2009年4月30日(木)
早いもので新年度の最初の月ももう終わりだ。退職してからほとんど「年度」という区切り方は、日常生活では意味を持たなくなりつつあるが。今日は松本へ出かける前に、天気も良く風もなかったので、可燃ごみを新しく重量ブロックで作った囲いの中で燃やした。これなら紙類など燃やしているときに風で舞い散る心配が少ない。火燃しをした後、昨日蒔いた洋芝にも水をやってから松本に出かけた。今回も山ちゃん夫妻も一緒だった。
午前中に用事を済ませ、ジャスコに車を止めて、今回もお昼をホテルのレストランで食べた。ランチメニューが変わっていた。
9種類の和洋のオードブルの付いたランチは終わって、新メニューは前菜にスープ、メインディッシュにパンかライスというありふれたものになってしまった。お手ごろな値段なので贅沢はいえないが、今までのものが素材も手間もふんだんにかけたものだったので少し残念だ。
昼食の後は歩いてジャスコに戻り、
5%引きの日でもあるので、来週にやってくるお客さんたちと食べるバーベキューの食材などを中心に山ちゃん夫妻と一緒に買い物をした。
帰りはいつもの国道
254号線をそれて、美鈴湖経由で武石峠を通る道で帰ることにした。つづら折れの山道を登って武石峠まで来たが、そのまま武石まで降りて行くのにはもったいないいい天気だったので、美ヶ原のビジターセンターまで車を走らせた。ビジターセンターに着くと美ヶ原の王が頭のテレビ塔が見えていた。折角だからテレビ塔の隣の王が頭ホテルまで登ることにした。30分弱の山道を歩いて昇った。途中雪が残っていて、山用の靴を履いてなかったので、何度か滑りそうになったが、途中汗ばむほど暖かい中を、気持ちよく歩けた。王が頭ホテルまで着くと、八ヶ岳をはじめ、南アルプスも少し霞んでいたが甲斐駒ケ岳や北岳も見えた。何の予定もなかったのに帰り道のちょっとした寄り道で、少しいい気分が味わえた。ビジターセンターまでの下りは、雪道を避け車道歩きで戻った。
ビジターセンターからの帰りはちょうど
1時間で我が家に到着した。家に戻ってから、洋芝に水をやったあと畑の野菜たちにも水をやった。ジャガイモはまだ芽が出ていないが、植えた場所の辺りの地面が割れてきているので、あと少しで芽が出てきそうだ。
2009年4月29日(水)
メキシコから始まった豚インフルエンザが世界各国に広がり始めている。ついこの間まで鳥インフルエンザの恐ろしさだけが報道されていたが、それよりも早く豚インフルエンザのほうが人から人に感染するウィルスに変異したようだ。何とか全世界に拡大する前に終息して欲しいものだ。まず大きな犠牲になるのは子供や年寄りだから。
午前中は、昨日ミニ耕運機で耕した北側の庭に、缶詰に入っていた洋芝の種を蒔いた。風で飛んでいってしまうような軽くて小さな種だった。種を蒔いたあと上から山砂を掛けた。その上から生ゴミを
EMぼかしで発酵して採取した液肥を、水で希釈して掛けた。さらに水を撒いて様子を見たが、風が強く晴れていたので蒔いた水もすぐ乾いてしまった。午後から出かけたので、夕方帰ってきてからまた水を掛けておいた。いずれ青々した芝生で覆われる、というイメージだが果たしてそのようになるか?
午後は、軽井沢に田中駅からしなの鉄道に乗って出かけてきた。天気がいいので家の近くでウォーキングをしようか、とバアに尋ねると「電車に乗って軽井沢にいきたい」という。ジイがみちのく釣行に出かけている間に軽井沢にミッチャンと行く予定をしていたが、体調を崩していけなかったので、あらためて体調が戻ってきたので行きたい、ということで急遽出かけることにした。軽井沢まで電車で行くのは記憶にある限り初めてのことだ。
田中駅から歩いて
10分ほどの距離にあるスーパーの駐車場に車を止めて、田中駅まで歩いて行き、午後126分の小諸行きに乗車、ほとんどの電車は小諸止まりで小諸から軽井沢は電車を乗り換えて行くようになっていた。小諸で乗り継いで軽井沢には24分に到着した。
旧軽井沢銀座まで行く前に、大賀ホールに行ったことがないので、場所を確認するためにもまず大賀ホールまで歩いていった。大きな池のある公園の一角に建っていた。ゴールデンウィークの初日の今日は中村紘子のピアノリサイタルが午後
3時に開催されるということで、人が集まり始めているところだった。いつかコンサートのチケットを入手して来て見たいと思う。そのあと旧軽井沢銀座まで歩いたが、いつも車で行っていたので歩いてみると駅から結構な距離があることがわかった。
旧軽に行くと必ずと言っていいほど立ち寄るパン屋の「あさのや」でパンを買ったあと、昼食が軽めだったので、店の一角のカウンターで買ったパンの一部を食べた。ゴールデンウィークの初日で通りに人も多い。ウィンドーショッピングをしながら駅まで歩いて戻り、駅の反対側のアウトレットに行った。ノースフェースやマクレガーなどを覗いたが、いい値段のものが多く手が出なかった。フェニックスで夏物の長袖の山用の服を買った。
帰りは軽井沢
533分発小諸行きに乗り、小諸で乗り継いで田中駅に614分に着いた。車を止めてあったスーパーまで歩いた後、買い物もしないですぐに車に乗って家に7時前に戻った。我が家のゴールデンウィークのお出かけは、これが最初で明日松本へ出かけてそれが最後になりそうだ。
2009年4月28日(火)
岩手で釣っているときも寒かったがこちらも寒い。昨日の浅間山は、釣りに出かけるときにはほとんど消えていた雪が、また頂上付近から下まで積もっていた。昨晩は、天気予報で氷点下になる霜注意報が出たので、急いで芽が出始めたダイコンやコマツナを始め、山ちゃん家が植えたネギの苗の上などに寒冷紗を掛けた。今朝は6時の段階で1℃だった。恐らく日の出前は氷点下まで下がったと思う。これから夏野菜の苗などを植える時期となるが、しばらく今日のような低温による霜害に気をつけなければいけない。
午後バアとミッチャンは、滋野公民館の生きがい講座「植物観察」に出かけていった。旧武石村の美ヶ原高原に行く途中の福寿草の里へ行ったようだ。講師をはじめ参加者の中にも詳しい人がいて、今の季節に咲いている小さな野草をたくさん見つけたようだ。ジイのカメラを持たせて写真を撮るよう勧め、実際に撮ってきたがピント合わせが不慣れで残念ながらピンボケが多かった。花の名前は、なかなか覚えられないとぼやいていた。家の周辺は一日風が吹いて気温が上がらなかったが、武石のほうはそれほど風もなく寒くはなかったようだし、講座も楽しそうでよかった。
ジイは家の北側の道路工事や、去年やってもらった排水管の敷設工事で、雑草が削られた場所に、雑草が生えてくる前に芝を植えるため、ミニ耕運機で耕す作業をした。ホームセンターで束で売っている高麗芝ではなく、缶詰に入った洋芝の種を蒔くつもりだ。うまくいくかわからないが雑草がはびこるよりはいいだろう、と言う軽い気持ちでいる。
岩手に行っている間に、ハノイに
1月から行っている友人からハガキが届いていた。一時休暇で日本に戻ったようだが、22日の消印で、「数日の滞在」と書いてあったので、もうハノイへ戻ったかもしれないと思い連絡を取らなかった。無事で元気であることを願う。
2009年4月27日(月)
昨夜というか今朝帰って荷物はそのままに寝始めたが、ポチがうるさくて何度も目を覚ました。どうやら釣りの荷物に魚の臭いや川の臭いが付いているので、それが気になるのだろうか、しつこく鳴いていた。夜中に臭いが出る荷物を食品庫のほうに移したら、ようやく静かになって、眠ることができた。
朝は食後、ポチを落ち着かなくさせた釣り道具の洗浄をした。靴やウェーダー、ビク、釣竿などを丁寧に洗ってベランダに干した。洗濯物もたくさんあったので洗濯機で洗って干した。それで午前中はあっという間に過ぎてしまった。
途中上尾の家の販売を仲介してもらっている不動産会社から電話があった。
1ヶ月間チラシを何度か入れたが反応がほとんどなく、設定している販売価格の見直しを求める電話だった。当初から高値設定であったことは事実なので、山ちゃん家とも相談して設定価格の引き下げに応じることにした。
午後もこまごました釣り道具の片付けや整理をしたあと、葉ワサビの泥落としをした。採ってから
4日目になるがまだしゃきしゃきしていた。洗ったあとの刻みはバアがやってくれた。刻んだ葉ワサビを、師匠に教わったように熱湯にくぐらせ、さましてからバアが2種類の味付けをしてビンに入れ冷蔵庫で冷やした。
一息ついたころは
3時になり、4日分の新聞に目を通しているうちに昨晩眠れなかったせいか、眠くなって仕方がなかった。5時になって家の掃除を始めていると、農協から電話があった。農協には特に用事もないのに何事かと思ったら、佐久警察署からジイの農協のキャッシュカードの拾得物の連絡があったとのことで、あわてて財布を調べてみると確かにあるはずのキャッシュカードがなかった。23日にジャスコでお金をおろしたときにでも落としたのかもしれないが、落としたことさえ覚えていない。
