2008年9月30日(火)
今季最後の釣り
明日から禁漁となるため渓流釣りの仲間が日帰りでこちらに来た。朝、旧望月町のセブンイレブンで待ち合わせ、合流すると早速現地へ。今月11日にたくさん釣れた場所だ。今回はビギナーも同行しての釣りだったので、ジイはもっぱら師匠になったような気分で指導?に専念したおかげで釣果はなし。ハヤしか釣れず全てリリースした。ビギナーたちが少し釣れたので、にわか師匠としてはよしとするか。納竿後は布施温泉でひと風呂浴びた。露天風呂に浸かりながら久し振りに気のおけない仲間と楽しいおしゃべりをした。明日からまた仕事のある仲間たちとは布施温泉で別れて帰宅した。仕事のないこちらは7時前に家に着いたが、仲間たちは9時か10時近くになってしまう。遊びだから仕方がないがご苦労様だ。
アメリカでは、金融危機対策のための法案が事前の調整もむなしく下院で否決となった影響で、株が大暴落した。
777ドル下げ。1930年代の世界大恐慌の再現の前触れになるかもしれない大ニュースが駆け巡った今日、ジイたちは何とも平和な一日を送った。
2008年9月29日(月)
最悪内閣
朝から小雨が降り続いた。早起きして家の掃除をしたので朝から時間を持て余す感じだ。新聞では一面トップに中山国土交通大臣の辞任が掲載されていた。おととい、昨日と中山大臣のひどい発言が報じられていた。ニュースでは前後のコンテクストなしに問題発言のところだけ報道するので、なお更ひどく感じるものだが、それにしても単一民族、成田闘争のごね得、日教組をぶっ壊すなどなど偏見に満ちた失言のオンパレードには驚くばかりだ。最後には信念は曲げない、日教組に関する発言は撤回しない、と開き直った。夫人の中山恭子前拉致問題担当大臣が、拉致問題に関わるインタビューなどで慎重に言葉を選びながら受け答えをしている姿と全く対極にある感じだ。もっとも鳩山邦夫も法務大臣のときに何度も失言を繰り返しながら、今度は総務大臣になるのだから断末魔というべきか、今の自民党内閣ももうこれでおしまいなのだろう。
新聞も読み飽きたところで、ジイ小屋で木工作業を始めた。先日倉敷の美観地区の猫グッズのお店で買ったガラス絵の鎖が壊れて飾れなくなったので、ガラス絵を木の枠に嵌め込んで飾れるように、山ちゃん家の破風に使った板の切れ端を利用して作る作業を一日かけてやった。未完成だがほぼイメージどおりになった。午後からバアもジイ小屋に来て先日の木工の続きをした。
2008年9月28日(日)
買い物
一昨日あたりから急に冷え込みだした気温は、昨日の朝は10.5度、今朝は7.5度まで下がった。気温が10度を割り込むといよいよ冬に向かって進みだしたことが実感できる。ポチがバアの布団の中にもぐりこんでくるようになった。ポチはまだこちらの本当の寒さを体験していない。腎臓病をかかえてこの寒さを乗り切れるか少し心配だ。
昨日の夜パンを焼こうと小麦粉を取り出したら、もう在庫がなく焼くことができなかった。まだあると思っていた小麦粉は薄力粉で、パン用の強力粉ではなかった。小麦粉が上がるというので大分前に買いだめしたのがまだまだあると油断していた。バアからは
10月からまた小麦粉が値上げするらしいけど在庫はあるのか再三聞かれて、大丈夫と言ってよく確認していなかったので叱られてしまった。今日は、その小麦粉やカレー用の肉などの買出しで久し振りに佐久平のショッピングモールへ出かけた。
ジャスコの近くの「キッチンファーム」というお店でここ何ヶ月もかけて探し回っていたエッグスタンドを見つけた。気に入ったものは
1個千円以上するブランド品で、買う勇気が出ないで迷っていると同等品でもう少し安価なものを取り寄せてくれる、というので注文することにした。また、山ちゃん家の完成祝いの一つに考えていた我が家で使っている湯沸しポットと同じものが、東京のデパートで買ったときと同額で売っていたので、それも購入した。
カインズでは木工用のやすりを買った。ポチ用の暖房マットを探したが気に入ったものがなかった。佐久に出たついでに市内にある上州屋まで足を延ばし、あさっての釣り用に餌のミミズを買いに行ったが在庫がなかった。もう上州屋では買い物をしないことにした。松本で買ったミミズは死んで使い物にならなかったし、禁漁直前で在庫も置いていないような釣具屋はもう相手にしない。
2008年9月27日(土)
長距離散歩
晴れたら6キロ先のセブンイレブンまで散歩に行こう、と昨日から決めていた。朝から晴れ間が広がっていたので10時過ぎに家を出た。途中家のそばの溜池の近くの林に、野生のアケビの実がなっているころだろうと、立ち寄って見てみると食べごろになっていた。取って食べてみると甘かったが、種が固くてたくさん詰まっているので、食べるところは少なかった。
散歩の途中あちこちで稲刈りが行われていた。このあたりは刈ったあとの稲を「はぜ」という丸太の杭にかけて天日で干す、いわゆる「はぜかけ」をする田んぼが多い。大きい田んぼでは、大型のコンバインで刈り取り、そのまま機械にもみだけ取って稲ワラを田んぼに切り落として行く、機械化が行われているが、見る者にとってはやはり昔ながらの手間ひまかけた稲刈りの光景のほうが、季節を感じたり、郷愁を覚えたり心を動かされる気がする。
北御牧小学校の近くにある旧北御牧村内唯一のコンビニにたどり着いたのは、家を出てからちょうど
1時間半後だった。途中アケビを取ったり、栗を拾ったり、鹿曲川に架かる橋の上から魚がいるか見たりしていた寄り道時間を差し引いて、1時間20分。立科町のローソンまでとあまり変わらない時間だ。セブンイレブンでお昼のお弁当を買い、帰る途中高台にある中央保育園の近くでお弁当を食べた。帰りは直線的には帰らず明神館を経由して帰ったので、家に着いたときは午後2時半になってしまった。全部で4時間近くも歩いたのでさすがに少し足が痛くなった。
2008年9月26日(金)
木工作業
