2009年8月31日(月)
国家的規模のお祭り騒ぎも終わって、民主党の大勝利となり、早くもマスコミは今後の政権運営について、あーじゃない、こーじゃないと喧しい。いずれにしても国民の誰でもが心豊かに人としての暮らしが成り立つように政治の舵取りをして欲しいものだ。
台風の影響か朝から降ったり止んだりした雨も、午後の後半からすっかり止んだ。暗くなる前に、午前中生協の宅配が来たとき以外一歩も外へ出ていないことに気付き、外へ出て庭と畑を一回りした。畑では少し雨が降ったせいか、ダイコンやニンジン、カブが元気を取り戻したようだ。スイカやカボチャも無事だった。
一昨日収穫したスイカは昨日食べるつもりだったが食べ損なった。午後のおやつに食べようとしたが、夕食前にお腹がいっぱいになっても困るのでそれはやめ、夕食後選挙の開票速報を見ながら夜食代わりに食べようと思ったら、早々と大方の趨勢が出口調査の分析で出てしまったので、
10時ごろから半分居眠りしながらのテレビ観戦となり、食べるタイミングを逸してしまった。
そんなことで今日の夕食後に
4分の1の半分を食べた。確かにスイカの本場波田町産のスイカよりは甘味が少ないが、自分で種から苗を作り、畑に植えて生産したスイカだ、ということで十分美味しく感じた。まだ畑に食べごろを待つスイカが3個はあるので楽しみだ。十分に冷えたスイカを食べたあとは、寒く感じて思わず開いていた窓を閉め切った。最近は外の気温は夜になると20度を切るようになっている。台風の余波の風が窓の開いたところから入り込んでいたようだ。
2009年8月30日(日)
衆議院選挙の今日、すでに期日前投票を済ませているので、投票所へ行く必要もない。午前中庭で草取りをしているとNHKの職員が来た。上尾にいるときはJcomのケーブルテレビの料金の支払いに抱き合わせて徴収されていたが、こちらに引っ越してきてからNHKの訪問を受けたことはなかったので支払っていなかった。
NHK
BS放送を観るとしつこく画面に、BS受信装置を設置した届出をするようお知らせの文字が出て、画面を見づらくしていたので、とうとう我慢できなくて2ヶ月前ごろネットで連絡をして、お知らせが画面に出ないようにしてもらった。そのときからいずれ集金に来るものと覚悟がしていたが、とうとう今日やってきた。いろいろNHKには言いたいことが山ほどあるが、集金に来た人に言ったところでNHKの体質が変わるわけでもないので、何も言わずに?9月分の1か月分を支払い、支払い通知が来るたびに嫌な気分を味わいたくないために、ついでに10月からの年払いの口座からの引き落としの契約もしてしまった。
午後から佐久平に出かけ、まず佐久平駅のビューで、大人の休日会員パスとえきネットで予約しておいた函館までの往復の指定席のチケットを入手した。指定席特急券、乗車券も合わせて一人
12,000円で行って来られるのだから、とても得した気分になれる。ヤフーで調べた料金では片道だけで22,030円だった。函館で2泊するホテル代が出せる差額だ。駅からジャスコに行って買い物をした。30日で日曜日ということで混みあっていたが、店内では臨時にステージが作られ日テレ系の24時間テレビの募金キャンペーンが行われていたので、それも賑わいを増していた原因のようだ。ジャスコの中にある本屋で芥川賞の作品が載っている文芸春秋を買おうとしたら売り切れでなかった。食料品を買ってジャスコを出て家に帰る途中、セブンイレブンでヤズヤの支払いをするときに雑誌のコーナーを見たら、文芸春秋が1冊だけ売れ残っていたので買った。
夕食のおかずの
1品に、前回好評だった手作りのシュウマイをまた作った。前回と同様また胡椒を入れるのを忘れたが、味は今回も手作りの美味しさが伝わってくる感じでよかった。バアにもOKをもらった。夜8時前から始まったテレビの開票速報には驚いた。午後8時まで投票所が開いている所がほとんどで、開票が始まるのは早くて8時半以降だと思うのだが、民放のある局では小選挙区、比例区合わせて480人の内の3分の2以上に、放送が始まると同時に当確を出していた。最近の選挙は出口調査をしてそのデータに基づいて開票の趨勢を読み込み、当確を出してしまうようだ。選挙の趨勢は夜中になって明らかになるものと思っていたのに、午後8時半には民主党が300議席を越えることがほぼ明らかになってしまう。何か肩透かしを食らったような感じだった。おかげで寝不足になることもなかったが・・・。
やはり自公政権の末期症状に国民の誰もが嫌気をさしていたのだろう。自民党は選挙のマニフェストの表紙に責任力という言葉を造語して掲げていたが、二人も続けて首相の座を投げ出したにもかかわらず、民意も問わずに政権維持に固執し続けた政党が「責任」を言うに値しないことがどうしてわからなかったのだろうか。公示後毎日、麻生首相の顔をテレビ画面いっぱいにアップさせ「責任力」を強調する姿は、まさに裸の王様そのものだった。これで民主党の政権交代が決まった。何かが変わることは間違いないが、何がどう変わるのかはしっかり見張っていないと、自民党以上に暴走する可能性もある。
2009年8月29日(土)
天気予報では午後から雨ということになっていたが、朝からパラパラと小雨が降り出したので、これは一日雨かと滅入っていたら、朝のうちだけでその後は晴れ間もでるいい天気になり、夜になっても降らずに終わった。
午後からダイコンやニンジンなど根菜用の肥料を買いに農家向けホームセンター「大地」へ行ったが、一袋
20キロ入りで2,880円模するので買うのを諦め、コメリに行った。そこで25キロ入りで2,480円の肥料を買って帰った。ダイコンやカブは先日間引きをしておいたが、ニンジンはまだだったので間引きをした。今回は発芽率が良くてびっしり苗が育っていたので、間引いた苗が残した苗の5倍ぐらいになった。間引いたあと今日買ってきた肥料をダイコン、ニンジン、カブの株元に撒いた。
スイカが大きくなってきて、とうとう直径
20cm以上になってきたので、一番先に実になったスイカを採った。バアやミッチャンからまだ採らないのかと、2,3日前からせっつかれていたが、インターネットで調べると花が咲いてから40日から50日と書いてある。まだそこまで経っていないような気がするが確かな記憶ではないので、まずは一つ試しに採ることにした。採って重さを測ると8.5kgあった。恐る恐る割ってみると,赤味がまだ足りないような感じだった。種も白いのが多い。少し食べてみると甘味が少ない感じがしたが、食べられないほどの悪い味ではない。今日は食べずに冷蔵庫に入れておいて、明日総選挙の結果でも見ながら食べることにした。
2009年8月28日(金)
昨日は一日いろいろなことがあって日記に書くことがいっぱいあったのに、夜遅くまで中日・巨人戦の巨人3連勝の余韻に浸ってしまって、ホームページの日記をアップしなかったため、今朝からその後始末で午前中を棒に振ってしまった。
最近インターネットエクスプローラをバージョンアップしたあと、サムネイル画像を拡大したあと元へ戻そうとすると、ページの先頭に戻ってしまう不具合が生じるようになったので、午後からホームページビルダーのソフトを扱っている
IBMに問い合わせをしたが、すぐには分からず、あとから電話をかけてくれることになった。いつ電話が掛かってくるかわからないので外へ出ることもできず、結局夕方まで外へ出ることができなかった。家から外へ出たのは一度、ジイ小屋のところにヘビがいたとバアが騒いだので様子を見に行っただけだった。
前回のトラブルのときは適切なアドバイスを貰って問題解決ができたが、今回の回答はちょっと不親切な対応で終わってしまった。夕方の回答では、トラブルの原因はホームページビルダーのソフトにあるのではなく、パソコンメーカーかマイクロソフト社側にあるので、そちらに問い合わせてくれというつれない返事だった。仕方がないので、インターネットエクスプローラのバージョンアップ版を削除して旧バージョンに戻し、今までどおりサムネイル画像のある場所へ戻るようにした。確かに原因は
IBM側ではなくマイクロソフト側にあるが、IBMのソフトで作ったホームページに影響が出ているのだから、会社同士でトラブルを解決する修正プログラムを考えないのだろうか?ジイのようなパソコンのエンドユーザーのほとんどは、パソコンの仕組みや構造もわからず、マニュアルに書いてあることの意味もよくわからないまま、悪戦苦闘しながらいじくっているのが実情だ。問い合わせにはできる限り親切に対応してもらいたいものだ。
夜は
