過去の日記07年11月〜10年1月

思いつくままに(ジイの記録)
2010年2月28日(日)
朝目が覚めて外を見ると雪で一面白銀の世界だった。今日は午前中に近所に区費を集金すると伝えてあるので、早く止んでほしいと思ったが、10時ごろになってようやく小ぶりになったので、集金に歩いた。すでに「留守にするから」、といって前もって我が家まで届けに来てくれた家が2軒あったので、集金に回ったのは6軒で済んだ。どこも事前に用意してくれていたので手間もかからず助かった。
集金を終えて家に戻ってくるころには雨がやんできて、陽が射し始め、午後には青空が広がって、午前中の雪が嘘のようにきれいに消え去ってしまった。一日の中でこんな自然や景色の変化が見られるなんて、ここに暮らしているからだろう、と一人悦に入った。
テレビはお昼から夜までずっとチリ地震の影響による津波情報を流しっぱなしだった。うんざりするほどだったが、津波の知識を得るいい機会になった。それにしても地球を半周して伝わってくる津波という自然の脅威をあらためて感じた。人は自然にもっと謙虚に対峙しなければならない。
午後厚生部の副部長さんから、市からの各戸宛ての来年度の各種検診の事前申込書が持ち込まれてきた。
318日までに回収して持ってきてもらいたいとのことだった。書類を預かって、よく見てみると個人情報もあるので、回収して届ける性質のものなのか疑問に思い、おととしの組長さんのところへ聞きに行ったが要領を得ず、とりあえず2週間後に回収する旨申込書の入った封筒の上にメモを書いて各戸に配布して歩いた。

朝起きると横殴りの雪が降っていた

午後は晴れて雪はあとかたもなく融けた
2010年2月27日(土)
マイスターの家に泊めてもらったうえ朝食もご馳走になってゆっくりさせてもらった。9時ごろマイスターの軽トラに乗って家を出た。マイスターが退職後本格的にかかわる予定のNPO法人も参加して行っている、300年の歴史のある旧酒造を改築して映画館や商店、オフィスで構成された文化拠点になる場所を案内してもらった。ここで将来は協同組合方式で様々な起業も計画しているようだ。専門の都市計画の知識と経験を生かした地域への関わりに、情熱を持ち続け実践しているマイスターには敬服させられる。
ここを見た後、ジイがマイスターの家に傘を忘れてきてしまったので、一端家に戻ってから長野に向けて出直した。
花園インターから関越道に入ると
3車線いっぱいに車が走っていた。土日の割引でスキー場に向かう車が多いのかもしれない。それも上信越道に入って軽井沢を過ぎると急に空いてしまった。群馬県を走っている間は晴れていたが、軽井沢を過ぎ、いくつかのトンネルを過ぎて佐久に出ると濃い霧が視界を塞いでいた。長野県内は曇り空だった。
東部湯の丸のサービスエリアで、マイスターと別れた。マイスターは七二会(なにあい)の古民家へ行くので、一度インターで降りて我が家に寄って行くよりは、直行すれば
ETC割引の1,000円で行ける。ジイはサービスエリアから出て近くの「コメリ」でバアの迎えを待った。コメリにはすぐバアが迎えにきたので、そのあとは滋野の「ツルヤ」で買い物をして家に帰ってきた。
ポチは昨日は大変だったようだ。昨日の明け方、二人がまだ寝ている間に発作を起こした。トイレの周りで砂が飛び散り、血の混じった唾液が床についていた。バアが起きてポチを見たときには発作はおさまっていたが、茫然自失という状態だった。昨日ジイが出かける前に、トイレ以外のところで失禁していたが、出かけた後もあちこちで失禁したようだ。トイレに入っても、そこで用を足せないで別のところで漏らしてしまうらしい。いよいよトイレの自立もできなくなって、人間でいえば要介護度
5になってしまった。
2010年2月26日(金)
午前中は、昨日の南風でキンモクセイに冷たい風が当らないよう、藁でカバーしていた冬囲いが倒れてしまったので、片付けた。まだ寒くなる時もあるかもしれないが、過保護も良くない。囲いをはずしたキンモクセイの葉は青々していた。
お昼を食べながらオリンピックのフィギアフリー演技を見た。韓国キム・ヨナの完璧な滑りを見て、浅田真央ちゃんがノーミスでも追いつかないだろうと思ったので、かえって見ているほうは気が楽になった。日本の監督が採点の仕方にクレームを付けていたが、真央ちゃんにはかわいそうだが、メダルの色の違いは万人の認めるところだった。
フィギアの結果を見てから、バアに佐久平駅まで送ってもらった。午後
250分の新幹線に乗車、特急指定席券は事前にエキネットで予約しておいたので、備え付けの端末機で簡単に買うことができた。大宮から高崎線に乗り継いで、北上尾駅まで行った。北上尾駅は、2年前に引っ越したころはまだ工事中だったが、すでに完成していて、西口広場の一角に、あまりいい趣味とは言えない大きな赤っぽい石を転がした完成記念碑があった。
北御牧を出るときはポツポツ程度の雨だったのに、北上尾駅に着いた時は、本降りの雨になっていた。北上尾駅まで来たのは、かつての自宅が壊されて更地になっていると聞いていたので、その様子をこの目で確かめてみようと思ったからだ。実際に更地になった姿を見て、そこで暮らした約
20年の歴史が消し去られたような一抹の寂しさを感じた。ただ、それを覚悟で家の処分を決めたのだし、信州での田舎暮らしを始めたのだから仕方がない。あらためて信州で新しい歴史を作り上げればいいのだ。この先どれだけ生きることを許されているのか分からないが、過去を振り返るよりは未来に向かって、充実した人生を送って行こうと思う。
北上尾の旧宅から上尾駅まで雨の中を歩いた。今日まで雨が降る想定ではなく、旧宅を見た後はゆっくりあちこちを歩き回りながら上尾駅に行く予定だったが、雨になってしまったので真っすぐ上尾駅に向かった。お祝いの会の開会時間まで
1時間近くあったので、会場近くの「ジョナサン」でコーヒーを飲みながら読書をして時間を過ごした。その間に昨日の日記を読んだ岩手の師匠から電話があった。今夜集まる釣り仲間にもよろしくとの伝言だった。岩手の師匠も今夜は泊りがけで定年退職を迎える人の送る会をやるそうだ。
少し早目に行ったら会場に一番乗りになった。この
3月で定年退職を迎えるナベさん、マイスターの二人もあとひと月ちょっとでいよいよ新しい人生の旅立ちを始めるが、それぞれ新しい目標をしっかり持っているので、頑張れとエールを送った。帰りは深谷のマイスターの家に泊めさせてもらった。

冬囲いの藁をはずした2本のキンモクセイ

更地となった旧宅

定年を迎えるマイスターとナベさん
2010年2月25日(木)
昨日まで二日続けて春のような陽気になり、天気予報では今日も暖かくなる、というので解禁日の惨敗のリベンジをしようと、渓流釣りに出かけた。午前545分起床、6時半に家を出て、釣り場に向かった。7時前には竿を出すことができた。しかし、いくら日中は暖かくなるといっても朝のうちはまだ寒い。餌を付ける手の先はかじかんで思うように指先が動かない。それに鼻水も出てくる。釣れればそれも忘れてしまうのだが、10時ごろまでたった1尾、それは小さくてすぐにリリースした。
これではリベンジどころか返り討ちか、と悲観的になってしまったが、
10時を過ぎたころから、生温かい風が顔に感じるようになり、川の水もいくらか温かく感じるようになってきた。解禁の時の不調の原因の一つに餌があるのではないか、今の時期は川虫のほうがいいよという岩手の師匠からのメールでの指摘があったので、餌をミミズから川虫に替えると、ぼちぼちヒットするようになった。ヒラタ、キンパク、クロカワムシなど思った以上に採取できたので、それを付けて釣ると合わせもスムーズにいくようになり、最終的には12尾をゲットすることができた。
二桁を目標にしていたので、にんまりしながら納竿した。午後
1時か2時には帰る、と言って出てきたが納竿した時点ですでに午後2時になっていた。午後から釣れ出したのでもう少し釣っていたかったが、携帯を持ってくるのを忘れ連絡できないので、ここで断念した。
明日は、上尾で釣り仲間の二人が定年退職を迎えるので、そのお祝いをする会がある。その時、解禁日の状況では何を言われるかわからないと思っていたが、これで胸を張って報告することができる。
2時半過ぎに帰宅、すぐ汚れた道具を洗い、デッキに干した。生温かい南風が吹いていたので、夕方にはあらかた乾いた。
明日は、お祝いの会のあと深谷のマイスターの家に一晩泊めていただくので、日記はあとからになる予定。

