高気密・高断熱住宅を選択した経過
ジイとバアの家づくりは、3軒目になります。家づくりとは言っても1軒目は、建売新築住宅の購入でした。近くの団地に住むバアの両親の健康を考え、将来の同居のための条件づくりとして、また成長する子供たちにあわせ6畳と4畳半の小さな貸家からの脱出をするため、家のことなどほとんど無知のまま購入してしまいました。家の間取り、立地条件、金額だけが選択の基準であったと言っても過言ではありません。その家は結局8年後に、両親との同居を果たす前に処分することになりました。

子供たちの成長により、両親と同居するには手狭だったため、現在も住んでいる
2軒目の家を入手にすることとなったのです。この家は住宅と店舗付住宅の2軒分を同一の所有者が売りに出していて、それをバアの姉夫婦と一緒に購入し、住宅のほうに姉夫婦が両親と同居で住み、となりの店舗付住宅の方にジイとバアと子供たちが住むことにしたのですが、店舗付住宅は傷みがひどく、改装するよりは建て直した方がいい(多分に不動産屋の口車に乗ってしまった面がありますが)と判断し、仲介した不動産屋の建築部門に新築住宅を発注することになりました。

この2軒目がある意味で初めての家づくりと言えるのですが、今から思えばまだ最初の家の失敗の経験を十分に生かしたものとは言えないものでした。住環境としては、上尾市内では早くに区画整理を施工した区域内で公共下水道も整備され、すぐ南側には野球もできる大きな公園もあり陽当たりもよく、新駅が徒歩10数分にできる予定があり(実際に転居一年後に開業)、川が近くて軟弱地盤であること以外は立地条件としてはまずまずのものでした。このときの家づくりの視点は、@軟弱地盤対策A台風などの大水対策B家族の動線を考えた間取りの工夫C収納の工夫程度でした。

当時(15年前)建設費の積算の仕方が、今でも多くのハウスメーカーが行っている方式で、建物のグレードによって基準の坪単価があり、設備や品質が基準より上回るものや、追加するものはオプションとして建設費に上乗せしていく方式であったため、住宅設備の品質やグレードを吟味することは、即建設費に跳ね返ってしまうことになり、契約時点で資金的に目一杯になっている身としては、設備や材質を吟味するなどということは初めから自己規制しなければならなかったのでした。また、ちょうどバブルの絶頂期でもあり、数年後には不動産価値がまた上がるという安易な思い込みが、生涯をかけての家づくりという,しっかり地に足をつけた家づくりをする思いに至らなかった原因の一つなのかもしれません。この家に暮らして約15年が経ち、この間に娘二人がこの家を巣立っていき、バアの両親も2年前山口県のバアの長姉の所へ移り、今は長姉の家の近くの老健施設に入所しています。そこで、別のところに書いたように、私ども夫婦が昨年5月にジイとバアになったのをきっかけに新しい家づくりをスタートしたのです。

3軒目の家づくりは、長野県北佐久郡北御牧村に土地を購入し、そこに建てるものです。どんな家づくりをするか、ジイとバアはそれぞれの考えをイメージ的にはもっていたとしても具体的にはどのような形になるのかが、お互いに相手に説明できる確かなものにはなっていませんでした。そこで、多くの人がたどる道、すなわち住宅展示場見学やハウスメーカーの構造見学会、完成見学会からスタートしました。みるみるうちにハウスメーカーのカタログと名刺の山ができ、住宅に関する雑誌や図書が増えていきました。メーカーの営業攻勢に辟易としていた頃に出会ったのが、OMソーラでした。ジイは、10年近くごみ処理施設の建設関係の仕事をしていたこともあり、環境問題では少しばかり意見を持っていたりもすることから、今度の家づくりの基本テーマの一つにエコロジカルな家を考えていました。自然の恵みである太陽光を集熱ガラスを通して吸収し、その熱を床下まで機械的に送り込んで床下に蓄熱層を形成し、その熱を1階の床から噴出して家全体を暖め、また屋根の集熱板から得た熱の一部は温水にまわす。さらに太陽光発電を行えば、二重三重の自然エネルギーの活用となるということで一時期ジイは本気でOMソーラの家にしようかと考えていました。そんな時、いつものごとく本屋に立ち寄ってふと目にして手にとった本が「いい家が欲しい」(松井修三著、三省堂書店)でした。この本は、その帯に「建ててしまった人は、読まないでください。ショックをうけますから。」というようなことが書かれていて、目を引いたのでした。

