見られるようになっていた。
苦情や相談を受ける側から、する側になって感じたが、相手の話を聞いてまずはどちらに非があるのか簡単に結論を出してはいけない、ということだ。顔の見えない電話でも、話し方ひとつで聞く耳を持っているか、いい加減に聞き流そうとしているのか、伝わってくるものだ。
昨日に続き今日も一日春のような陽気になった。ヤマちゃん夫妻と一緒に松本に出かけた。松本も暖かかったが、春一番のような強い南風が吹いていた。松本に到着して用事を済ませ、買い物や昼食を取った後、北アルプスの景色を眺めるには最高の場所である池田町立美術館の丘に行ったが、そのころには北アルプスに雲がかかり、午前中は白く輝いていた山並みが日射しの影になってしまって、絶景にはならなかった。写真も撮らなかった。昨年から松本に行くときはあまり好天に恵まれない、というジンクスが今年もあてはまってしまうのだろうか?
家に戻るとポストに町内会の配り物が入っていたので、さっそく組内の
8軒にそれを配って歩いた。配り物の発行日が18日付けとなっているので、すぐに配らないと組長の家で何日も温めていたと思われてもいけない。そのおかげで、松本での街歩きと合わせて、携帯の歩数計が一万歩の大台に乗せることができた。
2010年1月19日(火)
ここ数日続いていた氷点下10℃以下の朝の気温が、今朝は、ごみを出すため7時過ぎに玄関を出た時に温度計を見るとマイナス6℃だった。ごみステーションまで手袋なしでごみ袋を持って歩いたが、手が冷たくならなかった。
天気予報で、今日は平年の
3月ぐらいの暖かい気温になるということだったので、ヤマちゃん夫妻と軽井沢の野鳥の森へ行ってみることにした。歩くことが目的なので、直接軽井沢まで車では行かずに、家から車でしなの鉄道の田中駅まで行き、そこから電車で中軽井沢まで行った。最近田中駅に南口ができて、無料の駐車場も整備されたので、そこへ車を停めて電車に乗って出かけることができるようになった。
8
45分に家を出て、田中駅913分発の電車に乗り、中軽井沢に942分着、乗車時間約30分だった。中軽井沢駅から、野鳥の森まで歩いて行った。野鳥の森の入り口は星の温泉星のや軽井沢の入り口と隣り合っていた。森の入り口にえさ台があってシジュウカラが群れて飛んでいた。幸先よいスタートで、一眼レフを構えたがうまく撮れず、これから先でじっくり撮ろうと先へ進んだが、森の中はほとんど小鳥の姿を見ることができなかった。たまに高い木の枝にとまる鳥を見つけても、動きが早いのとすぐに枝の影に隠れてしまうので、結局小鳥の姿は一枚も撮れなかった。それでも林が途切れて開けた草原で雄大な浅間山を撮れたのでよしとしよう。この時期はきっと震えながら歩くことになるのだろうが、今日は天気予報通り気温が上がり、暖かかったので、雪道にもかかわらず気持ちよく歩くことができた。
2時間歩いて星野温泉の入り口まで戻ってきたところで、12時になっていたので近くのハルニレテラスまで行ってお昼を食べようとしたが、ちょうど軽井沢駅まで行く無料のシャトルバスが停まっていたので、それに乗り込み軽井沢までただで行った。最初の計画では、軽井沢まで歩いていくつもりだったが、シャトルバスに乗って軽井沢駅まで行ってみると、かなりの距離があった。歩いていたら途中でへばってしまったに違いない。
バスがアウトレットのある軽井沢駅の南口新幹線口のほうに着いたので、お昼は軽井沢プリンスショッピングイーストの一角にある花畑牧場のホエー豚丼にした。ここの豚丼はこれで
2回目となる。食事後、コロンビアやノースフェース、ナイキなどのお店を覗いた後、大賀ホール経由大賀通りなど、本通りを外れて一本裏の通りを歩いて旧軽井沢まで行った。旧軽銀座は、シーズンオフで閑散としていた。お店も半分以上閉まっていた。定番の浅野屋でパンを買った。帰りは再び裏通りの別荘の建ち並ぶ道を選んで駅まで歩いた。
軽井沢駅に到着したのは午後
3時半だったが、電車が行ったあとで、次の電車は438分ということで、駅ビルの中の喫茶室でコーヒーとケーキのセットで1時間そこで過ごした後、電車に乗って帰った。来る時は軽井沢まで直通の電車だったが、帰りの電車は小諸駅止まりだった。ただすぐ、小諸駅で長野行きの電車に乗り継ぐことができたので、田中駅には516分に到着した。停めてあった車に乗って家に着いたのは5時半過ぎ、携帯の歩数計は2万歩を超えていた。今日はこれだけ歩けば電動ウォーカーに乗る必要はないだろう。
車でサッと行ってサッと帰ってくるのと違って、たまにはゆっくり、のんびり時間を使って山歩き、街歩きをするのもいいものだ。ただこれは今日が特別この時期にしては暖かい陽気だったからできたことだと思う。

しなの鉄道田中駅から中軽井沢へ

中軽井沢野鳥の森へ

野鳥の森の中に浅間山が一望できる場所が
2010年1月18日(月)
昨夜寝る前にタイマーでセットしておいたパンの焼ける香ばしい香りで目が覚めた。朝食のコーヒーは丸山珈琲の粉を昨日に続き使った。昨日は粉の量が少な過ぎたのか、香りもコクもなく、普段のブルックスの豆から淹れたコーヒーのほうがよっぽどか美味しいと思ってしまったが、今朝は粉を増量してみたら昨日とは比較にならないほど香りも高く、味も美味しく仕上がった。
食事をしている目の先、寝室の出窓から見えるジイ小屋の先の柿の木にヒヨドリが止まって、柿の実をついばんでいた。
20個以上収穫せずに木になったままにしていた柿の実も、もう残り僅かになっている。季節が寒くなってくるといろいろな野鳥が庭に飛んでくる。すでにツグミやジョウビタキ、モズが毎日姿を見せているが、毎年今の時期姿を見せるシメの姿がまだ見えないのが気に懸かる。
午後、ミッチャンに頼まれていた小鳥のえさの台を作って、ヤマちゃん家のデッキの脇に建てた。家の前の畑の向こうの林から家の裏、北の林まで飛んでいく小鳥の休憩地にデッキの端が鳴っているそうなので、その近くに台を作れば休む場所になるかもしれない、という期待を込めての設置だ。人の思うように小鳥がなってくれるかわからないが・・・。
今日はポチをゆりかご動物病院に連れて行った。発作を抑える薬も足りなくなっていたので、日延べするわけにもいかなかった。少し早目に家を出たら、順調に行きすぎて診療開始の
4時より10分前に病院に着いてしまった。しばらく時間になるまで車で待った。一番で診察、治療を受けることができた。
1
年半近く腎臓の機能を補う薬の点滴を10日に1回の割合で受けているが、これほど長く同じ間隔で腎臓の機能が維持できているのは珍しいケースのようだ。ポチの年齢からいって、治療をしてもだんだんと機能低下が進んで点滴の間隔が短くなって行くのが通例のようだが、余程今の薬との相性がいいのか、ポチの生まれながらに持っている生命力の強さなのか、低下の進行が遅いようだ。時々起る発作は、腎臓の病気との因果関係はないそうで、今ところ仮に発作が起きてもそれによる障害の心配はないとのこと。それに、ネコには認知症の症例はほとんど報告がないそうだ。夜中に元気に家の中を徘徊しているのも、認知症ではなく単に元気がいいだけのようだ。
今日から通常国会が開会されたが、法案よりも朝から晩まで、検察対小沢幹事長のバトル?の話題ばかりが、うんざりするほど報道されている。日本の政治とマスコミの貧困は目を覆うばかりだ。今日はもう夜のニュースは見るのを止めた。

