2009年6月30日(火)
6時過ぎに起床、7時前にホテルの朝食会場に行った。ビジネスホテルなのでサラリーマン風のお客が多い中で、何人かは我々と同族と思われるお客も目に付く。しっかり腹ごしらえをして、8時にホテルを出て、すぐ近くのコンビニで昼食を買い、秋田駅に行った。朝起きて外を見たときは小雨が降っていたが、もう雨も上がっていた。今度は手荷物であわてないよう早めにコインロッカーを見つけて預けた。
825分発しらかみ1号に乗った。特急しらかみには3種類の車種(クマゲラ、ブナ、青池)があって、しらかみ1号はクマゲラで先頭車両はかなり派手な色になっていた。乗り込んだ車両は、コンパートメント風の4人掛けのボックス席で、4人でゆったりと一部屋貸し切った状態で、このまま1日乗っていたくなるような座席だった。秋田から五能線の十二湖駅まで約2時間、途中日本海の絶景ポイントでは列車のスピードをスローダウンさせ、車内放送でシャッターチャンスを教えてくれるサービスまであった。国鉄時代には考えられないようなサービス?まで用意されていた。日本海は曇って暗い色をしていたが、絶景ポイントの当りでは薄日も射して、海面も青くなっていた。1022分に十二湖に到着、10時半発の奥十二湖行きのバスに乗った。バスの運転手は、約15分の行程中マイク越しに十二湖の見所など色々ガイドしてくれた。秋田弁の独特なしゃべり口で、乗客を魅了し拍手喝さいを浴びていた。
奥十二湖の終点でバスを降り、まず向かったのは青池。ガイドブックには「青インクを流し込んだようなブルー」という表現があったが、底まで透けて見えるのに、透明な青がしっかりとその青さを主張している不思議な色だった。底には倒木となって朽ちたブナの木が横たわり、小魚が悠然と泳いでいた。印象的な池だった。見たところ
4,5メートルの水深だと思ったが、後で調べたら9メートルあるとのことだった。渓流釣りで水深を測るのは初歩的なことだが、ちょっと自信をなくすような見立てだった。青池を過ぎて森のレストランのある十二湖リフレッシュ村までブナ林の小道を歩いた。青池には続々と観光客が押し寄せていたが、こちらまで足を伸ばす人は一挙に減ってしまって、もったいない話だ。
さらにリフレッシュ村から沸壷の池世を経て王池までのコースは、ブナやカツラ、トチの大木が連なる世界自然遺産となった白神山地の雰囲気を少し体験できる道だった。昼食休憩も含め約
3時間の散策は、前日の登山とはまた違った自然林の中のウォーキング体験だった。途中幻の魚といわれる「イトウ」の養殖場なども見て、奥十二湖のバスの発着場に戻ったのが午後120分。
140分発のバスの運転手は、往きのバスと同じ運転手だった。帰りも名調子のガイドで疲れを吹き飛ばしてくれた。途中、日本キャニオンという石灰岩で山肌は白くなっているビューポイントで車をとめ、写真を撮るためバスから降ろしてくれた。ジイのほかには誰も降りてこなかったので、急いでシャッターを切ってバスに戻った。あわてて撮ったので少しピンボケになっていた。
十二湖駅から鈍行の東能代行きに乗った。
210分発で東能代到着が323分だった。東能代から秋田まで特急かもしか4号に乗ったが、この電車は指定が取れなかったので、空いている自由席は早い者順となり、あと1歩でジイと山ちゃんは席が取れなったが、ジイはそのあと一人で座っていたおばあさんの隣が空いているのを見つけて座ることができた。山ちゃんは途中の八郎潟駅でようやく座ることができた。山ちゃんが座れずに連結器のデッキで同じように座れなかった人たちと話したところでは、数人の人が我々と同様大人の休日パスで乗っていて、事前の予約で指定が取れなかったとのこと、どうやら団体が指定を押さえてしまっていたようだ。
秋田には
422分到着、改札を出て駅のコインロッカーに預けておいたキャリーバッグを取り出し、ジイは駅ビルの中のパン屋で夕食用にパンを、他の3人は駅弁を買ってまた駅の構内に入った。59分発の秋田新幹線こまち8号に乗り、842分大宮着、858分発あさま549号に乗って佐久平953分到着した。駅から外に出ると小雨が降っていた。駐車場に停めておいた車に乗り、家に帰りついたのは1028分だった。
充実した秋田行きの
2日間だった。心配された天候にも恵まれ、傘を差したり合羽を着ることもなく、快適な旅を味わうことができた。企画から切符や宿の手配まで全て段取りしてくれた山ちゃん夫妻に感謝だ。大人の休日パスも、単純計算で約48千円かかる行程を12千円で行ってこられたので、病みつきになりそうだ。次は93日から14日の期間で売り出されるようだ。旅行の記録は別にホームページに近々アップするつもりだ。
2009年6月29日(月)
445分に目覚ましをセットしておいたが、4時半前には目が覚めた。もう少し寝ておこうとも思ったが、車の運転は佐久平駅までで、そのあとは電車の中で眠くなれば寝ればいいのだ、と思い直しベッドから降りた。朝食は家で食べないで新幹線で駅弁を食べる予定だったので、時間には余裕があった。洗顔、着替え、持ち物の最終チェックをして、5時半に家を出た。佐久平駅に向かう途中、浅科のセブンイレブンで、昼食を買った。これは秋田駒ケ岳で食べるお弁当だ。ついでに松本へ行くときの三才山トンネルの通行券を売っていたので、今回の旅行には関係ないが買い置きした。
65分には駅の有料駐車場に到着した。623分発の東京行きあさま500号は、一番電車だがかなりの数の乗客が並んでいた。中には我々と同様の大人の休日パスを利用していると思われる年令の人たちも見受けられた。電車に乗り込むともう満席に近い状態だった。秋田新幹線に乗り換えるため大宮駅であさまを下車したのが714分、この間僅か51分だ。いまさらながら、在職中その気になれば、北御牧と上尾の職場まで新幹線通勤できたのだと思った。大宮駅で売店を覗いていたら駅弁が置いてあったので、そこで買うことにした。前のお客が手間を食っていたため、722分発の秋田新幹線こまち1号に乗車するのがぎりぎりの時間になってしまった。何とか席について落ち着いたところで、車内販売が来たので早速定番のホットコーヒーを頼んだ。なぜか新幹線に乗ると、美味しいわけではないが、コーヒーを頼む習性になっている。大宮駅で買った駅弁を食べ、コーヒーを飲んで一心地付いたところで、お休みタイム。車窓は進行方向右側の席だったので、日が差し込むためブラインドを下ろしていたので景色も見られない。週刊誌を読んでいるうちに、睡魔に襲われたという次第。
東北新幹線と切り離しのある盛岡に付いたのが
924分、僅か大宮から2時間で着いてしまうのだから、本当に早い。毎年釣りで岩手に車で行っているが、車とは大違いの早さだし、疲れ方が違う。電車なら途中居眠りしていても目的地に連れて行ってくれる。これからは、こういう方法で岩手の釣りも検討したほうがいいかもしれない。盛岡を924分に出て最初の下車駅田沢湖駅に着いたのが956分だった。田沢湖駅に近づいた車窓の眼下には、何回か釣り歩いたことのある生保内川(おぼないがわ)の清流が見え隠れし、尺イワナを釣り上げた思い出に浸った。田沢湖駅は、以前に一度後から電車でやってきた釣り仲間を迎えに行ったことがあったが、駅舎も駅の広場も大変貌していた。すっかりひなびた駅から都会的な雰囲気になっていた。しかし、たった1箇所のコインロッカーには、家からもっていったキャリーバックが入るサイズのロッカーが二つしかなく、いずれも使用中で、困ってしまった。きれいになった駅舎の一角にある観光案内所で聞くと、駅広場の一角にある薬局兼お土産屋で無料で預かってくれるというので、そこまで行って預かってもらった。
そんなことでもたもたしている間に、
104分発の秋田駒ケ岳八合目行きのバスの発車時間ぎりぎりになってしまい、あわてて走ってバスに乗り込んだ。バスは田沢湖畔を経由したあと、かつて何度も車を走らせた懐かしい道路を山に向かって登っていった。田沢湖高原温泉のある「アルパこまくさ」でさらに登山客が乗り込んできて、補助椅子も使って満席となった。「アルパこまくさ」は昔よく釣りのときに泊った町営の国民宿舎「駒草荘」の跡地に建てられた日帰りの入浴施設だ。建替えられて3年になるというが、初めて見る「アルパこまくさ」には、昔の古びた国民宿舎の面影はまったくない。田沢湖駅と同様、すっかり浦島太郎になった気分だった。そんな感傷に浸っている間に、バスは八合目に到着、時間は116分、まさか午前中に登山できるとは思わなかった。しかも天気は、少し霞がかかって入るものの、雨の心配の要らない晴れ。