朝のうち雨で外にも出られないので、二人で仲良くジイ小屋で木工作業をした。今日はネコではなく、新たにライオンとフグのデザインを糸のこ盤でくりぬいた。しばらくはやすりで仕上げの磨き作業を続けられるだけの量をジイがくりぬいたので、天気の悪い日には簡単に木工作業に入りやすいだろう。
午後になると雨があがったが、雲の動きが早く、散歩に出るには天気が心配なので散歩はやめて、ジイは
30日の釣りの仕掛け作りをした。いよいよ渓流釣りも今月末で禁漁になる。最後の30日に日帰りで釣り仲間が来ることになったので、他の予定を返上して、先日釣れた場所を案内するつもりだ。
昨日からの強い風で気がついたら小型の物置がひっくり返っていた。また、おととい間引きをしたあとのダイコンの苗が風で何本か茎が折れてしまった。
1ヵ所に3,4本あった苗を全部1本にしてしまったあとなので、駄目な所はもう一度種を蒔かなければならない。タイミングが悪かったが、野菜作りとはこういうリスクもあるのだということを思い知った。
夕方から冷たい風に変わってきた。昨日の朝は
11.5度まで下がったが明日の朝はもっと冷えているかもしれない。
2008年9月25日(木)
過去
昨日、退職したときの環境経済部の同僚から、上田市役所に25日に来るので帰りに寄ってもいいか、との電話があった。ポチの診療の日だったが時間の調整が可能なので、来てもらうことにした。朝早めに起きて掃除をして出迎えの準備をする。午前中、なないろ畑やツルヤで買い物をしたあと浅科の「ちゃたまや」へ行って生菓子を購入、先日山ちゃん夫妻と食べたあの「ひよこプリン」だ。こんな田舎でも美味しいものがあることを知ってもらいたい。
午後
4人でやってきた。途中何度か電話で道をナビゲートしながらも、無事迷わずに到着した。退職してからの半年間のいろいろな出来事を耳にした。現場に立ち会っていたら一喜一憂したであろう出来事も、まったく環境も違い何の肩書きもない立場で聞くと、かっこよく言えば客観的かつ冷静に受け止められるのだが、本音のところでは、つまるところ他人事になってしまうのだ。もちろんいろいろな人の名前が話題に上り、懐かしくもあるのだが・・・。まだ、新しい環境のほうに関心が強くて、置いてきた30年間の上尾の生活を今はまだ振り返りたくない、という意識もあるのかもしれない。
4
人が帰ったあと、ポチをつれてゆりかご動物病院の午後4時からの診療に行った。ずっと1週間安定していたので先生からほめられる。来週は木曜日が用事で連れて行けないので、金曜日でもいいとの許可が下りた。安定しているので、1週間という間隔もきっちり守らなければいけない、という状態ではないとのことだった。1,2日で状態が急激に悪化することはない、ということでしばらくは安心して見守れそうだ。でもポチにとっては片道30分以上の通院は結構しんどそうで、帰ってくるとベッドに入りっぱなしになる。
来月
18,19日に聖光学院時代の二人が大阪、横浜からやってくる。日程は二転三転したがこの日に決まった。3人がそろって話をするなんて高校時代以来だから、本当に楽しみだ。二人がどう変わったのか、話すうちに自分自身の変わり様もわかるのかもしれない。
2008年9月24日(水)
秋晴れの散歩
朝から晴天で涼やかな秋風が吹いていた。午前中は、先日の雨で倒れてしまったコスモスを立て直し、支柱を立てて束ねるようにした。草取りもしたが、雑草も真夏ほどの勢いはなく、地に這うような草が多くなってきた。キュウリやトマトなど新鮮な野菜を提供してくれた苗もいよいよ終わりに近づいたようだ。ミニトマトも実が赤くなるころにはみなひび割れになるようになってしまった。ナスやピーマンはまだまだ収穫できそうだが、贅沢な言い方だが少し食べ飽きた感がある。
午後
3時半に散歩に出た。昨日の山登りでバアは筋肉痛が出て歩くのも大変なようだったが、1時間半近く歩いた。途中稲刈りをしている光景に出会った。この辺の稲刈りは10月の20日前後だよ、と近所のHさんが言っていたが、少し早まるのだろうか。見た目には稲穂は垂れ下がり、茎の色も黄色くなってもう何時刈り取ってもいいようになっている。リンゴ畑では、真っ赤に色づいたリンゴやまだ青いリンゴもあったがいずれも実のほうは大きく食べごろになってきている。いよいよリンゴのシーズンが近づいてきた。
今日麻生内閣が誕生した。いずれ衆議院選挙の結果次第では短命に終わる内閣だ。何の期待もない。
2008年9月23日(火)
独鈷山登山
昨夜の天気予報では、長野地方の今日は晴れだった。その予報を聞いて、山ちゃん夫妻と明日は山登りをしよう、ということで今朝6時半に起床したが、外は濃い霧に包まれていた。朝食を済ませ、8時半前に家を出て上田市にある独鈷山登山口に向かう。松本に至る国道254号線を旧丸子町の中心街を過ぎて鹿教湯温泉(かけゆおんせん)に行く途中に登山口に至る入口がある。最近松本へ行く機会が続いているので、その場所は記憶していたのですんなりと登山口まで到着できた。登山開始が95分。ガイドブックでは1時間半のコースと書いてあったが、1,266メートルの山頂への登頂まで2時間以上かかってしまった。里山にしては、かなりきつい登りで、山ちゃん夫妻に励まされながらの登山だった。ずっと樹林地帯を歩く行程は湿気が多く、キノコ山といってもいいほどいろいろなキノコが生えていた。たっぷり汗をかき体内の水分を搾り出した。
帰りは鹿教湯温泉まで足を延ばし、外湯の文殊の湯で汗を流した。さすがに温泉リハビリで全国的にも有名となった温泉で、とてもいい湯だった。

4
時前に家に戻ったあと、山ちゃん家をもう一度見学した。今日はコバチャンたちがよその家の建前の手伝いのため山ちゃん家の工事をやっていないので、工事の邪魔をする心配もなく心置きなく見学できた。山ちゃん夫妻もあらためてそれぞれの部屋の使い勝手などイメージを膨らませていたようだ。5時過ぎに山ちゃん夫妻が帰ったあと、わずかな時間だが夕焼けが久し振りに見ごたえのあるものになった。殺伐とした今の時代のなかで一服の清涼感。