9時のニュースを見ている間に眠り込んでしまい、夜中に一度目が覚めたがまた眠り込んで朝まで寝てしまった。
2009年8月27日(木)
滋野公民館の講座の「滋野探訪塾」に参加した。前回7月の講座のときに駐車場に入れようとして車のドアをぶつけてしまったので、今回は公民館から少し離れた臨時駐車場のほうに車を停めた。この講座も今回が今年度最後となるので参加者もいちばん多かった。
今日は、縄文時代から弥生時代にかけての住居跡のある戌立(いぬたて)遺跡、寺浦(てらのうら)遺跡を見学した。これらの遺跡群は、昭和
5年から大々的に発掘され、遺跡・文化財発掘の黎明期だった当時としては、全国的にも有名になった場所らしい。昭和8年には国の史跡の指定を受けたらしいが、当時はまだ今のような文化財保護の意識も低くて、史跡をあらわす記念の石柱が立てられただけで、住居跡を示す石や石器、土器も保護されずに散失し、僅かに運び出せない大きな石だけが残ったような状態だった。戌立遺跡には昭和63年に復元された当時を偲ばせる竪穴住居もあったが、小諸市側にある寺浦遺跡は草や木に囲まれて記念碑と案内板だけが、そこに遺跡があったことを示すだけだった。
今回は、この
2カ所のほかに聖(ひじり)地区の山の神を祭った大ケヤキのあるところにも行った。三方が峰の山裾の扇状地に位置するこの地区は、戦後満州から引き揚げてきた長野県出身者達が開拓に入ったところだ。かつて火砕流が走ったところで、保水力のほとんどない地層のため、稲作には適さず開拓に入った人たちは酪農で生計を立てたらしい。
滋野地区の古い字(あざ)名の入った地図を資料にいただいた。地名は歴史を知る手掛かり、と講師の長岡先生は力説していた。戌立遺跡の名前の由来も、戌の方角(西北西)にあった建物、という説が有力とのこと。聖地区も字名では、日尻となっているが、実際には山裾に水が落ちる様が、樋の先、尻の形から由来しているのではないか、と言われている。昔の人が自然の地形や産物、目印となる樹木や石、建物から地名を付け、それが次から次と口伝されてきたものが、道路ができ区画整理や耕地整理が進み、名前の元となった地形や事物が失われるとともに、地名までが変わっていく。こうして自然と共生してきた時代から自然を支配し始めた人間の営みの行き着くところはどこなのか、考えさせられる時間になった。
大型バスで遺跡めぐりをしたので、他に予定していた場所はバスが道が狭くて入れず、予定より早く公民館に戻ってきた。たまたま島崎藤村の研究者で大東文化大の教授も今回の探訪塾に同行し、その先生を紹介する資料の中に藤村の「椰子の実」と「惜別の歌」の歌詞が載っていたので、それを全員で合唱して滋野探訪塾を閉じた。
滋野公民館で衆議院選挙の期日前投票所が開設されていたので、講座が終了した後、山ちゃん夫妻とジイとバアの
4人ともそこで期日前投票を済ませた。今回の期日前投票は、中間発表で前回の選挙のときよりも1.5倍の投票数になっている、というから今回の選挙は、前回の郵政選挙よりもさらに投票率が上がると予測されている。さて結果やいかに?
帰宅すると我が家の手前の家の
Hさんが電柱の穴を掘っていた。畑を耕していたら昔のコンクリート柱が出てきたので、それを使って今の街灯を山ちゃん家に行く道路を照らすように移設したい、とのことだった。一昨日そういう話をしてきたので特に反対はしない旨言ってあったが、こんなに早く行動を起こすとは思わなかった。おとといその話があったとき、誰がやるのか聞いたら、自分でやるとのこと、どうやらそういう関係の仕事をしていたらしい。それでも、コンクリート柱を一人で立てるのは無理だろうから、手が必要なら声をかけてください、と言っておいたら早速声が掛かった。山ちゃんと二人で手伝ってHさんの家の敷地内に電柱を建てるのを手伝った。電柱を倒れないよう固定したところでお役ごめんとなった。そのあと手馴れた様子で工事を一人で進めていた。移設された場所は、山ちゃん家へ通じる道も明るくなるが、Hさんの家の出入り口も明るくなる場所だった。
2009年8月26日(水)
今日は山ちゃん夫妻と一緒に松本、安曇野に行ってきた。安曇野は、バアの姉と甥が5月にこちらに遊びに来た帰りに寄った、「ミュウジアム・カフェ・バナナムーン」という別荘地内にある成瀬政博の美術館のことを甥のホームページに載せてあったので、どんな美術館なのかこの目で見てこようと思って出かけた。成瀬政博は週刊新潮の表紙絵を描いている画家だ。入り組んだ別荘地内で場所がわからず迷っている所で郵便配達の局員さんに出会い、道を聞いてようやくたどり着くことができたが、残念ながら閉まっていた。入口には何も書いていないので、定休日なのか、閉館になってしまったのかもわからない状態だった。
がっかりして、お昼に近かったので、近くにある山岳美術館やジャンセン美術館などを素通りして、アルプス安曇野・ほりがねの里という道の駅に行って、山ちゃん夫妻お薦めの常念天丼を食べた。やはり「花より団子」のほうがジイには向いているようだ。
昼食後は安曇野から松本に行き、市内のジャスコの駐車場に停めて、石井スポーツに行った。買い物を済ませ、ジャスコに戻って夕食の食材を買った。昨日料理教室で習った中華丼以外の献立を家で復習するための材料だ。

3
時半ごろ家に戻ってくると郵便局の赤い車が玄関のところに止まっていた。配達に来て留守なので、連絡票を書いているところだったらしい。配達の品物は岩手の師匠からの秋刀魚の贈り物だった。入れ違いにならなくて良かった。おそらく今朝水揚げされたばかりの秋刀魚にちがいない。触るとぷりぷりして張りがある。ビシソワーズ、トマトの春雨サラダ、油揚げのネギ味噌焼きに加え、早速今夜のおかずに追加した。
秋刀魚は頭と尾を切り落としただけでそのまま焼いて食べたが、いつもは食べないワタまできれいに食べてしまった。新鮮なワタは、まるで蟹味噌のようで、甘味とほろ苦さのバランスがほどよく絶品だった。ジイが作ったビシソワーズは、献立にあった生クリームを使わなかったせいか今ひとつコクがなかった。油揚げのネギ味噌焼きは昨日の料理教室で食べたものより美味しかった。昨日はカロリーを下げるため油揚げの脂を落としてから焼いたせいかぱさぱさした感じがしたので、今日は油揚げを脂をぬかずそのまま焼いたのが良かったようだ。トマトの春雨サラダは一緒に入れたきゅうりから水が出たせいか味が薄くなってしまった。お昼の天丼がボリュームがあったので、お米のご飯は食べずに、秋刀魚と手作りの料理をつまみにして、お酒を少し(コップに
1杯)飲んだ。巨人が中日に連勝したので、そのお酒もうまかった。
2009年8月25日(火)
昨日からの低温の影響で、朝7時過ぎにステーションまでごみを出しに行ったが、寒そうなので長袖を着て出かけて正解だった。もうそろそろ季節の変わり目に入ってくるのだろう。
今日、ジイと山ちゃんは「味な男の料理教室」に行ってきた。今日のメニューは、中華丼、ビシソワーズというジャガイモ、タマネギを煮込んであと牛乳、生クリームを入れて冷ました冷製スープ、トマトの春雨サラダ、油揚げのネギ味噌焼きの
4品だった。最近は4人一組のグループの中でそれぞれの役割分担が自然に決まってくるようになった。ジイは全員のご飯の仕込みと、トマトの春雨サラダを担当した。ジイのやる分は簡単なほうだったので、早めにそれを終わらせて、洗い場を担当した。何せ調味料一つずつ秤にかけるため、小皿を使うので、料理ができる前にも調理台の上に器がいっぱいになってしまう。次から次と洗って片付けていかないと、出来上がった料理を器に並べるスペースが空かない。今回はいずれも彩りも多く、味もなかなかいい加減に出来上がった。出来上がったものを食卓に並べみんなで頂いている間も話の花が咲いた。全部片付けをして解散した頃は午後1時を過ぎていた。
家に戻ると、バアとミッチャンは午後
1時からの植物観察に出かけた後だった。久し振りのひとりなので、クラシックを大きな音で聴いた。途中でポチが迷惑そうに起きてきて大きな声で鳴いて文句を言っていた。
2009年8月24日(月)
午前中2階の西側や北側の窓を開けてパソコンに向かっていると、最初は気持ちいいと思っていた風が次第に寒く感じるようになり、1時間も座っていたらすっかり足などが冷え切ってしまった。バアが何か飲むかと訊ねてきたので、アツーいコーヒーを淹れてもらった。午後になっても晴れてはいたが気温が上がらず、8月にしては9月の終わりか10月のような感じだった。夜になると全県で低温注意報出ていた。人間にとっては寝苦しくなく過ごしやすくていいが、稲やリンゴなどに影響がないか心配になるほどの気温だった。ポチもリビングに射し込んでいる陽だまりで丸くなって日向ぼっこをしていた。
