過去の日記07年11月〜09年10月

思いつくままに(ジイの記録)
2009年11月30日(月)
昨夜からの雨も朝には止んでいた。気温が下がれば雪になるとの予報だったが、雪にもならずに済んだ。まだ暦は11月、いくらなんでも初雪は早すぎるというものだ。ただ、日中ほとんど雲に覆われて気温は10℃まで上がらなかった。
毎週
11時前に来る生協の宅配便を受け取ったあと、昼食を済ませて午後から佐久平のジャスコに買い物に出かけた。生協の宅配で定期的に購入しているので、食料品などはわざわざ買いに行かなくても、半月以上の備蓄がある。それでも、30日で5%引きの日だから、といって何となく買い物に出かける。別に急いで買わなければならないものもないのに出かける心理は、日ごろ人との接触が少ない生活をしている反動なのかもしれない。畑をやったり、自然の中をウォーキングしたり、自然の中で誰にも縛られず気ままな生活をして、満足しているはずなのに、まだ満たされないものを感じているのだろうか。人の欲求というのはどこまでも果てしなく、やっかいだ。
それでもジャスコの入口にある宝くじ売り場では、年末ジャンボ宝くじを買う行列ができていたが、買う気が起こらなかった。勤めているときなどは、宝くじがあたったら仕事を辞めて好きなことをするのだ、といって時々買ってはいたが、今は働かず好きなことをやっているし、いまさら
3億円が当たっても生きている間に使いきれないだろう。なまじ持ち慣れない大金を持って、残り少ない人生を狂わすこともしたくない。それよりももっと確かなのは、確率的に自分には絶対当たらない、ということだ。
こんなバカなことを考えていたら、もう明日から師走だ。
2009年11月29日(日)
朝起きて曇っていると、出鼻をくじかれたようになり、外へ出る気持ちが萎えて、家の中に閉じこもることになる。今日の天気がそうだった。途中で時折日が射すようなときもあったが、一度萎えてしまった気持ちは奮い立たず、家の掃除だけはしたが、そのあとは、ぼんやりテレビを見て時間をつぶし、時々居眠りをするという一日だった。ポチも、一日同じように眠っていることが多いが、気が付くといつの間にか日向でごろんとなっていた。
夕方バアがシチュウの材料に畑のニンジンを欲しいというので、今日始めて新聞を取りに出た以外一度も外に出ていないことに気が付いた。ニンジンを
4本ほど収穫した。スーパーなどで売っているものほど大きくはないが、自家用では十分食べられる。まだ相当数畑に残っているので、土が凍るまで少しずつ使う分だけ収穫するようにするつもりだ。いっぺんに抜いて保存の仕方に悩むより、そのままにして置ける間が抜かないでおこう。
夜になって雨が降ってきた。まだ雪にはなっていないが、天気予報では所により雪になるといっている。
入浴のときに風呂の中で聞いている防水ラジオが一昨日からスイッチを入れてもすぐ切れてしまうようになった。何日か前に浴槽を洗っているときに、浴室の床に落としてしまったことがあったので、それが原因で故障したのだろうと思った。一応分解して中を見たが、どこもおかしい所は見つからず、スイッチのところが上から押しても、すぐ音が切れてしまうので、これは自分の手に負えない、と諦めて元に戻した。修理に出しても、修理代で新しいものが買えるほどの値段のものなので、修理に出すのも諦めた。最後に念のため単二の電池
3本を新しいものに替えてスィッチを入れてみたら、何のことはない、ちゃんと切れずに聞けるようになった。浴室で落としたのが原因と思い込んで、単なる電池切れ、ということに思いが及ばなかった。最近こういう思い込みが随所に現れてきているような気がしてならない。これも老化現象の表れか?

日向ぼっこをするポチ

今夜のシチューに使ったニンジン
2009年11月28日(土)
3日続いたポカポカ陽気も今朝から初冬の寒さに戻ったようだ。午前中は曇り空で気温が上がらなかった。午後から雲がとれて日が射すようになったが、風が北西の風で冷たかった。午前中は、シクラメンの静物画を完成させた。書き始めから3日も経ってしまったので、蕾だった花も開いたり、花の色も少し変わってきたところもあった。まだまだ満足できる出来ではないが、半年前の始めた頃よりはましになってきたかな、と思えるようになった。
午後天気も良くなったので近所をウォーキングしようかと思っているところへ、神戸から義父の飯盛野教会時代の知り合いが、ミッチャンとバアを訪ねて山ちゃん家にやってきた。駒ヶ根のリンゴの樹のオーナーになっていて、リンゴの収穫がてらこちらまで足を伸ばして訪ねてくれたようだ。今年の夏にもほかの旧知の人を伴って来られたが、今度は娘さんと一緒だった。
1時間ほど滞在して、忙しく野辺山の知り合いのところ向かって行かれた。まるで月光仮面のように、疾風のように現れて去っていった、とは山ちゃんの弁、しかし、我々より年配のその方の行動力には、脱帽だ。
お客さんが去ったあとしばらく山ちゃん家でお茶飲み話で盛り上がり、結局ウォーキングは中止した。家に戻って、大詰めとなった
Jリーグの優勝争いをしている鹿島アントラーズ対ガンバ大阪の試合をテレビ観戦した。アントラーズのここ一番での組織力はやはり抜群だった。それに引き換え浦和レッズは今日も不甲斐ない負け方をしたようだ。これでは次節のアントラーズ戦では、直接対決で目前で優勝を決められても仕方がないだろう。今季限りでトゥーリオも抜け、来季以降しばらく低迷が続きそうだ。

シクラメンを描きあげた
2009年11月27日(金)
山ちゃん夫妻とジイとバアの4人で松本へ出かけたついでに、安曇野に足を延ばし、今年7月にオープンした国営アルプスあづみの公園大町松川地区に行ってきた。前回行った穂高堀金地区よりさらに北に17キロ行った所にある。冬には園内でスノーシューが無料で楽しめる、と書いてあったので下見を兼ねて行ってきた。
ぐるっと園内を歩いて約
2時間もあれば十分廻り切れるぐらいの広さだった。歩いている途中で巡回中の職員に聞いて見たが、この辺はそんなに雪が多くはないとのことで、もう少し北の白馬村と大町、松川地区ではだいぶ違うそうだ。白馬あたりまでは日本海気候の影響があって積雪も多いが、木崎湖を通り過ぎてこのあたりに下がってくると雪の量が違うことがよくわかると言っていた。それでも冬場はスノーシューやノルディックスキーが楽しめるので、その時期なったらネットで調べて是非来てください、と勧められた。
平日の今日は、森の紅葉も終わり閑散としていて、園内の近代的な展示施設はほとんど貸し切り状態で、子供になった気分でいろいろ体験して楽しんだ。お昼の弁当を食べたり、森のレストランでケーキセットを食べたりする時間も含め、
3時間半ほど滞在して楽しめた。
少し残念だったのは、公園に向かって安曇野を走っている間、眼前に見えていた北アルプスの山々が、公園内では近づき過ぎて手前の山に隠れて見えなくなってしまうことだ。公園から雪をかぶった北アルプスを撮ろうと思っていたのに撮れなかった。しかも一眼レフも途中で電池切れでシャッターが押せなくなってしまった。帰りは安曇野のコープのお店によって食料品を買ってから家路に向かった。