柿の実をついばむヒヨドリ

小鳥のえさ台を設置
2010年1月17日(日)
15年前の今日、あの大きな災害をもたらした阪神淡路大震災が起こった。たくさんの犠牲を出して、どんな教訓を得たのだろうか?建物などの耐震基準は見直されたが、それ以前に建てられた公共施設や民間、個人の建物のうちどれほどが建て直しや補強がされたのだろうか?科学や技術が進んでもなお、地震の前には無力のままだ。
先日のハイチの地震では、死者が
20万人になるのではないかといわれている。倒壊した家屋から生存している被害者を救出する重機もない経済的貧困が死者を増やしているというのは、やりきれない気持ちになる。
今朝は、ローカル放送では今年で最も冷え込んだ、と報道されていた。朝起きるのが遅くてカメラに温度計の温度を写したのは午前
8時になっていたが、それでもマイナス12℃だった。一番冷え込む明け方だったらおそらく23℃は低かったのではないか。
朝の掃除を終わらせた後、昨日探し続けて見つけることのできなかったスキーウエアをもう一度探して、やっと見つけることができた。見つけたのは小屋裏の娘たちが使っていたスキー用品をしまってあった衣装ケースの中にあった。ここは昨日も最初に見たところだったが、ケースの上のほうだけ見て、もう何年も開けて出したことのない手袋やゴーグルがあったので、ここにはないと思い込んで底のほうまで見なかった。
ほとんど記憶にないが、遠い記憶を手繰り寄せてみると、おととし引っ越しをしたときに他のところに別にしまってあったジイのウエアを、同じスキー用品と一緒にしまい直したのだろう。多分そのほうが見つけやすいとその時は考えたのだろうが、それ以前のクローゼットの高い所に置いていた時の記憶だけが残っていたため、そこになくて昨日は混乱してしまったようだ。何とか見つかったからいいが、こういうことがこれからますます増えていくのだろうと思うとちょっと寂しいが、こういう現実も受け入れて対処法も考えておく必要がありそうだ。
午後は上八重原自治会の予算総会に出席した。総会は
2時からで、その前に組長会議を開いて、総会に提出する議案の審査をするというので、1時前に公民館に行った。先週の組長会議でお願いに歩いた役員さんたちが、この1週間の間に予算を始め事業計画などを作成して用意してあった。中身は昨年とほとんど変わらないものだったが・・・。いろいろ疑問に思うこともあったが、まだ始まったばかりなのでおとなしくしていた。
総会は
1時間ほどで終わりそのあとは懇親会が行われた。今回は懇親会に出席して何人かの人と話をした。そのうちの一人は、我々と同様6年前によそから来て今年初めて組長になった人だった。上八重原地区は7つの組に分かれていて、我が家が属する6組以外は、さらに世帯数に応じて23のブロックに分かれてそれぞれ組長を置いていることが分かった。7組にしては組長の数が多いのはそのせいだ。1時間ほど懇親会にいた後、同じテーブルに座っていた二人が帰るのを潮どきにジイも抜け出してきた。

午前8時で気温マイナス12℃
2010年1月16日(土)
昨夜降った雪が積もっていた。音もなくいつの間にか降ってきて、就寝前にふと外に目をやるとデッキの中まで雪が積もっていた。前回の雪は風と共に飛ぶようにやってきたが、今回の雪は音もなく真っすぐ上から降りてきた。これは朝までに相当積もるだろう、と思いながら寝たが、朝起きてみると、寝る前とあまり変わらない雪の量だった。おそらく寝た後間もなく止んだのだろう。おかげで雪かきをしないで済んだ。今日一日天気がよく、陽のあたる場所は大分融けたが、それでも最高気温が23℃にしかならなかったので、白い部分がまだだいぶ残った。
午前中、ヤマちゃん夫妻が電動ウォーカーをやりにきた。ジイやバアが毎日、三日坊主にならずにせっせと電動ウォーカーに励んでいるので、ときどき付き合うようになった。電動ウォーカーを購入して
1カ月経ったが、埃をかぶることもなく、使われ続けている。このところ体重計の数値が少し下降気味になってきたように思われるが、油断するとすぐに上向きになってしまうので、まだまだということにしておこう。
午後、野菜やパンと丸山珈琲のコーヒーの粉を買うため、立科町のツルヤに出かけた。最近までツルヤで丸山珈琲のコーヒーを売っていることを知らなかったので、ブルックスの豆が届くまでのつなぎに一度買ってみた。小諸のお店で飲んだような美味しさを感じることができるかわからないが、明日の朝飲んでみたい。
買い物から帰ってから、畑のニンジンを掘った。数日前からニンジンを掘ってほしいとバアに頼まれていたが、天気の様子を見て掘ろう、と先延ばしにしている間にすっかり忘れていた。今日の買い物でバアがニンジンを買うのを見て、頼まれていたのを思い出した。スコップで掘るとスコップの先が固いもの当るような感触だった。思った通り土が凍っていた。それでもニンジンは無事だった。自然の冷蔵庫で保存されているような感じだった。まだ、
30本ぐらいはあるはずだから春先ぐらいまで使えそうだ。
夕方、近いうちにスキーに行こうと、しまってあったスキー道具を小屋裏の奥から引っ張り出して準備をしたが、スキーウエアが見つからなかった。クローゼット、小屋裏、床下、ジイ小屋などしまってありそうなところは全部探してみたが見つからなかった。
2年ぐらい一度もスキーに行ってないので、引っ越してくる前まで置いてあった場所は覚えているのに、引っ越してきてからどこへ片付けたのかどうしても思い出せない。暗くなって小屋裏など探しにくくなったので、明日もう一度冷静になって探し直してみよう。

