2008年6月30日(月)
引越しから2ヶ月経過
引っ越して2ヶ月が過ぎた。少し生活のリズムが安定してきて、精神的には仕事をしていたときとは比べ物にならないほど気楽になった。そろそろマンネリになるころあいだが、今は毎日、目の前で山ちゃん家の工事が行われているので、飽きることがない。自分の家のときはじっくり見ることができなかった工事の様子が手に取るように見られるので、それを楽しんでいる。
スーさんが午前中やってきた。下の家のおばあさんからの話を伝えにきてくれた。排水問題でこちらが提案した内容ではなく、もっと一方的な負担をこちらに求めるものだったので、今までの話はなかったものとしてお断りするようお願いした。この問題はまた別の角度から検討してみることにした。
午後は、30日がジャスコの5%引きの日だったので上田のジャスコに買い物に出かけた。こういう日は食料品などで保存のきくものを買いだめしたり、衣類などを買うことにしているが、衣類は先日の20日に夏物などで当面必要なものは買ってしまったので、今回はコーヒーや調味料、インスタント食品のほか、ビール1ケースと焼酎、カルピスソーダ2本を買った。傍目にはのんべえと思われるような買い物だ。
帰りはジャスコの隣にあるガソリンスタンドで、リッター164円でガソリンを入れた。新しい会員システムを使って、店頭の表示価格より4円引きで入れることができた。そのあと東部湯の丸インターの入口にあるコメリに寄ってナスとキュウリの苗を買った。今植えてあるナスの苗2本のうちの1本が虫にやられて元気がないので追加で1本と、キュウリがおいしくて今の2本の苗では間に合わないので、こちらは苗2本を買い、早速家に戻って植えた。
2008年6月29日(日)
雨の中の基礎屋さん
今日は佐久の岩村田教会の礼拝に出席してみようか、という予定をしていたが、あいにく朝から強い雨が降り続いていたのと、めずらしくジイが昨夜はなかなか寝付かれず、明け方までまんじりともせず過ごしてしまったので、出かけるのをやめにした。外にも出ることができない状況なので、遅い朝食のあとはパソコンに入っている画像の整理や保存をした。操作ミスでCDに取り込んだ画像のファイルが開けられず悪戦苦闘したあとで、ようやく操作ミスに気付き、開けることができるようになった。さらに引越しの際ばらばらになってしまっていた過去の年賀状や手紙などの整理も合わせて一日かけてやった。
散歩もなし、運動らしい運動もせず、心配した体重計の数字は意外と低く2度、3度と体重計に乗り直したが変わらなかった。
今日はこんな天気なのでさすがに基礎屋さんは来ないだろうと思っていたら、9時過ぎに来て雨の中どろんこになって、玄関まわりの階段の土間コンの型枠をはずしていった。こんな働き者の若者を見たことがない。我が家もジイ小屋も彼が基礎工事をしてくれたそうだ。もうそれだけで安心できる家のような気がするから不思議なものだ。
2008年6月28日(土)
御牧の湯
バアの友人の手紙に、こちらの台地でとれるおいしい白土ジャガイモがもうお店に出ているか?を問い合わせてきたので、おいしいジャガイモを生産している農家が出荷している「御牧の湯」の売店へ散歩を兼ねて出かけた。その生産者のタグが付いた新ジャガが小袋で売られていたので売店の人に尋ねたら、まだ出始めでこれからだということだった。試しに小袋を一つ買った。他に箱に入ったおいそうなトマトとブロッコリーを買った。車で行ったので、買ったものを売店に預けて、周辺の散歩に行った。
御牧の湯から最初山側のほうへ歩いていったが途中で道がなくなってしまったので引き返し、今度は千曲川に向かって散歩した。御牧の湯の露天風呂から眺める景色と同じで、川までの間に田や畑が開けていて、その先の千曲川の向こうには浅間連山がどんと横たわる雄大な景色だった。残念ながら千曲川の川辺には出る道がなかった。川沿いに歩けるような土手の道があればいい散歩コースになるのに惜しい気がする。
1時間近い散歩を終えて売店に戻り、預けておいた買い物を受け取るためもう一度店内に入ったら、障害者の施設で営業している「ダーチャ」がパンの出張販売をしていた。東御市の中央公園の近くにあるお店には3度ほど行ったが、いつもほとんどパンが少なくなったあとでたくさんは買えなかった。今日も数が少なく選びようがなかった。なかなかタイミングが合わない。ここの売店は、「八重原米」という北御牧産のコシヒカリを売っていて、以前はお米がなくなるとここへそのお米を買いに来ていたが、少し値段が高くなってしまって手が出なくなり、もう一つの旧東部町にある道の駅「雷電くるみの里」に出されている地元産のお米に切り替えてしまった。さらに最近はコープ長野で、佐久産の「五郎兵衛米」コシヒカリにしたのだが、久し振りにここの売店で「八重原米」の値段を見たら10キロで500円も安くなっていた。ガソリン高騰の中、車に乗って「八重原米」を買いに来るか思案のしどころだ。
2008年6月27日(金)
別荘地の売り物件探し
今日の散歩コースは、「ふるさと情報館」に売却物件として掲載されている家を探すことを目的にした。手掛かりは「明神館」の近くで、不動産会社が分譲した別荘地内であることだけで、あとは掲載されている家の写真と配置図だけが頼りだ。以前に広大な山林の中に隠れるように別荘地があった。それはおそらくバブル時代に分譲されたと思われる別荘地で、かなり古くなって放置されているような別荘も散見された。その一角にあるに違いないと思い、明神館の近くに車をとめて、そこから歩いてその別荘地内を1時間以上探し回ったが見つけることができなかった。
あきらめて明神館まで戻る途中、その別荘地のはずれでかつての北御牧村の土地開発公社が分譲した宅地が接する場所の近くまで来たところで、突然視野に写真で見ていた家が入ってきた。掲載されている写真では、おそらく冬場で周りの木も落葉しているし、もちろん庭も草が生えていない状態だが、今は庭の草も伸び、少し荒れ始めているので最初は間違いかもしれない、とも思ったが本に載っている特長や配置図が合っているので間違いないと確信した。
どんな事情で売りに出すようになったのか知る由もないが、家のつくりや庭のエクステリアなどを見ると、我々が家を作ったときのように、いろいろな思いやこだわりを込めて作ったであろう様子が伝わってくる。
別荘地内を歩きながら思ったが、家というのはそこに人が住んで生活を営み、地域の人たちと何らかの関わりを持って初めて家としてのたたずまいが息づくのではないか、ということだ。別荘地の締め切られた窓や雨戸を見ると、人の息遣いが伝わってこない。鳥のさえずりも聞こえるし、狐の姿も見かけ、自然がいっぱいでそれはそれでいいのかもしれないが、住み続けるにはやはりそこで仙人のように孤高に生きるわけには行かない。面倒なことがあってもコミュニティに中で暮らすことが大事なのではないか、と思う。
とにかく散歩の目的を2時間以上かけて達成したあとは疲れてしまって、明神館の憩いの家でジャガバタとおやきを昼食代わりに食べ、散歩の後行く予定だった佐久平への買い物を中止して家に戻った。
2008年6月26日(木)
ツバメの死
玄関のツバメの巣の異変が明らかになった。先週土曜日の朝、駐車場に鳥の卵が割れて落ちていた。不思議に思っていたら百舌のような鳥がツバメの巣から飛び立つのをバアが目撃した。それで落ちていた卵がツバメのものであろうと推測できた。その後、月曜日ごろからツバメが巣に羽を広げるような形で留まっているのが見えた。下から見上げているので羽と尾の一部しか見えず、きっとまた卵を産んでその卵を抱いているのだろうと見ていたが、一向にその姿勢が変わらず巣から出て行く様子も見られない。余りにもその姿勢が変わらないので、上尾で何年もツバメの子育てを見てきたバアは、「絶対おかしい、死んでいると思う」と一昨日あたりから心配していた。
今朝、長い棒でそっと羽を触ってみたが動かないので、バアの言う通りかもしれない、と脚立に登って巣を覗いてみると、やはりツバメは死んでいた。頭の所に1箇所鋭いくちばしで突付かれたような穴が開いていた。卵は残っていなかった。親鳥まで襲われて殺されるなどということは知らなかった。つがいのもう1羽が玄関の前の電線に止まって、時々鋭い声を出して鳴いて(泣いて)いる。何ともやるせない気持ちでツバメを土に葬った。巣作りで一度は途中まで作った巣を壊してしまったことを悔いた。出来上がった巣は、乾いて粘着力がなくなっていて、死んだツバメを取り出そうとしたときに落ちてしまった。こういう自然界の厳しい現実はできることなら目の前では見たくないので、電線に止まっているツバメには、ここにはもう巣を作らないよう、心で話しかけた。
昨日の天気予報では終日朝から雨の予報だったにもかかわらず、曇ってはいるが雨はなかなか降ってこなかった。ただ朝からツバメ事件もあり、ジイの足もいまいちで散歩に出る気持ちになれず、ボーっとした一日を過ごした。午後は昼食後2時間を越える昼寝をした。5時ごろザーッと夕立があったがまた間もなく雨があがった。7時少し前、暗くなる前にとバアが娘たちに書いた絵手紙風ハガキ?を出しに郵便ポストのあるところまで、往復20分かけて歩いた。今日身体を動かしたのは、朝食前の掃除とこれだけだった。これから入浴するときに量る体重計のメモリはいかに?