そのポチを
10日ぶりの点滴を受けにゆりかご動物病院に連れて行った。先客はポチより2歳若いネコでやはり腎臓の病気にかかっているようで、静脈注射を受けていた。今日もポチの具合は太鼓判を押してもらった。来月3日間留守にするのも今の状態なら心配ないだろう、とのことだが、出かける前の様子で最終的に入院させるかどうか決めることにした。
動物病院の帰りにガソリンを給油するついでにスタンドの隣のユニクロも覗いて見た。先日買ったシルキードライというインナー用の
Tシャツを、おとといの里山歩きに着て行ったら、登山の間かなり汗をかいたが、べとつかず乾きも早くて、今まで山用のダクロン系の素材のTシャツに比べても遜色がない着心地だったので、もう2,3枚買っておこうと思った。しかし、店内の以前買ったときに置いてあった棚にはなく、よく見ると店内はもう既に秋物一色に入れ替わっていた。今の景気低迷の中で唯一、衣料品量販店で勝ち組になっているユニクロならではの動きの早さだ。
今日で甲子園の高校野球も終わった。
9回ツウアウトから6点差を1点差まで追い詰めた日本文理の戦いぶりには拍手を送りたい。高校野球ではどこのチームを応援していたわけではないが、どちらかというと関東甲信越から東北、北海道のチームに力が入ってしまう。今回も優勝を何度もしている中京大中京よりも日本文理に肩入れしながら見ていたが、結果は109で中京が優勝した。ポチの診察に行くため最後のアウトのところからはテレビで観ることができなかったが、あとのニュースで両チームが試合終了後抱き合って健闘を讃え合っている姿を映し出していた。お互い全力を出し切って戦ったという共通の思いが、共感となってあのような形になったのだろう。将来にわたって彼らは友情で結ばれるのだろう。見ていてすがすがしい気持ちにさせてくれた。
2009年8月23日(日)
昨日の里山歩きには参加していない山ちゃんが一人で、黒斑山と高峰山に登ってきたところ、高峰山でマツムシソウが群生していたらしい。そこで今日は天気も良いので、急遽そのマツムシソウを見に高峰山に行くことになった。
午後
1時半に家を出て、215分ごろ高峰高原ホテルに到着し、早速高峰山の登山口に向かった。登山口のところから既にマツムシソウやヤマハハコ、アキノキリンソウなどのお花畑になっていた。途中尾根に出るまでの急坂こそ熊笹に覆われて花も少なかったが、日当たりのいい尾根道に出ると、そこはもう自然のお花畑だった。マツムシソウにはクジャクチョウが蜜を吸う姿をあちこちで見ることができた。
登山者に人気の高い隣の黒斑山と違って、手軽に登れる高峰山は意外と登山者が少ないのか、高山植物も荒らされていない。そのせいかどうかわからないが、最近めっきり少なくなったマツムシソウがまだ至るところで咲いている様子に胸をなでおろした。頂上からは遠く富士山も見ることができた。青空に秋の気配を感じさせるうろこ雲が広がっていた。
家でお昼を食べてから出かけて、景色や花を楽しめる自然がすぐそばにあるのは、やっぱり嬉しいね、と山ちゃん夫妻と喜びを分かち合った。帰りに滋野のツルヤで夕食のお惣菜などを買って帰り、夕食も簡単に済ませるようにした。入浴のとき、
2日も連続で山歩きをしたので、密かに期待して体重計に乗ったのに、なぜか普段より1キロ近く体重が増えていた。
2009年8月22日(土)
今日は滋野公民館の生涯学習講座「里山を歩く」の日だった。千曲市にまたがる大林山に登るので、いつもより30分早く8時に家を出た。8時半に集合し、坂城町から坂井村へ通じる県道を行った所にある登山口に向かった。総勢11人だったので、ジイの車を含めて2台の車に分乗して行った。ところが、登山道入口近くの道路際に車を寄せようとして、もう1台の車が側溝に前輪を落としてしまった。ジイがJAFの会員だったので、JAFに電話したら1時間以内に来てくれるというので、3人で救援車を待つことにし、他の人たちは先に大林山に登ってもらうことにした。
千曲市のほうから
JAFの救援車が到着したのは結局11時半近くになってしまった。途中の目印にした場所から、携帯で現場までの道を案内することにしていたのだが、携帯の電波の状態が不安定で、なかなか通じなくて、別のもう1台の携帯でようやく繋がって、連絡が取れたような次第で、来てもらうのに手間取ってしまった。しかし、世の中見捨てたものじゃない、と思ったのは、救援車が来るまでの間、2台の車から声を掛けられ、引き上げるのに手伝おうかといってくれたことだ。1台はアスファルトを積載した小型ダンプに乗った20代の若者の二人組だった。ジイのような年になるとつい、「今の若い者は!」とただ外見だけで眉をしかめがちだが、心優しい若者もいるということをあらためて思い知った。
JAF
に無事車を引き上げてもらって、1140分ごろ先行したみんなを追って大林山の登山口へ向かった。ひとりは一緒に行かず周辺で待つ、というので二人で追いかけることになった。途中の2カ所の分岐点では、迷わないよう講師の先生の案内メモが貼り付けてあった。みんなが頂上から降りてくるのに合流すれば、そこから一緒に戻ってもいいかと思いながら登っていたが、午後120分ごろバアからの携帯電話を受信した。頂上に着いた所だという。その後話の途中でまた電話が切れてしまった。それから40分、2時ちょうどに我々が頂上に到着すると、先発隊のみんなからなぜか大きな拍手で迎えられた。
頂上の標識を中心に全員で記念写真を撮り、
220分下山を開始した。車を停めてある場所に着いたときは4時半になっていた。滋野公民館に戻ってきたのは550分、今までで一番時間がかかった里山歩きだったが、アクシデントもあったせいか印象深いものなった。家に戻ってすぐ、夕飯前だったが、冷えたスイカがあったので、それを食べた。山歩きのあとの水分補給にはもってこいのおいしさだった。
2009年8月21日(金)
久し振りに強い陽射しがない曇りがちな天気だった。風も少し吹いていたので、草取りにはちょうどいい気候になった。雨も降らず土が乾いて、雑草たちも少し水不足で手で引き抜くと思った以上に簡単に抜けた。ヒマワリも早めに咲き終わったものは、葉も茶色くなり始めたので何本か切り倒した。おかげで庭の視界も少し広がった。
畑の野菜たちも雨がしばらく降っていないので、少し疲れ気味のようだ。ヤーコンやサトイモの葉が黄色くなり始めて少し心配だ。夜になって少し雨がぱらついたので、一息ついたようだが
8月初めまでのような大雨にはならないので、すぐ乾いてしまいそうだ。明日は生涯学習の「里山を歩く」の日なので、雨になって欲しくないが、野菜にはもう少しあめも欲しいし、悩むところだ。それでも夕方ナス、トマト、ピーマン、モロッコインゲンを山ほど収穫したので、山ちゃん家と山分けにした。
今夜の食卓は、山ちゃん家がカレーにするというので、我が家もカレーにすることにした。カレーの材料のジャガイモ、タマネギは自家製、キュウリとトマト、バジルの生野菜も、豚肉とピーマン、タマネギの油炒めも豚肉を除いてみな自家製だ。
真夏というのに新型インフルエンザがいよいよ大流行のステージにあがってきた。日本で発症が見つかったときはあれほど大騒ぎしたのに、弱毒性と分かった途端に、経済優先で警戒を緩めてしまった。マスコミはほとんど取り上げなくなっていたのに、実際には新型インフルエンザは確実に流行の輪を広げていたのだ。今は強毒性のインフルエンザに変異しないことを祈るばかりだ。
2009年8月20日(木)
おかしな夢を見た。どういういきさつか、前の職場で定年退職を迎える職員に、退職後の心豊かな生活を送るために、ということで話をしてくれということだった。ただ久し振りに職場に行って挨拶するつもりだけだったので、何の準備もしておらず、焦りながらもそれでは、話を5つの柱立てにして話そうとしたまではよかったが、柱にする内容が浮かんでこず、立ち往生寸前でポチの鳴き声で目が覚めた。
今日上尾へ契約に出かけるので、市役所の駐車場に車を停めようかと考えたことが頭の隅に残っていたのかもしれない。それにしてもいまさらながら、人様に今の暮らし方を自慢げに話すことなど何もないことを自覚した。人それぞれ行き方は千差万別、小泉元総理も国会答弁に使った島倉千代子の「人生いろいろ」だ。今の田舎暮らしに自分としては十分満足しているつもりだが、こんな暮らし方だけが、全ての人にいいわけではない。
午前