雪の降った後は、寒いが空気が清々しい

冷凍保存?されているニンジン
2010年1月15日(金)
今朝は冷え込んだ。エアコンは22℃に設定してあったのに、朝起きて室温を見ると16℃まで下がっていた。外の気温はマイナス13℃だった。庭の木の枝も凍りついて白くなっていた。
ポチも寒いのか一度外へ出て行ったがすぐに帰ってきた。日中は、暖かくしてあるポチのベッドにもぐって寝ていた。起きてくるとこたつに入っているジイやバアの膝の上に乗りたがってうるさいくらいだ。体重は
3kgしかないのに、30分も乗っていられると足や腰が痛くなってしまう。
午前中ヤマちゃん家に、ホクシンのスーさんと流し台のメーカーイナックスの社員が来て、台所の流しの不具合の点検するというので、ジイも顔を出した。まだ
1年しか経っていないのに、流しのパイプの目詰まりが何度も起きていた。我が家の年末の流し騒動の時は、排水口からトラップの部分全体を新しいタイプのものに交換してもらったが、今日のイナックスは、同じタイプのものをトラップから排水管につながる蛇腹のパイプを交換していった。ヤマちゃん家の場合は、排水管から合併浄化槽に流す間に、もうワンクッションとなるマスが付いていてそこで大きな汚れを止めるフィルターの機能が付いている。これも汚れが貯まる原因かもしれないので、もうしばらく様子を見て、根本原因を見つけなければいけないような気がする。そのあと、エコキュートの使い方にも不明のところがあるようで、これもメーカーに来てもらって詳しく説明を受けることになった。
午後は、以前に撮影した浅間山の景色をパソコンに映し出し、それを見ながら水彩画を描いた。こういう描き方が、絵の上達につながるかわからないが、とにかく数多く描いていくことが必要だ、と自分に言い聞かせて描いた。やはり描き終わってから見ると全然気に入らないが、恥を忍んでホームページにアップしよう。

木々も凍るマイナス13℃

ポチも寒いのかすぐに膝の上に乗ってくる

写真を見ながら浅間山を描いた
2010年1月14日(木)
今朝も9時ごろから雪が降り出した。積ってもすぐ融けてしまう量だが、毎日続くと少しうんざりした気分になるから人の心は贅沢だ。冬になって雪が降り始めたころは、確かウキウキするような気分だったはずなのに。
今日は、朝の掃除を済ませた後、東御市民病院に電話して、整形外科が診察しているか確認してから、病院に出かけた。右肩の痛みがもう
1年近く消えない。特にひどいわけではないが、ある一定の方向に腕を動かすとピリッと痛みが走る。来月には渓流釣りも解禁になる。普通に竿を持っていれば痛くないが、持ち手の返し方によっては痛くなりそうなので、今のうちに治せればいいと思って病院で診てもらうことにした。
10
時過ぎに病院に着いた。初診で予約なしなので1時間半近く待たされ診断を受けた。医師の見立てでは肩関節周囲炎、いわゆる五十肩という。型の関節を構成する骨、軟骨、靭帯や腱などが老化して肩関節の周囲や組織に炎症を起こすことが主な原因らしい。レントゲンでは、ひどい炎症ではないようで、風呂上がりなどに消炎剤を塗ってマッサージしてみることでしばらく様子を見ることになった。通院の予約はせず、改善しなかったらまた行くということになった。痛みのほうは、特に冷やすより温めたほうがいいことが分かっただけでも対処法があるのでよかった。消炎剤を処方してもらったので、今夜から早速試してみることにしよう。
病院の帰りに近くにあるコメリに寄って買い物をしてから家に戻った。昨日夜から読み始めた筑紫哲也の「若き友人たちへ」を、病院での待ち時間や家に帰ってきてから読み続けて、読了した。彼が亡くなった後に出版された本なので、読んでいると、彼がひとりのジャーナリストとして今の日本の危機的状況の中で、どういう視点とスタンスで、今の状況を見つめ、考えていかなければならないのかということを、我々に遺言として残したかったことを言っているような錯覚を覚えた。
内容は、ニュース23の多事総論の時などに筑紫が語っていた彼の考え方や視点がベースになっている。彼の死後、民主党が政権を握り、初めての当初予算の審議が来週から始まる今のこの時を彼はどうコメントするだろうか。いましも小沢一郎の資金管理団体「陸山会」に検察のメスが入ったことについても、おそらく小沢一郎に対して説明責任を求めたに違いない。自公政権から民主党に政権交代したが、ただ交代しただけではまだ何も評価できない。どう変わるかを見据えなければいけないが、どうやら本当に変わることがあるのだろうか?期待が失望に終わるのが近い?

今朝も雪が…ただ間もなく止んだ

東御市民病院
2010年1月13日(水)
昨日降っていた雪は、寝る前には止んでいたがまた夜中に降ったようで、起きた時は寝る前に見たときよりも雪が積もっていた。午前中のうちは時折雪雲が流れてきて雪も多少は降ったが、ほとんど日中は雪が止んで晴れ間も出ていた。しかし、強風に煽られて積っていたパウダースノーが吹雪のように舞い上がっていたので、それは雪が降っているように見えた。
とても外へ出て行く気にならなかったが、ヤマちゃんが北側の道路の雪掻きをしていたので少しだけ手伝った。北側の道路は車に圧接されて轍のところが固まって凍ってしまうので、雪掻きをしないといつまでも残ってしまう。先日の雪がようやく少なくなってきたところでまた雪が貯まって凍りつくといけないので雪掻きをしたようだ。
年末にアマゾンに注文していた本が届けられた。随分と時間がかかったが、注文していたうちの
1冊、週間朝日MOOKの筑紫哲也特集の在庫がなくてその手配で遅くなったようだ。結局それは今回には間に合わず入荷し次第別送するというメールが届いた。今日届いた本は筑紫哲也著「若き友人たちへ」集英社新書と大学時代の先輩碑文谷創著「お葬式はなぜするの」講談社+α文庫の2冊だった。特に後者は、佐久や上田の本屋で探してもどこにも置いてないので、アマゾンを利用して入手した。最近村上春樹の「ねじまき鳥クロニコル」を読み始めたが、途中で投げ出している。なぜか続けて読む気になってこない。今日来た2冊を先に読むことにした。
今日は午前中
1回と、夕方の130分ずつ電動ウォーカーで歩いた。携帯に歩数計が付いていて、毎日データで歩数が記録されるようになったので、一日1万歩を目安にすることにした。電動ウォーカーを302回やっても8千数百歩にしかならない。家の中でも携帯を持ち歩くようにして初めて1万歩を超えることができる。