1120分に身支度を整え、準備体操をして登り始めると、最初に出迎えてくれたのは、紫のハクサンチドリ、白い花のツマトリソウ、ピンクのイワカガミだった。上に登るにつれて、ミヤマダイコンソウの群落が待ちうけ、さらに阿弥陀池のある湿原に出ると、チングルマの群生が、ミヤマダイコンソウと競うように咲き乱れていた。一面のお花畑に驚嘆と感動。阿弥陀池のほとりで1230分休憩、昼食をとった。このあと、可憐なヒナザクラを眺めながら、最初のピーク、標高1,623mの男岳に登った。このコースで山ちゃん夫妻推奨のエゾツツジは残念ながらまだ蕾だった。
次に男岳と阿弥陀池を挟んで向かいにある男女岳(おめだけ)が駒ケ岳の最高峰というのでそこを次に登った。そこからは乳頭山がよく見えた。乳頭山と名づけられた由来が、なるほどとうなずけるような女性の乳首に似た山の形をしていた。男女岳を最後に八合目バス停まで来た道を戻った。午後
350分発のバスに乗ろうとしたら、途中のアルパこまくさ止まりになっているので、運転手に聞いたら間違いないという。出かける前に電話で山ちゃんが羽後交通に確認して、田沢湖駅まで運行しているとのことだったのに違っていた。結局次の425分まで待たされてしまった。田沢湖駅から当初乗る予定だった51分初の秋田行きこまちには乗れず、次の65分発のこまちになってしまった。田沢湖駅で預けてあったキャリーバックを受け取り、無料で預かってもらったお礼に「ゆべし」とトウモロコシとアズキの粉で作った「もろこし」を買った。
秋田駅に
72分に到着し、予約してあった駅から2分のホテルに到着後、駅前の「日本海庄や」で飲んで食べた。ここで食べたマグロのカマ焼きは、大きさが30センチ以上はあろうかというもので、頑丈な頭の骨の間にびっしり肉が詰まっていて、4人で食べても食べでがあった。いろいろの幸を食べて満足。明日は五能線に乗って十二湖へ、早めに寝た。
2009年6月28日(日)
おととい作った山ちゃん家の日除け用のアサガオネットの台の据付けを、山ちゃんに手伝ってもらって完成させた。高さが少し足りなかったが、倒れないようバランスを保たせる限界なのでやむを得ないだろう。それでもミッチャンは少し心配のようだが・・・。台風でも来る頃になったら倒れない工夫をする、ということで納得してもらった。
据付けが終わって
10時のお茶の時間になり、明日の秋田行きの最終打ち合わせをした。ヤフーの天気予報で調べると田沢湖周辺は明日一日晴れの予報になっていたので、出かけることに決めた。持ち物を確認し、出発時間も朝5時半に決定、お弁当、おやつなど、まるで小学生の遠足前のような高揚した気分で話が弾んだ。
昨日病院に行ったポチは、薬のせいか昨夜は興奮気味でうるさいほど鳴いていた。午前中外へ出してやったら、最近は
10分か15分もすれば戻ってきていたのに、1時間近く戻ってこず、山ちゃん夫妻も出てきてみんなで探し出したら、ひょっこりと何事もなかったような顔をして帰ってきた。
午後からツルヤに午前中打ち合わせで持って行くもので足りなかったものを買いに行った。山ちゃん夫妻が山登りの時には必ず持参するというグレープフルーツを買い忘れたというので、それも買ってきた。夕方涼しくなってから、野菜や植えたばかりの花苗などにたっぷり水をやり、草取りもできる限りやって
2日間の留守も安心しておけるようにした。明日は早いので今夜は早めに寝ることにする。ホームページ、日記の更新は7月に入ってからまとめてやる予定。
2009年6月27日(土)
今日も朝から暑い日ざしが家の中に差し込んでいた。家の掃除を済ませ、昨日はホームページをアップせず、ビールを飲んでさっさと寝てしまったので、昨日の分を仕上げた。メールを開けると、昨日懐かしい高校時代の二人からメールが入っていた。まだ二人とも現役で頑張っているようで、文章にも勢いを感じた。こちらも負けじと外へ飛び出したが、あまりの暑さに長くは外にいられず、すぐに家の中に退散した。デッキの温度計は34度になっていた。昼食後は、外に出る気も起こらず、1時間ほど昼寝をした。
今日もポチを動物病院に連れて行くため、
3時過ぎに家を出た。途中、明後日からの秋田行きに備えて、郵便局でお金をおろした。通帳を見ると、隔月で振り込まれる年金と、先日上田税務署で確定申告して戻る所得税の還付金も入金されていた。昨年から始まった大不況の元で、働きたくても、働く場所を失い、住む場所も失い、所持金も底を付いてしまった多くの失業者がいるというのに、働きもしないで一定の収入を得られていることに、少しばかりのうしろめたさを感じる。といって全てを困っている人のために投げ出すほどの勇気もないが・・・。
ポチはいつもの点滴のほか、食欲を増進させる薬も飲まされ驚いていた。入院の話も出たが、2日間家に置いていても心配ないのではないかという先生の言葉で、入院はさせないことにした。夜、岩手の師匠から秋田行きについて、天候を心配してくれるメールがあった。明日まではピーカンの天気らしいが、旅行の
2日目30日から雨の予報とのこと。今のところ29日の秋田駒ケ岳登山の時さえ天気が持ちそうなら、決行する予定だが、明日山ちゃん夫妻と最終協議をして決めることになっている。
2009年6月26日(金)
7時過ぎにプラごみをステーションまで出しに行った。いつもは週1回のペースだが、来週月火と出かけるのでごみ出しができないということで、あまり量はないが火曜日に続き金曜日の今日も出しに行ってきた。晴れている今日のような朝は、もうこんな時間でも日差しが暑く感じる。ヒバリも高い空から大きな声で鳴いている。昨日から溜池に水が入れられ始め、1メートル以上水深が下がっていたのが、一気に田植え前の頃の量に戻っていた。
午前中は先日の草刈りで残っていた畑の周りを草刈り機で刈った。今の時期は、雨が降ったあとの強い日差しで、雑草が伸びるのはものすごく早い。油断しているとあっという間に野菜の丈を越えてしまう。山ちゃん夫妻が午前中、佐久平の「びゅー」で来週の秋田旅行の切符を買ってきてくれた。大人の休日倶楽部の
3日間乗り放題の切符を初めて手にした。112,000円でJR東日本のエリアどこでも自由に、しかも新幹線は6回まで指定席を取れるという。指定の予約は山ちゃんが全部手配してくれたので、安心して電車を乗り継いで秋田までいけそうだ。
午後は少し涼しくなってから、西日が当たる山ちゃん家のキッチンの窓の日よけ用に植える朝顔の、つるを這わせるネットの衝立を製作した。山ちゃん家は基礎が高いので、キッチンの窓を全部覆うようにするためには、最低でも地面から
3メートルぐらいの高さが必要だ。壁には衝立を留めるような個所がまったくないので、台を作ってそこにプランターを置き、そこから朝顔のつるを伸ばさせるようにした。それでも台から2メートルネットを垂らす枠を付けるので少し不安定な形になってしまった。実際に据え付けてから、あまり不安定のようだったら考える必要がありそうだ。製作完了は、午後7時ごろになってしまった。いい汗をかき、特別のとき以外は夕食時にはあまりお酒は飲まないが、珍しく夕食のときに飲んだコップ1杯ほどのビールが実に美味しく感じた。
2009年6月25日(木)
山ちゃん夫妻とジイとバアで松本に出かけた。用事を済ませた後、市内の石井スポーツへ行った。お目当てのアディダス社製のサングラスをバアが購入した。山ちゃん家に送られてきた石井スポーツのダイレクトメールに付いていた10%引きのチケットを使って購入できた。
昼食は、石井スポーツの近くにある蔵造りの定食屋で食べるつもりで行ったら、臨時休業だった。仕方なく松本駅まで食べるところを探しながら歩いたが、見つからないまま駅まで着いてしまった。仕方なく駅ビルに入っているデパートのレストラン街の一角のお店で、みんなで自称お店一番の人気メニュー「松本丼」を注文した。ひれ肉のトンカツに長いもをすって混ぜてある卵でとじたカツ丼だった。もう久しくカツ丼など食べてなかったような気がする。たまにはいいなと思いながらそのときは食べたが、後はしばらく胃が重い感じがした。
食事のあとは、駅から車を停めてあるジャスコまで歩いて戻った後、天気が良いので急遽安曇野池田町の美術館に行くことになった。地図も持たず、去年行った記憶だけを頼りに車を走らせたので、途中道を間違え迷った挙句にようやく辿り着いた。初めて来た時より季節が良かったのか、ラベンダーが道路際に咲き誇り、芝も青々していた。北アルプスの山々も雪がほとんど融けて、わずかばかり残った雪渓が白い筋となって山の峰を走っていた。安曇野平野には田んぼの稲が青く広がっていた。
しばらく広い公園内を散策した後、美術館の隣にあるレストランで、山ちゃんの誕生祝いをした。去年から誕生祝は誕生日を迎えた本人が、他の
3人にケーキをご馳走することになっている。シフォンケーキやチーズケーキ、アイスクリームなどみな好き勝手にオーダーしてご馳走になった。このレストランは最近オーナーが替わってメニューも店の雰囲気も替わっていた。ケーキもコーヒーも手を抜かずに出していた。北アルプスと安曇野の景色を眺めながら、それまでカツ丼で胃が重い感じがしていたはずなのに、そんなことも忘れて、デザートに舌鼓を打った。
