2009年7月31日(金)
午前中は曇りがちで気温も上がらず、涼しい風が吹いているので、久し振りに明神館までウォーキングした。歩き始めると間もなく、雲の合間から太陽が顔を出し暑くなった。小1時間かけて歩いたあと、明神池の松林の木陰で休むんでいると、気持ちよい風が吹きぬけた。久し振りに歩いてエネルギーを使ったせいか、わなわなと震えるほど「シャリ切れ」状態になり、あわててリュックに入れてきたお煎餅とカリントウを口に放り込み、冷たいお茶とコーヒーで胃袋に流し込んでやっと落ち着いた。暑い季節のウォーキングは、もう若くないのだから、気を付けなければいけない。
帰りは、春の頃はまだ建設中だった変わったデザインの家が完成したようなので、その家の前を通って帰った。カーテンなどが付けられているので、住み始めているようだが人の気配は感じられなかった。
家に戻った後、ウォーキングの間気になった林や森の樹の描き方を練習するため水彩画の道具を出して、少し練習した。濃い色や薄い色をどうやって筆で塗れば、こんもりとした樹のふくらみが出せるか、いろいろやってみるが思ったようには描けなかった。反復して練習するしかないのだろう。
空が曇ってきて雷も鳴り出したので、急いで収穫を伸ばしていたジャガイモを掘った。雨が続いて掘るタイミングを失っていたのだが、昨日から晴れ間が続いたので、今日を逃すとまたいつ掘れるかわからないので、あわてて掘ってみた。やはりいくつか虫にやられたり、傷んだりしていた。葉が枯れ始めたらもうそのあとは実が大きくならないことも分かった。掘らずに保存することもダメなことも分かった。来年からは掘るときは全部掘ることにしよう。掘り終わって間もなく、雨が降ってきた。今夜は長野県全域に大雨洪水注意報が出ている。
昨日ハノイに行っていた友人から久し振りにメールが届いた。今一時帰国で大阪に戻っているとのこと。何か事情が変わって
9月でハノイを引き払うことになったようだ。1月早々求められて行った新天地だったはずだが、1年先も読めない今の時代状況では、仕方がないとしか言いようがない。まだまだ我々にはどこででも、やりたいこと、やれることがたくさんある。
2009年7月30日(木)
久し振りに朝から夜まで晴れ間が広がった。外にいると“夏だぁー”と思わせる暑さだった。午前中5%引きの特売日に合わせてジャスコへ買い物に出た。食料品のほかに、お出かけ用にサンダルスタイルの革靴を買った。夏の一時しか履けない靴だが、こんな靴を履いて車でちょっと遠出でもしてみようか、と思えるような靴だ。
買い物をしている間にお昼の時刻になってしまったので、ジャスコの近くのモスバーガーで、ハンバーガーを食べた。最近は、バーガーショップに行こうなどとジイもバアも言い出さなかったので、バーの「行ってみようか」という誘いに二つ返事で応じた。
1個では足りないと思って2個も頼んだら食べきれず、バアに助けてもらった。それにしても食べにくい食べ物だ。口の周りがベタベタになり、一つ食べ終わるのにナフキンを何枚も使って口をぬぐわなければならない。食べ終わった後にはごみの山になっていた。あまり環境に良くない食べ物だ。そんなことを考えながら食べたせいかあとで胸が焼けた。
買い物から戻って、一昨日の草刈の続きをした。おととい刈払い機を使ったとき、混合ガソリンのなくなり方が少し早いな、と思ったが、今日使い始めたら混合ガソリンがポタポタと漏れているのが分かった。オイルの蓋がひび割れてそこから漏れていた。瞬間接着剤で割れ目をふさいで修理した。何とかまた使えるようになった。
草刈りをしていると山ちゃん家のほうからイカを煮るいい臭いがしてきた。夕食には山ちゃん家から、そのイカの臭いの素だったイカ飯とズッキーニのツナソース焼き、さらにジャガイモとダイコンの煮物が届いた。一昨日の料理教室で教わった料理を山ちゃんが家で早速復習した。なかなかの出来だ。バアの目が、負けずにジイも頑張んなさい、と言っている。
2009年7月29日(水)
今日も朝起きたときは雨だったが、間もなく雨もあがった。午前中バアは望月警察署に免許の書き換えの手続きに行ってきた。今度の免許証からICチップが埋め込まれたものになるそうだ。こんなものまでに個人のデータが蓄積されるのはいかがなものか。本人の便宜のためというより、警察の取締りのためのものとしか思えない。
雨上がりで絶好の条件になっているかもしれない、と急遽早めに昼食を済ませ、武石川に釣りに行くことにした。先日松本の帰りに下見をした場所に行った。水量がかなり増えていたが、濁りはほとんどなく、勇んで川に降りたが橋の上から見えたポイント以外は、ほとんどポイントがなかった。おまけに石が多くてすぐ根掛かりしてしまう。ボサが多く渡渉しながら釣り上るには流れが速くて難しい。足をとられて流されたりしたら笑いものになると思うので、思い切った渡渉もできず、藪こきをしながら歩くのは精神的に疲れてしまう。釣果があればそれも許せるが、釣れるのはリリースサイズのヤマメとウグイだけで、結局
3時間の悪戦苦闘の末釣果は小ヤマメ2尾だった。
時間は午後
4時になっていたが、このままでは諦めきれずホームグランドに戻って、先日先行者がいて竿を出せなかったポイントへ行った。そこで小型ながら5尾ゲット、6時になって帰る途中、もう1ヶ所どうしても竿を出したいポイントに寄って釣りだすと、そこでたちまち4尾をゲットした。ゆうまづめの時間が良かったのか?何とか二桁に達したので納竿し帰宅した。家に付いたのは75分、玄関の前でバアとミッチャンが、雲の合間から金色に輝く夕焼けを眺めていた。
2009年7月28日(火)
朝はもう少し寝ていたかったが、1週間ぶりのごみ出しがあるので、いつものように7時に起きた。今日は午前中北御牧公民館で「味な男の料理教室」があったので、そのまま起きた。料理教室は今回で3回目になるが、8人の受講生は今回も全員出席した。79歳の最高齢のAさんが定刻1分前に到着した。Aさんは最高齢だが気は若い。結構天然ボケでみんなを笑わせてくれる。こういう人が一人いるだけでみんなの顔が緩んで、調理中は和気藹々(あいあい)だ。
今日のメインはイカ飯だった。約
1時間弱火で煮込むものだったが、出来上がりは上出来だった。調理を終えて自分達で作った料理を一つのテーブルを囲んで食べるのだが、家でこんな手の込んだものを作ったら、今後食事を作るのを替わってくれと言われてしまう、と強気な発言もあった。
お昼を食べ、片付けをして家に戻ると、バアとミッチャンは入れ替わるように、「植物観察」の講座に出かけたあとだった。昨日の天気予報では、午後から雨だったので、朝のうち行くかどうか迷っていたが、雨が降り出さなかったのででかけたようだ。午後
1時ごろから小雨が降ってきたので、外での観察はやめて、座学に変更したのだろうと思っていたら、二人が戻ってきて聞くと、角間温泉の近くまで行って植物観察をしてきたとのことだった。ほとんど雨には降られなかったらしい。戻って来て家の駐車場が濡れているのをみて、こっちは降ったのかと驚いていた。
たいした雨ではなく止んだので、刈払い機で家の周りの草刈りをした。雨がよく降るので雑草の伸びも早い。昨日は手で草取りをしたが、草の多いところはやはり刈払い機で刈ったほうが早い。半分ほどやった所でまた雨が降ってきて終わりにした。
昨日民主党がマニフェストを出した。早速民主党のホームページからダウンロードして印刷した。来週中には各党のマニフェストも出揃うだろう。じっくり目を通したい。
2009年7月27日(月)
朝目を覚ますと雨が降っていた。梅雨明けしてからのほうが雨の天気が多い。寝室の窓のカーテンを開けて陽が射していないと、サッと起きる気がせず、しばらくベッドでぐずぐずすることになる。バアの誕生日であるし、晴れていればどこか出かけようか、ということになるのだが、雨だと外に出る気にもならず、何をするのでもなく午前中を過ごしてしまった。月曜日なので、コープの宅配が来るのを待っているほかなかった。
午後になってポチを動物病院に連れて行く頃になって雨も止んだ。出かける前にいつもポチが車の中で動き回らないよう洗濯用のネットに入れて行くのだが、最近はそれに入れられると病院に行くことがわかるのか、ネットをみて急いで自分のベッドの中に入り込んで、声をかけても出てこない。無理矢理引きずり出してネットに入れたせいか、車に乗ってからしばらくご機嫌斜めでニャオニャオと鳴いていた。病院では覚悟を決めたのか、比較的おとなしく点滴を受けていた。先生に今回も毛艶、皮膚の張りなどを診て、太鼓判を押された。診療も
10日ペースでよさそうだ。
今回も