9時前に家を出て上尾に向かった。平日の日中で高速道路の割引がないので、内山峠を越えて下仁田インターから高速に入り、いつものように東松山で降りて、まずは自宅に向かった。道路が空いていたので11時半前に着いた。自宅といえるのは今日が最後となる。すでに元の山ちゃん家は跡形もなく、更地になっていた。その脇に我が家だけが残っている姿は、2軒並んでいる姿をずっと見てきたものにとっては、奇妙な感じだった。
最後の記念写真を撮ってから、郊外のレストランで昼食をとり、東急リバブルのある上尾駅東口のまる広デパートに車を停めようとしたら定休日で閉まっていた。仕方なく西口に廻ってイトーヨウカ堂に車を停めた。上尾駅は工事真っ盛りで、通路も誘導路で歩くようになっていたが、拡張される通路の幅がわかるようになっていた。今までの
8メートルから20メートルに広がるが、果たして将来こんな広い通路を作っておいてよかったと言えるのだろうか?時間があるのでコーヒーでも飲もうかとドトールへ行ったが空席はなかった。仕方なく駅の改修で新しい場所に移ったビュウで旅行パンフレットを眺めながら涼んで時間をつぶした。
少し早いが東急リバブルに行くと既に買主家族(夫婦に女児一人)が来ていた。彼らも千葉から車で来たようだ。司法書士立会いで不動産登記関係の書類の受け渡しを済ませ、その足で駅前の金融機関へ行って、売買代金の振り込み手続きを済ませて、全て手続きが終わった。これで上尾の自宅を完全に手放したことになる。買主はまだ建物を解体するのか、改築するのか決まっていないようだ。
金融機関の店先で不動産会社や買主と別れ、ヨーカ堂で買い物をしたあと、コーヒー専門店「桂」でコーヒーを飲んでから、家に帰ることにした。この喫茶店は、よく西口で飲み会などのあとの
2次会で寄ったことがあった。ここも最後かとひっそりサヨナラをして店を出た。
帰りは上信越道の甘楽のパーキングで休んだあと、
5時を過ぎるのを待って下仁田インターを降りた。もちろん通勤割引で半額の通行料にするためだ。家を売って大金?が入った日だというのに、太っ腹にはなれない?6時半過ぎに家に着いた。何かわからないが疲れた一日だった。
2009年8月19日(水)
明日の契約に使う印鑑証明と住民票を取りに北御牧総合支所に行った。ついつい窓口の職員の対応の仕方に目が行ってしまうが、記載台で申請用紙に書いているときから、カウンターの奥で書き終わるのを立って待ってくれていた。他にお客さんがいないから、玄関を入ってきたお客が何を求めているのか、一部始終を見ている感じだ。申請書を出してからいくらも待つこともなく証明書が出来上がった。先日の市県民税の課税誤りはまずかったが、支所の窓口対応はまずまずだった。
支所に行ったついでに佐久平のジャスコまで買い物に行った。ジャスコには
20日、30日の5%引きの日に行くようにしているが、決算感謝デーで今日19日も5%引きになるチラシ広告が入っていたので、行くことにした。ジャスコでは大きなスイカを買った。スイカは腎臓にいい?というのでせっせと食べることにした。畑のスイカは直径20cm弱まで大きくなってきているが、それを待っていられず買ってきて早速一切れ食べた。孫達がきたときに食べたのが今年の最初になるが、ここ数年季節に一度食べるかどうかほどだったので、今年はもっと食べられそうだ。ジャスコではスイカの近くの果物のコーナーに、ナシの幸水も出ていたし、新聞にはリンゴの津軽の出荷が始まったと載っていた。いよいよ果物の季節が近づいてきてうれしいかぎりだ。
2009年8月18日(火)
7時過ぎにステーションまで歩いてプラごみを出しに行ったが、もう一日暑くなりそうな陽射しの強さだった。外に出るのが億劫で午前中は家の中で新聞を読んだり本を読んで過ごしていたが、山ちゃん夫妻が元気に庭の草取りや、刈払い機での草刈りをしていたのでほんのちょっと手伝った。
朝から家の南側の畑にトラクターが入って伸び始めた雑草を押しつぶしていた。昨日の畑は我が家に入ってくる道の手前にあるHさんの家の畑で、耕作しているのは同じ組のTさんだ。このTさんには家を作ってから何かと世話になっている人だ。今日の畑の持ち主は我が家の南側に住んでいる一人暮らしのおばあさんのIさんだ。今日トラクターでIさんの畑を耕作していた人は見知らぬ人だった。今年は何も作らないのかと思っていたが、どうやら麦か蕎麦を作るらしい。いずれにしても耕作放棄地になって雑草で覆われてしまうよりはいいことだ。
去年まで雑草に覆われていた我が家の畑も、今年からは
20種類以上の野菜を植え、それなりに失敗もあるが新鮮な野菜を食べられるようになった。時期によって食べきれないほどなってしまうこともあるが・・・。旧望月町でやっているクラインガルテンは人気で、最近できた20区画に対する応募者はかなりの数で抽選をしたと聞く。年間38万円で100坪の畑と45uのラウベと呼ばれる簡易宿泊施設を自由に使える。県外から週末を利用してやってきて泊り、畑で野菜作りを楽しむことができるので、結構我々のような団塊世代に人気があるようだ。これからは農地を持てない人にも遊休農地を利用して野菜作りなどできるような農地法の改正やシステム作りも必要だろう。
今日衆議院選挙の公示がされた。
30日までニュースを中心ににぎやかになるが、民放で政党の選挙コマーシャルで見たくもない顔をこれから毎日見せ付けられるのかと思うとうんざりする。
2009年8月17日(月)
今日も一日いい天気になった。午前中暑くなる前に、テラスに干しておいたジャガイモを段ボールに詰めた。時期を遅らせて収穫したキタアカリだったが、長雨が続いて傷んでいるのが多かった。干している間にも腐ってきて悪臭が出てしまったものもあり、収穫時期をずらした失敗例になった。結局かなりの量を廃棄した。無農薬で作ったものなので、食べてやりたいが、おそらく食べきれない早いうちに傷んできてしまうだろうと、思い切って捨てることにした。レタスやキャベツなど豊作になりすぎて、トラクターで潰している光景をニュースでよく見かけるが、そういう農家の心情がよくわかるような気がした。
昨日家の周りの草刈りをしたので、我が家の入口の西側の畑の草が伸び放題になっているのが余計目立っていた。その雑草が今日トラクターできれいに押しつぶされ、すっきりして見通しが良くなった。畑と道路の先に番線を張ったり、雑草を伸び放題にさせているので、嫌がらせなのかと、あまりいい気持ちはしていなかったが、これでしばらく余計な気を回さないで済みそうだ。
午後来月の北海道旅行の宿泊するホテルを予約した。
1泊目は湯の川温泉のホテル、2泊目は20年以上前に家族旅行で泊ったことのある函館駅近くのホテルを予約した。今回はいろいろ移動せず、函館周辺だけにした。今までは出かければ欲張ってあっちにもこっちにもと駆け回る忙しい旅ばかりしてきた。ゆっくり、じっくり横浜と同じく開港150周年を迎えた函館を歩いてくるつもりだ。
東急リバブルから電話があり、売買契約を
20日にすることが決まった。
2009年8月16日(日)
この夏もう何度目になるのか、刈払い機で草刈りをした。午前中の涼しいときにやればいいものを、その午前中は家の掃除をしたり、昨日のうちにやり損ねたホームページの更新などをしたりしている間に、お昼になってしまった。午後の炎天下、約2時間家の周りから芝生まで汗をかきかき頑張ってしまった。これも元気だからできるのだと自分に言い聞かせながら・・・。
さらに休憩を挟んで、今度はミニ耕運機で畑を耕した。ジャガイモを収穫したあと一度耕しておいたところが、また雑草が生えだしたので、そこを耕した。そこは秋になったら、タマネギを植える予定なので、今のうちから少しずつ土が乾いているうちにやっておかないと、草だらけになったり、雨が降って湿ったりするとあとで耕すのが大変になる。ミニ耕運機での耕運が終わる頃には陽も傾き、暑さも和らいで楽になった。
夜は雑草に負けないぐらい伸び切った髪の毛を切った。実際には、自分で切ったのは頭の前のほうの一部だけで、あとは全部バアにやってもらった。最近は、髪が伸びてもだれも咎める人もいないし、自分としては学生時代からの長髪のほうが似合っていると思い込んでいるので、自分が鬱陶しく感じるようになるまで、伸ばし放題になっている。さすがに今日は暑い中作業していて、頭の芯まで暑く感じて切る気になった。もう髪の毛も床屋に行かず、家で切るようになってから、間もなく
37年になる。25歳の誕生日が最後で、その後は後輩の結婚式の司会をする前に一度だけ行った例外を除いて、ずっと行ってない。娘達の結婚式の前にも行かなかったので、もう一生行くことはないだろう?