帰りは、国道
254号線の三才山トンネルが工事で片側通行になっていたので、254号線を避け、松本から上田へ抜ける国道143号線を通って帰った。四賀村から青木村へ抜ける途中は細い山道になるが、緑が濃くなった山の中を走るのは、長いトンネルを通って一気に山中を通り抜ける三才山トンネルとはまた違った趣がある。途中青木村の道の駅で休憩したあと、午後5時半ごろ家に帰りついた。
家に帰ったあと、昨日植え替えたサルビヤの苗に水をやり、大きくなったダイコン
2本とカブ10本を抜いた。このところ毎日取れたダイコンやカブ、キュウリが食卓を賑わしている。夕食の1品は一昨日ジイが習ってきたシメジとキャベツの浅漬けを作った。
2009年6月24日(水)
天気予報では、明け方から午後まで雨ということだったが、9時過ぎには雨が上がった。外に出ると思った以上に強い陽射しなので、長袖とサングラスを取りに家の中に戻るはめになった。小さな種植え用のポットで育てたサルビアの苗が、大きくなれずにいたので、カブの収穫が終わった場所に、植え替えてやった。あまり根が廻っていないのでうまく着かないかもしれない。サルビアは今まで何度も苗で買ってきて庭に植えたが、あまりうまく育たなかった。一度は種を買ってきて、苗床に植えたが全然芽が出なかった。今年は発芽したが、苗床にしたケースが小さな種用の苗床だったので、発芽はしたがあまり大きく育たないまま、成長が止まったようなので今日植え替えたが、我が家にはあまり相性が良くないようなので、果たしてうまく付くか心配だ。
今日もキュウリ
6本とダイコン2本を収穫した。カブは5本を朝のうち収穫したのを塩漬けして、お昼に食べたらあまりの美味しさに、二人で全部食べてしまった。
午後は上田のバンバンへ買い物に出かけた。ジイが以前に買った釣り用の手袋が、安い割りには嵌め心地がよかったので、山用にもう
1組買うつもりでいたら、バアもその手袋を気に入ったので、一緒に買うことにした。しかしお店に行ってみると同じものがなく、バアは少し高いが別のものを買った。ジイは似たようなもので、ちょっと指が長いが許容範囲のものがあったのでそれを買った。帰りにホクシンハウスの展示場の近くにあるアルペンに寄って、山用のズボンを買った。来週のお出かけ用だ。バアはサングラスを物色したが、先月松本の石井スポーツで見たサングラスがどうしても忘れられず、明日松本に行く用事があるので、そのときに石井スポーツへ行くことにした。
最近は、買い物も食料品以外はあまり見て廻る機会が少ないので、たまにお店に行くと大して必要のないものでも、衝動的に買ってしまうことがあるようだ。着る物など最近は作業着が普段着だし、出かけるのは買い物かせいぜい生涯学習の講座程度なので、今まで着ていた物で十分なはずなのだが、それでも今は消費が拡大しないと景気も回復しないので、社会貢献の一つとでも考えておこうか。
夕食を終えてふと外を見やると空が薄い紫色に染まっていた。玄関を出て西の空を見ると、昨日に増して美しい夕焼けになっていた。
2009年6月23日(火)
今日は北御牧公民館の生涯学習講座「味な男の料理教室」の2回目に山ちゃんと出席した。今日も受講生8人全員が出席し、前回と同じ組み合わせで2グループに分かれて、料理を作った。献立は、梅ご飯、かきたま汁、シメジとキャベツの浅漬け、シュウマイ。手作りのシュウマイなど我が家でも作って食べたことがない。豚のひき肉、むきえび、干ししいたけ、タマネギ、万能ネギを調味料を使って混ぜ合わせ、シュウマイの皮で包んで蒸したものだが、見た目はきれいに仕上がらなかったが、味は良かった。シュウマイの皮は餃子の皮に比べて薄くて小さかった。中の具を小さい皮でくるむのは無理で、皮よりも具のほうが大きくはみ出る形になってしまったが、蒸しても形は崩れなかったので、何とか食べることができた。
梅ご飯は全員の分を山ちゃんと二人で炊いたが、書かれていたレシピどおりに炊いたら、少し水が多すぎたらしくご飯が柔らかかった。かきたま汁に水で溶いた片栗粉を入れることによって、卵やホウレンソウなどの具がきれいに分離する、ということを教わった。前回よりもみんな手順が良くなって、お昼前にはできた料理で食事を始めることができた。全部片付けて家に帰る途中、午後に行われる滋野公民館の「植物観察」の講座に出席するバアとミッチャンの乗った車とすれちがった。
夏日となり風も家の中を吹きぬけていたので、午後の最初の仕事としてバスルームの大掃除をした。明るい所で見ると、バスタブや床の隅々がカビで黒っぽくなっていた。バアがいるときにカビ取り剤を使うと、臭いを嫌うので、今日のようにいないときにでないと思い切り使うことができない。約
1時間かけて浴室内を磨き上げた。
少し休んで日が傾いてきてから、昨日の続きの草刈りをした。実は今日料理教室に出かける前、裏の溜池の方で刈払い機の音がするので覗いてみると、奥の田んぼでお米作りをしている
Yさんが、溜池の土手の草刈りをしていた。どうやら昨日ジイが土手の裾だけ刈ったのをみて、草刈の催促と受け取ったらしい。土手の上まできれいに刈り上げられてしまった。これから咲くユウスゲやキキョウなど全部刈られてしまった。ジイがやったことが呼び水になってしまったようだ。Yさんはこちらに気を使ってやったことだろうし、なかなかこちらの思いが通じないことの難しさを感じた。自分の土地でもないのだから文句は言えないが・・・。
草刈りを終え一息入れていると日没となり、久し振りに夕焼けがきれいになった。暑かった外に涼しい風が吹きぬけるなか、しばらく夕焼けベンチに座って、夕焼けの美しさに浸った。
2009年6月22日(月)
雨が降り出す前にと、朝食後家の周りの草刈りを刈払い機を使って始めた。家の裏の溜池の土手の草が、道路工事をしたおかげで今まで草があまり伸びてこなかったが、さすがにこのところの暑さと雨降りで、雑草が伸びてきて道路にかぶさってくるようになった。この土手の雑草には、今ではあまり見られなくなった山野草が生えてくるので、やたらに刈るわけにはいかない。道路の縁にかぶさる部分だけ気を付けながら刈った。
更に白樺の樹の周りの芝も刈って、続けて西側の道路を刈り始めたところでポツポツと雨が降り出し、それでも刈っているとだんだんと雨脚が強くなってきて、家の南側の土手など、予定の半分以上を残して、ギブアップとなった。
午後はポチをゆりかご動物病院に連れて行った。前回の血液検査で大分脱水状態が進んでいることがわかり、昨日か今日、様子を見てどちらかで治療に行くことになっていた。昨日は元気な様子だったので、今日にしたのだが、午前中軽い発作をまた起こしてしまった。食欲のほうは目先を変える意味もあって、マグロの刺身を食べさせていてそれなりに食べていたので安心していたが、やはり体力的に低下しているのかもしれない。
診察では、
19日の点滴はほぼ吸収されていて、毛の艶も皮膚の張りも悪くないとのことだった。発作は断続的に起こるようならそれに対する対処が必要だが今は様子を見るとのことで、今日はいつもの腎臓病用の点滴だけ処置した。旅行に出かける前にもう一度点滴を受けるため、次は27日の土曜日に行くことになった。先生からカリカリご飯(ドライフード)の試供品を2種類頂いたが、帰りにツルヤに寄って、ポチのためにマグロの刺身を買ってから家に戻った。
2009年6月21日(日)
朝から雨で外に出られず、午前中は「水彩で描く」で水彩画のデッサンの仕方などを勉強する。読みながら、やはり理屈よりも実際に数多く描いてみなければ、と感じた。水彩画講座の先生は、毎日描けば上手になりますよ、といっていたが、絵に上手い、下手はないともいっていた。多分に、描きたいという意欲をそがないよう、気配りの発言とは思うが、ひと目見て、いいねー、と自分で思えるような作品が描けるようにはなりたいものだ。
午後になると雨が止み、青空が出るようになると、外は蒸し暑く真夏のような陽気になった。畑の野菜たちが生き生きしていた。
2ヶ月経ってようやく芽を出し始めたサトイモが次々と芽を出してきて、全部で8つ確認できた。植えた種イモの半数になる。えんどう豆のツルが支柱にうまく絡み付かず、隣の苗と絡んでしまっているので、もう一本支柱を立ててそれに無理やり絡み付かせた。ジャガイモについているテントウムシダマシの幼虫を退治した。幼虫の間は葉の裏に隠れて葉を食べているので見つけにくい。食害されて葉が黒くなって初めてわかるので始末が悪い。20匹以上退治したが、よく見ると何本も葉が黒くなり始めていた。無農薬でテントウムシダマシと格闘するのは本当に手間がかかる。ジャガイモが植わっている畝の間を歩いているうちに、長靴の底に畑の土がくっついて背が1センチ以上高くなってしまった。