2008年6月25日(水)
メール
昨日寝る前にメールを開けたら、思いがけない二人からのメールがあった。一人は大学時代最も影響を受けた先輩からだった。大学を去ってから35年以上経っているが、その間14年前に一度だけ大学闘争に関わった仲間たちが集まったときに会ったきりで、その後もまったく音信がなかった。もちろん彼のその間の活動は、時折マスコミにも登場していたし、ホームページも開設されていたので、私のほうからは彼の今のありようの一端を垣間見ることはできていた。14年前に会ったとき、「葬儀」という購読紙を発行し、葬祭のあり方から人の生と死の本質に迫ることをライフワークにしたい、というようなことを言っていたように記憶しているが、それを今も貫き通している。14年前の住所録をもとに、今もそこに住んでいるのかわからないまま(記憶では奥さんの実家の住所?)転居のハガキを出した。無事に本人に届いて、そこに書いてあったメールアドレスで早速メールを送ってくれたのだ。ホームページにも目を通してくれたのだろう、ちょっとした感想も書いてあった。大学時代のことは、いつか総括をしなければ、という思いだけが先行して何もできないまま時が過ぎ、そのことがなおさら大学時代の仲間との関係を疎遠にすることになって今に至っている。最近になってようやく、総括というのはただ単に言葉で表現するものではなく、その後の生き方全てで表現されるものだと思うようになって、少し肩の荷が下りたように思えるようになってきた。早速彼にメールで返信した。
もう一人のメールは、去年上尾市役所を定年前に退職し、12月の市議選に立候補して見事当選し、無会派で活躍しているかつての同僚からだった。6月議会も終盤で一般質問の登壇も終わり、メールを送ってくれた。彼のホームページのブログにも私からの転居のハガキの感想が書かれていた。メールの中で「たまには上尾のホームページもみてください」と書いてあった。まだ、「お気に入り」の項目に上尾市のウェブサイトや彼のサイトも入れてあるので、時折様子を見にサイトを開けてみるけれども、6月22日の日記にも書いたとおり、上尾市の動向は次第に自分の関心事からは薄れてきている、というのが今の正直な心境だ。そんなことをメールに書いて返信した。あとから考えて、「安穏な?」市の職員としての生活を投げ打って、新議員として上尾市民のために頑張っている人には失礼な返信を送ってしまった、と後悔している。
今日の散歩は昨日と打って変わって暑苦しい散歩になった。曇りがちの空で陽射しは強くないのに風もなく蒸し暑いのだ。それでも摘果作業も終えて静かになったリンゴ畑を通るコースを2時間かけて歩いた。二人とも最近食欲もありよく食べるので、その結果としてそれが体内に蓄積されている。何とか散歩で消化しようと少しずつ散歩の距離と時間が延びる。
散歩の後バアは一人でツルヤまで買い物に行った。ジイは、午後は家のエントランスの芝生の手入れをしたあと、先日耕しておいたタマネギの収穫跡にダイコンとニンジンの種を蒔いた。時期的には遅蒔き過ぎだが、暑さに負けずに育って欲しい。
2008年6月24日(火)
反響
朝から青空が広がり、爽やかな風が吹いている。昨日できなかった散歩を約2時間かけてやった。散歩の途中、2回の窓からも遠くに見えている新築中の家の前を通った。樋の取り付けをしているのでそろそろ足場が取れそうだ。その近くに大きな鉄骨造の家が建築を始めていたので覗いてきた。大きい建物なので公共施設?と思ったが、個人住宅のようだ。この辺は山ちゃん家も含めちょっとした建築ラッシュだ。そうかと思えばうちがお世話になった「ふるさと情報館」の売り物件に、ここ八重原地内の住宅が掲載されている。
基礎屋さんは相変わらず朝8時前から来て、こつこつと仕事を進めている。スーさんと山ちゃん家を担当するコバ棟梁が午後現場に顔を出した。
下の田んぼをやっている人が、溜め池の周りの草刈に来た。挨拶をして、池の水が減って滲みだす水が減ったことを感謝することを告げたら、やはり先日池の水が満水になったときに話したことを気にかけてくれていて、池の水を調整してくれたようだ。いかにも人のよさそうな人で、以前に切り落とした桜の木が側溝を塞いで水の流れが悪くなっているのを気にしていた。冬場の農作業が一段落したときには何とかしたい、というようなことも言ってくれた。やれば大変な作業になるので期待せずに待つことにしよう。
先日出した転居のはがきにいろいろ反響があった。何人かの人から逆に礼状をいただいたり、メールをいただいたりした。燻製に使える京都の老舗の香辛料を送ってくれた友人もいる。議員のホームページのブログにもハガキのことが書いてあった。ホームページのアクセス件数が急増した。自分の存在を意識してくれる人がいるということはありがたいことだ。岩手の師匠からも、葬儀の様子や太っ腹義兄さんの在りし日の写真が印刷されたハガキをいただいた。あらためて義兄さんのご冥福とご家族に慰めのあらんことをお祈りする。
2008年6月23日(月)
沖縄
朝のうち晴れていたので散歩に行くつもりでいたが、ぐずぐずしている間に雲が広がってぽつぽつ降り出してきてしまったので、散歩は諦めた。散歩好きのイギリス人は雨の中でも散歩するそうだが、足の痛みもまだ少し残っているのでイギリス人のような無理はしない。しかし、大雨注意報が出ているのにもかかわらず、雨は降ったり止んだりで、雨の合間を縫って草取りぐらいの庭仕事はすることができた。手や長靴は泥だらけになるが土が軟らかくなっているので、草を抜くのには都合がいい。雑草に混ざってマリーゴールドの芽が出始めていてささやかな喜びに浸る。
午後スーさんが来て、排水問題で下の一人暮らしのおばあさんの家に話に行ってくれた。当初はジイも同行する予定だったが、先日おばあさんと立ち話をしたときに、ジイが一緒だとなかなか本音で話してくれないような感じを抱いたので、スーさん一人で行ってもらうことにした。こちらで提案した畑との境界にU字溝を入れる事に関してはやはりもろ手を挙げて賛成、と言うわけにはいかなかったようだが、最終的にはさらに下の畑に落ちているパイプへ誘導するための枡を2箇所設置する方法で検討してもらうことになった。こういうことで後々まで尾を引くようなことは避けたいので、法外な要求は断るしかないが、おばあさんの気持ちにも配慮したい。今回はホクシンさんもかかる費用の一部は負担する、と言ってくれている。おばあさんも親戚や子供たちにも相談して回答する、ということでしばらくこの件は回答待ちということになった。
その後夕方から夜に掛けて、合わせて2時間以上も居眠りをしてしまった。ニュースでは沖縄の話題一色だった。今日は沖縄戦終結の記念日だ。日本で唯一地上戦が行われた地なのに、日米安全保障条約=軍事同盟のおかげでアメリカの極東戦略の中枢基地として、今も戦争から逃れられない立場に置かれてしまっている。日本でもっとも反戦平和への思いが強い住民が多いのに、基地経済に依存せざるをえないジレンマに立たされている。日米安保の破棄への道へ舵を切らない限り、このジレンマから逃れられないように思うのだが。
2008年6月22日(日)
住宅打ち合わせ
