2009年12月31日(木)
大晦日の今日は朝から雪が降り出した。一時晴れ間が出て降った雪が解けたが午後からまた振り出して一面の銀世界となった。気温も上がらず午後からは氷点下になった。静かに1年を振り返るのにはうってつけの舞台装置になったようだ。とうとう2009年最後の日となった。
この
1年を簡単に振り返ってみよう。自公政権から民主党を中心とする連立政権に交代し、わずかながらも政治の世界は変化の兆しを見せたが、昨年のリーマンショック以来の世界的な経済不況はいまだに出口の見えない状況が続いている。
そんな中で信州の田舎暮らし
2年目を迎えた我が家では、振り返れば安穏とした1年だったように思う。隣にヤマちゃん夫妻が移り住んできて、心強い味方ができた。公私にわたり共にすることも多かった。5月から市の公民館が主催する生涯学習の講座にもいくつか参加して、地元の人たちとの交流もできた。ヤマちゃん夫妻の転居を機に、隣り合わせていた上尾の家も、それぞれ処分し、これで上尾の拠点はなくなり、現在の北御牧の家が唯一となった。ここを終の棲家にする以外の選択はなくなった。
今年の元旦に掲げた目標を振り返ってみた。目標は、「今のこの時、この場所で生かされていることに感謝し、何事にも一生懸命になること、地球の平和と環境に貢献できることを身近なところから実践すること、地域のコミュニティに積極的に参加すること、身体的、精神的健康を維持するための努力をすること、個別的な目標として、@体重を
70kg以下に安定させるA1ヶ月3冊以上の本を読むB木工作品20点以上を製作するC水彩画10点以上を製作するD20品目以上の野菜を栽培するE延べ10日以上渓流釣りに行くF農業ボランティアに挑戦するGジイの日記を継続しホームページを更新する」というものだった。
地球の平和と環境にどれほどの貢献ができたか、とても自慢できることはなかった。地域のコミュニティについてもしかり。おかげさまで身体的精神的な健康だけは維持することができたと思う。加齢に伴う肉体的な衰えは否定しえないが・・・。
個別的な目標では、@の体重
70kg以下は現在1kgオーバーしている。Aの読書は残念ながら半分しか達成できなかった。Bの木工作品は、ヤマちゃん家の物置やデッキのテーブルとベンチ2台や庭のぶどう棚、キウイの棚などのほか、踏み台数点など全部で12点しか作れなかった。木工ではないが煉瓦の花壇を作った。Cの水彩画は、作品といえるほどのものはあまりないが、25点描いた。これは生涯学習の水彩画教室に行き始めたのがきっかけとなった。Dの野菜作りは数えたら22品目ののぼった。中にはニンジンや大根など1年のうち3回も種を播いたものもあった。Eの渓流釣りは3日間の岩手釣行を始め、地元での日帰り釣行など全部で13142尾の釣果だった。Fの農業ボランティアの機会は残念ながら一度もなかった。情報不足と生涯学習など個人的な趣味などに時間を取られてそこまで手が回らなかったということが実際のところだ。最後のGのジイの日記は、自分でも驚いているが1年間一日も欠かさず書き残した。都合により13日ほど遅れることもあったが、日付け的には1日も欠かさなかった。読み返してみると、天気のことと食べることの記録がほとんどで、他人から見ればどうでもいいことばかりであるが、健康的にものが食べられることが生きていくことの原点でもあるともいえるので許してもらおう。ジイとバアとポチは、年々年を重ねるとともに老い先を縮めているのは紛れもない事実だが、これからの新しい年も今年と同様、日々生かされていることに感謝しつつ、毎日を充実して生きていきたいと思う。

大晦日の吹雪?

DSで楽しむ孫たち
2009年12月30日(水)
昨日の夜寝る前に、dellのパソコンに付属しているマカフィーというウィルス対策ソフトが、購入するときは15カ月の有効期間があると思っていたら、30日間のお試し期間しかないようなので、急遽ウィルスバスターをダウンロードしたので、寝るのが夜中の2時を過ぎてしまった。目が覚めたら8時を過ぎていた。バアはとっくに朝御飯の支度をして待っていた。
9時過ぎから台所のシンクの排水パイプの水のぬけが悪くなっているというので、排水トラップをはずして掃除をした。トラップの汚れは大したことはなく、その先の浄化槽につながるパイプに、先に小さなタワシの付いたパイプ掃除用の道具を1メートルほど差し込んで引き抜いてみると、すごいヘドロが大量に出てきた。次に、シンクのごみ受けから排水トラップにつながる直角のパイプをはずして掃除をしようとしたが、ねじが固くて外れないので、ごみ受け本体をシンクから外してパイプの掃除をした。そこもヘドロが付いていて、きれいに洗った。そこまでは、ひどい汚れがとれ臭いもなくなったので、達成感で気分良く元へもどした。
しかし、シンクに水を流してみると、シンクとごみ受けの接続部分から水が滴り落ちてきた。シンクとごみ受けが重なる場所のゴムパッキンが伸びきっていてたわみ、そのしわから水が漏れることがわかった。パッキンをどうやったらうまく抑えられるか頭をひねったがどうやってもうまくいかなかった。隣のヤマちゃん家のシンクの構造も参考にしようとしたが、同じ構造ではなく参考にならなかった。ヤマちゃん夫妻も心配して駆けつけてくれたが、事態は好転せず、結局最後の手段でゴムパッキンのかわりにパテを使ってやってみたところ水漏れがおさまった。
とりあえず台所は使えるようになったが、パテが何時までもつかわからないので、念のため午後
3時ごろメーカーのクリナップに電話したところ、その場所は通常お客様にははずさないようにお願いしている場所ということで、新しいパッキンだけ送ることもできるが、できれば修理担当を派遣するのではどうか、ということだった。年末年始の休みに入っているだろうから年明けの4日以降でいいよと言ったが、連絡を受けた修理担当がこれから来てくれる、というのでお願いすることにした。5時過ぎに松本からやってきた修理担当は、トラップのパッキンも痛みかけているといったら、部品代はパッキン代だけで、ごみ受けからトラップまで全体を新しいものに交換してくれた。これで安心して新年を迎えることができるようになった。
夜コープから取り寄せた栗とサツマイモの裏ごしで、栗きんとんを作った。おせち用にできて売っている栗きんとんは
1パックでは少量で、お正月しか食べないものだがいつも物足りない気がしていた。自家製で作れば56人前にはなると書いてあったので、初めてだがチャレンジしてみた。意外と簡単にできあがった。量もたっぷりある。
二女夫婦と孫たちが夜遅くやってきた。去年と同じパターンだが、孫のあーちゃんがスポーツクラブの
3日間のスキー合宿から夕方大宮に戻ってから出発したので遅くなってしまったようだ。スキーは3級になったという。もう自己流の滑りしかできないジイよりもうまくなってしまったようだ。そのうち孫に滑り方を教わるようになるかもしれない。遅く来たので、孫たちはゆっくりする間もなく急いでお風呂に入り、就寝した。

水漏れが止められなくなったシンクの下

水漏れの原因は伸び切ったゴムパッキンに。エアコン用のパテで応急処置して水漏れは止まった

クリナップが修理に来て全部取り換えてくれたトラップの構造がシンプルで掃除しやすそうだ

自家製栗きんとん
2009年12月29日(火)
今朝は今年最後の燃えるごみの日だった。7時に目覚ましをセットしておいたが、目覚ましのなる前に目が覚め、そのまま起きて、ごみを出しに行った。外はマイナス2℃だったが、風もなかったせいかあまり寒く感じなかった。先日来の寒さを経験して、体も冬モードになったのかもしれない。
午前中家の掃除をしたあと、
2階のプレイルームのカウンターに家ができてからずっとセットして使ってきたエプソン社製のデスクトップ型のパソコンを取り外し、ジイ小屋に移設した。丸7年北御牧のジイの生活には欠かせないツールの一つだったが、購入時は最速のCPU、メモリー、20ギガのハードディスクを搭載した機種だったが、ウィルス対策ソフトなどの影響か起動まで数分かかるし、起ち上がった後もときどき固まってしまうこともあった。ジイ小屋に引退した後は、ネットにはつなげずにワードやエクセル、画像処理だけに使うつもりだ。2階のカウンターはパソコンがなくなってプリンターが乗っているだけになって広くなった。これでここで水彩画なども描きやすくなった。
午後からツルヤで野菜類を買った後、佐久平のジャスコにも買い物に行ってきた。ジャスコは年末ということで
30日ではないが、今日も5%引きの日になっている。手間暇かかるおせちはもうやらない、とバアは宣言しているが、それでもお正月の雰囲気が味わえるようなものは最低限用意することにした。明日の夜から二女夫妻と孫たちもやってくるので、一緒ににぎやかに食事もできるだろう。
買い物の帰りに御牧原で車を走らせていると、北の方向に北アルプスの山並みが見え、槍ヶ岳のとがった山稜が見えたので、車を止めコンパクトカメラで写真を撮った。ホームページに載せようとしたが逆光でうまく撮れていなかった。その時一緒に撮った浅間山のほうは日が当っていてきれいに撮れた。買い物が主だったので一眼レフは持ってこなかった。いい風景を撮るには何時も持ち歩いていなければいけないのかな?