2009年6月20日(土)
今日は滋野公民館の生涯学習講座「里山を歩く」の2回目が行われたので参加した。今日の参加者は総勢17人で、8人のりの車とジイの運転するオデッセイに5人、他に4人乗りの計3台で太郎山に行った。以前にジイとバアで登ったコースは表参道で、そのときは上信越道の車の音がしばらく響き渡るコースだったので、あまりいい山とは思えなかったが、今日は裏参道コースで、表参道とは違ってよく整備されていて鳥の鳴き声も良く聞こえ、道も広くて頂上の手前の太郎山神社まで、眺望のない樹林地帯を豊富な植物を観察しながらの登山はそれなりに面白いものだった。今回は、1140分ごろには頂上について昼食となり、午後2時前に滋野公民館まで戻ることができた。他のグループは、時間があるので近くのフラワーガーデンへ行くとのことだったが、我々は遠慮して帰宅した。
帰宅して
1時間ほど休んでから、上田のジャスコへ買い物に行った。20日は5%引きの日だが講座の日なのでいけないと思っていたが、早めに終わったので行くことにした。食料品を買ったほかビールと缶チューハイも買った。最近は寝る前に1本を二人で分けて飲んでいる。今まで缶のサイズは350mlだったが今回はビールだけは500ml缶を買った。バアとビールを分け合うと、350mlだとジイには少し物足りなくなってきたので、量を増やすことにした。随分と飲めるようになったと我ながら思う。買い物から戻ってから、畑でカブとダイコン、キュウリを収穫した。取立ての野菜がすぐ夕餉の食卓に載るというのはいいものだ。
2009年6月19日(金)
午前中、タマネギを収穫した庭の一角に鶏糞の入った肥料をまいてミニ耕運機で耕した。先日収穫したあと藁を刻んでいれ、苦土石灰をまいて一度耕してあるので、今日はミニ耕運機で耕すのは肥料が均等に混ざるようにするだけの簡単な耕運をしただけだった。ただおとといの雨でまだ土が湿っていたので、ミニ耕運機の刃に土がくっついてきて重くなってしまった。これも粘土質の土のせいだから仕方がない。これで一応何でも植えられる状態になったので、これから何を植えるかはバアとミッチャンにお任せだ。
今日は外にいるだけで汗が滲んでくるような暑さになった。これからはキチンと水分と塩分を補給しないと、たちまちへばってくる。アイスコーヒーだけではなく、スポーツドリンクも用意するようにするつもりだ。
今日は予定通り前回の診療から
8日目だが、ポチをゆりかご動物病院に連れて行った。最近食欲が落ちている上に、昨日ベッドの中にゲボしたあとがあり、今日もゲボをして心配だったので、皮下点滴の前に採血をして、血液検査をしてもらった。すぐに検査の数値が出て、以前に比べ脱水症状が出ていることがわかった。皮下点滴の間隔を縮めるか、静脈注射をするかの選択肢があったが、とりあえず皮下点滴の間隔を縮めて今日のあと、21日か22日にもう一度点滴をすることにした。今月末には2日間出かけるので、それまでの様子を見て場合によっては、そのときは入院も考えなければならないようだ。
もともと夏場に食欲が落ちて元気がなくなる傾向が近年強くなっているので、その傾向が現れてきたのかもしれないが、先生の話ではワンステップ下降したのかもしれないとのことだった。これから一段下がったところで安定するのか、更に下降するのか様子を見ることにする。
昨日臓器移植法の改正案が衆議院を通過した。
4案のうち最も条件のゆるい案が可決された。まだ参議院での審議が残っているので成立したわけではないが、成立すれば脳死をもって人の死とする基準が作られることになる。ジイの父親は、脳死の宣告を受けてから2日間自立呼吸をし、心臓も動いていた。人工心肺装置を使って延命措置をすることもできたが、あえてその選択はしなかった。どんなに医学的な処置をしても人としての意識は戻らないことがわかったので、自然に任せることにした。ただそのときの認識としては、時間の問題として父の死を覚悟はしたが、心臓や呼吸が停止するまでは、父親を死んだものとして受け入れることはできなかった。医師から心肺停止を宣告されて、ようやく父の死が現実のものとして実感したことを覚えている。父の場合は、86歳の高齢だったので医師からドナー提供の話もなかったし、本人からその意思も伝えられていなかったので、移植のことにまで思いは至らなかったが、今後自分や家族が脳死の状態でドナー提供の可能性が残された場合のことを考えておく必要があるだろう。今度の改正案が成立すれば、必ずドナー提供の可能性がある脳死の状態で、家族に判断を求められるようになる。ジイなりの考えもあるが、まだ家族とそのことについて十分に話し合っていないので、まだ日記には書かないでおこう。
もう一つ今日懸念していた海賊対処法が成立してしまった。これで自衛隊はおおっぴらに公海上で武器を使用できるようになってしまった。憲法
9条の骨抜きだ。これが戦争への一歩にならないことを切に祈る。
2009年6月18日(木)
予報では午後から雨、ということだったが朝からはやばやと雨になった。午前中はそんなわけで外にも出られず、ぼんやりと過ごした。午後になると予報とは違い、時折晴れ間も覗く天気となったので、畑の見回りや草取りなどをした。ジャガイモの天敵、テントウムシダマシの幼虫が出始めたので、見つけては潰す作業をした。いつの間にか1本の茎の葉全体がテントウムシダマシにやられて葉が黒っぽくなってしまったところもあった。これから梅雨の湿気と合間の晴れ間で大量発生する危険性があるので、毎日チェックが必要だ。
夕方
5時過ぎてから家の掃除をした。いつもは朝のうちにやるが、今朝は雨も降っていて家の中が薄暗く、掃除をやる意欲が湧かなかったが、午後は雨もあがり、掃除をする頃には家の中に西日が射して明るかった。どうせ掃除をするなら窓を開け、明るい所でやったほうが、汚れが吸い込まれていくのも良くわかり、やっていても気持ちがいいものだ。
夜は久し振りに上尾市のホームページを開き、
6月議会の一般質問のビデオ録画などを見た。質問や答弁の内容は十年一日の如しだったが、答弁している部長の中には、目新しい職員に代わっているのもいて、そちらのほうがうまく答弁できるだろうかなどと、関心の的になってしまった。
2009年6月17日(水)
5時半ごろ洗濯機の終わる音でポチが反応し、ポチの鳴き声で起こされてから、眠りが浅くなり、何度か目が覚めたりまた寝入ったりしたあと、6時半過ぎにトイレにおきてそのまま起きてしまった。パンの焼けるいい臭いで完全に目が覚めた。朝食はそのパンを食べ、のんびり新聞を読み、テレビで朝の報道番組を見て過ごした。
10
時ごろから畑に出て野菜を見回る。レタスの苗が昨日の雨で泥はねして葉が汚れていたので、藁を苗の周りに敷いて泥が跳ねないようにした。バアがジャーマンアイリスを植え替えたいというので、お昼前までに庭の中央に植わっていたジャーマンアイリスを根こそぎ掘り起こした。バルブといわれるイモのような根でつながっているので、途中で切り落とさないと掘れない。バアが植え替え先に指定した場所では、全部植え替えることができず、家の北側の池の縁や畑の一部にも植え替えた。この土地の風土に合うのか、植え替えでまたアイリスが増えることになるだろう。一度植えるとなかなか切り捨てることができなくなるので、本当は畑などには植えたくなかったのだが、このアイリスは家の土地を買ったときから植えられてあったものなので、無下にはできない。
ポットで育てていたルピナスの苗が大きくなって植え替え時になっていたので、ジャーマンアイリスに続き、庭の一角に苗を植えた。これもポット苗が
100%発芽したので、庭に植えたあともまだ苗が残ってしまい、畑の一角にも苗を植えた。ルピナスも宿根草なので一度植えるとなかなか植え替えられないので、畑の作物の邪魔にならないような場所を選ぶのに苦労した。
二日続きの雨の後で、ダイコンやカブが見る間に大きくなってきたので、それぞれ少しずつ収穫して山ちゃん家と分けた。山ちゃん家の畑のラディッシュやベビーリーフも食べごろになっていて、それをいただいた。あと半月もすれば畑で取れる野菜が毎日の食卓をにぎわせるに違いない
2009年6月16日(火)
920分ごろ上田税務署に到着した。カーナビに従って行ったが、右折すべき所を行き過ぎてしまって大分遠回りをしたので、ちょっと時間をかけてしまった。窓口に行くと、若い職員が対応してくれてすぐに申告の手続きを始めてくれた。申告書を持参しなかった旨を言うと、備え付けのパソコンから電子申請できますよ、というのでパソコンを使って申請することにした。2台のパソコンの1台を使ってジイが自分の分を、若い職員が隣のパソコンデスクに座って、申請の仕方を脇でジイに教えてくれながら、バアの分をそれぞれ入力した。約1時間で無事申告が済み、去年3月末までの給与から引かれていた所得税も全額還付されることになった。
