2008年12月31日(水)
大晦日
朝から孫たちと一緒に遊ぶ一日となった。遊ぶと言うよりは、遊んでもらうと言うほうが正しいのかもしれない。午後にはもっと遊びたい孫に較べ、ジイは遊び疲れて小一時間居眠りをしてしまった。そんな孫達も夕食後もう一組の祖父母の待つ軽井沢にあわただしく帰って行った。今は、嵐の過ぎた後のようなひっそりとした静かな時間を、ジイとバアだけで過ごしながら一年の締めくくりの日記を書いている。
いよいよ今年も今日で最後となった。今年
2008年は、アメリカのサブプライム問題に端を発して引き起こされた金融危機が実体経済にも大きく深く波及し、100年に一度という世界的な不況が燎原の火のように僅か数ヶ月で全世界に広がった。こうした状況の中で、日本の国内は、混沌とした政治状況が続き、政府は有効な景気回復や雇用対策を打てずにずるずると年末まできてしまった。明日から始まる新年にもまだ明るい見通しがついていない。
そんな暗い状況の中で、ジイにとっては退職して初めてのんびりとした年末を迎えた。同じ退職でも一方的に契約を打ち切られ、明日からの住まいと収入を断たれてしまう契約社員や派遣社員が多くいる中で、同じ退職でも定年退職でそれなりの退職金を手にし、多くはないがそこそこの生活をしていけるだけの年金も受給しつつ、のんびりとした年末を迎えられることに少しばかりのうしろめたさを感じてしまう。
しかし、幸いにして先月から今月にかけて心配な大腸の検査や足の痛みも、そんなに先々心配するような結果にはならず、還暦を過ぎた体にしては健康に恵まれているほうだと実感もできた。筋力や脳力?は間違いなく衰えているが、気力だけはまだあると思うので、来年はそれを生かして畑仕事や趣味にとどまらず、地域への関わりにも手を広げていければと思う。
2008年12月30日(火)
孫達と
朝ひと通り家の掃除を済ませた後、山ちゃん夫妻とツルヤに買い物に出かけた。これが今年最後の買い物になるはずだ。30日なので本来なら5%引きのジャスコまで行ってもいいのだが、年末で混んでいるだろうし、もうお正月用のおせちもあまり用意しないことにしたので、それほどの買い物もしなくても、新鮮な野菜が買えるツルヤだけで十分ということになった。それでも買い物が終わってみると手提げ袋二つがいっぱいになってしまった。
お昼前で買い物が終わって家に戻ったので、午後は散歩に出かけることにした。ジイは昨日の日記などホームページにアップが済んでいなかったので、散歩を見送ることにするつもりだったが、早めにアップし終わったので一緒の散歩に出た。昨日とは違うコースを
1時間15分ぐらい歩いた。今年の年末は、朝晩の冷え込みはあるけれど、まだ散歩ができるほど日中の気温は暖かい。毎日いるから歩ける回数も多いのかもしれないが、去年までの週末だけの滞在ではこの時期散歩日和に遭遇するのは少なかった気がする。確かなデータがあるわけではないがこんなところにも温暖化の影響があるのかもしれない。
夕方
6時前に次女からメールが入って、孫二人を含む次女の家族が大宮の家を出てこちらに向かったという連絡があった。8時半前に到着、今日まで23日でスポーツクラブのスキー合宿に行っていて、帰ってきたその足でこちらに来たアーちゃんは、スキーの4級の検定に合格したというお土産話も持ってきた。新年の2日に2歳の誕生日を迎えるムー君は、家に到着するなりポチを見つけ、「にゃーにゃー」と片言を発し、指差しながらポチのあとを追い掛け回していた。孫達とは先月神戸で行われた甥の結婚式で会ったばかりだが、この僅かなひと月の間にも成長のあとを感じさせる、ほのぼのとした光景だ。
2008年12月29日(月)
ウォーキング
穏やかな冬日となったので、午前中山ちゃん夫妻を誘ってウォーキングに出かけた。まずは遠景で、ジイとバアの家と山ちゃん家が二つ並んでかわいく見える場所まで歩いた。見る角度によって風景や建物は随分と趣きを変えるものだ。
そのあとは、もう収穫が全て終わった立科町のリンゴ畑の中を歩いた。収穫も終わって一段落と思いきや、枝の剪定などをする作業姿がまだ見られた。タカノりんご園の近くまで来たので寄ってみることにした。以前リンゴを買いに行ったとき、リンゴジュースも美味しいよ、と言っていたので、孫達が来るので飲ませようと思って寄ったが、残念ながらまだ今年のリンゴジュースは出来てなかった。ジュースの製造会社が豊野にあって、今年は北信地方が霜害などでジュースにまわすリンゴが多くて、その製造会社が忙しいらしい。五輪久保のリンゴがジュースになるには
2月になってしまうとのこと、それまで期待して待つしかない。
帰りに家の近くの林であまり見かけない大型の鳥が高い木に留まっているのを発見、デジカメで撮影した。今度のデジカメは望遠を使うときの調整がしやすいので、ピンボケにならずに撮影できた。図鑑で見るとノスリに似ている。もっと鮮明に撮るには一眼レフかな?これから山ちゃん夫妻とも連れ立って散歩に出ることも多くなるだろう。特に義姉は草花や鳥の名前に詳しいので、それを参考に写真に撮ってきてホームページに載せることも多くなるかもしれない。約
2時間のウォーキングだった。
午後は、山ちゃん家のデッキにポチが上がれるよう専用の階段を作った。完成後、昼寝をしていたポチを無理矢理起こし、その階段からデッキに上がるよう訓練した。ポチはしぶしぶ階段を登ってデッキに上がった。ご褒美に初めて山ちゃん家の中に入れてもらって、早速家中を探検していた。帰りには自分からデッキから階段を使って降りていった。
そのあとは、今年最後の診療でゆりかご動物病院に行ってきた。
25日に行ってからまだ4日目だが、正月過ぎまでだと間が空きすぎるので、今日行って、次は17日ということにしてきた。次まで10日も空くが、今のポチの状態なら大丈夫、と先生に太鼓判を押してもらった。
2008年12月28日(日)
パン焼き
昨日ほどは寒くはなかったが、朝は氷点下の気温で、晴れ間の中を風花が舞っていた。風があるので、どこからか風に乗って小雪が飛んでくるのだろうか。雨雲も近くにないので、ひょっとしたら一昨日降って積もった雪が風で舞っているのかもしれない。実際家の北側にまだ積もっている雪などを踏むとキュッキュッと乾いた音がする。
外は寒そうでウォーキングに出かける気も起きないので、蕎麦打ちでもしようかとつぶやいたところ、バアはあまりいい返事をせず、それともフランスパンでも焼こうかというと、身を乗り出して、チーズのたっぷり入ったフランスパンがいいと言ったので、フランスパンを焼くことに決まった。
食パンの場合は、ただレシピに従って、粉や調味料、イースト菌などを計量してパン焼き機に入れてセットすれば、あとは全部機械がやってくれるので比較的簡単だが、フランスパンの場合は、機械がやるのはこねて一次発酵させるまでで、そのあとはしばらく生地を寝かせたり、レンジのオーブンで二次発酵させたりしてから、ようやく予熱したオーブンで焼くという時間と手間をかけなければならない。
いままで
3回ぐらい試してみたがあまり満足した出来上がりにはならなかった。今日はたっぷり時間もあったので、しっかりレシピどおりやったつもりだったが、見落として手抜きになったところもあったが、試食した限りでは、何とか今までと比較して一番の出来になった?と思う。明日は、コーヒーとこのパンで朝食だ。
今日はお隣の山ちゃん夫妻もやってきた。山ちゃんの最後の仕事も一段落したので、今日から新年の
5日までこちらで過ごすそうだ。ここでの生活を味わったら上尾には戻りたくなくなるに違いない。
2008年12月27日(土)
買い物の梯子
今朝は今季一番の寒さを更新した。午前7時半の外気温がマイナス8度だった。溜池も今季初めて全面結氷していた。朝食後掃除を済ませてから買い物に出た。最初に佐久平にあるユニクロに行った。上尾に住んでいた頃北上尾駅にあったユニクロはひところ客足が減って閑散としていたように思ったが、佐久平のユニクロは結構混んでいた。ニュースでも不況が伝えられている衣料業界の中で、一人勝ちの収益を上げていると取り上げられていたが、なるほどと思わせる盛況ぶりだった。流れに押されてあまり急を要さない発熱素材の上下の下着を買ってしまった。バアははじめから買うつもりだったフリースを買った。