4時から始まる午後の診療の一番だったので5時過ぎには家に帰れた。家に着いた頃にはすっかり青空になっていたので、日没までの間畑の草取りをした。1週間近く草取りをしなかったら、もう草ぼうぼうだった。畑のトウモロコシが2,3本倒されて、美味しい所をかじられているのが見つかった。今年のトウモロコシは虫食いも多いが、動物も食べにきているようだ。近所の畑のトウモロコシを見ると、周りを1メートルほどの高さのネットで囲っているので、狸かハクビシンでも来るのか、まさか猿ではないだろうが?まだこの辺で鹿や猿には出会ったことはない。
2009年7月26日(日)
我が家に庭のヒマワリも背が伸びて満開になったが、専業農家がセンブリを作っている西側の畑は、土壌改良のために植えているヒマワリの花が一面に咲いていて、黄色い帯のようになっている。その先には棚田が段々になっていて、稲の緑色の鮮やかさとヒマワリの黄色が対称になった夏らしい風景が広がっている。こんな景色を眺めているうちに習いたての水彩画でこれを描いてみようと午前中から挑戦した。昼食を挟んで午後から色付けをしたが、完成はしたもののイメージしていた仕上がりとは程遠い結果になってしまった。まだまだ修行が足りない、と道具を出したついでに「水彩で描く」の習作で練習をした。構図やデザインもうまくいかないが、水彩の絵の具を使って色を作るのも難しい。絵の具の色と名前を覚えないと、何と何を混ぜればどんな色になるかもわかってこない。やればやるほど奥が深そうだ。
今年最初のトウモロコシを収穫した。よく見ると虫に食われているのが数本あった。何本か収穫したので、ナスやピーマン、ズッキーニなど畑で取れた野菜でバーベキューをやろうということになり、山ちゃん夫妻と夕方から準備して我が家のデッキでバーベキュー大会となった。火起こしは、岩手の師匠から、「着火剤としておがくずに灯油を沁みわたらせて燃やすと、炭を簡単に起こすことができる」、と教わっていたので早速試してみた。おがくずは木工をやっているのでお手の物、灯油で勢いよく火が廻り、すぐに炭にも火がついた。明日のバアの誕生日のお祝いもかねてビールで乾杯し、途中ワインも開けられて、取れたての野菜を炭火で焼きながら食べる、という贅沢な?ひと時を過ごした。
2009年7月25日(土)
1週間延期になった「里山を歩く」講座に参加、今回は武石峠から美ヶ原王が頭を歩くコースだった。今回の参加者は先生も入れて11人だった。出発時点での天気は薄曇だったが、武石峠から大きな駐車場のある自然観察センターに着く頃には、濃い霧に包まれてしまった。少し雨も混ざる状況なので、しばらく自然観察センターで美ヶ原の四季を記録したビデオを鑑賞した。時折建物の窓を叩く強い雨の音も聞こえてきて、これでは北海道トムラウシの二の舞?になってもいけないので、無理をせず引き返すつもりで、ビデオを見ていた。上映時間が30分以上あったので、終わったあと外に出ると、雨はやみ霧も切れ始めていた。
観察センターの隣の休憩ラウンジで早めの昼食を取りながら、天気の様子を見ていると、霧が晴れて上田の市街地が見えるほどになったので、王が頭目指して登ることになった。王が頭に近づくとまた濃い霧に包まれるようになり、強い風に吹かれたが雨にはならず、その霧もしばらくするとまた晴れて陽射しがでてきた。予定の王が鼻には行けなかったが、ほぼ予定したコースを植物観察しながら歩くことができた。ほとんど体力を消耗しない山歩きだった割りに、食料や水分をたっぷり摂ったせいか、入浴時の体重測定では、体重が減るどころか、
1キロ近く増えていた。
2009年7月24日(金)
午後から雨という昨夜の天気予報が、朝目が覚めるともう雨が降っていたので、もうひと眠りした。いつもより1時間遅く起きて朝食を食べているうちに雨が止み、陽が射してきた。午前中は、旅の疲れが出たのか何もする気力が起きてこず、ダラダラと家の中で過ごした。
お昼前になって、やっと元気が出てきたので、水彩画用にありあわせのベニヤ板で画板を作った。水彩画教室で購入した画板はF
10の画用紙より一回り大きく、東急ハンズで買ってきた大きなカバンに入るが、いっぱいいっぱいなので、F10の画用紙と同じサイズの画板を手作りすることにした。手作りといっても、ベニヤ板を切って紙やすりでバリを取っただけのことだが・・・。これで買ってきたカバンにもすっぽり納まるのでホッとする。
午後ホンダから電話があって、修理に出していたオデッセイが仕上がったという連絡があった。明日
1週間延期になっていた「里山を歩く」講座があり、4人一組みでオデッセイに乗って目的地(今回は美ヶ原)まで行き予定になっていたので、早速ホンダまで車を取りに行った。見積りのとおり385,000円掛かった。ちょっとした不注意が大きな出費になってしまった。反省。左側ドア2枚を取替え、塗装も新しくなったが、さすがはプロの仕事だ、まったく修理したという痕跡がわからない直し方になっていた。ホンダからの帰り道は、途中ケーズ電器に寄り道はしたが、ずっといつもよりは慎重に運転して帰った。
2009年7月23日(木)
東京行きの疲れがまだ残っているが用事もあって朝から松本まで出かけてきた。今日は昨日までと違って、朝から青空が雲の間から覗いていた。松本へ行くときはいつもオデッセイで行っていたが、今回は軽自動車で行った。松本へ抜ける峠の坂道はやはり軽では苦しい。追い越し車線のある坂道で左によけて走ったが、追い越し車線のなくなるところで、後からあおってきた車とぶつかりそうになり、追い越せなかった腹いせに無理やり追い越し禁止の所を追い越してきて、急に目の前で停車する嫌がらせを受けてしまった。若いときなら飛び降りていってけんかになるところだったが、最近は温厚になった?か知らん顔をして走り去るのを待った。結局その車とは松本市内に入るまでずっと前後一緒で走っていた。前の車を追い越そうと何度も試みていたが、追い越せなかった。最後に交差点ですれ違うときにチラッと横顔を見たら、いかにも免許取立てのような若いアンチャンだった。人に迷惑をかけるような事故だけは起こさないよう祈るばかりだ。運転技術の未熟さについて人のことをとやかく言える立場ではないが・・・。
用事を済ませたあと、松本市内のアルプス公園に行って、公園内を散策したあと、途中ジャスコで買ったお弁当を木陰で食べた。日当たりの所を歩くと暑いが、木陰で休んでいると気持ちのいい風が通り過ぎて行く。昼寝をしたい気分になった。やはり大都会の喧騒より、緑の中の静かなところのほうが性に合っている。帰りは、車パワーがないのにわざわざ坂のきつい武石峠にまわって帰った。トラックや乗用車の多い有料の三才山トンネルを通るよりも、ほとんど車とすれ違うこともない山道を走りたくなったからだ。武石峠から降りてくる途中、道路に沿って流れている武石川の川の様子を見に何度か寄り道をしながら帰った。武石川ではまだ釣ったことはないが、水量もある清水もきれいだった。河床に玉石が多いのが目に付いたが、一度釣りに来てみることにした。夕方夏野菜を収穫した。
3日間でナスや豆類も大きくなっていた。トマトも食べごろに赤くなってきた。
2009年7月22日(水)
東京でも部分日蝕が見られるという2,3日前の天気予報に期待していたが、昨日からの雨が朝のうち続いていた。ホテルを8時半にチェックアウトした。朝食も付いてない素泊まりだったが、格安の料金にしては部屋の大きさも備え付けのリネン類も一通り揃っていて不自由しなかった。また今度泊りで東京に来ることがあればまた利用してもいい、と思った。
サンシャインビルの中にあるレストランで朝食を済ませた後、地下鉄丸の内線、東西線を乗り継いで竹橋まで行き、東京国立近代美術館に行った。
10時を少し回ったところで、もう開館していた。インターネットで事前に割引券を印刷して持って行ったので、1,500円の入場券が100円引きとなり、隣の窓口で定価で購入している人を横目に少し得した気分になった。
50点余のゴーギャンの作品を見て行く。印象派の影響の色濃い初期の作品からタヒチ時代に至る作品まで、ほぼ描かれた年代順に展示されていたので、その変化が少し分かった。最後の展示室に展示されていた代表作「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」人間の永遠のテーマを、我々に問いかけてくる作品だ。水彩画教室に通い出したおかげで、作品の構図や筆の使い方、色調など、今までは美術館で作品を見ながら、直感的に伝わってくる作者の思いや息遣いを感じ取ろうとする観かたから、画家の固有の技法に目が行くようになったのは、果たしていいことなのかどうか?