2008年9月22日(月)
悲しいニュース
山ちゃん夫妻が休暇で家を見にやってきた。コバチャンが昼休みに入るのを待って、現場を見学させてもらった。コバチャンは昼食の途中だったようだが、見学に付き合ってくれたうえに棚の取り付けの位置や方法など提案をしてくれ、山ちゃん夫妻も満足していた。見学後、山ちゃん夫妻が来る途中買い込んできた昼食やデザートでおなかを満たした午後からは、スーさんもやってきて急遽打ち合わせ会のような形になった。壁紙の色も決まり、今までのいくつかの疑問点も説明を受けて納得したようだ。
今日は悲しいニュースが流れていた。先日福岡市で起きた小学校
1年生の男児の殺害事件の犯人として、母親が逮捕されたニュースだ。孫と同じ年令の子であることと、男児がアスペルガー症候群の障害児のようだったので、事件が報道されたときから近親者が関係していなければいいが、と心配していた。今の報道のあり方では、決して真相は明らかにならないだろうが、障害を持った子供の子育てをしてきた母親の苦悩や、子育てを支援してきた周辺の人たちの悲しみに思いを致さざるを得ない。続けて起こった千葉の女児の死体遺棄事件、悲しい思いに追い討ちをかけるような結末にならないことを祈りたい。
自民党の総裁戦が終わった。案の定麻生氏の当選。自民党ばかりのお祭り騒ぎ、民主党に絶対的な期待を抱けるわけではないが早く政権交代を。
2008年9月21日(日)
休養日
前夜からの雨が一日ほとんど降っていた。たまに止むときもあったが厚い雲はとれず、おかげで太陽光発電も7月に設置して以来最低の12キロワットという記録を作ってしまった。雨の日は鬱陶しくて何もする気が起きず、いちにち休養日となった。働いている人から見たら毎日が休養日と言われそうだが・・・。
2008年9月20日(土)
食の安全
ジャスコの5%引きの日なので、午前中から上田のジャスコに行った。天気が良かったので買い物をする前に、車をジャスコの駐車場に停めたあと上田城址公園まで歩いた。3日振りの晴天となり、夏のような陽射しで炎天下の約1時間の散歩は少しきつかった。
駅前のホテルのレストランでランチ、以前はメインディッシュのほかに、前菜や小鉢、飲み物、デザートなどがバイキング形式で置かれていたが、今回はサラダと飲み物だけしか置かれてなかった。
3月から新メニューに変更と書いてあったので、半年前からバイキング形式は終わっていたようだ。少しがっかりし、我が家の評価のランクを下げる結果になった。ただし、メインディッシュの味は落ちてはいなかった。
食後ジャスコに歩いて戻り買い物をしたあと、隣のガソリンスタンドで給油した。午前中散歩に行くときに表示されていた単価では
169円だったが、給油しようとスタンドに車を乗り入れたら、167円にちょうど切り替わったところだった。こんな幸運に恵まれることなど滅多にないことなので、やったね、とほくそえんでしまった。表示価格の4円引きで入れられるので、163円で入れることができた。
家に帰ったあと疲れて午後
6時ごろまで寝てしまった。コバチャンが毎日仕事が終わるときに挨拶して帰るのだが、外が暗くなり始めているのに照明もつけずにいたので、挨拶は遠慮してくれたらしく、気がついたら山ちゃん家の現場には誰もいなかった。
夜はプロ野球セントラルリーグの首位攻防の天王山巨人・阪神戦をみた。巨人の大勝で気分はいいが、
3時間も見続けるのは元気がいることだと思う。もうとても球場まで見に行く元気は沸いてこない。
三笠フーズの汚染米の流用問題は、長野県でも学校給食に使われたり、スーパー、コンビニのおにぎりに混ざって売られていたりで、他人事ではなくなっているが、さらに中国のメラミン入り牛乳で加工した食品まで売られていたことが分かり食品に対する信頼が一挙に崩れてしまった。今日もジャスコで買い物をしていても、成分表を見たりしながら選んでは見たが、素人で分かるのはせいぜい添加物や原材料の生産地ぐらいで、それだけで安全性など確認できるものではない。売られているものに対する信頼がなくなったら、自分で作ったものしか食べられなくなる。そうはいっても家庭菜園の野菜ばかり食べているわけにはいかない。食品の安全基準、検査体制、表示方法を見直すのは当然だけれども、そういう決まりに対する企業のコンプライアンスをどう確立させるのかが問題だ。中国のメタミドホス混入餃子のときには、中国企業の後進性や倫理観の欠如のようなことが、若干の差別的視点も交えて声高に言われていたが、日本でもなんら変わらない企業倫理の低さ、行政のチェック機能の低さが露呈してしまった。次から次へと食に対する安全を脅かす問題が発生しているが、早くこうした負の連鎖を断ち切って欲しい。
2008年9月19日(金)
木工
夕べは早く寝たというのに夜中に目が覚め、トイレに行ったあと寝付かれなくなってしまった。1時間以上たっても寝付けないので、枕元にあった茂木健一郎著「欲望する脳」を読み始めたら10分もすると眠くなり、本を閉じてすぐに寝たらしく、次に目が覚めたときは820分だった。コバチャンたちはもう仕事に来ていた。遅い朝食が終わるころからぱらぱらと雨が降り出し、久し振りに予定をしていた散歩に出ることはできなかった。
そこで、バアが先日購入した糸のこ盤の使い方を習いたい、というので今日は木工デーとなった。山ちゃん家の工事から出た端材を利用して、糸のこ盤でねこの型をくりぬき、それをサンダーにかけたり、紙やすりでこすったりして磨き上げる作業を、午後
5時過ぎまでやった。バアなどは顔に汗いっぱいかいていた。散歩に替わるエネルギー消費になるといいね、と言いながら二人で頑張ってしまった。出来上がったものは「北御牧の今」に掲載してある。これからねこの顔を描き入れていくのは、先日購入した動物の絵のカット集を参考にするが、果たしてうまく見本のように描けるかな?