強い風でブリザードのように舞う雪

電動ウォーカーの表示画面左中央に消費カロリー、右下には歩行距離が出る
2010年1月12日(火)
一昨日深夜のラジオで「明日は鏡開き、割ったお餅でゼンザイを食べる日」と放送しているのを聞き、我が家でもとそのつもりでいたのに、昨日思い出したのは夕食も終わってからのことだった。そこで一日遅れだが今日お汁粉を食べようと、隣のヤマちゃん夫妻を誘って、お昼はお汁粉パーティとなった。13日の時は、ヤマちゃん家でお汁粉を用意したが、今日は我が家で用意した。といっても暮れにジャスコで買っておいた粒入り餡を使っただけのものだが。ヤマちゃん夫妻が野菜の浅漬けなどやイチゴを持ってきてもらったので、食卓がにぎやかになった。
お汁粉パーティをしているうちに外は雪が舞い始め、
1時間もしないうちに辺り一面白一色になった。お汁粉パーティがお開きになったあとは、先日雪の降っている日に我が家を写した画像をもとに写生をした。自分の家を描くのは初めてだが、壁の色など今の絵具ではうまく色が出せなかった。鉛筆でデッサンして、薄く色を付けるだけの描き方を試してみたが、まだ自分が描きたいと思っている描き方とは程遠い仕上がりになってしまった。
描き終えた後、道具を出したついでに、今まで水彩画教室で描いたものを手直しした。次回の教室の時に
3月に行われる発表会に出す作品を選ぶので、どれにするか3点ぐらいに絞り込むことにした。風景画は3枚あるがどれも不出来に思われるので、静物画から選ぶつもりだ。あとは先生に見てもらって最終的に決めることにする。一昨日の教室の時、一緒に学んでいるメンバーが、画材屋さんで額縁を買おうとしたら8,000円ぐらいした、と話をしていた。ホームセンターで売っているような1,000円未満の額縁ではダメなんだろうな。せめて額縁ぐらい立派なものに入れてやれば、ひょっとしたら絵が実際よりもよく見えるかもしれない。

雪の我が家
2010年1月11日(月)
午前中は久しぶりに庭仕事をした。秋の庭に彩りを添えていてくれた菊が枯れ、寂しげに北風に揺れているので、根元から刈り取った。刈り取ると根元に新芽がたくさん出ていた。生命力のある植物だ。移植して枯れてしまった胡桃の木を切った。とうとう一度も実をつけずに終わってしまった。クルミが実をつけるには10年近くかかるというから、次に胡桃の苗を買ってきて植えても果たして実がなるところを見ることができるだろうか?
胡桃の木の近くに生えているキウイの木は、逆に一度はダメになったかと思われたのが息を吹き返し、大暴れに蔓が絡み合ってパーゴラの上を縦横に這いまわっていた。雄株の何本かの絡み合った蔓を切り落としたが、雌株の蔓は切らずに残した。去年は全く実をつけなかったので、今年こそ実を付けるよう変にいじらないでおこうということ。
デッキのわきのモミジは毎年上へ上へと枝が伸びて、
7年前に植えたころに比べて2倍以上になってしまったので、今日は思い切って枝をたくさんおろし、高いところを切り詰めた。モミジはメープルシロップのように切ったところから汁が出て、地面にポタポタと落ちてきた。まるで切られて泣いているようだった。
庭仕事をしていると、新しい区長と副区長が訪ねてきた。昨夜同じ組の息子さんに文化部副部長をお願いして断られたあと、別の地区の人に頼んだが駄目で、結局我が家の手前の
Hさんのところに頼みに来て、引き受けてもらったとのことだった。来週の日曜日には新役員で予算総会を開かなければならないので体制が決まらないと大変なことになるとのこと、御苦労さまなことだ。
朝はマイナス
6℃ほどだったが、午後には10℃ぐらいまで気温が上がり、風もなく温かそうだったので午後2時からバアと二人でウォーキングに出かけた。約1時間歩いたが、今まで滅多にウォーキングで人と行き交うことはないのに、今日は犬を散歩させている人に二人、ウォーキングしている人に同じく二人出会った。考えてみれば今日は成人の日の休日ということもあり、また風もなく穏やかな散歩日和だったこともあるのだろうか。家に着いて携帯の歩数計を見ると1万歩を超えていた。電動ウォーカーやウォーキングで体重の増加は抑えられているが、目標の70kgにはまだ達していない。
今日は成人の日ということで、成人式を迎えた若者を取り上げる番組がどの局でも放送されていた。自分たちばかりでなく二人の子供たちの成人式も遠い過去のものとなって、今年成人式を迎える世代の人たちとはあまり身近に感じられなっている。特に今年は全員が平成生まれということだから、隔世の感がする。世代交代がスムーズに行って、今の若い人たちが我々に替って生きがいを感じるような仕事や生活ができればいいのだが…、現実は厳しいのがかわいそうだ。