農協に届いた警察署からのファックスの通知を持参しないと、拾得物を返してもらえないというので、北御牧総合支所のなかにある農協北御牧支店まで、あわてて通知書を貰いに行った。最近こんな忘れ物や落し物が多くなった。先日の中央公民館の開校式のときも、入口で参加費を払ったあと、受け取った領収書を落としたらしく、講師から名前を呼ばれ、領収書が落ちていたといって手渡された。落としたことも気が付いていない、というドジを続けて
2回もやってしまった。
夕食は、山ちゃん家で作ったごま油とローズマリーの香草入りのイワナのムニエルと、コシアブラの油いため、それに我が家で味付けした葉ワサビなど、昨日までの釣りや山菜の収穫を味わった。そのあと貯まった日記を書いているうちに
12時を過ぎてしまった。
2009年4月26日(日)
定番の朝飯前の釣りは、雨が降っていたので中止した。釣りはやめて6時前に宿泊者しか入れない宿泊等の最上階にある展望風呂に入ったあと、日帰り入浴でも入れる別棟の風呂にはしごした。日替わりで男女の風呂が変わるので、昨夜女性風呂だった風呂に今朝は入った。去年入った風呂は昨日も男性用だったので、どうしてももう一つの風呂にも入ってみたかった。昨日の風呂は、ヒノキを素材にして風呂だったが、今日の風呂は石造りの風呂だった。まわりの景色も少し違っていた。今まで朝食前に風呂のはしごをするなどしたことはなかった。だいたい朝入るのは釣りに行ったときぐらいだ。釣りにも行かずに風呂に入るなんて、なんかすごく得した気分になれるのを知った。
バイキングの朝食を食べた後、宿の支配人に挨拶し、師匠の義兄家族の見送りを受けて宿を出発した。去年
NHKの朝ドラ「どんと晴れ」で一躍有名になった小岩井農場の一本桜を見に行ったときは、夕暮れで西日の逆光で桜が暗くしか写らなかったので、今日のように午前中ではどうかと雨の中見に行ったが、残念ながら桜は開花前だった。
降りしきる雨の中、釣りをするかやめるか迷いつつも、師匠が当初予定に組んでくれていた沢内村の和賀川水系の支流へ行った。時間は
10時を過ぎていたが、心残りにならないよう1時間だけ竿を出そう、ということになり雨の中釣り出した。流れが強く、リリースサイズのヤマメが1尾釣れただけだった。
師匠はみんなが釣っている間、葉ワサビやタラノメなどの山菜をとってきてくれた。一昨日も移動中山の中で葉ワサビの群生している所に車を止めて、収穫の仕方などを実地で教えてくれた。雨で濡れて冷えた身体を温めるため、湯田温泉郷の日帰り温泉に案内してもらった。入浴後、そこで昼食を食べた後は、どこをどう走ったかわからないが、山菜の王様「コシアブラ」が群生している場所に案内してくれた。まだちょっと葉が開ききってなかったが、コシアブラを木から採取するのは初めてだったので、どんな木になっているかようやく見分けがつきそうになったので、今度は長野で探してみよう。師匠には、渓流釣りだけではなく、山菜の師匠にもなってもらった。
水沢インターの入口で師匠とは別れ、午後
3時半、帰路についた。高速道路は、土日1,000円になったせいか今までになく混んでいた。それでも順調にきて9時過ぎに久喜インターを出ることができ、上尾に戻ってこれた。上尾から深谷経由で我が家に戻ってきたのは、午前030分ごろだった。無事に楽しい延べ4日間のみちのく釣行が終わった。
2009年4月25日(土)
4時過ぎには誰かがごそごそと起き出す。そうなると寝ていられない。はやばやと起きて釣り支度だ。5時前には平庭山荘を出発、向かうは馬渕川。ジイは去年行った橋の周辺を釣った。昨日から急に寒さがぶり返し、今朝は特に風があって寒かった。震えながら釣ったが全部で6尾も釣れたので、寒いなんて言っていられない。去年カヤの藪だった所が野焼きされてきれいになっていたので歩きやすく、それも釣果につながった。
8時過ぎに宿に戻って、すぐに朝食。朝食後は、他のみんなは今朝行った馬渕川の釣果がよかったので、再度挑戦することになり、ジイだけ去年いい思いをした久慈川支流へ行くことにした。去年までは師匠の道案内で、ただ附いて行くだけだったのでどうと言うことはなかったが、今回は自分だけで行かなければならなかったので不安だったが、何とか迷わずに目的地につくことができた。そこで午後2時までに4尾を釣り上げ、今日もふた桁となって気分はいい。
そのあと他のみんなと馬渕川で合流したあと、今夜の宿泊地、雫石町にある「ゆこたんの森」へ向かった。この「ゆこたんの森」は、去年の釣行の最終日、釣りを終えて帰路の途中に寄って入浴だけして帰ったところだ。岩手県の市町村共済組合が建てた施設で、師匠が共済組合の理事をしているときに設計に関わった、いわくつきの施設だ。岩手山のふもと、すばらしいロケーションと豊かな源泉に恵まれたすばらしい温泉宿だ。盛岡からも近いので、日帰り入浴の利用者も多いという。
去年日帰り入浴した際に、支配人にも会い、コーヒーのご馳走もしていただき、ずうずうしくも今度は泊りでゆっくり来たいですね、と言っていたのを師匠が覚えていて、今回宿泊地として予約してくれていた。しかも、昨日三田貝川で散骨をした義兄の家族、つまり師匠の実姉とその
3人の娘さん達も今夜たまたま予約してあったらしく、一緒に夕食の膳を並べることとなった。師匠のお姉さんが、この3月で定年退職を迎え、娘さん達がご苦労さん会をここでやることで予約してあったらしい。去年の地震のときの義兄さんのあまりにも不幸な亡くなり方に、ご遺族の悲しみの深さはいかばかりかと心配していたが、奥さんである師匠のお姉さんも3人の娘さん達も、悲しみを乗り越えて明るくお父さんのことを語れるようになっている姿に、安堵と感銘を受けた。いい釣りをしたあと、いい温泉に入り、素敵な家族とも一緒に食事ができ、至福の一日となった。
2009年4月24日(金)
待ち合わせの午前5時より30分近く早めに岩手の師匠が紫波SAに到着した。あいさつもそこそこに盛岡南インターを出て、釣り場に向かう。最初に行ったのは小本川水系三田貝川だ。Wさんとジイは、その川の支流に入ることにして、支流の入口からジイが、Wさんがその上流をやることで、ジイが車を降り、Wさんを見送った。時間は午前7時少し前、さて釣りをしようと準備にかかった途端、車の中にオモリのケースも入った餌箱を置き忘れたことに気が付いた。しかし、もうWさんの乗った車は陰もない。餌はあるが、オモリの予備は持っていなかったので、それでは釣りにならない。仕方なく、Wさんの乗って行った車まで取りに行かざるを得ない。上流に向かって林道を歩いて30分、ようやく車を発見、まだ車からそれほど離れていない場所で釣っていたWさんのところまで行って、車の鍵を預かり餌箱を回収した。
鍵は打ち合わせた場所に隠しておいて行くことにし、釣り始めの地点まで戻って釣りを開始した。時間はもう
8時、1時間の出遅れだ。あせって釣るせいか当りがあっても、うまくかからない。9時過ぎになってようやく最初のゲット、それからは順調に釣れ出す。待ち合わせの1150分までに時間が迫ったころに立て続けに釣れ、全部で8尾までいったところでタイムオーバーとなった。
急いで待ち合わせ場所に戻ったが、
Wさんも釣れていたのか20数分遅れで到着した。別の場所で待ち合わせたグループと合流したあとは、この川をこよなく愛し、何度も釣りに来たという師匠の義兄さんの散骨を、この川で行った。去年師匠と一緒に我々のみちのく釣行をエスコートしてくれ、来年もまたよろしくお願いします、と別れた義兄さんは、去年6月に起きた宮城沖地震で亡くなってしまった。釣りの話や北海道での鹿狩りの話など本当にうれしそうに語っていた義兄さんを思い出すが、去年別れたときはそれが永遠の別れになるとは思いもしなかった。その義兄さんの散骨を済ませたあとは、馬渕川上流へ向かった。途中何人もの釣り人と出会う。釣り人の一人に釣果を尋ねると、5人で来ているが、朝から30匹以上釣っていると言った。
あとで、一人で
30匹なのか、5人で30匹なのか念を押して聞けばよかった、と思ったが今となってはどちらが不明だが、ジイは間違いなく5人の合計だと思っている。結局その近くで岩手の師匠が数匹釣り上げているので、彼らの腕もそんな凄腕ではない。我々釣り仲間3人はさらに上流を目指して奥に入った。ジイはそこで3尾ゲット、そのうちの1尾が今回の釣果で一番大きい27センチのイワナだった。
4
時半ごろそこを引き上げ、今夜の宿泊地「平庭山荘」へ。去年も泊った所だ。一風呂浴び、夕食の席に付く。まずはふた桁の釣果で生ビールもうまい。師匠が特別注文で頼んでくれていた、この山荘のある山形村の特産である短角牛のステーキを堪能し、久々にお腹が苦しくなるほど食べて部屋に戻った。明日のための仕掛けを作っている仲間を尻目に早々と9時前には寝てしまった。