うっすらとしか映っていない槍ヶ岳

同じ場所から撮った浅間山
2009年12月28日(月)
昨夜のホームページの更新は何のトラブルもなく無事にできた。これでノートパソコンを買った効果が表れた。また、新しいパソコンには今までになかった「上海」というゲームが入っていて、「フリーセル」だけで楽しんでいたゲーム以外に、暇つぶしにはちょうどいい遊びが増えた。午前中は、年賀状も出し終わって親戚などの住所がだいぶ変わっていたので、住所録なども新しいパソコンを使って修正した。エクセルも新しいバージョンになっていて、しかも仕事の時に覚えたテクニックも忘れてしまっており、戸惑いながらの修正作業だった。こういう変化に付いていけなくなったらおしまい、と思って必死だった。
今日の天気はおかしかった。朝起きた時は雨上がりでデッキの一部が濡れていたが、雨は降っていなかった。曇り空だったがそのうち薄日が差して青空が部分的に見えてきた。午後から晴れの予報だったが、お昼前から黒い雲が広がってきてあっという間に横殴りの雨になった。午後になるとまた、雨雲が去ってまた青空が広がってきたが、空の一部に雨雲があって、そこからか時折風花が舞ってきた。天気のデパートのようだった。
夕方ポチをゆりかご動物病院に連れて行った。昨日は久しぶりに発作が起きた。少し意識が戻るまで時間がかかり、発作の最中に失禁もしてしまった。発作を抑える薬を飲ませてきたが、その影響かこのところ日中寝ている時間が長くなっているので、一日
2回投与する薬をバアが1回にしていたのも、薬の効果が薄れた原因の一つかもしれないと先生に言われてしまった。一番少ない量で処方されていることと、薬の効果の持続時間が12時間程度ということで、投薬を欠かすと発作が出る可能性が高くなる、ということだそうだ。寝ているのを起こしてでも薬を飲ませないといけない、と言われてしまった。治療から帰ってきた後また軽い発作を起こした。ただ、今回はすぐに回復したのでよかったが、2日続けてというのは初めてなので、悪い兆候でなければいいのだが・・・。

二日続けて発作を起こしたポチ
2009年12月27日(日)
午前中畑に出ておせち料理のナマスに使うニンジンを掘って収穫した。このニンジンと一緒に8月に種をまいた大根はすでに11月初めに食べごろになってしまった。9月になってから種を播いた大根は寒さで成長が止まり、収穫できるまでに育っていない。来年は播き時を考えなければならない。
午前から午後にかけて、庭のキンモクセイ、ギンモクセイ、ジンチョウゲの寒さ対策を施した。何もしないと冷たい風を受けて、常緑樹のはずのこれらの木の葉が紅葉し、落葉してしまう。去年は寒冷紗をかけてやったりしたが、この寒冷紗が風に吹かれてパタパタとはためき、葉を傷つけてしまった。落葉は食い止めたが、葉の半分が傷ついて春先には落葉してしまった。そこで、キンモクセイは、竹の支柱で骨組みを作り、その上を藁で載せてしばりつけ、風を受ける西北の側を囲った。ジンチョウゲは、ラティスに波板を張り付けた風除けの壁を西側に立て付けた。日当たりのいい場所にあるジンチョウゲは早くも春先に咲く花芽の先が赤くなりかけている。この風除けで少しでも寒風にさらされないように守れればいいのだが・・・。
おとといネットでアマゾンに注文したホームページビルダーのバージョン
14が夕方届いた。1割以上割引きになったうえに自宅に届くのだから便利になったものだ。本は本屋で手にとってパラパラと中を見てから買うものと思い込んでいたが、ネットで注文して自宅に届けてもらうということをこの年になって初めて体験した。数年前に上尾にいる頃近所のセブンイレブンに届くサービスを利用したことが1回だけあるが、ここでは一番近いコンビニまで6キロあるからそれも不便だ。アマゾンを使ったのは初めてだが、これからは図書も内容のわかっているものなどはアマゾンを利用することにしようかな。
さっそくホームページビルダーのバージョン
14をノートパソコンにダウンロードした。今日からこの日記や画像を、こたつに入りながらホームページの更新の作業ができるといいのだが、この日記を書き終えたらさっそく試してみよう。

キンモクセイを寒風から守るため藁で囲った

ジンチョウゲには風除けの壁?
2009年12月26日(土)
ホンダのディーラーに10時に着くよう家を出た。無料の1ヶ月点検を受けるためだ。ホンダに向かっている途中でちょうど1,000kmになった。納車が先月の16日だから40日で1,000km1年で1万キロは乗るペースか?遠出するときはオデッセイのほうがいいが普段はフィットのほうが使いやすい。
30
40分かかるというので、その間近くをウォーキングすることにした。気温が高く汗ばむような陽気だった。10分ほど歩くと古墳の遺跡があり、それを過ぎると千曲川の支流の滑津川まで下りていく坂になっていた。坂を折りきった滑津川の岸に木製のつり橋がかかっていた。1トン未満の車両のみ通行可となっていたが、軽自動車がやっと通れるような幅しかないので、まさか車など通らないだろうと、橋を渡りかけたら車が立て続けに2台も通っていった。1台の軽トラは我々が通っているのに突っ込んできて、橋を揺らしながら通り過ぎていった。
橋を渡り川の土手を川上に歩いていくと、もう一つつり橋が現れ、それを渡って戻ることにした。こちらのつり橋は先ほどのより幅は広いのに、車は通行止めだった。何故だろうと思ったら、渡った先は上の道路には階段でしか上がれないようになっていた。

40
分強歩いてお店に戻るともう点検は終わっていた。来年のカレンダーをもらってホンダをあとにして、次はユニクロに行った。裏地がフリースになったイージーパンツが安くなっていたので、それを2本と、トックリのシャツ1枚買った。イージーパンツは去年デーツーの作業服コーナーで買って今愛用している。暖かいし、気軽にはけるので家ではくには楽でいいが、縫い目がほつれてきてしまった。それに比べ、今日買ったユニクロのイージーパンツのほうが少し割高だが、作りはしっかりしているので長持ちするだろう。ユニクロのあとはジャスコで、家で簡単に食べられる昼食を買って帰った。
午後から、新潟行きで泥んこになったオデッセイを洗車したあと、家の周りの軒や玄関の天井のクモの巣を払った。そのあとはジイ小屋の大掃除をした。ジイ小屋の中は、丸ノコやサンダーで飛び散った細かい木屑が棚や道具の上に付いているので、濡れ雑巾で拭き取ったりしたあと、最後に掃除機できれいに吸い取った。窓ガラスを拭き、トイレの掃除をして完了。ジイ小屋だけは誰もほかに掃除をしてくれる人はいないので、自分でしっかり掃除をしなければならない。
掃除を終わった頃には日が傾き始めていた。今日は一日暖かく年末の掃除にはもってこいだった。掃除のあと、裏のため池を見ると、先日
19日から結氷していたのが、半分ほど解けて、夕陽に赤く染まった浅間連峰が解けた水面に映っていた。

滑津川に架かる2本目のつり橋

1週間結氷していたため池の氷が半分解けた。
2009年12月25日(金)
テレビで年賀状は25日までに出しましょう、と繰り返し放送されていたので、それにせかされるように昨夜あて名書きを終えて、今日郵便局まで出しに行った。初めは北御牧郵便局に行くつもりだったが、バアの提案で立科郵便局に行くことにした。もちろん歩いて。どちらも正確に測ったわけではないが、同じような距離にある。どうせ行くなら、近くにツルヤなどのスーパーのあるほうが歩き疲れた時に休んだり、何かを買って食べることもできるから、というのがバアの意見だった。
歩くと
1時間10分で立科町役場に隣接する郵便局にたどりついた。途中でJA佐久浅間の支店でお金をATMでおろしたりしていたので、まっすぐ行っていたら5分ぐらいは短縮できたかもしれない。風も弱く、正面から日差しを受けながら歩いたので、長い上り坂を昇った後などは汗をかいていた。
郵便局の年賀状専用の箱に投函した後、役場に寄って観光パンフレットなどをもらい、しばらくロビーのベンチに腰掛けて休んだ。そこからまっすぐ帰らずに歩いて
10分ほどのところにあるツルヤまで行っておにぎりなどを買った。12時前だったが、しっかり歩いたせいか空腹で何も食べずに家までまた1時間以上かけて歩くのは無理だったので、お店の中の飲食ができるコーナーで買ったおにぎりを食べた。
帰りは車の通りの少ない道を選んで歩いたので、少し遠回りになったが、
1時間5分で家に帰り着くことができた。途中でほたるの水路として保全している看板を見つけた。来年は是非見に来たい。とにかく今日の歩きで一番近いスーパーまで約1時間で行けることが確認できた。季節のいいときはウォーキングを兼ねてスーパーまで買い物に出るのもいいだろう。
家に戻って休む間もなく、洗面台や風呂場の大掃除をした。上尾の家に比べ換気の良い家なのでカビなどの発生も少ないが、それでも隅や洗剤の付きやすい場所にはカビやしつこい汚れが付いていて、簡単に終わらせるつもりが、
2時間近くかかってしまった。あとは年末までに窓ふきとトイレ掃除ぐらいはするつもりだ。寒くなければジイ小屋のまわりも片付けたいところだ。掃除をしていると組長さんが来て、13日の区の新年会で引継ぎがあるので出席するよう言われた。いよいよ組長としての出番が近づいた。