2008年9月18日(木)
ポチの治療
朝早めに起きて掃除をした。電気料の単価の安い時間帯に電気を使い、発電した電力はなるべく使わないで売電する、というささやかな抵抗・・・。しかし、今日は時々小雨が降るあいにくの曇り空で、数日続いた120キロワット以上の発電量が5キロワットで終わってしまった。
午後
3時過ぎに、ポチの週1回の治療のため佐久のゆりかご動物病院に行くために出かけた。途中佐久市内のガソリンスタンドで給油した。ここでは、イオンカードを使えば表示価格169円より2円引きになる、というのでイオンカードを使った。上だのジャスコの隣のスタンドでは表示価格の4円引きになるが、いつも上田に用事があるわけではないので、佐久市内でも安いスタンドを探す必要があった。当面佐久に出たときはここならポチの通院途中なのでここで入れることにした。
ポチの診察中獣医さんとの会話で、ジイとバアの田舎暮らしのホームページを読んだという話が出た。おそらく自分の動物病院の名前で検索したら我が家のホームページがヒットしたのだろう。思わぬところにわがホームページの読者がいることに驚く。ポチの皮下点滴を受けている様子をホームページに載せるため写真に撮った。早起きをしたせいか一日中眠気が途切れず今日は早く寝ることにする。
2008年9月17日(水)
再びの釣り
先週に引き続き柳の下のドジョウをねらって鹿曲川に行ってきた。昨日松本に出かけたときに、松本市内の上州屋で餌のミミズを買っておいたので、先日の納竿した場所の上流に着いて、いざ餌をつけて釣ろうとしたら、ミミズが全滅していた。昨日は買った餌をそのまま車の中に置いて、松本城を見たり食事をしたりしたので、暑い所に長時間放置したせいかもしれない。家に帰って冷蔵庫にしまっておいたが駄目だった。死んだミミズはつけても水の中で切れて流れてしまう。先日のようないい釣りをしていなかったらすぐ諦めて帰るところだったが、思い直して川虫を採取しながら釣ることにした。
しかし、前回のすぐ上流はボサが激しく川幅も狭くなって釣りにならず、ここは諦めてさらに車で上流に行くことにした。上流は、山の中でボサもなく渓相もいい。餌をとりながらの釣行で、釣果を挙げることはできなかったが、今回はイワナ
4尾となった。このあたりのほうが新しい釣り人の踏み跡も多く、ポイントでの当たりも少なかった。やはり先週の場所は穴場だったのかもしれない。今回もお昼で上がりにした。釣ってきた4尾は晩御飯のおかずになった。禁漁まで残り半月を切った。アメリカの大手証券会社リ−マン・ブラザースの破綻で世界的な金融不安がおこっており、遠からずわれわれの日常生活にも影響が現れるのだろうが、今は今月中にもう一回は釣りに行きたいと願っているジイだった。
2008年9月16日(火)
松本
1ヶ月ぶりに松本に行ってきた。午前中11時前に用事が済んだので、松本市役所に車をとめ、松本城に行った。2回目か3回目だと思うが、よくぞ壊さずに残したものだ。柱や梁に、当時の職人が手斧で丹念に削った跡を見ると、今の時代の電動工具で均一にカットされたものからは窺えない、人間の息遣いが伝わってくる。しかし、火縄銃をはじめたくさんの銃器を陳列しているのには閉口してしまう。人を殺すための道具に知恵や技術を積み重ねる人間の負の遺産を、誇らしげに展示するのはいかがなものか?そういえば海外の遺跡でも同じようなことがあちこちで見受けられた。銃や剣、鎧、兜・・・、洋の東西を問わず歴史は戦争史が中心だ。そして、それは現代史にも続いている。
城を出たときの重苦しい気分を吹き飛ばす、いいこともあった。城に隣接する松本市立博物館を出たころは、正午を
30分近く過ぎていたので、城から中心街へ続く大名町通りに出て食事どころを探していたところ、旧第一勧業銀行の石造りの建物がホテルに変わっていて、その中にフレンチのレストランがあったのでそこに入った。入口に出ていたメニューではリーズナブルな値段でランチが食べられそうだった。席が空くまでしばらく待たされたが、待っただけの甲斐がある食事だった。また来ようという気持ちにさせるお店だった。待ち時間も入れて1時間半ぐらいの時間をゆったりとした気分で過ごすことができた。こういう時間を過ごしたのは久し振りのような気がする。
松本市内を出る前に、通り道にあるアルプス公園入口の信号のついた交差点を通るたびに、どんな公園か気になっていたのでその公園に行ってみることにした。交差点からずんずんと高台に向かって登って行き、
1.5キロほど上がったところにその公園はあった。行ってみると大きな公園で、上尾の丸山公園も比較にならない総面積72.7ヘクタールもある。松本市内から北アルプスまで眺望できる広場や森林の中の遊歩道など1時間ほど園内を歩いた。また今度弁当持ちでゆっくり来てみよう。食事といい、公園といい満足感あふれる松本行きとなった。
2008年9月15日(月)
山ちゃん家の打ち合わせ
山ちゃん家の工事打ち合わせが午前10時から行われた。今回で大筋の基本的な仕様に関しての最後の打ち合わせとなった。照明器具や階段の手すりやフラワーボックス、ニッチなどの仕様もほぼ決まった。こういうものはそれぞれ好みが違うので、山ちゃん家にまかせるしかない。今回の打ち合わせで壁紙やクッションフロアなどの選択は宿題になった。分厚い見本カタログを渡されて、今月中に連絡することになった。小さな見本では実際に貼ったときにどのようになるかイメージしにくい。これからしばらく山ちゃん家は楽しい(?)悩みをすることになるのだろう。
お昼をはさんで打ち合わせたあとさらに現場でコバチャンも交えて確認したりしたので、結局午後
4時近くまでかかってしまった。ゆっくり休む間もなく打ち合わせ後、山ちゃん夫妻は上尾に帰っていった。こちらは自分の家のことではないので、気楽に打ち合わせに参加しているにもかかわらず、やはり長い時間人のやり取りを聞くということが久し振りのことなので、どういうわけか疲れてしまって、皆が帰ったあとは虚脱感もあって、夜は何をするわけでもなく、映画「ベン・ハー」を途中からBSテレビで観た。中学時代、テアトル東京までバスを仕立てて観にいった記憶がある。あらためて、学校がキリスト教教育の一環として生徒たちに観せようとした意図があったことがわかった。