2009年4月23日(木)
午前8時に家を出て、バアの定期健診で佐久総合病院へ行った。今回は血液の採取や尿検査もあるので、予約時間よりも早めに行った。二つの科を回ったが10時ごろには終わった。相変わらず病院は混み合っているが、ようやく効率的に早く診察を終わらせる要領がわかってきた。
病院のあとは、佐久平のカインズに行って、重量ブロックと
4個を組み合わせるとサークルになる3段積みのレンガ風の化粧ブロックを購入した。重量ブロックは、可燃ごみを燃やす囲いとして先日買ったブロックだけでは足りなくて買い足したものだ。化粧ブロックのほうは我が家と山ちゃん家のペット達の記念碑としての花壇にするためのもの。花壇の土の一部は、上尾の家の庭に埋葬したペットの近くの土を運んでき手あるのでそれを入れる予定。カインズのあとはジャスコでちょこっと買い物と銀行の用を済ませてから家に帰った。
昼食後は、もう何日も前から準備してあったみちのく釣行の道具や荷物を積みこみ、午後
2時半に家を出発した。まず向かったのは、深谷のマイスターOさんの家。約束は午後5時なので、通勤割引は使えないので、下仁田まで一般道で行って、下仁田のインターから本庄・児玉インターまで高速道路を使って行った。順調に行けたので途中上里のSAで時間を調整したら、本庄・児玉インターを出てからの一般道が混んでいて、Oさんの家に着いたのは5時を過ぎてしまった。
いつものようにコーヒーをご馳走になり、ニュースで「草なぎ剛」の公然わいせつの逮捕と家宅捜索が報道されていて、それを見ているうちに時間が過ぎ、
5時半近くにOさんの家を出た。上尾のWさんの家に着いたのは6時半になってしまった。7時に上尾を出て、久喜インターから東北自動車道に入り、待ち合わせの岩手の紫波SAに到着したのは、午前1時だった。
2009年4月22日(水)
朝から快晴。午前中は畑を掘り返したときに、草や木の根っこをまとめておいた土の山から、土だけを掘り出してレンガの花壇に入れる作業をした。何回往復したが数えていないがネコで運んでは花壇の中に土を入れる作業を繰り返した。昨日は始めて間もなく雨となったのでいくらも土が入ってなかった。しっかり汗も流して、ダイエット効果も出るだろう。
午後からは、山ちゃん夫妻も誘ってウォーキングに出た。こちらも、爽やかな風が吹いていて
1時間のつもりが2時間近いウォーキングとなった。家々の庭には、桜のあとの花桃やスモモ、ナシの花をはじめ芝桜やチューリップが花盛りで、見て歩くだけでも楽しい。散歩の途中、ツクシがまとめていっぱい出ている土手があったので、摘んで帰った。
家に帰ってから、ジイは上田の「バンバン」まで、明日からの「みちのく釣行」のため餌の「ミミズ」や「ブドウ虫」を買いに行った。夕方
5時前に戻ったあと、義姉とバアとジイで溜池の土手のワラビを摘んだ。3日前に溜池の管理をしているYさんが、「また今年も奥の田んぼの耕作で迷惑をかけるけどよろしく」、と挨拶にきてくれたときに、「もうワラビが出始めているよ」と教えてくれた。ということは、「いつでも取ってもいいよ」という許可をいただいたものと理解し、昨日の雨でだいぶ伸びているだろうと土手に行ってみるとあるわあるわ、嬉しくなるほどたくさん出ていた。いっぺんには食べきれないので、ほどほど収穫してやめた。早速夕食のおかずになって出てきたが、軟らかくて美味しかった。ツクシはバアがはかまを取って義姉に渡していた。明日には調理されたツクシが届くことだろう。
明日の午後から釣り仲間と上尾で合流し、明日の夜岩手に向けて出発、あさって朝から
26日まで「みちのく」で渓流釣り三昧の予定。したがって、この日記も釣りから帰って来るまでしばらくお休みする。後日、改めて釣りの結果も含め4日分をアップする予定。
2009年4月21日(火)
天気予報では朝から雨のはずだったが、朝ゴミを出しに行った午前7時ごろでは、夜中か明け方にでもちょっと降ったような形跡はあったが、薄日が射し空の半分が青空だった。そのあと次第に雲が広がってきたので、何時降り出すかと家の中でジッとしていたが、結局午後になっても降り出さなかった。
それでは外で作業をしようと、草取りをちょこっとしたあと、レンガ積みで作った花壇に土を入れる作業を始めたら、降りだしてきた。畑の土をネコ(手押し車)で
4回ほど運んで入れたところで、水入り中断となった。
ゴールデンウィークにぶつからないよう、ポチの診療日を調整した結果、今日診療に連れて行った。この次は
51日に行けば、うまく休みの間隙を縫って診療が受けられる。相変わらず皮下点滴を受けている間は不機嫌に鳴き通したが、昨日の誕生祝のお祝いの料理の写真を先生に渡したら、先生がポチに「良かったじゃん、大事にされて。長生きしなきゃね」と励まされていた。今のポチの状態なら、12,3歳ですとさば読んでも大丈夫なほど、毛艶もいいし元気そうだと褒められた。食欲もあって腎臓病用の薬の入ったドライフーズのなくなり方が早いので、今回は2袋買った。会社がゴールデンウィークで長期休暇になると、在庫がなくなってもすぐに配達されないので今のうちに買っておこう、ということでもあった。
夜は、市の中央公民館で行われる「いきいき生涯学習塾」の開校式に行ってきた。先日は滋野公民館の主催する講座の開校式だったが、今夜のは中央公民館の事業のもので、土日、夜間に行われる講座の参加者を対象にした開校式だった。大きな講堂にざっと
200人近くが集まった。結構東御市の生涯教育の参加者は多いように思う。中央公民館で主催する講座数も全部で41講座あった。
ジイが参加する「水彩画」は生徒数が
14人だった。そのうち9人が来ていたが、ジイも含め年配者がほとんどだった。今日来ていた中では半数が初めてで、あとは前年から引き続き参加している人たちのようだった。そんなわけでいきなり学級長などを押し付けられることはなく、講師が顔見知りの人たちが、講師からの指名で学級長、副学級長(会計兼務)になった。水彩画の始まる53日の初日には画材屋さんも来て必要な絵の具や紙、筆などを販売するそうだ。画材付きの水彩画教本を2年越しで買い続けたのでそれを使うつもりでいたが、一人だけ違う画材で書くのは講師はあまり喜ばないようだ。絵の具などメーカーが違うと、色合わせなど微妙に違う色になるので教えにくいのだろう。最初は静物、夏から秋にかけては屋外で風景を描くようだ。毎回作品を仕上げる予定とのこと、午前10時から午後3時まで弁当持ちの授業なので楽しみだ。
2009年4月20日(月)
午後から買い物に出かける予定があったので、朝食後レンガ積みの作業を開始した。何とか午前中に終わらせようとしたが、午後1時までかかってしまった。昨日からしゃがみこんで作業が多いので、腰や背中は痛くなるし、右手の指先は擦りむけてしまった。なかなかイメージどおりには行かず、手を休めて離れてレンガの積み具合をみると、ぐにゃぐにゃと曲がっている。直そうとするとセメントが固まりかけているのでなかなか動かない、どうしたものかと思案に暮れる、という状態で、バアに言わせるとまるで怒っているように見えたらしい。口を利く余裕もなく、眉間にしわでも寄せていたのだろうか?本人は、悩みながらも、結構楽しくやっていたつもりだったのだが・・・。レンガの花壇作りは、この家を作ったときからの課題だったので、何とか出来上がってほっとした。次は外水道の流しをレンガ造りにする課題が残っている。
午後から佐久平のジャスコに買い物に行った。
5%引きの日なので、保存できる食料品などを買ったほか、ポチ(20歳)とおばあちゃん(98歳)の誕生日会の食材などを買った。(ポチの年令は人間に換算すれば90代に相当するらしい。)食後のデザートも、ジャスコの中のコージーコーナーで買った。
夕食はお誕生日会と称して、山ちゃん夫妻を交えて我が家で食事会となった。メインディッシュは、お肴の形に盛り合わせた握り寿司と、義姉が作った御いなりさんだった。去年から、山ちゃん夫妻とジイとバアの
4人のそれぞれの誕生日に、本人からデザ−トを振舞うことにしているが、今年からそれにポチも加わることにしたので、ポチからという名目でそれぞれコージーコーナーで選んだケーキをご馳走になった。ポチには、猫の形をしたサブレが提供された。これもいずれは人間がポチを口実に食べてしまうのだが・・・。お祝いのワインを4人で1本空けて、日記を書くのもそこそこに眠りこんでしまった。
2009年4月19日(日)