ツルヤの近くの田んぼ中のほたるの水路
2009年12月24日(木)
今日は用事で松本に出かけた。昨日は朝早くからのお出かけだったが、今日は午前9時の出発だったので、いつものように7時過ぎの起床で、のんびり朝食を摂ってから支度をして十分間に合った。ここ23日の冷え込みに比べ暖かかったが、それでも朝のうちの気温は2℃だった。松本へ行く途中に通る国道254号線の三才山(みさやま)トンネルが工事中で片側通行のため10分ほどトンネルの手前で待たされた。
松本での用事が午前中で終わったので、そのあとジャスコの駐車場に車を止め、松本駅までウィンドウショッピングをしながら歩いた。駅ビルにある「みどりデパート」のデパ地下で美味しいパンでも買おうとデパートに入ったが、地下も食品街もなかった。仕方がないのでもう一つのデパート「いのうえ」まで行って、ここはデパ地下があって、ドンクというパン屋さんでパンを買った。お金を払って、もらったお釣りが
100円のはずが500円玉だったので、バアは正直にも500円玉を返して、若い女店員さんにお礼を言われていた。デパ地下のケーキ屋さんでクリスマスケーキのショーケースをしばらく眺めていたが、結局買うのは諦めた。イブにケーキを食べるというのも、ジイとバアの二人だけではなんとなく、気分が高揚しない。
ケーキを見ているうちにおなかが空いてきたので、今まで行ったことのないお店を開拓しようと、仙岳という割烹料理のお店に入った。ジイはすき焼き定食、バアは幕の内弁当を食べた。テーブル席が空いてなくお座敷での食事だったので、足が痛くなってゆっくり味わえなかった。バアの評価は中の中だった。昨日に続き外食で、普段の家での食事に比べまたカロリー過多になってしまったので、食後は少し遠回りで市内を歩いてから、車を止めてあるジャスコへ戻った。
松本からの帰りは、工事中の三才山トンネルを避けて、国道
143号線で青木村、上田を経由するコースにした。上田市内の新しく移転してオープンしたヤマダ電機に立ち寄って、ホームページビルダーを買おうとしたが、値段が高くてやめてしまった。通販で買おうかな。
家に戻って夜のうちに、何とか年賀状を全部書き終わらせることができた。明日天気が良ければ片道約
5.5km先の北御牧郵便局まで出しに行くつもりだ。
鳩山首相の元秘書による政治資金の虚偽記載にかかわる釈明会見が今夕行われていた。お詫びだけで辞任はしないようだ。我々庶民には一生働いても手にできないような額のお金を母親から貰っていても、知らなかったといって済んでしまうそもそもの政治資金規正法自体が問題だ。公職選挙法のような連座制で議員が失職する制度設計がされていれば、そもそも議員の知らないところで秘書が、という言い訳が通らないはずだ。企業献金とは中身が違うとはいえ、そもそも政治家にお金がかからないようにするため政党助成金制度を作ったのに、まだ不明朗なお金の出し入れがあるのなら助成金自体も無駄遣いのようなものだ。やめろという国民の声が大きくなれば考えると言っているが、うやむやに終わってしまうのだろうか?年明けの通常国会での行方を見守るしかない。

仙岳のすき焼き定食
2009年12月23日(水)
今日は午前7時に寺泊の魚市場に買い出しに行くため家を出た。ヤマちゃん夫妻も一緒だ。7時に出るため5時半に目覚ましをかけておいたが、4時に目が覚めてしまい、そのあとなかなか眠れず、5時ごろやっと寝付いたと思ったらすぐに目覚ましに起こされてしまった。日の出前に玄関先のポストに新聞を取りに行って温度計を見ると、今朝も冷え込んでいてマイナス9度だった今日は暖かくなる予報のはずだったがこの辺は例外か?
7
時に出かけるまで眠かったが、車を運転するとしゃきっとして行きは快調に運転できた。天気予報では新潟は雨ということだったが、寺泊の市場に着くまで雨に降られることもなかった。長野県内を走っている間は青空だった。祝日なので混みあうと思い早めに出たのだが、10時前に到着した駐車場はまだガラガラだった。
北上尾のスーパーにも入っている角上魚類などでイクラや数の子、タラコ、銀鮭、小女子、乾物類などを買った。カニやマグロなどは買うのをやめた。店先で揚げている貝柱のくし揚げやカキフライなどもおつまみに買って後で食べた。買い物を終えて駐車場に戻ったころからポツポツと雨が落ち始めた。

11
時を過ぎたので、寺泊の市場から車で5分ほどのところにある海風亭日本海というお店でお昼を食べた。前回寺泊に行った時も立ち寄ったところだ。少し高いが鮮度抜群のお刺身などは格別だ。今日は以前にはなかった特別ご奉仕価格のメニューがあってそれを頼んで食べた。値段が安い分質が落ちたり、量が減ったりすることがままあるが、そういう心配は無用だった。高速料金が安い分、贅沢してもいいと思っていたが、お手頃価格で美味しいものを食べることができ、二重の喜びとなった。
日本海を出るときには雨が本降りとなってしまい、観光地巡りは諦めて、柏崎まで海岸線を車で走ることにした。時折激しく雨が降る中、海岸に打ち寄せる波を横目に車を走らせていると、荒天候の中サーフボードを持った若者の姿を見た。好きなことをするのに多少の不都合にはめげない若さはもう自分にはないなと思う。柏崎から北陸自動車道に乗り家路に向かった。途中何度か睡魔に襲われたが二度ほど休憩をとって眠気を覚まし、無事に家に帰ることができた。

寺泊魚市場

ジイが食べた海風亭日本海の刺身定食

バアが食べたイクラ、カニ、海鮮の三色丼

荒れる日本海
2009年12月22日(火)
今朝はマイナス11℃を超えた。昨夜は風もなく、予報では寒さが緩むということだったので今季の最低気温を更新するなどとは思ってもいなかった。結露があまり出ない家のはずだが、洗濯物を干してあった寝室のガラス窓は下の半分が白くなっていた。午前中に家の中の窓枠についた結露を雑巾でふき取って歩いた。
午前
11時ごろ我が家の手前の家のHさんが、畑をやっているときに水道管に穴を開けてしまったといってとんできた。水道管がHさんの畑を通って我が家や山ちゃん家、さらに奥のMさんの家に続いていることは知っていたが、まさかこういう事態が起こるなどとは予想していなかった。市の水道局や工事会社がお昼前に来て、水道が復旧したのは午後3時ごろだった。水道が止まるとトイレにも行けないので困ってしまう。しかし、先日の消火栓もそうだが、水道管が民地を通って他の家にも行っているというのは、どうにも過去の行政のいい加減さとしか思えない。
先週の金曜日に修理に出したノートパソコンが、修理を終えてお昼前に届けられた。土日を挟んでいたので、昨日まで修理の状況がわからなかったが、昨日の夜ネットで進捗状況を調べたら、月曜日一日で修理を終えて佐川急便の配送センターに届けられた、という形になっており、今朝の状況では、佐川急便の上田店から出発したという形になっていた。午前中には届けられるかな、と思っていたら案の定
12時前に届いた。さすがにコンピュータ関連の会社だけあって、ユーザーにネットで修理の進行状況を知らせるシステムが出来ているのには感心した。1年間の無償修理となっているが、様子をみて有償で保証期間の延長も出来るので考えておこう。
午後から年賀状の印刷をした。今度の年賀状は先日描いた烏帽子岳の風景画を使って作成した。未熟な絵を使うのには少しためらいもあったが、田舎暮らしの一端を知ってもらう意味ではそれもいいか、と思って使うことにした。退職して時間があるのだから、
25日までには書いて元旦に着くよう郵便局に出さなければ・・・。

今朝も今季最低気温を更新
2009年12月21日(月)
昨夜はずっと強い風が吹いていた。ときおり二重窓を通してヒューっと風の音が家の中にまで聞こえてきた。何かが落ちて転がるような音がして家の中を調べたが思い当たるものは見つからなかった。今日になって外のごみ箱の蓋を押さえていた石が転がっているのを見て、昨夜の音の正体がやっとわかった。デッキにあった履物が2足ともデッキの下に吹き飛ばされていた。
この強い風に運ばれて雪が降ったようで、積雪というほどではないが庭やデッキが白くなっていた。家の北側の池も昨日から凍って一日解けなかったが、今朝からその雪で池が白くなったままだった。夕方日没のときに浅間山だけがまだ陽が射している景色を写真に撮ったが、赤く染まる山と対照的に池は白くなったままだった。
今日は日中最後に少しだけ残っていた畑の天地返しをやって、これで畑の天地返しは全部完了した。草の生えているところは凍っていないのに、草の生えていないところは既に一部凍土と化していた。植物も生き物であることを実感する場面だ。凍っている所は、スコップを突き刺すとガチッといってなかなか土の中にスコップの先が入っていかない。ようやく入っても土が崩れず、大きな塊になって、上に持ち上がらない。やはり天地返しは
12月初旬までに終わらせないと大変になることが分かった。
何とか全部終わらせまだ余力があったので、ゴミ捨て用の穴を掘った。今庭にある穴はもうかなりいっぱいになってきている。冬場はなかなか生ごみの分解が進まず、このままではこの冬の間に満杯になりそうなので、土が完全に凍ってしまう前に次の穴を掘った。これでこの冬はなんとか乗り切れるだろう。