1
時間ほどで一通りゴーギャンを見終わってから、さらに常設展の会場に行った。何点かジイでも知っている高名な画家の作品を見て廻った。お昼にはまだ時間があったので、バアが館内で休んでいる間にもう一つの工芸館に行った。隣接している建物かと思ったらそれは国立公文書館で、工芸館はさらに大きな通りを越えて北の丸公園の中にあった。バアには30分で行ってくるといって出かけたが片道10分近くかかってしまい、大急ぎで走るように見て廻って、バアのいる美術館に戻った。
美術館の前は皇居のお堀が巡っていたので、このお堀沿いを歩いていけば、日比谷公園から東京駅方面に行けるだろうと、二人で歩いた。この頃には雨もあがり、お堀の周りの歩道ではたくさんの人が昼休みのジョギングで汗を流していた。乾門から千鳥が淵公園に沿って歩いているうちに国会議事堂の屋根が見え隠れするようになったので、三宅坂のところで内堀通りをはずれ、国会議事堂に方向転換した。参議院側から正門、衆議院の門へと歩いた。さすがに昨日で解散となって議事堂周辺は閑散としていた。ここで歩くのも疲れてきたので、国会議事堂前の地下鉄入口があったので、そこで地下鉄丸の内線に乗り新宿に行った。午後
1時になっていたので、東京メトロ食堂街の一角で昼食にした。
昼食後は、サブナード、ルミネなどを歩いたが買いたいものが見つからず、結局伊勢丹まで行って買い物をした。午後
645分発のバスに乗る時間まで、東京モード学園の建物の中にある喫茶店や新宿センタービル周辺で時間をつぶした後、発車20分前にバス停に行くともうバスが来ていたので乗り込んで発車を待った。定刻どおりバスが出たが、往きと同様20人以上が乗っていた。やはり若い人の割合が多かった。10時前に東御市役所前に到着し、家には1015分に戻ってこられた。2日間の東京は、それなりに楽しかったし、いい経験もしたが、喧騒と人ごみの多さには疲れてしまった。体力があるうちしか行けないので、また次は10月ごろ行ってみようか。総選挙が終わって何か変わっているかな?
2009年7月21日(火)
647分家を出発し東御市役所の駐車場へ行って車を置き、近くの国道沿いのバス停に行った。他に1組の夫婦がバスを待っていた。新宿行きのバスは720分の定刻前に来た。乗り込むとバスには既に20人近く乗っていた。座席指定になっているのに、指定された席には若い外国人女性が座っていて眠っていた。仕方なく、起こして移動してもらった。バスは佐久インター前の釜飯弁当で有名なおぎの屋を経由して、そこでさらに数人のお客を乗せてから、高速に入った。練馬インターまで高速道路は順調に走ったが、インターを降りて一般道に入ってから渋滞に巻き込まれ、新宿駅に着いたのは予定時間を15分遅れて11時を過ぎていた。
3時間半以上のバス旅で時間はかかっただが、結構旅行気分が味わえて、急ぐ旅でもないので、それなりに楽しめた。新宿駅近くの新宿センタービルのバス停にはすでに、長女のフーサンが待ち受けてくれていた。都内は小雨が降る生憎の天気だったが、フーサンがジイの日記を読んでいて、書いてあった今回の東京で行きたい所を、事前にチェックしてくれていたようだ。早速築地市場に案内してくれた。
新宿から地下鉄都営大江戸線で乗り換えナシで行けた。フーサンなしではどうやって行けばいいか、最初から躓いてしまっただろう。築地の場内の寿司屋さんで、奮発して特上の握りを注文した。海なし県の長野にいてはめったに口にすることもないだろう。食事後は、築地の場内、場外のお店を「ひやかし」して歩いた。今回の都議選の争点の一つでもあった移転先の土壌汚染問題もさることながら、場内、場外で働く人や店を営む人たちの生活がどうなるのか、他人事ながら気にかかる。
次に行ったのは、新宿から新橋に移転したカタログハウスの店舗だ。今までとは違って店舗面積も広く、駅からも近い目立つ場所に移ったが、家賃は高くなっただろうな、と余計な心配をするほどだ。フーサンがここでバアにリップクリームを買ってやって、誕生日プレゼントにしていた。
カタログハウスを見たあとは、山手線に乗って池袋に行った。ここまで都営地下鉄も、JRも、SUICA(スイカ)を使った。残額が
1,000円以上残っていて、もう使うこともないと思っていたのに、思わぬところで無駄にせずに済んだ。
池袋では、フーサンの案内で「椿屋珈琲店」に入った。ジイは
1880円のブレンドコーヒーを、バアとフーサン1980円のアイスコーヒーを飲んだ。アイスコーヒーに使われている氷は、コーヒーを凍らせたものだった。これなら氷が解けても味は薄くならない。それだけの値段ということか。でも、1,000円近いコーヒーでもお客さんが入る喫茶店が生き残れるのは、首都だからこそと思う。
喫茶店で一休みしたあとデパートめぐりをし、さらに東急ハンズで、ジイの水彩画の道具を入れる大きなバッグを買った。画板やスケッチブック、イーゼルなどまとめて全部入れられる大きな袋だ。おかげで東京を移動中ずっとこの大きなかばんの入った袋を持って歩く羽目になってしまったが・・・。
夜はフーサンの行きつけの南池袋にあるイタリアンレストラン「グリップ」で店長お薦めの開店
4周年記念「アニバーサリーコース」のフルコースを注文、ハウスワインやカクテル、生ビールで乾杯したあと、岩手産清流地鶏のササミとアボガドのマリネや冷製ポタージュ、オーガニック野菜のサラダ、パスタは地鶏レバーの入ったもので、ジイには食べられないので、別に豚のひき肉に替えてもらって食べた。メインディッシュは宮城産カジキマグロとレンズ豆、冬瓜のオーブン焼きだった。最後に夏のフルーツのデザート、コーヒーまで、ゆっくり2時間かけて堪能した。ジイとバアの二人だけではとてもこんな長い時間はかけていられない。
お店を出るときもまだ小雨が降っていた。泊るホテルはサンシャイン
60とつながっているところで、そこまでフーサンが送ってくれて、そこで別れた。忙しい合間を縫って付き合ってくれて、すっかりおのぼりさんになっているジイとバアの東京ガイドをしっかり務めてくれた。
ホテルの部屋についてテレビをつけるとニュースで、衆議院の解散が行われたことが報道されていた。去年の秋には行われていてもおかしくなかった総選挙がようやく来月
30日に行われることが決まった。それにしても、党内のごたごたに対しても「私は逃げない」といいながら、両院議員総会を懇談会にし、秘密会にするのも党の執行部の決めたことといって言い逃れ、最後は総裁としての鶴の一声で、報道をオープンにしたという。どこかおかしい、かなりおかしい。
今度の総選挙を「安心社会実現選挙」と銘打って戦うつもりらしいが、もう誰も自公政権では安心できないだろう。
4年前の選挙で国民のほとんどがそのからくりもわからない「郵政民営化選挙」に踊らされて、自民党圧勝に終わった轍を今度は民主党が「政権交代選挙」で踏んで圧勝するのだろうか。民主党政権に変わって全て良くなるとは思えない。何が正しいことか見る力を研ぎ澄ませておこう。
2009年7月20日(月)
今日は20日なのでジャスコへ買い物に行く日だ。午前中は月曜日なので長野コープの宅配が来るため出かけられず、午後から買い物に出かけた。佐久のガソリンスタンドでガソリンを入れた。いつの間にか定価がレギュラーで127円に上がっていた。今はサービス兼で6円引きで給油できるので実質121円だが、ひところ100円ちょっとで入れられた底値のときから比べると20円近く上がってきた。アメリカの金融市場も回復傾向にあり、原油価格も上がっているようだから、また150円を越えるようにならなければいいのだが・・・。