今日は山ちゃん夫妻と教会に行く予定だったが、レンガ積みの方が魅力的で、そちらの誘惑に勝てなかった。ジイだけ行かないつもりだったが、みんなで行くのを止め、山ちゃん夫妻は山登りに出かけたようだ。午前中は、昨日に続き汚れているレンガを洗っているうちにお昼になってしまった。急いで昼食をかき込んで、午後からレンガを積み始めたが、想像以上に難しかった。水平をとるのと真っ直ぐに並べるのと両方をぴったり合わせるのは至難の業だった。
途中で、用意していたセメントが足りないのが分かったので、作業を中断して丸子のケーヨーデーツーまで買いに行った。ここは車で
7.8kmの距離なので、コメリやカインズよりも近い。ただ、急坂を越えて行かなければならないので感覚的に遠く感じるようだ。バアも一緒に行って花の苗も買ってきた。セメントの粉のほかレンガの角に使う半分のサイズの赤レンガも買った。普通のサイズのレンガをカッターで半分に切るつもりでいたが、うまく切れるか自信がなかったので、買ってしまった。レンガを洗いながら数えたら、ちょうどぴったり新しいレンガを買わなくても上尾から運んだレンガだけで足りそうだったので、コーナーに使う分だけ買ってもいいか、という気になったことも理由の一つだ。
買い物から戻って再びレンガ積みを始め、日が暮れるまでに終わらせようとしたが、
3段目(最後の段)の数個を積んだところで時間となってしまった。明日の天気が心配だったが何とか雨はまだ降らないようなので、明日中に完成させるぞ!日記を書いているうちにどっと疲れが出てきてしまった・・・。
2009年4月18日(土)
今日は朝から好天に恵まれた。駐車場の南側にレンガで花壇を作る作業をした。レンガを置く線に沿って砕石とセメントで基礎を作るための溝を鍬で掘った。駐車場のコンクリートの高さは、家側から道に向かって勾配が付いているので、コンクリートの高さに全部合わせるとレンガが斜めに積まれてしまうので、水平を摂るため水糸を引いて、水平器で測りながら砕石を敷いた。家側と道路側ではレンガ1個分の勾配が付いていた。何とか高さをあわせながら砕石の上に、練りこんだセメントをレンガの幅よりも広めに流し込んだ。全部セメントを流し込む前にお昼の時間になってしまって中断した。
午後1時から、先日申し込んであった「生きがい講座」の開校式が滋野コミュニティセンターで行われるので、
12時半に家を出た。開会時間の15分前にはセンターに着いたが、駐車場は満杯で近くの農協の駐車場に止めた。全部で24の講座に参加する人たち全員が対象の開校式のうえ、講師や来賓の数も多いので、駐車場が足りなくなったようだ。開校式のセレモニーのあと、各講座の参加者が車座になって、自己紹介や学級長と会計を兼務する学級副班長の選出などを行った。ジイとバアと山ちゃん夫妻で全部で4つの講座を申し込んだので、それぞれ手分けして4つの講座参加者の集まっている場所に行った。「里山を歩く」講座では、数少ない男性にお願いしたい、という講師のたってのお願いでジイがいきなり頼まれてしまい引き受けてしまった。山ちゃんが代表で行った「滋野探訪塾」では、山ちゃんが会計兼副班長に指名されていた。
「里山を歩く」では、早速
1回目の516日から山歩きをすることになっているが、雨天の場合は順延するがそういう場合の連絡方法など、個人情報保護のため連絡網も作られておらず、何人かの人はそれぞれ電話番号を教えあったが、全員が今日出席しているわけではないので、結局当日は中途半端な連絡しか取れそうもない。当日までに滋野コミュニティセンターの事務の職員に相談しておく必要がありそうだ。
「滋野探訪塾」は
2回の座学と1回の現地学習となっていたが、実際には毎回現地に出かけて行くようだ。1回目は、江戸時代の力士「雷電」(生家が滋野にある)の足跡をたずねるもの、2回目は「湯の丸・池の平の遺跡」、3回目は「戌立(いぬたて)遺跡」を巡る予定だ。講師は、いかにも郷土史家風の風貌と語り口の人だった。いろいろ滋野をはじめこの辺の歴史的風土など教えてくれそうだ。
義姉とバアが参加する「植物観察」は「里山を歩く」と同じ講師で、こちらも毎回市内だけでなく周辺の市まで車に分乗し、足を伸ばして観察会をするようだ。
4月末からスタートするものもあるので、これからはこうした講座のある日を中心に毎日の生活が動いていくことになりそうだ。
なんだかんだと午後
3時を過ぎてしまい、帰りに滋野のツルヤで買い物をしたあと真っ直ぐ家に戻った。帰ってから午前中の続きで、残っていたセメントを流してレンガの基礎を作る作業をした。午前中流したセメントはもう乾いて固くなっていた。5時近くなってしまったので、レンガを積むのは明日以降にした。薄暗くなるまで上尾から運んできたレンガの水洗いをした。古いものは20年は経っているので、泥やコケがこびりついているものもある。これも全部洗いきらないうちに時間切れとなった。
2009年4月17日(金)
目が覚めると雨が降っていたので、ゆっくり朝寝坊を決め込んだが、ポチが寝かしておいてくれず、結局いつもより少し遅めで起きてしまった。そのポチは、さんざんうるさく鳴いて人を起こしておいて、自分はバアの布団にもぐりこんで昼過ぎまで寝ていた。午後3時過ぎまで雨が降ったり止んだりの状態で、外作業はできず家の中で本を読んだり、パソコンのゲームで遊んだりして過ごした。
本は、芥川賞作家で長野出身の丸山健二著「田舎暮らしに殺されない法」。安易に田舎暮らしを夢見て、定年後の田舎への移住を考える人たちに、田舎暮らしの落とし穴について、警鐘を鳴らす本だ。昔田舎暮らしの否定的な側面について書き残したことがあるが、それとも相通じるような事柄を辛らつなタッチで書いている。田舎暮らしに対してかいているが、煎じ詰めれば退職後の老後の生き方について考えさせる内容だった。
午後
3時過ぎに、このままでは一歩も外に出ずに一日が終わってしまうので、ちょこっと外に出て庭と畑を巡回した。畑では、6日に蒔いたダイコンとコマツナがだいぶ芽を出し始めていた。ジャガイモはまだ芽が出ていない。芽が出るまで3週間ぐらいかかったはずだからまだ10日ほど待たなければならない。荒地だった所でもダイコンやコマツナなどは発芽したので、ジャガイモも期待している。
2009年4月16日(木)
一昨日カインズで購入したブルーベリーの苗4本を畑の一角に植えた。1本千円以上するような苗ではなく、挿し木をしてまだ1年の若い苗なので定着できるかわからないが、水を含ませた外国産のピートモスを苗の周り50cmほど敷きこんで、さらに苗の周りにはワラでマルチングした。マルチングは松のチップを使うのがいいといわれているが、要はブルーベリーが乾燥に弱いので、それにはワラで代用できるのではないかと勝手に考えてそのようにしたまでだ。チップは以前に製材屋さんに行ったら、そういうのは造園屋に聞いてくれ、と言われてしまって手に入らなかった経緯がある。造園屋を探すよりも今手持ちのワラでやってみようというのが本音のところだ。ブルーベリーについては、本格的に農家にも出荷している松本市内にある苗屋さんにまで行ってカタログをもらってきて、ちゃんとしたいい苗を買って育てることも考えたが、採れたブルーベリーで商売するわけでもないので、数万円もかけて栽培することもなかろう、と安価で簡単な道を選んだ。既存の2本と今度の苗4本、全部で6本から将来食べきれないほど収穫できることを夢見て・・・。
午後は昨日風が強くて行けなかった御牧ヶ原の「読書の森」に行ってきた。近くの道路わきの駐車スペースに車を置いて、農業大学校の周辺をウォーキングしたあと読書の森に行った。ホームページで
2頭の小ヤギが家族に加わったと書かれていたので、早速小ヤギ達と対面した。まだ生まれて間もない子ヤギで、メェーと鳴く声が弱弱しいところが何ともめんこい。読書の森のご主人スローリーさんは、知り合いの別荘の木の伐採に行っていて留守だった。お嬢さんが京都の造形美術大学に今春入学した話や、スローリーさんが同志社の出身だと言う話などを奥さんから聞いた。義姉の後輩になる。ひとしきり京都の話題を中心に奥さんとおしゃべりをして帰った。
帰り道で、明神館の桜を見に立ち寄った。資料館の庭の枝垂桜が見事に満開になっていた。桜の花の向こうに浅間山が見えて、なかなかのビューポイントになっていた。我が家に戻ってくると、桜の木が杉の木に隠れて全然見えてなかった。ここ
2,3年で急に大きくなりだした杉の木は、将来手が付けられないくらい大きくなって、厄介者になる可能性がある。切るなら今のうちかもしれない。
暗くなる前に軽自動車のタイヤ交換をした。オデッセイは先月新しいタイヤに買い換えた際交換してもらったので、今日は軽自動車だけの交換だったせいか比較的楽に作業が終わった。年々タイヤ交換も大変に感じるようになってきているが、もう少し頑張れそうだ。
2009年4月15日(水)