山ちゃん夫婦が訪ねてきた主目的であるホクシンハウスのスーさんとの打ち合わせのため、我々も付き添って上田市にある古いほうの展示場へ行った。今日打ち合わせで決めなければならない項目がたくさんあり、見本品などが揃っている古い展示場で打ち合わせることになっていた。ここは、6年前我が家を立てるときに何度も通った懐かしい場所だ。屋根や外壁、サッシ、ドアの色など外部仕上げのことから、床や階段、建具の色や形状など内部仕上げのもの、さらにユニットバスの色や形、壁の柄から取っ手の位置など、次から次と打ち合わせが進む。10時前に始まった打ち合わせは、途中O支店長を交えての家の排水処理の話題について約20分を交えて、午後2時まで約4時間かかってしまった。打ち合わせが終わって展示場をあとにしたときは、山ちゃん夫婦もジイとバアもみんなぐったりと疲れてしまった。
上田のジャスコに裾直しを頼んであったバアのズボンを取りに行く用事があったので、ジャスコに行きそこで遅い昼食をとった。山ちゃん夫婦もいままで各種メーカーの東京にある展示場などをみたり、本を読んだり、実際に参考になりそうな家を見て回りながら、それなりに自分の家のイメージを二人で話し合って考えを固めてきてあったのだろうが、いざ最終的に決めるとなると迷いも出るものもある。そんな緊張感が同席している我々にも伝わってきて一緒になって疲労感まで味わってしまった。
早めに帰ってワールドカップの3次予選最終戦をみるという山ちゃん夫婦を見送ったあと、ジイもサッカーを見たり、野球を見たりして過ごす。そのあと、久し振りに上尾市のホームページを開いて6月議会の議案提案説明や何人かの議員の一般質問の動画配信記録をみた。退職後の最初の議会の様子をDVDを通して窺うことができたが、今までとまったく違う感覚で聞いている自分がいた。確かに自分がいたときとは違う状況の変化が出てきているような内容のものには、多少は新鮮なものを感じるが、それとて今の自分の生活のありようや感性には何も響いてこないのだ。無責任のようだが、勝手にやれば、という感じかな?地理的な距離が、関心の薄さに繋がっていくのか、最近は信濃毎日新聞の長野県内のローカルなニュースのほうが気を引くようになっている。
2008年6月21日(土)
足の痛み
夜、山ちゃん家が訪ねてくることもあり朝から家の掃除をした。昨日再度痛めた足の指は、湿布をしたおかげか少し痛みが引いてきたが、履物を履くと指があたって痛い。それでも昨日の買い物で買い忘れたものを買いに、立科町のツルヤまで軽自動車に乗って出かけてきた。午後は雨の予報にもかかわらず、晴れ間も出てきたので散歩に出た。さすがに長い時間歩く自信がなかったので、45分程度の近場の歩きで戻った。こういう痛みは骨折でもしていない限り、若いときなら1週間もあれば痛みも引くはずなのに、再度ぶつけたとはいえ3週間も完治せずにぐずぐずとしていることに、年のせいかなと少し弱気になる。
午後7時半ごろ山ちゃん夫妻が到着、先日収穫した新タマネギを使ったカレーや取れた手のキュウリの入ったサラダ、ヤマメの燻製などを一緒に食べた。デザートには、山ちゃんが買ってきた新宿タカノのフルーツケーキをいただく。田舎暮らしでのおいしい新鮮な野菜や魚もいいものだが、たまには都会の香りがする高級な生洋菓子も捨てがたい。夜遅くまで、家づくりのことやこれからの暮らしのことなど話が尽きなかった。
2008年6月20日(金)
お買い物
20日はジャスコの5%引きの日ということで上田のジャスコに行った。夏物のカジュアルパンツを2本買った。サイズが今までよりも2ランク下のサイズでちょうどよかった。ただ先週ごろから、今まで引っ越してから一度も越えていなかった70キロを記録するようになりだしているので要注意だ。今日もジャスコの買い物の後、上田駅まで歩いていく途中にある「鯉西」というお店で、鯉の旨煮定食と鯉のアライをおなかいっぱい食べてしまった。鯉の臭みを消すためか味付けが濃く、またそれが美味しくてきれいに食べてしまった。
駅の近くのセゾン系のデパート「リビン」で買い物をしたあと、かねてから一度入ってみようと思っていたミスズ飴本舗の隣にあるコーヒー専門店に入った。暑かったので二人とも別のアイスコーヒーを飲んだが、どちらも手抜きのないしっかりとした味と香りのアイスコーヒーだった。
歩いて車を停めておいたジャスコの駐車場に戻ったあと、ジャスコの脇にあるガソリンスタンドで給油した。このスタンドは、表示価格が168円だが、イオンカードを使って店頭割引を利用するとさらに合わせて3円安くなった。今日は使えないがスピードパスというものを使うと予め登録したイオンカードを出さなくても、4円安くなるというので早速登録手続きをした。1週間ぐらいで使えるようになるという。もう安くなるのならなりふり構わず、カードでもパスでも作るぞ、という感じになってきた。今日のところは165円で給油して何かすごく得をしたような気持ちに一時的にはなったが、この間までのガソリン代に較べたら50円も高い、と気が付いた途端に無性に腹が立った。
家に戻って、昨日の続きで畑に苦土石灰と土壌改良剤を蒔いて今度は鍬で耕した。お天気次第だが、遅くとも来週ぐらいには大根とニンジンの種を蒔きたい。夜、家の中を歩いていて、椅子の足に直りかけていた右足の小指を思い切りぶつけてしまい、また痛みがぶり返してしまった。
2008年6月19日(木)
次の野菜
天気予報では午後から雨模様ということで、午前中土が乾いているうちに済ませようと、先日タマネギを収穫したところをミニ耕運機で耕した。タマネギの植わっていた畝の間には、キュウリやミニトマト、ピーマン、ナスの苗を植えてあるので、ミニ耕運機とはいえ狭い所を耕さなければならず思った以上に難儀をした。山ちゃん家の建築により畑のスペースが少なくなったので、少しでも空いたところを有効に使って、次の野菜として大根やニンジンを植えたいという一心で耕した。今植えている野菜のうち、キュウリが取れ出し、トマトもじきにとれそうだし、さらにナスやピーマンに続く野菜をやりたくなったのが理由だ。
お昼ごろからにわか雨が降ったがたいしたことはなく、3時ごろには薄日も射すようになったので、次の庭仕事としてチューリップの球根を掘り返した。バケツに一杯の球根になった。来年は植える場所を探す苦労をするほどの量だ。花の色の区別がつかなくなってしまったが、今年ばら撒きで植えてもいろいろ色が混ざっていても結構楽しめた。しかもチューリップの咲き方が、白から黄色、黄色からピンク、ピンクから赤と色によって順番に咲く時期が少しずつずれて咲くことを我が家の庭で今年発見した。
夜友人からメールが届いた。宮城・岩手内陸地震で亡くなった、岩手の釣りの師匠の太っ腹義兄さんの葬儀の様子を師匠からメールで知らせてくれた内容を転送してくれた。18日に葬儀が行われ、1,000人以上の弔問、参列、お悔やみがあったそうだ。義兄さんのお付き合いの幅の広さと何より人柄が偲ばれる。初めて会ったときから旧知の間柄のような親しみやすさ、そして面倒見のよさを感じさせる人だった。
2008年6月18日(水)
烏帽子・湯の丸登山