その次はニトリ、開店後
3回目となる。洗面台の足元に置くマットを探したが、地味な柄が多く買わなかった。バアは大きな抱き枕を買った。上尾にいる頃一度パルシステムで購入したことがあったが、縫い目がほつれていて返品したことがあって、それ以来心残りがあったのか、今日はパッと目に付いてすぐに嬉しそうに抱きかかえていた。
いよいよ購買意欲が高まったところで、ジャスコに行き楽器屋さんでキーボードの練習用の楽譜を購入、さらに洗面台用マットを買った後、ジイはコーデュロイのズボンまで買ってしまった。最後に食料品を買って買い物は終わった。
今までこういう買い物の梯子をするのは、上尾に住んでいるときにはあまりなかったような気がする。ちょっと出かければ必要なものはいつでも買える環境から、こちらに移ってからは、またこの次に来て、ということが難しい環境に変わったせいかもしれない。出かけるときは、必要なものはメモをして買い忘れがないように心がけているし、買うとなると迷わず買う傾向が強くなっている。それでもたいした贅沢をしているわけではないし、少しは消費をするのも年金生活者の社会貢献の一つ、と勝手に言い訳をしている。帰りは北アルプスと浅間連峰が見渡せる場所に遠回りをしてから帰った。
2008年12月26日(金)
昨日の深夜から降り出した雪が午前中11時前まで降っていた。さらさらした粉雪なので風の当たるところはあまり積もっていなくて、吹き溜まりになるところには10センチ近く積もった。平均すれば3センチほどの積雪だ。雪らしい雪は今日が初めてだから、例年よりかなり遅い。
志賀高原など雪不足でスキー場のオープンが遅れているところもあったが、今日の雪でスキー場もようやく滑れるようになったようだ。不景気でスキー客の出足はどうなのか心配だ。長野県は、最近の失業者数が愛知県に次いで
2番目に多いらしい。上田周辺の製造工場には外国人労働者が多いが、かなりの数の雇用打ち切りがされているようだ。景気回復の有効な手だてを早く打たなければいけないのに、何の進展もなく臨時国会も終幕してしまった。
11時には晴れ間が出て少し雪も解けたが、気温が上がらず冷たい風が吹き続けたので、土の上の雪はほとんど解けずに残った。道路の雪も今季初めて雪かきでどかしたが、日陰の所は解けないで凍っていた。
夕方風が収まってきたので燃えるごみや剪定枝を燃やした。火勢が弱くなると途端に立っているだけで寒くなったので、早々に焚き火は終了した。
今年から暖房は、灯油を使うホットマンからエアコンに切り替えている。今のところ毎日夜
11時から朝7時まで20度に温度を設定して運転している。日中は室温が1820度に保たれているので、コタツに足を入れていれば寒く感じることはない。今日は日没とともに気温が下がってきて、午後7時にはマイナス5度になったが、まだ暖房を入れてなくても室温が保たれている。今夜も11時に運転が始まるようタイマーをセットしてある。
2008年12月25日(木)
ポチ元気
午前中は昨日の分のホームページのアップなどをして過ごした。バアは上田に買い物に出たかったようだが、ジイがホームページに手間取っている間にその気もなくなってしまったようだ。11時ごろ終わった後、2人で散歩に出た。佐久病院の整形外科で、足の痛みが出ている間は少しウォーキングの時間を30分ぐらいに控えたほうがいい、と言われてから一度も歩いていなかった。痛み止めの薬をもらって2回ほど飲んだが、あまり痛みもひどくならないので飲むのも止めた。また、歩き始めることにして、歩き出すとまだそんなに寒さを感じるほどではなかったので、結局今日は1時間歩いた。
午後はポチの定期診療に出かけた。行く途中立科町のツルヤに寄って大根を
6本買った。先日バアがサクサクと刻んで作った8本分の切り干し大根が、1週間外に干している間にすっかり縮んで、思った以上に少ない量になったので、もう一度切り干しを作ることにしたのだ。さらに動物病院に行く途中にある佐久郵便局にも寄って、昨日書き上げた年賀状を投函した。締切日までに投函したことなど何十年ぶりだろうか?考えてみたら今まで一度もなかったかもしれない。
今日のポチも獣医さんにほめられた。まるで病人?とは思えない目の輝きや毛づやだと、言ってくれた。たくさんの猫を見ている獣医さんの言葉だから、素直に受け入れよう。それでも、もう
15回以上病院通いで車に乗っているが、車にはどうしてもなじめないらしく、今日は帰りに我が家が見えた途端に、バアに抱えられながらおしっこを漏らしてしまった。
今夜から雪の予報が出ているが、
9時ごろ外に出て空を見ると真上のあたりに星が輝いていた。予報もはずれかと思っていたが12時前から粉雪が舞ってきた。明日の朝は銀世界か?雪が積もる前にトイレに行かせようとポチを外に出そうとしたが、一歩外へ出た途端Uターンして家に飛び込んできた。
2008年12月24日(水)
バングラデシュ
山ちゃん家のパインの床板のキズの補修のため、朝からスーさんと製材メーカーさんが来たので立ち会った。一日がかりの作業になるということで、最初だけ立ち会って後はお任せした。
午後は、先日「読書の森」に行ったときに、今日、日本キリスト教海外医療協力会
(JOCS)から派遣されてバングラデシュで3年間活動をしてきた宮川真一さんという方の報告会が、読書の森で行われると聞いたので出かけてきた。日本キリスト教海外医療協力会というのは、かつて岩村昇医師がネパールでの結核治療活動を支えてきた団体だ。若い頃岩村先生の活動に注目していた時代もあった懐かしさから、今はバングラデシュに舞台を移してどんな活動をしているのか知りたくて行ってみた。
宮川さんは岩村先生と同郷の愛媛県宇和島出身で教会学校に通っているときから岩村先生の影響を受けていたとのこと。関西学院の神学部に進んだあと医学部に学んで医師の資格を取り、
2005年から今年9月まで、バングラデシュのチャンドラゴーナというところにあるキリスト教病院で活動してきて、今は報告会をするため全国をまわっている。
バングラデシュは
1947年にインドとともにイギリスの植民地支配から独立したが、政治的経済的な発展が立ち遅れ、宗教的民族的な問題も抱えて、まだ混沌とした状況があるようだ。病院では医療体制の改革のほか地域保健活動を医療の充実や衛生意識の向上に携わってこられたという。
集まった人たちは全部で
20人ぐらいだろうか。テーブルを囲んで車座になって話を聞く様子は、家庭集会のような雰囲気だ。司会は、読書の森の近くに住む日本キリスト教団佐久教会の宇田牧師が務めた。佐久教会は佐久総合病院の近くにある。一度病院の帰りにいつもと違うルートを走ったときに見かけた教会がそれらしい。佐久教会には牧師館がなく、こちらから通っているとのこと。宮川さんの報告会を企画したのが宇田牧師のようだ。宮川さんとは関学の神学部のとき同じ下宿だったそうだ。バアは、今度一度佐久教会の礼拝に出席します、と言っていた。
4時近くになったので帰りに買い物にも寄らずに読書の森から戻ってみると、まだ床の補修が行われていた。結局床の補修作業が終わったのは5時を過ぎていた。買い物もしなかったので、今年のクリスマスイブはケーキもない少し寂しい静かな夜になった。ケーキは20日の夜にタカノのケーキをご馳走になったし、最近少し太り気味なのでまぁいいか
2008年12月23日(火)
年賀状
夜中に少し雪が降ったのか、北側の屋根や日陰にうっすらと雪が積もっていた。気温は例年の寒さまで戻ったようだ。今日は、昨日の病院の精神的な疲れが残っているような一日だった。午前中は掃除機をかけたり、新聞を隅から隅まで読んだりして過ごした。20日の夜から3泊した山ちゃん夫妻がお昼前に上尾に帰るというので、急いで昼食替わりにお汁粉を作って4人で食べた。