昨日雨でできなかったデッキチェアーとテーブルの塗装を、今日は朝から晴れていたので午前中にやった。午後は御牧ヶ原に行ってウォーキングしたあと「読書の森」にでも行こう、と山ちゃん夫妻と話していたが、朝からの強めに吹く風が納まりそうもないのでウォーキングは中止になった。そこで、塗装も乾いていたのでデッキチェアーとテーブルの組み立てを午後から始めた。いくつか今までに製作してきたせいか4時前にはデッキチェアー2台、テーブル1台の組み立てが完成し、早速山ちゃん家のデッキに据え付けた。
試しにみんなで座ったところで、
12日にやる予定だった花見の替わりに、夕方デッキで一杯やりながら食事でもしようか、という話が急遽決まった。5時半集合と言うことになったので、ジイは大急ぎで昨日カインズで買ってきたサトイモの種芋を畑に植えた。先日ジャガイモを植えたときに用意した畝が残っていたので、あらためて耕さなくてもそこへ植えれば元肥も入っているので手間がいらない。それでも別に牛糞堆肥と根菜用の肥料を少し入れて植え込んだ。参考書には芽の出るほうを上にして植えるように書いてあったが、実際の種芋はどこから芽が出るのか見分けが付かなかった。もしかしたら逆さまに植えたかもしれないが、教えてくれる人がいるわけではないので、エイやと縦長になるようにして植えた。
5
時半から山ちゃん夫妻が用意してくれた料理を肴に、夕陽を見ながらワインなどを飲んで楽しんだが、日が落ちて薄暗くなってくると、足元が冷えてきたので家の中に入った。山ちゃん家も昨日我が家がプレゼントされたのと同じ新しい寒暖計がデッキに付けられていて、それでは外気温が12度まで下がっていた。家の中は20度以上あるので、家に入ると暖房でもしているような暖かさに感じた。2時間ほどの宴会のあと、ほろ酔い気分で家に戻った。
2009年4月14日(火)
今朝も起きてすぐに可燃ごみを置きにゴミステーションまで行ってきた。最近はすっかり週1回置きに行くようになった。半分はポチのトイレの砂、半分はプラ系のゴミだ。ポチが家の中のトイレを使うようになって、安心できるようになった反面ゴミが増えてしまった。しかもゴミ袋に入れて運ぶのに結構なおもさになり、ステーションまでの距離が遠く感じる。今は腕のスジなどが慢性的に痛いのでなおさら重く感じてしまう。
朝食後雨が降る前に買い物に出かけた。佐久平のカインズに行き、燃えるごみを燃やす囲いにするため重量ブロックを買ったり、レンガの値段の確認をした。ブルーベリーの苗やサトイモの種芋も買った。カインズのあとはニトリ、ジャスコにも寄って買い物をした。その頃には雨も降り出してきて、家に付いた昼過ぎには本降りの雨になった。
午後は雨で外のことは何もできないので、今月下旬に行く予定のみちのく釣行に備え、仕掛け作りをした。
3日分の量としては十分な仕掛けを作った。4時前に山ちゃん夫妻が、大きな寒暖計を持ってきた。ネット通販で見つけて購入した、ということでプレゼントしてくれた。明日でも晴れていたら今までデッキにつけていた寒暖計と取り替えようと思う。今までのより3倍ぐらいの大きさがあるし、温度の赤い色も見易い。写真の写りも良くなるに違いない。山ちゃん夫妻が加入しているJR東日本の「大人の休日倶楽部」が紹介キャンペーン中ということで、ジイとバアもそのキャンペーンで加入することにした。年会費分は、年4回ある3日間乗り放題で12,000円の会員パスを1回利用すれば元が取れる。それで、秋田駒ケ岳へ一緒に行く予定まで話がまとまってしまった。早速キャンペーン参加の登録をインターネットでしたあと、郵送用の申込書を書いて準備した。
10
日に開花した桜が今日満開になった。去年よりも花の数が増え、ソメイヨシノらしい咲きっぷりになってきた。佐久平へ買い物に行く途中、桜の苗を作っている農家によって桜の苗を譲ってもらえないか頼んだが、その農家は樹を販売しているのではなく、生け花に使う枝を蕾のうちに切って市場に出荷していて、もうみんな枝を切ってしまったあとなので遅すぎたようだ。来年の3月始めごろならまだ切る前なので、その頃またおいでと言われてしまった。残念ながらここで「平和祈念の樹」は手に入れることはできなかった。
2009年4月13日(月)
今日は山ちゃん家で使うデッキチェアーとテーブルの製作にとりかかった。山ちゃん家が完成したお祝いに作る約束をしていたが、寒い間は作業をする気が起こらず、とりあえず別に作ってあった二人用のサイズの小さいものを仮に使ってもらっていた。ブドウやキューイの棚も完成したので、次に作る予定ではあったが、今度のゴールデンウィークには姪や甥達が集まるので、それまでには完成させて、外でバーベキュー大会などで使うこともありそうなので、急いで作ることにした。昼食を挟んで午後2時過ぎまで、材木のカットをしてとりあえず必要な部材の段取りはできた。あとは塗装と組み立てをすれば完成する。明日天気が良ければ塗装をしようと思ったが、明日は午後から雨の予報が出ているので、無理をせず晴れたら塗装をし、そのあと組み立てることにするつもりだ。
午後
3時半前に家を出てポチをゆりかご動物病院に連れて行った。前回は42日だったので、11日目の点滴になった。去年の8月から腎臓病の点滴を始めてから、こんなに間を空けたのは初めてだ。本来なら先週の土曜日11日に行くはずだったが、上尾へ出かけてしまったので今日になった。それでもポチはまったく元気だし、毛艶もよい。暖かくなって冬毛から夏毛に変わりつつあるようで抜け毛も多い。病院の先生も毛艶が水分を含んでしっとりしているのは体調のバロメーターといっていた。ポチの誕生日を、祖母の誕生日と同じ420日にしたことを覚えていてくれて、もうすぐ二十歳の誕生日だねとポチに声を掛けてくれた。当のポチは嫌な点滴を受けて不機嫌だったが・・・。病院の行き帰りはずっと鳴きっぱなしで、帰り家の前まで来ておしっこを漏らしてしまった。車の中での不機嫌な原因はトイレに行きたかったからだったようだ。
午前中、山ちゃんがミニ耕運機で畑を耕してみたい、というので、使い方を教えてやった。やり始めたら面白くなったらしく、山ちゃん家が使う畑のところだけでなく、夏野菜を植える予定の所も耕してもらった。ポチの診療から戻った後、片付けずにそのまま畑に置いておいてもらったミニ耕運機で、去年フキを植えたところから新芽が出てきて、植えたエリアがはっきりしてきたので、そのエリア以外のところでまだ今年になって一度も耕していない場所を耕した。そこにはカボチャの苗でも植えようかと考えている。これで、今年予定している畑全体の使い方がほぼ決まってきた。今年の野菜作りの目標である
20種類以上は達成しなければ・・・。
2009年4月12日(日)
今日はイースターだね、と言いつつも教会には行かず、朝からみんなで庭づくりに専念する。昨日上尾から持ち運んだ草木は、植えてみると場所をどこにするか迷うほどの種類、量があった。庭の一角に冬越ししたタマネギやニンジンの苗があるため、それらの収穫が終わるまで庭の大改造はできない。それまではどうしても仮植えしておくものもある。草花にとっては、上尾から気候風土の違う北御牧に引っ越してくるだけでも大変だろうに、やっと定着した頃に、また植え替えなど迷惑千万に違いない。前回運んできて植えた草花でも、残念ながら枯れ始めたものもある。それでも何とかこちらの土や気候になじもうと努力している草木を見ると、こちらまで励まされてくるから不思議だ。
庭に面したところにある山ちゃん家の合併浄化槽を隠すように
2辺をラティスを立てて、その足元にやはり上尾から持ってきたモッコウバラを植えた。上尾では始末に困るほど元気に育つモッコウバラだが、果たしてこちらではどうか?バアが本当はアーチを作って(ジイが)そこをモッコウバラで飾りたい、とこの家を作ったときから言っていたが、アーチをジイがなかなか作らないので諦め、ラティスで妥協したものだ。今のジイの技術力ではアーチを作るのは難しい。
午前中の夏のような暑さの中での庭づくりでみなぐったりして午後は休息、ジイは野球の巨人阪神戦を観ながら壊れた釣竿の修理などをした。野球のほうはダラダラと
4時間以上も続いていて、夕方の野菜や植えたばかりの草木の水遣りが遅くなってしまうくらいだった。30分ほど水遣りをしたあともまだ試合が続いていて、結局延長12回引き分けで終わった。
桜がだいぶ咲いてきたので、夕方から夕日を見ながら山ちゃん夫妻と花見をしながら一杯やろうか、という話もあったが少し曇ってきて風も出てきて花見には涼しくなりすぎたので中止になった。そこで夕食のときに珍しく缶ビールを
1本飲んだら、そのあとのテレビは何がなんだかわけがわからなくなり、気が付いたら11時過ぎだった。
2009年4月11日(土)