型は小ぶりだが12尾ゲッ
2010年2月24日(水)
昨日からのポカポカ陽気が、今日も一日続いた。昨夜はエアコンの暖房もつけなかったが、室内温度は朝が19℃、日中は23℃まで上がった。今夜もエアコンなしにするつもりだ。
昼間は上田へ買い物に出かけ、買い物ついでに上田城址公園までウォーキングしたが、梅もほころび始めていた。周囲の山々が春霞でぼんやりと霞んで見えた。歩いていて汗ばむほどだった。
今日は上田のジャスコの近くにある画材屋「遊美」で、水彩画の額縁を購入した。教室の先生から、額縁を買うときは、作品を持参して、画材屋さんに選んでもらうといいと言われていたので、ちょっと恥ずかしかったが今度の発表会に展示する作品を持って行った。画材屋さんの話ではすでに何人か教室の人が買いに来たようだ。額縁のほかに、マットも絵のサイズに合わせてカットして額に合わせてくれるというので、絵を預けて市内のウォーキングに行くことにした。
上田城から上田駅に回り込むように歩いたところで
12時になったので、上田駅の近くにある「鯉西」というアユや鯉料理を出すお店で、鯉のうま煮定食を食べた。ジイとバアは二度目になるが、一緒だったミッチャンは初めてだった。臭みのない濃厚な味で食べ応えがあった。小付に生野菜でもあったら良かったかもしれない。
満腹で苦しくなったお腹を抱えて、画材屋さんに戻り、立派な額縁に収まった作品を持って、車を止めてあるジャスコまで戻った。「馬子にも衣装」というが、下手な水彩画も立派な額(マット込みで
11,500円)に入れられて、引き立って?見えた。
特売日ではないのでジャスコでは簡単な買い物だけしたあと、洋菓子屋の「ヴァール・マタン」に行った。今月はミッチャンの誕生月なので、ミッチャンのおごりで、先日は我慢した「ヴァール・マタン」の生ケーキをご馳走になることになった。
帰宅した後、留守番していたポチにも春を体感させてやろうと、ハーネスに紐を付けて外に出してやった。やはり全然見えないのだろう、慎重に歩を進めていた。ずっと外にいたそうだったが、
20分ほどで家に入れた。
そのあとはヤマちゃん家で、まだ昼食の消化が進んでいない?ので、
30分遅れで3時のお茶をして、ケーキをいただいた。久しぶりの「ヴァール・マタン」のケーキはやはり美味しかった。上田市内のウォーキングで1万歩以上歩いたが、それ以上のカロリーを摂取してしまったようだ。
昼食をとっていた「鯉西」では、オリンピックのフィギアスケートの放映をしていたが、その後のジャスコでは電気製品売り場の周りにはぎっしりと人垣ができていた。ちょうどその時には浅田選手が終わってキム・ヨナ選手が滑っているところだったようだ。かわいそうで見ていられない、と言っていたバアもこっそり見ていた。結果は
2位と1位だったようだ。明後日のフリーで勝敗が決まるということだが、どちらにも金メダルを取らせてやりたいし、二人の戦いは今度のオリンピックで終わるわけではないだろう。

立派な?額縁に収まった絵

外に出て春を体感するポチ

ヴァール・マタンのケーキ
2010年2月23日(火)
朝ごみを出しに行くときの気温はマイナス3℃だったが、日中はどんどん気温が上がり、デッキの温度計は20℃まで上がった。毎年我が家に春を告げる福寿草が、今日一日でいくつも開花した。このままスッと春になるわけでもないのに、陽気に誘われて庭に出て見ると、水仙やチューリップもあちこちから芽を出している。サンシュユの花芽も膨らんできている。
庭や畑のフキノトウを収穫した。かごにいっぱいになるほど採れた。ヤマちゃん家と山分けした。夕方には台所からフキの強い香りが漂ってきた。バアがフキ味噌を作っていたが、今日の夕食はカレーだったので、フキ味噌は明日までお預けだ。
午後、畑で可燃ごみを燃やしていると、ご近所のおばあさんが町内会費を持って訪ねてきた。来週の日曜日に集金する予定でいたが、その日は留守にするのでと言ってわざわざ届けに来てくれたそうだ。近所といってもごみステーションの先にある家なので、歩いたら数分はかかる。かわいい犬を連れてやってきた。
外へ出れば見えると思っているのか、ポチがしきりに外へ出たがるので、ハーネスを付け紐につないで外へ出してやった。最初はデッキに出してやったが、やはり見えないのでしばらくは腰を落としてそろりそろりと歩いていた。デッキから転落するといけないので、デッキの下へ下してやると、慎重に駐車場から道路へ、さらに隣の畑へ行こうとするので、散歩はそこまでとなった。外へ出ても何も見えてこないことが判ったポチは、この現実を受け入れていくのだろうか?いまだに家の中で時折、見えないことに苛立って大きな声で泣き叫ぶ。
昨夜から確定申告の準備をしているが、生命保険の納付証明書がないことに気が付いた。考えてみればこの
1年何も通知が来ていないのに毎月口座から保険料だけは引き落とされている。保険会社に電話してみると、やはり旧住所のままだった。もう一つの保険会社からは通知が来ていたので、引っ越した時に全部住所変更したつもりでいたが、片手落ちだったようだ。先日も厚生年金の住所も変更していなくて、電話で変更届をし、源泉徴収票を送ってもらったばかりだ。こういうたぐいの届はきちんとしたほうがいいですよ、と散々市民に言ってきた自分が、一市民となると途端に自分のことはこの体たらくだ。

今日一気に開花した福寿草

朝はマイナス3℃だったのに日中に20度まで気温が上昇
2010年2月22日(月)
午前中は、まずポチが2階に上がっていかないように、階段の昇り口に立てる衝立を作った。昨日間に合わせに断熱材で階段の一段目を塞ぐようにしたが、軽過ぎてポチが手を掛けるとはずれてしまった。ある程度の高さがないと身体を伸ばして乗り越えてしまうので、ベニヤ板を切って、高さ70センチぐらいにし、倒れないよう階段の両端に押さえを付けて、そこへ差し込むように立てるようにした。人間が登り降りするのにいちいち取り外すのが面倒だが、ポチの安全のためには仕方がない。これで、ポチは外へも出られなくなったし、2階にも上がることができなくなった。行動範囲が極端に狭まってしまってかわいそうだが、少しでも長生きしてもらうには、我慢してもらうしかないだろう。
午前中から午後にかけて、一昨日描き始めた烏帽子岳のスケッチ画に水彩を施し、完成させた。遠近法はまだまだうまく描けない。山並みの影の部分も、今度買った本に書いてあった「グリザイユ画法」という、影の部分を先に塗っておく方法を試してみたが、まだそれも思ったようには色が出なかった。
水彩画のあとは、読みかけだった朝日新聞出版「週刊朝日Moo
k筑紫哲也」を読み終わった。多事争論の傑作選や生前親交のあった各界の著名人の「筑紫哲也論」などのほか、絶筆となった日記「残日録」の抜粋などが掲載されている。彼のジャーナリストとしてのスタンスを垣間見ることができた。この本は、アマゾンに注文してから2週間以上かかって送られてきたものだ。去年の11月に発行された雑誌なので、在庫がなくなってアマゾンもあちこち手配してやっと入手して配達してくれた貴重なものになった。