ジャスコへ行く前にカインズに行ってポチのご飯を買い、キュウリの苗を買った。畑のキュウリは立ち枯れ病になったようで、葉が枯れ、実も濃い緑にならず美味しくない。明らかに病気になっているので、あきらめて新しい苗が売っていたので、もう一度育てなおすことにした。春にヨモギに黒砂糖を入れて圧縮し、そこから出た液汁を薄めて野菜にかけると、栄養が豊富で虫がつきにくく、実も甘くなる、というのでそれを何度か施した結果が、こんなことになってしまった。やはりオ−ソドックスな施肥と水遣りが一番、ということだろうか?
カインズからジャスコに行くと駐車場が満杯状態だった。
5%引きの日で3連休の最終日が重なったのか、大変な混み方だ。学校も先週末で夏休み入ったらしい。ジャスコでは新ジャガを使ってシチュウやカレーがたくさん食べられるようシチュウの素やカレールーを買い込んだ。アイスも買った。夏場の畑仕事や草取りのあとには、一服の清涼剤になる。夕食には、「味な男の料理教室」で作り方を習ったえびシュウマイを作った。4人分を作って山ちゃん家に半分を届けた。まあまあの出来だった?と思う。明日から2日間東京行きだ。早めに寝ることにする。
2009年7月19日(日)
山ちゃん家に野辺山の知人から電話があって、飯盛野教会時代の知り合いの人たちを連れて訪ねてくる、と連絡があった。ミッチャンとバアの共通の知り合いなので、みんなで山ちゃん家で出迎えることになった。野辺山からやってくるので、山ちゃん夫妻が立科町のツルヤで待ち合わせることにしたらしい。何せ初めての人に電話で道案内するのは至難の業だ。
10時半ごろ到着し、約2時間、飯盛野時代の懐かしい話が交わされていた。ジイや山ちゃんには口をさしはさむ余地はなかったが・・・。知り合いのうち二人は兵庫県に住んでいて、先日は倉敷のマッちゃんのところを訪ねたらしい。そのときの話でこちらの事を聞き、野辺山の知人を訪ねたついでに、足を伸ばしてくれたようだ。いずれにしても飯盛野教会で義父が牧会していた時代の人のつながりが、50年以上の歳月を経ても脈々と続いていて、こうして思いがけずも再会すると、いままでの年月の隔たりが、一瞬にして埋め戻されて再び結び直される光景を目の当たりにした。子や孫へとDNAが引き継がれていく歴史だけでなく、人と人とのつながりが紡ぎ合わされいく歴史もあるのだということを思う。
午後から山ちゃん夫妻やバアと一緒に、残してあったジャガイモのキタアカリを
2畝だけ残して、掘って収穫した。男爵より粒は大きくないが、大きさは揃っていた。ただ全体の収量はやはり少なかった。荒地だった所を開墾して最初の野菜なので仕方がないかもしれないが、種芋を小さく切りすぎたのも原因の一つかもしれない。来年は、また2分の1から4分の1の大きさで試してみよう。また、ダイコンやニンジン、タマネギなど植えられるように、収穫したあとの畑をミニ耕運機で耕しておいた。
2009年7月18日(土)
朝のうちこそ雨がぱらついていたが、ほとんど曇り時々晴れの天気だった。昨日の天気予報では、完全に一日中雨だったはずだ。昨夜のうちから降り出したので、予定の「里山を歩く」生涯学習講座も1週間延期したのは正解だったと思っていたのに、一夜明けるとすっかり肩透かしを食らってしまったような気分だ。予定していたものがなくなると、何をするのでもなく、午前中を無為に過ごしてしまった。
お昼の食事中に、雨上がりの川は魚の食いがいいと昨日の日記に書いたことを思い出し、急遽釣りに出かけることにした。冷蔵庫に仕舞っておいたミミズを調べると、まだ元気だった。急いで支度して家を出たのが午後
2時だった。
いつも最初に行く場所には、既に車が止まっており、断念して上流に向かった。本流と支流の合流点のポイントに入渓して、第一投でいきなり食いついてきたのはヒラヒラヤマメ、続いて
3尾までリリースサイズ、当りがあるのでしばらく粘って、小型だがかろうじてテイクアウトできるサイズを3尾ほど釣りあげた。そのあとさらに上流に移ってリリースを繰り返しながら2尾ほど釣ったあと、本命の場所、春先尺イワナを釣り落とした場所へ行った。
しかし、残念ながら先行者が釣っていた。見ている前でヤマメを釣り上げていた。一歩遅かったようだ。仕方なくさらに上流を探ったが当りがなく、
1時間ほど経って戻ってみたが、同じポイントでまだ釣っていた。ということはかなりの釣果があったに違いない。やはり土日は「先んずれば制す」だ。そのあと6時まで、下流に下って釣ってみたが釣れてくるのはウグイばかり、餌も底をつき納竿となった。釣り仲間の昨日の釣果も気になるが、とりあえず一緒に行けなかったフラストレーションは解消することができた。
2009年7月17日(金)
朝目が覚めるとかなり強い雨が降っていた。先日、釣り仲間から北信の姫川に今日の早朝に釣りに行かないかと誘われたが、予定が入っていたので断ってしまった。今頃この強い雨の中どうしているだろうと心配したが、8時過ぎに雨が止み、間もなく晴れ間ものぞかせるようになった。うまく雨で川の水が薄にごり程度で増水すればかなりの釣果があるはずだ。友人のホームページによれば、先月末に姫川でそこそこの釣果を挙げているので、今回も期待できるだろう。
午前中晴れ間も出てきたので、芝生の手入れをした。一見青々としているが、よく見ると芝以外の雑草のほうが多かった。芝の手入れの難しさをいまさらながら実感する。思い切って芝をやめて花壇にしようか、という思いも頭をよぎる。芝の中に点在して植えてあるレンゲツツジが根を芝に巻かれてしまったせいか、水はけが良くないせいか、年々樹勢が弱まり花の数も減ってきた。根の周りを掘って、絡んでいる芝の根を取り、周りの土を新しい土に入れ替えた。これで元気を回復してくれればいいのだが・・・。
午後出かける前に、ダンボールにとったばかりのジャガイモと先月収穫したタマネギを詰めて荷造りした。来週東京に出るにあたり、長女から連絡があって新宿で落ち合う話になり、折角だからジャガイモをリュックに担いで持っていこうかとも当初考えたが、それはやめて宅急便で送ることにした。次女のほうは来月こちらに来ることになっているので、そのときに持たせるつもりだ。
出掛けに立科町にあるクロネコに立ち寄って発送を頼んだ。ついでに近くのコンビニでオデッセイの自動車税を支払った。県税事務所に転居届けをしていなかったので納付書が届かず、事故の後連絡してこちらに送りなおしてもらった。用事を済ませた足で、ポチをゆりかご動物病院に連れて行った。用事が早く済んでしまったので、病院には
415分前に着いてしまい、しばらく車の中で待った。時間になって1番で診察を受けた。食欲は落ちているが、手を変え品を変えての食事作戦が功を奏しているのか、体重も減っておらず、先日の発作も頻発しなければ心配しなくてもいい、ということで一安心だ。
夜、里山歩きの講師の先生から電話があり、明日の「里山を歩く」は、雨の予報なので
1週間延期しましょう、ということになった。早速ジイの作った緊急連絡網で会員に連絡してもらうことにした。明日は、武石峠から美ヶ原高原の王ガ頭へ行くコースが予定されていた。オデッセイを修理に出しているので、行くとなると軽自動車に4人乗りで行かなければならず、長い上りの山道を登りきれるか心配していたので、ちょうど良かった。うまくいけば来週になればオデッセイが直っているかもしれない。
2009年7月16日(木)