午後からいよいよ切羽詰ってきた年賀状の準備をした。年賀状ソフトを使ってようやくデザインを決めた。今回は浅間山の風景写真を入れて作ってみた。いままで宛名書きは自筆で書いていたが、手を抜こうと宛名ソフトを使おうとしたが、去年買った年賀状ソフトの宛名は縦書きしかない。昔のソフトは郵便番号が
3桁しかなく、今の3桁+4桁に対応していなかった。仕方なくマイクロソフトのワードのハガキ印刷機能を使って作ってみたが、名前を連名にするとうまく表示できなくて、結局宛名書きは今までどおり手書きにすることにした。何とかはがきの印刷は終わらせ、宛名書きも途中まで済ますことができた。元旦到着には25日までに出さなければならない。今まで一度も期限までに出したことがない。退職して時間ができた今年ぐらい間に合わせたいと思っている。
2008年12月22日(月)
佐久総合病院
佐久総合病院に先月28日の内視鏡検査で切り取ったポリープの病理検査の結果を聞くため、朝8時に家を出た。予約が1115分になっていたので、その前に早く行って最近時々痛みが出る股関節や右足の甲を整形外科で診察を受ければ、1回で済むと思い早く出た次第だ。
850分には整形外科の診察予約をしたが、3つの診察室には次から次と名前が呼ばれて患者が入って行くのだが、待てど暮らせど一向に呼ばれない。2時間以上待ったが呼ばれないので痺れを切らせて、受付にどうなっているのか聞いたがまだ順番が来ないので、先に胃腸科へ行ってください、と言われてしまった。仕方なく予約が入っていたポリープの結果を胃腸科へ行ったが、こちらでもさらに1時間以上待たされ診察は僅か2分、検査結果はポリープは良性で問題なしで終わったからよかったものの、気が付いたらいつ呼ばれるかわからないので、朝家を出てから一度もトイレにも行かず我慢していた。胃腸科の診察が終わって再度整形外科に行って20分後に呼ばれてまずは放射線科へ行かされて股関節と右足先のレントゲンをとってもらい、さらに30分待って診察をようやく受けることができた。診断は特に骨や関節に問題はない、とのこと。こちらは4時間以上も病院のベンチに座り続けで、腰のほうが痛くなってしまった。会計や薬局など全部終わったのが145分だった。病院内に正味4時間いた計算だ。腰は痛くなるし、これでインフルエンザでももらっていたら踏んだり蹴ったりだ。
佐久総合病院はいま高度医療部門を分院かする計画がある。どういういきさつかわからないが、工業専用地域に用地を取得してそこに建てる計画をしているようだ。原則的には病院を建設できない工専ということで、佐久市が建設に難色を示しているようだが、佐久病院側では土地取得の段階から市と協議しており、公益上から市が認めるような流れがあったのに急に態度が変わったと主張している。病院側は早期建設認可を求めた署名活動を始めており、市長は議会答弁で絶対に認めない、といっていて泥試合の様相だ。いずれにしても天下に名だたる佐久総合病院も、受診者が飽和状態でもはや限界を超えていることを、今日はわが身で実感した。
帰りは遅い昼食を佐久市内のラーメン屋でとったあと、カインズに寄って買い物をしてから家に帰った。家に着いたのは午後
4時半、これで今日の一日は終わってしまった。もうしばらく病院には行きたくない。
2008年12月21日(日)
ゆず湯
3日前にリンゴやチンゲンサイをいただいたお隣さんに、義姉に上尾で買ってきてもらったおせんべいと上尾の山ちゃん家で取れたユズを持っていった。お隣の奥さんはネパールの人なので、日本では冬至にユズ湯に入る慣習があるのでよろしければ使ってください、と伝えて渡した。ユズのことは食べたことがあるといっていたが、ユズ湯のことは知らなかったようだ。
午後山ちゃん夫妻とバアはツルヤに買い物に出たついでに、先日ジイとバアで歩いた芦田城址から光徳禅寺周辺をウォーキングしてきたようだ。ジイは一緒に行かずに、全国男子高校駅伝のテレビ中継を見ていた。昨年惜しくも優勝を逃し、雪辱に燃える長野の佐久長聖高校が下馬評どおり優勝できるか見届けるためだ。結果は見事、外国の留学生がいないチームとしては新記録のタイムで優勝した。よく買い物に行く佐久平のジャスコから、そう遠くない小海線の岩村田駅の近くに校舎がある学校でもあるし、何より長野県民になった今、長野県代表の佐久長聖高校を応援した甲斐があった。埼玉県代表の埼玉栄高校も世羅高校と競って
3位に入ったので二重の喜びとなった。
夜は山ちゃん家に招待されて、夕食をご馳走になった。山ちゃん夫妻も今回は、明日の月曜日も休みを取って
23日まで3連泊で滞在する。年末年始もこちらで過ごすので、これから一緒にどちらかの家で食事をすることも(煩雑ではなく)頻繁に行われることだろう。山ちゃん夫妻がこちらに越してくるのもそう遠くはない先のことになりそうだ。
2008年12月20日(土)
買い物
少しサボっていた家の掃除を、起きてすぐにしたあとで朝食をとった。朝食後はいつもならのんびりテレビを見たり、新聞を読んだりするが、今日はジャスコの5%引きの日なので、いつもの手順を抜きにして佐久平のジャスコまで買い物に出かけた。
ジャスコでの買い物を済ませた後、先日オープンしたニトリまで歩いて行った。ジャスコから徒歩で15分のところにある。今回で二度目となるが、開店
3日目の最初のときよりは客の出入りも落ち着いてきていた。前回買ったクッションが気に入って買い足すことにした。さらに掛け布団のカバーを買おうと探していたら、気に入った柄のものを見つけたが商品棚には一つしかなく、店員に尋ねたら在庫はないとのことで買えず、別の値段の安いもので妥協してしまった。クッションも前回買った柄のものは在庫が一つしかなく他の2個は別の柄になってしまった。他のお客さんに「今在庫を切らしております」と謝っている光景もあった。まだ、在庫管理がスムーズにいってないようだ。こんなことが続くとお客が離れていってしまう。
いつもならお昼は外食になるところだが、ここ数日カロリー過多の傾向にあるので外食をやめて家に戻った。昼食後は、箱根駅伝の予選会の模様をテレビで見た後、昨日採ってきた落ち葉で堆肥作りをした。前回の堆肥はまだ発酵するまでにはなっていない。今回は落ち葉自体に湿り気が多いようだが、前回の分も合わせて水を多く撒いて発酵が進むようにした。鶏糞や米ぬかも前回より少し多めに混ぜた。あまり発酵が進まないようならば来年の畑には使えないかもしれない。
堆肥作りを済ませてデッキでコーヒーを飲んでいるとスーさんが顔を出した。山ちゃん家の外水道の流しの設置の確認と、床のキズの補修の日程について話をした。傷の補修は、山ちゃん夫妻が来る今日から
23日までにはできずに、24日になるようだ。今日は冬至の1日前というのに、気温が18度まで上がった。この季節にデッキでお茶を飲むことなど例年ならあり得ないような陽気だ。スーさんと話している間に、美ヶ原の山に日が沈むと、急に涼しくなってきて休憩も終わりとなった。
夜になって山ちゃん夫妻が到着。夕食は我が家で囲んだ。山ちゃんが新宿タカノのイチゴに包まれた大きなケーキを運んできた。クリスマスのお祝いも兼ねて、さらにいろいろ理由をつけてのお祝いということで、
4人でワインで乾杯をして食事をした後、4等分して食べた。大き過ぎて食べきれないのでは?と言いながら、結局4人ともぺろりと平らげてしまった。
2008年12月19日(金)
気まぐれな一日
午前中は昨日の続きで、ミニ耕運機の小屋の仕上げをして完成させた。後は塗装するだけとなった。作業中、我が家の入り口にある家のおばあさんが手押し車を引きながら歩いていたので声をかけた。ふた月ぐらい前に救急車で運ばれていたので、伺ったら以前からリュウマチで痛めている足がどうにもならなくなって救急車を呼んだそうだ。今は歩けるようになってリハビリを兼ねて歩いているとのこと。立ち話ながら以前のこの辺の土地や住んでいた人のことなどいろいろ教えてくれた。話してみると結構話し好きのようだ。
午後から天気もいいので、堆肥用の落ち葉拾いに出かけた。前回とは違う場所に行ってきた。袋の数は少ないが量的には前回と同じぐらい取れたので、囲いいっぱいになるだろう。すぐに堆肥作りをしようと思ったが、仕上がったミニ耕運機の小屋を見ていて急に、雨をしのぐため屋根の部分に波板を乗せることを思いつき、そちらの作業に取り掛かったので、堆肥作りは明日に延期した。