アルプスあずみの公園大町・松川地区インフォメーションセンター
2009年11月26日(木)
9時過ぎまで曇っていて、晴れという天気予報とは違うとぶつぶつ文句を言っていると、みるみるうちに雲がとれて晴れ間が広がった。昨日に続いて暖かかったので、早速散歩に出た。家から立科町のリンゴ畑のほうまでぐるっと1時間20分歩いた。家に戻ってお昼前に車を洗った。フィットは初めての洗車になる。まだワックスがしっかり効いていて、水をよくはじく。オデッセイも一緒に洗車した。
お昼にタカノりんご園に電話すると、病院に行っていたらしく、電話に出なかった。あとからタカノさんから電話があった。まだ収穫に忙しくて発送できずにいるらしい。あと
2日ほどで収穫が一段落するので、その後発送するとのことだった。
午後は、ニンジンとレタスを食べる分だけ収穫したあと、来年に備えて畑の一角をスコップで土起こしをした。最近は不耕起栽培といって、土を耕さず野菜の自然の生命力に任せる栽培方法もはやり始めているようだが、粘土質のこの辺ではあまりうまくいかないようだ。それよりも冬の間、土を起こして地中の害虫や細菌を寒さにさらして殺し、さらに土が凍るのと融けるのを繰り返しながら、細かく分解して酸素を多く含む土壌に変わる様にした方がいいと思っている。陽気がいいのでやっている間に、汗がぽたぽたと落ちるほどだった。まだ全部は終わっていないが、ポチを病院に連れて行く時間になったので、今日は終わりにした。
ポチをフィットに乗せ、バアの運転でゆりかご動物病院まで行った。バアにも早くフィットの運転に慣れてもらったほうがいい。病院に着くと体重が
50キロもあるという大きな犬を2頭連れた先客がいた。ポチが驚かないようしばらく病院の外で待った。診察中に先日ポチがゲボをしたことについて報告すると、その後普通の状態なら心配するような症状ではなく、たまたま毛玉が引っかかったとか、何かの拍子で戻してしまった、というだけでしょうという診断だった。体重は3.1キロで今迄で一番重い数値なので、家族揃って肥満化しているようだ。

畑の一部を土起こし

今日のポチ
2009年11月25日(水)
午前中は昨日の続きで水彩画を1時間ばかりやった。新聞を読んでいたバアが、東御市内の温泉施設「湯楽里館」に隣接する物産センターに出店しているパン工房のおいしそうなパンが紹介されている、というので急遽行くことになった。確かレストランもあるのでそこでお昼でも食べようということで出かけたが、間の悪いことにレストランは今日が定休日で、しかも物産センターのパン工房も、紹介された地元の食材を使ったクルミパンも当に売り切れで一つもなかった。お昼を食べて、パンを買ってそのあと周辺をウォーキングする、という計画があっさり崩れてしまった。
仕方なく田中駅の近く、水彩画で一緒にやっている
Yさんの家の隣にある「蔵の坊」というお蕎麦屋さんに行った。これもバアがネットで見ていてそのうち行きたいと思っていたところだったらしい。古い蔵を改装した店内はこじんまりしていて、テーブル席2つとカウンターに45人、あと2階が3つほどの座卓が並んでいた。先客は1人だけだった。ジイはもりそば、バアはかけそばを頼んだ。そばは丁寧に打ってあって、茹で加減もよくおいしかった。そば粉は石臼挽きと書いてあった。そば通好みのお店といった感じだった。
お蕎麦を食べた後折角だからと、もう一度湯楽里館まで行って車をとめ、周辺をウォーキングした。昨日までの気温と違って、暖かく歩くのにはちょうどいい気温だった。周辺にはブドウ畑が一面に広がっていて、さすがに巨峰の産地だけある広いぶどう園がいくつも連なっていた。収穫時期には怪しまれてしまうようなブドウ畑の間の道路を烏帽子岳を背景に気持ちよく歩くことができた。

蔵の坊のもりそば

暖かい陽気で雪が消えた烏帽子岳
2009年11月24日(火)
7時過ぎに可燃ごみを出しに外へ出ると、庭や畑は霜で白くなっていた。玄関の温度計を見るとちょうど0℃だった。吐く息も白くなる。防寒着を着てステーションまでの道を往復した。さすがに池はまだ氷が張るまでにはなっていないようだ。
昨日の夜は霜よけの扇風機を回す音が聞こえてこなかったので、リンゴの収穫もほぼ終わったのかもしれない。まだどこからもリンゴが届いたという連絡がないので、収穫が一段落するまで発送には手が廻らないのだろうか?タカノさんはほとんど一人でやっているのでなおさらだろう。
携帯のメールに長女から「何、リースは届かないのか」という短い便りが入っていた。「一筆啓上、おせん泣かすな、馬肥やせ」のような便りだ。それでもこちらのホームページを毎日チェックしている証拠でもあり、元気に仕事に精を出しているよ、という無言の現状報告でもあろうと勝手に解釈した。
午前中は、先日の農大祭で買ってきたシクラメンがいい色になってきたので、それを写生することにし、鉛筆でデッサンまで書き終えた。
午後は、ホンダへ補助金の交付申請に添付する通帳の写しを届けに行った。担当の営業さんは新型インフルで出勤停止中だった。書類を渡し、ついでに昨日タイヤ交換したスタッドレスの空気圧をチェックしてもらった。エアーを入れた後、親切にもボルトの締め具合も見てくれた。タイヤの磨り減り具合も見てもらったところ、今シーズンは何とかもちそうなのでホッとした。
RV系の車のタイヤは4本で10万円以上するので、赤字続きの今年はこれ以上出費を控えたいところだ。
そうは言いながらもホンダのあとはヤマダ電機へ行ってノートパソコンの下見をしてきてしまった。丸
7年使ってきたパソコンだが、最近はウィルスバスターをはじめ重たいソフトがいろいろ入っている上に、20ギガのハードディスクも写真などで残り2ギガを切るようになってきたせいか、動作が非常に遅くなってきた。いまやメモリーやCPU24ギガの時代だし、ウィンドウズもセブンという新しいOSが出たことだし、そろそろ替え時かとも考え始めている。店員さんに値段を聞いたが腹積もりの予算ではちょっと手が出ない金額だったので、見るだけで退散した。
家に帰ってから午前中の続きで、シクラメンの写生の色塗りを始めたが、暗くなってきて照明をつけたところ、照明の明かりでは花や葉の色が、太陽の自然光とは全然違うので描くのは明日以降にすることにした。

写生を始めたシクラメン
2009年11月23日(月)
夜明けにでも雨が降ったのかデッキが濡れていたが、目を覚ました時にはもう止んでいた。どんよりした曇り空だったが9時ごろから一気に雲がとれて青空が出てきた。今日は寒くないので外でクリスマス用のリースを作ることにした。その前に奥の田んぼの先の林にフジヅルを取りに行った。一昨日家の中を探してもリースの骨にする蔓で編んだ土台が一つも見つからなかったので、山の中の蔓を取ってきてあらためて作るためだ。
今回は我が家と山ちゃん家の分で
2個作ればいいので簡単だ。取ってきた蔓が余ったので3個作った。コープの宅配が来たあと、山ちゃん家のは山ちゃんにやってもらい、ジイは自分の家とジイ小屋の分を作った。こちらへ越してくるまでは、子供達の家の分も含めて56個も作った年もあったが、今は遠く離れてしまったので届けるわけにもいかず、自分の家の分だけなので、簡単に終わってしまった。
午後から少し早めだがタイヤをスタットレスに交換した。ここのところ氷点下になる日が続いたので、そのうち雪が降ることもあるかもしれない。いつもは
12月に入って本格的に寒くなってからやっていたが、今日のような比較的暖かい日にやれば作業も楽なのがわかった。タイヤ交換も2台となると年々きつくなって来ていたが、今回はフィットが納車の段階でスタットレスになっていたので1台で済んだのも助かった。
タイヤ交換を終わらせたあとは、バアとジャガイモの芽欠きをした。いつの間にか芽が伸びて、長いものは
10センチ近く伸びていた。ジイが断熱材で囲って温度差が生じないようにした東側の小屋裏にしまっておいたら、温度が発育に適温だったのか、一気に芽を出したようだ。毎年保存しておく場所に苦労するが、居室は暖かすぎるし、西側の小屋裏は寒すぎるので、居室ほどは暖かくならない東側の小屋裏にしているが、これだけ芽が出るとなると、また別の保存方法を考える必要がありそうだ。一番いいのは地中に穴を掘ってムロを作りそこに保存することだろうが、いまさらそんなことまでしても始まらない。結局今までどおり保存して後は自然に任せて、食べられるまで保存し、駄目になったら捨てる、という結論に至った。