バアの定期健診で佐久総合病院に行ったので、ジイも前立腺肥大の検査を受けた。以前に北里大学病院で検査を受けたときは、少し大きくなっているが特に支障はない、ということで経過観察になった。それから大分経っているし、テレビで前立腺がんの恐ろしさを見たこともあって、診てもらう事にした。いつも運転手として病院に付き添って、バアの診察の終わるのを待つだけだったが、今回は1時間半以上診察まで待たされたので、バアが待つ番になった。受付の看護士にまだでしょうか?と催促したら間もなく名前を呼ばれた。
医師は、その場でエコーをみたあと、お尻の穴から触診して、ほとんど通常の大きさで心配なし、との診断だった。問診票に尿の出が良くないと書いたら、良くなる薬があるとのことだったが、それほど心配するほどの症状ではないので、薬を出してもらうのは断った。経過観察は必要ないような言い方だった。また、しきりと東御市民病院で受診するよう勧められた。佐久総合病院に患者が集中するのを避けたい、ということか?
長野県内の医療情報をほとんど持たないジイのような患者にとっては、東御市民病院よりも、既に一定の社会的評価を受けている佐久総合病院で受診したい、と思うだろう。多少通院に時間がかかっても、混んでいて診察まで待たされても、わけのわからない病院で誤った診断や治療を受けるよりも、安心し信頼できる医療を受けたいのだ。今日の診断で、しばらく前立腺肥大については必要以上に心配しないで様子を見ることができる。明日はポチも病院なので、家族全員今週はお医者さんの世話になることになった。
今夜の
7時のニュースで日本人の平均寿命がまだ伸びたことが報じられていた。女性は86.05歳で世界1位、男性は79.29歳で世界4位とのこと、とりあえずジイとバアの余命は、この平均寿命の年令が第一目標か?
2009年7月15日(水)
今年一番の暑さだった。朝のうちは涼しい風が開けた窓から入ってきていたが10時を過ぎる頃には、熱風に変わってきた。午前中に、来週の新宿行きの高速バスのチケットを買いに、東部湯の丸インターの近くにある会社の事務所に行った。往復で一人3,800円だから、新幹線を使っていくよりは、よっぽどか安い。時間さえゆとりがあれば、また乗り心地や安全性さえ気にしなければ、利用しない手はない、と思うが評価は利用してから下したほうがいいかもしれない。
チケットを購入したあとは、近くのホームセンター「コメリ」に寄って、ポチのご飯を買った。目新しいものは食べるが、すぐに飽きてしまうのか、食べなくなってしまう。しばらく、いろいろ缶詰やレトルト、ドライを回して、少しでも食欲を喚起させている。コメリのあと東御市役所の近くのバス停や車をとめておく場所などを確認して家に戻った。
午後から畑でもしようと思ったが、外に出ただけで露出している顔や腕の肌が、じりじりと焼けるような暑さで、たまらず家の中に逃げ込む始末だった。玄関の近くの温度計を見ると直射日光を浴びて
42度になっていた。いよいよ本格的な夏を迎えたことを実感した。この暑さで温められた空気が上昇して風になるのか、午後からまた風が強くなりだした。ビニールハウスが心配だったが外に出て見に行く元気も出なかった。
午後
5時を過ぎて暑さも峠を越えてから、ジャガイモ掘りの続きをした。男爵とムラサキイモを全部掘った。それぞれ一株の収量が少なくちょっとがっかりだが、広くなった畑のおかげで植えた量が多かったので、去年程度の量は取れた。去年は、何度も途中で芽を摘んで必死に食べたが、最後は実が痩せてまずくなって全部は食べ切れずに捨ててしまった。今年は山ちゃん家にも食べてもらって、残らず食べ切れるようにしよう。夜はまた涼しい風が家の中を通るようになった。
2009年7月14日(火)
今朝は5時過ぎから何度もポチに起こされた。7時前に起き、ごみステーションにプラごみを出しに行った。ステーションの隣の畑に植わっていたジャガイモはもう全部収穫されていた。朝食後、先日のためし掘りに次いで、もう一度ジャガイモを掘ってみた。まだ余り大きくなっていなかったので、男爵、キタアカリとも一畝だけ掘ってまた様子を見る事にした。しっかり実付きのいいのは、土から一部顔を出していて青くなっているものもある。土の掛け方が少なかったようだ。
それにしても
30分も掘っただけで汗びっしょりになってしまうほどの暑さだった。お昼過ぎのニュースで、関東甲信越地方が梅雨明けとなった、と報道されていた。まさに梅雨明けを体感した。午後は、さすがに暑くて外にも出られず、昼寝と決め込んだ。
夕方涼しくなってからキュウリやナスなどを収穫した。山ちゃん夫妻が明日新しいマンションに引っ越したマミチャンの家に行くというので、今日収穫したジャガイモのほかレタスも採って持っていってもらうことにした。新宿行きのバスに乗って行くらしいので、運ぶのが大変かもしれない。
我が家の夕食は、バアのお得意のポテトサラダが食卓に上った。新ジャガのポテトサラダは美味しい、また食べ過ぎてしまった。今日は大汗をかいたのに、体重は
70キロの大台に乗ってしまった。
2009年7月13日(月)
今日は朝から夕方まで強い風が吹き続けた。トマトのビニールハウスが風にあおられて、ビニールは引きちぎられるし、パイプが浮いて今にも倒れそうになってしまったので、あわてて補強した。ビニールはもう来年は使えないほど、あちこち切れたり穴が空いたりしてしまった。トマトも少し傷が付いたようだ。農作物で生活がかかっている農家の厳しさを僅かだが実感した。
午後ホンダからオデッセイの修理の見積りが出たと連絡があった。約
40万円かかるとのこと、一日考えさせてもらうことにした。間もなくホンダの営業さんから電話があったので、オデッセイを下取りに出したらいくらぐらいになるか調べてもらうことにした。3時間後に返事があって、40から50万円程度だという。それでは新車に買い換えるわけにも行かず、結局修理をしてもらうことにした。二人の年金2か月分がほんの不注意で吹っ飛んでしまった。
気分が滅入るので、何か楽しいことを企画しようと、旅行会社のチラシ広告にあった、新宿行きのバス便について問い合わせをした。片道
1900円で、東御市役所前の停留所から新宿駅まで約3時間半で行ける。21日に往き、22日の夕方帰りのバスを予約した。2日間東京の空気を吸ってくることにした。インターネットで都内のビジネスも予約が取れた。ゴーギャン展を開催している国立近代美術館や新橋のカタログハウスの新しい店舗も覗きに行ってみよう。築地の美味しい寿司屋にも行ってみたい・・・。
やっと衆議院解散総選挙の日程が
830日に決まったようだ。それも前代未聞の1週間の間を空けての予告解散、国民不在のお家騒動の愁嘆場。政権明け渡しが見えてくると分裂もありそうだ。これからの50日間、政治とは何かを透き通った目で見れるようにしたいものだ。
2009年7月12日(日)
午前中オデッセイを修理するためホンダに行った。代車を用意してくれるというので、オデッセイかフィットぐらい用意してあるのかと思ったらオンボロ軽だった。軽自動車の代車など今まで経験したことがないので驚いた。普通車ならレンタカー扱いで有料だという。これでホンダ佐久店は、この次の新車購入のお客を一人減らしたぞ。いや山ちゃん家も入れれば2軒だ。明日見積りが出るので金額によっては修理そのものも考えなければならない。
午後から刈払い機で家の周りの草刈りをした。この時期近所からも刈払い機の音がよく聞こえてくる。今の時期は雑草が最も伸びる時期だから仕方がないが、毎年こうした繰り返しをいつまでできるだろうか?