今日もお天気次第、気分次第と思いつきでいろんな作業をした。仕事をしているときには考えられないような気まぐれさだが、これも長年勤めてきたご褒美として甘受しよう。しかし、自分だけこんな安全地帯にいて批判するのは少し気が引けるが、今日の参議院の野党の雇用対策
4法案の強行採決をめぐる茶番劇は聞くに堪えない。強行採決がお手の物の自民党が「議会制民主主義に対する暴挙」とぬけぬけという。衆議院に送付されても否決される法案、こんな無意味なキャッチボールをしている間に、衣食住の拠点を奪われた人たちが路頭に迷うことになる。そういう人たちが、今の世の中に絶望することだけはないように祈るばかりだ。
2008年12月18日(木)
ミニ耕運機小屋
今日は一日かけてミニ耕運機を収納する小屋を作った。いままでのものはジイ小屋のテラスの壁に押し付けるように、娘が使っていた学習机などを利用して簡単な囲いをしたものだった。山ちゃん家の工事が始まって、物置と一緒に駐車場の脇へ移動したが雨ざらしになって壊れかけてしまった。山ちゃん家が完成して山ちゃん家のカーポートの一角にもう一度移動したが、新しい家のそばに置くにはあまりにもみすぼらしいので、ミニ耕運機の小屋も新しくしてやることにした。
1帖と同じ大きさの合板を切って幅90センチ奥行き110センチ高さ85センチのサイズ。最近は大きな合板も丸ノコで要領よく切るコツも覚えた。まだきっちり寸法どおりに切るところまではいかないが・・・。扉をつけるところまではいかなかったが、何とか形になるところまででサスペンデッドになった。
小屋作りをしている最中に近所の奥さんがリンゴとチンゲンサイを持ってきてくれた。山ちゃん家の工事で迷惑をかけているのはこちらのほうなので恐縮してしまったが、リンゴ好きの我が家のこと有難くいただくことにした。チンゲンサイは畑でとれたとれたての青々した美味しそうな色をしていた。数少ないご近所なのでいい関係は作っておきたいと思う。
2008年12月17日(水)
切干大根
天気予報では午前中曇り午後から雨だったが、午前中通り雨がちょっとあった程度で、雨は降らなかった。陽射しがなかったので、太陽光発電は昨日と打って変わって3kwしか発電しなかった。しかし、夜には晴れ渡って、下弦の月にもなってきたので、星がよく見えた。
午前中はジイ小屋で先日作った照明スイッチのカバーの手直しなどをした。寒かったので石油ストーブを点けて作業をしていると、じきに熱くなったのでストーブを消した。狭い部屋なのですぐに暖まる。しばらくするとくらくらするような感じになったので、酸欠かと思い、窓を開けたがなおらない。よくよく考えたら空腹でめまいを感じたようだ。お昼の時間になっていた。慌てて昼食を摂った。これも健康の証しなのかもしれない。
そのあとは、ツルヤまでバアと大根を買いに出かけた。広告で
199円と出ていた。今年も切干し大根を作るため、畑に大根の種を蒔いて作っているが、少し蒔くのが遅かったらしく、まだ大きく太くならない。2,3本とって食べてみたが、煮込むと軟らかくなり過ぎる感じで味も甘みが少ない。いつも今の時期に切干しを作っていたので、今年はツルヤで大根を調達して作ることにした。大根を8本も買ってきて、バアはあっという間に刻み終わった。3つの干し網に入れて駐車場の屋根の下に吊るした。去年までは1週間駐車場に干し、次の1週間は室内に干して乾燥させた。週末だけの通いの生活だったからそういうことになったが、今年はどういう風に乾燥させるか様子を見ながら決める(バアが)。夕食には去年作った切り干し大根がまだ残っていて、それをもどして大豆と一緒に煮込んだおかずが用意された。柔らかくて味が沁みこみ美味しかった。
連日自動車業界を筆頭に、派遣社員の契約切れと寮からの追い出しのニュースが報じられている。自動車業界などここ数年の売り上げ増で過去最大の内部留保があり、株の配当も大きかったはずなのに、一旦売り上げが落ち込んだら、真っ先に生産ラインにいる派遣労働者の首を切ってしまう。経営者は贅肉でも落とすような発想なのだろうが、現場の労働者は大きな戦力だったはずだ。企業の社会的責任からも、今は内部留保を取り崩して戦力である労働者を守るべきときだと思うのだが・・・。キャノンのお膝元杵築市では、解雇された契約社員などを、早速
1ヶ月の限定とはいえ、当面の食い扶持を確保できるよう臨時職員として採用することを決めた。本来、経団連会長も務める日本の代表的企業なのだから自ら働く場と住居の確保を手当てすべきと思うが、行政として素早く対応する決断をしたのは賞賛に値する。おそらく私がいた上尾市では、ニュースになった日産ディーゼルのお膝元だが、何もできないだろう。政府も定額給付金で2兆円を使うよりも、小泉時代の社会保障費を5年で1兆1千億円減らすという「骨太の方針」をやめて、社会保障費を充実させ、人で不足に悩む医療・介護の現場の雇用の創出を図ったほうが、よっぽど経済効果があるはずだ。
2008年12月16日(火)
最低気温
プラごみがたまってしまったので、久し振りにステーションまでごみ出しに行った。いつもより早めに起きて外に出てみると、雪が降ったように地表が真っ白になっていた。霜が降りていた。温度計をみるとマイナス6.5度、今季最低気温をまた更新した。ちょうど朝日が昇るところで、浅間山の噴煙が赤く染まって南の方角に棚引いていた。風もなく冷気に押さえつけられるように噴煙が真横に伸びていた。浅間山が活火山だということを証明しているような光景だ。
生ごみを庭に掘った穴に捨てにいったら、穴にかぶせてある木の蓋が凍り付いてなかなか開けられなかった。さらにポリバケツを洗おうとして外水道を使おうとしたら、こちらも蛇口のところが凍っていて水が出てこなかった。南側にある外水道で陽も射し始めていたが、まだ氷が解けていなかったようだ。仕方なく家の中のサンルームの流しで洗った。外水道は、寒冷地仕様で水抜きできる立ち水栓になっているが、蛇口の所に溜まった水が凍るようだ。
朝から快晴でほとんど雲がなく、太陽光発電も久し振りに
25kwを記録した。ポチの病院の日だったので、出かける前に少しウォーキングをした。ポストにクリスマスカードを投函しに行きながら、そこから家に戻ると往復で15分程度にしかならないので、30分を目安にもう少し足を延ばして歩いたが、結局40分のウォーキングとなった。そろそろ寒さでウォーキングができなくなるので、できるうちに頑張ろうというわけで今は歩いている。
ポチを連れてゆりかご動物病院に行ったが、いつもより出る時間が遅くなったため、先客があり
20分ほど待った。待っている間に二組も次の患者?も来て待合室がいっぱいになるほどだった。待ち時間が長かったせいか診療を受けている間ポチはいつもより大きな声で鳴き、診察台から降りようと抵抗していた。それでも獣医さんから、お世辞抜きで腎臓病のネコとは思えないきれいな毛づやになっているとほめられた。残念ながらポチにはほめられていることが理解できなかったようだが。年内の診療は、25日と29日にし、年始の初日は6日にすることが決まった。
2008年12月15日(月)
茶房読書の森
毎週月曜日はコープの配達日で、だいたい11時前後にやってくる。その前にバアは一人で30分程度の散歩に出ようとしたが、電話が掛かってきて時間がなくなってしまった。ジイは昨日のワゴンの細かいところの手直しと磨きをかけなおして完成させた。午前中で作業も終わったので、お昼を食べてから一緒にウォーキングに行くことにした。
朝のうちは寒かったがお昼前から気温も上がって散歩日和になったので、御牧ケ原にある「茶房読書の森」へ行きがてらのウォーキングにすることにした。この「茶房読書の森」は以前に、
6年は経っていると思うが、家を作っているときに泊まったペンション「さゆーる」に、ここのパンフレットが置いてあって、それを見ていつか来てみようと気には懸けていたが実現しないまま今日に至っていたところである。