今日の確定申告のデータは後日東御市にも送付されるとのことだったが、帰り道になるので東御市の税務課にも行くことにした。税務署の申告が早めに終わったので、ジャスコの隣のガソリンスタンドで給油したあと、東御市役所に行く前にアウトドアショップの「バンバン」に寄り道をした。この間の釣りで仕掛けをたくさん使ってしまったのと、オモリが少なくなったので、釣り糸とオモリを買い、ミミズもついでに買ってから、東御市役所に向かった。
東御市役所では、確定申告の写しを提示すると、今月中に修正して納付書を送り直してくれるとのことだった。これで市県民税のほうも大分減額修正される。所得税の還付を合わせると、今日の午前中動いただけで
10万円近い節税となった。お昼前に家に帰ると、バアはミッチャンと佐久へ買い物に出かけて留守だった。マンションに引っ越した姪のお祝い品を買うために出かけたとのことだった。
午後から、先日収穫してジイ小屋の軒下に干したタマネギが、葉の部分が乾いて細くなってきて、結んでいた紐がゆるみ、落下した束があったので、全部はずして束にした紐を全部結び直すことにした。作業をしている間に、雷が鳴り始め雨が降りだした。午前中で掛けている間は晴れ間が広がっていたのに、天気予報どおり午後からは一転雨模様になり、一旦は通り過ぎた雷もまた鳴り出し、結局それからは夜までずっと雨となった。
2009年6月15日(月)
昨日の夕立で庭や畑の土が湿っているので、草取りがしやすい。朝の掃除を終わらせるとすぐに畑に出て草取りをした。ついでにダイコンも収穫した。一番太いのを抜いたら先が曲がって三つ又に分かれ始めていた。4月に植えたサトイモの芽がようやく3つほど出てきた。植えてから2ヶ月も経つので、地中で種芋が腐ってしまったかと半ば諦めかけていたところだったので、ちょっとホッとした。家の北側に蒔いた洋芝も少し青く目立つようになってきたので、雑草を取り除いたらほとんど芝の芽が目立たなくなってしまった。どうやら青く見えていたのは、ほとんど雑草のほうだったようだ。
午後から咲き終わったジャーマンアイリスの植え替えをするので、植え替える場所を作るようバアに指示されて、芝桜の隣のスペースの草取りをしたが、午後になっていざ植え替える頃合になった途端、また昨日同様夕立が来て、作業は中止になってしまった。
おととい東御市から市県民税の納付書が届いた。期日までに確定申告しなかったので、控除額がほとんどなしで課税されていた。バアの分まで課税されてきているので、明日、確定申告しようと準備だけはしておいた書類を持って、上田税務署へ申告をしに行き、ついでに東御市にも行ってくることにした。いつかは行かなければと思いつつ、お尻に火がつくまでほっぽってしまった。いつでもいけるという状況のほうが始末が悪いのかもしれない、少しだけ反省。
岩手の師匠からメールがあった。昨年の岩手・宮城内陸地震で亡くなったお義兄さんの
1周忌の法要を前日に済ませ、昨日は忙しい合間を縫って午後から釣りに出かけたそうだが、大物2尾にハリスを切られ、幅広の泣き尺1尾という釣果だったらしい。師匠の上手の手からも水が漏れることもあるらしい。師匠には悪いが、少しホッとする。今年のジイの目標を、「長野で尺ものを釣る」に変えようかな?
2009年6月14日(日)
ジイは生涯学習の水彩画に出かけた。10時からの開催時間だが、940分に会場に着くともう6,7人の受講生が来て準備をしていた。第1回目に続き、級長さんになった人が机や椅子を並べて段取りを済ませていた。他の人たちもイーゼルを立て、画用紙をセットしていた。ジイも急いで準備を始める。前回みんなで級長さんの用意したカメラで作品を手に集合写真を撮ったが、その写真をみんなに級長さんが配ってくれた。
2
回目の今日は、野菜を題材の静物画だった。キャベツを主役に、タマネギ、キューリ、ナス、ニンジンを描いた。1回目は何もわからず、ただ塗りたくった感じだったが、今回はそれぞれの野菜のハイライトの部分や色の薄くする部分から色を付けていき、あとから濃い部分や影になる部分を色づけして行くことなどを学んだ。だんだん描き方の原則を知って行くと逆に描きにくくなるから難しい。仕上がり具合は、ホームページにまたアップした。画像が小さい分一見まとまっているように見えるが、出来上がった作品を手に取ると、未熟さが丸見えだ。
講座の帰りは、途中から大粒の雨の土砂降りにあう。何とか家の駐車場まで帰ってきたが、車から出られずしばらく車の中で、小降りになるのを待った。雨は間もなく止んだが、そのあとは寒く感じるような冷えた空気が風になって吹いていた。野菜たちにはいいお湿りだが気温が低いのが気になるところだ。
2009年6月13日(土)
昨日はジイだけ楽しんだ罪滅ぼしを兼ね、しばらく遠出をしていないバアを誘って、新潟に出かけてきた。美味しい日本海の幸を食べに行くのが主目的だが、それだけでは少し芸がないので、いまNHKの大河ドラマ「天地人」の舞台となっている上杉謙信の居城「春日山城」にまずは行くことにした。
午前
8時に出発し、東部湯の丸インターから上信越道に乗り、北陸自動車道の上越インターまで車を走らせた。緊急経済対策のおかげ?で、どこまで走っても1,000円で満喫できるドライブ旅というわけで、料金を気にせず走れるというのは気分がいい。10時過ぎには春日山城のふもと春日山神社に到着した。
生憎時折小雨が降る天候だったが、神社からさらに標高
180メートルの本丸跡まで傘を差しながら登った。頂上の本丸まで上り詰める頃には雨もやみ、薄日も射してきた。霞の向こうにかろうじて日本海も見えた。「天地人」の主人公直江兼継の屋敷跡なども見ながら下ってきたが、城も屋敷も全て跡だけで、僅かに土塁の一部が残っているだけだった。ドラマの舞台にでもならなかったらほとんど訪れる人もないような所だった。
上越市内には数個所大河ドラマにあやかって「天地人」をテーマにした天地人博が行われているようだが、そういうものはパスして、上越観光物産センターに行った。そこもありきたりの名産品を売っている売店のほかイベント会場で某家電メーカーのエコまつりが行われていて、駐車場が満車で停められず、仕方なく近くのホームセンターの駐車場に車を停めて歩いてそこまで行く始末だった。センターに置いてあったパンフレットの中に、鮮魚店直営の食事どころのパンフレットを見つけ、そこへ行くことにした。
12時前だったが、団体客でごった返していた。お店のメニュウで一推し、二推しの食事を注文した。お刺身や煮魚、揚げ物など、更に蟹の味噌汁など魚料理アラカルトといった感じで、いろいろ楽しめた。食事を終えた後は道路を挟んで向かい側にある「魚のアメ横」と銘打った看板を掲げた鮮魚コーナーなどで、お土産を買った。生さばをその場で2枚に下ろしてくれるというので、2尾頼んだ。たらこ明太やイカの一夜干し、更にイカのくんせいなど普段では買わないようなものまで買い込んだ。
お土産も手にしたところで、一路新潟市内に向けて車を走らせた。途中鵜の浜海岸の表示のあるところで、海を見ようと国道をそれて海に向かった。どんよりとした空で海と空の境がわからないような感じだったが、海水は澄んできれいだった。海岸線には釣りを楽しむ人がたくさん出ていた。再び国道に戻ったが、ナビを見ると新潟市内到着が
4時過ぎになりそうだったので、近くの柿崎インターから北陸自動車道に乗ることにした。ナビはすぐ3時到着に変わった。
しかし、高速に入った途端眠気に襲われ、途中のパ―キングで
15分ほど眠った。そのあと、新潟港周辺はいったことがあるが、新潟駅にはいったことがなかったので新潟西インターで高速を降りて、新潟駅に向かった。途中休憩したので結局駅に着いたのは420分を過ぎていた。駅前広場にある駐車場に車を停めて駅周辺を探索した。美味しいコーヒーが飲みたい、というバアのリクエストでお店を探していると、スターバックス風のお店が見つかりそこでケーキのセットになったストレートコーヒーを飲んだ。そのあとは駅ビルの中でパンを買って新潟をあとにした。
新潟西インターから高速に乗り、北陸自動車道、上信越自動車道を乗り継いで、東部湯の丸インターまで走った。途中長野の松代のパーキングで夕食にした。夜
8時前で我々が最後のお客だった。その後から来た人たちは閉店です、といわれがっかりしていた。家に戻ったのは午後845分だった。高速料金を通常の料金で計算したら、締めて11,200円分だった。それが、3,000円で済んだのだから、丸々お土産代が出た計算になった。走行距離560キロ、今日も少し得した気分で眠りにつける。
2009年6月12日(金)