ポチが2階に上がらないよう衝立を作った

2階から見た烏帽子岳を描いた

ジョウビタキ
2010年2月21日(日)
今朝は、初めて我が家を訪れる上尾の友人夫妻を迎えるため、朝食の後早めに掃除を始めた。掃除を終え、2階の小屋裏の片づけをしていると、バアの悲鳴のような大きな声が聞こえてきた。何事かと、小屋裏から2階のフロアに出て階下を見ると、バアが「2階からポチが降ってきた!!」と叫んでいる。気が付かなかったが、ジイが2階に上がった後、ポチがその後を付いて上がって来て、2階の手すりの隙間から下に落下したらしい。3メートル近い高さから落ちたので、人間なら大怪我をしていたことだろうが、さすがにネコだ、目が見えなくても平衡感覚だけは健在だったようで、しっかり着地し怪我もなかったようだ。
ポチ自身も落下した後しばらく驚いて動かなかったが、間もなく恐る恐る歩きだし、あとは普通に歩くようになったのでホッとした。かえって目の前で、上からポチが落ちてきたのを目撃してしまったバアのほうが、心臓が飛び出すほどの驚きで、息苦しくなっている様子だった。
友人夫妻は、昨日別所温泉の北向き観音と長野の善光寺をお参りして長野泊まりし、今朝上信越道で来るというので、東部湯の丸インターを出てすぐのところにある「ベイシア」で待ち合わせた。
10時に落ち合い、我が家にやってきた。
ジイとバアにとって、友人夫妻の二人とも職場の同僚として働いていた経験があるので、かつての職場のことも話題にのぼった。まだ現役の二人から、団塊の世代のかつての同僚たちが次々と定年を迎え、職場を去る話を聞いていると、あと数年も経つとかつての職場に行っても、知っている人が少なくなって、我々も完全に過去の人になってしまうのだろうな、と近況を聞きながら思った。軽井沢に立ち寄ってから上尾に帰る、という二人を国道
18号まで案内するため先導して行って、ツルヤで見送った。
午後は、
3時にヤマちゃん夫妻とお茶をした。友人から上尾の懐かしい「大木の芋菓子」をお土産にいただいたので、お茶のおともにそれをご馳走になった。
夕方、町内会の会費の納入通知書を組の各家庭に配布した。組長の仕事の一番大事な仕事が、この町内会費を集金することだ。区費と称するものが年額
6,500円、特別会計負担金という消防団への補助金の割り当てが2,700円、防犯灯負担金が2,000円で合計11,200円を集めなくてはならない。かなり大きな金額なので、今日は納入通知書だけ各戸のポストに入れて、集金は来週の日曜日にする旨の文書を作成し添付して投函した。
2010年2月20日(土)
午前中は、2階の窓から烏帽子岳をスケッチした。最近買った水彩画プロの裏技を参考に、遠近法の消失点を意識しながら描いてみたが、頭と手が意気投合せず、まだまだ平面的にしか描けない。鉛筆でデッサンしたところで終了、彩色までできなかった。
自動車の保険屋さんが、午後来る時間が遅くなってポチの病院に行く時間と重なりそうになったので、保険屋さんには、
5時半過ぎに来てもらうことにした。少しいつもより早目に家を出て、動物病院に向かった。少し早過ぎたので、途中のツルヤで買い物をしてから病院に行ったが、415分前には到着した。4時の午後の診療開始の一番で診てもらった。
今日も最初に目の検査をしてくれて、左目はかすかに見えて光に反応しているのがわかったそうだ。今日のを含めて
3回のステロイド注射で、網膜が活性化すれば左目で物の動きぐらいは感じ取れるかもしれない、とのことだった。一応これで1カ月ぐらい様子をみることにし、腎臓病のほうの治療は、今まで通り10日に1回の皮下点滴をしていくことになった。
一番で診てもらったので、早めに病院を出ることができ、
5時に家に戻ると、すぐ後ろから保険屋さんの車がやってきた。早めに着いたようで、時間があるので明神館の梅野記念美術館に寄ってきたそうだ。近くで戻ってくるのを待っていたのかもしれない。3月と4月に期限が来る2台の車の保険の更新の契約をした。オデッセィは、退職の時車両保険を解約してしまって、去年自損事故で40万円近くの修理代が全額自己負担になってしまったので、また車両保険を掛けることにした。保険料は3万円強増えるようだ。
最近テレビで格安な保険のコマーシャルが流されているので、オデッセィの保険料がどのくらいになるかネットで見積もりをしてみたが、今の損保よりも高い保険料になった。宣伝している内容は、条件設定が割安になるものにしているので、実際の条件設定で試算すると、保険料はあまり変わらないことが判った。生保の医療保険もテレビコマーシャルの量も半端ではないものがあるが、
CMにかかる費用を減らして、保険料を下げる努力をしろ!と言いたくなる。それにしてもわざわざ大宮から年間数万円の保険2本のために出かけてくるのには、御苦労さまとしか言いようがない。それだけ損保業界の競争も激しいものがあるのだろうか?

庭の福寿草が開花まであとわずかとなった
2010年2月19日(金)
低温注意報が出ていたが、午前7時過ぎの気温はマイナス6℃で、思ったほどは冷えなかった。それでも裏の池はまた全面結氷した。
午前中、明日と明後日に来客があるので、久しぶりに上田の「ヴァール・マタン」にお茶菓子を買いに行った。お店に入ると、甘いバターの香りが漂う。生ケーキも美味しそうで、若い女性客が買うのを見て誘惑に駆られたが、そちらは買うことを自制した。
帰りに、上田のジャスコでも買い物をした。ジャスコは、今年創立
40周年と銘打って、今日と明日の2日間5%引きになっていた。あまりまとめ買いするものもなく、パンとお昼のお弁当、今夜のお惣菜などだけ買って、家に帰った。
午後は、男子フィギアスケートフリーを見た。メダルは取れないのではないかと思っていたが、高橋大輔が銅メダルを取った。そんなに肩入れして応援していたわけだはないが、メダル獲得でホッとした。
ポチは
3日間のステロイド注入の2日目として病院に行った。最初に眼圧の検査をしてもらった。眼圧が正常値でないと、緑内障などを併発することがあるそうだ。ポチが嫌がってなかなか計測できなかったが、右目18、左目21でいずれも正常値の範囲内ということだった。合わせて瞳孔の開き具合や、網膜の検査などをした結果、左目のほうは少し見えるのではないか、との診断だった。ただ、見えるといっても今までの見え方の20%程度だろうというので、あまり期待し過ぎてもいけないのだろう。
動物病院から戻ってきて間もなく、午後
5時半ごろ隣のミッチャンから電話があった。南側の林の手前の畑に、シカが来ているとのこと。全部で5頭のシカの群れだった。しばらく、立ち止まってこちらのほうを見ていた。急いで一眼レフで写真を撮った。夕暮れ時で、オートではうまく撮影できなかった。絞りなどもっと勉強しておけばよかったが、後の祭りだ。それでも間違いなく姿は写っているのでよしとしよう。
以前から、我が家の南側の一人暮らしの
Iさんには、シカがときどき姿を現すと聞いていたし、田んぼをやっているYさんからも同じような話を聞いていたが、今まで一度も目撃できなかった。とうとうシカを間近に見ることができたわけだが、はたして単純に喜んでいいものか。最近はシカによる農作物の食害や生態系の変化、土壌の裸地化などが多発して問題になっている。その対策として、狩猟などによるシカの個体数の減少化も試みられている。自然と人間の共生が試される事柄の一つだ。