週間天気予報では天気が良いのは今日までだったので、引越し後一度も行っていなかった烏帽子岳に行くことにして、8時半前に家を出た。9時15分から登山を初め、ゆっくりと味わいながら登った。地蔵峠ではツツジ祭りが始まっていたが、まだレンゲツツジは少し早めだった。日当たりにいいところは開花しているが、上に行くにしたがってまだつぼみのものが多かった。イワカガミがまだたくさん咲いていた。ウグイスが目の前で鳴き競っていた。烏帽子岳だけにするつもりだったが、バアの調子もよく湯の丸山も登った。頂上からは北アルプスも見ることができた。さすがに帰りの下山は疲れたらしくペースが落ちたが、久し振りの登山にもかかわらず、頑張ってしまった。地蔵峠の駐車場から帰路に着いたのが午後2時半だった。とりあえずこれで、引越しの挨拶をするべきところには、けじめの挨拶を済ませたような安堵感がひろがった。転居の挨拶状も昨日あたりから着いているのか、昨夜から何人かからメールや電話があった。
2008年6月17日(火)
松本散策
基礎屋さんは朝7時過ぎにやってきた。8時前には応援の二人も来て、入念に型枠の補強作業をしていた。用事で松本へ行かなければならないので、後ろ髪を引かれる思いで、9時半前に出かけた。
松本の用事も順調に、早めに済んだので松本駅周辺を歩くことにした。昨日郵便局の近くの本屋で松本市のガイドブックを買って、調べておいた所へ行くため、中心街から少し離れているジャスコの駐車場に車を止めて、そこから中心街に向けて歩いた。途中中町通りという蔵の家並みが続く通りを通った。時間があれば一軒一軒立ち寄って見たくなるようなお店が並んでいる。その通りを過ぎたところに大宮や新宿西口にもあるスポーツ用品店「石井スポーツ」を発見し、入店した。品揃えは大宮よりも豊富だった。欲しくなる衣類や山用品もあったが、年金生活者には衝動買いはできない。それよりも空腹を感じて何も買わずに店を出た。
さて、お昼をどこにしようとガイドブックを取り出す間もなく、すぐ近くに蔵作りのお店で、定食屋風のメニュウが書かれた看板の出ている「うらしま」というお店があったのでそこへ入った。二人とも焼き魚定食で、シマホッケ定食と赤魚の粕漬け定食を頼んだ。意外なおいしさに舌鼓を打つ。そのあと老舗デパートの井上百貨店から深志神社の近くにある洋食店や喫茶店などの下見を兼ねて町歩きをした。何度も道に迷ったが、松本の中心街の大枠を掴んでジャスコまで歩いて戻った。
午後4時にホクシンのスーさんと太陽光発電の工事業者が下見に来ることになっていたので、家に戻った。3時半過ぎに戻ると、基礎工事は生コンの最後の打設作業をしているところだった。布基礎の立ち上げ部分だけで深さが130センチあるので、作業は前回のべた基礎の部分のコンクリート打設よりも神経を使って大変だ。太陽光発電の業者が来たのが5時近くになってしまったが、発電した電気を引き込む場所やエアコンの取り付け位置など打ち合わせて決めた。スケジュールも7月5日足場組み立て、10日から工事で完成まで約1週間ということになった。業者の話では、定格4.3キロワットの約8割が実際の発電量と思ってください、といっていた。もともと太陽光発電で元を取るつもりはない。ただ、これだけ原油価格があがり、灯油の値段も上がると、今まで灯油を使って暖房していたのに対し、発電をし、暖房は深夜電力を極力使うようにコントロールすれば、料金的にもある程度ペイできるかもしれない。それよりも少しでもCO2の減少に役立つことが第一の目的だ。
2008年6月16日(月)
花の贈り物
朝、散歩に出ようと玄関先に出たところで、家の前にクール宅急便が入ってきた。道を間違えたのかと思ったら我が家への届け物だった。次女から父の日のプレゼントのフラワーボックスだった。孫からのメッセージも添えられていた。母の日のギフト・カードでは「上尾のおばあちゃん」だったが、今度は「きたみまきのおじいちゃん」になっている。「おいしいやさいをつくってネ」と頼まれてしまった。夏休み遊びに来るときまで、頑張らなければ・・・。
1時間の散歩をした。今日はコープ長野の配達日なので、散歩は早めに切り上げた。
午後は、ジイ一人で田中駅の近くにある田中郵便局に転居のお知らせハガキを出すために出かけた。そのついでに東部湯の丸インターの近くにある「コメリ」に行った。今日は一人で心ゆくまで工具類や農機具を見て回った。いろいろ買いたくなったが、我慢してとりあえず電動カンナとトリマーを買った。また、バアに「道具ばかり買い揃えて何を作ってくれるの?」と嫌味を言われそうだな、と思いながらも、買って帰ってさっそくトリマーの使い勝手などを試した。慣れるまで思い通りには削れそうもない。カンナは時間がないので、また後で試してみることにした。
2008年6月15日(日)
基礎屋さん
日曜日というのに基礎屋さんは弟を手伝わせて今日も型枠の設置作業をしていった。朝8時前から午後7時過ぎまで、ほとんど休憩無しでやっていた。土日の休みもなし、雨さえ降らなければ休みなし、という状態で黙々と働いている。仕事もきっちりやるプロフェッショナルだ。年齢は30歳前後か?最近の若い者は、と嘆く年頃になってしまったが、まれに見る働き者の若者だ。
今日は午前中掃除をしたり、ホームページの作成などをしたため散歩を夕方に変更したが、午後ジャガイモの土寄せと追肥をする作業を始めたら散歩へ行く時間がなくなってしまった。畝の間をジャガイモの葉を傷めないよう鍬を入れるのは思った以上に難しく、余計な力を使って汗をかいたので、散歩以上にカロリー消費しただろう、と勝手に思い込んでいる。
ツバメが玄関の巣作りを進めている。先日一度取り壊したが懲りずにまた作り始めた。出入りする真上のところに作られたら困るので、襞付きの養生テープで作られたら困る個所を塞いだところ、そこを避けて端のほうに作り始めた。デッキの上部の壁にも同時並行で作っているが、そちらは今のところ進んでおらず、ここ2日ほどで玄関のほうが一気に巣らしくなってきた。間もなく卵を産みそうな気配だ。ツバメは、我々が住み始めた途端に巣を作り出した。人間のいる近くで巣を作れば、外敵から身を守れると心得ている。ツバメたちにとっては、こうして子孫を残していくことが生きる証なのだろう。ここまで巣ができてしまうとかわいそうで壊すわけにはいかない。見守ることにした。
2008年6月14日(土)
悲しい知らせ
朝の散歩の準備をしていると、テレビで緊急地震速報が流れた。試験放送は何度かやっていたが本番の速報は初めてだ。速報が流れた1分もしないうちに岩手、宮城でマグニチュード7の地震発生のテロップが出た。しばらくテレビを見ていて震度の大きさに較べて被害が少ないようだったので、10時過ぎに散歩に出た。
今日歩いたジイとバアの家の西側の丘陵地帯には、想像以上のリンゴ畑が広がっていた。ちょうど今は摘果作業の真っ最中なのでリンゴ畑の間の道を歩いていると何人もの人たちが、摘果作業をしていた。普段散歩をしていても人と出会うことは少ない。しかし、こうして果樹園などに一歩踏み込むと働いている人がいる、ということが実感できる。散歩の終わりで組長さんの家の前を通ったら、奥さんが畑にいたので挨拶をした。畑に植えてあるナスやトマト、カボチャなど野菜の作り方の手ほどきを受けた。特にナスは、この辺では「日照り草」といって、水分は少ないほうがいいらしい。土を盛って苗を植えたほうがよいとのこと。うちでは逆に畑の低くなって水が流れてくるところに植えてしまっている。いまさら植え替えるわけにもいかないので覚えていて来年からは気を付けよう。
ここのところ体重が増加傾向にあるので、昨日に引き続き約2時間近い散歩をしたあと、昼食後は意を決して転居の挨拶状の宛名書きに専念した。何とか夜になってしまったが出すべき人たちの分は書き終えた。