山で取ってきた蔓でリースの土台を作る

玄関のリース

ジイ小屋のリース
2009年11月22日(日)
今日は水彩画教室に行ってきた。普段は第一日曜日に行われるが、今月は先生の都合で今日に変更になった。もう寒くなってきたので、室内で静物画を描くことになった。この季節に合わせて学級長さんが果物や野菜をたくさん持ってきた。リンゴとみかん、白菜とニンジンなどの野菜、さらに野沢菜とダイコンの3つの中から選んで描くことになり、ジイは白菜などの野菜を描くことにした。白菜のスジが複雑で難しいと思ったが、あえて難しいのに挑戦してみる気になった。講師の先生もすぐ近くで同じものを描いていたので、デッサンから絵の具の色の使い方、筆の使い方などそばで観察でき、参考になった。毎回最後にみんなの作品を並べて先生から講評をいただくようになっているが、少し誉めてもらった。もっと色の濃淡をつければよくなる、とのことだった。
帰りは真っ直ぐ家に帰らず、先生も交えてサンテラスの水彩画協会上田支部の作品展を見に行った。先日バアと一緒に見たが、今日は先生と一緒にまわっていろいろ作品の批評を聞きながらもう一度見たので、たいへん参考になった。上田支部の会員になれるのは東京で行われる大会で入選した人だけということも聞いた。
留守の間に次女から電話があって、小学校
2年生になる孫のアーちゃんがとうとうインフルエンザにかかってしまったとのこと。新型なのかどうかまでは調べないそうだが、1週間は登校禁止ということになった。クラスはまだ学級閉鎖にはなっていないそうだが、校内ではいくつかのクラスが閉鎖になっているらしい。いよいよ身近な所でもインフルエンザに罹患するようになってきた。アーちゃんには早く治って欲しいし、3歳のムー君にはうつらなければいいがと気をもむ。テレビでは乳幼児に対するワクチン接種が始まったように報道されているが、大宮ではまだワクチンを打ってもらえる状況ではないようだ。
ジイとバアはあまり人との接触のない生活をしているので心配はしていないが、それでも外出したときは、帰ってきたら手洗い、うがいはするよう気を付けている。ワクチンはどうせ流行を過ぎた頃にならないと順番が来ないだろうから、せめてそのくらいはし続けるつもりだ。

水彩画教室で描いた絵
2009年11月21日(土)
今朝も氷点下になった。9時ごろまで朝霧が出て視界が狭まっていたが、日が昇るにしたがってその霧も晴れた。午前中8時半ごろには、奥の田んぼを耕作しているYさんが、ユンボで田の畦を掘っていた。日ごろお世話になっていることと先日の有機肥料をいただいたお礼に、買っておいたタバコを差し上げた。もっと気の利いた物を渡したかったが、皆目見当も付かないので、タバコを吸っている事は聞いていたので、タバコにした。まだまだお世話になることもあるだろうから、それまでにどんなものが言いか情報を収集しておこう。
お昼を食べた後、少し風はあったが日が射していたので、デッキで網戸洗いをした。
1階の網戸3枚、2階の網戸3枚計6枚を洗った。洗い終わったあとしばらく日に当てて乾かしている間、近くの山へクリスマス用のリースに使うヒノキの枝を取りに行った。行く途中リンゴ畑に沿った道を走ったが、盗難防止パトロール中というたて看板が何ヶ所かに立っていた。今はフジの収穫の真っ最中で、しかも滅多に車も通らないような道路なので、リンゴ泥棒に疑われるのではないかと心配になった。
ヒノキの枝は、リンゴ畑のある南の斜面を過ぎて、北側のほうで取ってきたが、あわてていたのか家に戻ったら、枝を切るのに使った高枝鋏を現場に置き忘れてきているのに気付いた。もう一度同じ道を通ってそれを取りにいかなければならず、ひやひやしながら、もう一度リンゴ畑のある道を往復した。
リースの骨の部分は、フジヅルを編んだものを毎年使っている。確か小屋裏にしまってあるはずと思って探したが一つも見つからなかった。
5つぐらいはあったはずだが一つも残っていなかった。忘れてしまったが古くなったのでみな燃やしてしまったのかもしれない。どうもそういうことの記憶が蘇らなくなってきた。
2009年11月20日(金)
午前中佐久平に買い物に行く途中、ホンダカーズしなのに寄った。フィットのエコカー補助金の申請の手続きをするためだ。フィットの場合10万円が交付される。既にそのぶんで一眼レフを買ってしまったが・・・。交付金の振込先の口座を書く段になって、銀行ではなく郵貯の通帳を持ってきてしまったことに気が付き、残念ながら出直しとなってしまった。申請しても34ヶ月はかかるらしいので、あらためて佐久に用事があるときに銀行の通帳を持ってくることにした。
お昼は佐久インターの出口にある「おぎのや」で安養寺ラーメンを食べた。佐久の観光協会が音頭をとって、佐久市内にある安養寺が発祥の地といわれるご当地味噌の安養寺味噌を使ったラーメンを、市内
16店舗がそれぞれ独自のラーメンを開発して11月から正式に売り出したのが、安養寺ラーメンだ。お店はラーメン専門店とは限らず、和食や中華、中には先日日記にも書いた佐久平駅近くのパンとイタリアンのお店「ベーカリーカフェ・ポアン」も参加している。期待を膨らませて食べたおぎのやの安養寺ラーメンは、残念ながら中の下という判定だった。見た目はおいしそうに見えたがスープが味噌と上手くあっていなくてこくもなかった。野菜やキノコなどの具が多すぎて麺に絡みついて喉越しも悪かった。16店舗では一番単価が安かったが、安いなりのことがあるのかと、変なところで納得してしまった。
食後おぎのやの広い駐車場の一角に未舗装の砂利だけ敷いた駐車場にたくさんの車が置いてあるので、何の車か覗いてみると、みな車のダッシュボードに許可証の紙が置いてあった。東京や関西などに行く高速バスは、佐久インターで高速に乗る前に最後のバス停におぎのやを指定している場合が多い。以前に新宿まで行った時もそうだった。おぎのやの許可をとって置いていけば安心だ。これから高速バスを利用するときの駐車場として考慮に入れておこう。
おぎのやから佐久平のジャスコへ行って、
5%引きを活用して買い物をしたあと家に帰る前に東御市文化会館サンテラスに行って、水彩画の先生が率いている(社)日本水彩画会上田支部会員展を鑑賞してきた。29人の作品52点が出されていた。ここに出されているようなレベルまで自分で描けるようになったら、さぞかし楽しいだろうな。まっ無理な話だが・・・。
今日の買い物は、フィットを駆って往きをバアが運転した。御牧ヶ原台地へあがる急な上り坂も余裕で登れるのでバアも満足したようだ。燃費はリッター
18キロしかいかないがオデッセイの倍は走れそうなので、当分フィット中心になるのは間違いない。バアにも早く慣れてもらって、半々で運転するようになったら楽ができるのだが・・・。