強い風が運んできた?雪

夕陽に輝く浅間山とため池の氷の上に積もった雪
2009年12月20日(日)
水彩画教室に行くため朝915分に家を出た。一緒に教室で習っている75歳の女性が田中駅の近くに住んでいるので、その家まで行って車に乗せてから中央公民館に行った。いつも家族に送り迎えをしてもらって大変そうなので、前回からどうせ公民館へ行く途中なので車で寄って乗せるようにした。
今日の静物画は、シクラメンかリンゴなどの果物かどちらかを描くことになったので、あえてシクラメンを選んだ。家で一度描いて苦労したが、先生のいるところでもう一度チャレンジしてみようと思ったからだ。案の定お昼までデッサンにかかりきりになってしまった。他の人たちは一人を除いてみんな果物を描いた。ジイと一緒にシクラメンを描いたその一人は級長さんで、すでにそのシクラメンを家で下書きしてきていて、花びらも色が付いた状態でのスタートだった。静物の対象となる素材は毎回級長さんが準備してくれているので、級長さんは家で予習が出来たわけだ。
みんな
5月に始めたときよりはかなり上達しているし、描きあげるのも早くなって、午後2時ごろには大体の人が終わって、ジイだけがまだ悪戦苦闘していた。仕方なく途中だが筆を置いて、そのあとは例によってみんなの作品を並べて先生から講評をしてもらった。来年3月に作品の発表会があるというので、みんなの気合も入ってきているようだ。次回1月までの作品の中から1点をそれぞれ展示することになる。
田中駅の近く女性を送り届けたあと、駅の反対側の新しくできた道路と駅前広場を見に行った。今まで我が家から田中駅に行くには一度道路で線路を越えて回り込んで駅北口に行かないと、改札に行けなかった。今度は千曲川を渡って最初の羽毛山の交差点から直進して田中駅の南口までいけるようになった。改札口のある北口までは連絡歩道橋を使って行ける。駅前には無料の駐車場もできたので、これからは電車を使って長野方面や小諸、軽井沢方面にも気軽に行けるようになった。
家に戻るとバアとミッチャンでお茶を飲んでいた。二人は午後八重原公民館の掃除に出かけて、戻って休んでいる所だった。町内会で月
1回ずつ順番に公民館の掃除を組単位で行っていて、今月はここの組の当番に当たったとのこと。掃除は女性が主体でやるということでバアとミッチャンが参加した。同じ組といっても行き逢えば挨拶する程度で、普段はそれほど親密な関係ができているわけではない。こんな機会を通じてお互い気心が知れてくればいいのではないか。
今日は
20日なのでジャスコへ買い物に行く予定をしていたが、今すぐ必要なものもなさそうなので、買い物は止めて水彩画の続きをした。夕食の時間までやったが今ひとつ気に入らず明日もう一度手を加えることにした。

水彩画教室で未完に終わった絵
2009年12月19日(土)
今朝は6時半過ぎに目が覚め、外を見ると一面の雪景色となっていたので、写真を撮りたくなって起き出した。朝焼けで東の空が赤く染まり、幻想的な風景だった。お日様が出ると朝日に雪がキラキラと輝いていた。今通り過ぎたばかりの動物の足跡が畑の中に続いていた。あとでミッチャンから聞いたらキツネが通り過ぎたのを目撃したというから、キツネの足跡だったようだ。気温はマイナス7℃だった。
朝食後、窓を開けて掃除をしていると、開いている窓からポチがデッキに出たが、
1メートルも進まないうちに家の中に戻ってきた。やはり地元の猫ではないポチには雪は苦手のようだ。10時過ぎになってだいぶ雪が解けてきてからまた外へ出たが、道路までは出ず、家の庭に出てすぐにまた戻ってきてしまった。それからは外へ出たいと一日せがむこともなく、ほとんど寝ていた。
お昼過ぎにタカノリンゴ園に自家用のリンゴを買いに行った。もう大玉はないよ、ということで小振りのリンゴだったが、
10キロほど買ってきた。これで年越しで毎日リンゴを食べることができる。
午後から水彩画を描いた。目の前に広がる烏帽子岳と池を描きたかったが、烏帽子岳は雲に覆われ、池は凍って今季初めての全面結氷し、絵にしにくかったので、今月始めに撮影した写真を見ながら描くことにした。風景画などは外で景色を見ながら描くのが正道なのだろうが、この辺では半年は寒くてそういうわけにはいかない。写真を見ながら描くということもあるということで、パソコンの画面いっぱいに映し出して、それを見ながら描いた。実際の風景を見ながら描くと、遠い所も近いところも同じように細かいところまで描こうとするので、遠近が上手く出せない。写真では予め遠近で見え方が違って写っているので、それを描き写すようにした。まだまだ未熟だが、とにかく「毎日描いていればうまくなりますよ」という先生の言葉を信じてやるしかない。明日は久し振りの水彩画教室だ。
デンマーク・コペンハーゲンで行われていた
COP15が終わろうとしている。結局先進国と発展途上国の溝が深すぎて、京都議定書に変わる新しい枠組みは決めることが出来なかった。先進国の途上国への支援金や途上国の取り組み状況の国連への報告義務などは決められたが、肝心な各国のCO2削減目標の数値化は先送りになってしまった。一つしかない地球なのに、国同士がエゴむき出しで争っては、地球そのものが死滅してしまう・・・。21世紀が地球最後の世紀にならないことを祈る。
昨日からホームページのアクセスカウンターが、今までのアクセス数の累積が出るようになった。
3万件を越えるアクセスだ。こうなるとジイの日記も止められなくなってしまった。まぁーホームページを更新するのが日課になっていることで、ボケ防止になると思えばいいか?

朝焼けの雪景色

キツネの足跡

気温はマイナス7℃

ため池も今季初の全面結氷

写真を元に描いた烏帽子岳
2009年12月18日(金)
今朝は久し振りに可燃ごみを出しに近くのステーションまで行ってきた。最近有料のごみ袋が大きいサイズになって、持っていく間隔が長くなったが、そのぶん重くなって2回ほど車で運んだが、今日はあまり重く感じなかったので歩いて持って行った。昨晩は風が強く吹いていたので、今朝は相当冷え込んでいるだろうと思ったが、7時でマイナス3度だった。思ったほど冷えていなかった。そのときは朝日も出ていたが間もなく雲に覆われ、時折フワーッと雪がちらつき、気温は0度前後までしか上がらなかった。午後からは雪が舞う状態から降る状態になってきた。午後4時ごろにはうっすらと庭も雪で白くなった。
昨日電話で修理を依頼した
dellのノートパソコンを引き取りに佐川急便がお昼前にやってきた。最初に納品されたときの箱に入れて準備していたが、引き取り用の専用の段ボール箱が用意されていたので、それに詰め替えて渡した。不思議なもので昨日電話して引取りが決まってから、頻発していた現象がほとんど出なくなって、今日の午前中にようやくまた現象が出たところで使うのを止めて梱包した。昨日の電話に出た女性は、発音が中国系の感じの人だった。現象についてはちゃんと伝わっているだろうから、早く直して戻ってきて欲しい。修理の進行状況はインターネットで見ることができる。今日現在は「引き取り完了・修理センターへ搬送中」ということになっている。
今日の日中は寒くてごみを出しに行った以外は、雪の写真を撮りにちょっと外へ出ただけだった。こんな日は電動ウォーカーの出番だ。今日も午後
30分を1回やった。この日記を書き上げたら2回目をやるつもりだ。体重はまだ減る気配がないが、増えていないだけ良しとしよう。
やっと「海辺のカフカ」を読み終えた。少し荒唐無稽なストーリーの展開に面食らってしばらく読み進む意欲が湧かなかったが、少しずつ二つのあらすじのつながりが出始めてようやく読み進む気になって読み終えた。まだ村上作品は読んでいなかったので、少しまとめて過去の数作品を読んでから話題の
1Q84に手を出そうか?

昨日に続き降った雪(午後4時)
2009年12月17日(木)
とうとう今シーズン最初の雪が降った。みぞれ交じりの雨は2度ほどあったが、畑や庭が白くなるような本格的な雪は初めてである。昨夜寝る前に外へ出た時は満天の星だったのに、朝目が覚めて外を見ると一転、まだ雪がちらついていた。それでも雲が切れて陽が差すようになると、あっという間に降った雪は解けてしまった。晴れて陽は差していたが風が冷たくて気温は上がらず、6℃止まりだった。
土が凍るようになる前に、畑の天地返しを終わらせなければならないので、
14日の続きで午前中畑作業をしたが全部終わらせることができなかった。午後からまたやろうと思っていたが、ノートパソコンの具合が悪くなり、dellに電話したりしていたので、畑には出られなかった。
ノートパソコンは送られたその日から液晶画面の右側半分がときどきノイズで画面が乱れる障害がときどき出ていた。しばらくするとおさまるので、そのまま使っていたが昨日あたりから、障害の出方が頻発するようになり、おさまらなくなってきたので、午後一番で電話した。
10分ほど電話口で待たされたが、ようやく繋がって症状を話すと、出荷時からの故障と思われるので、1年間の保証期間でもあり修理してもらうことになった。明日佐川急便が引き取りに来ることになった。荷造りして配送会社まで届けなければならないかと思ったが、引き取りに来てくれるそうだ。デスクトップ型のパソコンでは一度も不具合がなかったので、今回はノート型も買ってみたのだが、とりあえず修理に結果を待とう。最初からトラブルのあったものは何かずっとトラブルを引きずる不安もあるが・・・。
ポチを動物病院に連れていく前に、電動ウォーカー
301回をやった。ポチは点滴を受けている間、隙あらば逃げ出そうと、押さえつけているジイの手に何度も前足でパンチを繰り出してきていた。今回は発作を抑える薬を年明けまで出してもらった。粉薬で人間が飲む薬のように、パラフィン紙の分包に入れてある。