ツグミがまた渡ってきて庭にもやってくるようになった

剪定をしたモミジの枝からポタポタト涙が?落ちてきた
2010年1月10日(日)
小雪が舞っている中、東御市の中央公民館の水彩画教室に行った。途中田中駅近くのYさんの家に寄ってYさんを乗せてから公民館に行った。前回から、公民館に行く途中なので寄って乗せてあげることにしている。今朝はわざわざご主人が家から出てきてお礼の挨拶までされてしまった。
去年の
5月から月1回の教室だが、今回で実際に絵を描くのは最後となる。来月で今年度の教室は終わり、来月は今まで書いたものの中から1点を選ぶ作業をして、3月に行われる発表会にそれを出す準備に充てる。今日は最後の作品ということもあり、また発表会に出せるような作品を描かなければという、意識もあってみんな熱が入っていた。
先生も今までになく、各人の作品に手を入れていた。ジイの作品もカブの影の部分や全体の野菜の輪郭の部分に手を加えてくれた。おかげで平板だった野菜がぐんと立体的になった。ジイの絵もそうだが、去年の
5月の初回の作品から比べるとみんな上達してきている。結構教室の時以外の場所で描き込んでいるのが伝わってくる。今日は同じ野菜を描いたのは、ジイと副級長の女性の二人だけだった。その女性は、この教室の先輩でかなりジイよりも先を行っている感じの人だが、いろいろアドバイスをしてくれるので、参考になった。新年度もこの水彩画教室があるのなら、また続けて参加したいと思う。
水彩画教室から帰って一休みし、早めの夕食を取って、八重原公民館で行われる組長会議に行った。先週の決算総会の時に新年度の区長、副区長の推薦をしたが、推薦を受けた二人は引き受けてくれたようだ。ジイにはわからなかったが、事前の根回しもあったようだ。
今日の組長会議の主たる目的は、組長たちが新任の区長、副区長が選んだ新年度の役員候補(一般会計、特別会計、文化部、厚生部、農事部の各正副部長)の家に手分けして行って役を引き受けるようお願いして歩くことだった。ジイのグループは
4人の役員候補の家に訪問してお願いしたが、そのうちの一人はジイの組の家のジイも知っている人の息子さんだった。その息子さんには一度も会ったことはなかった。
お願いに行くと、今は上田市に住んでいて、たまにしか家には戻ってこない、ということで役員を引き受けることには固辞されてしまった。一通り回って公民館に戻ると、固辞されたことが伝わっていて別の人に頼みに行っているとのことだった。いずれにしてもほとんど毎年、区長以下の役員も、各組の組長も
1年任期で退任し、全員一新した新体制で1年間運営するようだ。
今度の組長の中には、もう
15年も前に区長をやった人がいた。役員候補の人たちも、過去にいずれかの役員をした経験があるそうだ。早い話、若い人を除いてほとんどの人たちが、持ち回りでやってきたことなので、新しい事態や変化には対応しにくいが、旧態依然とした事柄には誰がやっても無難にできるということのようだ。
2
人ほど辞退者が出たようだがあとは区長、副区長で代替の人を来週までに探してくるとのことで、会議が終わった後は当たり前のように一杯会となった。それでも飲んでいる人は全体の3分の1程度であとの人たちはみなウーロン茶を飲んでいた。もちろん車で行ったジイもだ。8時前になると皆一斉に席を立って、お開きとなった。外は大分冷え込んできていて、玄関の温度計を見ると氷点下3℃まで下がっていた。

果物、野菜、花の中から野菜を選んで描いた

うまく描けたかな?

水彩画教室最後の実技のせいかみな力作が揃った
2010年1月9日(土)
今朝は今年最低の気温だった。7時半に起きたのでもうデッキの温度計には陽が当っていてマイナス8℃を指していた。新聞を取りに玄関の外に出て、ポストのかかっている枕木についている温度計は、まだ日が当ってないのでマイナス9.5℃だった。早起きの隣のミッチャンが明け方確認したところでは、マイナス10℃だったそうだ。朝食後掃除をするためリビングのガラス戸を少し開けた。そこからポチが外へ出て行ったが、寒いのかすぐに戻ってきた。
このところジョウビタキが頻繁に庭に飛んでくるようなった。今日はデッキの物干し竿にいったん止まった後、家のほうに向ってきて直前でガラス戸に気がついて、ぶつかる前に慌てて飛び去って行った。まだ庭の一角にいたので、急いで一眼レフに
200ミリの望遠レンズを付け替えてシャッターを押した。もっとアップで撮れると思ったが、撮り終った画像を見ると、コンパクトカメラの望遠とあまり変わらない。しかし、パソコンで画像を大きくして見ると、違いが分かった。トリミングでジョウビタキだけ切り取って編集してみた。コンパクトカメラで撮った画像だともっと荒くなってしまうのが、まあまあ見られる画像になった。
午後は、風もなく気温も上がってきたのでウォーキングに出ることにした。バアは寒そうだから電動ウォーカーにする、ということだったのでジイ一人で出かけることになった。実際に歩いていると風向きで顔が冷たく感じる時もあったが、少し早歩きしたので、背中には汗をかいていた。旧丸子町(今は上田市)の箱畳公園まで
50分かけて行った。
今読んでいる信濃毎日新聞社発行の「真田三代活躍の舞台」という本の中に、上田城をめぐって徳川軍と真田軍との攻防があったことが書かれているが、圧倒的な兵力を誇った徳川軍が、上田城を守る真田軍に苦戦し、いったん八重原まで退却し、そこに陣を張って、今度は丸子の依田城攻めに転じたが、そこでも強い抵抗に会い、城一つ落とせず退却したと書かれていた。八重原から丸子へ抜ける道を歩きながら、天正
13年(西暦1585年)に起きたこの戦の舞台になったのは、どのあたりだろうと想像をめぐらせながら歩いた。
箱畳公園の奥にある工業団地は
5つほどの会社があったが、団地の中を通る道路はすべて最後は工場敷地に入ってしまう行止まり道路だった。いったん工業団地の入り口まで出て、今まで車でも通ったことのない初めての道路を歩き進むと、その道は丸子町のはずれ、東御市との境に沿った道であることが分かり、山道を抜けた先で通り慣れた道に出ることができた。この道の先に、上田城攻防戦の主戦場になった場所に近い所へ出るので、この山道を雑兵が駆け抜けたのかもしれない。そんな空想を抱きながら歩いたので、家に戻ったのは家を出てから2時間強が経っていたが、疲れを感じることもなかった。今度の携帯には万歩計の機能が付いていて、どれほどの精度があるのかわからないが、それでは14,000歩を超えていた。たっぷり歩いたので今日は電動ウォーカーはパスした。