おぎのやの安養寺ラーメン

日本水彩画会上田支部作品展

水彩画の先生の作品は左から1点目と3点目
2009年11月19日(木)
午前中は曇り勝ちの天気で少し寒かった。まだ日の出したばかりの午前6時半では氷点下2℃だった。風が吹いていなかったので、貯まっていた紙ごみや枯れ草などを畑で燃やした。焚き火の合間にレタスとニンジンを今日使う分だけ収穫した。レタスは周りの葉が少し固めで、売っているようにはしっかりと葉が巻き込んではいないが、自家用で食べるには十分だ。ニンジンもまあまあ太くなってきたので、土が凍る前までは食べられそうだ。
大地で購入したタマネギの苗は、買ったときからあまりいい苗でなかったせいか、先月末に植えたが、半分以上定着せずに枯れてしまった。今年は初めて前もっていつもの倍の量を予約しておいたが、結局渡された苗は自分で選べなかった分、悪い苗をつかまされてしまった。注文するときは当日入荷するものを渡すと言っていたはずだが・・・。こういうことがあると大地では二度と買わないぞ、と思う。
午後は、カメラのキャッシュバックを申請する書類を郵送するため、ポストまで行く用事があったのと、近くの商店で売っている市の有料ゴミ袋を買うこともあって外へ出たついでに、明神館までウォーキングすることにした。久し振りに山ちゃん夫妻も誘って
4人で歩いた。歩きながら昨日買った一眼レフを首から下げて、景色を撮りまくった。日当たりの所を歩いている間はあまり感じないが、日陰を歩いていると風が冷たく寒く感じるようになった。間もなくウォーキングも思うようにできなくなりそうだ。今日はゆっくりと2時間掛けて歩いた。
家に戻ると留守番していたポチも外へ出たがったので、出してやったがすぐ帰ってきて、コタツの中にもぐりこんだ。やはりポチも寒さが身にしみるようになってきたようだ。
夜一眼レフで撮った画像をパソコンに落として見てみると、やはりコンパクトカメラの画像とは一味違うものに撮れていた。これなら風景などを水彩で写生し切れなかったとき、あとで画像を見ながら描き足すこともできそうだ。

一眼レフで撮った烏帽子岳(明神池にて)
2009年11月18日(水)
昨日の夜中まで降っていた雨は朝には止んでいた。冷え込んでいたので雪にでもなっているかと目覚めてすぐ窓のカーテンを開けて外を見たが、雪も霜もなかった。温度計は2℃で氷点下にはならなかったようだ。一日曇りの予報も外れて時折陽が射す晴れの天気になった。
お昼はジイの釣り場の近くの望月にある職人館というお蕎麦屋に行くことにしていた。地方公務員から転職したオーナーが、そば粉を始め食材に使う野菜類も素材の持っている自然の味わいを生かすこだわりの蕎麦屋さんで、釣りの時はいつも玄関先を素通りしてばかりだったので、一度食べに行こうとかねがね考えていた。
行く前にインターネットで調べたら、水木が定休日になっていることがわかり行けなくなってしまったので、先日軽井沢のアウトレットに行ってきた山ちゃん夫妻が、花畑牧場直営のレストランでホエー豚丼を食べてきた話を思い出し、急遽そちらに行くことにした。
今まで別のレストランがやっていた所を、花畑牧場が、アイスクリームやソフトドリンク、乳製品を売るコーナーと、レストラン部門のコーナーに仕切ってあらたに開業していた。レストラン部門は、チーズを作るときに出る乳清を餌に使って育てた豚の肉を使った炭火焼の豚丼の単品販売をしている。
お店の近くまで行くと、肉を焼く煙と香ばしい香りが周辺に漂っていて、丁度ウナギ屋が店先で蒲焼を焼いているのと同じようなシチュエーションで、その香りに誘われてふらーっと店内に誘い込まれてしまう。以前のレストランは大きな木の扉があって中が見えず、気軽に入れるような雰囲気がなかったが、花畑牧場というブランドの浸透力も合わせて集客力を増しているようだ。明日からのセールを前にアウトレット全体の人では少なく、駐車場もがら空きだったにもかかわらず、食事が終わってお店を出る頃には、
10人以上の空き待ちの列ができていた。お肉もたっぷり入っていて、味にも満足したが、もう少し生野菜などが添えられていたらよかったのに、と思った。マクレガーで、ジイとバアでそれぞれ1着ずつ買って軽井沢をあとにした。
昨日降った雨は浅間山では雪だったようで、軽井沢から見ると山裾に近いところまで真っ白になっていた。浅間サンラインを走って道の駅雷電クルミの里で車を停めて浅間山を撮ろうとしたが、雲にかかって浅間山は隠れてしまっていたので、家に帰ってから撮ることにした。
家に戻る前に海野宿の近くにあるカメラのキタムラに寄って、かねてから考えていたニコンの一眼レフ
D5000を買ってしまった。二日前から店頭表示価格が一万円以上下がったので、付属品や5年保証の保険代を足しても先日聞いた価格よりわずかな追加で済むので、思い切って買ってしまった。あとで1万円のキャッシュバックもある。今月は、年金生活者だというのに、車やカメラなど、日本の景気浮揚に大いに貢献してしまった。カメラは、車のエコカー減税の10万円のキャッシュバックの先取りのようなものだが・・・。

朝日に輝く我が家のモミジ

花畑牧場のホエー豚丼

雪化粧した朝連山間
2009年11月17日(火)
7時過ぎに可燃ごみをステーションまで置きに行った帰りごろから降りだした雨が、結局一日中降り続けた。気温も上がらず、一時はみぞれ交じりにもなった。こんな日は何もできないので、昨日の続きで水彩画に没頭した。午前中でほぼ完成し、午後少し手直しをしたが、直すとかえって全体が崩れてきてしまい、途中で手直しはやめて完成したことにした。

リンゴと柿完成
2009年11月16日(月)
午前中借りている畑の一部で、家の建っている場所から一番遠い場所の約50坪は、畑としては使わずに草が生えるままにしていたが、その先の田んぼをやっているYさんが、今日そこに生えていた大きな桑の木の根っこを運んできたミニショベルカーで引き抜いてくれた。あとで畑として使えるようにしてくれる、という話をいよいよ実行に移し始めてくれたようだ。昨日は昨日で、サンプルにもらったが使わなくなったからといって、小袋に入った有機肥料を段ボール箱3個分を持ってきてくれた。
11
時にホンダカーズしなのの営業のS さんがフィットを運んできた。4年半ぶりのフィットだが、外観はあまり変わらないが装備は随分と進化している。ハードディスクのカーナビやETCも装着されているので、これからは燃費のいいフィットが普段の主役になりそうだ。早速今日のポチの動物病院行きに乗っていった。いつも軽自動車では目一杯アクセルを踏み込んで登っていた坂道を、余裕を持って登ることができた。ハンドルさばきも軽いし小回りもきくので、日帰りで行けるようなところは間違いなくフィットになるだろう。
病院の帰りにガソリンスタンドで満タンにしたあと、ジャスコに行った。サービスカウンターで、一昨日の買い物の際置き忘れてきた長野県の道路地図を無事受け取ることができた。ついでにそこのサービスカウンターでタバコを売っていたので、畑をやってくれた
Yさんにお礼をするため1カートン買った。先日Yさんがタバコを吸うことは確認済みだ。タバコをやめて9年になるが、1300円になっているとは知らなかった。
午後病院へ行くまでの時間、先日から描き始めたリンゴと柿の静物画の色をつけ始めた。少しずつだが色の混ぜ方で実際に目に見える色に近い色が出るようになった気がする。未完成だが写真に撮ったので載せた。