今日は朝6時起きし、山ちゃん家の車と2台で7時半に出発して上尾に向かった。土曜日なので、緊急経済対策でETCを使った高速料金がどこまで行っても1,000円ということで、いつもなら下仁田まで行ってから高速に乗って、通勤割引を使うところだが、今日は東部湯の丸インターから高速に乗った。下仁田からの通勤割引で950円になるのと1,000円を天秤にかけて、50円の差なら東部湯の丸インターから行ったほうが楽だし、車の燃費もいい。上尾の家には9時半過ぎに到着した。
早速、北御牧に持って帰る草や木を掘り出し、草取りや木の枝下ろし、伐採作業をした。汗だくになって頑張ったおかげで、
11時過ぎには車に乗せきれる量の草や木も用意ができた。朝が早かったせいか、それとも頑張ったせいなのか、みんな空腹になってしまい、早めのお昼にしようということになった。近くの「華屋与兵衛」に行ってランチを食べた。飲み放題のドリンクで、リンゴとオレンジの生ジュースを2杯一気に飲んでしまった。お腹がすいていただけでなく汗をかいて喉も渇いていたようだ。
昼食後は、スイセンやチューリップなど咲いている草花も含めて、北御牧から持っていった刈払機でばっさりと刈り込んだ。今度また何時来れるかわからないので、雑草だらけにはしたくないという思いから、思い切って刈り込んだ。山ちゃん家の車と我が家の車に目いっぱい積み込んで午後
2時ごろ上尾を出て北御牧に向かった。東部湯の丸インター経由で戻ってきてすぐに持ち帰った草木の植え込みをした。夏のような暑さなので、早く植えてやらないと暑さ負けして、根付かないといけない、ということで疲れた身体に鞭打って植え込んだが、とても持ってきたものを全部は植え込むことはできなかった。残りは明日、ということで作業終了、お疲れの一日となったが、これで20年にわたって上尾の家の庭で育てた愛着のある草花は、こちらで根付くかどうか心配はあるが、一応北御牧に運んで植えてやったので、上尾の家に付いては思い残すことはなくなった、といえよう。
そういえば
2軒の家に「売却物件」の看板が目に付く場所に付いていた。正式に売り出しを始めてから1週間が経つが、まだ反応はないそうだ。今日大々的にチラシ広告を入れるとのことだった。こういう時期だからすぐに買い手がつくということはまずないだろう。あまり期待せず気長に待つことにしている。
2009年4月10日(金)
予定通り午前6時半に家を出て、ホームグランドの渓へ行った。解禁のときよりは当たりがあり、4尾をゲットしたところで、今まで行ってなかった支流へ行くことにした。入渓した場所は、葦がきれいに刈られていて、歩きやすくポイントも多そうだった。一投目でイワナがきた。気を良くして、次のポイントに入れるとまたすぐに当りがあったが、ただ事ではない当りを感じ、急いで足場のいいところまで移動した。水が澄んでいて川の中がよく見え、尺イワナが悠然と餌をくわえて泳いでいた。どうやって取り込もうか迷った末、ごぼう抜きすることにしたが、それが大きな判断ミスだった。道糸が棹先から抜け、糸もオモリの先で切れてしまった。棹先のヘビ口を以前に自分で修理したが、接着剤が降下して棹から抜けてしまったようだ。長野の釣りで初めての尺もの、ということで一瞬釣り仲間に自慢できるというあさましい思いがよぎったのがいけなかった。まだまだ未熟だ。その上、この棹のほかもう1本の棹もどういうわけか棹先が出てこなくなってしまい、持っていった棹2本が使えなくなってしまった。
時間が
9時過ぎだったので、一度家に戻り棹を取り替えてくることにした。家に戻ってもう一度現場に戻ったのが10時、近いところに釣り場がある利点を生かすことが出来たが、そのあとの釣りは何かにつけ尺ものを釣り落としたことが頭に浮かんでしまって集中できず、2尾を追加するにとどまった。それにしても出直した頃からは、夏場のような暑さの中の釣りになってしまった。
午後
4時過ぎに家に戻ると、我が家の桜が開花していた。予想より1日早かった。これも今週ずっと晴れて高温が続いたからだろう。明日は山ちゃん夫妻と上尾の家に行き、庭の草花で北御牧に持ってきたいものを取りに行くことや、最後まで残っていた荷物の片付けに行くことにした。ETC1,000円を利用して東部湯の丸インターから行ってみることにした。
2009年4月9日(木)
今日も初夏のような気候だった。午前中は庭仕事、駐車場の入口にレンガの花壇を作る計画をたて、まずその場所に植わっていたラベンダーやギボウシを移植した。そのあとを均してレンガを並べる準備だけして作業を終わりにした。上尾にあったレンガを持ってきたが、それだけでは足りない。計算ではあと100個ほど必要なので、ホームセンターの値段を比較検討している。おとといケーヨーデーツーで見たら、198円だった。今日立科町のコメリでは、78円だったので、あとはカインズを調べて一番安い所で買うつもりでいる。今回はレンガを並べるのにセメントを使ってちゃんとやってみるつもりだ(うまくできる自信はないが)。
午後は、山ちゃん夫妻が立科町のツルヤまで歩いて買い物に行ってみる、というのでジイだけ道案内を兼ねてついていった。車では約
6キロの距離だが、なるべく最短距離になる道を通って言ったら、1時間10分で到着した。帰りは、ツルヤの隣にあるコメリを覗いてから、山ちゃん夫妻が車でいつも通っている道を歩いて帰りたいというので、そのコースで帰ってきたら1時間25分かかった。歩いている途中、真夏の炎天下を歩いているような感じだった。山ちゃんの山用の腕時計には温度計が付いていて、それには34.6℃まで上がっていた。留守番をしていたバアが午後3時ごろデッキの温度計を見たら27℃になっていたという。いずれにしても4月上旬ないし中旬の気候では考えられないような気温だ。全国的にも、真夏日になったところもあったようで異常に日本列島が暑い。水温が上がっているようなので、明日は近くの川に釣りに行くつもりだ。
2009年4月8日(水)
1週間前には雪が降ったとは思えない暖かい日が続いた。今日も気温は20度を超えた。エアコンの暖房も二日続けて点けていないが、何の問題もない。午前中は庭に出て、草取りをしたり、家庭菜園にしていたところを花壇にするために耕したりした。今日のような暖かい日は庭に出て、咲き出したスイセンの花を見たり、木の蕾の膨らみ具合を眺めたりしているだけでも飽きない。
午後は、昨日に続きウォーキング、昨日より距離を伸ばして
1時間45分歩いた。歩いている途中で、暑くて着ている服を1枚脱いだが、それでも汗だくになった。リンゴ畑の間を抜けて歩いたが、あちこちで幹に白い塗料のようなものを塗っている光景に出会った。作業をしている人に聞いたら、薬品ではなく日焼け止めだという。以前にここの土地を購入した頃だと思うが、白い幹の大きな木が立ち並んだこの辺の果樹園を見て、何の木かわからず、その後リンゴの実が付いているのを見て初めて、リンゴの果樹園だったことがわかった、ということがあったが、そのときに見た白い幹の状態が今も眼前に広がっていた。防虫剤のようなものかと思い込んでいたが、日焼け止めとは知らなかった。教えてくれた人は、美味しいリンゴを作るため1反のリンゴに50万円の経費が掛かるから、リンゴが高いんだよ、と言っていた。1年中やることがあって大変だ、というのは以前にタカノりんご園のタカノさんも言っていた。りんご園を通り過ぎようとすると、通りがかった軽トラにクラクションを鳴らされた。怒られたのか、と思ったらそのタカノさんの軽トラで、我々の姿を見て挨拶代わりのクラクションだったようだ。
家に戻って、ジャガイモの水遣りをしたあと、デッキの柱に付けてあった風見鶏を、先日組み立てたキュウイの棚に付け替えた。デッキの柱は去年デッキの上にテラス屋根を付けた関係で、実際に吹いている風の向きと違う風邪の流れになるようなので、より風向きがわかりやすい庭の先にしてみた。ただ、付け替えて様子を見ると風見鶏の動きがあまりスムーズではなかった。あんまりあてにはならないことが分かった。とにかくここは風も強いが、焚き火をするとよくわかるが、風が巻いていてしょっちゅう風向きが変わる所だ。これからの季節しばらく風の強い日が続くはずだ。
今日
4月分の電気の検針票が入っていた。電気料金は、18,151円、売電量は384kw9,899円だった。売電量は設置以来最高値を記録した。好天が続いて発電がコンスタントに伸びた結果だ。天気がいいだけでも気分がいいのに、発電も調子がいいのでさらに楽しく感じる、ささやかな幸せ。
2009年4月7日(火)
朝起きてごみステーションにプラごみを置きに行った。溜池に2匹のウシガエルがのどかに目だけ水面に出して浮いていた。気配を察してすぐに水中にもぐってしまったが、いよいよ蛙も出てくる春になったようだ。歩いていてもついこの間までのキーンと来る寒さは全然感じない。