夜9時過ぎにショッキングな悲しい知らせを伝える電話が友人からあった。今日の地震に震源は、渓流釣りの岩手の師匠が住む一関市東町に近い。地殻で土砂崩れも起きている様子なので、午後には師匠に安否のメールを送っておいた。ニュースで、一関市の人が、地震の発生で立ち寄っていたお店から出たところを、車ではねられて亡くなったことを何度も繰り返し報道していた。その人がなんと4月26日、27日の2日間我々の岩手の釣行を案内してくれた師匠の「太っ腹義兄さん」だったのだ。急な用事ができたにもかかわらず我々を迎えてくれて、渓の案内や釣り談義、さらに北海道でのエゾシカの狩猟のことなどを、豪放磊落に語ってくれた「太っ腹義兄さん」がこんな形で亡くなるなど予想もしてなかったし、ニュース報道とも結びつかなかった。師匠をはじめご家族、ご遺族の悲しみはいかばかりか、推し量る術がない。
報道では年齢が60歳となっていたから、私と同じだ。自分に置き換えて考えればおそらくまだまだ自分の死を身近なものとして考えていたわけではないだろう。誰でも自分の終着点を、一応平均寿命ぐらいに置いて、そこまでの残された人生をいかに生きていくかを考えているものだと思う。あと20年ぐらいの目安で、今を生きていたのではないか。「太っ腹義兄さん」も会社を経営し、仕事も順調だったと聞いていた。忙しい合間に釣りや狩猟にいそしむ姿は、傍目には充実した生き方をしているように見えた。それにしても余りに早い最後と思う。私も新しい暮らしを始めたばかりだが、どこかで自分の最後を見据えた上で、今をどう生きるか、またどう生きているかをいつも問うことを心がけよう。「太っ腹義兄さん」のご冥福と残されたご遺族に心からのお悔やみを申し上げます。
2008年6月13日(金)
水問題
朝一番でごみ出しとポストへ郵便物を入れに行くため、自転車で行った。往きはルンルンだったが、帰りは立ち漕ぎで途中まで頑張ったが息が切れて、自転車を押して登った。これで二度目だがもう懲りた。この辺では年寄りに自転車は不向きだ。
9時過ぎにスーさんに、山ちゃん家の浄化槽の浸透トレンチの排水の件で電話した。この時期特有な状況もあるが、基礎打ちで掘った穴の水が浸透しないで溜まっていて、その水位が浸透トレンチの有孔管より上になっているように見えるので、浸透トレンチが機能しないのではないか不安になってしまった。またそんな状況で浄化槽への逆流でも起こったら大変なことになるので、どう考えたらいいのか相談した。早速スーさんが来てくれて現場の状況を見てくれた。トレンチの検水孔から水位を見ると有孔管の上まできているように見えた。下の畑との境界にある素掘りの側溝の水位よりは高い。浄化槽屋さんや水周りの設備屋さんにも相談してもらうことにした。
午後4時半過ぎには支店長も現場を見に来てくれて、一番いい解決方法は、畑の境の素掘り側溝をU字溝に入れ替えることではないか、という提案を受けた。次回山ちゃん家の打ち合わせのある22日までに費用等検討してもらうことにした。
支店長が帰ったあと魚の燻製をした。最初45分間、チップの量は最初に2つかみ、1つかみずつ2回計4つかみ使った。色はいい色になったがまだ、スモークとしては不十分なように見えたので、再度30分やり直した。チップの量は3つかみ。味は少し塩気が強かった。燻製としてはまずまずといったところか?手近な所で釣れたイワナ、ヤマメで燻製ができたこと自体手放しでうれしい。
2008年6月12日(木)
通院
二度目の通院で佐久総合病院に行った。今回は雨が降っていた上に前回よりも若干遅い時間だったせいか駐車場が満杯になって停める所がなかった。病院の敷地内の駐車場以外に河川敷に500台近く停められそうな駐車場へ行くよう言われて行ったがそこもいっぱいで、何台も停められずにぐるぐる空きを探していた。諦めて土手の上の道路に路上駐車した。予約時間から1時間近く経ってようやく診察となった。ジイは待っている間本を読んでいるうちに居眠りをしてしまった。受付カウンターの一角に院外薬局に処方箋をファクスしてくれるところがあり、それを利用してジイが車を取りに行っている間にバアが薬局で薬を受け取る手順でうまくいくはずだったが、次回は2ヵ月後の診察になったのに、薬が1か月分しか処方されておらず、医師に確認するのに手間取ってここでもまた長く待たされてしまった。
病院の後は佐久平へ行ってカインズ、ジャスコで買い物をして帰った。雨もあがり、午後からは昨日釣ってきた魚を燻製にするためソミュール液(水、塩、砂糖、バジル、ブラックペッパー)を作り、それに魚を漬けた。3時間ほど漬けた後、干し網に入れて外の駐車場の屋根の下に干した。明日の夕方まで干してから燻製にする予定。魚をソミュール液に付けている間は、やはり昨日収穫しておいたタマネギを束にしてジイ小屋の軒下に干した。軒下がタマネギでいっぱいになってしまった。
2008年6月11日(水)
渓流釣り
5時おきして渓流釣りに出かけた。引っ越して初めての釣りだ。身支度をして5時半に家を出て、車で約20分走った所で止め、川へ下りて竿を出したのがちょうど6時だった。一番近い川で行き慣れているのでまず初めにこの川を攻めて、駄目なら別の川へ行くつもりで川に入った。しかし、今回は今までと違って順調に釣果が挙がっていった。結局河岸を替えることなく12時まで釣り続け、釣果はイワナ、ヤマメそれぞれ7尾ずつ合わせて14尾だった。ジイとバアの家の周辺の川で二桁になるような釣果は初めてだ。平日で他に釣り人もいないという条件もあったかもしれないが、4月の岩手での釣行のときに、岩手の師匠に手ほどきを受けた、えさの流し方や合わせのタイミングなどが今回の釣りで生かされたような気がする。イワナとヤマメが同数などというのは、その成果といっていいだろう。今度は別の川で試して見る事にしよう。釣りから戻ってすぐに道具を洗い、干した。夕方には靴以外は全部乾いてしまうことができた。こんなことができるのも、片道約15キロ、所要時間約20分で釣りができる川があるからだ。
山ちゃん家の基礎工事は順調に進んでいる。昨日生コンの打設が終わったと思ったら、今日はもう布基礎の立ち上がりの型枠の取り付け作業を始めていた。最近の生コンは1日もあれば固まってしまうらしい。基礎の高さが130センチもあるから、型枠の取り付けも大変そうだ。上尾辺りでは金属製の型枠で組み立てれば済んでしまう現場が多く見られたが、こんなに高い基礎は初めて見る光景だ。
昨日たまねぎの一部を収穫して、今日ジイ小屋の軒下に吊るしたが、結局残っていた普通のたまねぎと赤たまねぎの全部を今日収穫してしまった。赤たまねぎをチェックしていたバアが、赤たまねぎにもひびが入り始めているのを発見したからだ。まだ、葉が倒れているものが半分にもなっていなかったが、実は十分に大きくなっているので採ることにした。今日の晩御飯には、大き目のイワナ、ヤマメを2尾ずつ塩焼きにして食べた。新たまねぎは、トウ立ちしてしまったほうを先に食べているのでまだ食べていない。