桑の木の根っこがなくなってすっきりした畑

納車になったフィット

リンゴと柿
2009年11月15日(日)
午前中佐久平のジャスコに電話すると、拾得物係で昨日買った本を預かっているという回答だった。まだ誰かが届けてくれるやさしさが残っていることに有難さを感じ、ホッとすると同時に、自分の情けなさにもあらためてがっかりする複雑な心境だった。
天気が良いのでビオラやパンジーの苗が安く広告の出ていた丸子町のデーツーにミッチャンも一緒に苗を買いに行った。これから冬に向けて庭は花物がなくなり寂しくなるので、せめて玄関周りだけでも花があれば、と買いに行った。ついでにデーツーの駐車場に隣接し、旧カネボウの紡績工場の跡地に建っている昔の会社の事務所を再利用したギャラリー兼カフェで昼食を食べた。さらに
100円ショップやツルヤなども同じ敷地にあるので、そこでも買い物をし、最後にツルヤ内の和菓子店でクルミ餅をおみやげに買って帰った。
家に戻ってパンジーやビオラを植えたあと、一人で湯の丸、烏帽子岳を登って帰ってきた山ちゃんも加え、
3時のお茶でクルミ餅を食べながら、4人でのどかな秋の午後の夕暮れまでのひとときをのんびりと過ごした。家の中からデッキの脇に植わっているモミジが今年はいい色に色づいているのが見えた。今年はどこも紅葉の色付きが良くない、といわれているが、どういうわけか我が家のモミジを含め、この辺の紅葉は例年よりいいような気がする。今月初めの冷え込みが良かったのかもしれない。我が家のモミジは毎年赤くなる前に茶色く縮れて落葉してしまい、評判が良くなかったが、今年は再評価されてもいい色合いになった。

パンジー、ビオラを植えた

いい色に紅葉したモミジ
2009年11月14日(土)
朝から冷たい雨が降り続いていたが、「里山を歩く」と「植物観察」の講座の合同打ち上げ会に出かける頃には止んでいた。打ち上げ会は12時から国道18号沿いにある「雷電」というお店で行われた。男性というだけで「里山を歩く」の学級長に任ぜられて、学級長らしいことは何もしないで終わってしまったので、最後ぐらいはと思い、会の司会、進行役をすることにした。月1回ないしは2回の講座では、ようやく名前と顔が一致するようになった頃には、半年間の講座も終了となってしまう。しかし、今日集まった人たちの3分の1ぐらいは、講師のY先生の博識と人柄に魅せられて、何年も講座に参加している人たちで、旧知の間柄のようだった。来年も二つの講座は存続されるようだが、何年も公民館の主催する講座に同じ顔ぶれが占めてしまうというのも、新しい人に門戸を閉ざすようでおかしい気がする。同好会のようなものを作って自主運営していく方向に進むべきだと思うが・・・。午後1時半で会としてはお開きになった。ミッチャンが臼田に3時までに行く用事があるというので、まだ残っている人もいたが雷電をあとにした。
一旦家に戻った後、先日ユニクロで買ったヒートテックの下着のタイツのサイズを間違えてワンランク小さ目のものを買ってしまったので、交換してもらいに佐久平に出かけた。ユニクロではすぐに交換してくれたのでホッとした。試着もしていなかったので大丈夫とは思ったが、何の抵抗もなく交換してくれたので、嬉しさのあまりまたハイネックのシャツを
1枚買ってしまった。もう着るものは買わなくてもいいくらいあるはずなのに、なぜか新しいものに手が出てしまう。一方では、退職してから一度もスーツなどきていない。今日の打ち上げ会にも久し振りにジャケットでも着ていこうとして、どこにしまってあるかと探し回ってしまった。
ユニクロの帰りに隣のスタンドでガソリンを給油し、ジャスコへ行った。ジャスコの中の本屋で長野県内の道路地図を
2,100円で購入した。カーナビに頼っているとどうしても県内の各地の位置関係や道路網が頭に入らず、何回行ってもそこまでの経路を覚えられない。地図を買ったあと食料品などを買って家に帰った。夜中寝る前になって、買った地図を買い物カートにぶら下げたまま持って帰るのを忘れてきたことに気がついた。どうやら地理を覚えられないのは、カーナビのせいではなく、老化によるものらしいことを思い知らされた。

舗装工事のあと

里山を歩くの打ち上げ会場となった雷電

雨上がりの午後3時前の浅間連山
2009年11月13日(金)
9時前にホテルをチェックアウトし、北上尾で朝から開いているレストランで朝食を食べた。折角上尾まで来たのだから、大宮あたりにいくことも考えたが、まだお店も開いていない時間なのでそれは止め、とりあえず帰路につくことにした。関越道の上里のサービスエリアにあるスターバックスでカフェラテなどを飲みながら、真っ直ぐ帰らずどこか出かけようか、という話になったが、今にも雨が降りそうな空模様にどうしても行ってみようというところも思い浮かばず、結局家に帰ろう、ということになった。
家には
12時前に到着した。今日はアスファルト舗装のやり直しの工事が行われると市役所から連絡があったが、まだやった形跡がなかった。余程の大雨でない限りやりますと言っていたのに、どういうことだと思っていると3時ごろやってきて、薄暗くなる頃までかかって直していった。仕上がりを見に行ったときはもう暗くなっていてよく見えなくなってしまったので、明日明るい所で確認してみるつもりだ。
そろそろ渋が抜けているだろうと思われる柿を
3個取ってきたので、タカノさんから買ってきたフジと並べて写生を始めた。今日はデッサンしただけで暗くなってきたので中止した。今日は一日曇り空で冷たい風が吹いていたので、気温が上がらず、室内も17度まで下がった。深夜時間帯にエアコンの暖房が点くよう予約セットした。

舗装のやり直し工事
2009年11月12日(木)
今日は、バアが午後5時半に、ジイは6時に待ち合わせだった。以前に住んでいた家がどうなっているのか見てみたかったのと、駅ビルにあるマルヒロ百貨店でショッピングをしたい、というバアの要望にこたえるため、少し早めに午後1時半ごろ家を出た。今まで5年以上通い続けた道路だが、いつも先を急ぐような運転をしてきたような気がする。今日は余裕を持って家を出たこともあるが、時間を気にせずゆったりした気分で運転ができた。途中内山峠のトンネルを出て下仁田に向かう途中霧と雨にあったが、そこを過ぎると雨は降っていなかった。山の上は紅葉が真っ盛りで、陽が射していればもっと紅葉が映えていただろう。
上尾について最初に元の我が家を見ると、まだ家が残っていた。もしかしたら解体せずに、今流行のビフォーアフターで改装するのかもしれない。前回見たときすっかり解体され跡形もなくなっていた隣の元山ちゃん家は、大きな家が建っていた。まだ足場が取れていなかったが年内には完成入居するのではないかと思われる。