今日のポチ、右と左で瞳孔の開き方が違う

家の前の畑にシカが5頭現れた

こちらをじっと見てしばらく立ち止まっていた
2010年2月18日(木)
夜中に何回かポチの泣き叫ぶ声に目が覚めてしまったせいか、朝は一度目覚ましで目が覚めたがまた寝込んでしまって、次に目が覚めたら8時を過ぎていた。少し慌てたが、特に何をする予定もないので問題はない。しいて言えば、電気使用量の単価の上がる9時までに掃除を済ます予定ができなかっただけのことだ。今日は晴れているし、発電しているのでその電気を使うのだからいいかと、9時過ぎから掃除を始めた。しかし、よくよく考えてみると、買電の単価が32円、売電の単価が48円だから、発電した電気は使わないで売ったほうがお得だった。
午後は雪道を走って汚れていたオデッセィとフィットを洗車した。寒い冬は気を付けないと洗う先から凍ってしまうことがある。今日はデッキの温度計は
10℃まで上がっていたのでその心配はないだろうと始めたら、間もなく雲にお日様が隠れて冷たい風が吹き始めた。急いで洗車を済ませた。特に凍るところまではいかなかったが、手が冷え切ってしまった。この辺ではよく泥だらけのまま走っている車をよく見かけるが、忙しい人にとってはなかなか洗車するタイミングがとれないのだろう。
洗車してきれいになったフィットにポチを乗せて、ゆりかご動物病院に行った。さっそく目の検査をしてくれた。右目は少し白内障になりかけていたのは先生も気が付いていたらしい。今日詳しく調べてみると、網膜の一部が剥離しているようだった。左目は眼底出血を起こしているとのこと。いわれてみると、左目は瞳孔の奥が赤っぽく見えた。単なる白内障だけなら、この
1週間で急に見えなくなることはなく、もっとゆっくり時間をかけて見えなくなっていくそうだ。
したがって見えなくなった直接的な原因は、左目の眼底出血のようだ。治療のためステロイドを使うこともあるが、それは腎臓への負担もあるので、選択の余地があるところだという。その治療で確実に見えるようになるならば迷わずステロイドを入れてもらうところだが、視力が回復せず、腎臓だけが悪化するということになれば、ポチにはかわいそうな結果になってしまう。
迷ったが何もせずこのまま見えないことをポチに受け入れさせるのは、この
1週間のポチの様子を見ていると忍び難く、今日から3日間病院に通って、腎臓の治療のための皮下点滴にステロイドを一緒に注入する治療を選択した。眼底出血が停まって、出血した血液が固まり、自浄作用で血液がとれて見えてくる可能性もあるとのこと。その可能性に掛けてみよう。
ただ、ネコの視力の喪失は、人間の五感のうちの視力ほど失って受けるダメージは小さく、残された四感を活用して日常生活は十分可能だ、と先生から慰められた。もともと人間ほどの視力はなく、モザイク状にものが見える程度なので、常に他の感覚も使って活動しているのだそうだ。いずれにしても、ポチもジイもバアもこの新しい事態をしっかり受け止めなくてはいけない。
2010年2月17日(水)
昨日の渓流釣りで川の中を長時間歩き回ったので、筋肉痛が出るかと心配したが、朝起きてみると特に痛みもなくホッとした。12月から始めた電動ウォーカーでの鍛錬が功を奏しているのではないかと自己満足した。氷点下の気温で、昨日の夕方からデッキに干していた靴やウェーダーが乾かず凍っていた。
最近良く小鳥が庭に飛んでくるようになった。寒くなって、田んぼや畑の餌が採れなくなったのか、庭の花の種をついばむ姿が見られるようになった。カワラヒワなど毎日来るようになった。一時見かけなくなった雀の集団もやってくる。ツグミも、以前は家の南側の麦畑までしか来なかったのに、庭の家の近くまで入り込むようになってきた。夕方にはシメもデッキの手前まで来るようになった。一眼レフの望遠レンズを使って撮影しているが、まだピンボケ気味の写真が多い。
今日は松本に用事で出かけた。松本に行ったついでに飛来しているハクチョウでも見に行こうと思ったが、寒いのとポチが心配だったのでそれはやめて、ジャスコでの買い物と近くの縣の森公園の散策をしただけで、午後
2時半ごろ家に帰ってきた。
家に戻るとポチが玄関でうろうろしていた。玄関の段差から上に上がることがなかなかできなくて戸惑っていた。様子からみると、どうやら完全に見えなくなっているようだ。リビングの明るい窓にもぶつかっている。家に帰ってきてからずっとジイの膝の上に乗りっぱなしだった。3
kgほどのポチの体重でも、同じ姿勢で30分以上乗せていると、足や腰が痛くなってくる。一度乗った膝の上から下ろすのも一苦労だ。高いところから降りるのに、着地点が見えないため飛び降りることができない。最後は抱き上げて下におろしてやるしかない。これから見えなくなったポチのために、どうしてやればいいのか、明日病院に行って相談してくるつもりだ。

集団で庭に飛んでくるようになったカワラヒワ

ツグミも大胆に庭に入るようになってきた

バアの膝の上のポチ
2010年2月16日(火)
いよいよ待ちに待った解禁日、朝5時過ぎに起床して、軽く腹ごしらえをし、熱いお茶を沸かして、6時に家を出た。外はまだ薄暗い。道路に車の姿も見えず、すいすいと途中まで行って、ごみをステーションに置いてくるのを忘れていたのに気が付いて、Uターンしてごみを置いてから出直した。
これで
10分以上遅くなったせいかどうか、第一の候補地に6時半過ぎに到着すると、ちょうどそこには釣り始めた釣り人がいた。やむなくその上流へ向かうが、何台も点々とそれらしき車が停まっていた。仕方なく別の川の第2候補地に移動したが、そこも2台車が停まっていて、釣り人も複数確認できた。急いで第3候補地に行ったが、そこも1台しか停められないスペースに車が停められ、釣り始めていた。
仕方なく、迷いながら以前に何度か釣った場所へ行ってみると、誰も入ってないようなのでそこで釣ることにした。
7時過ぎから釣り始めて、4時間半粘ったが、当りらしい当りもなく、新しい踏み後が見つかったところでギブアップした。
こうなったら、第
1候補のところへ行って、竿抜け狙いでもいいからやってみようと、現場へ向かった。そこで車を停め、お昼を食べていると、朝一番で釣り始めたところを見かけた釣り人が戻ってきた。釣果は数匹とのことで、何人かすでに入渓しているとのことだった。それでも、まだ1尾も釣れずに帰るわけにもいかず、釣ることにした。
川に降りると先行者の姿も見えたが、とにかくいそうなところは狙わず、あまり普段は竿を入れないようなところを狙って、釣ることにした。アシが水中に生えているようなところを、根がかり覚悟で流した。約
3時間かけて、何とか3尾をゲットできた。最後に1尾型が小さくリリースしたところで納竿した。とても目標の二桁には届かなかった。
負け惜しみかもしれないが、解禁日でこの辺の小さな里川では、釣り人が入り過ぎだ。水温も低く、まだ雪しろで水量が多くなるにはまだ早い。やはり解禁はもう少し後のほうがいいのかもしれない。川の土手から氷柱が幾重にも下がっているところが何か所もあった。防寒対策は万全だったので冬の寒さは感じなかったが、釣果が寒かった。午後
3時半前に帰宅し、片づけを約1時間で終了し、一大イベントは幕となった。釣ってきた3尾は、今年の初ものとして夕餉のおかずの一品に加えられた。

ほとんど当りもなかった川、氷柱が幾重にも下がっていた

かろうじて3尾だけ釣れた
2010年2月15日(月)
雪が朝から夕方まで降り続けた。ただ、今までのような粉雪ではなく、湿り気の多いぼたん雪だったので、降ってもすぐ融けてしまい積もることはなかった。午前中は、北陸旅行の2日日間の日記をホームページにアップするのに時間を費やした。1日目は忘れないようメモをしておいたが、2日目の昨日の分はメモをしていなかったので、一日過ぎた今日は、ひたすら思い出すのに苦労しながらの日記となった。
雪が降って小鳥たちが餌を求めて庭に飛んできた。カワラヒワ、ツグミ、ジョウビタキなど。先日初めて見かけたシメもまたやってきていた。さっそくまた写真に撮った。
13日に出かけている間に岩手の師匠から、メールが入っていた。解禁日での釣果を期待する便りと、ジイの日記に触発されて?師匠もウォーキングを始めたことが書かれていた。お互い足腰が衰えたら、渓流釣りも楽しめなくなってしまう。いよいよ明日になった解禁日に朝一番に出かけられるよう午後から最後の準備をした。事前のイメージトレーニングでは、10尾以上の釣果があるようになっているが・・・。
昨日の日記にも書いたが、ポチの様子がおかしい。今日の昼間も、雪が降って多少光が暗いとはいえ、日中でもよく見えないようで、ガラス窓にもぶつかっていた。ほとんど見えなくなっているようだ。不安にかられて大きな声で鳴く。声をかけると安心して鳴き声がいつものような鳴き方に戻る。日中もべったりくっついて離れなくなってきた。
かわいそうだがもう外へはひとりで出せなくなった。カメラのフラッシュをたいて写した画像に映っているポチの目は、白内障のように濁っているように見えた。バアのデジカメで写したポチの写真でも、目がうつろな感じになっている。