先週の金曜日
(12)の信濃毎日新聞の東信版のページに紹介記事が載っていた。経営者は県内の知的障害者施設に勤めていたこともあるかたで、御牧ケ原の林や畑に囲まれた台地の中で、森に憩う姿を思いに描いて「読書と思索そして心からの寛ぎの場」を提供したいということで、お店を作ったとのこと。週末には各種のイベントやワークショップ(哲学の勉強会やコンサート、版画作りなど)も開催されているようだ。奥さんも「モンデン・キント」という染織工房を隣接したスペースで開いている。こちらは作品を見せてもらったが、まさしくプロのものだった。
お店に入ると、二組のお客さんがいたが、
10人は座れるような大きなテーブルが二つで、そこに座ると店主や奥さん、それのお客さんも交えてすぐに話が弾む暖かい雰囲気があった。それは店内の薪ストーブのせいばかりではなさそうだ。店の奥の裏山の一角にはロバが囲いの中でのんびりと枯れ草を食べていた。奥さんと話していると、なんとこのロバは上尾の榎本牧場からもらわれてきたのだというではないか、こんな所にも上尾とつながりがあるとは思いもよらなかった。ウォーキングをする前にちょっと立ち寄る予定が、四方山話で1時間以上も経ってしまい、一旦家に戻ることにした。もう一度行きたくなるようなふんわりとした余韻が残った。
家に戻るとまだ
4時前だったので、30分ぐらい歩こうか、ということで近くを散歩した。少し空気が冷たくなりかけてきていたが、日が沈む前で白い雲がだんだんと赤く染まる様子をみながらの散歩は気分がいい。結局30分の予定が50分歩いてしまった。
2008年12月14日(日)
ワゴンの製作
昨日までの天気とうって変わって、明け方から降り出した雪が午前10時ごろまで続いた。ただ気温が0度近くだったので、降った雪はすぐに融けて積もらなかった。うっすらと畑などが白くなったが、午後からは陽射しも出てきたのでほとんど跡形も残らない結果となった。
午前中からジイ小屋で、山ちゃん家のユーティリティールームの洋服架けの足元に置く登山靴置き用のワゴンの製作をした。折角だから山ちゃん家の建築の際に出た端材で全部作ろう、ということで階段の手すりの柱に使ったものや、パインの床板などを使って上下二段の棚の付いたものを製作した。夕方
5時ごろまで掛かって完成した。作る前にフリーハンドで図面を書いておいたが、実際に作り出すと、強度を出すために木組みをしたり、当て板で補強したりいろいろ変更しながらの作業で、思いがけず時間が掛かってしまった。でもこういう作業に没頭していることのほうが、自分では結構性に合っているような気がしている。
夜は、サッカーのガンバ大阪の試合と、フィギアグランプリノエキジビジョンを掛け持ちで見たあとは、赤穂浪士の討ち入りの日に合わせた時代劇を見て、のんびりとした日曜日の夜を過ごした。
2008年12月13日(土)
ウォーキング
今日も12月にしては穏やかで暖かい一日だった。午前中はごみを燃やしたり、モミジやサンシュユの剪定などをした。いままでモミジやサンシュユは一度も剪定をしたことがなく伸び放題になっていた。樹形を整えるつもりで剪定してみたが、あまり形は良くならなかった。
午後は買い物を兼ねて立科町のツルヤに行き、駐車場に車を停めて白樺湖方面に緩やかな上り坂を
20分ほど歩いたところにある光徳禅寺というお寺に行った。地名にもなっている戦国時代のこの地域を支配した芦田氏の菩提寺になっているらしい。禅寺なので宗派的には曹洞宗のようだが、瓦屋根には菊の紋が付いていたりお宮が祀られていたり、神仏習合の名残があった。
寺の由来を読んでいると近くの小高い山に見えている芦田城址に関係がありそうなのでその山城址まで登ってみることにした。山へ入る入口には狭いエリアに住宅が思いのほか密集して建っていた。地名が古町となっていたので、おそらくかなり歴史のある集落なのかもしれない。登りつめた所に、保存会の人たちが建てたお堂や展望台があったが、城址らしい痕跡はほとんどなかった。
城址を後にツルヤの戻る道は、車が通る国道を避けて、芦田川沿いの農道を選んだ。途中竪穴住居や校倉造の建物があったので何事かと思ったら、平成元年の圃場整備事業の際に発掘した縄文時代から平安時代ごろまでの住居跡を一部再現したものだった。やはりこのあたりは中山道の芦田宿に近いことからも古代から人が生活を営んできた歴史が続いてきたのだろう。買い物途中の単なるウォーキングと思って歩いたのに、なんとなく歴史探検ロマン?のウォーキングになってしまった。
2008年12月12日(金)
堆肥
今日も晴天で気温も暖かかった。午前中は、二度目の畑の耕運をした。9日に降った雨でまだ少し土に湿り気があって粘りがあった。前回は土が乾いて固くて泥除けカバーが壊れてしまうほどだったが、今回はミニ耕運機の刃に土が絡みつくような感じだったが、前回よりは大分こなれてきているのが手に伝わってきた。あと、1,2回やって冬越しすれば春先の耕運が大分やりやすくなるだろう。
午後からは畑に使う堆肥を作るため、近くの山へ落ち葉を取りに行ってきた。去年よりは早めに取りに行ったので、落ち葉もまとめて
1ヶ所ですんだ。全部で11袋、車に積めるだけ積んできたつもりだが、先日作った堆肥囲いに入れてみると半分の高さぐらいしかいかなかった。もう1回取りに行くようだ。
今回はコメリに寄って完熟鶏糞を買って、落ち葉にその鶏糞と、米ぬかと、
EMぼかしを使った生ごみの液汁の入った水を混ぜながら堆肥を作った。これでうまく発酵が始まってくれるといいのだが・・・。とにかく畑が広くなるので、堆肥を買っていたらきりがない。自分で作った堆肥、有機肥料で野菜を作るなんて少しかっこもいい。
今日大阪の友人から手紙が届いた。突然だが、来年
1月から仕事でヴェトナム・ハノイへ行くことになったとのこと。去年の5月で定年退職していたが、復職していくのだろうか。詳しいことはまだ聞いていないが、まだ自分を必要としてくれるところがあれば行くべきだろう、とメールで返事を出した。自分のことで考えれば、若いときに比べて肉体的には間違いなく衰えはあるし、記憶力や瞬間的な判断力は落ちているが、それを補うだけの経験や精神的なゆとりはまだまだあるように思う。ぜひ頑張るよう応援歌を歌いたいくらいだ。
2008年12月11日(木)
荷物運び
ホテルで食べるつもりだった朝食が予約してなかったので、朝からやっている「北上尾食堂」のカフェテリア方式の食事を食べてから、浅間台の我が家と隣の義姉夫婦の家に行くことにした。玉子焼きにさばの焼き魚、切干大根の煮物にご飯と味噌汁、昔の山谷のドヤ街の食堂で食べているような錯覚をした。結構いろんな職業の人が入れ替わり立ち代り利用していた。中には男性の単身老人風の人もいた。このあたりならお金は掛かるが自分で作らなくても、こういう食堂を利用したり、コンビニの弁当を食べていれば困らないのだろう。片付けもしなくていいのでたまにはこういうのもいいけど、インスタントでも自分で煮たり焼いたりして食べるほうがいいな、などと思いつつ箸を動かした。
義姉のところでコーヒーをご馳走になったあと、旧宅に行ってダイニングテーブルを分解し
4脚の椅子と一緒に車に積み込んだ。処分しようかとも思っていたが、山ちゃん家で使ってくれることになったので、今回車で来たので積んで帰ることにしたのだ。ついでに山ちゃん家の荷物も運ぶことにした。オデッセイは2列目のシートも倒して平らにするかなりの荷物が運べる。余裕で荷物を積み込んだ。義姉の家で昼食をご馳走になってから、北御牧に戻った。
午後
1時に出て、途中甘楽でトイレ休憩して家には4時前に到着。山ちゃん家のカーポートに車を初めて停めた。広いように見えたが実際に車で入ってみると、1回で入れられずもう一度切り替えて入れることができた。慣れるまで車庫入れは容易ではなさそうだ。車から荷物とダイニングテーブルセットを降ろし、山ちゃん家のダイニングルームで組み立てて今日の作業は完了。
2008年12月10日(水)
飲み会