4
時ごろ上尾駅のマルヒロの駐車場に車をいれ買い物をした。ジイはバアが3階の婦人服売り場にいる間、6階の本屋で待っているからといって、6階に行ったら本屋がなくなっていて、特設開場になりちょうど岩手県の物産展をやっていた。仕方なく本屋を探したら、別の書店が4階に出店していたのでそこを待ち合わせ場所にした。2年間でデパートの店内もだいぶテナントが入れ替わったようだ。買い物を済ませ、マルヒロの駐車場を出て、今夜泊るホテルのある駅ビルの駐車場に車を動かし、ホテルにチェックインしてすぐバアの仲間の待ち合わせ場所に行った。間もなく懐かしい顔の3人が現れ、車で会場に向かった。
バアを見送ったあと、駅ビルのコーヒー店でコーヒーを
1杯飲んだ後飲み会の会場に向かった。先月長野の古民家へ行く途中寄ってくれたマイスターOさん以外はみんな久し振りの再会だった。マイスターOさんが9月にフランスの古民家見学ツアーに行ったときのお土産のブルゴーニュ産の白ワインなどを飲みながら、しばし釣り談義やら福祉、医療の課題、地域づくりなど話が弾んだ。時々現場の現状の話しに発展すると、もう固有名詞が出ても顔が浮かばなくなる場面もあり、ただ黙って聞くしかないこともあったが、時間はあっという間に過ぎた。途中岩手の師匠からナベさんに電話があった。多分このジイのブログを見て電話してきたのだろう。来年行くときまでに釣れる所を開拓しておくと約束してくれた。少し飲みすぎてホテルに戻ってそのままバタンキューだった。

元の我が家はまだ残っていた
2009年11月11日(水)
天気予報で今日は一日雨だったのでゆっくり寝ていようと昨夜は夜更かししたが、7時半前には目が覚めてそれ以上寝ていられず起きてしまった。午前中は時折激しく雨が降っていた。こんな天候なのでタカノりんご園も作業していないだろう、と電話をしたら午前中の収穫作業から今家に戻るところだという。午後1時に家に行くことにした。今年は体調を崩して2度も入院をしたらしい。今はフジの収穫の最盛期でこんな雨でも休むわけにはいかないようだ。
送付先を書いた伝票を渡し、自家用のリンゴを買って、あまり無理をしないよう言い残して早々に引き揚げた。収穫が一段落したところで送ってくれるとのこと。今月下旬までにはそれぞれ着くだろう。
8日の農大祭で買った早稲フジが、蜜がたっぷり入った甘くておいしいリンゴだったので、タカノさんのリンゴが色あせて感じるのではと心配したが、自家用に買ってきたリンゴを食べてみたら遜色ない味だったのでホッとした。
午後は本を読み始めたが、いつの間にか寝不足解消のためなのか居眠りをしてしまった。夜になって雨は止んだが、風が強くなってきた。明日は、ジイは釣り仲間の誘いで、上尾で飲み会をやるので一泊で出かける予定。バアもこの機会に一緒に上尾に出かけ、やはり昔の仲間と食事会をすることになっている。
2009年11月10日(火)
午前中歯医者に行った。今回で4度目だが、天気が良かったので前回と同様歩いて行った。歩いている途中で暑くなって着ている上着を脱いだ。1115分の予約で、5分前に到着し、すぐ呼ばれ診療台についた。今日は歯茎の検査ということだったが、上尾の歯医者ではぶすぶすと歯周ポケットに刺さるような検査だったが、ここでは軽く歯茎をなでるような検査で済んだ。歯周病の進行はしていないということで、半年後に歯石のチェックに来るよういわれて歯科医院通いは今日で終了した。帰りは同じ道を帰るのはつまらないので、少し遠回りになるが別の道を歩いて帰ったら、1時間近くかかってしまった。それでもちょうどこの辺りも紅葉の真っ盛りだったので、楽しいウォーキングだった。
午後は、梁石日(ヤン・ソギル)の「血と骨」下巻を読了した。戦前から戦後に掛けての大阪の在日朝鮮人街を舞台にした、過酷な生活や暴力に支配された家族の夫婦や親子の葛藤などを描いた読み応えのある作品だった。
東御市役所から電話があって、舗装のやり直しを13日にやることになった。今度は本舗装をするという。最初からやっておけば二度手間にならなかったのに、時間とお金を余計に掛けてしまったとしか思えない。

4回通ったもみの木歯科クリニック
2009年11月9日(月)
今日でベルリンの壁が崩壊して20年が経った。それはソ連を始めとする東欧の社会主義国家体制の崩壊でもあった。東西冷戦の終結といわれもした。それから20年経った今、歓喜に沸いた旧東ドイツ国民の間で、富める者と貧しい者の格差が広がり、まるで敗者になったように貧困にあえぐ人たちは旧体制を懐かしみ、職につけない若者の間には旧西ドイツに偏った繁栄に対して、新しい「心の壁」を築きつつあるという。国のありようが、個々の人間の生き方や心のあり方まで変えてしまう。20年という月日はあっという間のような気もするが、自分の余生もこれからその20年あるかないかなのだ???
今日午前中市役所の建設課から電話があった。道路の舗装に対しての電話での回答では、仮舗装という考え方はなくて、復旧工事は本舗装の仕様でやってもらうことになっているので、余ほど車の通行に支障が生じない限り修繕工事はしない、というものであった。それにしては半年前の舗装の仕方が杜撰だったので、ちゃんと検査に来たのか聞いたところあいまいでどうやら見に来ていないようだった。午後から現場を見に来ることになり、係長と一緒に担当者が来て、アスファルトの状況をみてもらった。本舗装とは言いがたい工事であることを認め、工事を施工した業者と協議して対応策を回答してもらうことになった。水道管の敷設後の復旧の仕方については、今まで業者から聞いてきた説明と市の担当者の話ではいくつも相違点があった。どちらが嘘をついているのかわからないが、責任をなすりあう姿勢はみたくないものだ。
庭の何ヶ所かに分けてチューリップの球根を植えた。今回は、去年の落ち葉で作った堆肥を植える場所に入れた。今年の野菜作りには間に合わなかったが、ようやく堆肥らしくなってきた。堆肥を作る囲いの半分に寄せ、今年の新しい落ち葉をまた取ってきて空いた半分のスペースで堆肥作りをするつもりだ。

道路補修の場所
2009年11月8日(日)
山ちゃん夫妻とともに朝家を9時に出て県立農業大学校の「農大祭」に行った。地方紙にもこのイベントが取り上げられていたが、手作りのチラシが新聞折込にも入っていた。去年は午後に出かけて行って、片付けが行われていて文字通りあとの祭りだった。今年はチラシに9時半開場となっていたのでその前に行ったが既に駐車場は満車直前だった。農産物販売コーナーには開場を待つ長い行列ができていた。行列の後に並んだところで開場となり列が前に進んだ。売り場となったテントは人だかりでいっぱいとなり、われ先にと新鮮な野菜や果物を買い求めていた。われわれもリンゴの早稲フジと白菜、キャベツなどを買ったあと、少し開場が離れている園芸ハウスの方へ行って、シクラメンの鉢とパンジーの寄せ植えの鉢も買った。寄せ植えの鉢は大きな鉢だったのでそれを抱えて駐車場まで戻るのに一苦労した。
農業大学校も折からの財政難などで規模が縮小されるそうで、この小諸キャンパスは一部研究機能だけを残して閉鎖されるらしいので、こうしたイベントもあと
12年のようだ。農業後継者の不足も閉鎖の原因の一つかもしれないが、新たに団塊世代も含めた新規就農者の研修施設として残してもらえれば、応募したいところだ。
農大祭の様子も分かったので、まだ買いたいものもあったが、早々に切り上げて、軽井沢の追分宿にある古書店追分コロニーに行った。ここで河村目呂二という彫刻家、画家の猫を題材とした作品の展示会が今日まで行われている、というので見に行った。しかし、行ってみると開場は
12時からとなっていた。信濃毎日新聞に掲載されていたのだが、よく見ればそれも書いてあったのだが、見落としてしまった。
10時半に到着してまだだいぶ時間があるので、近くの堀辰雄文学館の庭先を覗いたり、そこから歩いて5分ほどの所にある追分宿郷土館や公園になっている浅間神社境内などを散策したあと、先にお昼を食べようということで、車で軽井沢駅のほうまで車を走らせたが、お店が決まらずUターンして追分の手前にあるログハウス風の建物の「カナディアンハウス トミイ」というお店に入った。お店の奥には生のジャズ演奏ができるステージがしつらえてあって、内装もいろいろ凝った造りになっていた。ランチに生姜焼き定食があったのでそれを頼んで食べた。最近は肉食が少ないので、久し振りのメニューだったせいか美味しく食べることができた。
食後再び追分コロニーに行って、作品展を鑑賞した。猫好きにはたまらないネコの絵画や彫刻、さらには芸者姿のまねき猫の玩具など、面白いものがいろいろ並べられていた。号の目呂二(めろじ)は、美術にも増して好きだった音楽
=メロディと、当時人気を博していた竹下夢二の名前の語呂合わせでつけたという。会場である古書店は、旅館「油屋」に隣接して建っているが、河村目呂二は戦時中この旅館の一角に仮屋を建てて暮らした、とあるから、この書店のオーナーは河村氏ゆかりの人なのかもしれない。
帰りは佐久平に出て、ガソリンを給油するついでに同じ敷地内にあるユニクロに立ち寄り、冬用のヒートテックの下着を購入してから家に帰った。