6時に起床して釣りの支度をした。昨夜急に思い立って釣りに行くことにしたので段取りができていなかったが、7時過ぎには家を出ることができた。去年の6月11日に大漁だったいつものところに行くともう先行者がいた。ナベさんが強い引きで一発で糸を切られた場所だ。昨日行くことを決めてからそこで尺ものを釣るイメージでいたのに、出鼻をくじかれた感じだった。仕方なくその上流から始めたがしばらく当りもなく、2時間ほどしてようやく立て続けに形の良いイワナが2尾釣れた。
さらに上流に向かうと、川べりで焚き火をしている農家の人に出会った。坊主だろう?といわれたので、いや
2尾ほど挙げましたよ、というと今日はあんたで3人目だよ、といわれた。最初のポイントだけではなかったらしい。結局車まで戻って更に上流に行って再度入渓、そこで2尾追加したところでまた先行者に出会う。
バアには
2時か3時には帰ると電話してあったので早めだが諦めて帰ろうと思ったが、更に上流がどういう渓相なのか調べておこうと車を走らせた。かなり登った所で入渓すると、そこはいかにも渓流釣りにふさわしい渓相だった。しかし、ほとんど当りがない。くもの巣が張っているのでそんなに釣り人が入っていないようだが、放流しているような場所ではないので、もともと数が少ないのだろう。やっと1尾挙げたところで3時になってしまったので戻ることにした。
3時半過ぎに家に戻り、魚の腹を割き、汚れた道具類を洗って干した。梅雨入りしたというのに今日はかんかん照り、5時前に洗ったものを干しても日が沈む前に靴以外はあらかた乾いてしまった。今日の釣果は、全部イワナで、大中各2尾、小1尾だったので、小をポチにあとは塩焼きにして二人で夕食のおかずにした。世間は鳩山総務大臣の更迭で持ちきりだが、ジイにとっては至福の一日だった。
2009年6月11日(木)
昨日梅雨入りした長野、昨夜から降りだした雨が朝まで残った。しかし朝食を終えて、のんびり新聞を読んでいると、いつの間にか雨もやみ、時折陽が射すいい天気になったので、外へ出て畑で草取りを始めた途端、再び雨が降りだした。やはり梅雨入りらしい天気だ。それでも昼前にはまた雨が止んで、晴れ間が見られるようになった。畑の野菜たちにはいいお湿りだったようで、みんな生き生きしている。
午後になって雨の心配もなくなったので、歩いて
30分の立科町外倉にある簡易郵便局へ行ってきた。埼玉県市町村職員年金者連盟上尾支部の年会費を現金書留で送るためだ。69日に支部の定期総会を開催する案内を貰っていたが、わざわざそれだけで上尾まで行くわけにもいかないので、総会は欠席し、会費だけ会計担当者に送ることにした。実は先週土曜日契約のため上尾に行ったとき、会計責任者が浅間台の家から近いところに住んでいる人だったので、用事を済ませてから会費を届けに行くつもりで用意しておいたのに、すっかり忘れてしまって帰りの高速道路を走っているときに思い出したが後の祭り、そのまま持ち帰ることになってしまったのだ。それにしても何十年ぶりかに現金書留を送ったが、2年分の会費2千円を送るのに封筒代20円、送料500円がかかった。随分と値段が高くなった、と感じたが銀行振り込みでも600円する時代だから仕方がないか。
郵便局の帰りは五輪久保のりんご園の中を通って戻った。もうリンゴの実がピンポン玉大になっていた。樹の周りには摘果された実がたくさん落ちていた。もったいないようだが美味しいリンゴを作るには仕方がない。それはリンゴだけに限らず野菜でも同じだ。ジイも畑で先日はカブの間引きをした。同じほど元気のいい苗のうち
1本だけ残して他の苗を間引き時には、何かうしろめたい気持ちになる。間引いたカブはバアがおひたしにしてくれたのでありがたく口にしたが・・・。
郵便局から戻ったあとポチを定期診療でゆりかご動物病院に連れて行った。今回も
4時前に到着したが先客がいて2番目になった。点滴を受けている間相変わらず鳴き通した。今回も先生は安定していると、太鼓判だった。月末の旅行のときに診療がぶつからないよう今月の診療日は19日と27日にすることにした。
2009年6月10日(水)
朝食のあと家の掃除をジイがしている間に、バアは庭に出て草取りをしたり、花苗の移植などをしていた。ジイも掃除を終えてから畑に行って、7日にポットから畑に植え替えたレタスの苗が少し元気がないので水遣りをした。ミッチャンも庭でバアと一緒に草取りなどをひとしきりしたあと、お茶タイムということで我が家のデッキでコーヒーなどを飲んだ。午前中は曇り空で、デッキにいると時折涼しい風が吹きぬけて気持ちがいい。1時間以上も休憩したので、とっくにランチタイムになっていた。
お茶をしているときの話題がもとで、午後から買い物に行くことになった。最初は佐久平のスポーツ用品店「ゼビオ」に行って、バアが欲しがっているサングラスを買うことにしたが、以前に松本の石井スポーツで見かけたお気に入りのサングラスと同種のものがなく、買うのを諦めた。その代わり山用の長袖のシャツを
2枚買うと1,000円安くなるというので、バアとジイで1枚ずつ買った。今度秋田駒ケ岳へ来ていける。山登りの格好で新幹線を乗り継ぐので、少しは小奇麗にしていかなければ・・・。
次は信濃毎日新聞の折り込み広告に入っていた佐久のミニコミ誌に掲載されていた、「注目の格安で美味しい持ち帰り寿司」というのを買いに行った。お店の場所がアバウトな地図に書いてあったので、最初は行き過ぎてしまって
Uターンしてようやく見つけることができた。「つるかめランド」というスーパーの中の鮮魚コーナーで、期待の大きさに比べがっかりするほどの品揃えだった。ジャスコなどの大手スーパーのお寿司コーナーより貧弱だった。買い物に出かけるときに、今夜はワールドカップのカタール戦も見なければならないし、ゆっくり食事のしたくもできないので、夕食はこのお店のお寿司、と出かける前から決めてしまったので後戻りはできず、我が家も山ちゃん家も同じものを買って帰った。残念ながら、お寿司もワールドカップも平凡なものに終わってしまった。
今日麻生首相が政府の温室効果ガスの削減の中期目標を
2005年度比15%削減とする発表をした。京都議定書では、1990年度を基準年度とし、2012年度までに6%削減を目標としてきた。それに対し今回は2005年度を基準年度とし、その15%削減ということで更に大きく目標を掲げたように見せかけている。なんでここにきてアメリカに歩調をあわせて急に2005年度を基準年に変更するのか、しかも日本は1990年度に比較して2005年度の段階で削減どころか約7%増加してしまっているので、実質1990年度を基準とすれば8%の削減目標にしかならない。今までの議論では90年度を基準に何パーセントの削減目標にするかを言ってきたのに、基準年を変えて目先の数字を大きく見せる子供だましのテクニックで「環境問題で世界をリードする」などと大見得を切るのはやめて欲しいものだ。本当に地球の未来を考えている言動とは思えない。
2009年6月9日(火)
一昨日タマネギを収穫したあとの庭の一角を午前中ミニ耕運機で耕した。保温、保湿用に畝の周りに敷いてあった藁を、カッターで細かく切って土に混ぜ込んだ。ちょうどタマネギを植えてあったところは、ジイ小屋を作ったときの基礎工事で出た残土が入っていて、粘性の強い土なので乾くと固い塊になって耕してもなかなかこなれてこない。刻んだ藁を漉き込むことによって、少しでも土と土の間を空気と水が通りやすくするのが目的だ。
こちらで畑仕事をするようになって分かったことだが、鍬で土を耕してみると、
1年目、2年目更に3年目と鍬を入れたときの手に伝わってくる固さが違ってくる。初めのうちはガツンという感じが、次第にサクッという感じに変わってくるのだ。最近はミニ耕運機でやるようになってそういう感触から縁遠くなったが、それでも土を見るとどのくらいこなれてきたかぐらいはわかるようになってきた。今年から始めた畑のほうは、そういう点ではまだまだ荒削りな土だ。5,6年続ければいい畑になるだろう。
庭のほうは今度のタマネギが最後で、あとはバアとミッチャンに明け渡す。これからはお花畑として二人で好きなようにやってもらうことにしている。ジイは手は貸しても、口は出さないようにするつもりだ。できるかどうか自信はないが・・・。
午後はバアとミッチャンは生涯学習の「植物観察」に出かけた。今回の観察場所は、よく出かけて行く高峰高原周辺だったそうだ。滋野公民館に午後
1時に集合して行ったらしいが、家に帰ってきたのは6時近かった。随分と歩き回って疲れた、といっていた。ジイは、久々の孤独を味わおうと、まずは昼寝を始めた途端、ポチに起こされてしまった。一人きりと思ったのはうかつだった、ポチにしっかりと存在をアピールされてしまった。
2009年6月8日(月)