一日中降り続いた雪、湿ったボタン雪で積もらずに融けた

雪の中をシメがまたやってきた。今年のシメは警戒心が強く近くにはなかなか来ない

ほとんど目が見えなくなったようだ。携帯のカメラにも反応しない
2010年2月14日(日)
何度か目が覚めたが、昨夜は8時半過ぎから今朝の6時半までたっぷり10時間近く眠った。ホテルの窓のカーテンを開けると、青空が見えた。8時に朝食の会場に行ったが、混み合っていてだいぶ並んだ。今日一日どこでも見かけたが、朝食会場でも中国語が飛び交っていた。
朝食の後は、チェックアウトをせずに、天気がいいのでもう一度近江町市場に歩いて出かけた。昨日の夜食べたかぶら寿司の味が忘れられず、それを買うのと、ガイドブックにも載っていたコロッケを買いに行ったが、時間が早く市場の中は半分もお店が開いていなかった。コロッケのお店は開いていたが、まだお目当てのコロッケは揚がってなかった。かぶら寿司を売っているお店を見つけ、試食をさせてもらってから買った。量り売りで、二切れ入って
1,700円だった。かぶら寿司というのは、塩漬けにしたカブで、やはり塩漬けにしたブリの薄切りを挟み込み、細く切ったニンジンや昆布などとともに、米麹(糀)で漬け込んで醗酵させたものだが、程よい酸味と甘みが麹の香りに包まれて口の中に広がる独特の味だ。
ホテルに戻って
10時にチェックアウトし、第2の目的地、白川郷に向かった。金沢から高速を使って約1時間半、駐車場を見つけるのに手間取ったが、お昼前に到着した。初めにシャトルバスに乗って、白川郷全体を見渡せる展望台に行った。展望台からはシャトルバスに乗らず、歩いて集落まで下りた。
雪にすっぽり覆われた合掌造りの家をイメージしていたが、兼六園と同様雪はあまりなくて、人、人、人だった。この時期の土日は、夕方からライトアップをするというので、駐車場もその準備のため午後
3時までに退出するよう、ひっきりなしに放送が流されていた。あとで水彩画の題材に使おうといろいろな角度から家を撮ろうとしたが、どこにも人がいてうまく写真が撮れなかった。こんなに観光客を入れてしまったら、世界遺産から外されてしまうのではないか、と思わざるを得ない。自分もその観光客の一人だが・・・。中国人とおぼしき大勢の団体客がいたが、どうやら今は中国の旧正月を利用した観光客が大挙して日本に来ているようだ。
遅い昼食を、郷内の食事処で取ってから白川郷を後にし、家路に就いた。帰途、高速道路から真っ白に冠雪した立山連邦やその奥の北アルプスなどが少し霞んではいたが眼前に広がった。その景色が見えるパーキングで休憩を兼ねて車を停め、写真を撮った。
午後
6時半に無事帰宅した。2日間留守にしたので、ポチがうるさく付き纏ってきた。ただ、最近気になっていたが、かなり視力が落ちてきて、ほとんど見えなくなっているようだ。観察していると、家具にぶつかったり、玄関の段差で足を踏み外したりしている。最近よくこたつに入っているジイやバアの膝の上に乗りたがるのも、暖を求めてというよりは、心細くてなって乗ってくるのかもしれない。うろうろしながら、時折大きな声で鳴き叫ぶようになった。見えない世界に向かって不安に駆られて鳴いているように見える。いよいよ見放せなくなってきた。

展望台からの白川郷

合掌造りの屋根には雪がない?
2010年2月13日(土)
今日の金沢への旅行に備え、昨夜はいつもより2時間近く早く寝たのはいいが、その分早く目が覚めてしまった。午前7時に出発するので、6時過ぎに起きる予定が5時には目が覚めて、しばらく結局布団の中でもうひと眠りしようとしたが、結局眠れず起きてしまった。
朝食は食べずに、定刻の
7時にヤマちゃん夫妻と一緒に家を出た。東部湯の丸インターから高速に入り、途中小布施ハイウェイオアシスで朝食を摂った。ハイウェイオアシスというから、藤岡にあるハイウェイオアシスのように広くていろいろなお店があるのかと思ったが、普通のパーキングエリアにあるような小さな食堂が1軒あるだけで、朝の8時で混み合っていた。ジイは「まごころ定食」という栗ご飯に暖かいミニ山菜そばを食べた。さすが小布施、名物の栗ご飯は美味しかった。
長野自動車道から上越ジャンクションを経て北陸自動車道で金沢東インターまで車を走らせている間、スピンして停車している車に
2か所で遭遇した。途中小雪のちらついているところもあったが、まずまずの天候で順調に行けた。11時には最初の目的地兼六園に到着した。
冬の兼六園は初めてなので、雪つりに雪が載っている風景をイメージしていたが、雪つりにも木の枝にも雪は積もっていなかった。梅林では早くも梅が一部ほころび始めていた。それよりも観光客の多さには驚いた。この日は県民の日で県民は入場料が無料になっていた。さらに
65歳以上も無料ということで、4人の中でミッチャンだけは無料になった。約1時間かけて園内を一回りしたあとは、定番のお土産屋を覗いて、九谷焼のお皿を2枚買った。
兼六園の次は近江町市場に行って、まずはお昼を市場の中の「じもの亭」というお店で食べた。
12時半ごろだったので、ずらっと行列になっているお店もあったが、それは避けてあまり混んでいないこのお店にした。バアはこのお店の一押しの「海鮮丼」を、ジイは「ハーフ」というのを注文した。「ハーフ」というのは、別に量が半分ということではなく、イクラとウニが半々のウニ・イクラ丼のことだ。ネーミングがユニークだったので頼んだ。海産物は新鮮さが決め手なので、満足できるものだった。市場の中は大変混雑していて、ゆっくり買い物をしている雰囲気ではなく、練り物と大福だけを買って引き揚げた。
次は、長町武家屋敷に行った。昔一度訪ね歩いたはずだが、今は小奇麗に整備されていて、昔の記憶がよみがえらなかった。もっとも各地に同じようなたたずまいの武家屋敷があるので、区別がつかなくなっていることもあるのだろう。大きな屋敷で、入ろうとしたら入館料
500円となっていたので、入るのは止めて、隣接する土産物売り場の喫茶コーナーで、同じ500円でコーヒーを飲むことにした。花より団子を地で行ったような感じだ。
このあとは、金沢駅前のホテル「ドーミーイン金沢」にチェックインした。時間は午後
4時で、夕食には間があったので、最上階にある天然温泉「加賀の湧泉」でゆっくり温泉に浸かって、疲れをいやした。
夕食は
6時に「大名茶屋」というお店に予約してあったので、ホテルでもらった地図を頼りに探したが、地図の書き方が判りづらくうろうろしていると、タクシーの運転手さんが親切に教えてくれた。加賀料理のミニ会席で、アワビの入った白和えを付き出しに、ぶりの刺身や蟹の酢の物、天婦羅、焼き蟹など順番に出てくるので、写真に収めるのも忘れて食べてしまった。生ビールのほか地元のお酒を冷酒で飲んだが、口当たりのいいお酒だったので、4人で4合も飲んでしまった。4人で、といってもジイが一番飲んでいたが・・・。一通り、料理がでたところで、ブリ大根、かぶら寿司と金時草の酢の物を追加で頼んで食べた。いずれもご当地の食材だ。十分飲んで食べて、8時過ぎにホテルに戻ったところで、あっという間に爆睡してしまった。

雪の少ない兼六園

長町武家屋敷

にぎわう近江町市場
2010年2月12日(金)
またまた雪景色に戻った北御牧。朝起きた時は、雪はもう止んでいたので、夜中に積もったのだろう。朝食の後、何もすることもないので、新聞を読んだり、週刊文春を読んだりしてのんびりしていると、ヤマちゃん夫妻が雪掻きを始めた。雪掻きをするには微妙な積雪量だったが、ヤマちゃん家の車が出入りする道路は、我が家の北側にあるので日陰になり、早めに雪掻きしないと凍りついて滑りやすくなる。我が家の車の出入りに使う道路は、日当たりが良ければすぐ融ける。少し迷ったが、気温が上がらず日差しもないので、念のため雪掻きをすることにした。道路と駐車場の雪掻きが終わったころに、雪が降り始めた。雪はそのあと一日降ったり止んだりしたが、雪掻きをしたところだけは、融けて雪がなくなっていた。明日は午前7時に金沢目指して家を出る予定なので、車を出すときに家の前の道路が凍結している心配はなくなった。
いよいよ冬季オリンピックが始まる。埼玉にいるときはほとんど関係なかった「ご当地出身選手」というのが、連日長野のテレビメディアに登場している。女子モーグルの上村愛子を筆頭に、スピードスケートの吉井小百合、小平奈緒などなど、長野の企業に所属する選手も含めると、選手団の
4分の1が長野県関係選手ということらしい。先日行ったエコーバレースキー場にも、スノーボードクロスの藤森由香選手の横断幕がかかっていた。こういうことで信州人のアイデンテティが育まれていくのだろうか?よそ者?には入り込めないところだ。