朝食後、昨日植えたジャガイモやダイコン、小松菜に水遣りをした。外水道の蛇口からホースを伸ばしても畑には届かないので、ホースを延長するジョイントが必要なので、ホームセンターまで買いに行くことにした。バアや山ちゃん夫妻が、ホームセンターに行くなら、花の苗も買いたいと言うので、広告で一番安く苗の値段が出ているケイヨーデーツーがいい、ということで丸子のデーツーに午前中みんなで買いに行った。苗を下見してから、先日信濃毎日新聞に紹介されていた、旧カネボウの紡績工場の事務所を改造して作ったギャラリー兼喫茶室に行った。ここは旧カネボウの工場のあった一角にあって、デーツーやツルヤ、マツキヨ、マクドナルドのあるショッピングモールの駐車場に隣接してあるので、そこでコーヒーを飲んでしばらくくつろいだ。デーツーの戻って花の苗やホースのジョイントなどを買って家に戻った。
昼食は陽気がいいので、デッキで食べた。外の空気を吸いながら食べる食事は、不思議と美味しく感じるものだ。動物は、野外で食事をするのだから、人間とて動物の端くれ、やはり戸外が食事場所、と言う
DNAが潜在しているのかもしれない。昼食後は、花の苗を植えるには暑いほどの陽気(外の温度計は22.5℃)になっていたので、それは涼しくなってからすることにして、ウォーキングに出かけた。ジイにとっては久し振りのウォーキングだ。一昨日買ったウォーキングシューズをはきおろしして、約1時間歩いてきた。
戻った後、花の苗を植える場所をミニ耕運機で耕した。ミニ耕運機を出したついでに山ちゃん家が使う畑の耕運をした。義姉にもミニ耕運機の操作を経験させてやった。そのあとは、バアは花の苗の植え付け、ジイは買ってきたホースのジョイントでホースをつなぎ、畑まで伸びたホースを使って、水遣りをした。これで、畑の一番遠い所まで水が届くことが分かったのでまずは一安心だ。
今日一日暖かかったので、スイセンが一気に花が開き始めた。庭の桜や桃、ライラックの花芽も大きく膨らんできた。今週中には我が家の開花宣言が出されそうな感じになってきた。
2009年4月6日(月)
天気予報どおり朝から好天になったので、畑作業を午前中からスタートした。先月7日に「大地」で購入したジャガイモの種芋が、芽を出してしまっているのではないかと心配したが、外気温に近い小屋裏にしまっていたせいか、ほとんど買ったときの状態で芽もほとんど出ていなかったので安心した。午前中ジャガイモを植えるところを、完熟牛糞堆肥を入れてミニ耕運機で丹念に耕し、畝を立てた。
午後は山ちゃん夫妻も手伝ってくれて、ジャガイモの植え付けを始めたところ、種芋の数が多くて立てた畝では足りなくなってしまった。急遽、他の作物を予定していた隣の畑にも牛糞堆肥を入れ、ミニ耕運機で耕し、畝を追加した。植えたジャガイモの種芋は、キタアカリと男爵が各
3キロ、キタムラサキ1キロだが、それぞれ買ったサイズがMで、100グラム近い大きさだったので、ほとんど4個に切ったので、数が予想以上に多くなってしまったのと、今までより広い畑になったので、畝の間を広く取った結果、面積のわりに畝の数が少なくなったのが原因のようだ。
2面を使ってしまったので、全部芽が出て収穫まで至れば大変な収穫量になると、今から取らぬ狸の皮算用をしてしまった。今回は、今まで何年もの間耕作放棄されてきた荒地を開墾したので、どれだけ収穫が期待できるかわからないが、畝ごとに鶏糞の入ったぼかし堆肥を元肥として別に入れたり、種芋を灰にまぶしたりするオーソドックスなやり方をしてみた。いい結果が出ることを期待しよう。ジャガイモのほかに、春大根や小松菜の種も蒔いた。バアや山ちゃん夫妻にも手伝ってもらったが、全部作業が終わったのは午後5時前だった。そのあとは、ブドウ棚などを作ったときの廃材や畑作業で出てきた根っこなどを畑の脇で燃やした。それが終わる頃は西の空が夕焼けに赤く染まっていた。今日一日汗ばむような陽気の中、いい汗をかいた。
2009年4月5日(日)
午前中でかける前に昨日買ってきたフジと山ちゃん家のシャクナゲを庭に植えた。山ちゃん家のシャクナゲは、山好きの二人の転居記念のようだ。それぞれ無事に育って毎年花を咲かせてくれるよう祈りながらの植樹となった。ただ、もうそれぞれ花芽がたくさん付いているが、この辺りではまだ蕾も膨らんでいない時期なので、温室育ちか暖かい場所で育った苗木なのだろう、果たしてこの辺の気候に耐えられるかちょっぴり不安がある。
植樹のあとは、先日頼んでおいたウォーキングシューズが入荷した、という連絡をもらっていたので、上田のジャスコに行った。靴を買うのに
10%引きのワンデイクーポンを使ったので、定価より1割安く買うことができた。このクーポンは食料品以外のものに今日1日に限って使えるので、冬物のバーゲンでもあればと思って衣料品をみたが、さすがに4月になって春ものしかなかった。それでもソフトジーンズのパンツが安く出ていたので、試着してみると何とかはけたので、2本買った。太さが足にぴったりしていて、バアの見立てでは「痩せて見える」というので即決で買うことにした。鏡で見る限り足が細く、かつ長く?見えた。ジーンズなど下腹が出始めた20年近く前からはかなくなってしまった。しかし、最近少し腹がへこんで昔のジーンズがはけるようになって喜んでいた矢先だったので、思わず2本も買ってしまった。
ジャスコでお弁当を買い込んで、昨日から始まった上田城千本桜まつりに行った。昨日から始まった桜まつりだが、今朝の信濃毎日新聞の記事では、枝垂桜が
3分咲き、ソメイヨシノは開花していない、ということだったが上田に出かけたついでに上田城跡公園まで足を延ばした。屋台も並んでいて人出もあったが、堀沿いのソメイヨシノはチラホラしかさいていなかったが、櫓門の近くの枝垂桜は、5分以上の見ごろになっていた。カメラのシャッターを押してくれるボランティアが何人も出ていた。買って行ったお弁当でお腹がいっぱいになったあとに、上田市味噌醤油協同組合のふるまい豚汁をいただいたら、先ほど買ったジーンズがはけなくなるのではないかと心配するほどお腹が膨れてしまった。
城址公園内を歩いたあと車を止めてあるジャスコまで歩いて帰った。ジャスコからアウトドア商品のお店「バンバン」やツルヤなどがあるショッピングモールへ行った。ジイはバンバンで以前から欲しかった渓流釣り用のベストとレインコートを買った。決算特売で
10%引きの上にさらに、1,000円の特別値引きもあったのですごく得した気分で買い物ができた。今月下旬には、上尾の釣り仲間とみちのく釣行に行く予定も決まっている。岩手の師匠にまた釣り場を案内してもらう予定だ。
浮かれて気分で家に帰ってきたが、ニュースで北朝鮮がミサイルあるいは人工衛星を打ち上げたことが報道されていた。それにしても政府や報道の異常なほどの過熱ぶりに、イヤーナ感じがしてならない。この時とばかりに「ミサイル破壊措置命令」を出したり、イージス艦や秋田・岩手への
PAC3の配備などを進め、国民の不安を煽っているが、実際には「政府筋」が言うとおり迎撃できるものではない。鉄砲の弾で、飛んでくる鉄砲の弾を撃つようなもので万に一つも当たるわけがない、という正直な話を「政府筋」がしたという。この政府筋というのは、オフレコで記者懇談会をするときのルールで、取材源が話した内容は報道するが、取材源となった情報発信者については明らかにしない、というルールに従った表現らしい。ちなみに報道の世界では、「政府筋」というのは内閣官房副長官か内閣総理大臣秘書官を指す言いかたらしい。先日の小沢一郎秘書官の逮捕時に、自民党関係者には捜査は及ばない、という発言をした「政府筋」は後に官房長官が自ら「それは漆間官房副長官」と公表せざるを得ない事態になったが、今回の「政府筋」はこの漆間官房副長官ではなく、もう一人の不倫報道で有名な鴻池副官房長官のことという。ついでに報道で「政府首脳」というのは官房長官、「政府高官」というのは「政府筋」の言い換え課、各省庁の局長級以上の場合もあるとのこと。「自民党首脳」は自民党幹事長、「与党首脳」は、現在は公明党代表、「自民党幹部」は自民党三役(幹事長、政調会長、総務会長)をあらわすことになっているらしい。これを機会にさらにイージス艦やPAC3の増設など軍備の増強に進む、明らかな世論操作が見え見えで、暗い気分になる。
2009年4月4日(土)
天気予報では、午後から雨になっていたので午前中にキュウイの棚の組み立てをした。作業は2度目なのでスムーズに進んだが、柱に横梁を乗せたままにして次の作業をしている隙に、途中急に強い風が吹いてきて、柱ごと倒れてしまった。仮にとめていたねじ釘だけでは耐えられなかったようだ。土台も少し動いてしまったようで、出来上がってみると少しねじれているように見えた。それも素人っぽくてまあいいか?