今日の午後3時半の予定だった山ちゃん家の家屋評価調査の変更ができないか一昨日電話したら、午前11時に変更してくれたので、今日は午前11時から山ちゃん家の代理で立ち会った。調査に来た東御市の職員の一人は、去年ジイ小屋の調査にも来た人だったので、話は早かった。外回りから始まって家の中の各部屋の天井、壁、床の素材、器具の寸法など一つひとつ、建築工事が始まる前に市に提出していた工事届の図面に基づいてチェックしていた。
調査終了後提出書類の記入の仕方などの説明を受けたあと、今回の東御市の旧北御牧村の都市計画区域への編入の是非について質問したところ、区域に指定することによって今後無秩序な乱開発が規制できるようになります、と模範解答が返ってきた。少しイヤミに都市計画税をとってもこの区域にそれに見合うインフラ整備がされると思えないけど?と聞いたら、合併で今まで以上に旧北御牧村の区域に財政投資されています、という答だった。若いがはきはきとこちらのイヤミな質問にも嫌な顔もせず答えてくれたのには感心した。
午後からは、かねてから「上尾に飲みに出ておいでよ」という釣り仲間の誘いに応えて車で上尾まで出かけた。飲み会なので行き帰りをどうするか迷ったが、バアにもホテルにでも泊ったらと言われ、上尾駅の東武ホテルに泊ることにした。楽天でシングルの朝食付きで予約したつもりだったが、どういうわけかツインシングルユースの食事なしになっていた。チェックインのときに変更できないか聞いたが取り付くしまもなかった。
退職して長野に越してきてしまったので、もう忘年会や飲み会に誘われることもないと思っていたので、誘いを受けて二つ返事で
OKした。釣りの話や今の市役所の人間模様などからそれぞれのこれからの生き方まで話が広がり、いつもよりお酒の量も多かったようだ。みんなと別れホテルの二つ並んだベッドの一つを使って眠った。暖房が効きすぎて寝苦しく何度も目が覚めてしまった。
2008年12月9日(火)
松本
用事で松本に出かけた。天気予報では曇りのち雨ということだったが、午前中は青空が見えて北アルプスの山並みも白く陽が当たっていた。二等辺三角形の直角の部分を上にしたような常念岳?がよく見えていた。用事を済ませ昼食を本町通りから蔵作りの家が並ぶ中町通りにちょっと入ったところにある「一鳩」という和食の店で食べた。先月松本に来たときに初めて入ったお店で、バアの評価で「上」になったお店だ。前回よりも値段の高いランチメニューを注文した。堀コタツ風に足が下ろせるお座敷の一角で、静かでおとなしい照明の落ち着いた雰囲気の中で、約1時間かけてゆっくり食べることができた。久し振りに満ち足りた気分になった。
このお店といい以前に入ったホテルの中のフランス料理のレストランといい、こういう雰囲気のお店は、しょっちゅう出かけている上田や佐久ではまだ見つけられない。ガイドブックなどをみて行ったのではなく、通りすがりに入ってこういうお店に出会える松本は、やはり長野県が誇る伝統ある都市なのだなと思う。
食事の後、もう何度か松本に来ていながら松本駅には一度も行ってないことに気が付き歩いていってみることにした。駅舎は「みどり」というデパートの入った駅ビルになっていて、規模や賑やかさは埼玉の大宮には及ばない。
100万人を超える人口の政令指定都市の中心駅と人口24万人弱の都市の駅では較べるべくもないが・・・。東口のほうはお城口、西口のほうはアルプス口という洒落た名前が付いていた。松本城のあるほうから行って、アルプス口のほうへ駅のコンコースを歩いて行くと北アルプスがドーンと正面に立ち並んでいた。残念なことに雲が出てきて山の頂上は見えにくくなってしまった。それ以上に無粋なマンションが視界を遮っていたのが残念だ。駅舎内の路線案内を見ると、松本駅はJRの中央本線のほか、大糸線、篠ノ井線や松本電鉄の上高地線の始発駅になっている鉄道の要衝の駅ということがわかった。今度はぜひ鉄道に乗って旅をしたいものだ。確か篠ノ井線は、車窓からの景色は国内有数のものと聞いている。
駅の探検を終え、駅ビルの百貨店「みどり」で買い物をした後、車を停めておいたカタクラモール
(ジャスコ)まで歩いて戻った。ジャスコで野菜を少し買って車に戻る頃から雨が降り出した。帰り道の途中、先日長年の近所同士のいがみあいから殺人と放火の事件にまでなって有名になってしまった丸子町の事件現場の近くにあるデーツーに寄ってポチのご飯などを買って家に戻った。
2008年12月8日(月)
家計簿
午前中12月分の家計簿をパソコンで入力した。4月からネットでダウンロードした家計簿ソフトに収支を入力している。年金生活になって収入は定額で増えも減りもしないが、支出は予想どおり収入を上回ってしまっている。年金生活初年度だし、長野への引越しもあったし、家周りの工事もあったので仕方がないが、これから毎年同じように支出があるわけではないだろう。家計簿でそれぞれ支出項目別のデータが出るので、今後の生活の仕方の目安にもなると思って家計簿をつけてきた。3年後には年金も満額支給される。それまで毎年赤字にはなると思うが、国の経済政策がよほど間違わなければ、今の生活を地道にしていけば何とかなるだろう。
家計簿を付けたあとジイ小屋で作業をしているとスーさんが顔を出した。山ちゃん家が今回電子レンジを運んでくるにあたって、電源のことを考えたらレンジ用のコンセントが付いていないことに気が付いたということで、昨日スーさんに電話していた。早速スーさんがシステムキッチンのコンセントを見に来たので立ち会った。ふたくちコンセントが
1箇所付いているが、レンジ台のところには確かについていない、ということですぐに電気屋さんを呼び出し、お昼時間になっていたが、システムキッチンの壁面パネルに穴を開けてアース付きのコンセントを取り付けてくれた。心配していた義姉に早速電話で報告した。
午後はポチの診療のためゆりかご動物病院に出かけた。先週は行く途中の車の中で車酔いをしたらしく、もどしたりした。獣医さんから車の中ではバランスを自分でとるのは難しいので、ケージに入れて抱えるか、洗濯ネットに入れて抱きかかえて乗せてあげれば、というアドバイスをもらったので、洗濯ネットに入れてバアが抱いて病院まで行った。少し震えていて落ち着かずに動きまわろうととしていたが、帰りは慣れてきたらしく震えも止まりおとなしくしていた。治療中点滴に
20〜30分掛かるので、その間獣医さんといろいろな話をする。今日はこの病院に通っている腎不全の猫達の話しが出て、6匹ほど通院している中では最高齢にもかかわらず、症状は一番安定しているとのことだった。褒められてもポチにとっては皮下点滴は不快らしく嬉しそうな顔はしなかった。年末年始の通う日程も大体決まった。
家に戻って間もなく上尾の友人から今まで毎年いただいていたユズを今年も上尾の義姉の家に届けてくれる、という電話があった。退職して長野に引っ越してきたので、もういただくこともないと思っていたので嬉しかった。我が家の正月料理にはユズが欠かせない。今日は実兄からもお歳暮が届いた。お礼の電話をして、お互い健康には気を付けよう、という話になった。
2008年12月7日(日)
ニトリ
今朝の冷え込みは今シーズンの一番だった。外の温度計は日が射している午前8時前でもまだマイナス5度だった。その代わり空には雲ひとつなく快晴で無風状態だった。浅間連峰や美ヶ原の山並みは朝日を浴びてくっきりと輝いていた。裏に溜池も一部薄氷が張っていた。昨日買ったデジカメで早速景色を撮影した。浅間連峰が池に映ってひときわ美しく見えた。こんな景色に浸っていると、ここに移り住んできたことを本当によかったと思う。
朝食後
9時半に山ちゃん夫妻と一緒に5日にオープンした佐久平のニトリに家具を見に行った。行く途中御牧原台地を通ったところ真っ白になった北アルプスの山並みがはっきりと見えた。思わず車を迂回させて見晴らしのいいところまで行ってしばし絶景を眺めた。
ニトリに到着したときは、開店からまだ