一夜で雪景色に戻った

雪掻きが終わったころまた雪が降り出した
2010年2月11日(木)
朝起きると、昨夜降りだした雨は止んでいた。しかし、降った雨の雫がそのまま凍って面白い光景になっていた。庭の桃の木やモミジに小さな花が咲いているようだった。気温は0℃、もっと冷え込めば、霧氷のように木全体が白くなったのだろうが、今日の氷の雫は何と表現していいのだろうか、近くの山の木も同じで、遠目には新芽が芽吹いているような感じだった。
お昼のニュースで、しなの鉄道や
JRが架線の凍結で運休になっている、と伝えていた。ニュースの画像に映し出された架線の様子は、我が家の庭の木と同じだった。気温は日中もほとんど上がらず、午前中か雨が降り出し、その雨も夕方からは雪に変わった。ほとんど融けて消えた雪景色がまた復活した。
午後、先週頼んだ眼鏡が出来上がったので、「眼鏡市場」へ取りに行った。この
1週間古い眼鏡を使っていたので、新聞や本を読むには不便だった。近視は変わっていないが、老眼の部分は度が進んでいるので、新聞や本を読むときは、別のメガネに掛け替えなければ、長い時間読めなかった。それも、今日出来上がった眼鏡で解消した。
普段かける眼鏡は、レンズはそのまま、フレームだけ新しくしただけだが、フレームの掛け具合も新たに調整したので、何かレンズも含めて交換したような感覚だ。遠近の境目が今までと位置が違うのかもしれない。もう一つの跳ね上げ式のサングラス用の眼鏡は、老眼と乱視の度数を変えた新しいレンズに付け替えた。こちらは、遠くも良く見えるし、手元もはっきりと見えるようになった。これで釣りの時にも、仕掛けを変えたり餌を付けるときも不自由しなくなるだろう。
眼鏡市場の後、ジャスコの本屋に行った。受賞作のない芥川賞の発表とはいかなるものか、のぞき趣味もあって「文芸春秋」を買ってみた。もう一つ何度も手にして買わなかった本を買った。奥津国道著「水彩画プロの裏技1,2」講談社の
2冊セットで4,200円の本だ。少し高いので迷っていたがとうとう買ってしまった。作者の画風が自分好みで、こんな風景画が描ければいいな、と思うような描き方がいろいろ掲載されている。今習っている水彩画教室の先生の画風とは全然違うのだが・・・。
帰りに、回り道をして川の様子を見に行った。
2か所ほど川を覗いてきた。水量もそこそこあるし、まだ草も生い茂っていないので足場はよさそうだ。あとは当日の気象条件とジイの腕次第だ。

昨夜降った雨の雫が凍りついて花のようだ

福寿草の芽の先が黄色くなってきた。開花も間もなくか?

意を決して購入した本
2010年2月10日(水)
昨夜から濃い霧が立ち込めてきて、朝の9時過ぎまで霧は晴れなかった。霧にかすんだ風景を眺めていると、時間が止まったようだった。小鳥たちも飛んでこない。昨日初めて見たシメも一度も姿を現さなかった。気温は、朝5℃近くあったが、午後になっても気温は上がらず、逆に2℃まで下がってしまった。
午後になって、郵便ポストまで郵便物を出すため歩いて行った。郵便ポストから
Uターンせず、遠回りして家に戻ったので、30分かかってしまった。気温は低かったが風がほとんどなかったのでそれほど寒く感じず、かえって気持ちいいくらいだった。
ポストに出した郵便物は、小諸社会保険事務所に出す厚生年金の住所変更届だった。確定申告する準備をしていて、厚生年金の源泉徴収票が来ていないことに気が付いた。共済年金のほうは住所変更の届け出をしたが、厚生年金のほうは忘れていたようだ。一昨日、小諸社会保険事務所に電話したら、再交付の源泉徴収票と、住所変更届の用紙を送ってくれることになり、昨日にはもう郵送されてきた。封筒の中には、返送用の着払いの封筒も同封されていた。電話の応対も親切だった。散々たたかれたであろう現場の職員の苦労と努力に頭が下がる。
午前中の電動ウォーカー
30分と、ポストまでの外歩きでも、携帯の歩数計は8,000歩台にしかならなかったので、夕方また電動ウォーカーで30分歩いて、1万歩以上になった。12月に電動ウォーカーを購入してから、ウォーキングした日以外は、欠かさず30分を2回やっている。最近は、スピードも速くして負荷を高くするようにして歩いている。目に見える劇的な効果が出たわけではないが、電動ウォーカーでの運動をする前に比べて、確実に1キロは下がっている。70kg台なので、今年の目標の一つである70kg以下という数字は一応維持している。できれば70kgを切るようにしたいのだが・・・。
2010年2月9日(火)
昨夜8時ごろからしばらく雨が降った。朝まで降り続くのかと思っていたが、7時前に起きると朝日が部屋に射しこんでいた。ごみを出しに行く前に温度計を見ると、もうプラス5℃になっていた。ごみステーションから戻ってくるころには、いつもの防寒着を着て行ったので、汗ばむ感じだった。今日は天気が良ければ、エコーバレースキー場に行くつもりだったが、山のほうは黒い雲がどんどん広がりながら流れていたので、行くのはやめた。
外の景色をみていると、なんとシメが来ているのを発見した。去年に比べて約
1カ月近く過ぎても姿を見せないので、半ば諦めていたところだった。急いでカメラで撮った。去年までのシメなら庭の中に平気で入ってきてついばむのに、まだ警戒しているのか道端までしか近寄ってこなかった。一眼レフの200oの望遠レンズでどうにか写すことができた。これからしばらく来るようになればもう少し鮮明な画像を載せることができるかもしれない。
午前
11時に家を出て、上田に買い物に行った。ジャスコに車を停めて、上田駅前の通りにあるドライフーズのお店に行ったが、あいにく火曜定休で閉まっていた。タウン誌に載っていたお店で、地元でとれるフルーツ各種をドライフーズにして販売している。残念だがまた出直しだ。
お昼になったので、おいしい食事のできるお店を探したが適当なところが見つからず、結局上田駅前のホテルの一角にある「りんせん」で食べた。このお店は、以前はメインディッシュ以外のものはバイキング形式で選べたので、いろいろ味を楽しめたが、今はサラダとドリンクだけがフリーという形になってしまった。そのせいもあってしばらく足が遠のいていたが、たまに食べるに来てみると、やはり食事そのものは美味しいと思う。
ジャスコに戻り、パンや弁当箱などを買った後、「バンバン」に行って釣りの餌を買った。来週の
16日から解禁になるので、去年に続いて解禁日釣行を計画している。これで準備万端となった。
今日は全国的に暖かくなったようだが、こちらでも日中は気温が上がったようで、昨日まで残っていた雪はほとんど跡形もなく消えていた。午後
4時過ぎでも気温が12℃もあり、家の前の麦畑は、そこだけを見ているともう春という風情だ。昨日まで雪に埋まっていたニンジンを、10本ほど掘った。収穫して保存するよりは、そのまま掘らずに残しておいたほうが、痛まず新鮮なまま収穫できることを知った。これからは種を蒔く時期を間違わず、寒くなる直前に食べられるほどの大きさに育つように毎年試みてみよう。