東京都議選の結果を知りたくて夜中まで各テレビ局のニュース番組を追いかけてしまった。結果は案の定自公の過半数割れだった。これで石原都政が進めてきた福祉切捨て、医療の後退に少しでも歯止めがかかればいいのだが・・・。今やオリンピック招致などで浮かれているような場合ではないのだから。これで国政のほうもしばらく自民党の断末魔の醜態劇が繰り広げられるのだろうか。早くピリオドを!
2009年7月11日(土)
今日は上尾の家の境界確認のため朝715分に家を出た。横腹を大きくへこましたオデッセイに乗って出かけるのは少し気が引けたが、ETCの特別割引1,000円で行くには仕方がない。バアも運転席のほうから助手席に乗り移るし、後部座席もドアは開くかギーと音がするので嫌だと、やはりミッチャンは右側のドアから乗り込む不自由さだった。
車のエンジンのほうは別に問題ないので、順調に上尾の家に着いた。間もなく測量会社の人や近所の境界の人たちもそれぞれ集まって境界を確認し、立会いの確認の署名を済ませた。
10時に集まって、約30分で終わった。この家も見納めになるかもしれないので、家の写真を撮った。
そのあと近所の友人Uさん宅へ野菜を届けに行った。あまり体調がよくなさそうで少し心配だ。Uさんが丹精込めて育てたクンシランの大きな鉢を二鉢いただいた。Uさんの家を辞したあと、上尾市内の生協のスーパーへ立ち寄った。長野に来てから近くにお店はなく宅配に頼るしかないが、たまには商品を手にとって見てみたい、という主婦としての意見だ。
買い物を済ませてお昼は東松山インターの近くの「相馬」で食べることにした。上尾のほうから行くと右折できない反対車線側にお店があるので、一旦通り過ぎて次の信号を右折したら、国道に沿って脇の道があったのでその道を戻ったら「相馬」の駐車場の裏へうまく出ることができた。何度もこの店には入ったことがあるが、いつもどこかへ出かけた帰りに東松山インターをおりてから入っていたので、インターに入る前にお店に行くのは初めてだった。ゆっくり食事を楽しんだあと高速に乗った。
途中眠気覚ましに横川サービスエリアに寄った。そのまま家に戻るのにはまだ早い時間だったので、小諸インターで降り、アトリエ・ド・フロマージュに行った。
7月はバアの誕生月なので、誕生日を迎える本人が3人にスウィーツをご馳走するという、去年から行っている取り決めを実行するためだ。さすがにチーズを作っているお店だけあって、ケーキ類もチーズを使ったものが多く、それぞれ違うものを注文して少しずつ味見などをして食べた。家に戻ってからジイは1時間ほど眠った。長時間の運転の後は疲れが出るようになった?
2009年7月10日(金)
今日もすっきりしない天気の一日だった。庭や畑に出ても時折雨がぱらついてくるので、じっくり草取りなどできない。午後から先日の水彩教室で描いた森や林の描き方に、どうしても納得した描き方ができなかったので、デッキの上で南側のアイサンの家やその前の松林、その先に晴れていれば見えるはずの蓼科山を背景に、風景画をF2サイズ(A4より一回り小さいサイズ)の画用紙に描いた。描いてみて分かったが小さいサイズのほうがかえって難しい。全然ごまかしがきかない。描き終えて気に入らず破り捨てたくなったが、半年、1年後にどこまで描けるようになったかを比較するために残すことにした。そのあと、庭のモミの樹や、アイサンの家の奥の杉の樹を描いて見た。モミの樹は樹形が特徴的だからそれとわかるが、杉の樹はバアには何の木かわからなかった。
夕方、明日上尾へ行ったときに近所の友人宅に畑の野菜を届けるため、ジャガイモやズッキーニ、ダイコンなどを収穫した。ジャガイモは、そろそろ葉が黄色くなりかけてきたので、取りごろに近づいていると思ったが、まだ実が十分大きくなっていなかった。あと
10日ぐらい待ったほうがよさそうだったので、持って行く分と今夜食べてみる量だけ収穫した。夕食は、掘ったジャガイモのうち小粒のものを、もったいないので捨てずに丸ごと茹でたものを食べた。小粒でも新ジャガはやはり美味しい。
今日久し振りにポチがまた痙攣発作を起こした。ご飯を待って座っている間に突然後ずさりして痙攣が始まった。本人も何が起こったのかわからない状態でテーブルの下にもぐっていたが、少し間をおいて正気に戻った。発作の起きる間隔が短くなってきたら要注意とお医者さんから言われている。
2009年7月9日(木)
今年の梅雨はよく雨が降る。梅雨だから当たり前の話だが、去年はこんなに降られた記憶がない。大体この東信地域は全国でも晴天率の高さを誇っている。今日も朝から雨が降ったり止んだりで外の仕事はほとんどできなかった。
今週月曜日、オデッセイの今年の自動車税の納付書が届いていないことに気が付いた。ドアをへこませてしまい、車検証などを見ていて今年の納税証明書が入っていないので、気が付いた。早速電話したが一日電話が通話中でかからず、夕方やっと電話が通じたと思ったら音声案内で混み合っているので掛けなおしてください、というつれない機械的な音声が返ってくるだけだった。今日改めて電話をかけたら一発で担当者が出て、すぐに郵送してくれることになった。月曜日は時期的に督促状などが出るころで問い合わせが集中していたのかもしれない。
午後は
1週間ぶりにポチをゆりかご動物病院に連れて行った。先生ご夫妻が、このブログを事前に見ていたらしく、ポチがシーチキンをむさぼるように食べたことを知っていた。体重も3.1キロあった。毎回診察時に体重を量るが、今までの最大値と同じだった。先生もポチの様子が回復しているということで、点滴をいままでの7日から10日に1回のペースに戻してもいいのではないかと言ってくれた。
今日は病院への往復を軽自動車にした。去年の
8月に病院に行きだして最初の2,3回は軽自動車で行ったが、ポチが車内であまりに鳴き続けるので、それ以降は振動、騒音の少ないオデッセイで行くようになっていた。今回は、オデッセイがひどい状態になってしまったので、仕方なく軽自動車にしたのだが、思ったほどポチは嫌がらず帰りなどは今までになくおとなしかった。また、少し病院に行く間隔も長くできるようになったので、ポチにも我々にも少し負担が減るのでホッとした。
2009年7月8日(水)
久し振りに釣りに出かけようと昨夜はいつもより早く寝たのに、朝目が覚めると雨が降っていた。多少の雨なら行くのだが、かなり強い雨だった。予報では一日曇りだったのに、仕方なく朝出るのはやめたが、10時ごろには雨があがったので午後から出直そうとしたら、今度は強い風が吹き続け、結局諦めざるを得なかった。
午後は、ここのところの雨で元気よく伸びる雑草とりに励んだ。キュウリも
1日おいただけで、お化けのように大きくなってしまったものもあった。ナスやピーマンもぼちぼち収穫できるようになった。今夜も畑でとれたばかりの新鮮野菜中心の食事だ。
次女からのメールで、夏休みに
34日で来ることになった。孫のアーちゃんが山登りに挑戦したいといっているらしい。さて、どこへ連れて行ってやろうか?