10分ほどなのに臨時駐車場のほうまで来客の車でいっぱいになりそうな混雑だった。先日家具屋さんについて書いたように、この辺にはあか抜けた家具屋さんが少なく欲しいものを買うのに苦労した。山ちゃん夫妻の新しい家用の家具を買うのに紹介できるようなお店もなかったが、たまたま大宮や桶川にもあって店の中味もわかるし、品揃えも豊富なニトリがこちらにもオープンしたので、一緒に見に来ることにした。店内はあっという間に大変な賑わいになった。この辺の人たちもこのような家具屋さんに飢えていたようだ。家具だけではなく日用雑貨も豊富で格安な品揃えになっていた。
山ちゃん夫妻も
2台のベッドやパソコンデスク用の椅子などを購入したようだ。我が家もクッションや低反発枕、便座カバーなどを買った。今すぐどうしても必要というものではないが、店内の雰囲気に呑まれた勢いで買ってしまった感じだが・・・。今日のニトリの店内だけは100年に一度の不景気とは縁がなさそうな雰囲気だった。
帰りはもう一度御牧原台地を通って雄大な景色を眺めてから家に戻った。午後は昨日の続きでミニ耕運機の泥除けカバーを耕運機に取り付けた。接着剤だけでは不安なので割れた面に沿ってガムテープを貼ったら、絆創膏だらけのミニ耕運機という風情になってしまった。見栄えは悪いが泥が飛ばないことが大事だから仕方がない。近いうちにちゃんとした収納小屋を作ってやることにしている。
2008年12月6日(土)
デジカメ
朝食後じっくり時間をかけて家の掃除をした。昨日雨の中何度かポチが外へ出たので、家の中のあちこちに土が落ちている。粘土質の土なので足の肉球に入り込んだまましばらくくっついていて、乾いてくると歩いたり爪を研いだりするときにこぼれ落ちるようだ。ポチが外へ出るときには靴でも履かせられればいいのだが、人間の思うようにはならない。
一通り掃除が済んだ後は、おとといの畑を耕したときに壊れたミニ耕運機のカバーの修理をした。プラスティックのカバーなので、瞬間接着剤で割れた面をくっつけて全部で
8つのピースになってしまったものをガムテープで補強しながらくっつけた。接着剤が乾くまで置いておいて、明日にでもミニ耕運機に付け直してみよう。
午後から上田市内へ買い物に出かけた。最初にヴァールマタンに行き、焼き菓子のギフトセットの発送をお願いした。いつもお歳暮をいただいている人へのお返しだが、今年新規にお願いすることになった五輪久保のりんご農家のりんごにしようかと思ったが、果物があまり好きではない人なので、ヴァールマタンの洋菓子にした。全国的なブランドのものではないが、自分たちが気に入って食べたいな、と思うものを贈るのもアリかな、と思う。
その後、ジャスコに車を止めて上田駅方面に歩いて行き、バアは来年
3月で閉店の予告がされたセゾングループのデパート「リビン」に行き、ジイはカメラのキタムラ上田店に行った。おととい佐久平店で下見をした一眼レフは、その後ネットの価格ドットコムで見たら、店頭表示よりさらに1万円以上も安かったのでもう少し検討することにし、当面すぐに必要なデジカメのほうを物色するつもりでお店に行った。壊れたデジカメはまだ3年ぐらいしか使ってないが、その間のデジカメの性能の進化と低価格化がすごい。いろいろ見た上で、以前に気に入って使っていたが置忘れでなくしてしまったキャノンのPower Shotのシリーズで、有効画素数が1,000万画素のA1000ISという機種を買った。2ギガのDSカード1枚を付け、壊れたカメラの下取り1,000円引きで15,800円だった。片手に収まるコンパクトなもので今まで使っていたナショナルのルミックスより機能が豊富なうえ性能が格段高くなっているし、電源が使い慣れた単3電池なのと、何といっても基本のカメラの操作が以前に使っていたものとさほど変わらない、というのが決め手だった。いや本当の決め手は、手ごろな値段のほうだったかもしれない。デジカメを買って、リビンで待っていたバアとジャスコまでルンルン気分で歩いた。
ジャスコで食料品を買って家に帰る途中、タカノリンゴ園に寄って自家用リンゴをまた
10キロ買った。高野さんは先日忙しい合間を縫って長野市までビギンのコンサートに行ってきたとのこと、まだ知り合って間もないが、いろいろプライベートなことも気軽に話してくる。美味しいりんごを食べさせてくれる生産者と仲良くなれるのは願ってもないことだ。家に帰ってしばらくすると山ちゃん夫妻も上尾から到着した。一緒に夕食を囲んだ。今夜は冷え込みそうだ。
2008年12月5日(金)
雇い止め
遅くとも午後からは雨になると野天気予報だったので、午前中は昨日の続きで畑をミニ耕運機で耕した。バアは一人で雨の降る前に、といって一人で近場のウォーキングに行ってきた。ジイが耕運を終えて片付け始めたところで、突風と雷を伴って雨が降り始めた。午後から上田に行く予定をしていたが、雨にめげて出かけるのを中止した。
代わりにジイ小屋にこもって、かねてから懸案になっていた照明のスイッチのカバー作りをした。これはトイレや玄関の照明は、センサーで自動的に点灯したり消灯したりするので本来はスイッチが必要ないのだが、お客さんが間違えて押したり、他の照明のスイッチと間違えて押してしまうことがある。玄関などの照明は一度スイッチを入れなおすと設定が変わってしまうのでちょっと面倒なことになる。それを防止するためプラスティックの蓋をしていたが、その上からでも強く押せばスイッチが入ってしまうので、木製の枠に蓋を付けたものに代えることを考えていた。ようやく今日実行に移しことができた。
雪の予報もあったが夕方には雨があがり、夜は月や星が煌々と輝いていた。今日は毎年年末のボーナス支給日だった。今年からはこうした一時金は宝くじでも当たらない限り何もない。その宝くじも、働いているときは「当たったら仕事を辞めて左団扇(ひだりうちわ)で暮らす」ことを夢見て時々買ったが、左団扇はないが、仕事も辞めてしまった今、宝くじを買う気も起きてこないから不思議だ。
それにしてもアメリカのサブプライム問題に端を発した金融危機の影響で、未曾有の世界同時不況が深刻化し、自動車産業はじめさまざまな分野で非正規雇用の労働者の契約打ち切りが始まっている。ボーナスどころか仕事や住む家も失って年を越さなければならない人が大勢出てきている。不安定な雇用形態を容認してきた小泉政権以降の規制緩和の結果だ。ワーキングプアは、働いても豊かになれないことだが、さらに悪化して、働きたくても働く所がない状況になってきている。政局のために、機動的な対策を先延ばしにしてしまう政府自公政権は即刻退陣すべきと思う。
2008年12月4日(木)
佐久総合病院に定期診断で行った帰りに佐久平駅の近くにあるカメラのキタムラに行った。甥の結婚式の帰りの新幹線の車内で、網棚に荷物を載せようとしたときにデジカメを落としてしまい、それ以来具合が悪くなってしまったので、それを修理に出すことと一眼レフのカメラを買うのが目的だ。修理のほうは最低でも15千円以上する、と言われて修理に出すのは止めてしまった。愛着のあるカメラだが、修理代に少し上乗せすればもっと高性能で、コンパクトなデジカメが買えてしまう。一眼レフは去年から考えていた初心者用のものは、新しいバージョンの機種が発売されたせいで3万円近く安くなっていた。
店員からズームレンズのことや各メーカーの各機種の特徴などをいろいろ聞いているうちに、バアと待ち合わせている時間を過ぎてしまったので今回は購入するまでに至らなかった。やはりあせらず時間をかけて調べたり聞いたりしてから買うことにしようと思う。
家に戻って昼食の後、昨日作りかけになっていた堆肥を作るための落ち葉を入れる木枠を完成させて隣の畑の一角に据え付けた。早速コナラやモミジの落ち葉をかき集めてそこに投げ込んだ。肥料になるほどの量には全然足りないので近いうち近くの山へ落ち葉拾いに行ってこよう。
明日から天気が崩れてきそうなので、ミニ耕運機で畑を耕すことにした。雨が降ると土が粘ついて耕運機で耕すこともできなくなるので、何日か晴れて土が乾燥している今のうちにやっておいたほうがいい。しかし、耕し始めたら土が乾きすぎて石のように固いところがあり、ミニ耕運機の刃で巻き込んだ固い土が、泥除けのプラスティックのカバーを壊してしまった。