昨日の夜は、前夜からのサッカー観戦のための夜更かしと、草刈りのための早起きが重なって疲れが出たのか、少し眠るつもりがそのまま朝まで寝てしまい、朝起きてからシャワーを浴びた。昨日北横岳の開山祭に行ってきた山ちゃん夫妻の招待で10時のお茶タイムは、山ちゃん家でご馳走になった。例のコケモモの大福と和田峠の湧き水黒耀水で淹れたコーヒーをいただく。
毎週月曜日はコープ長野の配達日だ。担当の配達の人は前回足を怪我して別の人が運転してきたが、今回も別の男女の人が配達に来た。我が家に来る前に途中ここから見える丘の中腹
2軒に寄ってから来るのだが、見ているとその2軒に時間がかかってここまで来るのにいつもより30分遅れになっていた。理由は聞かなかったが、わが家を出るときは、例の「ベルリンの壁」が邪魔をして駐車場から出て行くのに苦労してうまく廻りきれず、男の人に運転を代わってもらっていた。見習いなのか、怪我をした担当と替わるのかわからないが、これから毎回苦労するようなら我が家の側の垣根を1本切るようにしないといけないかもしれない。
2009年6月7日(日)
6時集合で地元の道路の草刈りを行った。山ちゃんは、草刈りデビューとなった。真新しい草刈り機を使って無難にデビューを果たしたようだ。ジイは、前日ワールドカップアジア最終予選の日本対ウズベキスタン戦を深夜まで観ていたので、寝不足で気合が入らなかった。去年より少し時間がかかって7時過ぎに終了して家に戻った。
山ちゃん夫妻はしばらくして八ヶ岳の北横岳で行われる開山祭に出かけた。毎年参加して、そのたびにそこでしか売っていないこけもも大福をお土産にいただいている。ジイとバアは朝食後一休みしてから天気がいいのでタマネギを収穫することにした。去年より球の大きさが小さいのでもう少し置いておきたいが、ほとんど葉が倒れてきてこれ以上時間をおいても大きくなりそうもないので、収穫することを決断した。いろいろ野菜作りの本には、作り方は書いてあるが収穫の頃合については意外と書いていない本が多い。午前中抜いたあとしばらく畑で寝かし、午後からジイ小屋の軒下に吊るした。球が小さめなので
3個ずつを両端に結んで木の棒にかける作業も比較的楽だったが、少し寂しい気もする。やはり大きく立派になったほうが気分がいい。ただ去年は結構大きいものが多かったがトウ立ちしているものも多かったので、食べられる量としては今年のほうが少し多めのようだ。
夕方涼しくなってからポットで育てたレタスの苗を畑に移植した。時期的に少し遅すぎるのでちゃんと育つか心配だが、秋に向けてまた種からやり直すので今回は練習のつもりでいよう。
夜は収穫した新タマネギを使ってバアがカレーを作ってくれた。余りに美味しいのでカレーを御代わりしてしまった。ダイコンも
2本抜いたのでお昼に大根おろし、夕食に今年の2本目のキューリと一緒に酢の物にして食べた。さらに新タマネギのスライスにおかかをかけて生食したりと、いよいよ自家製野菜が食卓に上り始めるようになった。
2009年6月6日(土)
今日は上尾の家の買い手が決まり、売買契約を交わすため、朝8時に家を出て上尾に向かった。土日はETCを使えば高速が1,000円で済むので、東部湯の丸インターで高速に入った。途中雨になったがスムーズに走れたので、10時過ぎには上尾市内に入り、まずは旧宅に行った。見納めになるかもしれないので、家の中を見回った。20年の歴史を刻んだ家かと思うと少し感傷的な気分になった。今までの半生を過ごした上尾の最後の拠点もこれで無くなる。あとに残るのは思い出だけだ。
11時の約束だったので上尾駅東口にある東急リバブルの会社に行った。15分前に着いたが、間もなく買主も現れた。2歳になる子供が一人いる若い夫婦だった。重要事項説明など2時間近く説明があった後に契約書に署名捺印、手付金の支払いなど全ての手続きが終わったのは145分だった。最終的な引渡しの期限は8月下旬ということになった。それまでに融資が決まればもう少し早くなるかもしれない。買主は今の建物をリフォームして使うのか、解体して新築するのか決まってはいないようだ。
契約の手続きが済んだあと旧宅に戻り、友人に橋渡しをしてもらった測量会社と現地で打ち合わせをした。当初東急リバブルとの契約を済ませ、昼食を摂った後の時間で
2時にしてもらったが、昼食どころか2時に旧宅に戻れそうもなくなったので、215分に変更してもらう電話をした。変更した時間に測量会社の人が見えた。会社の社長の息子さんだった。来週月曜日には見積りを出して連絡をくれることになった。
測量の打ち合わせも終わって昼食にありつけた頃には時間は
3時近くになっていた。帰りには久し振りに井戸木のマルエツで夕食の惣菜などを買ってから帰路についた。帰りの高速ではどっと疲れが出てしまい、眠くなってしまったので、上里サービスエリアに入って10分ほど仮眠した。そのあとサービスエリア内のスターバックスでカプチーノを購入し、車中ちびりちびり飲みながら帰った。帰りも東部湯の丸インターまで高速を使ったので、家には6時前に帰りつくことができた。やはり下仁田で高速をおりて一般道で内山峠を越えてくるコースを走るよりは、30分は短縮できるし、運転も楽だった。緊急経済対策の恩恵を受けた形だが、2年とは言わずさらに拡大し、いつでもどの車でも無料にするほうが経済効果は比較にならないほど大きくなると思うのだが・・・。いずれにして今日という日は一つの時代の幕引きの日になった感じだ。
2009年6月5日(金)
朝起きたときは曇りだったので、昨日のように後から晴れることを期待したが、今日は間もなく雨になってほとんど一日中降り続けた。こんな日は庭や畑に出ることもできない。天気が良ければやろうと思っていたタマネギの収穫も延期した。バアは数日前から読書に没頭し、11冊以上のペースで本を読んでいるが、ジイは本を読み始めても10ページも読み進めると眠くなって続かない。仕方がないので、釣りの仕掛け作りなどをして時間をつぶした。先月2週続けて釣りに行ったので仕掛けが少なくなってきた。仕掛けを作りながらまた来週あたり新しい釣り場を開拓してみようかと考えている。去年は6月中旬にいい釣りをしたので、今年も柳の下のドジョウならぬヤマメ狙いといきたいところだ。
昨日から
DNA鑑定で犯人とされた足利事件の被告が、再鑑定で無実と証明され、再審裁判の結果を待たずに釈放されたニュースでもちきりだ。実に17年余の間、無実にもかかわらず無期懲役で服役されていた。これほどの長期間、自白を強要され挙句の果てに最高裁まで無実を訴えても聞き入れられず、自由を奪われ続けた人の心情はいかばかりなのだろうか。
かつて学生時代僅か
10日間だったが拘束され、外部との音信もまったく取れない経験をしたが、その間の自由を奪われた体験は忘れられないものだ。それに比べれば気の遠くなるような長期にわたって身に覚えのない罪で、自分が服役させられると思ったら、ジイなどとてもとても肉体的にも精神的にも耐えられなかったに違いない。
それにしても
DNA鑑定という、一見科学的根拠のある証拠、という先入観で最高裁までもが誤った判断をし続けたことの重大性は、あまりにも大きい。自白の矛盾や他の証拠の乏しさにもかかわらずDNA鑑定、それも技術的には未成熟であったにもかかわらず、それを決め手としてしまったことは、これから始まる裁判員制度にも暗い影を投げかけている。職業としてのプロの司法の当事者達でさえ、科学的?証拠に惑わされて誤審してしまうのに、素人の裁判員が先入観なしに適正な判断がいつでもできるとはいえない。足利事件の被告とされた人が、周辺で起きたほかの事件の犯人にまでされていたら、死刑判決が出ていてもおかしくなかったことを考えるとぞっとする。とかく素人のわれわれは被告の風貌や態度など、自分の経験値から被告の「人」を裁いてしまう。本来は被告の犯した「罪」を裁くのであって、それは一定の訓練を受けた専門性を持った司法の人間が証拠を重ねて客観的に吟味した上で結論を出す性質のものだと思う。それでも今回のような間違いを犯すのだから、裁判員制度はさらに恐ろしい。私は裁判員に指名されても断固拒否する。
2009年6月4日(木)
今日は一日曇りの予報だったが、日中は青空も出るような天気になった。雨も降るかもしれないと思って昨日から水をやっていなかった野菜にあわてて水を撒いた。夏野菜のキューリやトマト、ナスに今日初めて天恵緑汁に木酢油を加えた水溶液を与えた。天恵緑汁というのは、ヨモギの新芽を摘んで樽に黒砂糖の粉を混ぜながら積め、1週間ほど重しを乗せて絞った液だ。ヨモギから出る樹液を黒砂糖で自然発酵したもので、効能は「EMぼかし」と同じようなものだ。インターネットで調べて試しに作ったので、それに木酢油も一緒に水で薄めて野菜に噴霧した。使っている人が書いたホームページでは、肥料にもなるし病害虫にも強くなる効能があるということなので、どんなものになるか?キューリは間もなく収穫できそうな2本がぶら下がっているので、楽しみだ。野菜はこれをかけると甘味が増すとも書いてあった。