今季の初雪
2009年12月16日(水)
今朝も氷点下の冷え込みだったが、日中は太陽が出ていたので寒さを感じなかった。東京では最高気温8度で道行く人が震えあがっていた、とニュースで伝えていたが、こちらの感覚では8度なら暖かいほうじゃないかと感じてしまう。
いよいよオデッセイのバッテリーが完全にダメになってしまった。エンジンがかからないどころか、ドアのロックもできないまでへたってしまった。止むを得ず佐久平のカインズまで買いに行ってきた。バッテリーでもピンからキリまでで、
1km/2年保証、2km/4年保証、3km/6年保証の3段階の種類があって、値段は、7,800円、9,800円、15,800円だった。安いほうにしようか迷ったが、ドアの修理に大金を使い、今後10年以上乗りつぶすつもりでいるので、6年保証のバッテリーを買った。これからも長く乗るなら算術的には長期間保証のあるものを使ったほうがお徳になる計算だ。カインズに行ったついでにポチのトイレの砂も購入した。家に帰ってさっそくバッテリーの付け替えをした。古いバッテリーはカインズに持ち込めば処分してくれるので、明日ポチの病院の帰りにカインズに寄って置いてこようと車のトランクに積み込んだ。
昨日サーバー会社からアクセスカウンターの修正の仕方をメールで回答してもらったが、その内容は理解できず、やり方もわからずもう一度詳しく教えてもらえるようメールで再質問した。ホームページビルダーというソフトで、ホームページを作成していても、難しい仕組みや専門用語まで理解しているわけではないので、ちょっとした応用問題や例外的な処理になると、途端に行き詰まってしまう。
電動ウォーカーは今日も体力増進コース
30分を2回こなした。コースの途中で歩行スピードをアップさせ、1回に100キロカロリーの消費になるようにしている。
ここ数日中国の習近平副主席と天皇陛下との会見について、政府による天皇の政治的利用ではないかと自民党が大声で非難しているが、笑止千万としか言いようがない。戦前戦後を通じて常に権力は自分たちの都合のいいように天皇や天皇制を利用してきた。たまたま民主党政権もそういう流れから逸脱していないだけで、早い話が「お主も悪よのう、ウフフ」の世界なのだ。どんなに非難しても同じ穴のムジナだ。
2009年12月15日(火)
今日は午前10時にヤマちゃん夫妻と一緒に家を出て小諸にある丸山珈琲のお店にいった。丸山珈琲小諸店の女性の店長は、今年のジャパンバリスタチャンピオンシップで優勝したことで長野の民放でも取り上げられ、信濃毎日新聞にも掲載されて一躍有名になった。我々も以前外車のディーラーの建物、かすかな記憶ではヤナセだったと思うが、があったにはあったが大分前に閉鎖され、放置されていたように思う。それが去年から丸山珈琲のお店に替って新たにオープンしたということは、つい最近まで知らなかった。
店内は広く、入口を入ってすぐはコーヒー豆やコーヒーグッズなどの売店になっていて、右側の車のショウルームがあったスペースが客席になっている。入って左側はガラスの素通しで、コーヒーの選別、焙煎をする大型の機械を使って社員が作業している様子が見えるようになっている。蕎麦屋さんがお客の目の前でそばを打つのと似た安心感を与える装置になっている。客席からは浅間山や黒斑岳が正面に迫るように仰ぎ見ることができる。それぞれバリスタが淹れてくれる定番ブレンドの中煎り、深煎りやエスプレッソなどを注文、さらにチーズケーキ、ムースのケーキなどを注文した。
ジイが飲んだエスプレッソは、コーヒーの香りが凝縮されていて、口に含むとしばらくその濃厚な味が口中に滞留して、味覚と嗅覚を刺激し続けた。結構癖になりそうな味わいだった。量はお酒の小さなおちょこできゅっといっぱい飲むのと同じような量なので、舐めるようにして味わった。しばらくして店員さんが
2杯目を運んできてくれた。ほかの3人の定番ブレンドもそれぞれ2杯分の量があり、味も本格コーヒーに満足したようだ。ケーキも特にチーズケーキは濃厚で美味しかった。
せっかくの外出だし天気もいいので少しウォーキングをしようか、という話になり、先日ジイが歩いた佐久総合病院の近くの臼田周辺に行くことになった。そこへ行く前にお昼の時間になったので、途中佐久平駅の近くの海鮮割烹八風でお昼にした。ここでは刺身定食やや海鮮丼、レディースセットなどそれぞれ好きなものを食べた。みんな普段家で食べている昼食よりもかなりボリュームがあって、カロリーオーバー間違いなかったので、ウォーキングはしっかりすることになった。
臼田ではまず稲荷山公園に行って、ロケットの形をした展望台のらせん階段を昇り、佐久(旧臼田町)の市街と千曲川の流れを眺めたあと、さらに公園に続いている稲荷山神社の境内から急な階段のある参道を下まで降りた。降り立ったところが千曲川にかかる臼田橋だ。橋のたもとに大正時代から数えて
4代目となり現在の橋までの歴史を記したプレートなどを見た後、そこからまた今度は参道に比べて緩い坂になった道を昇って公園まで戻り、公園の中をさらに一回りして、カロリーの消化に励んだ。
公園の駐車場を車で出て、五稜郭の城跡がある龍岡城を見学に行った。函館の五稜郭より
3年後に築城されたらしいが、その後すぐに明治維新になって、多くの城が取り壊されたのと同様ここもほとんど壊されてしまったようだ。城内に残った建物の一部が学校として残され、それが現在の田口小学校の前身になっているようだ。今日行ってみると城郭の一部の修復工事や五稜郭公園としての整備工事が行われていた。合併特例債でも使って行われているのだろうか?函館とここにしかない五稜郭とはいえ、函館のような観光地化は小学校の建物と校庭がその大部分を占めているここでは無理と思われるが…。
龍岡城跡のあとはさらに新海三社神社へ行った。旧佐久郡内の総社としての格式のある神社で、境内には室町時代の創建とされる重要文化財の三重塔もあった。また季節のいい時に一度来てみたいところだ。今日は出かけるときにあわててカメラを持ってくるのを忘れてしまい、写真はミッチャンの携帯で撮った画像を拝借した。

丸山珈琲小諸店

新海三社神社の三重塔
2009年12月14日(月)
午前中は水彩画の仕上げをした。色彩の遠近法がどうしてもうまくできない。専門的には空気遠近法というそうだが。遠い山などは青く見える、というのだが見た目にはよくわからない。それでも名作を見ていると確かに青系の色を使って山を描いている。家を書いたが家もみんな同じような大きさになってしまったし、遠い家も近い家も同じような描き方になっている。風景画は相当練習しないと、人に見せられるようにはなりそうにない。
11時のコープの配達が来る前に、ミッチャンが電動ウォーカーを試乗しに来た。これからは週何回かやりに来ると言っている。ジイもバアも今日も30分を2回ずつこなした。今日は4日目なので、とりあえず三日坊主とのそしりは免れることができた。しかし、昨日までいつも入浴前に計量している体重に関しては、残念ながら減量の気配すら現れていない。
午後から
2時間ほどまだ残っている畑の天地返しの作業をした。全部終わらせるつもりだったが、半分ほどやったところでギブアップ。これ以上やるとまた右肩が痛くなりそうなのでやめた。天地返しをした後、ニンジンを掘り出したが、まあまあの太さになっていた。まだかなり畑にあるので、このままこれからの寒さに耐えられるなら、当分ニンジンは買わなくても済みそうだ。
アクセスカウンターが消えてしまってから大分経ってしまったが、レンタルサーバ会社に問い合わせして、復旧の仕方を教わり無事カウンターが表示されるようになったが、また
1からの開始になってしまった。もう一度カウンターの開始を以前の数字から始められるか問い合わせをした。レンタルサーバ会社のデータによると、実際のアクセス件数は3万件を超えている。
新しいパソコンでホームページの更新をするようにしたが、ホームページビルダーのソフトが、新しいウィンドウズに対応できず、サムネイル画像を挿入できないため、仕上げは古いエプソンのパソコンでやらなければならないので少し不自由している。ホームページビルダーのソフト制作会社の
IBMに問い合わせしたら、今使用しているバージョン9に関してのサポートはもうしていない、とのことだった。今年の春先には、同じトラブルで問い合わせした時は丁寧にプログラム修正の仕方を電話で指導してくれたのに・・・。今月からバージョン14を発売しているので、もうバージョン9は古過ぎるというのだろうか?バージョン6から9にバージョンアップしたときは、それを使いこなすまでかなり苦労した経験があるので、また高いお金を出してバージョン14を買うのにはためらいもある。勤めていた時のようにいざとなったら教えてくれる同僚が近くにいないので、トラブルは自分で解決しなければならない。もうこの年になると自力での問題解決能力は持ち合わせていない。