2009年8月15日(土)
終戦記念日の今日、戦後64年が経った。二度と戦争の愚を犯すことのないよう、今の一人ひとりに責任があることをあらためて思う。
朝起きたときは、浅間山や蓼科山は雲に隠れていたが、天気予報は晴天になっていたので、エコーバレースキー場のある姫木平から霧ケ峰のハイキングコースを歩くことにした。
9時半過ぎに登山を開始。無理をせずゆっくり登った。スキーのコース脇の林との境にはフシグロセンノウが鮮やかなオレンジの色で咲いていた。林道を過ぎて開けた斜面に出ると、ヨツバヒヨドリが群生していて、赤トンボやたくさんの種類の蝶々が群舞していた。お目当てのアサギマダラが、初め見当たらず、不安に思ったが間もなく1匹見つけると、次から次と数匹を発見し、ホッとした。
斜面を登り詰め尾根に出ると、そこはお花畑だった。北の耳、南の耳と名付けられた丘を過ぎ、車山へ行く道と分岐して、殿城山に向かう道を辿って行くとそこでもアサギマダラに何匹も出会うことができた。殿城山から下りに入り、一気に唐松林を
1時間下ると、エコーバレースキー場のペンション村に出て、車を停めておいた駐車場に出た。休憩や昼食の時間を除いて約3時間半の行程だったが、久し振りに歩いたせいか疲れたが、心地よくもあった。家には午後2時前に戻ることができた。
昨日の朝から霧ケ峰周辺の山々を歩いている山ちゃん夫妻、昨夜は霧ケ峰キャンプ場に泊り、今日は蓼科山に登ってきたそうだ。キャンプ場にもう一泊して来るとのこと、本当に元気だ。
2009年8月14日(金)
朝起きると窓も開けていないのに何かスースーする感じだった。2階に行ってみたら窓が開けっ放しになっていた。昨夜は日中の暑さと打って変わって、寒く感じるぐらいの風が吹いて涼しくなった。2階の窓も閉めたと思い込んでそのまま確認しないで寝てしまったようだ。これで今シーズンになって二度目だ。記憶力だけでなく注意力も衰えてきたようだ。
午前中トレンドマイクロ社に問い合わせていた再インストールの方法について、メールで回答があったので、それにしたがって一度ウィルスバスターを削除し、再インストールした。操作手順は、リテラシィの低いジイにもわかり易く書かれていたので、戸惑うこともなくスムーズにできた。主に使っている
2階のパソコンの処理を終えてから、1階のパソコンも同じように再インストールした。なんだかんだいって昼食を挟んで2時間近く掛かってしまった。
再インストール後、
87日から更新できなくなっていた「北御牧の今」09年後期のページを更新した。何のトラブルもなく更新できたのでひとまずホッとした。写真の掲載も、日記だけでは伝えられないものをカバーしてくれるので、それなりに必要だと思う。たまにいい写真が撮れたときなどは、自分としてはちょっと自慢げに載せているつもりでいる。
昨日に引き続き青空が広がり、陽が射していたが、家の中は涼しくて気持ちがいい一日だった。北西からの風で、乾いてひんやりした風だったせいだろう。しばらく天気予報では晴れが続くようだが、こういう晴れならばありがたいのだが・・・。
10日ぶりにポチをゆりかご動物病院に連れて行った。今回でちょうどまる1年通ったことになる。先生がポチに、こうしてあなたが元気でいられるのはお父さんお母さんのおかげですよ、と皮下点滴をしながら言い聞かせていた。ポチは相変わらず点滴されていることをうらめしそうに鳴き続けていたが・・・。帰り際、満1年のお祝いにじゃれて遊べる小さなネズミのぬいぐるみをいただいた。
夜になると、少なくても
4ヶ所で行われた花火が家の内外から見ることができた。お盆のこの時期になると毎年行われる行事のようだ。東御市の花火大会は不景気で寄付金が集まらなかったのか早々と中止のお知らせが届いたが、立科町や佐久、小諸市は今年もできたようだ。上尾の花火大会に比べると規模は数段小さいが、真夏の夜空に打ち上げられる花火には、小さくてもそれなりの風情は感じられる。爽やかな風が一日吹いたおかげで空気が澄んでいて、花火の光や音もよく伝わってきた。花火が一段落したあとは、玄関の外で久し振りに天の川も現れた星空を眺めながら涼んだ。
2009年8月13日(木)
午前中は佐久総合病院にバアの検診結果を聞きに行くのに同行した。9時半の診察時間なので駐車場が満車になっていたが、少し待っただけで停めることができた。診療開始の最初のほうの患者さんが帰る時間だったのでタイミングが良かったようだ。
バアの診察も早めに終わったので、帰りに佐久平のカインズに寄った。ポチのご飯とジイは根菜用の肥料を買うつもりだったが、肥料はなくポチのご飯だけ買った。さらに立科町のツルヤにも昼食用の惣菜を買うため寄ったら、こちらにほうが駐車場が満車でしばらく停められなかった。特別なイベントがあるわけではなさそうなので、お盆の準備のためのようだ。若者が通路でお互いに久し振りの挨拶を交わしている光景もあったので、帰省客もいるのかもしれない。駐車場で停める場所がない経験は初めてだ。
午後は暑くて、何もせずテレビを見て過ごしていると、IBMから電話があり、昨日の電話での応対に対する満足度調査だった。回答内容が確かなら満足度は高いのだが、マイクロトレンド社に問い合わせ中のため、まだ教えてもらった操作をしていないので答えられない、と返事をしてしまった。電話を切ってから、ちょっと素っ気なかったかな?と反省。
一昨日の駿河湾沖地震で崩落した東名高速道路の路肩の復旧が遅れているようだ。その現場から近くはないが同じ静岡県内に両親のお墓もあるので心配している。両親の墓は山の斜面に近いところだ。無事であることを祈る。
9月の大人の休日倶楽部の会員パスを使った函館までの往復の列車の指定席が取れた。ジイの誕生日を絡めて23日で出かける予定だ。これからその3日間をどう過ごすか考えなければいけない。
2009年8月12日(水)
今日も一日暑かった。日中は暑くて外に出られず、家の中で過ごした。ホームページの画像を貼り付けようとすると作成ソフトがフリーズしてしまうことについて、メーカーのIBMに問い合わせしたところ、やはりウィルスバスターのバージョンアップが原因らしい。一度ウィルスバスターをアンインストールして再度インストールすれば解決する、ということだったが、下手にアンインストールしてしまうとライセンスの問題もあるので、一応トレンドマイクロ社にメールで処理方法を問い合わせた上で操作することにした。もうしばらく「北御牧の今」は更新できそうもない。
夕方涼しくなってから畑に出て、夏野菜を収穫した。トマト、ナス、キュウリ、モロッコインゲン、ピーマンとどれもこれも
3日ほど収穫しなかったので、また食べきれないほどの量になってしまい、少し迷惑かもしれないが、山ちゃん家にも食べてもらうことにした。今夜の夕食のおかずは、イワナ、ヤマメの塩焼きに、ナスと豚肉の油炒め、モロッコインゲンの味噌和え、キューリの浅漬けに、トマトだった。ご飯と豚肉、調味料以外は川と畑で獲れた食材だった。食料自給率の引き上げにささやかな貢献をしている。
カボチャ畑の一角で直径
10センチほどのスイカ2個を発見した。この2,3日の日照りで一気に大きくなったようだ。種から苗を作ったがほとんど芽を出さず、2苗だけ育ったがそのうちの一つは枯れてしまい、唯一残った苗が育ったものが今やカボチャに負けないほど四方に蔓を伸ばしている。よく見ると2個以外にも小指の先ほどの大きさの実が2個見つかった。うまく育つと生まれて初めて自分で作ったスイカを食べられるのだが・・・。
麻生、鳩山の自民、民主党首討論が行われた。ニュースで見ただけなので、一部しかわからないが、お互い目くそ鼻くそを笑うような内容で、どちらに政権を託すのにも不安はぬぐいきれない。ただ自公政権はしばらく引き下がってもらいたいものだ。
2009年8月11日(火)
朝早起きして釣りに行こうと5時半に目覚ましをかけておいたのに、目が覚めたら7時を過ぎていた。前の晩早めに寝たのに、夜中に目が覚めてしまって、それから1時間以上眠れず、そのせいか目覚ましで一度は目が覚めたがまた寝入ってしまったようだ。