2009年7月7日(火)
今日はジイの母親の命日だ。21年前に亡くなった。65歳だった。亡くなる3年前から脳腫瘍の術後の脳梗塞によって左半身の麻痺を起こし、リハビリをしていた。闘病中、何が因果でこんなことになったのだろう、と涙を流している姿を何回か見受けた。そのときには、どんな思いで自分の人生を考えていたのか、どんな覚悟で自分の最後を思っていたのか、じっくりと話を聞いてやることもできなかった。
母親が脳腫瘍の手術をした当時の医療技術では、
100%手術が成功するという保証もなく、恐らく死ぬことも覚悟で手術に臨んだに違いない。そのときの母親の年令になった今、自分に置き換えて母親の思いを考えてみると、おそらく来し方行く末を言葉には尽くせない思いが駆け巡っていたに違いない。残念ながらどんな思いだったのか、何一つ記録として残されたはいない。過去を手繰り寄せる記録は残っていないが、母親の記憶だけは残っているので、それは大事にしておきたい。
それにしてもまた、大阪のパチンコ店で放火による無差別殺傷事件が起きてしまった。警察からの一方的な発表に基づく報道しかないので、真相はつまびらかではないが、秋葉原や土浦の事件と同様「誰でもいいから殺したかった」との犯人の動機が伝えられている。こうした事件のそれぞれの社会的な背景は異なると思うが、いずれも「人の死」に直面した時の深い悲しみに対する想像力が乏しいことを思わされる。人の死はもちろん身の回りの生き物が死んだときの悲しさや寂しさ、無念さなどの体験が少ないうえに、ゲーム感覚でそうした死を疑似体験してしまう環境がある。リセットできない重大な事件を起こす前に止められなかったのか、我々にも責任の一端があるように思われる。
11日に境界杭の設置のために上尾に行く前に、オデッセイの助手席側のドアだけでも開けられるようにならないか、午後佐久のホンダに行って診てもらったが、難しいということで修理は諦め、仕方なくジャスコで買い物をしてから家に戻った。ジャスコではバアのお誕生月優待割引パスを使って買い物をした。衣料品は10%、食料品は5%割引になる。安くなると思うとついついいろいろ買ってしまう。買い物かご二つ分になった。
2009年7月6日(月)
午前中は晴れていたので畑に出て、収穫が終わった大根のあとを鍬で耕しなおした。隣のジャガイモ畑が間もなく収穫の時期を迎えるので、それが終わったらミニ耕運機でまとめて耕すつもりだったが、雑草が勢いよく伸びてきてしまい、それまで待てないので鍬で耕す羽目になった。しばらく鍬でやっていなかったので狭いスペースなのに終わったあとは急に力が抜けてしまって12時前だったのに急いで甘いものなどを補給した。
午後から佐久のホンダへ行って、開かなくなったオデッセイの助手席側のドアを開けられるようにしてもらおうと思っていたが、急に雨が降ってきてしまったので行くのを中止した。昨日の水彩画教室で未完成だった風景画を、カメラに収めてきた先生の作品を見ながら木や林の色使いやタッチを真似しながら、完成させた。先生の作品とは比べるべくもないが、昨日の状態よりはかなりよくなったような気がする。教室のときだけ描いても上達はしない、毎日とはいわないが、なるべく筆を執るようにしよう、と思った。
夜は先月末の秋田旅行の写真をホームページにアップした。花の写真などもっと載せたかったが、名前が思い出せないものは割愛した。隣のミッチャンが先生でいろいろ教えてもらったのだが・・・、三歩歩くと忘れる得意技があるのでいけない。
2009年7月5日(日)
今日は中央公民館主催の水彩画教室で、今回は風景を描くということで場所は明神池周辺なので、中央公民館には行かず、明神池の駐車場でみんなが来るのを待った。他の人たちは中央公民館に集合してから来たので、1020分ごろやってきた。
ここは日ごろ散歩で歩きなれた場所だ。浅間山や烏帽子岳など山を背景に明神池を描くのかと思っていたが、先生が選んだ場所は、山とは反対側の梅野記念絵画館のある林の方角を見て描く場所だった。松林に池の周りには桜やカリンの樹が並んでいて、複雑な緑が幾重にも重なっている風景だった。手前の池には林の樹も写っていて、水面の光が複雑に踊っていた。池を描くのは難しいから画面にはなるべく池を小さく描くように指導されたが、そのぶん大きく描いた林の松や他の樹の複雑な緑の色合いを描くのも難しかった。時間とともに光のあたり方や色合い、影も変わって行った。あっという間に予定の時間が来て、未完成で終わってしまった。
すぐ近くで先生が描いていたので、それを見ながら同じように描いているつもりでも、出来上がりはまったく違う。先生に聞いたら、経験ですよと笑って答えた。毎日描いていれば、絵の具の色の出し方や、塗り方もわかってくるのだという。勉強やスポーツと同じで反復練習なのだそうだ。
1回や2回でうまく描けるほど天賦の才能があるわけがないのだから、おっしゃるとおりとしか言いようがない。
昨日野菜サラダにシーチキンのおかずが夕食に出たが、バアがシーチキンをポチにお裾分けしたらいたく気に入って、昨夜は夜中も含めて一缶を平らげてしまった。今日も一缶あげたら喜んで食べている。最近食欲が落ちて、病院で食欲の出る薬までもらったのに、ドライフーズではあまり効果が出なかったのに、人間の食べるノンオイルのシーチキンに反応してよく食べている。いつまで飽きずに食べてくれるか心配だが、ひとまず食欲不振から解放されたようだ。元気が出てきたのはいいが夜中でも鳴いて起こされるので少し寝不足気味だ。
2009年7月4日(土)
今日は滋野公民館主催の第2回滋野探訪塾に参加するため8時半に家を出発した。山ちゃん夫妻も一緒の4人でオデッセイに乗って出かけた。9時集合でもうバスが公民館の駐車場に止まっていた。最近駐車場を工事していて、車を停めるスペースが少なくなったため、バスの停めてある狭い駐車場が空いているか気を取られながら中へ入ろうとしたため、入口の道路側に飛び出して立っていたポールを見落としてしまった。ハンドルを左に切った途端に左側のドアに衝撃音があがった。降りて見ると助手席側のドアと後のドアの両方に渡って大きくへこんでしまっていた。助手席のドアは開けられない。後のドアはかろうじて開けることができた。去年から車の保険は、車両保険をやめていた。修理代は全額自己負担だ、と思ったら頭が真っ白になってしまった。
滋野探訪塾は、市のバスで湯の丸高原の地蔵峠を経由して三方ガ峰池の平の駐車場まで行き、そこから植物観察しながら歩くというものだった。最近すっかり高山植物の観察が続いたせいか、いくつかの植物は見れば名前がすっと出てくるものもあったが、大体は自分が思い出す前に誰かが教えてくれて相槌を打つ、といった程度の記憶しかなかった。レンゲツツジが最盛期は過ぎたがまだ場所によっては満開になっていた。三方ガ峰の一番の見所の
2カ所のコマクサの自生地もまわった。コマクサは満開でよかったが、いずれも金網と有刺鉄線に守られている光景は、コマクサの可憐な花には似合わない。池の平の湿原では、アヤメが以前は群生していたが、ほとんど見ることができなかった。湿地帯に笹がかなり侵食してきており、大分植生が変わってきているようだ。池も小さくなっていた。これも地球温暖化の影響なのだろうか?