午後からはポイントが
3倍の日のコメリへ買い物に行った。山ちゃん家は、畑に使う鍬や散水ホース、草刈り鎌などを買った。いよいよ農作業入門の覚悟をしたようだ。我が家は野菜の種をいっぱい買ってきた。全部で11種類。イメージどおり全部収穫できれば今年の夏は、野菜を買わなくて済む?ほどだ。
買い物に出たついでに足を延ばして信州上小森林組合の植木まつり会場に行った。いい苗木があったら買おうと思ったが、目移りしていいものが見つからなかった。特に今回は桜の木を買いたいと思って行った。定額給付金の支給が決まって以来、その定額給付金をどうしようか考えていたが、定額給付金を受け取って「平和を祈念する木」を庭に植えることにしようかと思っている。麻生政権の愚策のお先棒を担ぐ気はさらさらないが、毎年花の咲く頃には世界の平和に思いをはせるという意味で、イメージとしては桜の木かな、と考えている。東御市役所に提出する定額給付金の申請書も、昨日釣りの帰りに北御牧郵便局のポストに入れてきた。
しかし、今日の会場には桜の木はあまりなくて、買いたいと思う桜はなかった。結局、
3,000円のフジの苗を買ってきた。綾瀬の実家にあるフジが毎年見事な花を咲かせていて、野山にフジが咲く頃になると、実家のほうはどんな様子かなと思い起こされる。ここでもそんな木に桜と一緒に育てばいいのだが・・・。桜は別に探そう、まだお金を受け取っているわけではないし、時間は十分ある。
2009年4月3日(金)
今朝は6時に起床し、7時前に家を出て釣りに出かけた。今まで一度も行ったことのない川へ行った。最初に車を止めたところは、河川公園になっているところで、マレットゴルフのコ−スもある場所だった。細い沢で水量もなかったが、一投目でヒラヒラと小さなヤマメがかかった。前回と同様最初にリリースサイズの小型が来て、リリースしたが最後なかなか次が来ない。そのうち大きな堰堤に行く手を阻まれ、車に戻って次の上流へ向かった。
次の橋の袂に車を止め、再度入渓したがポイントが少なく、あたりもほとんどなかった。最初の
2時間ほどは山の陰になって薄暗い所で、気温も上がらず石の上が凍って滑る所もあった。少しずつ気温が上がるにつれ、釣れ始めたが午前中で3尾を挙げるのがやっとだった。ただ、今まで行っていた渓とは違って、ボサが少なく歩きやすいし、渓相も悪くないので、午後も続けることにした。途中でバアに携帯電話で様子を伝えたが、電波のよく届く場所だった。午後2時半で納竿したが、最終的には6尾となった。今回は針の懸かりが悪く何尾か途中でポチャリがあった。腕さえよければ10尾にはなっていたはずだが、ジイの実力ではせいぜいこんなところだ。釣ってきたイワナ、ヤマメ各3尾は、山ちゃん家にもお裾分けし、残りは夕食のおかずになった。
2009年4月2日(木)
昨日外で塗装作業をしているときに、ウグイスの初鳴きを耳にした。この辺はもっと高い山へ移動する途中になるのか、春先しかウグイスの鳴き声は聞けないが、それでも聞こえてくるとなぜかうれしいものだ。ウグイスと入れ替わるように、シメは渡っていってしまったのか、もう4日ほど来てない、寂しい。
朝のうちは、まだうっすらと昨夜に降った雪が残っていた。浅間連峰や美ヶ原をはじめ、すぐ近くの山も雪で白くなっていた。強い冷たい風が吹いていて、外に出る雰囲気ではなく、午前中は家の中で過ごした。できればキュウイ棚の組み立てをしたかったが、風があって危険なので諦めた。お昼から高校野球の決勝戦をテレビで観戦した。特に理由があったわけではないが、岩手の花巻東高校を応援したが、残念負けてしまった。
今日はポチの病院に行く日だったので、午後
3時過ぎに家を出た。軽自動車のガソリンが少なくなっていたので、行く途中で給油するため、軽自動車で行った。最近は車が苦手なポチにために、エンジン音が静かで振動が少ないオデッセイで行くことが多かったが、久し振りに軽自動車に乗り、ポチは行く途中ずっと乗り心地が悪いのかニャーニャーと鳴き続けた。獣医の先生から診療中に聞いた話では、ゆりかご動物病院にかかっている猫でポチは2番目の高齢だそうだ。一番は21歳と言っていた。ポチは今月20日に20歳のお誕生会をすることにした。ポチの正確な誕生日はわからないので、バアの母親と同じ日にした。バアは、誕生日にはお刺身のデコレーションケーキを作ってやるのだ、と言っている。最近は特に発作も出ず、食欲もあるし、元気なので無事に誕生日を迎えることができるだろう。
病院から帰ってきて、ジイは明日の釣りの準備をした。明日は新しい渓に行ってみるつもりだ。
2009年4月1日(水)
無職、年金生活者2年目を迎えた。今日の天候は、そんな生活を象徴するような天候だった。朝のうちは、曇りのち雨の予報に反して、晴れ渡り気温もどんどん上がった。晴れている間にやれることをやっておこうと、家の掃除をしたあとキュウイ棚の材木の塗装を始めた。バアは山ちゃん夫妻とウォーキングに出かけた。ジイも行きたかったが、塗装作業を始めてしまったので、途中で止めるわけにもいかず、一人残って作業を続けた。
塗装が終わったあとは、ミニ耕運機で畑を耕した。そろそろジャガイモの植え付けや、
4月始めに予定している根菜類や葉もの類の種蒔きのため、土が乾いているうちに耕す必要がある。お昼を挟んで、まだ雨が降ってこなかったので、続けて畑を耕した。とりあえず予定した所を耕し終わる頃雨が落ちてきた。作業を終えて道具を片付け始めたら、雨が本降りになってきた。急いで家に入って休んでいると、風が強くなり雨に混じってアラレが降ってきた。ヒョウほどの大きさではないが、白いアラレの粒がコロコロと地表を転がった。ひとしきり雨とアラレが混ざって降ったあとは、雪に変わった。ボタン雪が横殴りに降った。
夜になって小降りにはなっているが、まだ雪交じりの雨が降っている。気温は
1度まで下がっている。氷点下にまで下がりそうだ。4月になってからの雪は、6年前この家ができて最初の春を迎えた年にも、ちょうど友人達が泊りで遊びに来た日に雪が降って、友人達は驚いていた。今年も、花も嵐もある日々が続くと覚悟をして暮らすことにしようか。

過去の日記07年11月〜09年03月

思いつくままに(ジイの記録)