あわてて起きてすぐごみを出しに行って戻ってテレビをつけると、どのチャンネルも東海地方の地震のニュースでもちきりだった。かなり大きな地震だった割には、人的が被害も少なかったようだ。東海大地震が言われ始めて
30年近く経つが、できることなら起きないで済んで欲しいものだ。
朝食を済ませ釣りの支度をして家を出たのは、
820分になってしまった。釣りのほうはいつものホームグランドへ直行した。このところの雨で増水し、堰堤下などに大きなポイントができて、次から次と入れ食い状態だった。最初の場所では、型が小さくなってきたので、やめて次の場所へ移動する、という贅沢な選択をした。午前中2ヶ所で17尾を釣り上げた。リリースを入れたら30尾近くになったろうか。
お昼前にはかんかん照りで、かなりの暑さになった。熱中症にならないよう水分を補給しながらの釣りだった。しかし、餌のミミズが熱中症になってしまったようで、午後から別の川で釣り始めるとミミズが死に掛けて、針から取れやすくなってしまった。
さらに藪の中を歩いていて蜂の巣があったらしく蜂に
2ヶ所も刺されてしまった。大きな蜂だったのでスズメバチに違いない、と思い冷や汗をかいた。刺されたところを絞り出し、吸い取って吐き出すのを何回かやってみた。効果はあったかどうかわからないが、夜になっても多少の腫れと痛みがある程度で、今まで庭などで何回か蜂に刺された時とあまり変わらない症状なので、スズメバチではなかったのかもしれない。蜂に刺されたのと餌のミミズが駄目になったのを潮に納竿することにした。2時前に家に戻って、釣り道具を洗って干したが、靴以外は夕方にはすっかり乾いていた。
広島に出かけていたバアたちも特養にいるおばあちゃんのところでおじいちゃんの記念会を開くことができ、特養の一室を借りて一緒にみんなで昼食もとれたようだ。軽眠状態だったおばあちゃんも、フーサンの声かけで覚醒し会話ができたようだ。帰りは地震の影響で新幹線のダイヤが乱れていて、広島駅で予定していた列車の
1本前の列車に乗ることができ、東京駅には予約してあった長野新幹線に間に合う時間に到着し、無事予定通りの時間に佐久平に到着することができた。
2009年8月10日(月)
朝から雨が降っていた。正確には昨夜から、ということか。朝5時過ぎにバアは起きて出かける準備を始めていた。ジイも5時半過ぎに起きた。615分に山ちゃん家の車に乗って出かけていった。7時佐久平発の長野新幹線も、さらに乗り継ぎの東京からの東海道新幹線も、雨の中特に遅れることもなく順調に目的地の広島まで行けたようだ。ニュースでは岡山、兵庫で大雨による河川の氾濫や土砂崩れで、死者や行方不明者が多数出ている報道をしていた。全国には危険な個所が何千箇所もあって、それに対してほとんど十分な対策がされていない、といわれている。短絡的にはいえないが、自然に対する人間の思い上がった国土の開発や道路の整備が遠因になっていないか、振り返る必要があるのかもしれない。
午前中東御市役所の納税係に電話した。先日また、市県民税の納税通知書が届いたからだ。去年まで支払っていた家屋敷の不在持ち主に対する均等割り課税を、また送ってきた。今年の
11日現在では住民登録してあるので、本来抹消しておかなければならないのに、機械的にまた課税して送ってしまったようだ。発送する前に住民登録のチェックがされていなかったようで、我が家だけの問題ではないので、必ず課税する前に11日現在の住基データと突合させるようにシステムを考えなくてはいけないよ、とイヤミを言ってしまった。
上田地域には午前中大雨注意報が出されたが、午前中で雨もあがった。雨が止んだのでどうしようか迷ったが、釣りに出かけるのは見合わせた。山ではかなりの量の雨が降ったろうから、今日は無理をせず明日の天気の様子を見て、行くかどうか決めることにした。そんなわけで一日家にいて昼寝をしたり、本を読んだりとのんびり過ごすことができた。
2009年8月9日(日)
長野市七二会にあるマイスターOさんの古民家の修復の手伝いに行った。夜中に雨が降っていたし、天気予報では大雨洪水注意報も出ていたので心配したが、出かけるときは曇りで降っていなかったので出かけることにした。マイスターOさんは昨日からご夫婦で来ていた。昨夜は近くの民宿に泊ったそうだ。
今回は、土蔵に窓を取り付ける作業を手伝った。二つ目の窓で、一つ目は先月別の友人に手伝ってもらって既に取り付けてあった。窓を取り付ける土蔵の壁は、昨日のうちにほぼくり抜いてあった。ジイも手伝ってまずは、窓の大きさに合わせて正確に泥壁を削り、次に窓を取り付けるための木枠の嵌め込みをした。Oさんの指示のもと、木枠を寸法に合わせて切るのを手伝う。なにせ土蔵の壁の厚さが
1015センチもあるので、二人で内と外でお互いに声を掛け合いながらやらないとうまく合わない。窓も立派な意匠の木枠の付いた二重ガラスの窓なので、一人で持ち上げるのがやっと、という重さなので入れたり、はずしたり何度も内と外で確認しながら寸法を合わせた。結局午前中だけでは終わらず、午後に掛かってしまった。
午後からも、窓枠が外壁よりも外側に出てしまうので、木枠をもう一度はずしてカットし、付け直しもしたので目鼻が付いた頃には
3時のおやつの時間になってしまった。もっといろいろ手伝う場面があればよかったが、結局窓の取り付けだけで終わってしまった。まだまだ古民家の改修には壮大な計画が残っているので、来年になってOさんが仕事から解放される(定年)ようになれば、手伝える場面が増えるだろう。
片付けをしていると携帯の呼び出しがなったので出ると、バアから北御牧のほうは今土砂降りになっている、ということだった。七二会も帰るころから雨が降り出し、下の国道に出るまで強い雨に見舞われたが、国道に出ると雨もやみ、家に帰るまで降られることはなかった。明日はバアが朝早く出かけるので、早めに寝ることにする。
2009年8月8日(土)
朝はいつもより30分ほど遅く起きた。ゆっくり朝食を摂ってから家の掃除をした。お客さんがいる間掃除もできなかったので、だいぶ汚れてきていた。土曜日なので午前9時を過ぎても電気料金を心配する必要もないので(平日は9時から単価が高くなる)、時間をかけて念入りに掃除機をかけた。さらにリビングの雑巾がけまでしてしまった。晴れて蒸し暑かったので、掃除を終える頃は汗びっしょりになってしまった。
掃除を終わらせてから佐久平に買い物に出かけた。初めにガソリンを入れるためにスタンドに寄ったが、スタンドに隣接するユニクロも覗いた。特に新しく買う必要もないはずだったが、見ているうちに夏物のドライ仕様のシャツなどを買ってしまった。ジャスコの買い物の前に昼食時間になったので、蕎麦屋の「草笛」に行ったら、大勢が待っていたのでそこはやめて、近くの海鮮のお店「八風」へ行った。初めて入ったお店だが、系列店が近くで市場や和風レストランもやっているようだ。たまに手近で和食を食べたいときなど入ってもいいかな、という印象だった。
昼食の後はジャスコ内のダイソウで水彩画に使う小物などを買ったあと、食料品を少し買った。帰りに上州屋によって釣り餌を買うつもりでいたのに、ジャスコから真っ直ぐ家に向かっているのに途中で気が付き、あわててUターンして、上州屋まで行って餌を買った。来週早々バアが広島まで出かけている間、釣りに行くつもりだ。
昨夜は、ホームページに車山ハイキングの写真を載せようとしたが、エラーになってどうしてもアップできなかった。昨夜ウィルスバスターを
2009年版に更新したのが原因なのか、ウィンドウズの更新もあったのでそれが原因なのかわからないが、画像のサムネイルを取り込む作業をするとホームページビルダーが固まってしまう。もう一つのパソコンでも同じ結果なので、パソコン自体のハードの問題ではなさそうだ。何とか解決させないと「北御牧の今」シリーズが更新できない。今日も試みて見たが結果は同じだった。勤めているときなら、コンピュータに詳しいのに聞けるが、今は孤立無援?さてどうやって解決したものだろうか?