やっとやってきたシメ

りんせんの麦とろ御飯のランチ

昨日まで雪に埋もれていた麦畑
2010年2月8日(月)
今日は長女の誕生日。早いものでもう38歳?こちらも年取ったわけだ。生まれた日には雪が降っていたっけ。働き盛りで忙しいのか、最近はあまり音沙汰がないが、便りがないのは元気な証拠ともいうから、しようがない。こちらのことはこの日記を読んで安心しているのだろう。
午前中は、コープ長野の宅配があるので家にいた。確定申告の準備でもしようかと、共済年金の源泉徴収票を探したが見つからず、大騒ぎになってしまった。大事なものなので、そういうものをしまってある場所に入れたはずなのに、そこにはなかった。あとで年金関係の書類のファイルに置き換えたことを、忘れてしまったようだ。あちこちの引き出しを探しまわった挙句、最後にそのファイルを調べて見つけることができた。置き換えた理由を思い起こすと、どうやら年金に関するものなのでそちらにしまっておいたほうが判りやすい、と考えた結果のようだ。最近はこういう探し物がやたらと多い。
午後はポチを病院に連れて行った。腎臓のための点滴を受けるためだ。前回は先月の
28日で、行く前に発作を起こした。その時発作を抑える薬を増量してもらったせいか、今日まで発作も起こさず元気にしてきた。
昨日、ベトナムに
1年間仕事で行っていた友人が帰国したことを知らせるメールを送ってきていた。昨日の夜はメールを開け忘れていて、今日の夜メールを読んだ。もっと早く去年のうちに帰ってきているものと思い込んでいた。それにしては便りがないので、どうしたのだろうと心配していたが、こちらの勘違いだったようだ。無事で何よりだった。
2010年2月7日(日)
今日は朝から晴れ渡った。青空が白い雪で一層碧くくっきりとしている。空気がきれいなのが伝わってくるようだ。朝食の後、早めに雪掻きをした。昨日の夕方あらかじめ雪掻きをしておいたので、比較的楽に作業することができた。それでも除雪した雪が道の両側に高く積った。深いところは20pほど積もっていた。
雪掻きを終えて一息ついてから、東御中央公民館の水彩画教室にでかけた。今日で今年度の教室も終わりなので、まずは来月行われる生涯学習発表会に出品する作品の選考会が行われた。一人一品ずつ展示することになっている。まず、全員がフロアに自分の作品を並べた。みんな今までに描いた作品を、多い人は
10点近く並べていた。いずれも力作だ。
ジイは、
6点に絞った中から4点だけ並べた。先生に順番に見て回ってもらって、1点に絞って行った。ジイの作品は、やはり白菜を中心に描いた野菜の作品になった。自分でも多分それになるだろうな、と考えていたとおりだった。中には、背景の色など手直ししている人もいたが、ジイはそのまま直さず展示することにした。どうせいじっても良くなる自信がなかったからだ。
先生から、作品にサインを入れるよう指導があった。洋画なので、ローマ字で書いたほうがいい、とのこと。サイン一つにもセンスが現れる、とポロっと先生が言った一言がプレッシャーになって、その場ではサインを入れず、家に帰って練習してから入れることにした。
お昼は、最後の教室になるので、学級長さんの提案で上田の仕出し屋さんに頼んだお弁当をみんなでいただいた。お昼をいただきながら、先生からも、来年度もこの水彩画教室が続けられるという報告もあった。ぜひジイも続けていきたいと思う。
今日は、展示する作品の選定とその手直し作業が中心で、絵を描くのはなしと思っていたが、それは午前中
1時間ほどで終了したので、最後の静物画を描くことになった。今日は、シンビジウムの鉢植えを描くか、ヒマワリの種やホオズキなどを描くかのいずれかだったが、ヒマワリのほうを選んで描いた。シンビジウムは難しくて、時間も少ないので選ばなかったが、ヒマワリのほうも描いてみたら意外と難しくて参った。結局これは家に戻ってから、かなり手直ししたあと、バアに見てもらったら、ヒマワリの種と言われないと何か判らなかった、という感想だった。まだまだ精進が足りない?!

久し振りに除雪した道の脇がうずたかくなった

発表会に手に持する作品を選ぶ


教室最後の静物画、右側の茶色の物体はヒマワリの種ですよ
2010年2月6日(土)
今日は一日雪が降った。天気予報では、午後から止んで晴れることになっていたが、予報通りにはならなかった。玄関前に吹きだまりができ、3度ほど竹箒で雪掻きをした。湿った雪ではなく、パウダースノーなので力を入れなくても簡単に雪掻きができる。気温は、昼過ぎになっても上がらず、最高気温がマイナス3℃という真冬日だった。
こんな日はどこにも出かけられないので、昨日に続き水彩画の練習をした。白川郷の雪の夜を描いたお手本を見ながら描いた。
7歳の天才少年の足元にも及ばないが、日々精進するしかない。明日は、今年度最後の水彩画教室だ。
ヤマちゃん夫妻と午後
3時のお茶をした。来週の土日に一緒に金沢に行くので、その打ち合わせをした。冬の金沢には行ったことがない。最初はJR東日本の「大人の休日倶楽部」の切符を買って電車で行くことを計画したが、土日の高速道路の割引で行ったほうが格安だし、いろいろ動き回れるので計画を変え、車で行くならと、ヤマちゃん夫妻も誘って行くことにした。今日のような天候になってしまうと無事に行けるか心配になってしまうが、(今日は雪と事故で、信越自動車道、長野自動車道が通行止めになった)兼六園の雪つりに雪が積もっている姿をイメージして、是が非でもそれを見に行きたいと思っている。もちろん美味しいものも食べてきたい。
また、帰りには白川郷にも寄ることにした。本当は今日練習で描いた夜の雪の白川郷を眺めて見たかったが、帰りのことを考えると明るいうちに家に帰ってきたい。寒い土地に住むようになって、車の運転で一番気をつけなければいけないのは、凍結した道路だ。スタッドレスタイヤも凍っている道路では安心できない。
お茶をした後、暗くなる前に雪が小止みになったので、家の前の道路の雪掻きをした。今度も竹箒で掃くだけなので、短時間で簡単にできた。これでこれからあまり降らなければ、明日出かけるのに苦労しなくて済むだろう。

一日中雪が降り続いた

今日の最高気温はマイナス3℃

お手本を見ながら雪の夜の白川郷を描いた
2010年2月5日(金)
今日は二女の誕生日。年々誕生日を迎えるたびに、何歳になったかを数え、その分だけ自分も年を重ねたことを実感することになる。
今朝も全県低温注意報が出ている中、マイナス
10℃でスタートした。今日は昨日よりも気温が上がらず、日中でも2℃にしかならなかった。ポチも外に出たがって出してやっても寒いのかすぐ戻ってきてしまった。
午前中は、お手本を見ながら、水彩の風景を描いた。遠くの山並みと、手前の稲刈りの後の田んぼの遠近法を練習した。鉛筆の下書きから彩色した段階で景色がぼけてしまった。
60の手習いでは、なかなか進歩が見えない。同じ水彩画教室に通っている人のブログに、イギリスの7歳の天才画家の水彩画が掲載されていたが、その絵と自分のを見比べてあまりの違いにがっかりしてしまった。
午後
4時に仕上がるオデッセィの車検に合わせてホンダに取りに行った。点検結果で特に問題はなかったが、前輪のブレーキパッドがすり減ってきているようだ。去年取り換えてもらったはずなので、調べてもらったら、取り換えたのは後輪だけだった。次の12カ月点検のころには取り換えが必要になりそうだ。トヨタのリコール問題がニュースになっているが、車も一歩間違えれば走る凶器になるので、日頃の整備、点検で手を抜くわけにはいかない。

お手本を元に描いた
2010年2月4日(木)
今日は暦の上では立春だが、今朝も日中も冷え込んで冬真っ盛りという感じだった。昨日の夜からまた少し雪が降って、雪が一部融けていた畑や道路もまたうっすらと雪が積もっていた。気温はマイナス11℃、昨夜から長野県全域に低温注意報が出ていて、一日晴れていたが気温が上がらず、デッキの温度計も5℃以上には上がらなかった。
午前中
11時に車検の予約をしてあったオデッセィをホンダカーズしなのに出しに行った。埼玉にいるときと違って、車検に伴う車の手入れでボディーの底の洗浄費用が見積もられていた。長野では冬場に降雪の凍結防止のため塩カルを道路に撒いているので、やはり車を長く乗るためには、錆びないよう手当をしておく必要がありそうだ。代車は軽のホンダライフだった。予約の時営業さんは、ちゃんとした代車を出します、と言っていたのに今日は本人は休みでいなかった。軽がダメでフィットに買い替えたお客に、ちゃんとした代車が軽自動車かよ、と思ったが本人がいないので仕方なく諦めた。明日出来上がったオデッセィを取りに行った時、営業さんに嫌みを言わなければいけないかな?
ホンダに行ったついでに近くの佐久平にある「眼鏡市場」に行った。こちらのお店は初めてだが、上尾の電話番号だけで過去の購入のデータが全部残っているのがわかった。壊れた眼鏡のレンズは、当時としてはグレードの高いもので、最近のお店には置いてないという。まだレンズも傷があまりなく、視力の変化も少ないのでフレームだけ同じものを取り寄せてもらうことにした。