2008年9月14日(日)
七二会
6時から今季2回目の道路の草刈りのため、ジイは5時半に起きた。草刈り場所はそれぞれ前回6月にやったところをやるということで、同じ所をやった。これでもう今季は草刈り奉仕はない、とのこと。ただ、地元に人の話では別に田んぼの土手や農道の草刈りが別にあるらしい。こちらに移り住んでから分かったことだが、農家の大きな仕事の一つがこういう草刈りなど雑草との格闘だ。雑草というと、切られたり刈られたりしてもへこたれずに次から次と新しく生えてくる、逞しさや強さの代名詞になっているが、それだけではない憎たらしさまで意味が含まれているように思う。ひととおり終わって解散したあと、溜池の縁の道路際の草刈りも自主的にやった。
家に戻ったころにはみんな起きて朝食が準備されていた。山ちゃんには、車に薪の積み込みまでしてもらった。朝食後
9時までに東部湯の丸インターに入ってETCの通勤割引を使えるよう家を出ようとしているところへ宅急便が届いた。長女からで、ジイへの誕生日プレゼントをクール宅急便で送ってくれたものだった。昨日長女から老舗の粕漬けを送ったと電話があった。次女のときのように留守のときに来るのではないかと心配していた矢先だったのでちょうどよかった。
予定通り高速に乗り、
10時前には七二会の古民家に着くことができた。屋根の塗装をするための錆落としの作業を屋根屋さんがやっていた。薪を下ろしたあと、近くにある清流の湯まで歩いていったが本日休業の札が出ていた。もともと入浴するつもりはなく、今後のために場所を確認するために行ってみただけだったので、がっかりすることはなかった。入浴は中条村のほうにある宿泊施設「やきもち家」でと決めていた。早速車でやきもち家に行った。男湯も女湯もほとんど貸し切り状態で、ゆっくり入浴したあと、お昼も食べられるというのでお薦めの「ぶっこみ」というホウトウに似たうどんを食べた。施設の名前になっているやきもち(囲炉裏の灰で焼いたおやき)も食べた。全部山ちゃんのおごりで。
やきもち家から山道をとおって鬼無里村から戸隠村へ通じる道を走った。山奥のなかにもいくつも集落があり、棚田の稲刈りなど人の営みの息遣いが伝わってくる風景が続いていて、不思議な感動を覚えた。戸隠村に出るまでは、車とのすれ違いもほとんどなかったのに、戸隠村に入って戸隠神社に通じる道に入ったとたんに渋滞が出るほどの車と人が行き交っていた。戸隠神社中社まで行ったが車を降りずに
Uターンしてバードラインを通って長野市内から高速に乗り、家に帰ってきた。バードラインの途中では所々にある蕎麦屋はどこも車がいっぱいだった。われわれは「チェンバロ」という山小屋風のちょっと覗いて見たくなるようなカフェに入って、チェンバロのBGMを聴きながらコーヒーとケーキのセットを頼んで食べた。ここも山ちゃん家のおごりでラッキー!今日も食べることに喜びを感じる一日だった。
2008年9月13日(土)
デザート
今日は山ちゃん夫妻がやって来るので、朝からツルヤ、ナナイロ畑、ちゃたま屋に買出しに出かけた。あさってホクシンさんとの山ちゃん家の打ち合わせを午前中からこちらの現場で行う。打ち合わせにはいつも時間がかかり、今回もお昼をはさんで続けられると思われるので、簡単な昼食を用意するための食材などを仕入れるほか、山ちゃんたちが泊りに来るようになってからの取り決めで、誕生日を迎えた者が食後のデザートを振舞うことになった。今月誕生日を迎えたジイが今回は振舞う番だったので、今までちゃたま屋でときどき試食していたけれど買うまでにいたってなかったロールケーキを買いに行った。久し振りに行ったお店には新しいスウィート商品が増えていた。その中でもおいしそうに見えた「ひよこプリン」も買った。
午後は明日長野市七二会にある友人の古民家に運ぶ薪の準備をした。薪は山ちゃん家を建てるために庭にあったケヤキやアンズなどの木を切ったものと、山ちゃん家の建築廃材などである。古民家のストーブの薪の一部として燃やしてもらうためだ。それと、我が家の暖房をエアコンに切り替えたために不要になったホットマンを、古民家で使ってもらうためにそれも運ぶ。
夕方、黒斑山登山を終えて山ちゃん夫妻がやってきた。一緒に夕食をとったあと、デザ−トのロールケーキとひよこプリンのどちらかを今夜は食べ、あとは明日にしようとしたら、どちらも消費期限が今日までだったので仕方がなく?両方を食べてしまった。どちらも期待通りのおいしさだったが、さすがに食べすぎだった。体重計は最高値を更新してしまった。
2008年9月12日(金)
脱ダム
昨夜早めに就寝したせいか今朝は5時半過ぎに目が覚めてしまい、その後眠れなくなってしまったので起きて庭に出た。おととい種蒔きをした際に水をやったまま昨日一日水をやり忘れていたのを思い出し、畑の水撒きをした。朝は半そででは寒く感じるほどの冷え込みがするようになっている。
毎日
5時前には信濃毎日新聞が配達されているので、水撒きのあと朝食までの間じっくり新聞を読む。一面トップの記事は、熊本県知事が川辺川ダムに反対する表明をしたものだった。田中前知事のときに「脱ダム宣言」が出され、浅川ダムの計画が中止されたが、村井知事に替わってダム建設推進に大きく転換した長野県にとって、九州の熊本のダムの話は、遠い所の問題ではないのだろう。清流を守るのか、流域の安全を守るのか40年以上の議論の末、安全、安心を売り物にする自治体が多い中で、あえて「洪水と共生する」選択をしたことの意味は大きい。この川辺川ダムで湖水に沈む地区は「五木の子守唄」の発祥の地でもある五木村だ。すでに計画に沿って、湖底に沈まない高台や他の地区に大半が移転しているという中で、こうした既成事実に流されず、洪水と共生する=自然との共生の道(川や森、海に通じる道)を選んだ英断を評価したい。
朝食後水につけておいたほうれん草の種を畑に蒔いた。これであと残っている今年の農作業は、タマネギの苗が育ったところで植え替える作業をしておしまいになる。他には頼んである隣の畑のショベルカーでの土起こしのあとの来年に向けての準備をするくらいだ。真冬になったら土が凍って何もできなくなるので、その前に少しミニ耕運機で表土を耕しておきたいと思っている。午後は早起きした分睡魔に襲われ、たっぷりと昼寝をしてしまった。