買い物から帰って間もなく、雲行きが怪しくなり、デッキに干してあった洗濯物を取り込み始めると雨が落ちてきた。そのあとは雷がなり、時折激しい雨が降ったり、止んだりという天気が夜まで続いた。
2009年8月7日(金)
次女の家族の滞在も最終日となった。みんなで早起きをして車山高原に行った。今回はアーちゃんが山に登る、と意気込んでやってきたのだが、昨日までハッキリしない天気で見送ってきた。3日前の天気予報では快方に向かう日だったはずだが、朝起きてみると濃い霧に包まれていた。
次女がおにぎりを作ってくれ、お弁当を持って出かけたが、途中でアーちゃんが車に酔ってしまい、女神湖で休憩、その後も調子が出ず、それでも何とか車山高原のリフトのある駐車場まで到着した。そこからすぐにリフトには乗らずにハイキングコースを歩いた。
途中はヨツバヒヨドリ、マツムシソウ、コウリンカ、シシウドなど夏の山野草の花盛りだった。ムー君もアーちゃんに負けじと予想以上に歩いた。
2,3度転んだが泣きもしなかった。リフトの乗り継ぎのところまで歩いたあと、車山山頂は霧に覆われて視界がないので、登山はここであきらめ、孫達だけお父さんに連れられてリフトで駐車場まで降りていった。ジイとバアと次女の3人は、歩いて下山した。駐車場の脇の池塘の傍らにあったベンチに腰掛けてお弁当を食べた。
帰りはビーナスラインを通って和田峠経由で帰ったが、霧ケ峰で霧のほか大粒の雨に遭遇した。和田峠を下りてくると霧も晴れて視界は良好だった。朝早かったせいか途中から運転手のジイの除き、みんなが車中で舟を漕いでいた。
家に戻ったあと次女たちは帰り支度をして、今度は軽井沢に来ている夫の両親の元へと向かって行った。とかくマンネリになっている生活に刺激的な
34日になった。ポチもムー君に「ネコ、ネコ」と追いかけられていたが、怒りもせず耐えていた。お疲れさん。
2009年8月6日(木)
朝起きて洗面台で顔を洗おうとしたら水の出が細いので調べたらお湯が送られてこなくなっていた。電気温水機がエラーになっていた。去年も次女たちが来ている間に故障し、メーカーに修理に来てもらったが、原因がわからないままとりあえず復旧したので様子を見る事にして、ちょうど1年が経った。2年続けてエラーが出たことで、原因はどうやらいつもは沸き上げを70度に設定しているのを、90度の高温に設定したときに起きる現象のようだ。去年エラーになったときの対処方法として、温水器のカバーをはずし、リセットボタンを押してみる、ということを教わっていたのを思い出し、やってみると無事復旧した。
朝食前のばたばたで朝食が少し遅くなってしまったが、食事が終わった頃に、広島市の平和祈念式典の中継が始まった。広島市長の開会の挨拶で、核廃絶を願う大多数の人(マジョリティ)の隊列にオバマ大統領も加わって欲しい、という願いを込めて、「オバマジョリティ」という造語を提唱していた。プラハでオバマ大統領が世界で唯一原爆を使用した国としての責任に言及し、核廃絶を目指すと宣言したことが、これからの核廃絶に大きな影響を及ぼして欲しいという願いが込められている。一方で核実験を強行した北朝鮮と裏取引で女性記者の解放をしている国でもあるが・・・。秋葉市長は
2020年の完全核廃絶を目指す運動を最後で英語で“Yes,We can”と力強く宣言していたが、是非そうなることを願う。
今日も天気予報ではあまりよくない、というので山登りを諦めたのに、朝方の霧も晴れ強い陽射しが出てきた。家の中で退屈する孫たちに、デッキでプール遊びをさせた。最初は嫌がって入らなかったムー君もアーちゃんが楽しそうに遊んでいるのを見て、仲間に加わった。ひとしきり楽しんだあとは、昼食、次女が握ってくれたおにぎりなどで、少し外出したような気分を味わう。
午後になって孫達が昼寝をしている間にジイは少し畑仕事をした。トウモロコシは今日もタヌキが出没したらしく、何本か食べられそうなのが残っていたのを全部やられてしまった。ミニ耕運機を出してきてトウモロコシ畑とその隣のレタスを植えてあったところを潰して耕した。大型耕運機のようにトウモロコシの茎ごと土と掻き回すというわけには行かず、ときどき回転刃に茎が挟まってエンジンが止まってしまった。なんとか上っ面だけ耕すことができた。夕食は、畑で取れた野菜を材料にバアと次女の合作のおかずで、また今夜も少々?食べ過ぎだ。
2009年8月5日(水)
天気が良ければ車山高原に行く予定をしていたが、天気予報では午後から天気が崩れるようだったので出かけるのは止め、一日家で過ごすことにした。皮肉にも出かけるのを止めにしたあとから晴れ間が出てきた。お昼は次女の作った冷汁でおうどんを食べた。冷汁は埼玉に越してきて初めて知ったうどんの付け汁だ。それぞれ家庭で作り方は違うようだが、次女が作ってくれたのは、麺つゆに味噌を入れゴマやシソ、キュウリの具を入れた冷汁だった。蒸し暑くなった日中、さっぱりとしたおうどんを大勢で競い合って食べてしまった。
食後は、隣の山ちゃん家が乗鞍岳登山の帰りに波田町で買ってきた大きなスイカのお裾分けをいただいたので、それを食べた。さすが本場のスイカは糖度が高く甘くて美味しかった。
午後は夕食の準備にジイも参加した。味な男の料理教室で習ったシュウマイ作りにもう一度挑戦、さらにキュウリとナス、ミョウガを使った浅漬けも作った。バアは定番のポテトサラダだ。夕食は他に昨日のうちにジイが作っておいたヤマメの甘露煮も食卓を飾った。
その夕食前に外が暗くなり始めたので花火大会を開催、時折ポツポツ雨が落ちてきたが、用意した花火を全部楽しむことができた。ムー君は花火の火にも全然動じず、かえって怖がらないことを心配するほどだった。夕食後しばらくすると雨が本格的に降り出したので、夕食前に花火にして正解だった。
その夕食後のデザートは、次女がバアの誕生日祝いを兼ねて大宮の自宅で焼いてきたチーズケーキを食べた。手作りのチーズケーキなど滅多に食べたことがないので十分堪能した。次女はジイとバアが夕食作りをしている合間を縫って、我が家の伝統的なケーキ「おばあちゃんケーキ」も焼いた。来週広島のおばあちゃんのところに会いに行くバアに、お土産として持たせるためだ。我が家に料理好きな人間が育つなど考えられなかったが・・・。
夜は今年一番の暑さだった。いつもなら涼しい風が吹いて、湿度も下がるのだが、雨も降ったせいか蒸し暑かった。孫達はよく眠れただろうか?