デッキの温度計はマイナス8℃、ミッチャンの話ではマイナス10℃だったそうだ

危うくガラス戸にぶつかりそうになったジョウビタキ

旧丸子町にある箱畳公園
2010年1月8日(金)
今朝は聞き慣れない目覚まし音で目が覚めた。バアが早速新しい携帯の目覚まし機能を使ってセットしていたのだ。新しい携帯の使いこなしはバアのほうが早そうだ。
午前
9時に合併浄化槽の維持管理を委託している業者が、定期検査に来た。昨日補助金申請に必要な書類をお願いしたので、その書類を届けがてら検査もしていった。合わせて新年度から、浄化槽協議会の指定する統一料金に合わせた契約書も持参した。合併浄化槽はだいぶスカムが溜まってきているようだ。新年度の統一料金になってから清掃を頼むことにした。今の料金と新年度からの料金では1万円以上安くなるとのことだ。
午後から天気もいいのでウォーキングに出ようと思っていたが、片頭痛がするのでやめた。風邪かもしれないので改源を飲んだらじきに痛みは消えた。昨日ポチを病院に連れて行けなかったので、今日連れて行った。行く途中北御牧総合支所に寄って、合併浄化槽の補助金申請書類を出した。いつもより早めに家を出たので、支所に寄っても動物病院には、午後の診療開始の
4時より10分も早く着いたが、すでに先客が来ていた。2番目の診療になったが、4時半過ぎには終わった。
前回の診療日
1228日に家に帰った後軽い発作があったことを日記に書いたが、先生がその日記を読んだらしく、その後年末年始をどう過ごしたか心配してくれていた。ただ、今日のポチの様子を見て、普通ならポチぐらいの年齢になって腎臓が悪くなると、点滴治療していても、徐々に体内の水分が失われる時間が短くなり、点滴の間隔も短くなるのだけれど、ポチはゆりかご動物病院に通い出して約1年半になるが、そういう保水力の低下が進んでいないので、まだまだ心配する状況ではないということだった。
診療が始まるまで待合室で待っている間、ポチがほかに誰もいなかったので、自由に歩かしている様子を先生が見て、右の後ろ脚の動きがおかしいのを見つけて調べてくれた。右の後ろ足の関節が十分に曲がらなくなっているとのこと。多少関節痛があるだろうとのことだった。ポチの年でそういうものがないほうがおかしい、とのことだった。人間に換算すれば
90歳後半になる。寝たきりになっていてもおかしくない年なのだ。体重もさらに3.2kgにまで増えた。ジイとバアとポチとみんなで太り気味だ。
2010年1月7日(木)
長野市など北信地方は、北海道や東北、北陸と同様大雪の予報になっているが、こちらは朝は冷え込んではいたが太陽が出ていたので、太陽光発電も一日で25kwも発電した。午前中、少し風はあったが燃えるごみを畑で燃やした。
火燃しを終えて
1115分過ぎに何気なくカレンダーを見ると、今日の10時にバアの3カ月に1回の佐久総合病院の定期診察が予約になっていることが書かれていた。バアもすっかり忘れていて、慌てて病院に電話したら今からでも受け付けてくれる、というので急いで支度をして病院に向かった。到着は12時を5分ほど過ぎていたが、無事受付を済ませ、ほとんど待たずに診察も受けられた。いつもなら予約時間の30分前には病院に到着し、予約時間の30分以上後に呼ばれて診察に入れるのが当たり前なのに、遅れていったおかげ?で待ち時間なしで診察ができた。
これで予約を忘れたのは
2回目だ。バアは少し落ち込んでいたが、血圧の薬だけは毎日飲んでいるが、予約を忘れるほど普段は快調になった証拠だろうとバアを慰めた。薬局で薬を受け取るまでの全行程が45分で終わった。
佐久に出てきたついでに、明日するはずだった携帯電話のドコモへの切り替えを今日することにした。途中久しぶりに「はなまる」で「温玉ブッカケ」と「ミニ牛丼」のセットを食べて腹ごしらえをしてから、佐久平のカインズの近くのソフトバンクショップで電話番号を継続使用するための予約票をもらい、それを持ってジャスコの近くのドコモショップで新規契約をした。
ソフトバンクでは、
12年も使っていた携帯を解約する理由を聞かせてほしいというので、おととい(5日)の日記に書いたようなことを言っておいた。7,000ポイントもたまっていたがあまりもったいないとも思わなかった。
ドコモでは、事前にカタログを読んでおおよその契約のシステムや機種などは決めていたので、それほど時間がかからないと思っていたが、
1台の携帯に30分以上時間がかかってしまった。すべて終わったのは3時半になってしまった。今日はポチをゆりかご動物病院に連れていく日だったが、明日に変更した。
家に戻ってからは、新しい機種の設定など一晩中かかってしまった。特にメールアドレスの設定がうまくいかず
2度もドコモショップに問い合わせ、ようやく設定ができた。これからしばらく使いこなすまでマニュアルと首っ引きになりそうだ。ただ、今度の携帯には防水機能が付いているので、釣りに出かけるたびにジッパー付きのビニールの袋に入れて持ち歩く必要がなくなっただけでも、十分満足している。

ドコモに乗り換えた携帯
2010年1月6日(水)
今朝掃除機をかけているときにポチが2階に上がる階段の途中で2回も階段を踏み外してこけてしまった。掃除機の音が嫌いらしくいつも掃除を始めると逃げ回っているが、今日は2階に避難しようと駆けあがるときにこけたようだ。そのあとのポチは、足が痛かったのか、それとも照れ隠しなのか大きな声を出して鳴いていた。ポチも我々と同様、自分が思っているようには身体が付いて行かなくなっているのだろう。なんとなくポチの気持ちがわかるような気がした。
最近のポチは、以前にも一度日記に書いたが、こたつに入っているバアの膝の上に登ってくる。バアの次はジイのところだ。年末に二女たちが来ていた時には、二女の夫のところにも登ってきて寛いでいた。ただ寒いから登ってくるだけではなく、そばにくっついていないと何か心細い気がしているのだろうと推し量っている。
午前中、ウォーキングを兼ねて外倉の簡易郵便局まで年賀状の返信を出しに行った。今年初めてのウォーキングだった。先月購入した電動ウォーカーで毎日歩いているので、外で歩く機会が減った。もちろんこの時期は外歩きするにはよほど天気が良くないと辛いものがある。今日はウォーキングに出るときは気温が
4℃だったが、陽が射していたので歩くことができた。郵便局にはまっすぐ歩いていけば4050分で行ってこれるが、遠回りをして約1時間半かけて行ってきた。時間はお昼にかかり、家に着いた時は空腹でお腹が鳴っていた。
午後は、今年度で最後になる合併浄化槽の維持管理費用の補助金の申請の準備をしたが、書類が足らず明日以降に持ち越した。補助対象が平成
21年の1月から12月までの分が対象になる。今まで我が家の契約は前年の7月から本年の6月までとなっているので、21年の7月以降の請求額を証明する書類を添付しなければならないらしい。来年度から補助金もなくなる最後の手続きなので、余計な書類が必要になってしまった。これも東部町と北御牧村の合併の後遺症のようなものだ。補助金打ち切りと抱き合わせで、今まで不統一だった維持管路費用を統一料金にした、ということだが結局6,000円の補助がなくなって、維持管路費用は1,000円下がるだけなので、5,000円負担が増えることになる。