お弁当を食べた後、地蔵峠まで戻って駐車場の一角にある自然科学学習センターで湯の丸高原の自然や動植物の生態に関するビデオを鑑賞したあと、自由時間で講師の先生が働いているというロッジのレストランのソフトクリームをみんなで食べた。午後
3時には滋野公民館に戻ってきた。帰りはドアのへこんだ車で帰ってくるのが嫌だったが、自分のしでかしたことなので誰にも文句は言えない。家に戻ってホンダに電話して、12日に修理に出すことにした。1週間から10日ほどかかるということで、代車も用意してもらった。夜になっても落ち込んだ気分は消えず、気分転換で明日ある水彩画教室の予習で、木や林を描く練習をして過ごした。
2009年7月3日(金)
先月末出かけている間に、東急リバブルと測量会社の両方から留守電が入っていた。その両方と連絡が取れた。測量が終わり境界杭を1ヶ所入れる必要ができたそうだ。今週末は予定が入っているので、次週11日の土曜日に杭打ちの立会いをすることになった。東急リバブルの話では、上尾の我が家の土地と家屋を購入する人は、家はリフォームせず新しく建て直すことに決めたらしい。これで20年の浅間台の歴史は、形の上ではすっかり無くなる。11日の境界の立会いが、山ちゃん家も我が家も見納めになりそうだ。しっかり写真でも撮っておこう。
今日は久し振りに目を覚ますと外が日が射して明るかった。昨日に続きバアとミッチャンが庭の草取りをしたので、取った草を片付ける役目をジイが負った。片付けていると屋根の上に枯れ草をくわえたスズメがいるのを発見、あわてて太陽光発電のパネルの下を覗くと、別のパネルの下に再び巣が出来上がっていた。今度の場所は、昨日取り除いた場所よりも高い場所だったので、昨日使った木の棒では届かず、伸縮する洗濯の物干し竿を使って巣を取り除いた。
午後になると再びスズメが同じ所に巣を作り出した。物干し竿は太くて重いので、細かくは取れず、まだ少し枯れ草などが残っていたので、スズメも修復してみる気になったのかもしれない。今度は釣竿を使うことにした。竿先が折れて使えなくなった竿があったので、それを使った。渓流の竿は軽いし扱いは慣れている。枯れ草を取り出すには十分だった。しばらくスズメとのいたちごっこが続きそうだが、釣竿があれば一番高い所まで届くので、こちらの勝ちになりそうだ。
今日東京都議選が告示になった。
12日に投票が行われる。衆議院の解散総選挙が引き延ばされているために、まるで都議選が、衆議院の選挙の趨勢を占う選挙のように取り上げているが、都民にはありがた迷惑に違いない。税収が落ち込む中で、限られた財源を何を優先して使うのか、その政策がいまこそ問われる大事な選挙なのに、まるで国政選挙が始まるような報道の仕方にも疑問を感じる。
2009年7月2日(木)
2日続きの夜更かしで少し眠かったが、生活のリズムを狂わしたままではいけないので、いつものように7時に起きた。夜中に降った雨もあがったが、太陽がでないどんよりとした曇り空で気温が上がらず、日中も18度程度だった。半袖で外へ出たらあまりの涼しさに、長袖の作業着を上に羽織ってから庭仕事を始めた。
屋根の太陽光パネルの隙間にスズメが巣を作ってしまった。出かける数日前からせっせと巣の材料にする枯れ草を運び込んでいる姿を見かけてはいたが、勾配がきついせいか、大量に地面に落としていたので、どうせ諦めるだろうと、タカをくくっていたら下から覗くと、完全に巣作りが完成に近い状態になっていた。はしごをかけて長い棒で屋根とパネルの間に棒を突っ込み、巣をかき出した。パネルの下にはコードが繋がっているので、それを引っ掛けないようにしながら、巣だけかき出すのは大変だったが何とか取り出すことができた。まだ、卵など産んでなかったのでホッとした。取り出した枯れ草はバケツ一杯分ほどの量があった。スズメにとっては何日もかけた大変な労力だったに違いないが、太陽光発電の故障の原因になっては困るので、かわいそうだが強硬手段をとった。
留守の間に伸びたのは雑草だけではなく、ダイコンやキュウリ、カブも大きくなっていたので収穫した。カブなどは最後のものだが、収穫が遅くなったせいで、実が割れてしまっているものもあった。ダイコンは
2本採って残りはあと4本となった。山ちゃん家と半分ずつ分けて食べているが、ここのところダイコンやカブの料理が続いていて、贅沢だが少し食傷気味になってきた。今年の夏ダイコンは、今までで一番の出来で、虫にもやられず太くてみずみずしい。多分種が良かったのだろう。今度は秋ダイコンもうまくできるといいのだが・・・。
午後はポチをゆりかご動物病院に連れて行った。丸
2日間一人で留守番をさせたので、帰ってきたときはご機嫌斜めだったが、体調は悪くなかったようだ。食事も多くはないがまあまあ食べていたし、様子を見た限りでは、元気そうだった。先生もポチの顔つきや毛ヅヤを見て、大丈夫と太鼓判を押してくれた。次回の点滴も中5日ぐらいにしてもいいのでは、とのことだったがその日は休診日に当たるので、様子を見て前日か翌日でもいい、ということになった。このところ食欲が落ちているので、キャットフードも飽きているという話から、何種類か試供品を頂いた。これで少しは食べてくれればいいのだが、ただ体重は減っていないので心配ないとのことだった。
2009年7月1日(水)
昨日の夜10時半に帰宅してから、旅の疲れですぐ眠れるかと思ったが、電車の中でたっぷり居眠りしたせいか、あるいは長旅の興奮がさめないのか、ビールを飲んでも眠くならず、夜更かししてしまった。そのため朝は8時半まで寝てしまった。起きてからもボーっとして何もしたくないという虚脱感で昼間を過ごした。
一日雨の予報だったのでゴロゴロしてもいいかと思っていたのに、日中晴れ間が広がってきたので、畑で草取りをした。
2日間何もしなかっただけで雑草が伸びていた。特に暑くなってくると、雑草の中でも地を這うように伸びるエノコログサ系の草はそのままにしておくと、手に負えないほど根がしっかりしてしまう。雨で土が湿っている時が抜きやすいので、身体はだるいが頑張ってしまった。
早めに日記を整理しなければと思いながら、結局書き始めたのは夜になってからになった。旅行中、車内や登山中もこまめにメモをしていたので、それを頼りに
2日分を書いた。日記だけはアップを済ませたが、旅行に出かける前にホームページのアクセスカウンターのファイルをうっかり消してしまい、表示されなくなってしまった。何とか修復を図ったが、うまくいかず今夜も夜中まで起きる羽目になってしまった。

過去の日記07年11月〜09年06月

思いつくままに(ジイの記録)