今日参議院で福田首相の問責決議案が可決された。ここのところ今の憲法下での初めての事案が衆議院でも参議院でも議決されている。これも衆参のねじれ現象が招いた結果だが、将来、歴史的に振り返ったときにどう評価されるだろうか。自公は明日にでもそれに対抗して衆議院で内閣信任決議案を可決させ、参議院の伝家の宝刀を無視することになりそうだ。もはや死に体の福田内閣だが、本来は参院選後安倍内閣の時に早々に衆議院を解散し、選挙で民意を問うべきだったのだろう。今になってしまえば与野党の茶番劇のように見える。ガソリンの暫定税率も復活し、後期高齢者医療制度も参院では廃止の議決までされているのに、何も変わらない。政治のありようが何とか変わって欲しいものだ。
2008年6月10日(火)
生コン打設
山ちゃん家の基礎工事の最初の山場となる生コンの打設工事が行われた。3台のミキサー車がピストン輸送でやっていた。数えているわけではなかったので推測だが、延べ10台分ぐらいは入ったのではないか。工事用に入ってこられる道が狭いので、大型のミキサー車は入れない。そういう点では効率が悪い。スーさんの話では、その上この辺の生コンは特に値段が高めに協定されているらしい。公共施設などの大きな工事が少ないこの地域の業界の自衛策なのだろう。首都圏に較べてこうした資材関係は、流通が少ない分高めになってしまうのかもしれないが、逆に人件費などは低めに抑えられているので結局総体的には首都圏とそれほど変わらないのだろう。
今日の散歩は立科町の五輪久保のりんご園のあるところを回った。今は摘果作業の真っ最中のようで、あちこちのりんご園で作業している人の姿が見られた。大きな音でラジオを流しそれを聴きながら、高所作業車に乗って作業しているおばあさんの姿もある。散歩の途中で、農産物直売所「菜々色畑」でお薦めのリンゴ農家のりんご園らしい場所を発見した。今度は収穫時期に一度尋ねてみることにしよう。佐久市のチクマ農園のリンゴも捨てがたいが遠いので、ここならば近いし何度か直売所でここのリンゴを買って食べておいしかった記憶がある。ただこの2,3年直売所には出していないらしく探しても見つからなかった。
夕方バアが普通のたまねぎのほうを見ていたら、葉が倒れ始めた中に2個ほど実が裂けているのを発見、他のたまねぎは無事だったが、かなり大きな実になっているので葉が倒れたたまねぎは収穫することにした。全部で33個。葉の倒れていない普通のたまねぎは、まだ半分ほど残っている。さらに赤たまねぎのほうは約60個ぐらい収穫しないで残っている。いずれも葉が倒れてくるのは時間の問題なので、今週中ぐらいには全部収穫しなりそうだ。
ツバメの巣は玄関の出入り口のすぐ脇に巣作りが進んできたので、かわいそうだが思い切って取り壊し、これ以上作れないようビニールの襞付きの養生テープを貼った。諦めきれないツバメは、今度はジイ小屋のほうに狙いを絞ったようだ。そちらに作る分には許してあげよう。
夜8時前に外に出て夜空を見上げた。新聞では7時59分から宇宙ステーション「のぞみ」が、西北西の方角に見え始めることになっていた。北の空には半分雲がかかっており、8時になっても見えてこないので諦めかけた瞬間、西の空に見え始め、スローモーション動画を見ているような感じで、1等星ほどの明るさで南東に向かって移動していった。飛行機なら点滅するはずだが、まったく点滅せず、10倍の双眼鏡で覗くとまん丸でもち網のようなすじが入った感じに見えた。半月の下を通ったときは、どこかの国の国旗のような月と星の一対の感じが非常に印象的だった。見る事のできる4日間のうちの最後の日になって、ようやく晴れて見えるなんてまるで感動的なシーンを演出したようだった。
2008年6月9日(月)
3通の手紙
散歩から帰ってポストを覗くと、3通の手紙が入っていた。2通はジイとバアの共済年金の振り込み通知だった。ジイにとっては退職後初めての収入だ。これから2か月分ずつ、偶数月に振り込まれる。二人合わせても毎月赤字になってしまうような額だが、これも覚悟の上なのでつましく暮らすしかない。もう一つの手紙は、上尾市役所からの市県民税の納税通知書だった。税額は、二人の2か月分の年金の振込み額より遥かに高額だ。給与があるときは、源泉徴収されているのであまり感じなかったが、納税通知書になって年税額を4期で納付する額を見るとその高さに唖然としてしまう。第1期の納期の今月末には、忘れて督促状を送られるのは恥ずかしいので、4期分をまとめて払ってしまおうと思う。
今日の天気は午前中は時折薄日が射す曇り勝ちの天気が昼ごろから一時かんかん照りになり30度を越す暑さとなった。2時過ぎから雲が出始め雷も鳴り出して、3時ごろから大雨となった。5時過ぎにはほとんど雨もあがった。外へ出て景色を見ると浅間連峰の方角は、山水画のよう雰囲気だった。家の中に戻ってカメラを持ち出し、写真を撮ったが画像ではうまく撮れなかった。
6日の信濃毎日新聞に、7日から10日に掛けて夜、宇宙ステーション「きぼう」の軌道が長野から見れる、という記事が載っていたので書かれた時間帯夜空を見上げるが、7日からの3日間星も見えない天気が続き、まだ見ることができていない。明日がラストチャンスで、天気予報も悪くない。明日に期待して今夜は寝る。
2008年6月8日(日)
地域の草刈デビュー
5時前から目が覚めてしまった。一応5時に目覚ましはセットしておいたが、その前に起きた。早く起きすぎて、草刈の集合時間の6時まで間があり過ぎるので、新聞などを読んで時間をつぶした。朝5時には既に新聞が配達されていることを初めて知った。6時5分前にはほぼ全員出揃い、それぞれ草刈の分担エリアを決めて作業開始となった。ここの組は、全部で8世帯で、一人だけ都合で欠席となったが、その人は前日先に一人で一部の道路の草刈を済ませていた。引越しの挨拶をしに行ったとき、認知症?と思われる方がいたが、その方も参加していて、ジイに関心を覚えたらしく何度も「どこの人か」尋ねてきた。
7時前にはそれぞれ分担したところが終わり、最後は全員集まったところで組長さんから紹介をしてもらった。意外とあっさりした地域デビューとなった。終わったあと同じ帰り道のすぐ上の家のHさんと少し話ができた。普段勤めているのでなかなか会う機会のない人だが、一番の近所で何かと生活上は影響のある家だ。草刈のルールなどを確認した。ジイとバアの家の西側の畑の所有者でもあるので、その畑の道路際の草刈はどちらがするべきなのか聞いたら、素直に「やって欲しい」といってくれたので、今後はうちでやることにした。Hさんにとっては畑は自分のものであっても今は耕作しておらず、まして道路は使っていないので、普段道路を使っているうちに草刈をしてもらったほうがいいと思っていたのかもしれない。また、溜め池の周りや分家の敷地につながる角の草地は、Hさんの所有地ではなく別の地区の人のもので、昔はニンジン畑などにしていたが最近は耕作出来なくなり放置されているので、仕方なく時々Hさんが草刈をしていたことなど教えてもらった。こういうところを畑として借りて耕せば、草も刈らずに済むので今後いろいろ情報を仕入れて、畑の確保の選択肢に入れてみようと思った。
昨日初採りしたキウリ1本を朝食のときに食べた。もう一つの苗にも食べごろになったキウリが1本できているのでそれはまた明日採って食べることにしている。夕べ体重がこちらに引っ越して初めて70キロの大台に乗ってしまったので、午前中の散歩は大目に1時間45分かけて歩いた。
朝早かったせいか、昼ごろから夕方にかけては時折テレビを見ながら居眠りをしてしまった。仕事中は眠くなっても眠気をこらえて起きていなければならなかったが、そういう緊張感がない生活ではうつらうつらと時間が過ぎていく。認知症は他人事ではない年齢と環境の中にある。