初冬の烏帽子岳

畑の天地返し、全部終わらせることは出来なかった
2009年12月13日(日)
今日は晴れていたが風が冷たく気温はあまり上がらなかった。外にいると体の芯が冷えてくる感じだ。ヤマちゃんが外の水道で収穫した下仁田ネギを洗っていたが、見るからに冷たそうだった。今日のお昼はヤマちゃん家ですき焼きパーティーに招待された。ヤマちゃん家も完成から1年が過ぎ2年目に入り、日頃お世話になったからということでのご招待のようだが、それはお互い様だという思いもするが、ともあれ遠慮なくご馳走になることにした。
久しぶりにおいしい牛肉を食べた。畑から今朝取ってきたネギも肉汁が沁み込み甘みがあって美味しかった。最近は、二人だけの食事だとなかなかすき焼きをして食べよう、ということにならない。せいぜいコープから取り寄せた松屋や吉野家の牛丼をチンして食べるぐらいだ。段取りから味付けまで全部ヤマちゃんがやってくれた。ジイと違ってヤマちゃんは「味な男の料理教室」に参加して以来料理に目覚めたようで、結構楽しみながらいろいろ作っているようだ。今日はどこへも出かける予定がなかったので、昼間からビールも飲んですっかりいい気持になってしまった。
ご馳走になった後家に戻ってから電動ウォーカーの体力増強コース
30分をやった。アルコールが残っていたので心拍数が130まで上がり驚いた。夜同じコースをもう一回やった時は、最高でも90台だったので、心拍数ではアルコールの影響が大きいことがよくわかった。大体このコースで距離2.3キロメートル、消費カロリー95キロカロリーということがわかったので、これから外でウォーキングしなかったときは、12回を目標にやるつもりだ。今日はバアも同じコースを2回こなした。ジイよりも積極的に取り組んでいる。
午前中から夕方まで時間が取れる限り、昨日
2階の窓越しに書いた烏帽子岳と八重原の風景の水彩画の彩色をした。ほぼ完成したが、最後は景色が暗くなって色が変化してしまったので、明日仕上げをし直すことにした。

すき焼きパーティ
2009年12月12日(土)
昨日の信濃毎日新聞は、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説の全文を、原文と日本語訳の両方をそれぞれ紙面一面を使って掲載していた。今回は、大統領に就任した時の就任演説のようには積極的に読む気にもならず、そのまま読み飛ばしたが、今朝、そのうち気が向いたら読めるように新聞を片付ける前に切り抜いて保管した。イラクやアフガニスタンでの軍事行動を正当化するぐらいなら、日本人的な心情からいえば、自分にはそんな資格がないと辞退する謙遜さが欲しかったところだ。
今年の漢字は「新」になった。政権交代による新政権に由来するのが一番だろうが、漢字能力検定協会自体の理事長以下の組織の一新が本音のところと思えるが・・・。
朝のうちは濃い霧に包まれていた。気温は氷点下までは下がらなかったようで、雪も積もっていなかった。日が昇るにしたがって霧も晴れ、気温もぐんぐん上がって
15℃までいった。午前中電動ウォーカーでバアは50分、ジイは40分歩いた。20℃もある室内でやるせいか歩き終わると少し汗ばんでいた。
午後は雪をかぶった烏帽子岳を背景に
2階の窓から見える八重原の風景を写生した。デッサンだけで絵の具で彩色するところまでいかなかった。夜になってもう一度電動ウォーカーで30分歩いた。距離にして約2.2キロ、90キロカロリーの消費だった。三日坊主にもならないまだ二日目だ。

今日のポチ
2009年12月11日(金)
朝から雨が降っていたので、可燃ごみ出しは車で行ってきた。雨のせいばかりでなくごみ袋が重かったせいでもある。最近右肩の筋肉痛が治らず、肩を回すとコキコキと音がして痛みが走る状態なので、あまり重いものを持って肩に負担をかけたくない。来春の解禁までに直しておかないと釣竿が持てないなんてことになったら大変だ。
今日はバアの先週の腎臓検査の結果を聞きに佐久総合病院に行った。
10時半の予約で10分前には着いたが、終わったのは12時半近かった。結果は機能の低下がみられるが腫瘍などはないとの所見だったようだ。特に処置や投薬の必要はなく、半年後に経過をみるためまた検査する、ということで予約した。
ジイは先週と同様院内には入りたくなかったので、病院の近くの喫茶店で待つことにした。古びたビルの
2階の喫茶店で同じフロアには飲み屋さんや美容室も同居していた。店に入るとオールディーズがBGMで流れていて、5つほどのテーブル席とカウンターだけの狭いところだった。お客は誰もおらずしばらく貸し切り状態だった。コーヒー1杯で粘って、バアの連絡を待ったが一度メールで、混んで待たされている、という連絡があったが12時を過ぎても連絡がなかった。独り占めしていたお店も昼休み時間になって常連客らしき人たちが入ってきてあっという間に満席になってしまった。
2
度目のメールで、診察が終わってカルテ待ち、という連絡があったのを潮にお店を出た。外へ出ると、病院に来る時は雪交じりだった雨も少し小止みになって、雪も交じらなくなっていた。病院の玄関でしばらく待っていたが、寒くて冷えてしまったので院内に入り、バアのいるところまで迎えに行った。
だいぶ遅くなってしまったので佐久平でお昼を外食することにし、「民芸」から「むぎの里」に名前の変わったお店で温かいうどんを食べた。帰りにジャスコの本屋に寄ってウィンドウズ7のマニュアル本を買った。新しい機能を使いこなすにはどうしてもビジュアルな解説本に頼らざるを得ない。
900ページ以上ある分厚いものを買った。入門的な解説本は説明が中途半端でかえってわかりづらい。マスターバイブルという本の名前も気に入った。
夜になって注文してあった電動ウォーカーが配達されてきた。家の中に運び込むのに佐川急便のお兄さん一人では無理でジイも手伝った。組み立ては自分でしなくてはならないので、雨の降る外ではできず、玄関ホールで梱包を解いて組み立てを始めた。組み立てと段ボールなどの片付けなど使える状態にするまでに
2時間近く掛ってしまった。今日のところは、ジイとバアでそれぞれ10分間のお試しで使ってみた。やり終わる頃にはうっすらと汗をかいた。思った以上にスペースを取るようで、予定していたリビングには置けず、しばらく玄関ホールに置いて様子を見ることにした。

電動ウォーカー
2009年12月10日(木)
今朝は目が覚めたら8時過ぎだった。最近就寝時間が遅くなっているので起きる時間も遅くなっているが、今日のように8時を過ぎることはあまりない。遅くとも7時前後には目が覚めるようになっている。火曜日か金曜日でごみを出しに行かなければならない日を除いて、何時までに起きなければならないという決まりはないので、何時まで寝ていても構わないのだが、外が明るくなれば自然に目が覚めるようになっている。
今日は起きるのが遅かったので、
9時前に掃除を始めることができなかったが、ごみやほこりが目立ってきたので、9時を過ぎてから掃除をした。1キロワットの単価が9時を過ぎると約10円高くなるので、今まで9時前には終わらせるようにしていたが、今日はやむを得ずというところだ。
ポチは
7日の病院以来発作を抑える飲み薬を飲むようになった。それ以来発作も起きず元気そのものだ。薬の影響で活動が鈍るかもしれない、と言われていたが、そういう意味の薬の影響は見受けられない。ただ寒くなってきたせいか外へ出てもすぐに戻ってくるようになった。また、ダイニングこたつに入って座っているバアの足の上にしきりに飛び乗ってくる。ただ落ち着きにくいのかしばらくすると降りてしまう。たまに長くいるとバアのほうがしびれてきて音を上げる。
お昼過ぎに頼んであった無線ランルータとマウスが届いた。さっそく無線ランルータを天井裏に置いてある有線のルータに替えて取り付けた。既設のパソコンもちゃんと接続できたので一安心した。ノートパソコンの設定はウォーキングに行ってきてからにした。朝こそ氷点下に下がって冷えていたが、午後になると気温も上がって
15℃以上になり、風もなく絶好の散歩日和になったので、午後2時過ぎにパソコンいじりを中断してウォーキングに出かけた次第だ。約1時間半歩いた。絵になりそうな古民家を見つけては一眼レフカメラに収めながら歩いたので、時間の割には歩いた距離はそれほどでもなかったかもしれない。家に帰りつく前に太陽が西の空の大きな雲に隠れると急に肌寒く感じるようになった。ウォーキングから戻ってからパソコンの無線ランのセットアップに取り掛かった。少し手間取ったが何とかインターネットの接続もうまくいって胸をなでおろした。これでしばらくは反応の鈍かったパソコンのネット環境から解放されそうだ。

バアの足の上に乗ってくつろぐポチ

ウォーキングしながら撮った民家
2009年12月9日(水)
昨夜は新しいパソコンにソフトを入れる作業などをしていて結局午前2時すぎになってしまった。メールのアドレス帳を新しいパソコンにインポートすることができず手間を食ってしまった。それは今日改めてネットで対処方法を調べて解決したが。久しぶりに緊張して作業したせいか神経が興奮してベッドに入っても寝付けず、しばらく村上春樹の「海辺のカフカ」をベッドの中で読んでいたので眠りに入ったのは3時半を過ぎていたと思う。朝は普通に起きたが、曇って外は寒そうなので、朝ごはんを食べ新聞を読み終わる頃には、こたつに入ってしばらく居眠りをしてしまった。
午後は二日続きで家から一歩も出ないということではいけない、と思い立ってバアと立科町のツルヤまで買い物に行ってきた。生野菜が不足してきたのでそれを買い、ついでにバナナやコロッケも買った。ちなみにツルヤのコロッケやメンチは安くておいしい。先日落ち葉拾いに行くときオデッセイに乗ろうとしたらバッテリー上がりでエンジンがかからなかったことがあったので、オデッセイで行った。少しでも動かさないと心配なので乗って行ったのだが、そろそろバッテリーの買い替えを考えたほうがよさそうだ。