2008年9月11日(木)
渓流釣り
どこの川に釣りに行くか決めかねてベッドに入ったので夕べはなかなか寝付かれず、寝不足になってしまったが、520分前に起床した。さすがにまだ外は明るくなってきていなかった。朝食を済ませ、段取りをして540分に家を出た。コンビニで昼食を買って6時過ぎには鹿曲川に到着、早速竿を出す。家を出るときから釣りの装備をして出れるので取っ掛かりが早い。
それにしても前回は
611日だったから実に3ヶ月ぶりだ。釣果は「北御牧の今」に写真を掲載したとおり、こんなに釣れてしまっていいのだろうか、という感じだった。餌のミミズがなくなってしまったのでお昼で引き上げることにした。川から上がって農道を歩いて車を置いてあるところまで約15分しかかからなかったので、距離にしては本当に短い間を釣っていたらしい。農道を歩いていると、軽トラが停まり運転していたおじさんが、「上流へ行けば放流したばかりだよ」と教えてくれたが、餌もなく帰るところだったので「この次ね」と余裕の返事をして別れた。家に戻って釣り道具の養生、片付けをした。明るいうちに戻って汚れたものを洗い、干してその日のうちに片付けられる、というのはいいものだ。
午後
3時過ぎに、ポチの診療のため佐久のゆりかご動物病院に出かけた。4時前に着いたので、午後の診察の一番で診てもらえた。獣医の先生からも毛艶が良くなった、と褒められた。腎不全は治らないけれど少し回復した今の元気さを維持できるように、しばらく週1回のペースで皮下点滴を続けることを再確認した。先生の話では、もう治らないと聞いて諦めて治療を断念する飼い主もいるとのこと、そういう選択肢があることなど考えてもみなかった。家に戻ってきて、疲れたのかポチの動きが緩慢だ。
2008年9月10日(水)
冬ダイコン、ニンジン種蒔き
朝晩の気温が大分下がるようになった。一昨日の夜は14.5度、昨夜は11度まで下がった。昼間はここのところ良く晴れていて、今日も外の温度計は30度になる。昼夜の温度差が大きくなって、これがリンゴやお米などの農作物にはおいしさが増すらしい。こんな気候の影響もあるのか?山歩きの効果もなく体重は70キロ台から一向に下がらない。1日や2日で結果を出すのは所詮無理なのだろう。やはり日ごろの節制が大事ということか?
今日も晴天で畑の土も乾いているので、肥料を入れて耕し、ダイコン、ニンジンの種を蒔いた。さらにタマネギの苗を作るため、苗床を作りそこにも種蒔きをした。ついでにほうれん草の種も蒔こうとしたが、参考書を読んだら、種の皮が固いので一昼夜ぬるま湯に浸けてから蒔いたほうが発芽率が高い、と書いてあったので、そのとおりにすることにした。明日は早起きして久し振りに釣りに行くので、日記やホームページの更新を明日回しにして早く寝た。
2008年9月9日(火)
誕生日
とうとう61歳の誕生日を迎えた。気持ちの上では実感できないが、鏡に自分の顔かたちを映してみると、他人からは相応の年に見えるのだろうと推し量ることができる。最近は記憶の引き出しが固くなってなかなか出てこなくなっている。孔子の言うように六十耳順(60にしてみみしたがう)、人のいうことに素直に耳を傾けることも必要になってきたということだろう。
今日は天気もいいので、
9時過ぎに家を出て、烏帽子岳登山をしてきた。ヤナギランヤマツムシソウが咲いているだろうと思っていたが、ヤナギランは咲き終わっていた。かわりにリンドウがたくさん見ることができたし、クジャクチョウがマツムシソウに吸蜜している姿を何匹も見ることができた。また、烏帽子岳の鞍部で休憩しているときには、一瞬のことだったがアサギマダラを見ることができた。いずれにしても平日の山は登山者も少なく静かだった。年々自分の体力や気力が衰えてきていないかをチェックするために、これから毎年天気が良ければ、誕生日に烏帽子岳に登ってみようかと思う。
午後
3時に家に戻ったら、玄関ドアにクロネコヤマトの不在伝票が挟まれていた。電話をして届けてもらった。中味は、誕生日祝いの次女からの手作りの「おばあちゃんケーキ」だった。早速お茶にしていただき、食べきれない分は冷凍保存した。バアのファミリーの伝統がこうした形でも引き継がれている。
今日はずっと晴れていたせいか太陽光発電が、設置してから最高の
25キロワットの発電を記録した。昨日電気の検針日で伝票が入っていた。先月は設置して最初の検針だったので、伝票では使用量しか記載されておらず、中部電力の営業所に問い合わせをして料金の内訳を尋ねたが、今回から電気料の計算結果が表示されていた。電気の使用量を見ると、昼間は発電した電気を使っていることが多いので、使用量は去年までの週末だけの使用量よりも少ない。夜間の分も含めて料金は9,447円だった。去年までの5年間の平均の料金に近い。売電は、273キロワットで6,524円だったので、差し引き2,923円ということになった。設備投資にかかった費用からすれば、損得の計算では間尺に合わないが、多少でも地球環境に貢献した上に、電気料金の負担が減ると思うと、何か爽快な気分になる。
2008年9月8日(月)
2時間半の散歩
昨日の夜の体重はまだ70.0kg。あとわずかに迫ったがまだ70台を切っていないので、今日は午前中にまず、入口の白樺の木に付いたカイガラムシをブラシでこすり落とす作業をする。高い所は、脚立の登って落ちないようバランスをとりながら作業するので、これは結構ボケ防止になるなーと思いながらも、落ちて怪我でもしたら笑いものにもなる心配もした。続けてナナカマドもやった。ナナカマドは今年ようやく赤い実を少しだが付けるようになったので、大事にしたい。前の地主さんが来たときもこのナナカマドが大きくなっているのを見て、感激していた。
午後は、天気も良く秋風が吹いて暑いけれど爽やかな気候だったので、散歩は津金寺まで足を延ばした。津金寺は先週行った時には、まだ萩の花が一部しか咲いていなかったが、今日はもう満開を過ぎているような感じだった。今週末からの