2009年8月4日(火)
朝起きて一番にステーションまでごみを出しに行った。行ってくるだけで一汗かいてしまった。朝食のあとは念入りに掃除をし、お客さんを迎える準備も万端だ。孫達の滞在中の食事の材料など足りないものがあったので、午前中ツルヤに買出しに行った。11時過ぎだったが結構熟年世代のお客が利用していた。ジャスコなどの大手スーパーではなくても、地域のスーパーとして頑張っているようだ。野菜や果物などはジャスコよりも鮮度もよく、値段も安い。お昼前には戻ってきたが、何点か買い忘れをしていたがまた出直すには距離が遠い。結局、まあいいか、とあきらめた。
午後になって畑に出て、トウモロコシを収穫しようとしたら、またタヌキ?にかじられてしまっていた。食べごろになると、夜中に食べに通ってくるようだ。耕した畑にタヌキの足跡が転々と付いていた。孫たちに食べさせようと、残しておいたおいしいところを全部やられてしまった。残っているのは虫に食われているのが多い。来年は対策を考えなければいけないようだ。
孫達が来る前にと、ポチをゆりかご動物病院に連れて行った。午後
4時前には着いたが、先客がいた。先客が診療室で診察を受けている間に、先生が部屋の奥の処置室にポチを連れて行って点滴をしてくれたので、一番に診療を受けるのとあまり変わらない時間で終わった。ポチもいつもと違う場所で点滴を受けたので、周りの景色やそばにいる犬などに気を取られ、点滴を嫌がる暇もなかったようだ。
次女家族は、
2年生になる孫のアーちゃんが、23日のスポーツクラブのキャンプから戻るのを待って大宮を出たので、我が家に到着したのは夜9時半を過ぎていた。2歳半を過ぎたムー君は見違えるように成長していた。以前はなん語を話す程度だったのが、いまや二語文を話すようになっている。自己主張もはっきりしてきた。動きも男の子らしい片鱗を見せている。アーちゃんも背が伸びすっかりお姉さんらしい落ち着きが出てきていた。前歯が一本抜け、永久歯に生え変わろうとしている。
2009年8月3日(月)
昨夜も雨が降っていたので、雨の心配をしていたが午前中から晴れ間が広がった。暑い夏の陽射しが戻った外に出ただけでじりじりと肌が焼けるような強い陽射しだった。ようやく近畿、東海地方も今日梅雨明けしたらしい。
午後から秋野菜の種蒔きをした。畑は午前中の陽射しで表面の土は乾いていたが、鍬で耕すと中の土はまだ水分を含んでいて粘り気があった。鍬に土がへばりついて、振り上げると重くなってしまう。畝を作るのも、土が固まりになってさくさくとうまくは作れないので苦労した。ダイコン、ニンジン、カブ、コマツナの種を蒔いた。他にポットでレタスの種を蒔いた。レタスは意外と簡単にできることが分かったので、秋レタスにも挑戦だ。ついでに育苗箱でタマネギの苗作りにも挑戦して見た。今まで畑の一角で育苗したが思うように苗が育たなかったので、今年は箱に培養土を入れて、そこに種を蒔いた。うまくいかなくても毎年農家向けホームセンター「大地」に行けば、季節になると苗を売り出すのでそれを買えばいい。
今日は国内最初の裁判員裁判が東京で開かれたので、テレビ各局がまるでお祭り騒ぎの報道をしていた。裁判員の候補者もその日にならないと自分が裁判員に選ばれるかわからないようだ。抽選で決めるというが、その前の選別の過程もよくわからない。最後の質問票は対象事件との関係や認知度を確認するだけのようだが、今日集まらなかった半数の人の候補者はどういう理由なのだろうか?表向きは特別な職業や仕事に大きな支障が出る人、健康上の理由などと言われているが、それだけか?それにしても予断も無しに殺人事件を審理し、量刑を決めることにまったくの素人が参加してどれほどの意味があるというのか、疑問である。
明日から次女夫妻、孫達が
34日で遊びに来る。孫達の成長を見るのが楽しみだ。
2009年8月2日(日)
今日は4回目の水彩画教室だった。数日前の天気予報では今日当りからずっと晴れになっていたが、梅雨空は晴れず、昨夜の天気予報を見て級長さんから湯の丸山での風景画はやめて、公民館で静物画にするという連絡があった。一日降ったり止んだりの天気だったので、室内の作業にして正解だった。
画題は、季節の野菜のほか、グラジオラスの花、ヒマワリの花と
3点のうち描きたい物を選ぶ、ということでヒマワリを描いた。描いている途中で、簡単なようで難しいことがわかり、選び方を間違えたと思ったが後の祭りだった。描く前はゴッホのヒマワリをイメージしていたのだが・・・。
書き終わったあと全員の作品を並べて、先生が順番に講評してくれるのだが、ずらっと作品が並ぶとおのずと構図や色使いで、目を引く作品がある。
5月の1回目と比較すると大分みんなの仕上がり方も良くなってきているように見える。毎日のようにたくさん描くことが上達のコツですよ、という先生の一言がまだ耳の奥に残っている。
家に戻ってきた頃、少し小康状態だった雨がまた強くなり始め、何もできないのでしばらく週刊誌などに目を通して時間をつぶした。暗くなる前に雨が一時止んだので、ナスやトマト、ピーマン、豆などを収穫した。
2日も収穫しなかったので豆やナスは大きくなりすぎていた。一度立ち枯れ病で駄目になったキュウリに、駄目もとで農薬を使ったら、また実が付き出した。無農薬を押し通そうとしたが、試しに使ったら、かえって農薬の威力を実感する結果になった。喜ぶべきか、悲しむべきか悩ましいところだ。
2009年8月1日(土)
8月になったのでそろそろ9月の大人の休日倶楽部会員パスを使った旅行の計画を立てるため「えきねっと」にログインしようと思ったら、システムが変わっていてどうしてもログインできなかった。仕方なく新規で登録したが、クレジットカードの登録までいったところで、既にそのカードは登録がされている、ということで別のカードで登録する以外ダメ、というメッセージが出てしまった。結局にっちもさっちも行かなくなって、問合せ先の電話番号に電話して、以前の会員登録を抹消してもらった。それまでにたまっているポイントも全部合わせて抹消されることになるが、ログインできないので仕方がない。
新規に登録をした「えきねっと」で北海道行きの指定席の予約をしようとしたが、まだ予約できる日になっていなかった。
1ヶ月と1週間以内らしい。ジイの誕生日に合わせて行こうと計画しているのでもう少し待たなければならない。
お昼前になってようやく外に出て庭の草取りをした。外は蒸し暑く、草取りを
30分もしたら汗びっしょりになってしまった。午後から続きをしようと思っていたら、雨が降り出した。最初のうちは陽が射しながら雨が降る、おかしな天気だったがそのうち空は雨雲の覆われて本格的な雨になった。外に出ることもできなくなったので、総選挙の各党のマニフェストを読み比べているうちに眠くなって、一眠りしてしまった。夕方雨が止んで雲の合間から青空がのぞくと、東の空に薄い虹がしばらく出ていた。日本の将来はこんな空になるだろうか?

過去の日記07年11月〜09年07月

思いつくままに(ジイの記録)