2008年6月7日(土)
津金寺
今日は津金寺まで歩いて行く散歩を予定していたが、往復4時間近くになるので直前になって体調を考慮し、近くまで車で行ってから歩くことにした。山部のローソンへ行ってお昼の弁当を調達し、権現の湯の近くの駐車場に車を留めて、大きく遠回りをして津金寺へ行った。花の盛りが過ぎた後のせいか人影もなく静かな雰囲気が漂っていた。お堂の裏の池の周りのクリンソウが散りぎわの美しさを誇っていた。津金寺から一つ先の丘の児童公園まで歩いてお昼にしようとしたが、木陰のベンチには何組かの親子連れがいて休むことができなかったので、車まで戻り、車で5分ほどの笠取峠の松並木まで行って、木陰のある芝生の上で昼食。2日続けての外でのお昼となった。笠取峠の松並木は県の天然記念物に指定されているが、マツクイムシの被害が激しい。特に今年はここも赤茶けた松が多く痛々しい感じだ。あと何年かこんな形でマツクイムシに侵食され続けると、山の景色が変わってしまうのではないか心配だ。
散歩から帰ると、山ちゃん家の基礎配筋もほぼ終わって、次のコンクリートミキサー車の乗り入れに備えて、鉄板の敷きなおしをしていた。午後4時半過ぎには、JIO(日本住宅保証検査機構)の検査員が来て基礎配筋の検査をしていった。ジイとバアの家の時にはこのような第三者による検査や保証がなく、別に料金を払ってやってもらった経緯がある。ホクシンハウスもそうした建築依頼者の意向を汲んで全ての建物にJIOシステムを取り入れるようになった。配筋検査葉問題なく済んだようだ。来週火曜日には土間コンの打設が行われる。
明日は午前6時に地域の草刈作業にデビューする。寝坊しないよう早く寝る。
2008年6月6日(金)
お買い物デイ
久し振りに朝起きると室内に陽射しが明るく入り込んでいた。やはり朝から青空を見ると気持ちがいい。今日は買い物デイということで、まずは東部湯の丸インターの入り口にある「コメリ」に行って、カード会員の登録の申請をした。その足でリフォームコーナーに行き、先日見積りを出してもらったデッキに取り付けるテラスの注文を正式にした。取り付けは太陽光発電のパネルを取り付ける足場が取れてからの工事になるので、7月中旬ごろになると思う。
さらにプランターの土や手作りのEMぼかしを作るための骨粉や油粕などを購入し、資材館に行って丸鋸用の冶具やら釘などを購入した。会員カードでポイントが付くとなると俄然購買意欲に燃えてしまう。いろいろ工具も見て回りたかったがバアも一緒だったのでそれは次回にすることにした。
お昼近くになったので、コメリの近くにあるスーパー「ベイシア」に寄り、お弁当を買って車を置いて東御市の中央公園へ散歩に行った。芝生の中の大きなケヤキの木の下のベンチで青空昼食をしていると、次女からメール。孫のムー君が月曜日から39度以上の発熱で、水曜日まで熱が下がらず湿疹が出て、突発疹だったらしい。乳児の子育てには想定もしていない病気や怪我に遭遇しがちだ。突き放すような言い方かも知れないが、こういう苦労を通して子供への愛情もさらに増し、親としての自覚も増していくのだと思う。
散歩の途中公園の脇にある「ダーチャ」という障害者の施設が運営しているパン工房で、パンを買った。午後の時間でもう品数が少なく4個のパンを買ったらおまけに2個もサービスしてくれた。
車を置いてあったベイシアまで歩いて戻った後、やはりベイシアのすぐ近くにある国道18号線沿いのガソリンスタンドで給油した。このスタンドはこの辺では一番安いと評判のお店だがリッター当り171円だった。そのあとは18号線沿いにある滋野の「ツルヤ」で野菜などを買って家に戻った。ガソリンも上がったことだし、これからはどこか買い物に出たら、効率的にはしごをしてムダに走り回らないように自衛しよう、そんな意思を貫いた一日だった。
2008年6月5日(木)
朝の掃除
朝一番で掃除機をかけた。いつものように朝起きてゆっくりと朝食をとり、朝ドラなどを見てそのあとに掃除をすると、9時を過ぎることがあり電気料の単価があがってしまうので、ささやかな努力として、起きぬけで掃除をすることにしたのだ。本当は午前7時まで深夜電力の安い単価なので、その前に掃除を終わらせればいいのだがそんなに早く起きられない。そのうちそういう早寝早起きの生活パターンに切り替えたいとは思っているが、なかなか夜が遅くなるため、踏み切れない。
それに較べ山ちゃん家の現場に来る基礎屋さんは8時前にはもう来ている。帰るのは午後7時前後だ。今日も午後からは雨が降ったり止んだりしていたのが、降り止まなくなってからも濡れながらもずっと作業を続け、とうとう6時半までやっていた。
昨日お出かけで散歩が出来なかったので、午前中1時間ほど散歩した。田楽池の裏のほうを歩いた。そこにはもう一つ大きな溜池があり、池の淵を回りこむ道が付いていた。大きな木が覆いかぶさるように伸びていて、涼やかな木陰を作っていて気持ちがいい。暑い夏などは、少し足元は草が伸びて歩きにくくなるかもしれないが、避暑地の樹林地帯のような気分を味わえるかもしれない。帰り道は、ジイは腹痛を起こして急いで家に戻ったが、バアは道端に咲いていた野生化したビオラの苗を何本か採取してきた。
午後からは時折雨が降るあいにくの天候になったので、ジイはのんびり昼寝などして過ごした。夕方から懸案の転居の挨拶のハガキを印刷した。
2008年6月4日(水)
オバマ民主党大統領候補
民主党の大統領候補の予備選でオバマ氏が過半数の代議員を獲得した。アフリカ系の黒人が大統領候補の指名を受けることになった。人種差別に抗議し、公民権運動の先頭に立って活躍したマーチン・ルーサー・キング牧師が1963年8月ワシントンのデモ行進のとき、リンカーン記念館前で行った有名な演説『I have a dream』を思い出す。「私には夢がある。いつの日か、ジョージアの赤土の丘の上で、かつて奴隷であった者たちの子孫と、かつて奴隷主であった者たちの子孫が、兄弟として同じテーブルに向かい腰掛ける時がくるという夢が。私には夢がある。いつの日か、私の4人の幼い子供たちが肌の色によってではなく、人となりそのものによって評価される国に住む時が来るという夢が・・・・。」いまだに人種差別や格差が払拭されたとは言い切れないだろうが、今の時代にキング牧師が生きていたら、自分たちの取り組んだ運動の成果として喜んだことだろう。
今日は松本まで出かけた。松本市内に着いたのがちょうど昼食時間だったので、松本駅周辺を車で手ごろなお店を探したがなかなか見つからず、諦めかけたころにやっと『民芸』を見つけて入った。今度はルルブでも買ってあらかじめ調べてから行ったほうがいいかな、と食事をしながら話をしたら、そのあと行った先の人から、そんな二人の話を聞いたわけでもないのに、安曇野周辺のガイドブックをいただき、ジイとバアで思わず顔を見合わせてしまった。用事を済ませて今回はどこも立ち寄らずに帰宅した。片道1時間15分、距離にして約50キロ、月2回ぐらい出かけるのもいいかもしれない。
2008年6月3日(火)
実家の近くの施設火事
昨日梅雨入りし、夜中から降りだした雨が朝目を覚ましても降っていたので、もう一度寝なおして二度目におきたときは8時半近くになっていた。サンデー毎日なのでこんなこともたまにはいいか?今日は山ちゃん家の工事もないので誰かが来るわけでもなく、のんびりと過ごした。