農大祭

古書店追分コロニー
2009年11月7日(土)
明日がジイの父の命日ということもあって、久し振りにお墓参りに行ってきた。土日祝の高速道路は1,000円で走れるので、午前8時に家を出て、一番近い東部湯の丸インターで上信越道に入り、更埴ジャンクションで長野道に、さらに岡谷ジャンクションで中央道に、そして大月から河口湖を経て、東富士五胡道路の須走までわずか1,520円で行けてしまった。須走から御殿場を経由して裾野にあるお墓までは一般道路だったが4時間弱でお寺まで到着することができた。今年8月の地震でお墓がどうなったか心配したが何事もなかったようで一安心だ。
お墓の周りの落ち葉やごみを片付け、持っていったお花を挿してお線香を上げた。早いもので父が
86歳で亡くなってから4年、母が65歳で亡くなってからは21年が経った。あらためてお墓の前で両親の死に直面すると、両親はどんな生き方をしてきたのか、それは幸せだったのか、その中で我が子のことをどう思っていたのか、何を期待したのか、今になっては聞き出せないことに思いを馳せることになる。そして、その両親の血を引き継いだ自分はどのように生きてきたのか、そしてこれからどのように生きていくのか確信もないまま過ごしていくのだろうか?
帰りは山中湖に立ち寄ってお昼を湖畔のジョナサンで食べたあと、少し湖岸を歩いた。お墓参りに行く途中の高速では、河口湖辺りまで車窓から見えていた富士山が、雲に隠れて見えなくなってしまった。山中湖で葉再び富士山が姿を現したが、午後になって逆光になって富士山の写真が上手く撮れなかった。車で湖岸を半周したが撮影ポイントが見つからず、諦めて東富士五湖道路から高速に乗って家路につくことにした。
諏訪湖のサービスエリアで休憩し、お土産や夕食になるものを買って帰った。家には午後
6時半に到着した。買ってきた夕食を食べながら、日本シリーズを見た。巨人が接戦を制して勝利し、優勝を決めた。ワールドシリーズも終わり、来年までテレビの野球観戦からも開放される。

お墓参り

山中湖にて逆光の富士山
2009年11月6日(金)
7時過ぎにごみを出しに行くため外に出るとまた霜が降りていた。温度計はマイナス1℃を指していた。一日おきの寒暖になっているが、こういうのを繰り返しながら寒さに向かっていくのだろう。
明日両親の墓参りに行く予定なので、花を用意する必要もあったのでお昼前に佐久平に買い物に出かけた。買い物をする前に、新そばでも食べようと「草笛」に行ったが、新そばの幟が出ていなかったので、そばをやめて、すぐ隣の海鮮八風に行ってお刺身のランチを食べた。
食事のあとジイは、一眼レフのカメラの値段を調べるためケーズデンキとカメラのキタムラに行った。いろいろ調べてきて、ニコンの
D5000という機種に絞り込もうと考えている。キャノンやソニー、ペンタックスなど一眼レフの導入機種としてどれがいいか比較して見たがそれぞれ一長一短があって決め切れなかった。最終的には自分にとって一番使いやすいもので金額的に折り合える範囲かどうか、カメラメーカーとして安心できるかで決めた。価格ドットコムなどで調べると、通販で1〜2万円安く買えるようだが、保証やアフターで心配があるので店舗を構えているお店で買うつもりだ。今日は最終的に買うところまで行かなかったが、今年中には決めたい。ジャスコで買い物をしていたバアとおちあい、食料品などを買ったあと花屋さんで花を買って家に戻った。帰りは暑くて車の窓を開けて走った。エアコンをつけたら多分冷房が入っただろうが、エコドライブのためエアコンはつけなかった。
夕方、まだ芽が出始めたばかりのニンジンとホウレンソウに寒冷紗を掛けてやった。氷点下になり霜も降りるようになったので、成長が止まらないようにするために掛けてみたが正しい判断かどうかはわからない。
2009年11月5日(木)
今朝は氷点下になるほどの冷え込みはなかった。夜中にエアコンも点けておいたので快適に朝目覚めることができた。午前中は東御市役所とその近くの文化会館サンテラスに行った。市役所は建設課に行って、去年の11月に水道管の切り回しで道路のアスファルト舗装をカットしたあとの補修がまだ完成していないので、そのことについて早急に対処してもらうためだった。今まで業者を通して早く工事をするよう催促してきたが、埒が明かないので直談判しに行った。係長が対応してくれたが、担当者がいないのであとで連絡してくれることになった。あとで連絡というのはいつごろまでか確認しなかったが、1週間待って連絡がなかったら、しっかり追求するつもりだ。とにかく半年、1年とほったらかしにされているので・・・。
市役所のあとは近くにある文化会館で開かれている「東御美術会」のテーマ展を見に行った。水彩画教室で教えてもらっている先生達が指導している会の定期発表会で、今回のテーマは「古民家を描く」というもので東御市内の古民家や安曇野の古民家などを描いた作品が
48点展示されていた。明らかにすばらしいとすぐ分かる作品が数点あった。そのうちの1点はもちろんわが師のものだ。いつになったらこういう展覧会に恥ずかしくなく作品を出せるようになるのかな?
午後は
1時過ぎにヤンキースの試合が行われているのを知って、急いでチャンネルを合わせるとちょうど松井が三振するところだった。続けてみているとその時は三振したが、その前の三打席はホームランを含め6打点の大活躍で、ヤンキースを優勝に導くものだったことが分かった。そのままヤンキースが勝って優勝し、松井もMVPに選ばれた。大リーグのヤンキースでワールドチャンピオンになるのが目標といっていたが、7年目にしてその目標を達成した。しかも自身が活躍してMVPになってのことだから、手放しですごい奴だと誉めてやりたい。イチローは個人記録ですごいものを残したが、松井は巨人のときから、個人の記録よりもチームの勝利を優先する姿勢だった。それぞれの生き方に違いがあるのだろうが、目標に向かって努力する姿はすばらしいものだ。
大リーグの試合の余韻を残して、ポチをゆりかご動物病院に連れて行った。前回は
2度の発作にあわせた薬を調合してもらったので、この10日間は驚くほど元気で過ごしていた。見ているところでは一度も発作を起こしていなかった。今日は、先生からも、発作はたまたま脳神経の電気信号が迷路に入っただけでそれほど心配しなくてもいいですよ、と励まされた。今日は久し振りに早めに着いたこともあって午後4時からの診療の一番になったが、2番目のワンちゃんを連れてきた若い男性は、ポチを見て、うちには22歳の猫がいるんですよ、といって携帯の写真を見せてくれた。ポチとそっくりの猫だった。そんなことでゆりかご動物病院のかかりつけになっている中で、その猫が1番で、ポチが2番目の高齢者であることがわかった。帰り際に先生からネコの写真の載った来年のカレンダーをいただいた。
夜は日本シリーズを見た。大リーグを見たあとで見ると、野球が小さいのを感じるし、巨人がエラーで先行を許したので面白くなかったが、我慢して最後まで見ていたら思わぬどんでん返しがあって、最後は溜飲を下げる結果となった。