庭や畑の草が伸びてきたので、刈払い機で草刈りをした。ついでに我が家の入口の芝も刈払い機で刈った。芝刈り機もあるが出すのは面倒なので刈払い機で刈ってしまった。もう何年も刈払い機を使ってきたので、芝も少々荒削りにはなるが刈払い機で刈ったあとはそれなりにさっぱりした感じになる。
午後奥の田んぼの様子を見に来た
Yさんが、車を停めて声をかけてきた。以前ジイがやっている畑の田んぼ側に近いところに車を停めるようにしていいか、と聞かれそこは畑にする気がなかった所だったので二つ返事で了承した。ところが田んぼのほか畑のほうも借りてトマトを作る予定が、事情が変わったらしい。ジイが開墾した畑をちゃんとやっているのを見て、もっと広げて車を停めようとした所も畑にしたらどうか、と言ってきた。秋になったらトラクターで掘り返してくれるとの申し出だった。今の広さが身の丈に合っているし、これ以上畑を広げると遊びにも出かけられなくなるから、と丁重に断った。
友人の深谷のマイスターに橋渡しを頼んであった測量会社から連絡があって土曜日午後2時に現地で落ち合うことになった。見積書をみてかなり頑張っている数字だと思います、との同業者としての意見だった。いずれにして土曜日も詳しい話を聞くことにした。
夕食をとっていると玄関のチャイムが鳴ったので、玄関を開けると南側の一人暮らしのアイばあさんだった。お菓子の袋を持って立っていた。どうやら先日アイばあさんの家に通じる道路の草を刈払い機で刈った御礼に来たらしい。アイばあさんとは山ちゃん家の建設に絡んで、我が家が池から滲み出る水をアイばあさんの畑に落としていたことについても苦情を言われて以来、アイばあさんのほうから何かこちらを避けているような様子だった。こちらは、山ちゃん家の工事にあわせて、水の落とし口をアイばあさんの家に影響のないほうへ地下に配管してもらって、苦情の件は解決済みという認識でいたが、苦情を言った本人はまだ気に病んでいたのか、少し緊張気味に話をしにきていた。いずれにしてもこちらはあえて「ベルリンの壁」を立てるような気はさらさらない。普通に近所の付き合いをするつもりだ。
2009年6月3日(水)
今日は一日曇りで気温も上がらず涼しかった。タマネギの葉がだいぶ倒れてきた。まだ去年に比べると球が小さいし、収穫するには1週間ほど早い気がしたが、試しに数本抜いた。夕食にスライスにして食べてみたが、去年ほど辛味を感じなかった。去年は大きな球になったが、赤タマネギなどは辛味が少なく生食に合うはずがやたらと辛くて困った。また、相当数がトウ立ちしてしまったので、今年はそろそろ頃合を見計らって収穫したほうがよさそうだ。カボチャとスイカを苗床で育てていたが、葉が縮れてきて病気のようなので、うどん粉病などに効く薬を与え、苗床から畑に移植した。土が変わって元気が良くなればいいのだが・・・。
東急リバブルから測量会社が提出した見積書が郵送されてきた。見積書の金額が
2件分で9万円近く減額になっていた。ちょっと高すぎるのではないかと、電話で話したら、これだけ下がるということは、もう1社友人に頼んである測量会社からどんな見積りが出るか楽しみだ。それにしてもちょっと面倒だから言い値でいいかな、と一瞬頭をよぎったが、バアの高過ぎるんじゃないの?という一声で、思い直して電話をしてよかった。山ちゃん家にも影響のあることだから。
2009年6月2日(火)
天気予報では今日一日晴れで明日以降は天気が崩れるということだったので、山登りをすることにした。今月末に秋田駒ケ岳へ行くので少し体力をつける必要がある。山ちゃん夫妻も朝からどこの山か聞かなかったが山登りに出かけた。我々は手ごろな所で烏帽子岳に行くことにした。
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20分に家を出て、最初に旧北御牧村唯一のコンビニに寄ったがお弁当にするおにぎりが一つもなく、何も買えずにその先のツルヤで買うことにした。駐車場で9時半の開店を待って開店と同時に入店し、お弁当を買い込んだ。おにぎりなどコンビニで売っている値段の半額だった。少し得した気分になった。
登山口のある地蔵峠まで行って、登山靴に履き替えて登り始めたのが
105分だった。山はまだ登山者を呼び込むレンゲツツジなどが固い蕾のせいか、人も少なかった。それでも足元にはイワカガミやショウジョウバカマ、目先には白い花のオオカメノキ、トウゴクミツバツツジなどが咲いていた。2時間あまりで烏帽子岳の頂上までたどり着いた。頂上からは少し霞んでいたが北アルプスも見ることができた。浅間山の噴煙も間近に見えた。ツルヤで買った昼食を食べ烏帽子岳をあとにした。
湯の丸山と地蔵峠への分岐点までおりてきた所でバアと別れ、ジイは湯の丸山を目指した。昔に比べてどのくらい体力が落ちているのか試すつもりで登ったが、意外と調子よく
30分そこそこで登ることができた。その勢いで北峰までさらに休憩ナシで行ってきた。昔より抱えている贅肉の量が減っている分、足への負担が軽かった?のかもしれない。3時を目安に地蔵峠まで下山したが、足取り軽く245分にはバアの待つ駐車場に着いた。6月末までにあと1,2回山登りをして本番に備えることにしよう。家には4時前に戻り、シャワーを浴びて1時間ほどベッドで眠ったおかげで疲れもとれた。
2009年6月1日(月)
月の第一月曜日は新聞雑誌などの資源物の日なので、寝坊をしないように7時に目覚ましをセットしておいたが5時半には目が覚めてしまった。もう一度寝なおそうと思ったが、どうしても眠れず6時半に起き、着替えて車で八重原公民館まで新聞を出しに行ってきた。昨日のうちに山ちゃん家にも声をかけて、車で行くので玄関に出しておけばついでに持って行くようにしてあったので、山ちゃん家の分も含めて、公民館に持っていった。この次の金属・陶器のときは山ちゃん家に頼むことになっている。
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日間の雨で野菜もみな元気になっている。キューリは第1号となる1本を収穫し、山ちゃん家と半分ずつ分けた。マメを2種類植えているが、えんどう豆のほうも大分葉が増えて間もなくツルが出そうになってきたので、竹で支柱を立てた。これで2種類のマメの支柱を全部立てたので、畑の中でマメの支柱が、トマトのミニビニールハウスとともに存在感を示すようになった。
カブも大きくなってきたので
10センチ間隔に1本になるよう間引きした。種蒔きのときに袋から大量にこぼしてしまった種を、捨てることも袋に戻すこともできないので、拾って畝も作っていないところにスジ状に蒔きなおしたほうが、先に発芽し育ったものだ。畝にしたところにちゃんと蒔いたほうはまだ間引きするほど育っていない。こちらのいい加減に蒔いたほうが育ちがいいというのは皮肉だ。種の数がいっぱいあったのか間引くほうが残すほうより多かったので、バアがもったいないときれいに洗っておひたしにし、夕食のおかずになった。
家の北側の道路の手前にひと月前に蒔いた西洋芝も、ようやく
1センチほどの長さに芽が出てきた。まだジイの顔の不精ひげといった感じで、よく見るとうっすら地面を青くしている程度だが、これから陽射しが強くなってくれば一面青々と覆うように伸びてくることを期待している。
午後はその芝の種を蒔いた周りのコナラの林の草取りをした。家を建てたときの外構工事で植栽した当時のコナラはみな
1メートル以下の丈しかなかったが、そのうちの数本は3メートル近くまで伸びてきている。このままにしていると2階まで届くようになってしまうので、そのうち頭を詰める必要があるかもしれない。
ポチを診療に連れて行く時間になったので、草取りを中断してゆりかご動物病院に行った。午後の診療の始まる
4時より5分前に到着したが、先客があったため4時半まで待たされた。待っている間に犬の患者さんが3組もあった。先客もワンちゃんだった。獣医の先生の話では、この時期はフィラリアの予防接種の時期なのでワンちゃんの患者が多いそうだ。大体午後の診察の一番になるよう行っているので待たされることがあまりない。めずらしく待たされたポチは、初めは落ち着いていたがじきに飽きてしまったのか、じれて少し暴れた。それだけ元気ということか?今月末の旅行で2日間留守にしても大丈夫か聞いたところ、今のポチの状態ならトイレと食事の用意をしておけば心配ない、と先生からお墨付きをもらった。

過去の日記07年11月〜09年05月

思いつくままに(ジイの記録)