昨日問題になった消火栓(白い枡)
2009年12月8日(火)
予報では今季一番の冷え込みになるということだった。新聞を取りに玄関先のポストに行ったとき温度計を見るとマイナス5℃だった。マイナス5.5℃の時があったから2番目の寒さということか。ポチもさすがに寒く感じたのか、外に出たがって出たのに、デッキの上で一回りしてすぐ家の中に戻るということを2度も繰り返していた。
午前中組長さんが来て消火栓について、隣の
Yさんと話し合うので立ち会って欲しいと頼まれた。数年前に一度消防署の職員が来て、以前にうちの土地に消火栓があったので、また復旧して取り付けたい、という話があった。ちょうど我が家の入り口のジイとバアの家のサインのある辺りにつけたいというので、消火栓をなぜ民地に設置するのか、消火栓はどんな形状なのか、工事後芝をきちんと復元してくれるのか、などいろいろ質問したが十分な説明がなかった。その後Yさんの畑の中に設置されたのでその話は終わっているものと思っていたが、どうやら我が家が断ったので、当時やむなく暫定的にYさんの敷地に設置したということになっているらしい。
設置場所が畑の中なので、畑が使いづらく組長さんを通じて区長に移設を申し入れているとのこと。移設場所が二転三転し、費用もかかるので今年中には決着しなかったとのこと。ジイが来年から組長になるので、懸案事項として移設の問題を引き継ぐに当たって、消火栓の移設位置を改めて確認しておきたいとのことだった。こちらとしては消火栓をうちの土地に設置することを断ったつもりはなかったが、二つ返事をしなかったことが断ったことになってしまったらしい。
話し合いでは、改めてうちの土地に移してもいいという話をしたが、
Yさんは、Yさんの敷地内で畑からずらした道路際の場所に移設すればそれでいい、ということで話がついた。それにしても移設費用は、町内会の負担が必要らしい。民地に設置したり、費用の一部か全部か今の組長さんもわからなかったが、いずれにしても地元の町内会にも費用負担させる消防体制には少し疑問が残る。
午前中早くも
dellからパソコンが届いた。一緒に頼んだ無線ランルータやコードレスマウスなどは届かなかったが、ノートパソコン本体だけは送られてきた。さっそく使い始めたが、以前は必ず付いていたOSやオフィスのマニュアルがなく、簡単な説明書が付いているだけだった。わからないことはネットで問い合わせするか、マニュアルなどはダウンロードしろということなのだろうか。この日記も新しいパソコンを使って書いている。テレビを見ながらでも書くことができるので楽でいい。内容は本当に思いつくままに・・・なってしまうが。午後からはパソコンの各種設定に明け暮れてしまった。

早くも届いたノートパソコン
2009年12月7日(月)
懸案になっていたノートパソコンは、dellのパソコンに決め、ネットで申し込みをした。一応目安にしていた予算内で、CPUやメモリーなどのスペックの条件がクリアできた。これで、ホームページ作成やネットをするときに、少しはいらいらが解消できるだろう。それともう一つコタツに入りながらでも思いついたときに日記が書ける。ネットの注文のついでに、電動ウォーカーも頼んだ。みんなでどうせ三日坊主だろうと馬鹿にされているが、この日記にも書いた以上、是が非でも使い続けなければなるまい。
今朝は月
1回の新聞、雑誌、ダンボールなどの資源物の収集日だったので、車で八重原公民館まで持って行った。先月山ちゃんにガラスを持って行ってもらったので、今日はこちらが山ちゃん家の分も一緒に持って行った。いつもより早く起きたので、7時前に温度計を見たら零下2℃だった。池はまだ凍ってないが、田んぼの水が凍って朝日に光っていた。
午前中
1週間前に作った落ち葉の堆肥がどうなっているか覆っていたブルーシートを開けてみたが、まだ発酵は始まっていなかった。少し落ち葉を切り返し、発酵が進むよう牛糞堆肥を加えてみた。午後から少し風があって寒かったが、昨日と同様いい天気だったので、ウォーキングをした。真っ直ぐ歩いて行けば片道30分弱で行ける外倉簡易郵便局まで遠回りをし、小一時間かけて行き、年賀状を買って戻った。昨日は風もなくポカポカした感じだったが、今日は風が冷たく感じた。まだ耳は痛くなるほどの寒さではないが、間もなく天気が良くてもウォーキングできなくなるだろうから、そのときは電動ウォーカーに頼らざるを得ないだろう。
ウォーキングから戻って一休みした後ポチをゆりかご動物病院に連れて行った。いつもより早めに出たが途中道路工事をしているところが
2ヶ所もあって、午後の開院時間の4時を過ぎてしまったが、先客はなく一番で診療室に入ることが出来た。一昨日の発作の報告をし、発作を抑制する薬を飲むことになった。最小の量でしばらく様子をみることにした。12回粉薬を水に溶かして飲ませるので、そのうち1回は腎臓の薬と一緒に飲むことになる。ポチも最近は慣れたのか、それともバアが飲ませるのが上手になったのか、抵抗なく飲むようになった。今度の薬で発作が出なくなればいいのだが・・・。

まだ発酵が始まっていなかった堆肥、手前の山は去年の堆肥
2009年12月6日(日)
朝目が覚めて外を見ると濃い霧が立ち込めていて、景色がぼやけて幻想的な雰囲気だった。麦畑の先の松の森がかすかに見えるだけであたりは静寂に包まれていた。朝食を済ませ、ひとしきり新聞に目を通し、テレビを見るとはなしに時折見ている間に、いつの間にか霧が晴れて、家の中にも陽が射すようになった。
10時過ぎからお昼まで、先日ウォーキングしたときに撮影した畑の中のトラクターを、パソコンの画面に出して写生をした。畑で作業するおばあさんの姿も画用紙に描いた。風景画を描くときには、画面のどこかに人物も描き込みたいので、そういう練習をしたいと思っている。写生が基本だろうが、いくつかサンプル画を手持ちしておくのもいい、と何かの本に書いてあった。
絵を描いていると、組長の
Mさんが町内会の集金がてら、来年の組長をお願いしたい旨の話を持ってきた。今年の春先にそのような話をチラッとしていたので覚悟はしていた。このあたりは組長の交代は年度ではなく暦年のようなので1月からやるようになるらしい。同じ組の近所の家の人たちとの付き合いのきっかけにもなるし、地域の人との関係も組長の仕事を通していろいろできてくるだろうから、喜んで引き受けるつもりでいる。
バアは手編みのポシェット第
2作を午前中には完成させ、アイロン掛けしていた。外も寒くなさそうなので、午後からバアとウォーキングに出かけた。浅間山はじめ烏帽子岳まで山々の頂は雪で真っ白になっていた。景色がいいと歩く足も軽くなる気がするから不思議だ。約1時間歩いた。
夜長く伸びた髪を切った。昨日はバアの髪を切るのを手伝ったが、まだ切るのは
3度目ぐらいなので、恐々切るせいか時々鋏に髪を挟んで痛がられた。ジイの髪はもう35年以上もバアに切ってもらっているので、バアも慣れたものだし、安心して任せられる。これでさっぱりとして新年を迎えることが出来そうだ。

ポシェット第2作

真っ白になった浅間山
2009年12月5日(土)
昨日から今日にかけて送ったりんごなどのお礼の電話やメールがあった。日ごろのご無沙汰のお赦しをいただく暖かい言葉をかけてもらった。中には毎日のようにこの日記を読んでいるので、こちらの生活が手に取るように見えるとの言葉もあった。確かに自分でもよくこんな日記が続いているものだと思っている。おととしの1114日からだからもう3年目に入ったわけだ。若いときから何度も日記をつけ始めては三日坊主で挫折してきたので、この日記の継続は自分でも驚きだ。
今まで続かなかったのは、この日記のように、誰かに読まれることを前提に書く、という性質のものではなく、あくまでも私的な記録、独白だったからなのだろうか。そういう意味では、この日記はいつも我が子達へのメッセージというか、今日も元気につつがなく暮らしているよ、ということを伝えようとする意識が前提になっている。ときにはかっこよく大上段に振りかぶって今の政治状況を切るようなことを書いてみようと、パソコンの前で
1時間ぐらい考えるときもあるが、思いなおして近況を書くことに努めるようにしている。この平々凡々な田舎暮らしの中で、健康で安逸な生活を送っていることが伝わればいいのだ、と。
というわけで、今日も午前中から雨が降り始め、一日中降り続いたので、外には一歩も出ずに家の中で過ごしてしまった。今日は地元長野で、サッカーの
J2の下にあたるJFL昇格を目指す地元「松本山雅」の試合が午前中から放映されていたので、それをテレビ観戦した。松本山雅が勝って明日の試合に勝てば昇格が決まるという展開になった。午後からはJ1の浦和レッズ対鹿島アントラーズの試合をテレビ観戦した。前節の試合のあとの感想のとおり、浦和は鹿島に目の前で胴上げをされることになった。残念だが今の監督の戦術では、優勝は出来ないと思う。ペナルティーエリア付近までパスが通っても、最後の決定的なパスが通らなければ得点は出来ない。
最近バアは毛糸の手編みをまた始めるようになった。まず手始めに
1日半でポシェットを編み上げ、今は2作目に着手している。今日のように雨で外にも出られないと、一日中編み続けるので、あとで肩が凝った、頭が痛くなったと言い出さなければいいのだが・・・。
今日は朝食を食べているときに、ポチが久し振りに発作を起こした。
1025日以来の発作だ。今回は正気に戻るのにしばらく時間がかかった。気が付いてからもしばらく後ろ足が硬直して歩けなかったので、脳出血でもして麻痺しているのではないかと心配したが、しばらくして落ち着いたら、歩けるようになったので胸をなでおろした。その後はずっと自分のベッドにもぐりこんでいたが、夜になって動き出し、食事もし、水も飲んで、トイレにも行き、普段と変わらない様子に戻った。