3連休に「萩まつり」が行われる。新しい梵鐘に白い布に覆われた鐘と鐘突き棒が吊るされていた。津金寺まで歩いていったのは今日で2度目だろうか?片道1時間10分、休憩10分、家に戻ってきたのは2時間半後で、さすがに疲れて夕食前に1時間近く眠ってしまった。
夜のニュースで
NHKTBSのそれぞれの世論調査結果が報道されていた。次の政権にはどの党を望むかという質問の回答では、NHKは自民党、TBSは民主党になっていた。報道の怪しさを垣間見た思いだ。
2008年9月7日(日)
エネルギー消費
夕べは午前2時ごろに寝て、目覚ましで3時半に起き、サッカーワールドカップ最終予選の初戦バーレーン戦を見てしまった。前半で20になったので寝ようかとも思ったが頭が冴えて眠れず、結局最後まで見てしまった。楽勝の試合が思わぬミスから最後はバタバタとなってしまい先が思いやられる一戦だった。
3時間ほど寝て9時に起きた。曇りの天気予報だったが、晴れ間が広がっていたので草刈りに精を出す。お昼をはさんで3時間ほどやっているうちに怪しい雲行きになってきた。急いで大根、ニンジンの種を蒔く予定の畑に苦土石灰を入れてミニ耕運機で耕した。2,3日後に肥料を入れて種蒔きをするための準備作業だ。終わる頃にはぽつぽつと雨が降り出したが、ほんのお湿り程度で雨は止んだ。今日は徹底的に体をいじめるつもりで、雨も止んだので、隣の畑に大木になっている桑の木が先日来の草刈りの後に残っていたので、それを切って乾燥したら簡単に燃やせるように、細かい枝に切りそろえる作業をした。
これで今日はかなりエネルギー消費したので、体重もいくらか減ったかもしれないが、夕食はカレーでまたお腹いっぱい食べてしまった。結果は明日・・・。
2008年9月6日(土)
買い物ツアー
上田に買い物に出かけた。特に買いたいものがあったわけではないが、オデッセイの燃料ゲージが少なくなってきたのと、耕運機や刈払機に使うガソリンの携行缶も残り少なくなってきたので、ジャスコの隣の安いガソリンスタンドで給油するのが一番の目的だった。先月30日に軽自動車に給油したときの単価が172円、今日は165円だから1リットル当たり7円も安くなった。それでも今日の給油量57.07リットルで9,417円にもなった。今までのように気軽に車で出かける、ということができなくなる心理的なブレーキがかかるような気がしている。
ジャスコから駅まで歩いていった。上田駅の近くのタバコ産業鰍フ工場跡地にイトーヨーカ堂がキーテナントの商業ビルの開発計画があるらしい。当初の計画では、そこに複合型の映画館が入る予定だったらしいが、それが中止となり開発計画自体も遅れることがニュースになっている。タバコ産業の跡地が駅のどの辺りになるか見に行った。その場所は、駅から歩いて
5分ぐらいのところで商業ビルが建設されるところも含めて一体が区画整理事業で開発している最中だった。東御市のほうからは上田駅よりも先の場所になるので、あまり利用することはないかもしれない。
駅まで戻って、最近見つけた珈琲専門店へ入った。以前入った時にランチもやっているとメニューにあったので、今日はそのランチを食べるつもりで入ったのに、ランチはやっていないとのこと、よっぽどそのまま店から出てしまおうかとも思ったが、美味しいコーヒーも捨てがたく、コーヒーだけ飲んでそのお店を出た。仕方がないのでお昼をすぐ近くのお蕎麦屋で食べることにした。店構えが老舗風なので美味しいかも、と入ったがこれは失敗。リピートすることはないだろう。
商店街でエッグスタンドを探してお店をはしごするつもりだったが途中で腹痛となり、急いでジャスコまで戻った。ジャスコから、バンバンというスポーツ用品や釣具を売っている店によって釣り餌を購入したあと、東部湯の丸インターのところにあるコメリに寄った。秋から冬にかけてのプランターの苗を買おうと思ったがいいものがなくギブアップ、雑貨だけ購入して家に戻った。久し振りの買い物ツアーで日中が過ぎてしまった。夜は夜でテレビ三昧。黒澤明監督の
7人の侍を8時から12時近くまで見てしまった。往年の映画俳優が勢ぞろいで、懐かしい年頃になってしまった。
2008年9月5日(金)
免許の更新
午前中望月警察署に運転免許証の更新手続きに行ってきた。先日事前に説明を受けておいたので、手続きに戸惑うことはなかったが、新しい免許証が交付されるのは101日以降らしい。交通安全協会の会費も含めると5,000円近い費用を徴収するのに、コンピュータ時代にもかかわらず随分と時間がかかるものだ。
市町村の窓口は、随分とジイの在職中でも住民に対する対応が変わってきて、サービス業的意識が強くなってきたが、警察はまだまだ遅れている、などと腹の中でぶつくさと文句を言いつつ、玄関脇のロビーの一角に簡易な椅子で囲った場所で、
30分間優良運転手講習のビデオを見させられた。それでも昼前には家に戻ることができた。
午後からは、しっかり昼寝をした。今朝は
6時に起床して家の掃除などをしたので、少し寝不足だったせいもあるが、職業欄「無職」の身故の気ままな時間の過ごし方でもある。夕方、庭の野菜畑でナスやトマト、ピーマンに加えて、カボチャも2個収穫した。去年のカボチャを投げ捨てしておいた場所から芽が伸びて、ジャガイモを収穫した後の畑につるが延びて、実がなったものだ。何も手をかけていないカボチャがどんな味がするか、楽しみでもあり怖くもある。
2008年9月4日(木)
体重
午前中に明神館を通る2時間コースの散歩をした。明神館の西の丘陵地帯にまた1軒新築中の家があった。北に浅間連峰、南に蓼科山、西に天気が良ければ北アルプスが見えるこのあたりは、我々と同じような田舎暮らしを求めて移り住んでくるのか、昔ながらのこの地方の民家の造りとは違う工法の家が、次から次と建てられている。とは言ってもそれぞれ広い土地の一角に点在している形なので、特徴的な建物が散歩の時のちょうどいい目印になるという風情だ。2時間も歩くと着ているものが汗で濡れるほど、まだ暑さが残っているが、木陰などを歩いているときはやはり涼しく感じるようになった。
これだけ歩いているので、そろそろ体重が戻ってもいいはずなのに、一向に