階段でこけた後のポチちょっと寂しげ?
2010年1月5日(火)
今年最初の可燃ごみの日なので、昨日と同様7時過ぎに家を出て、近くのステーションまで歩いて出しに行った。年末年始のごみで2袋になったが、あまり重くなかったので両手に持って歩いて行った。気温は、昨日よりも10度以上も高く3℃だったが、夜中に降った雪で道路も白くなっていた。先にごみを出しに行ったヤマちゃんの足跡だけがくっきり残っていた。
お昼前に上田のジャスコへ買い物に出かけた。今日は
5%引きの日ではないが、火曜市でポイント2倍の日だ。今まで火曜日を意識して買い物に来たことはなかったが、98円均一の札の付いた商品がいろいろ出ていた。普段は100円以上の品が、98円で出されていた。買い物を済ませたころに、お昼になったのでジャスコの中のレストランで昼食を摂って駐車場に行くと雪が降っていた。家を出るときは、日の光がまぶしくてサングラスをかけていたのに、2時間後には天候が一変していた。
ジャスコのあとは、アウトドアショップの「バンバン」に行って、渓流の関係の商品を見たが、購買意欲がわいてこず、釣針とおもりだけ買っただけだった。
1年間通用する釣り券=年券はもう受け付けているそうなので、今月中に写真を持ってまた来ることにした。
バンバンのあとは、ドコモショップに寄って、ソフトバンクから切り替えた場合の契約のシステムや機種について説明を聞いた。ソフトバンクは、J
-hon時代から通算で12年使ってきたが、埼玉で暮らしているときにはあまり感じなかった圏外になる頻度がこちらでは多く、ドコモを使っているヤマちゃん夫妻と行動を共にしていると、特にその差が如実に表れる。また、2年半前に機種変更して安くなるといわれて契約のシステムを変えたのに、実際には年間の費用が倍になってしまったことも嫌気がさす原因の一つだ。
携帯番号を継続するには、まずソフトバンクで「携帯番号ポータビリティ予約番号」というものをもらってこなければならない、ということなので近々ソフトバンクに行ってこようと思う。二女夫婦がドコモなので、ファミリー割引のグループに入れば、二女からよく送られてくる孫の画像が添付されたメールもパケット料金がかからないようなので、二女に連絡してグループに入れてもらうことを了解してもらった。
ドコモショップから家に帰る頃にはすっかり雪も止んで、また日差しが出てきてサングラスが必要になった。
久しぶりに畑に出てみると、玉ねぎの苗が冷たい風に頼りなげに揺れていた。今年は、
100本ひと束の苗を5束も予約して買ったのに、買ったときから弱って茶色くなりかけていて、お店では大丈夫です、と言っていたがやはりだめだった。500本の苗で今何とか根が付いているのは2割程度だ。これからの寒さに耐えて収穫するときには1割しかないかもしれない。もう「大地」では苗は買わないことにした。今年こそ苗づくりからやってみようと思う。
甘くなる前に霜にやられてしまった百匁柿が、鳥につつかれて無残な姿になっていた。リン酸を多く含む肥料をやると甘くなるというので去年施肥して、多少甘くなったが甘くなるのに時間がかかり、霜にやられてしまった。それまで何個も取って食べてみたが、部分的に渋が残っていて吐き出すことが何回かあったので、今季もあまり食べずに終わった。夜NHKの番組「プロフェッショナル」で長年有機農法一筋に取り組んできた埼玉県小川町の金子さんが出演していた。「農業は、全力を出し切る努力をして、あとは我慢する」「一つの野菜を作るのは一姓、たくさんの種類の匠になるのが百姓」という言葉には含蓄があった。経験に裏打ちされた言葉には力がある。
友人からの情報で、上尾の旧宅が既に更地になっているらしい。売買契約した時は、買主は建て替えか改築か五分五分と言っていたが、やはり建て替えることにしたようだ。隣のヤマちゃんの旧宅は去年
11月にすでに取り壊されて新しい家が完成間近だったのを見て写真に撮ってきたが、その時はまだ建っていたかつての我が家ももう跡形もなくなってしまったとのこと。これでまた一つ上尾との繋がりが消えてしまった、という感慨だ。

玉ねぎ500本の苗で残っているのは2割?

見るも無残な百匁柿
2010年1月4日(月)
今朝は月1回の新聞雑誌、段ボールの収集日なので、車で八重原公民館まで出しに行った。新聞は先月出したばかりなので少なかったが、電動ウォーカーを梱包してあった段ボールが物置に山になっていたので、眠い目をこすりながら出しに行った。今朝はまたぐっと冷え込んでマイナス7℃になっており、車のフロントガラスが曇って公民館への往復の間には曇りが取りきれなかった。世間では今日から仕事始めなのだろうか、あまり行き交う車が少ない道路でも何台かすれ違った。
8時前に地元の子供たちの獅子舞がやってきた。家の中に入って獅子で厄払いする行事のようだ。これから朝食というときだったので、丁重にお断りした。
今日からコープ長野の宅配も始まった。今までの配送員が辞め、新しい人に交代した。今日はベテランの人について助手としてやってきた。こういう田舎道はコースを覚えるのも大変だろう。前任者も覚えるまで時間が遅れることがあった。
コープの配達を受け終わった後、組の各戸へ昨日の自治会の総会の資料を配りながらあいさつして回った。留守の家は
1軒もなく、新年のあいさつと新組長になったあいさつを済ますことができた。
午後から、昨日描きかけで終わったスケッチに水彩絵の具で彩色した。昨日描いているときには積っていた雪はほとんど融けてしまっているので、昨日の景色を思い出しながらの彩色で、結構実際とは違ってしまった。ただ絵は、カメラの撮影とは違い、自分の印象や感じ方で描くものだろうから、それも良しとしよう。先日美大を卒業している友人からメールで、絵は暗い色をどう表現できるかがポイント、というアドバイスももらったので、それも少し意識しながら描いてみたが、そんな簡単にできるものではない。先日新聞の投書欄に「一日一絵」を
1年間実践した、ということが書いてあった。ジイの今年の目標50枚は一週一絵のペースだからとても及ばない。水彩画教室の先生も「毎日描いていればうまくなりますよ」と言っていた。やはりそのくらいやらないといけなのかな?