ジイもバアも北御牧村の土地をふるさと情報館のIさんの紹介で案内してもらったのは2月の一番寒い時期でした。とにかくジイもバアも冬に雪に埋もれて暮らすような生活をしたことがなく、また事前に北御牧村のホームページを見ると氷点下14,5度になる時もあると書いてあったので、寒いときにそれを体感してみないと、正しい物件に対する判断ができないと思ったので、あえて2月に見に行ったのでした。最終的に契約するまで何度かその土地と周辺の環境を体感してみました。それほど想像以上の寒さは感じませんでしたが、「凍結深度」などという今までの生活では無縁であった言葉が生きているような世界であることはまちがいなく、冬場の寒さ対策は年を取ってからの生活では非常に重要なこととジイとバアは考えていましたので、ソーラサーキットの家は大変魅力的に思われました。この本を通して高気密・高断熱、なかんづくグラスウールなどによる内断熱ではなく、ポリスチレンフォームなどによる外断熱(外張り断熱)の有効性について考えさせられ、さらに高気密・高断熱に関するいくつかの本を読み進めていく中で、OMソーラが冬場の極寒期には補助暖房も必要となることが多く、システム的に高気密にはできない問題があるように思われ、急速にジイのOMソーラへの思い入れが褪めていきました。

 「いい家が欲しい」は言わずと知れたSC(ソーラサーキット)工法=外断熱二重通気工法の実践者(工務店)である松井さんのアジテーションに満ちた宣伝本(そういうと抵抗のある方もいると思いますが)ですが、大いに開眼させていただいた意味で感謝したいと思います。実際に長野県内のSC工務店に伺い、経営者と話をしたり実際の工事現場にも何ヶ所か見学させていただきました。また、埼玉県内の工務店の現場見学会にも行ってその工法については勉強させてもらいました。ただ、いくつかの現場を見て感じたことは、工務店や現場の大工さんの技術力によってかなり、Q値やC値にばらつきがでそうなこと、ダンパーの開閉をマメにするのは老後の生活では難しいだろうなということでした。また、コスト面では長野県内で見学させてもらった工務店さんの場合、言葉の端々に、かなり高くかかりますよ、というニュアンスが感じられ、ジイとバアは自分達の資金力のなさを痛感し、見積りをしてもらう気力も失われてしまったのでした。そこの工務店さんは、季節の果物やお米を贈っていただいたりしましたが、そのことが嬉しい反面かえって重荷にも感じてしまいました。

 次に注目したのは北海道に本社のある
Tホームでした。外断熱による高気密、高断熱住宅で独自工法により、C値も1以下に確実に出せるということでしたが、佐久市内の展示場で2回ほど打ち合わせをし、メールでのやり取りを何回かしましたが残念ながらちょっと苦情(ちゃんとこまめに連絡をくださいと言う苦情)を言ったら、とたんに手を引かれてしまいました。数多くのハウスメーカー、工務店の中でこんな淡白な営業さんは後にも先にもこの人だけではないでしょうか。ただ、この人と気密性能の話をしている時に、長野県内でTホームが唯一気密性能で勝てない会社にホクシンハウスというのがありますよ、と言ったのを記憶していました。

そして、Tホームに見放された時、この営業さんが言っていたホクシンハウスはどんな会社か、インターネットで検索して出てきたのが「
北信商建」でした。北信商建は、社名のとおり北信州の三水村に本社がありほとんど県内に営業のフィールドを限定している会社のようですが、実績は年間80棟以上と、大手ハウスメーカーを除き県内に本社のあるメーカー、工務店の中では2位という実績を誇っている会社です。この会社も外断熱工法で独自のFB(Fresh Basic Hause)工法、太陽光を利用するFBS及びFBソーラ工法の3つの工法による建築をしています。(詳しくは上記北信商建ホームページ参照)インターネットから資料の請求をしたところ、その日のうちに社長自ら返信メールがあり、二日後には資料やビデオが送られてきました。その後,上田支店(皮肉なことにモデルハウスがTホームと隣り合あわせて建っていました)の○支店長との打合せを重ね,現在に至っています。まだ契約までには至っていませんが,このまま双方の条件が折り合えば,02年4月頃から建築を始められるかもしれません。
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