70キロの大台から下がらず少し焦っている。精神的なストレスもなく、健康状態も良好で、しかも散歩以外に体を動かすこともない今の状態では、改善のめどが立たないのか?何か体をいじめるようなことをしなければならないのだろうか。
午後ポチをゆりかご動物病院に連れて行った。先客はウサギさんで、その治療待ちに
45分、その間に何頭もの外来があり、結構繁盛している様子だ。ポチの状態は良好で、月木の週2回から、週1回の点滴になり、次回は11日ということになった。待ち時間も含め2時間以上狭いケージに入れられたり、片道40分の車の往復をするのは、ポチには結構ストレスが大きいのか、帰ってきてから一晩不機嫌だった。
2008年9月3日(水)
交通事故
今日は一日どこへも出かけなかった。朝も勤めていたら完全な寝坊で遅刻という時間まで寝ていた。山ちゃん家の工事は誰も来なかったので、寝坊ついでにゆっくり新聞に目を通した。
先日津金寺経由で笠取峠を歩いたときに、県の天然記念物の松の木が焼け焦げ、花束が供えられていた場所があり、ガソリンの匂いもしていたので、交通事故だろうと思ったが、今日の新聞にその事故のことが掲載されていた。
814日に起こった大型トラックの単独死亡事故で、スピードを出し過ぎて下り坂のカーブにハンドルを切りきれず、松の木をなぎ倒して土手に激突したようだ。反対車線には登坂車線も付いているような広い道路なので、居眠り運転かスピードの出しすぎかもしれないが、ガソリンの高騰などで今運送業界は厳しいようだ。高速を利用せず一般国道を走るトラックが増えているという。運転手へのしわ寄せが事故原因かもしれない。
我が家も上尾と長野を往復しているときは、
ETCの通勤割引を利用し高速料金を節約するため、一番近い東部湯の丸インターは使わず、下仁田インターを利用することが多かった。そのころはさほど一般道は混むこともなかったので良かったが、山ちゃんの話では、最近は結構混むことがあるという。今月から原油価格の下落があって元売りの卸値が下がりガソリンの小売価格も下がったようだが、数円の単位ではあまり有難みはない。しばらく政治空白が続くので大きな変化は期待できない。
午前中晴れていた天気も午後から曇り始め
3時過ぎには雨が降り出した。散歩にも出られないので、ジイが最近買った糸ノコ盤で猫の形を切り抜き、バアがそれを電動彫刻刀を使って加工する作業をした。初めての作業なので思ったイメージのようには彫れないが、いろいろ試しながらもっと完成度の高い猫の彫り物を作っていきたい。
2008年9月2日(火)
稲穂
朝からテレビはどこのチャンネルも、福田首相の突然の辞任とそれにまつわる裏情報や今後の政局について、それぞれの身勝手なおしゃべりで終始していた。うんざりしてお昼前に1時間ふて寝をし、午後もごろごろしていた。
午前中は天気が良すぎて散歩には不向きだったが、午後は
3時を過ぎて雲が広がり、雨の心配があったが4時前に合羽持参で散歩に出ることにした。家の中は蒸し暑かったが外はそれなりに風も吹いていて、大汗をかいた昨日のようなことにはならなかった。夕べからのストレスもこれでいくらか解消できたようだ。
田んぼの稲穂は日増しに膨らんでこうべを垂れてきている。少し色も黄ばんできたようだ。あと
1月半無事に育って欲しい。アメリカではハリケーン「グスタフ」上陸に備え、南部4州で190万人に強制避難命令が出された、という。日本とは規模が違う、とつくづく思う。日本では、今年はまだ大きな台風による被害はないが、既に局地的な大雨での被害が出ている。
山ちゃん家の工事は、コバチャンが今日、明日
2日間よその建前の応援で仕事に来られないということだったが、板金屋さん二人と壁屋さん一人が来てそれぞれ工事をしていった。板金屋さんのほうは、途中までだった破風や鼻隠しの鋼板巻きを終わらせ、樋の取り付けもしていった。壁屋さんのほうは防水シートの貼り付けが終わって、その上に金網を張る作業に進んでいた。このペースだと今週中に最初の壁塗りが始まるかもしれない。
2008年9月1日(月)
缶ビール
月曜日は長野生協の配達日でいつも午前11時過ぎにはやってくる。その前に散歩をしてこよう、と9時半過ぎに家を出た。途中新しい山道を見つけてそこを辿って歩いて行くと、一つ向こうの立科町の台地に繋がる道に出た。いつもの土地勘のある道まで出るのに時間がかかってしまい、家に戻ったときには11時半近くになって、生協の配達には間に合わなかった。天気も良かったせいか頑張って歩いてしまったが汗だくになってしまった。
午後からゆりかご動物病院にポチを連れて行こうと思って診察時間を確認したら、午後の診察は
4時から7時までになっていた。いままで午前中しか行ったことがなかったので、午後1時からと思い込んでいたが、行く前に確認してよかった。行くまでに時間ができたので、ホームページの「ジイの日記」が9月で新しくページを作らなければならないので、その作業をして過ごした。4時過ぎに動物病院に着くとまだ先客はおらず、すぐに皮下点滴を受けることができた。ほぼ具合が悪くなる前の状態に近づいているようだ。体重も増えている。しばらく、月木の週2回通院することを再確認した。
帰りに望月の警察署の近くの酒屋さんでビールと焼酎を買う。今日からビールは値上げというニュースが朝から流れているせいかお店は閑散としていた。いただいたビール券があったのでそれを使ったら、不足分は
100円でお釣りがきた。昨日までに買えばもっと安かったのかもしれないが、ビール券だけで買えたようなものだったので、何か得をした気分になれた。スーさんからいただいたビンビールもまだたくさん残っているが、お客さんのいるときに開けないと大瓶を開けても飲みきれないので、やはり350mlの缶ビール1本が自分にとっては適量だ。今夜は風呂上りに1本飲んでから寝ることにしよう。
ここまで書いて日記をホームページにアップしたところで福田首相辞任のニュースが流れた。なぜ、辞任で、衆院解散ではないのか。安倍、福田と二人も続けて、内閣を改造して1ヶ月も経たずに首相を投げ出すような、日本の政治の未熟さが嘆かわしい。1日も早く衆院を解散して国民に信を問うべきである。
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思いつくままに(ジイの記録)