昨日携帯を持たずに庭に出ていて気が付かなかったが、携帯電話にたー坊から電話が入っていた。夜中になって着信履歴があることがわかったので、すぐに電話はできず今日午前
11時ごろ電話した。用件は先日頼んだ山ちゃん家の構造計算の結果だった。全く問題なしとのこと、わざわざ建築指導課にも確認してくれたらしい。頼りになる友人がいて感謝。
午後
3時ごろから雨が止んで時折薄日が射す様になってきたので、散歩に出た。黒い雲がどんどんと動いているので、一応雨傘も携帯しての散歩となったが、約1時間の散歩の間降られることはなかった。散歩の際気を引くことの一つに畑の野菜の出来具合や作付けの仕方などがある。今日はタマネギが一部収穫した跡がある畑を見つけた。そろそろ収穫時期が近づいているのだろうか?我が家の心配はとう立ちしていると思われるタマネギだ。全体的に今年は大振りの実が付いているが、葉が硬く茎が異常に太いものがあり、それは去年の経験からとう立ちしてしまった実だ。参考書を調べたらとう立ちの原因は苗の段階での寒さの影響らしい。早めに収穫して少しでも柔らかいところを食べるようにしたほうが良い、と書いてあったので夕方急いで収穫し、硬い芯を取り除いて早速夕食のおかずになった。どんなものでも自分で作った野菜は美味しく感じる。
昨日の綾瀬市のグループホームの火災で
3人が亡くなったニュースを見ていたら、場所が実家のすぐ近くらしいので実家の兄に電話した。ジイの知り合いの施設でなく別の施設だったが、歩いて2,3分のところだった。兄は去年の12月から民生委員をしていて、福祉課との連絡や焼け出された隣家の仮住まいの手配やら何かと忙しそうだった。こういう痛ましい事故があると、施設管理者の安全対策や施設従事者の責任問題が問われるが、現場の職員の責任とは別に、現在の障害者施策の制度的問題も明らかにする必要があるのではないか?障害者自立支援法により、通所の施設やグループホームの経営は本当に難しくなってきている。職員の配置も最低限にならざるを得ず、利用者の負担も増えている中で、施設が安全のために出せる費用を捻出する余地はほとんどない。県や市町村がかつては単独で出していた法律では不足する分を補う補助金は軒並み廃止や縮小されている。
2008年6月2日(月)
水問題
毎月第1月曜日は資源ごみの日なので、新聞を持って車で公民館まで行った。いっぱい出ているのかと思ったがそれほどの量ではない。これならこちらも立派な大きい倉庫があるのだから、上尾の浅間台がやっているように、資源ごみは区分けして倉庫にいつでも自分の都合のいいときに置きにいける方式にすればいいと思う。毎回朝6時半から7時半までに出さなければならない、というのは朝寝坊の我が家にとっては結構プレッシャーだ。今日も目覚ましを掛けて、起きた。でも来週は東御市のクリーンデイで、わが上八重原第6組は朝6時に地域の道路の草刈のため集合の声がかかっている。この辺の人にとっては7時半など一仕事終えた後の時間なのだろう。
8
時前に基礎屋さんが来た。昨日の続きで割栗石の敷き均し、砕石の敷き均しと転圧をし、レベル出ししたあと「アリダンV という潟tクビ製の防水、防蟻シートを掛けるところまで終わらせた。
ジイは昨日スーさんが届けてくれた設備屋さんに書いてもらった排水処理の説明図を持って、下のおばあさんに了解をもらいに行った。おばあさんはいろいろ昔からの水問題なども話していたが、いずれにしてもうちとしては今までのようにパイプで直接下の側溝に落とすのを止めて、敷地内で浸透させる工事をすることを図面を見せて説明した。納得したかどうか分からないが、我が家が水を出しているわけではないので、これ以上のことは溜池を管理している水利組合か何かに言ってもらうしかない、と思う。
このあと曇り空で涼しかったので、草刈りをした。下の畑との境の雑草も刈った。刈った草が溝に溜まってしまうので、それを取り除くのに下の畑の雑草を刈らないとそれが邪魔になってきれいに刈った草を取り除けない。結局下の畑の淵も草刈りをした。ついでに家の北側の道路の草刈りもした。池の淵も道路に草がかぶってきているのでそこも草刈りをした。そのとき気が付いたのだが、池の淵の側溝は以前に桜の木を切って、大きな太い幹がそのまま放置され、側溝を塞いでいるため池からの滲み出し水が流れず、それが我が家のほうに滲みだす原因にもなっているらしい。そこでジイとバアで桜の木で塞がった側溝を水が流れるよう掘り直した。その結果すごい勢いで下へ流れるようになった。これで多少でもうちや下のおばあさんの家に滲みだす水が減ればいいのだが。
ちょうど草刈りをしているときに、溜池の管理をしている人が通ったので事情を話した。また、一時田んぼに水を引いたため下がっていた溜池の水位が、その後水を入れ始め今は満水状態にまでなっているので、これ以上溜池に水を入れないよう頼んだ。池の水位によって我が家に滲みだす水の量が違うことが
6年近くこの家を利用している間にわかったことだ。早速池に入れていた水は止められた。昔は水の問題で命のやり取りにまで発展することがままあったということなので、新参者が口を出すのはどうかと思うが、下の家でも最近湿気に悩んでいるらしく、しかもその原因がうちにあると思われている以上、溜池の管理者にも骨を折ってもらわなければと思う。
2008年6月1日(日)
挨拶状未完成
8時過ぎに山ちゃん家が北横岳の開山式に出かけた後から、晴れ間が広がり始めた。日曜日だというのに、基礎屋さんがいつものKさんに加えてもう一人を連れてやってきた。顔や体型が似ているので、多分弟さんか?昨日の雨で基礎部分に雨が溜まっていたので、水をスポンジで吸い込んでバケツにあけて外に汲み出す作業と、1ヵ所に集めて水中ポンプで汲み出す作業を二人で平行してやっていた。スーさんが来て今日は水を汲み出すのが精一杯で、割栗石や砕石の敷き均しは明日になるかな、といっていたが基礎屋さんの懸命の努力で、午後にはあらかた水も引き、土も乾いてきたので、基礎周りに有孔管を埋め込み、割栗石の敷き均しまで終わらせることができた。
スーさんが我が家のほうで頼んでおいた排水問題の解決方法と費用の見積りを持ってきた。約
1メートル四方の穴を掘って砕石を入れたところに枡をはめ込み、そこへ池からの水を浸透させる、浸透しきれない水は、さらに枡から有孔管を伸ばして、庭に拡散浸透させるというもの。これで下の畑に直接水が落ちるようにはならなくなる。今月末ぐらいには山ちゃん家の工事にあわせてやってもらえそうなので、明日にでも下の家のおばあさんの所に説明に行ってこようと思う。
午後はジイの足の痛みも和らいできて、履きなれた靴だと痛みも感じなくなったので散歩をすることにした。約
45分歩いても大丈夫だった。長女がメールでバアが持っている薬を飲むよう指示もあり、その指示に従って薬を飲んだ成果もあったようだ。山開きから帰った山ちゃん家とお土産のお茶をしたあと、5時半に山ちゃん家は上尾に帰っていった。引越しをして1ヶ月が経ち、6月になってしまったのにまだ引越しの挨拶状ができておらず少しあせり気味である。
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思いつくままに(ジイの記録)