バアが編んだポシェット
2009年12月4日(金)
昨日の深夜には月や星も出ていたはずなのに、朝になったらまた雨になっていた。それでも佐久総合病院に行くため家を出た920分ごろには、車を運転するのにサングラスが必要なほど晴れてきた。10時に病院に着き、バアのCT検査が時間がかかりそうだったので、河川敷の駐車場に車を停めて、ジイだけ臼田市内を散策することにした。新型インフルエンザが流行している最中に、病院内にいたくなかったのと、旧臼田町内は一度も歩いたことがなかったので、約1時間20分歩いた。
佐久総合病院から出て千曲川沿いに歩き、臼田橋を渡って小海線の臼田駅に向かった。千曲川を挟んで病院とは反対側にも大きな町並みがあった。臼田の町は野辺山や清里などへ行く時に走る国道
141号線の沿線だが、バイパスが出来て、今日歩いたような所からますます離れた所を通過していってしまうので、この辺は車でも通ったことがなかった。今日歩いた臼田駅の脇を通る県道は、かつては群馬県下仁田と佐久を結ぶ主要な道路の一つだったはずだ。
臼田駅から
20分も足を伸ばせば、日本では函館とここの2ヶ所しかないという五稜郭跡がある竜岡城跡がある。しかし、函館のような完全な形では残って折らず一部は私有地として住宅などに利用され、形も一部崩れてしまっているようで残念だ。
今日はそこまではいけなかったので、臼田駅周辺を歩き、古い酒造店の立派な建物などを撮った後、臼田橋まで戻り、橋を渡って戻った橋の袂にある稲荷神社の急な階段を社のある頂上まで昇った。そこから見下ろす千曲川と臼田の町を眺めた。境内の一角に島崎藤村の千曲川旅情の歌の一節が碑になっていた。稲荷神社の境内の先に大きなロケットが立っていた。もうだいぶ昔から建っているのは国道
141号線からも見えるので知っていたが、何の施設かわからなかった。今日そこまで行って、初めてそれが日本最初の人工衛星「おおすみ」を乗せて飛んだロケットの模型で、中に螺旋階段があり展望台になっているのを知った。このあたりで一番高い所に建っているので、一番上の展望台から眺めた景色は360度遮るものもなく、ここまで歩いてきたコースも目で追うことが出来た。
ロケット型展望台の下は公園になっていたが、公園の清掃をしている数人の人を除いて誰もいなかった。かなりの勾配のある公園で、眺めはいいが寛げる雰囲気には乏しい感じだ。再び公園の坂を昇って稲荷神社のほうへ戻り石段を下りて病院のほうへ戻った。ちょうど病院の手前まで戻った所でバアから電話がありタイミング良く落ち合うことができた。
お昼になったので佐久平のラーメン店でラーメンと餃子を食べた。
6個入りの餃子が4個だけきて、残りは焦げてしまったのであとから持ってきます、ということで食べていると6個入りのもう一皿がきた。もちろん料金は一皿分、ラッキーと思ったがラーメンと餃子10個でお腹がいっぱいになってしまった。電動ウォーカーを真剣に考えている身にとってこれは果たしてラッキーだったのか?
お昼のあとはジャスコの本屋さんで北陸・金沢の旅行本を買ったあと、湯の丸山へ行く途中にあるチーズ屋さん「フロマージュ」でチーズの発送を頼んでから家に帰った。すっかり晴れ上がったころ、家に戻って浅間連山のほうを見ると、昨日と今朝の雨が山の上では雪だったらしく、山の中ほどまで雪化粧していた。

臼田駅近くの酒造店

稲荷神社の境内からの眺望(千曲川と臼田駅周辺)

ロケット型の展望台
2009年12月3日(木)
朝から今にも雨が落ちてきそうな曇り空だった。山ちゃん夫妻が立て替えていたりんごの代金を持ってきたので、そのまま上がってもらって四方山話となった。そうこうしている内に雨が降りだした。お昼までおしゃべりしたあと、簡単な昼食をし、買い物に行く予定だったが、雨で出かけるのも億劫になり、中止してしまった。出かけるのを止めた午後は、晴耕雨読というならば格好がいいのだが、実際はテレビをつけながらうつらうつらと居眠りをするという緊張感皆無の半日だった。おまけに昨日お客さんからいただいた老舗のおかきやクッキーをたくさん食べてしまった。今真剣に電動ウォーカーの購入を考えている。
2009年12月2日(水)
昨日に引き続き朝ごみステーションに金属陶器を出しに行った。月に1回の収集だが、出しに行ったのは引っ越してきてからまだ2回目ぐらいだ。気温はマイナス3度で周囲の畑は霜が降りて真っ白だった。池からももやが立ち上り、ちょうど日の出を迎えて山水画のような風景になっていたので、ごみ出しから戻った後急いで一眼レフで写真を撮った。池のもやまでは上手く写っていなかった。
玄関ドアに糸トンボが張り付いていたのでそれも撮影した。昨日は蝶々のヒメアカタテハが庭のスミレの蜜を吸っていて驚いたが、こんな寒さになっても昆虫が生きていることに驚いている。
今日は昔のバアの仕事仲間
4人が新幹線で訪ねてくるというので、佐久平駅まで迎えに行った。先月上尾での飲み会に集まった仲間たちで、そのときの話題から、リンゴなどの買い物ツアーをかねて訪ねてくれることになった次第だ。迎えに行く途中佐久市内は濃い霧に包まれていたが、4人を乗せて家に戻るときにはその霧も晴れて、御牧原台地を走っているときは、雪をかぶった北アルプスや浅間山がくっきりと見えた。
お昼は「ふるさとの草笛」で山菜てんぷらと新そばのもろそばにクルミおはぎを食べた。女性陣にはそばの盛りが多すぎて食べ切れなかったようだ。そのあとは道の駅「雷電クルミの里」で野菜やお焼きなどを買ったようだ。ここから眺めた浅間連山にはめずらしく雲ひとつなく、全て見渡せる雄大な眺めだった。みんな電車で帰るのに心配するほどおみやげの荷物になっていた。
そのあとはタカノりんご園に行って、それぞれ発送してもらう分を頼んでいた。タカノさんも女性たちに囲まれて舌好調で、りんご箱に入ったりんごを袋に自分で詰めるだけ持っていっていいよ、とみんなに袋を手渡したので、ここでさらに重い荷物が増えてしまった。夕方暗くなる前に4時台の新幹線で帰るというので、再び佐久平まで送った。夕陽がちょうど美ヶ原の峰に沈む所で、これもまたいい景色だったので、みんなに喜んでもらえたようだ。
4人を見送って帰るときには満月が東の空に上がりはじめていた。今日は一年のうちでも滅多にない、雲ひとつない天気に恵まれた一日だった。明日からは天気が崩れる予報だ。

朝もやの日の出

家の暖かさが伝わるのか玄関ドアの淵にへばりついている糸トンボ

氷点下まで冷え込む今頃も飛び交っているヒメアカタテハ(昨日撮影)
2009年12月1日(火)
いよいよ師走となった。カレンダーを最後のページに替えた。昨日ジャスコの中の本屋さんで書き込み用のカレンダーを買ったので、それも壁に用意した。退職して最初の年はカレンダーを買うことに抵抗があったが、それも昔のこと、今や抵抗なく自分の気に入ったものを買ってきて使うことに慣れてきた。
今朝の可燃ごみの運搬は車を利用した。有料ごみ袋を大きいサイズのものを買ってしまったので、たっぷり入るようになり、その分持つとかなり重たい。ステーションまで持って歩くとなると、何度も途中で持ち替えないと手が痛くなる。特に最近右肩が時々痛くなるので、今日は無理をしないで車で運ぶことにした。
午後山ちゃん夫妻を誘って、堆肥にするため近くの山へ落ち葉拾いに行った。毎年行っていた場所は今年は誰か採ってしまったのかほとんどなかった。少しだけたまっている場所があり、とり始めたが唐松の葉もたくさん混ざっていたので、とるのを諦めて別の場所に移動した。そこで
1時間ほど麻袋など車にいっぱいになるほど積んで家に帰った。
家に戻って去年作った堆肥の残りを出し、そこに新しく落ち葉を入れ、米ぬかと油粕、さらに生ごみのぼかしで採取した液肥を撒いて、
3段ほどに積み重ねた。堆肥の囲いにいっぱいになるかと思ったが上に乗って踏み込むと半分ほどにしかならなかった。もう少し落ち葉が必要なようなのでまた改めて取りに行くことにした。去年はなかなか発酵を始めなかったが、今年は陽気が良く気温も高いので、早めに発酵が始まるのを期待したい。
作業が終わったところで、山ちゃん家でお茶会となった。落ち葉拾いに行く途中、立科町の道路上でリンゴ農家が、リンゴのかごを落としてあわてて道路上に広がったリンゴをかき集めている現場に出くわした。通り過ぎるわけにも行かず、車を降りて拾うのを手伝った。大粒の取れたてのおいしそうなフジだった。全部拾い終わったあと少し傷の付いたリンゴを
4個ほどお礼にともらった。お茶会でそのリンゴをむいてご馳走になったら、甘くて美味しかった。
明日バアの友人達がくるが、リンゴを買いたいというので、今日タカノさんに電話したら、明日は出荷作業で家にいるとのこと、また発送を頼んであった分は今日箱詰めして送ったそうだ。

過去の日記07年11月〜09年11月

思いつくままに(ジイの記録)