2
年半前に購入したフレームで、在庫を調べてもらったら国内に3本あって、一番近いところで岐阜県内のお店に在庫がある、ということで転送してもらえるとのことだった。費用はフレーム代だけで、11,300円で済むという。
予想外に安く済んだ?ので、跳ね上げ式のサングラスに使っている眼鏡が、老眼が進んで手元が見えにくくなっているので、その眼鏡もレンズだけ替えてもらうことにした。レンズも同じような額で取り換えられる、ということで、それもお願いしたところ、レンズとフレームの一式の値段で、
18,900円になるとのことだった。眼鏡の値段も一昔前に比べると、デフレの最たるものの一つのようだ。一昨日眼鏡のつるを折ってしまった時には、また大きな出費になるかと心配したが、半分以下の費用で済んだので良かった、と言ったらバアからは、メガネを壊さなかったら一銭もかからなかったのよね、とグサリと言われてしまった。
サングラス用のメガネのレンズは、遠視の修正のほか乱視の修正するものにしてもらった。これで釣りの時など、釣り糸が見やすくなるし、手元で仕掛けを直す時もやりやすくなることを期待している。
1週間後に2本の眼鏡が直ってくるまでは、2年半前まで使っていた古い眼鏡を使うことにした。この日記も古い眼鏡をかけて書いているがそんなに違和感はない。
今日は二つの大きなニュースが流れている。一つは横綱朝青龍の引退だ。朝青龍は、横綱になってからずっとその強さに反比例して、「横綱の品格」「神聖な国技」という非常にあいまいな倫理基準に翻弄されて非難を浴びてきた。朝青龍自体は、あまり好きなタイプではないので擁護するつもりはないが、今回の騒動で一番気になるのは、品格や神聖という言葉が発せられる背景だ。かつての神事としての相撲から、興行としての相撲になって久しいが、精神論だけは神聖なものとして生き続けてきた。しかしそれももはや幕内上位の半数近くが外国人力士という状況では、興行的にも普通のプロの格闘技と同じものに変質してきているのに、精神論だけ旧態依然のものを押し付けるのには無理がある。ここが変わらないと大相撲は衰退の一途をたどるだろう。
もう一つ朝青龍引退騒ぎで影が薄くなったような、政治資金規正法違反での小沢民主党幹事長の秘書たちの起訴だ。小沢氏本人は不起訴となった。これで小沢氏の一連の騒動は幕引きとなるのだろうか?これで参議院選挙で民主党が勝利し、単独安定多数になれば、今見え隠れしている民主党の暴走がますますはっきりとなるのではないかと危惧している。

寒さで外へ出てもすぐ戻ってきた
2010年2月3日(水)
昨日の夜は寝る前に、壊れた眼鏡の修理を試みて夜中までかかってしまった。昨日スキー場で帽子の上から掛けていたゴーグルを外そうとして、帽子ごと脱いだ時に眼鏡のつるを一緒につかんではずしたために、メガネのつるがぽっきり折れてしまった。もともと弾力性があるはずなのに、冷えて硬化し弾力性がなくなっていたのかもしれない。
寝る前に、急に思いついて古い眼鏡のつるを代用すればいいのではないかと、
3個のメガネをしらべたがどれも構造が違ったり大きさが合わず、思いつき通りにはならなかった。結局折れたつるをセロテープでつなげて何とか今は使っているが、やはり新しい眼鏡を買う必要がありそうだ。そんなことで寝たのは午前2時を過ぎてしまった。
いつもより
30分ほど寝坊してから起きて間もなく、午前8時過ぎから降り出した雪で、昨日一日で大分融けていた畑や道路がみるみるうちに白くなった。しかし、2時間もすると雪は止み、陽が射しだすとその雪も融け始め、昨日残っていた雪も一緒に融けて、雪景色がまだら模様になった。気温はあまり上がらず、今日一日外にも出ずに過ごした。
午後、今度の日曜日にある水彩画教室の準備をした。今年度最後の教室で、来月行われる中央公民館の発表会に展示する作品を
1点決めることになっている。今まで描きためた中で、6点ほどに絞った。そのうち何点かを手直しして、バアにも見てもらって評価してもらった。自分としては6点のうち、2点ほどに絞り込んだが、一応写真に撮った6点を今度の教室に持って行って、先生に選んでもらうつもりだ。

今まで描いてきた水彩画(1)

今まで描いてきた水彩画(2)
2010年2月2日(火)
今朝はいつもより早く起きて645分にごみを出しに外に出ると、もうヤマちゃんが雪掻きを始めていた。昨日の午後からの雪はもう上がっていて、日の出前だったが雪のせいか辺りは明るかった。ごみをステーションに置いてきた後、ジイも雪掻きを始めた。ヤマちゃん家につながる道路のほうはヤマちゃんに任せ、我が家の入り口のほうの道路を下のIさんの家のところまで雪掻きをした。我が家の入り口のところまで新聞配達の車が入っていたので、車輪の跡が圧雪されていてやりづらかったが、そこ以外は軽い新雪でやりやすかった。
雪掻きが終わるころにはすっかり日も昇り、新雪がまぶしいほどだった。天気も良くなったようなので、朝食後エコーバレースキー場に行くことにした。エコーバレーは
55歳以上はシニアで1日リフト券が通常3,000円だが、毎週火曜日は半額の1,500円になっている。湯の丸スキー場の1,000円よりは高いが、滑り慣れたところなのでよしとしよう。
スキー場でお昼を食べると、高くてまずいので、熱いお湯をポットに入れ、カップ麺と、途中のローソンで買ったサンドイッチをお昼に食べた。無料休憩室で食べるつもりだったが、飲食、喫煙は禁止という張り紙があったので、仕方なく駐車場の車の中でお昼を食べた。ゲレンデから一番近い駐車場に停められたので、面倒なことはなかった。
初めのうちはスキー板と靴がなじまず、滑りが不安定だったが、慣れてきたら調子が出てきた。しかし、
10時半から始めて2時ごろになると、だんだん踏ん張りが利かなくなり、柔らかい雪が溜まっているところで板を取られ、転んでしまった。午前中晴れていたゲレンデも午後から雪交じりになって、風も強くなってきたのを潮どきに、2時半過ぎに終わりにした。今シーズンはもう少しスキー場に通って、安定した滑りができるようになりたいものだ。
家に戻ると、副区長から広報
2月号などの配布物と回覧文書が届けられていたので、組内の8軒に配布して歩いた。広報など21日付けのものが、届くのが2月に入ってから、というのはどういうことなのだろう?前回115日付けの市の配布文書も3日遅れで届いた。市役所から配布するのが遅いのか、区長から組長に来るまでに時間がかかっているのか、確認しておいたほうがよさそうだ。

今シーズン一番の積雪になった

雪国のような風景になった
2010年2月1日(月)
昨日の夜は、山田洋次監督、吉永小百合主演「母べえ」をテレビで見た。2007年の公開作品だから、最近は随分と早くテレビで放映されるようになったものだ。
日米開戦前の昭和
15年、夫を治安維持法で引っ張られ、残された娘二人との過酷な生活を健気に生きた一人の母親の姿を描く作品だが、いろいろ考えさせる作品だった。軍部の暴走で日中戦争に突き進んだ日本は、戦争に異を唱える言論を圧殺するため治安維持法を駆使して抑圧を強化させていった。そういう国家権力に屈しなかったために命まで奪われた人間と、残されたその家族が過酷な生活を強いられた史実のあったことが描かれていた。
また、非人間的な国家権力の抑圧にからめとられていく多くの人たちの悲しさや、そんな中でも一人の人間としての矜持を保とうとする人もいた。こういう国の姿が、再び復活することのないようこころしていかなければと思う。
今日は、朝からどんよりした曇り空だったが、午後
3時過ぎには雪が降り出し、あっという間に辺り一面雪景色となった。雪は、天気予報では夜からだったが早まったようだ。
午前
11時に届くコープ長野の宅配が、先月から新しい人に代わったが、まだ独り立ちできず毎回二人でやってくる。時間も時間通りに来ることはなく、20分前後遅れることが多い。今日も少し遅れていて、我が家の前に立ち寄る家のほうに到着するのが遠目に見えてから、なかなかそこを出発せず、外で待っている間に身体が冷えてしまった。早く慣れて独り立ちし、時間通り来て欲しいものだ。
午後は電動ウォーカーで
30分歩いた後、雪も降り始めて外にも出られないので、しばらく間の空いてしまった水彩画に取り組んだ。風景画を描きたかったが、外は雪で視界も利かない状態なので、去年の6月に行った秋田旅行の時に、五能線の車窓から撮った日本海の風景写真をパソコンの画面に出して、それを見ながら描いた。
構図などはパソコンの画面の枠の中で考えればいいので簡単だが、どうしても写真を見ながら描くと平板な感じになってしまう。コンパクトカメラで撮った風景なので仕方がないが、どちらかというと描く力量の問題のほうが大きいかもしれない。ただ、細かく描く所と省略して描く所の区別、それが遠近法にも影響を与えるのがなんとなくわかるようになった。まだまだ未熟であるこことだけは認識できた。

午後3時ごろから雪が降り出した

五能線岩舘駅先の日本海の風景(6月)