1時間半かけて畑にする場所の3分の2ぐらいが終わったが、日が落ちて薄暗くなってきたので、作業を中止した。実際にミニ耕運機で耕してもかなりの広さだ。自分達で食べられる量はタカが知れているので、同じものをたくさん作るよりは種類を増やし、長い期間収穫ができるように考えなければいけない。来年はいろんな野菜に挑戦だ。そのためには今からしっかり土作りをしておかなければならない。
2008年12月3日(水)
ウォーキング
起きてすぐ部屋の掃除を済ませてから朝食にしたので、遅めの時間になってしまった。朝食の途中で、先日山ちゃん家のカーポートを建ててくれた業者の方が顔を出したので、その後のアスファルト舗装の様子を見に来たのかと思ったら、山ちゃん家の階段の手すりを取り付けに来たとのこと。カーポートも手すりもトステムの製品なので、発注者はコメリとホクシンで違っていてもトステムからの施工依頼は同じ業者にくるということらしい。我が家のテラスもやってもらった人なので安心だ。お昼過ぎに仕上げて引き上げていった。支柱とコンクリートの階段の接合部に接着剤を塗ってあるが冬場で乾きが遅いので、脚立に固定して乾くのを待ち、明日もう一度来るそうだ。
一昨日スーさんに頼んだエアコンのメーカーの富士通ゼネラルの人も
10時半ごろにやってきた。原因は室内機の一部に小さな穴が開いていてそこから徐々にガスが漏れるらしい。出荷段階での不良品のようだ。室内機を交換してくれることになった。
両方の業者がお昼過ぎまでには帰っていったので、午後から久し振りにウォーキングに出かけた。今日は車でもう一つの台地である御牧原台地まで行って、大きく農地の広がる台地の農道を
2時間歩いた。今週ずっと続いている暖かい日は今日で終わりそうなので頑張って歩いてしまった。ここの台地も佐久平に出るときにしょっちゅう通るところだが、車道からはわかりにくい奥行きのある農地が広がっていた。このあたりの田や畑は一つの区画が広い。この田畑を維持するには、今でこそ大型のトラクターなどで機械化されているが、それ以前はそれこそ大変な労働を強いられたに違いない。耕作放棄地があまり見受けられないのがなによりだ。
農水省は今後
10年間で食糧自給率を40%から50%に引き上げると発表したが、過酷な労働の割りにその対価が乏しい農業の根本を是正しない限り、目標の達成はできないだろう。今日のニュースで佐久市内望月で、クラインガルテンの利用者の抽選会が行われたことが報道されていた。競争率が13.5倍だったそうだ。このクラインガルテンは、週末などを過ごせるログ風の家と100坪ほどの畑が付いている施設で、利用料は年間38万円だという。埼玉や横浜などからも申込者が来ていた。申込者はリタイヤ組の年齢層が中心らしい。我々も含めてこうした現役をリタイヤしたあと田舎暮らしや農業志向のあるものたちの労働力を活用するのも自給率向上の一助にはなるだろう。こんなことを思いながらのウォーキングになった。
2008年12月2日(火)
壁洗い
今日も快晴で気温も陽が昇るに連れて急上昇した。午前中はホームページの更新などをして過ごし、午後は北側の壁の水洗いに挑戦した。去年あたりから北側の2階の吹き付け塗装の壁に黒っぽいコケが目立つようになってきていた。去年一度寒い時期に、脚立に登って高圧洗浄機を使って洗い落とそうとしたが、うまくいかなかった。手が届かず、ぬれねずみになったうえ、寒くてさすがに参ってしまった。
今年になって
2連梯子を買って気候のいいときにやろうと思っていたが、延び延びになってしまって梯子を買ったのは結局先月の中ごろだった。ようやく師走になって大掃除の時期になり、特に今日は水を使う作業には、風もなく暖かい陽気だったので、思い切ってやることにした。梯子と一緒に買った壁洗い用のデッキブラシ、これはホースにつないでブラシの先から水が出るようになっている、このブラシを使って、梯子に登って必死に汚れた壁をこすった。バアは、ジイが力を入れてブラシをこすると、梯子が揺れるので危なくて見ていられない、といって窓から覗いていた顔を引っ込めてしまった。
2
時間近くかけてやったが、多少汚れは落ちたが思った以上には落ちなかった。労多くして功少なし、バアにはもう二度とやらなくていい、と釘を刺されてしまった。変な所に力を入れたのか、今は少し背筋が痛む。そもそも北側の壁にコケが出てきたのも溜池からの湿気か、溜池から滲みだす水で湿気を含む裏の土地のせいだと思われる。今年この滲みだした水の排水工事をした結果で、壁のコケもとまるかどうか、様子を見てみたい。
2008年12月1日(月)
ポチの主治医
天気も良く気温も暖かい一日だった。午前中は、木工作業で出た木片や可燃ごみを外で燃やしながら、カーポートの支柱を立てるために出た土や砕石を敷き均す作業をした。体を動かしていると汗ばむほどだった。山ちゃん家のデッキの下、隣の下の畑との境に50cmほどの通路がでこぼこしていたので、土を運んで歩きやすくなるよう平らにした。ついでに、アスファルト舗装と庭の境目の泥で固めたところも山砂で覆って霜柱でグチャグチャにならないようにした。やはりこんな作業で体を動かしているときが一番性に合っているような気がする。
風もなく絶好の散歩日和だったので、午後から散歩に出ようと道に出た途端に、スーさんが来たので散歩は中止した。エアコンの一台が、寒くなって使い始めたところ具合が悪く見てもらったら、ガスが抜けてしまっているということで充填してもらった。しかし、半月もしないうちにまた具合が悪くなってしまった。
2台のエアコンで床下を暖めているが、電気の消費量の割になかなか暖まらない。これから本格的な寒さを迎えるので、早く直してもらわないと困ってしまう。我が家なりの地球温暖化防止対策の一環として、灯油を使うホットマンから発電しながらそれを消費するエアコンに切り替えたのに、電気の消費量ばかり増えて熱効率が悪ければ、何の意味もなくなってしまう。今朝このことでスーさんに電話をしたので、早速来てくれた。すぐに手配をして再度ガスの充填をしてもらうのと、なぜこういう結果になったのか原因を調べるためにメーカーに来てもらうことになった。原因や対策がわからないのなら、交換するようお願いした。
そのあとスーさんが山ちゃん家のトイレにつける鏡の取り付け作業をするというので、それに立ち会った。山ちゃん家は、広くて深い床下のコンクリートの湿気が早く取れるように留守の間もエアコンを付けっぱなしにしている。日当たりも抜群で、エアコンの温度設定は
18度になっているが、室内の温度計は20度になっており、体感はもっと暖かく感じた。スーさんの作業が終わったあとおしゃべりなどをしているうちに3時を過ぎてしまった。
今日はポチの診療日なので急いで動物病院に出かけた。車の中でポチがもどしてしまった。今日で前回の診療から
10日たっているので、今までで一番間隔が空いているが体調も良く食欲もあった。どうやら車酔いをしたようだ。獣医さんから、車の中でケージに入らずに自由にしていると、車の揺れによるGを自分の体で全部受ける事になるから、負担が大きかったのかもしれない、今度はケージに入れて膝の上に乗せるか、洗濯ネットに入れて抱えてくる方法などを試してみたら、と言われた。早速帰りはケージをバアが抱えてきたら、鳴き方も少し穏やかになっていた。家に戻ると自分のベッドにまっしぐら、夜の間はほとんどベッドにもぐりこんだままだった。点滴も含めてポチにとっては通院にそれなりの負担が掛かっているのだろうが、腎不全の治療をしなければもっとしんどい思いをしなければならないだから、かわいそうだが続けるしかないだろう。
病院に着いた時、獣医さんも今回少し間隔が空いたので、「どうしているか心配してたんですよ」、と気遣ってくれた。診療中も、カルテには今まで話をしたことが全部記録されているらしく、カルテを見ながらその後の経過なども聞かれる。我々にはこちらへ来てまだ主治医と言える医師が見つかっていないが、ポチには安心して任せられる主治医ができた。

過去の日記07年11月〜08年11月

思いつくままに(ジイの記録)