東御美術会
2009年11月4日(水)
昨日今季最低のマイナス2℃を記録したばかりというのに、今朝はさらに冷え込んでマイナス5.5℃だった。上八重原公民館まで月1回収集する発泡スチロールを出しに7時過ぎに外へ出ると周りに畑は霜で真っ白になっていた。昨夜はエアコンを点けて寝なかったので、室内も18度まで下がっていた。公民館まで軽自動車で行ったが、車のウィンドウに張り付いた霜は行って帰って来るまで解けなかった。家に付く直前でカーエアコンの噴出し口からの温風でようやく解け始めたところだった。天気は快晴で風もなかったので間もなく気温が上がって寒さは感じなくなった。
歯医者に
1115分で予約が入っていたので、歩いていったらどのくらいかかるか試してみたくなり、10時半過ぎに家を出た。最短距離を歩いて行ったら38分で歯医者に到着した。着くと先客が終わって帰るところだったので、すぐに治療台に案内され、上の歯の歯石取りが始まった。歩いて来て一息つく間もなく治療が始まったので、治療の間汗が噴出していた。15分で治療が終わり再び帰りも歩きで帰ったが、帰りはいつも車で走る広い道路に沿って帰った。時間は52分かかってしまった。やはり車で通る道はだいぶ距離が違うことが分かった。ただ往きに通った道はアップダウンの多い狭い農道を通るので、車では通りたくないところだ。往復で1時間半以上かかったが、里山の紅葉や時々見える浅間連山などを眺めながらの歩きだったので楽しかった。
お昼を食べた後、疲れたのかダイニングコタツに入ったまましばらく居眠りをしてしまった。夕方今朝の霜で完全に葉が枯れてしまったサトイモの残りを全部掘って収穫した。あまり大きい粒になったのが少なくて少しがっかりだ。ちょうど発芽する時期に雨が少なく水不足が影響したのかもしれない。来年は植える時期や水遣りなど気をつけなければいけない。サトイモ掘りにスコップを使ったついでに、来年に備えてスコップで畑の一部をまた天地返しした。まだまだやらなければならない場所がたくさん残っているので、土が凍る前に少しずつでも心がけてやっておかなければならない。
久し振りに夕焼けが短い時間だったが、美ヶ原高原の空を赤紫色に染めていた。いつの間にか太陽の沈み位置がだいぶ南側に移動してきていた。夜は日本シリーズを見ていたが早々につまらない展開になったので見るのを止め、読みかけだった梁石日(ヤン・ソギル)の「血と骨」上巻を読み終わった。

一面の霜

今日の夕焼け
2009年11月3日(火)
昨夜エアコンの暖房を試運転で入れておいて正解だった。早起きの山ちゃん家の温度計は午前6時でマイナス2℃だった。日が昇ってから起きた我が家のデッキの水溜りは凍って朝日に輝いていた。午前7時過ぎでまだ0.5℃にしかなっていなかった。家の中は20℃で快適温度なのに・・・。朝日を浴びて美ヶ原高原が雪で白く光っていた。
朝のうち頂上付近を雲で覆われていた浅間連山も
10時ごろには雲が流れ去って、白く雪をかぶった頂上や尾根の姿が現れた。また雲に隠れてしまう前にと、急いで2階の窓から烏帽子岳の山並みを写生した。お昼を挟んで午後3時までかけて1枚水彩画を描き終えた。稜線の雪の感じがうまく描けず、最後にペンで稜線を描きこんだら余計おかしくなってしまった。ふもとの集落やファインテックミヨタの会社の敷地などが先日からの冷え込みで一挙に紅葉が進んで、緑が少なくなった。もう少し経つとモノトーンに近い景色に変わってくるのだろう。
水彩画を描き終えてから、一人でウォーキングに出かけた。バアはミッチャンとすでに午前中のうちに、ポストにハガキを出しに行きがてら
1時間のウォーキングを済ませていた。ジイは一人なので少し早歩きをして明神館のほうまで行って帰ってきた。こちらも約1時間のウォーキングだったが、歩いていても暑くもなく、寒くもなくちょうどいい気温で気持ちよく歩けた。空気も澄んでいて紅葉に染まって景色も申し分なかった。

雪が降った美ヶ原高原

凍ったデッキの手すり

雪をかぶった烏帽子岳を描いたつもり?
2009年11月2日(月)
毎週月曜日はコープの宅配便のある日だ。この春からコープの配達の担当が代わり到着時間にバラツキがあったが、最近はコースを覚えたのか11時前には来るようになった。コープ長野の宅配便を受け取ってから、北御牧総合支所へ印鑑証明を取りに行ってきた。
ホンダの営業さんが登録手続きの書類を持って午後来ることになっていた。約束の午後
2時少し前にやってきた。ちょうどその頃から雨が降り出してきた。書類に判を押し印鑑証明を渡して、あとは納車を待つだけだ。旧北御牧村は普通車でも車庫証明が要らないらしい。確かに我が家でも車庫スペースはわざわざ警察が調べに来なくても十分な広さはあるし、どこの家でも同じようなものだ。納車日はあとから電話があって16日に決まった。いつでもいいと思っていたが、日にちが決まると待ち遠しくなるから不思議だ。
ホンダの営業さんが帰ったあとは雨も本降りになってきたので、昨日の続きでノコンギクの習作の色付けをした。細密なお手本のようにはできなかったが、葉の葉脈などを色づけすると葉が生き生きするのが分かった。どの絵の具と絵の具を混ぜるとどんな色になるか、微妙な色の出し方が少し勉強になった。雨が時折ガラス窓に吹き付けてパチパチと音を立てるので、よく見るとみぞれ交じりの雨だった。
今夜は雪になるかと思ったが夜になって雨は止み、月が出て外はほの明るくなっていた。ただ温度は
23度まで下がってきたので、今夜は床下のエアコンを試運転を兼ねて深夜時間帯の11時過ぎに点けた。

ノコンギクの習作
2009年11月1日(日)
北海道では雪になっているらしいが、こちらでは午前中は晴れで生暖かい風が吹いていた。午後から強い風が吹き始め、黒い雲が空を覆いつくすと間もなく雨になり、夜になってもその雨が降り続いている。関東以西では朝から晴れて真夏日になったところが多いようで、ここでも雨が降るまでは気温が20℃ぐらいまであがった。
一日おかしな天候だったせいもあって出かける気にもならず、家の中で過ごした。午前中から午後にかけて取り掛かっていた菊の静物画を完成させた。背景は勝手に色の配色だけを考えて想像の産物となった。菊の花や葉の細部を描き表わす技術がなくて、まだまだ未熟だが、黒い花瓶の光と影は今まで書いてきた中では上手く描けたように思う。
夜は、日本シリーズを見ていたが、早々に巨人が劣勢になったのでつまらくなり、本を読んだり、お手本にノコンギクを細かく描写したものがあったので、それを参考に鉛筆で下絵を描いたりして過ごした。
実物の菊の花

完成した絵