家の中から見える雪景色を描いた
2010年1月3日(日)
今日も朝から箱根駅伝を見た。箱根の山下りを終えて、小田原から湘南の海に出るころはテレビの画面からは日差しの中を応援する人たちが映し出されていたが、見ているこちらは横殴りの雪が降っていて、何か別の国の中継を見ているような錯覚を覚えた。横目でテレビの駅伝中継を見ながら、家の中から見える雪の景色をスケッチした。ただしこれは時間切れで未完に終わっている。
お昼前にヤマちゃん夫妻がお汁粉を運んできた。お正月の善ざいパーティだ。上尾のおじいちゃん、おばあちゃんが健在のころは、よく正月にみんなで集まって善ざいパーティをした記憶がある。お汁粉を食べるのは何か久しぶりのような気がする。お代わりをしてしまった。やはりこういう甘いものが好きだったことを思い知った。
午後
2時からの自治会の総会に出席するため、八重原公民館まで歩いて出かけた。出かけるころには降っていた雪も止んで薄日が差していた。駅伝はまだ全部は終わっていなかったが、9区まででほぼ順位が決まったようなものだったので、後ろ髪を引かれるようなことはなかった。2時に始まった総会は、1時間ぐらいで終わるものと思っていたが、4時までかかった。今までなかった自治会規約の案が出されていて、それの審議に多少時間がかかっていた。区長の説明では、我が家とヤマちゃん家の転入が続いて、新住民に対する区費などの負担をどうするか、ということがきっかけで規約の必要性に迫られた、というだった。それにしては、細かい規定の部分であいまいなところがあったので、初めは黙っていようと思っていたが、ついつい発言してしまった。
今日の総会は決算総会で、
2週間後に新役員による予算総会が行われる。一通り一般会計やいくつかの特別会計の決算報告が終わってから、新組長だけで別室に集まって新年度の区長、副区長の選任の打ち合わせをした。区長は過去に副区長を経験したものの中から選び、副区長には会計経験者から選んだ。全部で131戸の自治会なので、それぞれみんなどんな人物かわかっているのだろう、新入りの出る幕ではないので黙っていた。それにしても事前の根回しなどもなく、本人の意思確認もなく決めていいのだろうか?すべての議題が審議し終わった後、その後のことについては何の説明もなくある者は帰り、何人かはテーブルをセットして飲み会の準備を始めていた。同じ組の去年の組長のMさんは帰るというし、飲み会は旧役員の御苦労さん会のような雰囲気のような感じだったのでジイも帰ることにした。

雪のため視界がきかない

箱根駅伝は晴れの中行われていたのにこちらは雪の中
2010年1月2日(土)
今年も箱根駅伝を見ようと7時過ぎに目覚ましをかけておいた。目覚ましで目は覚めたが、また寝床でぐずぐずして、起き出したのは7時半を過ぎていたが、駅伝のスタートは8時でまだ始まっていなかった。朝食を食べながらのスタート、途中掃除をしたがテレビは点いたまま、今年はレースの途中に入るCMの多さが目に余った。
明治大学が往路優勝かと思われたが、昨年に続き東洋大の柏原が箱根の山登りにダントツの強さを見せ、逆転した。駅伝を見る面白さは、精神と肉体の調和に成功したものがスピードに乗り、調和を乱されたものはすぐにそれが走りに現れ、苦痛が顔をゆがめる筋書きのないドラマが、画面を通して伝わってくるからだ。
駅伝が終わってから急いで、年賀状を書いてなかった人から頂いた分の返事の年賀状を出しに北御牧郵便局まで車で出しに行った。去年も同じようなことをした記憶があり、ホームページで日記を見直すとやはりその通りのことが書いてあった。
去年センターテーブルを半分に切ってデッキの置く鉢台を作ったが、貼り合わせてあった板が風雨にさらされて接着剤が利かなくなって、バラけてきたので、補修した。今年の最初の木工は、修理作業となった。久々の木工で木を切っていて、勢い余ってのこぎりで自分の指まで少し切ってしまった。先日のジンチョウゲの風除け用の壁を作っている時も、ねじ止めをしていて木を押さえていた指までねじが突き抜けてきて傷つけてしまった。微妙なところで注意力が落ちてきているようだ。
大晦日から今日までおせち料理などいつもよりも食べ過ぎて、体重も元旦の目標にはほど遠い状態になっているので、電動ウォーカーで減量に励まなければいけない。外は、今日は晴れたが風があってウォーキングには不向きだった。今日は
30分を2本約5km分電動ウォーカーで歩いた。

今年最初の木工は鉢置き台の補修

大晦日から元旦にかけて降った雪もほとんど解けた
2010年1月1日(金)
新年の最初の日、元旦にふさわしい青空を期待したが、曇りでときおり小雪の舞う寒々とした天気になってしまった。今の不況を象徴するような元旦だったが、それでも次代を担う孫たちが元気に起き出してきて、家の中を飛び回っている様子を見ているうちに、10年先にはもっと希望の持てる日本に、世界に、地球にしていかなければいけないとあらためて思った。
昨日は、去年
1年間の目標に掲げた項目がどれだけ達成できたかを振り返ってみたが、いくつか未達成なものがあったので、それをもう一度あらためて今年の目標にしていこうと思う。今年は、9世帯あるこの地区の組の組長にもなるので、組長の活動を通して地域との関係も新しい展開があることを期待したい。したがって今年の目標は、ほとんど去年と同じもので、目標数字が変わるだけとなってしまったが、ここに掲載する。
今のこの時、この場所で生きることを許されていることに感謝し、何事にも一生懸命になること、地球の平和と環境に貢献できることを身近なところから実践すること、地域のコミュニティに積極的に参加すること、身体的、精神的健康を維持するための努力をすること
個別的な目標として
@体重を
70kg以下に下げる
A
1ヶ月3冊以上の本を読む
B木工作品
20点以上を製作する
C水彩画
50点以上を製作する
D
20品目以上の野菜を栽培する
E延べ
20日以上渓流釣りに行く
F地域で新しいボランティアに挑戦する
Gホームページのジイの日記を毎日継続する。
二女夫妻と孫たちは、早めの夕食を食べた後、夫の両親の待つ軽井沢の別荘へ向かった。にぎやかだった我が家も今はジイとバアの二人だけで、物音一つしない静けさになってしまった。孫のムー君に、いる間「ネコ、ネコ」といって追いかけまわされていたポチも疲れたのか、ずっと眠っている。

小雪の舞う元旦

電動ウォーカーで遊ぶムー君
思いつくままに(ジイの記録)

過去の日記07年11月〜09年12月